6 / 38
玄界灘の潮風
しおりを挟む
中型クルーザーは、玄界灘を突き進む。
「いい風~」
潮風に飛ばされないよう、麦わら帽子を片手で抑えて言う華は(いとこバカかもしれないけれど)とても可愛い。白いワンピースも相まって、ひと昔前の映画女優みたいだ。
「あ、見てきれいー」
日和が言って、僕らは振り返った。さっき出航した福岡の港が背後に見える。ドームとタワー。
「明後日さあ、帰り、野球見て帰ろうよ」
翔がスマホをいじりながら言った。
「ほら、デイゲームだから、帰りの新幹線ずらしたら観れるよ」
スマホで試合日程を見せてくる。
「えー、そんなに興味ない」
日和は口を尖らせた。
「それより観光したいな、ねぇ圭くん」
「そうだね、元寇土塁とか観たいね」
「……ごめんそれも興味ないや。華ちゃんは?」
「んー? なんでもいいよう」
華はこれから観れる「葛飾北斎の幽霊」に興味津々で気もそぞろだ。
「あとどれくらいで着くんだ?」
健が言ったタイミングで、デッキに大橋さんが上がってきた。
「もう着きますよ」
大橋さんは、雑餉隈さんの屋敷の管理人を任されているらしい、白髪の男の人だ。博多駅まで、僕らを迎えに来てくれた。
「住所も実のところ福岡市内ですしね、離れ小島っていうわけでもないんです。あ、ほら、あれですよ」
少し先に見える、小さな島。
それを見つめて華が言った。
「わぁ、ほんとに圭くんが言ったみたいになりそうだねぇ」
「僕?」
「そう」
華はにこりと笑う。
「殺人事件とか、起きちゃいそう、なんちゃって」
「縁起の悪い会話してんなぁお前ら」
呆れたように健が言った。
「あれでしょ、台風で閉じ込められて」
日和が話に入ってくる。
「そういえば、台風来てるって」
「アレは紀伊半島の方に北上するっつってたぞ」
健が答えた。
「あ、ほんと? 良かったぁ」
日和が安心すると、大橋さんが「いやはや、そんな推理小説のようなことが起きては困りますな」と笑った。
「セオリー通りに行くならば、最初に殺されるのは、わたくしではないでしょうか」
「え、そうですか?」
「管理の必要性上、わたくしはマスターキーを保持しておりますので」
大橋さんは苦笑する。
「まず犯人はその鍵を奪うのではないか、と」
「あ、それじゃあ大橋さん最初ですね、えい」
日和が刺すようなジェスチャーをして、大橋さんは少し嬉しそうに笑った。
なんとなく、その笑い方に少し嫌な感覚を覚えて、こっそりその表情を凝視してしまうーーちょっと要注意かも、このじーさん……と言うには少し若いかな。60代後半くらいか。
じきに船は、小さな港についた。
「ほんとに小さい島だね」
僕の言葉に、大橋さんが頷く。
「大人の足なら、数時間で一周できますよ。明日にでも散策されてみては?」
山にさえ入らなければ危ない島ではないですよ、と大橋さんが言う。
「あれ、船、帰っちゃうの?」
日和が桟橋から離岸しつつあるクルーザーを見て言った。
「はい、あの船はチャーターしてあるものでして、次に参りますのは明後日の午前中です」
「え、他の人は?」
華がきょとんと言う。
「もう到着されてますよ」
大橋さんは、なだらかな坂の上に建つ洋風の建物を指差して言った。
「俺らが最終か」
健の言葉に、大橋さんは頷いた。
「ええ、今頃ご歓談中のはずです。あ、お荷物」
「大丈夫ですよ」
女性陣の荷物だけでも、と大橋さんが言ってくれたみたいだけど、華も日和も微笑んで辞退していた。
「持ってもらったら? 大橋さんもその方がいいだろうし」
お客さんに荷物持たせて手ぶらで、ってちょっと気まずいだろう。
「えーと」
僕の言葉に、華と日和は顔を見合わせて、それからボストンバッグを1つずつ差し出していた。
なだらかな坂を登る。なだらかだけれど、ちょっとダラダラした坂ですこしきつい。
「圭くん大丈夫?」
日和が手を差し出してくれた。日和の顔を見上げながら眉を下げる。情けないなぁ、僕。
「んー」
カッコワルイので引っ張ってもらうのはジェスチャーで断って、それから僕はなんとか返事した。
「日光がそもそもキツイ」
「外でないもんね、圭くん」
「うん」
「……あ、健、うまいことやってる」
日和の一言にバッと振り向く。
「あはは! らくちーん」
「ヒールなんかで来るなよな」
「こんな坂あるなんて思わないもん」
華は健に背を押してもらっている。かなり楽しそうだし。
じとりとした目で健を見ると、「お前も押してやろうか?」と普通に言われた。
「いーよ」
ふい、と顔をそらして前を向く。せめて先に坂の上に着く!
日和の少し呆れを含んだような笑顔とともに、僕は坂の上についた。
「へぇ」
近くで見るとかなり大きい。
大橋さんが大きなオーク材の扉を開けると、真紅の絨毯が敷き詰められていた。
「ああ、いらっしゃいましたか!」
やたらと大きな声で出迎えてくれたのはこの館の主人、雑餉隈さんだ。
「常盤圭くん」
「? ご存知でしたか」
「西洋画はよく知らないのですが、あなたの作品は見たことがありますよ」
僕が入賞したコンクールの名前を出して、雑餉隈さんは右手を差し出してきた。
「……ありがとうございます」
素直にお礼を言って、その手を握り返す。
「ふうやっとついたぁ」
そう言って入ってきた華は、雑餉隈さんを見て「えーと?」と首を傾げた。
「常盤様のお孫様?」
「あ、はいそうです!」
華はやたらと元気に返事をして、「その子は弟です、あ、弟と言ってもほんとはイトコなんですけど」と僕を紹介してくれた。
雑餉隈さんは「いまご挨拶させてもらったんですよ」と微笑む。
「それからその子は友達の大友日和ちゃんです。こっちが黒田健くん、秋月翔くん」
それぞれが雑餉隈さんに頭をさげた。
「わざわざこんな島まで来てくださって、ありがとうございます」
雑餉隈さんは手を奥へ向けた。
「どうぞ、まずはお茶でも。簡単なガーデンパーティを用意しております」
その一言に、華は「ケーキ?」と小さく呟いて、嬉しそうに笑った。
「いい風~」
潮風に飛ばされないよう、麦わら帽子を片手で抑えて言う華は(いとこバカかもしれないけれど)とても可愛い。白いワンピースも相まって、ひと昔前の映画女優みたいだ。
「あ、見てきれいー」
日和が言って、僕らは振り返った。さっき出航した福岡の港が背後に見える。ドームとタワー。
「明後日さあ、帰り、野球見て帰ろうよ」
翔がスマホをいじりながら言った。
「ほら、デイゲームだから、帰りの新幹線ずらしたら観れるよ」
スマホで試合日程を見せてくる。
「えー、そんなに興味ない」
日和は口を尖らせた。
「それより観光したいな、ねぇ圭くん」
「そうだね、元寇土塁とか観たいね」
「……ごめんそれも興味ないや。華ちゃんは?」
「んー? なんでもいいよう」
華はこれから観れる「葛飾北斎の幽霊」に興味津々で気もそぞろだ。
「あとどれくらいで着くんだ?」
健が言ったタイミングで、デッキに大橋さんが上がってきた。
「もう着きますよ」
大橋さんは、雑餉隈さんの屋敷の管理人を任されているらしい、白髪の男の人だ。博多駅まで、僕らを迎えに来てくれた。
「住所も実のところ福岡市内ですしね、離れ小島っていうわけでもないんです。あ、ほら、あれですよ」
少し先に見える、小さな島。
それを見つめて華が言った。
「わぁ、ほんとに圭くんが言ったみたいになりそうだねぇ」
「僕?」
「そう」
華はにこりと笑う。
「殺人事件とか、起きちゃいそう、なんちゃって」
「縁起の悪い会話してんなぁお前ら」
呆れたように健が言った。
「あれでしょ、台風で閉じ込められて」
日和が話に入ってくる。
「そういえば、台風来てるって」
「アレは紀伊半島の方に北上するっつってたぞ」
健が答えた。
「あ、ほんと? 良かったぁ」
日和が安心すると、大橋さんが「いやはや、そんな推理小説のようなことが起きては困りますな」と笑った。
「セオリー通りに行くならば、最初に殺されるのは、わたくしではないでしょうか」
「え、そうですか?」
「管理の必要性上、わたくしはマスターキーを保持しておりますので」
大橋さんは苦笑する。
「まず犯人はその鍵を奪うのではないか、と」
「あ、それじゃあ大橋さん最初ですね、えい」
日和が刺すようなジェスチャーをして、大橋さんは少し嬉しそうに笑った。
なんとなく、その笑い方に少し嫌な感覚を覚えて、こっそりその表情を凝視してしまうーーちょっと要注意かも、このじーさん……と言うには少し若いかな。60代後半くらいか。
じきに船は、小さな港についた。
「ほんとに小さい島だね」
僕の言葉に、大橋さんが頷く。
「大人の足なら、数時間で一周できますよ。明日にでも散策されてみては?」
山にさえ入らなければ危ない島ではないですよ、と大橋さんが言う。
「あれ、船、帰っちゃうの?」
日和が桟橋から離岸しつつあるクルーザーを見て言った。
「はい、あの船はチャーターしてあるものでして、次に参りますのは明後日の午前中です」
「え、他の人は?」
華がきょとんと言う。
「もう到着されてますよ」
大橋さんは、なだらかな坂の上に建つ洋風の建物を指差して言った。
「俺らが最終か」
健の言葉に、大橋さんは頷いた。
「ええ、今頃ご歓談中のはずです。あ、お荷物」
「大丈夫ですよ」
女性陣の荷物だけでも、と大橋さんが言ってくれたみたいだけど、華も日和も微笑んで辞退していた。
「持ってもらったら? 大橋さんもその方がいいだろうし」
お客さんに荷物持たせて手ぶらで、ってちょっと気まずいだろう。
「えーと」
僕の言葉に、華と日和は顔を見合わせて、それからボストンバッグを1つずつ差し出していた。
なだらかな坂を登る。なだらかだけれど、ちょっとダラダラした坂ですこしきつい。
「圭くん大丈夫?」
日和が手を差し出してくれた。日和の顔を見上げながら眉を下げる。情けないなぁ、僕。
「んー」
カッコワルイので引っ張ってもらうのはジェスチャーで断って、それから僕はなんとか返事した。
「日光がそもそもキツイ」
「外でないもんね、圭くん」
「うん」
「……あ、健、うまいことやってる」
日和の一言にバッと振り向く。
「あはは! らくちーん」
「ヒールなんかで来るなよな」
「こんな坂あるなんて思わないもん」
華は健に背を押してもらっている。かなり楽しそうだし。
じとりとした目で健を見ると、「お前も押してやろうか?」と普通に言われた。
「いーよ」
ふい、と顔をそらして前を向く。せめて先に坂の上に着く!
日和の少し呆れを含んだような笑顔とともに、僕は坂の上についた。
「へぇ」
近くで見るとかなり大きい。
大橋さんが大きなオーク材の扉を開けると、真紅の絨毯が敷き詰められていた。
「ああ、いらっしゃいましたか!」
やたらと大きな声で出迎えてくれたのはこの館の主人、雑餉隈さんだ。
「常盤圭くん」
「? ご存知でしたか」
「西洋画はよく知らないのですが、あなたの作品は見たことがありますよ」
僕が入賞したコンクールの名前を出して、雑餉隈さんは右手を差し出してきた。
「……ありがとうございます」
素直にお礼を言って、その手を握り返す。
「ふうやっとついたぁ」
そう言って入ってきた華は、雑餉隈さんを見て「えーと?」と首を傾げた。
「常盤様のお孫様?」
「あ、はいそうです!」
華はやたらと元気に返事をして、「その子は弟です、あ、弟と言ってもほんとはイトコなんですけど」と僕を紹介してくれた。
雑餉隈さんは「いまご挨拶させてもらったんですよ」と微笑む。
「それからその子は友達の大友日和ちゃんです。こっちが黒田健くん、秋月翔くん」
それぞれが雑餉隈さんに頭をさげた。
「わざわざこんな島まで来てくださって、ありがとうございます」
雑餉隈さんは手を奥へ向けた。
「どうぞ、まずはお茶でも。簡単なガーデンパーティを用意しております」
その一言に、華は「ケーキ?」と小さく呟いて、嬉しそうに笑った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
104
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる