翡翠少年は謎を解かない

にしのムラサキ

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荷物

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「……もしかして、ですが。牟田様は以前女優をされてませんでしたか?」

 大橋さんは少し懐かしそうに言った。

「あら!」

 牟田さんは笑う。

「まだ私のこと覚えてくださってた方がいらっしゃったなんて」

 とクスクス、と口に手を当てた。

「確か、大きな賞をお取りになってませんでしたか。いや、わたしもその辺は疎いもので」

 定かではないのですが、と大橋さんは言った。

「似ている似ている、とは思っていたのですが、……芸名と本名は違われるんですね」
「ええ」

 穏やかに微笑む牟田さん。

「なんでやめたのかな」

 日和が華に、小さく言う。

「あんなに綺麗なのに」
「疲れちゃったんじゃない? 芸能界あーいうとこ色々ありそうだし」
「そだね」

 納得したような2人。

「ほんなら、荷物点検、気ぃ進まんけど一応しましょか」

 ぱん、と手を叩いて山ノ内さんが言う。

「これも言い出しっぺの俺からでええで」
「山ノ内の部屋は3階の1番南だったな」
「せや。やし、俺の部屋から北に進んでったらええわ。北端は」
「僕たちです」

 僕は答えた。

「オーケー。ほんなら、俺、資産家さん、牟田さん、その横は?」

 ヒカルとミチルが手を挙げた。

「その横は私たち」

 日和と華も手を挙げた。その横が北端の僕たちの部屋だ。

「りょーかい。部屋数はこんだけやな?」
「はい、空き部屋はございません」

 大橋さんが頷く。大橋さんたちは、1階の事務室に泊まり込んでいるはずだから、3階に部屋はない。

「よっしゃ、ちゃっちゃと終わらせよ」

 山ノ内さんの言葉に、全員がなんとなく頷いた。

(みんな、自分が犯人ではない、って証明したいのかな)

 なんとなく、そう思った。

(荷物に凶器が無いイコール犯人じゃ無い、って証明ではないのに)

 全員をさりげなく眺める。……落ち着いているけれど、それなりにストレスはあるだろうと思う。

(ヒト殺しと同じ空間にいるかもしれない、というストレス)

 あるいは、と思う。

(疑われている、と感じているストレス)

 僕の場合は、非日常すぎてイマイチ感情が麻痺してるーー非日常だからかな? それとも、ヒトが死んだって、僕は何も感じられないのかもしれない。

(僕は、ヒトデナシなのかもしれない)

 以前ーー、随分前に健に言われたことがあるのだ。

"圭、お前はどうしようもねぇ嘘つきだねど、それでも俺はお前がヒトデナシなんかにはならねーと信じてるからな"

(あれは)

 どういう意味だったのだろう。

(もしかしたら)

 こんな日が来ることを、どこかで予感していたのかもしれない。

 三階に上がり、全員で荷物を改めて回った。
 山ノ内さん、鹿王院さん、牟田さんの荷物に怪しい点はなにもない。
 なんとなく、場が色めきだったのは、ヒカルの荷物だった。

「バットケース」

 鹿王院さんが言う。壁に立てかけてある、それ。

(金属製バットなら)

 あんな風に、人を殺すことは可能だ。

「ヒカル、中見てもええやんな?」

 ヒカルは何も言わず、ただ苦笑した。

「どうぞ」

 山ノ内さんが率先して手にとって、とった瞬間に苦笑いを返した。

「ヒトが悪いな、ヒカル」
「犯人扱いされたから。意趣返しです」
「それはすまんってー」

 山ノ内さんが、バットケースから取り出したのは、血糊べったりの金属バットなんかではなく、プラスチック製のおもちゃのバットと、ゴムボールだった。

「暇かなと思って。この島。健たちが来るなんて知らなかったし。ミチルと遊ぼうかなと」

 肩をすくめる。

「せやけど、わざわざこんなケースに入れんでもええやないか。ホンマモンより短いし、そのでかいバックパックにじゅーぶん入るで?」
「いや、荷物は荷物でいっぱいで……1番運びやすいでしょう? その形状のものをはこぶには」
「まぁな」

 そんな会話の間、僕は部屋の中を観察していた。

(絵の具)

 油絵の具だろう、青いそれが壁の数カ所に付いていた。
 昨夜の、ミチルの指に付いていたものと同じ青。

(でも、今はきれいだ)

 クリーナーでも使ってとったのだろうか。
 ヒカルの荷物点検が進んでいく。

「これは?」

 牟田さんが、少し興味ありげにチューブ状のそれを手にとった。

「ああ、ハンドクリーナーです。手に付いた絵の具とか取れて……アトリエの片付けとかしてると、手についたりするんで」
「なるほどね」

 ヒカルの荷物に、ほかに目を引くものは何もないようだった。
 続いて、ミチル。カバンの中には特に目立つものはなかったようだ。
 ただ、机の上にあるものを目にして、山ノ内さんが言う。

「……こんなに毎日飲まなあかんの?」
「なんとか生きてる感じなんで」

 あはは、と無邪気に笑うミチルに、山ノ内さんは少し気遣わしげな視線を向けた。

「全部心臓の?」
「胃薬とかもありますけどー」
「ほんまかー。いやすまん、関係ないこと聞いたな」
「いえいえ」

 微笑むミチル。
 続いて、華と日和の部屋。

「ちょっと華、荷物散らかし過ぎ!」
「あはは~」

 見つかっちゃった、って顔で笑う華。
服に化粧水、文庫本、薬、スマホの充電器、パジャマにタオル。好き勝手にベッドの上に散らかっていた。さすがに下着は放置されてなかったのが救いか。

「常盤さんも、どこか体調悪いの? 無理はしないでね」

 牟田さんが気を遣ったように言う。散らかった荷物の中でも目立つ、大量の薬。……ああもう、僕が日付ごとに分けてたのにテキトーに荷物に突っ込んだせいでバラバラになってるし!

「ああ、あはは、大丈夫ですよー。ちょっと不眠症なんです」

 不眠症だけではないけれど、華は人に自分の病気を説明するときいつもそう言う。別に隠したいとかじゃなくて、単に面倒臭がりなだけだ。
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