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「眠れないの?」
「はい、そーなんです。でもそれだけ。元気です」

 華はにこにこと言うけれど、それだけとは思えない、と見る人が見れば思うだろう。いや、素人から見てもーー睡眠導入剤、精神安定剤、抗鬱剤。もちろんその種類までは分からないだろうけれど、明らかに種類が多い。

「……そう?」

 牟田さんは少し首を傾げた。けれど、それ以上はなにも言わなかった。
 最後は僕らの部屋。

「ていうか、ふと思ったんだけど南側の部屋は下が随分と浅瀬なんですね」

 華がふと気づいたように言った。

「せやな、俺の部屋なんかは引き潮んときは完全に陸地やなぁ」

 入り組んだ地形のせいだろう、と思う。

「俺の部屋の横、あっこ廊下にバルコニーついてるやろ。あそこなんかはふつうに陸地やしな」

 言いながら、山ノ内さんはとあるものを手にとって、それからひとつ、息をついた。

「これはまぁ硬いけど、これでヒトはあんな風には殺せんやろうなぁ。軟球? 硬球?」

 冗談めかして言う山ノ内さんが手にとってたのは、野球のボール。健が持ってきていたぶんだ。
 ちなみに健も翔も、野球道具で持ってきていたのはグローブとボールだけだった。

「軟球ですよ」

 健が言った。

「普段は硬球っすけど」
「高校球児かー、めざせ甲子園やんな。ええなぁ、青春やな」
「そうですかー?」

 翔が笑う。

「バスケ部ってモテるイメージ。山ノ内さんこそ青春だったんじゃないですか」
「いやあ、強豪行ってもたからなー。練習練習練習でなーんもなかったで」

 山ノ内さんはほんの少し、寂しそうな顔をした。

「なぁんも」
「……? でも今はモテるでしょ」
「やからなぁ、切ないとこでな」

 山ノ内さんは苦笑いして続けた。

「プロなっても、野球サッカーよりはマイナー寄りやしなぁ。モテる言うてもそんなにやで」
「えー、でも」

 日和が口を挟む。

「雑誌とかテレビとかにも取り上げられてるじゃないですか、山ノ内さん」
「いやまぁ、そうなんやけどなぁ。一過性やないといいんやけど。今でもやっぱスポンサー、ついてもらうんも大変やし」

 山ノ内さんは軽く肩をすくめ、それから言った。

「これでゲスト分の荷物は終わりやな」
「あとは我々ですね」

 大橋さんが言って、僕らはまた1階へ移動した。
 事務室へ向かう。さっき、換気扇を外した実験をした部屋だ。夜は吉田さんはここで寝ているらしい。
 その横に畳の部屋がある。大橋さんはそちらが自室のようになっているらしい。住み込み、って言っていたからな。

「あら大橋さんも体調悪いのね」
「いやまぁ、これこそ大したことは。降圧剤ですよ」
「あら血圧お高め?」
「ええ」

 大橋さんは軽く笑った。

「この歳になると、身体にも何かとガタがきましてね」
「あらご自愛なさって」

 牟田さんはたおやかに笑った。
 吉田さんの荷物も、特に問題ありそうなものはない。

「……特に凶器になりそうなものは、全員の荷物から発見されなかったな」

 鹿王院さんが、腕を組んで言った。

「そうですね」

 大橋さんは言う。

「やはり、犯人はこの島のどこかに潜んでいるのかもしれません」
「せやけど、不審な人物は防犯カメラには映ってなかったで。それに、もう捨ててんのかも。海に投げ捨てられたら、まぁもう見つからへんやろ」

 山ノ内さんの言葉に、鹿王院さんは「実は」と言った。

「さっき、この換気扇を」

 事務室の換気扇を指差す。

「外す実験をしました」
「外す? なんのために」

 山ノ内さんが聞き返す。鹿王院さんは答えた。

「これと同じ換気扇が、アトリエにもついているんだ」
「ほえーん?」
「このタイプの換気扇は、蝶ネジで止まっているタイプでーー今は風雨があるのでやめておくが、比較的簡単に外れる」
「そんで?」
「アトリエは、地下と言っても壁の5分の1ほどは地上に出ているらしい。ゆえに、換気扇を外せば外に出られる」
「……なにが言いたいんですか」

 僕は少し嫌な予感がして、つい口を挟んだ。
 鹿王院さんは、ちらりと僕をみる。それから続けた。

「先ほど、地下を見て回ったメンバーでこの実験をした時、そこの常盤圭くんが実験に参加してくれた」

 ぐるり、と一同を見渡す。

「圭くんは換気扇を外した穴を通れなかった」

 僕は心の中で舌打ちをした。に取ったか。悪手だったか? いや、彼女を庇うにはーー。

「アトリエの換気扇を確認していないので、ハッキリとは言えないが、恐らく何らかの糸が何かで外側から固定してあるのだろう」
「固定?」

 山ノ内さんが聞き返す。鹿王院さんは頷いた。

「俺の考えでは、こうだ。はあらかじめ、内側から換気扇の蝶ネジを外しておく」

 彼女? 僕はほんのすこし、冷や汗をかく。

「それから、早朝。は廊下のバルコニーを伝って、下へ。部屋は3階だけれど、2階、1階とそれぞれバルコニーを足場にすれば可能だろう」
「……」

 僕は黙って、鹿王院さんの言葉の続きを待った。

「そして、アトリエの換気扇の外側にたどり着くと、換気扇に紐か糸を結わえ、ゆっくりと下に降ろす。そしてその穴から内部に侵入した……降りるときには、足場はそれほど必要なかったのではないかと思う」

 ワンフロア分の高さだからな、と鹿王院さんは言って、そして続けた。

「そしてアトリエで眠る雑餉隈さんを、なんらかの凶器で殺した」
「なんらか、ってなんやねん」

 山ノ内さんが言う。

「お前が言った通り、恐らく凶器はもう波の下だ」

 そして鹿王院さんは、もう一度、一同をぐるりと見渡した。
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