前世記憶有少女中華(風)後宮奮闘記〜悪逆女帝にはなりたくない!〜

にしのムラサキ

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皇帝

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 地下通路に吹き込んでくる外の冷気に触れたとき、私は思わず歯を食いしばった。

「……っ」

 喉が詰まったような、低い声が漏れ出て、思わずくらりと身体が傾いだ。

(もう少しだけ、がんばろう、私)

 自分で自分を鼓舞しつつ、地下通路の行き止まりの階段を登る。
 それから扉である重い石を身体中を使って、なんとか私1人が出られる隙間を作って這いでた。
 そこは内廷……後宮の壁の一部だった。
 ぴゅう、と風が吹く。

(寒い)

 というより、痛い。刃物で切られたように感じた。
 思わず目を閉じる。鼻の奥がつんとした。
 フワリと意識が飛びそうになって、慌てた頭を振った。
 ダメだ、こんなところで寝てしまっては。まだ、死ぬわけにはいかない。

(せめて、赤麒せききを助けてから)

 ぐっと足を踏み出す。
 靴はとうに、どこかへ失くしてしまった。水に流されてしまったのだろう。膝が笑って、言うことを聞かない。
 裸足に地面の石が刺さるように冷たいーーと、そこで更に冷たいものを首の裏に突きつけられた。

「オイコラ、何やってんだクソガキ」

 怒りを押し殺した、冷たい声だった。
 私はそっと振り向く。そこにいたのは、月を背にしてこちらに刀を突きつける、ひとりの男。
 逆光で、顔ははっきりは見えない。けれど、この目は知ってる。

(……なーんか、変な感じ)

 正直、ものすごく妙な気分だけれど、「その人」の目は、漫画と全く同じだった。
 総天然色オールカラーで描かれた時の人物像イラストと、同じ瞳。
 この国の人には珍しい、金色の相貌が、私を睨みつけていた。

「……司馬しばらい様」

 あの「前世で読んでた漫画」では、私の最初の夫になったはずの人。

「あ? なんで俺のこと知ってんだ」

 刀は喉元にきっちりと突きつけられ、首の皮の、ほんの表皮だけを切ってぷつりと血が出た。

「まあいいや。どこでこの通路のことを知った? 素直に答えりゃ楽に殺してやるし、答えを後回しにすりゃなますにして殺してやる」

 どっちにしろ殺すのか、とぼんやり考えながら思う。

(えー……? こ、こんな人だっけ!?)

 アニメの司馬将軍は、もっと大人で落ち着いた感じの……うん。

(まぁ、あれ、今から15年くらい後だもんなぁ)

 いまはまだ、二十歳くらいだろうか。

(て、いうか!)

 こちらを睨みつける、野生の虎を思わせるギラついた金の瞳。
 短い黒い髪が、満月で艶やかに光って、まるで黒虎のよう。
 ……ねえ、アニメの嫦娥、この人に嫁いで本当に幸せだったの?

「黙ってるつもりなら、まずその爪から剥がすけど」
「司馬様」

 私は口を開く。

皇上おかみにお会いしたく参りました」
「いやフザケンナ」

 つ、と刀が頬を通り、ぷつ、と血がまた出る。それから耳の上で止まった。

「耳から切り落としてやろうか?」
「あのさあ」

 少し呆れたような声が静寂に響く。

「俺に会いたいって言って来たのだから、話くらい聞こうよ。磊」

 ば、と視線をそちらに向ける。
 月光の下、ゆったりと微笑むのは、瞳の大きな優しげな男。
 いてつく夜風に、黄袍がふわりと揺れた。寒いからか、ふくの上には温かげな上衣うわぎ

(……この人が、皇上?)

 寒さで凍ったように動かない頭を巡らせる。

(だけれど、あの色。間違いない)

 皇帝にしか許されない、高貴な黄色のふくを身につけた若い男……というよりは、まだ少年。
 漫画でも顔がはっきり描写されることはなかったけれど、確かいま16歳。
 醸し出す柔らかな雰囲気とふわりとした短い髪、そして少しばかりの童顔が、彼をもう少し幼く見せていた。

「いや憂炎ゆうえん、明らかにこいつ怪しいだろうが。間諜か暗殺か」

 その言葉に、少し驚く。

(皇上の御名前は、りゅう憂炎ゆうえん

 名前を呼び捨てに?
 こんな風に、対等に皇帝相手に話をするなんて。……司馬様、何者?

「それにしては素人丸出しだよ?」
「知るかンなモン」

 吐かせりゃいーんだ、と司馬様は吐き捨てるように言った。それに対し、皇上は眉をきつく寄せた。

「磊。とにかく刀をひいて」
「……」

 司馬様は無言で刀を納める。
 今しかない。
 司馬様が少し動き、皇上と目が合った。
 皇上は目を瞠って、ほんの少しだけ、唇を動かした。
 何と言っているかは、分からなかったけれどーー。
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