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桃
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(何を考えておられるのか)
春が近づいてきたと実感する、暖かな日。
後宮。
私に与えられた居室の目の前の中庭、そこに置かれた長椅子に並んで、私と皇上は桃の蕾を眺めていた。
(花といえば桃、なんだよねぇ)
前世的には「桜」なんだけれど、少なくともこの苒では花、といえば桃の花だ。
(なんだか唐突に後宮に召し上げられたあの春祈祭から、もうひと月)
浩然はどうしているだろう、と濃い桃色の蕾を見ながら考える。
司馬様の預かりになったのは知っている。
赤麒の世話を仕事にしているようだ。
(それに関しては、本当に良かった)
浩然が世話をしてくれるなら、何も不満はない。
それから同時に、皇上の計らいで、官吏になるための学校ーー大学へも通うようになった、とも。
思い浮かぶのは、あの切れ長の綺麗な瞳。
(どう思っているんだろう)
私が急に、後宮なんかに入ってしまってーー。
「皇上」
「なに?」
「浩然は……どうしていますか?」
「元気みたいだよ」
皇上は口を緩めた。
「磊も根性があるって気に入ってる。頭もいいよね。もしかしたら科挙、それも進士に最年少で受かるかも」
科挙っていうのは高級官吏の登用試験で、進士は中でも優秀な役職につく人たちのこと。
「そう、ですか」
私は答えながら考える。
(……そうだ)
浩然は、もう私と関わらないほうがいい。私のせいで、たくさん苦労をかけた。
(そういえば、官吏になりたいと言っていた)
そのために、たくさん勉強だってしていたのだし。
そして、幸せになったほうがいい。好きな仕事をして、……家庭を持って。
すこしだけ、目を伏せた。
(夢が叶いそうなんだ)
もう、一緒に逃げようなんて、言えないね。
私は忘れることにする。
頭に思い描いた、浩然との、南の国での穏やかな暮らしを。
「もうすぐ桃が咲くね」
ぽつり、と呟く穏やかな声に、私は思考するのをやめて顔を上げた。
それにしても、ここでのんびりとお茶を飲んでいる皇上が何を考えているのか……やっぱり、私にはさっぱり分からない。
(漫画では、なぁ)
私は、この方の皇后になっていたから……後宮に入るのは「そういうこと」なのかと少し覚悟もしていたのだけれど、今に至るまで、指一本、触れられていない。
(かといって、他の妃たちのように放って置かれているわけでも無い、らしい)
放って置かれるというか、すぐに(こっそり)帰されてしまうと、宮女さんたちが話してるのを小耳に挟んだ。
堂々と帰すのはそれはそれで問題があるらしい。そりゃそうか。
だから、この後宮にいるのは女官や宮女を除くと、実質、私ひとりきり。
(女官さんが役職があって、宮女さんが平職員なんだよね)
ところで、皇上はどんなにお忙しそうでも、時間を見つけては居室を訪ねてくれる。今日だってそうだ。
うーむ、と首を傾げた。
(ほんとに、なにを考えているんだろう?)
もし、私を気に入っているのなら、私はもう後宮にいるんだ。だとすればもう「お手つき」になっているのだろうし。
(なってないってことは、違うんだよねぇ)
なんだかよく分からないままに、時間だけが過ぎていく。
「あの、皇上」
「なぁに?」
「私はここに、なぜいるのでしょうか」
「俺とお茶するため」
「あの、そうでなくって」
そう言いさした口に、甘い甜品がむぐりと突っ込まれる。
「むぐ!?」
「美味しいよねこれ」
突っ込まれたのは豌豆黄という、まぁいうなれば羊羹に近いものだろうか。
「……はぁ」
手で支えながら、もぐもぐと食べる。たしかに甘くて美味しいのです。
(……さっきのは、聞くなってこと?)
豌豆黄を嚥下しながら、うむむと考える。やっぱり良く分からないよ。
「ねぇ嫦娥」
「はい、皇上」
「ここでの生活、不自由はない? なにか、欲しいものとか」
「欲しいもの、ですか?」
衣食住、完璧に揃えていただいている。これで文句言っていたらいけないだろう。
私はふるふると首を振った。
「そう? なにか、新しい着物だとかも?」
「特に」
皇上を見上げながらそう答えると、皇上は困った顔をした。
「どうされました?」
「俺の経験値が低すぎて、何をどうしたらいいか分からないんだよ」
「経験値?」
なんの話だろう、と首を傾げた時。
「皇上、娘子」
つ、と近くに来た女官さんが礼を取って跪く。
私は思わず苦笑いした。
娘子……前世的に言うなら「奥様」かな。それは「皇后」とほとんど意味は同じ。
(身分的には、妃としてここにいるはずなのだけど)
妃と后の間には、純然たる違いがある。
側室と正妻。
だけれど実質、誰も傍に置いてこなかった皇上が私を傍に置いている。
(それも、御自ら迎えにいって、だ)
身分的にも問題ない、らしい。
元々「同姓不婚」……同じ名字での結婚を禁止するほどに近親での結婚に厳しいこの国で、血筋的に程近い「貴族」から後宮に上がる女性は少ない。
(確か、皇上のお母様も地方の長の娘だったはず)
高級官僚である士大夫の娘の私は「ちょうどいい身分」。
そんなこともあって周りの人たちは、完全に私を「時期皇后」と見ていたし、皇上も否定しないものだから「娘子」なんて呼ばれ方をするようになってしまった。
「免礼。どうしたの?」
「はい。皇太后様がお帰りです」
その言葉に、皇上は絶句して空を見上げた。
「……めんどくさいことになってきたなぁ」
それだけそっと、呟いて。
春が近づいてきたと実感する、暖かな日。
後宮。
私に与えられた居室の目の前の中庭、そこに置かれた長椅子に並んで、私と皇上は桃の蕾を眺めていた。
(花といえば桃、なんだよねぇ)
前世的には「桜」なんだけれど、少なくともこの苒では花、といえば桃の花だ。
(なんだか唐突に後宮に召し上げられたあの春祈祭から、もうひと月)
浩然はどうしているだろう、と濃い桃色の蕾を見ながら考える。
司馬様の預かりになったのは知っている。
赤麒の世話を仕事にしているようだ。
(それに関しては、本当に良かった)
浩然が世話をしてくれるなら、何も不満はない。
それから同時に、皇上の計らいで、官吏になるための学校ーー大学へも通うようになった、とも。
思い浮かぶのは、あの切れ長の綺麗な瞳。
(どう思っているんだろう)
私が急に、後宮なんかに入ってしまってーー。
「皇上」
「なに?」
「浩然は……どうしていますか?」
「元気みたいだよ」
皇上は口を緩めた。
「磊も根性があるって気に入ってる。頭もいいよね。もしかしたら科挙、それも進士に最年少で受かるかも」
科挙っていうのは高級官吏の登用試験で、進士は中でも優秀な役職につく人たちのこと。
「そう、ですか」
私は答えながら考える。
(……そうだ)
浩然は、もう私と関わらないほうがいい。私のせいで、たくさん苦労をかけた。
(そういえば、官吏になりたいと言っていた)
そのために、たくさん勉強だってしていたのだし。
そして、幸せになったほうがいい。好きな仕事をして、……家庭を持って。
すこしだけ、目を伏せた。
(夢が叶いそうなんだ)
もう、一緒に逃げようなんて、言えないね。
私は忘れることにする。
頭に思い描いた、浩然との、南の国での穏やかな暮らしを。
「もうすぐ桃が咲くね」
ぽつり、と呟く穏やかな声に、私は思考するのをやめて顔を上げた。
それにしても、ここでのんびりとお茶を飲んでいる皇上が何を考えているのか……やっぱり、私にはさっぱり分からない。
(漫画では、なぁ)
私は、この方の皇后になっていたから……後宮に入るのは「そういうこと」なのかと少し覚悟もしていたのだけれど、今に至るまで、指一本、触れられていない。
(かといって、他の妃たちのように放って置かれているわけでも無い、らしい)
放って置かれるというか、すぐに(こっそり)帰されてしまうと、宮女さんたちが話してるのを小耳に挟んだ。
堂々と帰すのはそれはそれで問題があるらしい。そりゃそうか。
だから、この後宮にいるのは女官や宮女を除くと、実質、私ひとりきり。
(女官さんが役職があって、宮女さんが平職員なんだよね)
ところで、皇上はどんなにお忙しそうでも、時間を見つけては居室を訪ねてくれる。今日だってそうだ。
うーむ、と首を傾げた。
(ほんとに、なにを考えているんだろう?)
もし、私を気に入っているのなら、私はもう後宮にいるんだ。だとすればもう「お手つき」になっているのだろうし。
(なってないってことは、違うんだよねぇ)
なんだかよく分からないままに、時間だけが過ぎていく。
「あの、皇上」
「なぁに?」
「私はここに、なぜいるのでしょうか」
「俺とお茶するため」
「あの、そうでなくって」
そう言いさした口に、甘い甜品がむぐりと突っ込まれる。
「むぐ!?」
「美味しいよねこれ」
突っ込まれたのは豌豆黄という、まぁいうなれば羊羹に近いものだろうか。
「……はぁ」
手で支えながら、もぐもぐと食べる。たしかに甘くて美味しいのです。
(……さっきのは、聞くなってこと?)
豌豆黄を嚥下しながら、うむむと考える。やっぱり良く分からないよ。
「ねぇ嫦娥」
「はい、皇上」
「ここでの生活、不自由はない? なにか、欲しいものとか」
「欲しいもの、ですか?」
衣食住、完璧に揃えていただいている。これで文句言っていたらいけないだろう。
私はふるふると首を振った。
「そう? なにか、新しい着物だとかも?」
「特に」
皇上を見上げながらそう答えると、皇上は困った顔をした。
「どうされました?」
「俺の経験値が低すぎて、何をどうしたらいいか分からないんだよ」
「経験値?」
なんの話だろう、と首を傾げた時。
「皇上、娘子」
つ、と近くに来た女官さんが礼を取って跪く。
私は思わず苦笑いした。
娘子……前世的に言うなら「奥様」かな。それは「皇后」とほとんど意味は同じ。
(身分的には、妃としてここにいるはずなのだけど)
妃と后の間には、純然たる違いがある。
側室と正妻。
だけれど実質、誰も傍に置いてこなかった皇上が私を傍に置いている。
(それも、御自ら迎えにいって、だ)
身分的にも問題ない、らしい。
元々「同姓不婚」……同じ名字での結婚を禁止するほどに近親での結婚に厳しいこの国で、血筋的に程近い「貴族」から後宮に上がる女性は少ない。
(確か、皇上のお母様も地方の長の娘だったはず)
高級官僚である士大夫の娘の私は「ちょうどいい身分」。
そんなこともあって周りの人たちは、完全に私を「時期皇后」と見ていたし、皇上も否定しないものだから「娘子」なんて呼ばれ方をするようになってしまった。
「免礼。どうしたの?」
「はい。皇太后様がお帰りです」
その言葉に、皇上は絶句して空を見上げた。
「……めんどくさいことになってきたなぁ」
それだけそっと、呟いて。
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