前世記憶有少女中華(風)後宮奮闘記〜悪逆女帝にはなりたくない!〜

にしのムラサキ

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皇太后

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「? 皇上おかみ?」

 苦虫を噛み潰したような顔で、皇上は眉間に指を当てた。
 こんな風になる皇上は珍しい……というか、初めて見た。

(てか、皇太后様ってことは)

 横目で皇上を見ながら考える。皇上のお母様、ってこだよね?

「嘘だろ、帰るなんて一言も」
「あなたが皇后を決めたと聞いて慌てて帰ってきたのよ憂炎ゆうえん

 凛とした、女性にしては低い声。
 そちらを見ると、華やかな衣装で着飾った美しい女性。
 背後には宮女と女官をこれでもか! と引き連れている。
 すぐ背後に控える宮女さんは絹で出来た日傘をさしかけ、その横の宮女さんは小さな銀の香炉を恭しく両手にのせて控えていた。

(なんの香りだろ)

 やたらといい香り。
 皇太后様本人は、見たところ、よわいは二十代にも見えるほど、若々しい。
 だけれど、その落ち着きは不惑を迎えているようにも感じる、不思議な女性だった。

「あ、ええと。皇太后陛下におかれましては肌艶もお日柄もよく、えーと、恐悦至極でございまして」
「ヤダヤダ、まぁったく。皇帝にまでなったのに、あなたはなあんにも変わらない」

 呆れたようにため息をついて、つ、と私に視線を移す。私は慌てて跪いて、礼を取った。

「皇太后様、お初にお目にかかります。士大夫秦馬高が娘、嫦娥でございます」
「嫦娥? あらヤダ~、縁起の悪い名前だこと」

 目を細めてそう言われるけれど、でもそれより気になることが多くて、暴言に近いその言葉にも苛ついたりはしなかった。
 そりゃあ、何が縁起が悪いんだろう、なんては思うけど。
 月におられる仙女様のお名前だ。

(けど、ほんとにそれどころじゃない!)

 気になる。
 気になりすぎる。
 私はちらりと皇太后様の背後を……その地面近くを見遣みやる。
 そこには、沢山の小型犬……。

(ええと、 獅子狗シーズー?)

 ざっと見て7、80……いや、もっといる?
 白と薄茶の混じる長い毛をフサフサさせながら、可愛らしい桃色の舌をちろりと出して、チョコチョコと動き回る。
 金魚のように優雅な尻尾を、はちきれんばかりに振っていた。
 皇太后様はそのうち一匹を大事そうに抱き上げると、何も言わずに踵を返す。
 沢山の女官と宮女、そして獅子狗の群れがそれにゾロゾロと続いていく。
 雲に乗って飛んでいく天女様のようだった。
 中庭には、皇太后様の香炉の香りだけが残っている。

「……ごめんね、びっくりした?」
「はぁ」

 私は皇上に手を取られ、立ち上がりながらとりあえずそう答えた。なんていうか、色々衝撃が強い人だぞ? クセも強そうですよ?

「母上……皇太后陛下は普段はしゅうにいるんだけれど」
「そんなに遠くに?」

 繍はらんでいちばん南に位置する街だ。

「うん、あの人の出身地。まぁ、俺が即位すると同時に隠居してね。色々と強烈っていうか、濃い人だから、うん……」

 それからハッと気がついたように、私を見つめる。

「本当にごめんね?」
「? いいえ?」
「名前のことを、あんな風に」

 眉を下げて、皇上は申し訳なさそうに言う。

「綺麗な名前なのに。月の仙女の名前……。あの人には、きちんと言っておくから」
「いいえ、気にしてないので」

 私は首を振る。
 やっぱり別に、不吉でもなんでもないよね?
 というか、他に気になること(獅子狗)が多すぎて。

「駄目」
「……はぁ」
「他にも何か言われたら絶対に俺に言って」
「はぁ」
「ああもう、本当にあの人さっさと帰らないかなぁ」

 皇上は口を尖らせながらそう言うけれど、私は思わず笑ってしまった。

「え、どうしたの?」
「や、あは、だって」

 皇上が普通の「男の子」みたいで、なんだか可愛らしくて。

(そんなことを言ったら失礼かな?)

 そう思って見上げた先で、皇上と目が合う。眩しそうな目を、していた。

「?」
「いや」

 皇上はふ、と視線をそらす。その目元がほんの少し赤い。母親との会話を見られて恥ずかしい、なんていうのが思春期の男の子らしくて、私はやっぱり笑ってしまった。

 
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