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鳥
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「要はー、この呪をかけた人間を、探せば良い……の、ですよね?」
すったもんだあった挙句、なんとか協力してくれることになった林杏さんはそう言って、1枚の紙を取り出した。
後宮の、憂炎様の執務室。
蝋燭の火で優雅に浮かび上がる、黒檀と紫檀の調度品で誂えられたその空間。
そこに、林杏さんの「はぁ」というため息が響いた。
「ほんとにもう……めんど、くさー」
「オイコラ本音タダ漏れてんぞ愚妹」
「愚兄は黙っててくだ、さーい」
林杏さんは取り出した紙を、テキパキと折っていく。
(……鳥?)
黒檀の卓の反対側に座る林杏様を、私はまじまじと見つめた。
彼女が折り上げたのは、小鳥の折り紙。
「そのー、ナントカとか言う悪い人の、なにか、ありますかぁ?」
「悪い人……って、宗元?」
私の横に座っていた憂炎様が問い返すと、林杏様は気怠げに頷く。
「髪の毛でもぉ、血、でも」
「……持ってこさせよう」
憂炎様の言葉に、司馬様がすぅと立ち上がり歩いていく。
(……この禁城のどこかに、いる、のかな)
いる、というよりは「ある」のか。
あの血腥い、宗元だったモノ、は。
私の膝の上で、いつのまにか目を覚ました玉藻さんが、窺うように林杏さんを見ていた。
「嫦娥」
ふ、と浩然が口を開く。
「チラッと聞いたんだが」
「? うん」
「その獅子狗、本当は妖で、喋るって本当か」
「うん」
私は玉藻さんを抱き上げた。
「話してあげて玉藻さん」
「いやじゃ」
獅子狗の可愛らしいお口をぱくぱくさせて発語したその言葉に、浩然と林杏さんは大きく目を見開いた。
「は、話してる」
「お山にも、あーんまり、いないよ。話す妖……へぇ」
興味深げな2人の視線が煩わしいのか、玉藻さんは丸まって、拗ねたように目を閉じる。
浩然の目は、それでも玉藻さんから離れない。
(可愛いもの、好きなんだよなぁ)
こっそり笑うと、目の端をほんの少し赤くした浩然と目が合った。
「……悪いやつじゃないんだよな?」
照れ隠しのような言葉に、思わず吹き出しながら私はこたえた。
「うん、友達」
「そうか、……うん」
答えながら、少し羨ましそう。玉藻さんのご機嫌が良いときにでも、撫でさせてあげよう……と。
私は気になっていたことを、今の間に聞こうと口を開く。
「……憂炎様」
「なぁに」
「なぜ宗元が"呪"にかかっていたと気づいたのですか?」
「ああ」
憂炎様は少し笑った。
「背中の真ん中にね、紋に縁取られた丸い穴があって」
「紋?」
浩然も少し興味深げに憂炎様を見つめる。
憂炎様は頷いた。
「呪をかけられた人間は、身体のどこかに必ず痕跡が残る」
「憂炎にわかる痕跡、だ、なんて~」
林杏さんが鼻で笑う。
「クソドシロウトなの」
「……だ。そうだ」
「妾だったら、指の毛一本分ほどの細さしか残さない~」
「へぇ」
「もちろん断面ほどのよ?」
思わず「へぇ!?」と叫んだ。
(それって、つまり毛穴一個くらいってこと?)
そんなの、見つけようがない……!
私が驚いているから、林杏さんは得意げに胸を逸らす。
「すごおい、でしょ?」
「すごい」
「ふふん」
拍手を贈ると、満更でもないように林杏さんは笑う。
「阿兎ほどじゃないけれど、なかなか見る目、あるじゃない? 嫦娥。声も似てるし」
「ねえごめん林杏、さっきから言ってる阿兎ってさ、俺思うんだけど」
「オイ待たせたな」
ちょうど司馬様が帰ってきて、卓に小さな紙の包みを置いた。
林杏さんがそれをゆっくりと開く……そこには、ひとふさの髪の毛。
「十分なの」
林杏さんは頷いた。そして、さっき折った折り紙の鳥に、さらさらと筆で何かを書きつけ、ふうと息を吹いた。
「……わ!」
私は目を瞠るーーそこにいたのは、紫色の艶やかな小鳥。ほんもの、だ!
小鳥は卓の上をちょん、ちょん、と歩き回る。
それから林杏さんは宗元の髪の毛にも、何やら指で印を刻んでから息を吹きかけた。
すると、髪の毛はもじゃもじゃと一本に纏まって行き、やがて1匹の青虫になった。
「……すごい」
「こんなの、かーんたん、なのっ」
林杏さんはやっぱり得意そう。
紫色の小鳥はやがて、青虫を啄み、ひと飲みにした。
「ほら、行ってくる、の」
林杏さんが立ち上がり、夜になり閉められていた、窓の木板を押し上げた。
小鳥は頷いたかのように、首をいちどふり、そこから夜空に飛びだっていく。
夜空には薄い月がひとつあるきりで、夜目が効かないならばすぐに迷ってしまいそうだけれど、……まぁ、あの小鳥には関係ないのかな。
「これ、でよし、です。あとは帰ってくるのを、待ちます」
そう言って、林杏さんは満足げに口の端をにぃ、っと上げた。
すったもんだあった挙句、なんとか協力してくれることになった林杏さんはそう言って、1枚の紙を取り出した。
後宮の、憂炎様の執務室。
蝋燭の火で優雅に浮かび上がる、黒檀と紫檀の調度品で誂えられたその空間。
そこに、林杏さんの「はぁ」というため息が響いた。
「ほんとにもう……めんど、くさー」
「オイコラ本音タダ漏れてんぞ愚妹」
「愚兄は黙っててくだ、さーい」
林杏さんは取り出した紙を、テキパキと折っていく。
(……鳥?)
黒檀の卓の反対側に座る林杏様を、私はまじまじと見つめた。
彼女が折り上げたのは、小鳥の折り紙。
「そのー、ナントカとか言う悪い人の、なにか、ありますかぁ?」
「悪い人……って、宗元?」
私の横に座っていた憂炎様が問い返すと、林杏様は気怠げに頷く。
「髪の毛でもぉ、血、でも」
「……持ってこさせよう」
憂炎様の言葉に、司馬様がすぅと立ち上がり歩いていく。
(……この禁城のどこかに、いる、のかな)
いる、というよりは「ある」のか。
あの血腥い、宗元だったモノ、は。
私の膝の上で、いつのまにか目を覚ました玉藻さんが、窺うように林杏さんを見ていた。
「嫦娥」
ふ、と浩然が口を開く。
「チラッと聞いたんだが」
「? うん」
「その獅子狗、本当は妖で、喋るって本当か」
「うん」
私は玉藻さんを抱き上げた。
「話してあげて玉藻さん」
「いやじゃ」
獅子狗の可愛らしいお口をぱくぱくさせて発語したその言葉に、浩然と林杏さんは大きく目を見開いた。
「は、話してる」
「お山にも、あーんまり、いないよ。話す妖……へぇ」
興味深げな2人の視線が煩わしいのか、玉藻さんは丸まって、拗ねたように目を閉じる。
浩然の目は、それでも玉藻さんから離れない。
(可愛いもの、好きなんだよなぁ)
こっそり笑うと、目の端をほんの少し赤くした浩然と目が合った。
「……悪いやつじゃないんだよな?」
照れ隠しのような言葉に、思わず吹き出しながら私はこたえた。
「うん、友達」
「そうか、……うん」
答えながら、少し羨ましそう。玉藻さんのご機嫌が良いときにでも、撫でさせてあげよう……と。
私は気になっていたことを、今の間に聞こうと口を開く。
「……憂炎様」
「なぁに」
「なぜ宗元が"呪"にかかっていたと気づいたのですか?」
「ああ」
憂炎様は少し笑った。
「背中の真ん中にね、紋に縁取られた丸い穴があって」
「紋?」
浩然も少し興味深げに憂炎様を見つめる。
憂炎様は頷いた。
「呪をかけられた人間は、身体のどこかに必ず痕跡が残る」
「憂炎にわかる痕跡、だ、なんて~」
林杏さんが鼻で笑う。
「クソドシロウトなの」
「……だ。そうだ」
「妾だったら、指の毛一本分ほどの細さしか残さない~」
「へぇ」
「もちろん断面ほどのよ?」
思わず「へぇ!?」と叫んだ。
(それって、つまり毛穴一個くらいってこと?)
そんなの、見つけようがない……!
私が驚いているから、林杏さんは得意げに胸を逸らす。
「すごおい、でしょ?」
「すごい」
「ふふん」
拍手を贈ると、満更でもないように林杏さんは笑う。
「阿兎ほどじゃないけれど、なかなか見る目、あるじゃない? 嫦娥。声も似てるし」
「ねえごめん林杏、さっきから言ってる阿兎ってさ、俺思うんだけど」
「オイ待たせたな」
ちょうど司馬様が帰ってきて、卓に小さな紙の包みを置いた。
林杏さんがそれをゆっくりと開く……そこには、ひとふさの髪の毛。
「十分なの」
林杏さんは頷いた。そして、さっき折った折り紙の鳥に、さらさらと筆で何かを書きつけ、ふうと息を吹いた。
「……わ!」
私は目を瞠るーーそこにいたのは、紫色の艶やかな小鳥。ほんもの、だ!
小鳥は卓の上をちょん、ちょん、と歩き回る。
それから林杏さんは宗元の髪の毛にも、何やら指で印を刻んでから息を吹きかけた。
すると、髪の毛はもじゃもじゃと一本に纏まって行き、やがて1匹の青虫になった。
「……すごい」
「こんなの、かーんたん、なのっ」
林杏さんはやっぱり得意そう。
紫色の小鳥はやがて、青虫を啄み、ひと飲みにした。
「ほら、行ってくる、の」
林杏さんが立ち上がり、夜になり閉められていた、窓の木板を押し上げた。
小鳥は頷いたかのように、首をいちどふり、そこから夜空に飛びだっていく。
夜空には薄い月がひとつあるきりで、夜目が効かないならばすぐに迷ってしまいそうだけれど、……まぁ、あの小鳥には関係ないのかな。
「これ、でよし、です。あとは帰ってくるのを、待ちます」
そう言って、林杏さんは満足げに口の端をにぃ、っと上げた。
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