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妖
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「ありゃ、これはまた下手くそな」
内廷から出て、外宮である承武宮の屋根の上を見上げながら、玉藻さんは小声でそう言った。
暗い夜空に、松明の火で浮かび上がる姿。
沢山の兵たちに囲まれ、矢を向けられていた。
「あれはダメじゃ。戻らんな」
「戻らない、って?」
「妖を引き離せるようなら、してやろうかと思うたのじゃ」
ふー、と獅子狗の可愛らしい黒い鼻から、小さなため息を漏らす。
「ほら妾もこんな姿じゃろ? ちと同情したのじゃが」
ま、自業自得じゃな、と玉藻さんが見つめる先には、異形。
……異形、とそう思わず形容してしまうようなその姿。
ヒトとしての姿は、ギリギリ残しているものの。
「……なんだこの匂い」
磊がぽそりと呟く。
あたりに充満しているのは、ひどく生臭い……魚の腐った匂いに、硫黄を混ぜまたような臭い。
「あやつの呼気じゃ。瘴気が濃い。あまり吸うなよ」
玉藻さんは笑う。
「下手をすれば、死ぬぞ」
慌てて、磊が兵に向かって叫びながら、私の口に布を押し当てた。
「各自! あまり深く息を吸い込むな!」
それぞれが、片袖や手拭いで口を覆う。
私も慌てて、抱っこしている玉藻さんの口を覆った。
「コラ苦しい。妾は大丈夫じゃ。大妖じゃぞ? 大妖」
文句を言われて、手を離す。
「ありがとう」
玉藻さんは大丈夫そうなので、お礼を言いながら磊から布をうけとり、きっちりと口に押し当て直す。磊は目で頷いた。鋭くて優しい金色の目が揺れる。
憂炎様は刀を手に、じっと屋根の上を睨みつけたまま、口を開く。
「九尾、アレは普通の矢で死ぬのか」
「アレにとり憑いておるのは……まぁ、土螻じゃな。そう簡単には死なぬ。首を斬らんと」
「そうか」
憂炎様は目を細めた。
「オイコラ、また自分でやる気じゃねーだろうな」
「場合によってはね」
「させるかバーカ」
私は布で口を覆ったまま、その異形を見つめ続けた。
額と頭から生えた、四本の角。
異常なほど盛り上がった腰に、手先と爪先だけで四つ足を付くように立っていた。
ぴん、と伸びた指先。
ふしゅるる、と漏れる呼気。
乱れた髪の毛の間から爛々と光る、濁った瞳。
「……あれ」
ふと呟く。
「どうした?」
腕の中で、玉藻さんが首を傾げた。
「ううん、若いな、って……」
先帝のお妃、って聞いていたからてっきりもっと年上を想像していた。
けれど、……私より、少し年上くらい?
「そうじゃなぁ。おい小童、アレは先帝の妃なんじゃな? そちのじゃないな?」
「俺じゃない。……先帝の後宮に入ったのが14。皇子を産んでいるけれど、妊娠中に先帝が崩御してて、その弟には俺もあったことはない」
「……てことは」
先帝の崩御から年齢を考えると。
「まだ17歳か、18歳くらい、でしょうか」
皇子は2歳になるかな、くらいだろうか?
「だね」
憂炎様は頷いて、私は血の気がさあっと引いた。憂炎様とその年齢差を、考えると。
(慶明の!)
前世で読んでた、漫画の登場人物……!
悪逆女帝になった私の首をはねた、その張本人。
(……このひとが、そのお母さん)
異形と化していた、そのおどろおどろしい瞳と、目が合う。
乱れた髪を揺らしながら、彼女はぎぎぎ、と首を傾げた。
「……っ」
ヒトとして、明らかに曲がらない角度まで首が傾いた。
ぞっとして、思わず一歩下がる。
気味が悪いほど赤い、赤い唇が、ゆっくりと動いた。
白い歯はどれも酷く尖って、禍々しい。
何度かぱくぱく、と口を動かしたあと、「ううう」と低い、男のような声が彼女から漏れた。
そうして。
『ジョウガ』
私の名前を、確かにその異形は発音して、ーー笑った。
内廷から出て、外宮である承武宮の屋根の上を見上げながら、玉藻さんは小声でそう言った。
暗い夜空に、松明の火で浮かび上がる姿。
沢山の兵たちに囲まれ、矢を向けられていた。
「あれはダメじゃ。戻らんな」
「戻らない、って?」
「妖を引き離せるようなら、してやろうかと思うたのじゃ」
ふー、と獅子狗の可愛らしい黒い鼻から、小さなため息を漏らす。
「ほら妾もこんな姿じゃろ? ちと同情したのじゃが」
ま、自業自得じゃな、と玉藻さんが見つめる先には、異形。
……異形、とそう思わず形容してしまうようなその姿。
ヒトとしての姿は、ギリギリ残しているものの。
「……なんだこの匂い」
磊がぽそりと呟く。
あたりに充満しているのは、ひどく生臭い……魚の腐った匂いに、硫黄を混ぜまたような臭い。
「あやつの呼気じゃ。瘴気が濃い。あまり吸うなよ」
玉藻さんは笑う。
「下手をすれば、死ぬぞ」
慌てて、磊が兵に向かって叫びながら、私の口に布を押し当てた。
「各自! あまり深く息を吸い込むな!」
それぞれが、片袖や手拭いで口を覆う。
私も慌てて、抱っこしている玉藻さんの口を覆った。
「コラ苦しい。妾は大丈夫じゃ。大妖じゃぞ? 大妖」
文句を言われて、手を離す。
「ありがとう」
玉藻さんは大丈夫そうなので、お礼を言いながら磊から布をうけとり、きっちりと口に押し当て直す。磊は目で頷いた。鋭くて優しい金色の目が揺れる。
憂炎様は刀を手に、じっと屋根の上を睨みつけたまま、口を開く。
「九尾、アレは普通の矢で死ぬのか」
「アレにとり憑いておるのは……まぁ、土螻じゃな。そう簡単には死なぬ。首を斬らんと」
「そうか」
憂炎様は目を細めた。
「オイコラ、また自分でやる気じゃねーだろうな」
「場合によってはね」
「させるかバーカ」
私は布で口を覆ったまま、その異形を見つめ続けた。
額と頭から生えた、四本の角。
異常なほど盛り上がった腰に、手先と爪先だけで四つ足を付くように立っていた。
ぴん、と伸びた指先。
ふしゅるる、と漏れる呼気。
乱れた髪の毛の間から爛々と光る、濁った瞳。
「……あれ」
ふと呟く。
「どうした?」
腕の中で、玉藻さんが首を傾げた。
「ううん、若いな、って……」
先帝のお妃、って聞いていたからてっきりもっと年上を想像していた。
けれど、……私より、少し年上くらい?
「そうじゃなぁ。おい小童、アレは先帝の妃なんじゃな? そちのじゃないな?」
「俺じゃない。……先帝の後宮に入ったのが14。皇子を産んでいるけれど、妊娠中に先帝が崩御してて、その弟には俺もあったことはない」
「……てことは」
先帝の崩御から年齢を考えると。
「まだ17歳か、18歳くらい、でしょうか」
皇子は2歳になるかな、くらいだろうか?
「だね」
憂炎様は頷いて、私は血の気がさあっと引いた。憂炎様とその年齢差を、考えると。
(慶明の!)
前世で読んでた、漫画の登場人物……!
悪逆女帝になった私の首をはねた、その張本人。
(……このひとが、そのお母さん)
異形と化していた、そのおどろおどろしい瞳と、目が合う。
乱れた髪を揺らしながら、彼女はぎぎぎ、と首を傾げた。
「……っ」
ヒトとして、明らかに曲がらない角度まで首が傾いた。
ぞっとして、思わず一歩下がる。
気味が悪いほど赤い、赤い唇が、ゆっくりと動いた。
白い歯はどれも酷く尖って、禍々しい。
何度かぱくぱく、と口を動かしたあと、「ううう」と低い、男のような声が彼女から漏れた。
そうして。
『ジョウガ』
私の名前を、確かにその異形は発音して、ーー笑った。
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