前世記憶有少女中華(風)後宮奮闘記〜悪逆女帝にはなりたくない!〜

にしのムラサキ

文字の大きさ
58 / 80

しおりを挟む
 ぎぎ、ぎ……とあやかし、いや慶麗けいれい様と呼んだ方がいいのかーーとにかく彼女の首は、さらに回転していく。
 笑顔の、まま。

「……狂ってる」

 近くにいた兵が、ぽそりと呟いた。
 それを耳にした玉藻さんが、くっくっと小さく笑う。

「狂うもなにも、妖じゃのに」

 ぼきり、ごきり、と骨が折れる音をさせながら一回転して、元の位置に顔が戻った。
 けれど骨が折れているせいか、少し伸びた首がぶらん、と揺れる。

『じょおおおおが、あな嬉しヤァ。貴様が、嫦娥じょうがダなぁア? お前の顔ヲ、直接拝めル日が来るとハなぁぁ』

 発音も高低もめちゃくちゃな、ひどく聞き取り辛い男のような声で、それでもはっきりと彼女はそう言った。

『憎イ、お前ガ憎い。なんでお前ダケ幸せニなれるんだお前だけお前ダケオマエダケオマエダケ』

 しゅうしゅう、とまた呼気が上がる。薄く黄色いそれは、明らかな毒を含んでいる色。

「……知り合いか、嫦娥」

 磊が私を背中に庇う。私は首を振った。

(見覚えなんか、ない……)

 そもそも、私のやしきでのあんな暮らしで、宮中のお妃様と知り合う機会なんて、なかった。

(小さい頃、宮廷に遊びに来ていた頃は、まだこの方は後宮にお入りになってないはずだし)

 接点、というのが思い浮かばない。
 けれど、ひとつだけはっきりしている。

(……この人は、私を憎んでいる)

 それも、苛烈に。
 自らを妖に堕としてまで。

「……」

 憂炎様は厳しい視線で、ただ慶麗様を見つめていた。

『あな、口惜シや、狂おシや。なぜわらわばかリあノような爺二抱かれ、汚され、子まデ生まされタ?』

 ぎり、と唇を噛む。
 尖った歯がまだ柔らかさを残していた唇を噛みちぎり、ぼたぼたと血が溢れた。

『妾は、妾とテ、恋をシていたのに』

 ほとんど前動作無く、彼女は飛翔したーーこちらに向かって、真っ直ぐに。

「放て!」

 憂炎様の声に、次々と矢が放たれた。

『そっ首、噛みちぎっテやる』

 がいん、と硬い音。
 身体中に矢の刺さった慶麗様の歯は、磊の太刀をぎりぎりと噛んで。

『何故邪魔ヲするッ』
「うっせーボケ!」

 磊がそのまま足で慶麗様の身体を蹴り上げるーーと、慶麗様は身体を無理やり捻って、それを避けた。
 またも、ぼきぼきと骨の折れる音がーー。

「妖の動きに、身体がついてきておらぬのぅ」

 玉藻さんが呆れたように言う。

「痛みも、苦しみも、感じているはずだがの」

 その言葉に、芯からゾッとした。
 どれだけの痛み、なのだろう。
 骨が折れ、肉が裂け、全身に矢を受けて。それでも死ねずに、荒く叫ぶしかなく。
 そして、それでも余りあるほどに、私を憎んでいるーー。

「嫦娥、下がって。誰か、貴妃を連れて内廷まで。妖はここで討つ」

 憂炎様の言葉に、近くにいた兵士何人かに促され、無理やりに歩かされる。

「ま、まって」

 私は立ち止まり、首を振った。

「なんで、なんでなのですか!」

 口から布を放し、叫ぶ。
 肺に瘴気しょうきが入り込み、少し咳こんでしまいながら、それでも。

「わたくしは、貴方様に何かしてしまいましたか!?」

 全身全霊で、憎まれるまでに!?



 磊の剣戟をその身に受けながら、それでも慶麗様はわらい、叫ぶ。

『何も! けレど嫦娥、お前ハ、憂炎様に愛されたッ!』

 すでにまっすぐ立つほどの骨が残っていないのだろう、慶麗様はぷるぷると震えながら、その額の角までも使い身体を支えながら、血を吐くように言う。

『妾だって、妾だって、憂炎様をお慕いしていたッ! けれど妾はあんな、あんな爺に! 汚されて!』

 がふう、がふう、と獣のような呼吸を繰り返しながら、慶麗様は続ける。ぼとぼとと、舞い散る赤黒い血液。

『最初は良かっタ。どうせスぐに追い出されルだろうトーー他の妃のようにッ! なのに、なのに! お前ハ! お前だケは!』

 ううう、と地の奥から響く声。

『憂炎様に、娘子じょうしと呼ばるる相手ができたと知っタとき! 妾の心は千々に、乱れたッ! あのとき、妾の心は死ンだッ!』

 カッ、と慶麗様は目を見開き、今までにない速度で走り出すーー。
 目にも留まらぬ、とはこのことか。まるで、ほとんど動けなくなっていたのが嘘かのように……違う、油断させるための演技だったの!?

「……っ!」
「嫦娥!」

 憂炎様が叫び、こちらに走り出すーー。
 私は背を向けて逃げだそうとするけれど、あっという間に背後にあの、荒い呼吸が迫った。
 苦しそうな、けれど愉悦の混じった荒い息!

(苦しい)

 殺される恐怖よりも、瘴気で息が苦しく、動けなくなるほうが先だった。

「娘子!」

 兵士さんに支えられて振り向くと、目の前に爛々と光る、狂気じみた獰猛なまなざし
 私を殺せる歓喜の色に、染まったそれ。
 開かれた口腔は、肉食獣の如く。

「嫦娥!」

 その声の主に私は庇われていて、そしてほとんど同時に、私は叫んだ。

「……磊ッ!!」

 いや! と言いながら力が抜けていくその身を抱きしめる。
 血塗れで、私にもたれかかるようにずるずるとしゃがみ込む磊。

「や、いや、磊、目を開けて」

 イヤイヤ、と腕にいた玉藻さんごと彼を抱きしめ、子供のように首を振る。
 頭に過るのは、そう、前世で見た漫画でーー磊は同じように、私を庇って死んだのだった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

【本編,番外編完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る

金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。 ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの? お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。 ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。 少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。 どうしてくれるのよ。 ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ! 腹立つわ〜。 舞台は独自の世界です。 ご都合主義です。 緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...