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宿命
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「磊、磊、磊。し、死なないで……!」
「……勝手に殺すな、ボケ」
ぐ、と磊の身体に力が戻る。
金の眸と目が合った。険しい目つきが、ふ、と緩む。
「ま、幸せな死に方だったかもしんねーけどな」
「縁起でもないことを!」
磊の肩越しに、憂炎様が慶麗様の頭を足で押さえつけているのが見えた。
『こ、このような姿、憂炎様だけには、お見せしとうございませんでした』
やはり、さっきのは最後の力を振り絞って、だったのだろうか。
ぐたりと地面に横たわる姿からは、もう動くことが叶わないのであろうことがはっきりと分かった。
「そう」
淡々と、憂炎様はそう返す。
「最期に聞くけれど。黒幕は誰?」
『……お慕いして、おりました』
憂炎様の唇が、かすかに動いた。
けれどそれは発語されることなく、二人の会話は、それだけ。
慶麗様は、薄く笑った。
一閃。
刀が松明に煌く。
血飛沫が、舞った。
ごとり、と。
慶麗様の首と胴体が離れた音が、した。
「……早く医師を」
磊を見て言う憂炎様の言葉に、慌てて兵士さんたちが動き出す。
憂炎様は刀を振って血飛沫を飛ばし、鞘に収める。
弧を描いて飛んだその血を、私は半ば放心状態で見つめていた。
ただ、麻痺した感覚の中で、酷くその様が綺麗だったことだけを、覚えている。
ぱっ、と目を覚ますと、自分の居室の寝台の上だった。
「起きたか」
玉藻さんが至近距離から覗き込んできていた。
「……玉藻さん」
「瘴気をよう吸っておったの。薬を飲ませるのも一苦労だったわい」
「ご迷惑を」
身体を起こそうとして、すっと止められた。
「憂炎様!?」
いらしたのか、と目を白黒させる。
長椅子で横になられていたみたいだった。
「無理しないで。……ごめんね」
悲しそうに、憂炎様は私の頬に触れた。
「後宮にいるより、俺や磊といたほうが安全だと踏んで君を連れて行ったのに」
ゆっくりと私の頬を撫でる指先。
「却って怖い目に遭わせたね」
「い、いえ……というか!」
私はやっぱり跳ね起きた。
「っ、うー」
頭がくらりとする。慌てて憂炎様が支えてくれた。
「言わんこっちゃない」
「……っ、磊、磊は」
私は憂炎様を見上げる。
「磊は、無事なのですか」
「無事だよ。今は邸に下がらせてるけれど、ま、一月もすれば出仕できるようになると思う」
「ひとつき……」
そんなに、大きな怪我を。
「怪我というより、瘴気……毒だね。怪我口から直接、体内に入ったから」
私は思わず絶句する。
あの、毒が。
(吸っただけで、私はこんなふうになっているのに)
なのに、それが身体に。
思わず震える私の背中を、憂炎様が慰めるように撫でてくれた。
「嫦娥と磊では鍛え方が違う。案外ピンピンしてるから、そんなに気に病まないで」
「……でも」
申し訳なくて、夜具を握りしめた。
(あのとき)
憂炎様が、兵士さんに私を連れて下がるように言ったとき。
あのとき、すぐに逃げていれば、こんなことにはーー!
唇を噛み締める。ぼたぼたと涙がこぼれた。
「ええと、あの、その、嫦娥」
アタフタと両手を動かした後、憂炎様はそっと私を抱きしめた。
「……無事で良かった」
優しい声が降ってくる。
「今回の騒動、死者は奇跡的にいなかった」
とんとん、と背中を叩く優しい手つき。
「今は、それで納得して? 嫦娥」
「……はい」
「少し休んで」
暖かい体温に、つい、縋り付いてしまう。ぎゅっと握った憂炎様の袍。
「なーにを赤くなっとるのじゃ小童」
ふん、と玉藻さんが鼻を鳴らす。
「接吻までしていたというに」
「きゅ、九尾ッ!」
慌てたように、憂炎様は私の顔を覗き込む。接吻? え、どういう……え!?
「……接吻?」
そっと尋ねると、憂炎様は慌てたように首を振る。
「ちが、違う違う違う! その、単に薬を! 嫦娥意識がなくて!」
ああ、と私は頷いた。玉藻さんの「薬を飲ませるの、苦労した」って、コレのことか……。
「人命救助! でもごめん!」
「いえ、ご迷惑を」
「いや全然迷惑じゃないっていうか役得っていうか、ええとそうじゃなくて、ええと」
慌てたように憂炎様はそう言って、そのあと項垂れた。
「……嫌、だった?」
「ええと、嫌というか、意識もなかったですし」
そう答えると、安心したような、複雑なような、そんな顔で憂炎様は少しだけ、笑った。
「本当は、普通にしたいんだけれど」
私は眉を下げた。
どう答えるのがいいんだろう?
私の頭を、ぽん、と憂炎様は撫でる。
「まだいい」
「憂炎様」
「落ち着いてから、聞くから。じゃあ医師を呼ぶから、寝てて」
居室を出て行く憂炎様の背中を見送りながら、私は思う。
(あの人はーー嘘つきだ)
なにが、感情を捨てるだ。
全然、捨て切れてない。
(ごめんねと、最期にあなたは言っていた)
慶麗様に、最期にーーごめんね、と。そう小さく唇を動かした。
(慶麗様は、救われたのだろうか)
少しは、彼女の重荷を減らせたのだろうか?
(けれど)
私は思う。
けれど、その分を、憂炎様は背負って行く。背負って、歩いて行く。
(ひとりで、たったひとりで)
それが、皇帝という生き物の宿命なのだろうか。
「……勝手に殺すな、ボケ」
ぐ、と磊の身体に力が戻る。
金の眸と目が合った。険しい目つきが、ふ、と緩む。
「ま、幸せな死に方だったかもしんねーけどな」
「縁起でもないことを!」
磊の肩越しに、憂炎様が慶麗様の頭を足で押さえつけているのが見えた。
『こ、このような姿、憂炎様だけには、お見せしとうございませんでした』
やはり、さっきのは最後の力を振り絞って、だったのだろうか。
ぐたりと地面に横たわる姿からは、もう動くことが叶わないのであろうことがはっきりと分かった。
「そう」
淡々と、憂炎様はそう返す。
「最期に聞くけれど。黒幕は誰?」
『……お慕いして、おりました』
憂炎様の唇が、かすかに動いた。
けれどそれは発語されることなく、二人の会話は、それだけ。
慶麗様は、薄く笑った。
一閃。
刀が松明に煌く。
血飛沫が、舞った。
ごとり、と。
慶麗様の首と胴体が離れた音が、した。
「……早く医師を」
磊を見て言う憂炎様の言葉に、慌てて兵士さんたちが動き出す。
憂炎様は刀を振って血飛沫を飛ばし、鞘に収める。
弧を描いて飛んだその血を、私は半ば放心状態で見つめていた。
ただ、麻痺した感覚の中で、酷くその様が綺麗だったことだけを、覚えている。
ぱっ、と目を覚ますと、自分の居室の寝台の上だった。
「起きたか」
玉藻さんが至近距離から覗き込んできていた。
「……玉藻さん」
「瘴気をよう吸っておったの。薬を飲ませるのも一苦労だったわい」
「ご迷惑を」
身体を起こそうとして、すっと止められた。
「憂炎様!?」
いらしたのか、と目を白黒させる。
長椅子で横になられていたみたいだった。
「無理しないで。……ごめんね」
悲しそうに、憂炎様は私の頬に触れた。
「後宮にいるより、俺や磊といたほうが安全だと踏んで君を連れて行ったのに」
ゆっくりと私の頬を撫でる指先。
「却って怖い目に遭わせたね」
「い、いえ……というか!」
私はやっぱり跳ね起きた。
「っ、うー」
頭がくらりとする。慌てて憂炎様が支えてくれた。
「言わんこっちゃない」
「……っ、磊、磊は」
私は憂炎様を見上げる。
「磊は、無事なのですか」
「無事だよ。今は邸に下がらせてるけれど、ま、一月もすれば出仕できるようになると思う」
「ひとつき……」
そんなに、大きな怪我を。
「怪我というより、瘴気……毒だね。怪我口から直接、体内に入ったから」
私は思わず絶句する。
あの、毒が。
(吸っただけで、私はこんなふうになっているのに)
なのに、それが身体に。
思わず震える私の背中を、憂炎様が慰めるように撫でてくれた。
「嫦娥と磊では鍛え方が違う。案外ピンピンしてるから、そんなに気に病まないで」
「……でも」
申し訳なくて、夜具を握りしめた。
(あのとき)
憂炎様が、兵士さんに私を連れて下がるように言ったとき。
あのとき、すぐに逃げていれば、こんなことにはーー!
唇を噛み締める。ぼたぼたと涙がこぼれた。
「ええと、あの、その、嫦娥」
アタフタと両手を動かした後、憂炎様はそっと私を抱きしめた。
「……無事で良かった」
優しい声が降ってくる。
「今回の騒動、死者は奇跡的にいなかった」
とんとん、と背中を叩く優しい手つき。
「今は、それで納得して? 嫦娥」
「……はい」
「少し休んで」
暖かい体温に、つい、縋り付いてしまう。ぎゅっと握った憂炎様の袍。
「なーにを赤くなっとるのじゃ小童」
ふん、と玉藻さんが鼻を鳴らす。
「接吻までしていたというに」
「きゅ、九尾ッ!」
慌てたように、憂炎様は私の顔を覗き込む。接吻? え、どういう……え!?
「……接吻?」
そっと尋ねると、憂炎様は慌てたように首を振る。
「ちが、違う違う違う! その、単に薬を! 嫦娥意識がなくて!」
ああ、と私は頷いた。玉藻さんの「薬を飲ませるの、苦労した」って、コレのことか……。
「人命救助! でもごめん!」
「いえ、ご迷惑を」
「いや全然迷惑じゃないっていうか役得っていうか、ええとそうじゃなくて、ええと」
慌てたように憂炎様はそう言って、そのあと項垂れた。
「……嫌、だった?」
「ええと、嫌というか、意識もなかったですし」
そう答えると、安心したような、複雑なような、そんな顔で憂炎様は少しだけ、笑った。
「本当は、普通にしたいんだけれど」
私は眉を下げた。
どう答えるのがいいんだろう?
私の頭を、ぽん、と憂炎様は撫でる。
「まだいい」
「憂炎様」
「落ち着いてから、聞くから。じゃあ医師を呼ぶから、寝てて」
居室を出て行く憂炎様の背中を見送りながら、私は思う。
(あの人はーー嘘つきだ)
なにが、感情を捨てるだ。
全然、捨て切れてない。
(ごめんねと、最期にあなたは言っていた)
慶麗様に、最期にーーごめんね、と。そう小さく唇を動かした。
(慶麗様は、救われたのだろうか)
少しは、彼女の重荷を減らせたのだろうか?
(けれど)
私は思う。
けれど、その分を、憂炎様は背負って行く。背負って、歩いて行く。
(ひとりで、たったひとりで)
それが、皇帝という生き物の宿命なのだろうか。
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