前世記憶有少女中華(風)後宮奮闘記〜悪逆女帝にはなりたくない!〜

にしのムラサキ

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「ねえ嫦娥じょうが、鯉は見つかった?」

 翌日の朝。というか、むしろ昼。
 遅めの朝餉をいただいていると(さすがに起きられなかった……)皇太后様が来て、開口一番そう言った。

「……こい」
「人面魚」

 皇太后様のまわりでは、109匹……じゃない、にん獅子狗シーズー(もしかして、妖かもしれない)が自由にウロウロとしている。
 金魚のような優雅な尻尾が、はちきれんばかりに振れていた。

「……申し訳ありません、バタついていまして」
「そ? なら仕方ないわねぇ」

 大勢の女官さん、宮女さん、獅子狗を引き連れて、皇太后様は私の居室へやから出て行った。

「……ご存知ないのでしょうか、昨晩の騒ぎ」

 もう皇太后様はいないのに、香桐こうとうさんは小声でこっそりと言う。

「うーん」

 私は首をひねる。どうだろうか、知っててもあんな感じな気がする……。
 昨日の、騒ぎ。
 たった一晩前のことなのに、もうずいぶん昔の話のよう。

(……ていうか! ほんと混乱してきた)

 慶麗けいれい様。
 あの姿を思い返すと、ほんとうにゾッとする。

(あんな風になるまでの、なってしまうまでの、恋)

 自分の姿を変えてしまうまでの、溶岩のような感情。
 どれだけの想いが、その熱量が、彼女をあの姿に変えたのだろうか。

「……頭が爆発しそう」
「!?」

 香桐さんが飛んでくるように、私のそばまで来て頭に触れる。

「だ、だだだ大丈夫ですか娘子じょうし、爆発とは、爆発とはっ!?」
「比喩、比喩だって香桐さんっ」

 二人でわちゃわちゃしていると、ちかくの長椅子に横になっていた玉藻ぎょくそうさんが呆れたようにあくびをした。

「あは、仲良さそうだね二人」

 楽しげな声で、振り向く。
 扉が開いていて、そこには憂炎様が立っていた。その横には林杏りんしん。そしてーー。

「……?」
「お初にお目にかかります、青龍山の鳳果ほうかと申します」

 す、と歩み出て跪拝してくるのは、絹のような長い銀の髪に、青い瞳の男の人、だった。

「青龍山……?」
アタシの、お師匠なの」

 林杏が笑う。その先を憂炎様が引き取って、続けた。

「今回のことで、少し話を伺うことになって」
「はぁ」
「嫦娥の好きにしていいけれど」

 気遣うように、憂炎様は言った。

「もし話が聞きたいのなら、一緒に、と思って」

 私はほんの少し黙って、それから頷いた。
 知らないところで話が進むのは、なんだかもう嫌だ。
 三人と一緒に移動したのは、憂炎様の私室。
 黒檀こくたんの調度品で設えられたその居室へやは、相変わらず書類や本でごっちゃ返している。

「ごめんね、コレさぁ、下手に触ると却って訳分かんなくなるからさ」
「あー、わかります」

 返事をしつつ、書類を避けて座る。

「見られてマズイものはないから気にしないで……さて」

 改めて、と鳳果様を紹介してもらう。

「青龍山の沙門さもん、鳳果ともうします」

 沙門……ってことは、お坊さんってことか。
 この国の宗教は、かならずしも剃髪しなくていい、みたいな感じなんだけれど……けれど髪を纏めることもなく、こんな風に髪を下ろしてーー垂髪にしてる僧侶はあんまりいないんじゃないかなぁ。

(それに)

 私の目は、どうしたってその髪色に釘付け。
 あまりにも、綺麗な銀色。

「お目新しくございますか」
「あ、いえ、その、すみません」

 じろじろ見てしまって……と恐縮すると、鳳果様は笑った。

「いえいえ、人目を気にしていればとっくに剃髪しております。お気になさらず」

 祖父がいつの出身なのですよ、と鳳果様は言う。

「聿の?」
「はい。それも、払菻ふつりんの出身でして」
「ああ」

 私は頷く。話には聞いたことがある。隣の国、聿の南西、払菻に住む人々は、色素が薄いのだと。

両親ふたおやも兄弟たちも、みな黒髪に黒い目なのですが、わたしだけ母方の祖父の血が強かったようで」
「そうなのですね」

 穏やかな、その青い目に向かって、うなずいてみせた。
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