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唯一
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走り出した列車。
窓越しに、一列に並んだ駅員さんたちが手を振ってくれる。ちょっと気恥ずかしいです。
洋室の深緑色のソファに座って、列車のパンフレットを見ていると、リンゴンと可愛らしい鐘の音。
謙一さんが扉を開けると、トレインクルー(と、そう呼ぶらしい)の男性がニコニコとメニューを差し出してくれた。
「ウェルカムドリンクのメニューとなります」
どうぞ、と渡されたけれど……ずらりと並ぶ、よく知らないワインの名前たち。
「君の好みはこの辺りだろうと思う」
謙一さんが指でいくつか候補を挙げてくれる。そのうちから国産だという白ワインを選んで、はふうと息をついた。
「あのー、謙一さん?」
「どうした?」
「私、マナーとか知りませんからね!?」
さっきパンフレットを見ていて気がついた。ディナー(予想通り、ドレスコードあり)は二両目にあるダイニング(電車なのに)に指定の時間に集まることになっていた。
「だから、謙一さん、恥をかくかも」
「大丈夫だ、問題ない」
謙一さんは破顔する。
「高級レストランの食事じゃないんだ。要は観光列車なのだから、気楽にしてくれ。ドレスコードも形だけのようなものだし」
「……そういうものですかぁ?」
訝しんでいると、またリンゴンと鐘の音。
返事をして入ってもらって、ソファ前のテーブル(さすがに電車内、がっつり固定してある)にワイングラスをふたつ、置いた。
白と赤。
恭しい礼とともに、トレインクルーさんは出て行く。ぱたむ、という音は走行音にかき消されて──気がつけば、列車は地上を走り出していた。流れていく都内の街並み。
「このまま日本海側へ向かうんだ」
「日本海側……」
それで寒い寒いと謙一さんは言っていたわけ、か。
「あの、そっちではなにをするんですか? 電車?」
電車乗り継ぎ旅なの?
「目的地までは。……そのあとは、もう帰りまで乗らない」
ワイングラスを持って謙一さんは微笑む。
「君が──少しでも楽しんでくれるといいのだけれど」
「……あの、ありがとうございます」
私もワイングラスを待つ。謙一さんはグラスを胸まで軽く掲げてから、口をつけた。……そうそう、グラス当てちゃいけないんだワインって。
私も口をつける。さらりとしたフルーティーな味わいで、まじまじとグラスの中の液体を見つめる。
「美味しい!」
「──良かった」
謙一さんが薄く笑い皺を浮かべる。それを見つめながら、私は小さく「ありがとう、ございます」とお礼を呟く。ついでにこくり、とワインを飲んだ。なんだか緊張しているみたい。
「? どうして」
「これ、──私の、ためですよね? この旅行」
「俺が乗りたかったし、俺が旅行に行きたかったんだ」
く、と謙一さんはワインを飲み干してしまう。
それから私の耳を撫でて、そのままつぅ、と指を滑らせた。顎を上げられる。
唇が重なる。薄ら開けた唇にねじ込まれる少し厚い舌。赤ワインの豊潤な味がして、思わず身体から力を抜いた。
謙一さんの手が、私の手からグラスを奪ってテーブルに置く。そうして私の後頭部を支えるようにして、キスを深くする。
「ん、……っ、ん……」
喘ぐような声が出て、恥ずかしい。謙一さんの舌が上顎を舐めて、身体が跳ねた。舌を甘噛みされるとどうにも出来なくなって、謙一さんにしがみつく。
「ん……ふ、ぁ、……っ」
くちゅくちゅ、と口の中を蹂躙されて、どんどん力が抜けていく。
(あ、まだ……お昼、なのに)
ちゅ、とどこか態とらしいリップ音と一緒に謙一さんの唇が離れたと思ったら、ひょいと横抱きに持ち上げられた。お姫様だっこ。
「け、謙一さん」
「まだ夕食までは時間があるから」
「ありますけれど」
ありますけれども、どちらに?
かたん、ことん、と少しゆっくり目に走る列車。謙一さんは隣にあるベッドルームに私を運んで、とさりとそこに下ろす。
ぺたんとベッドに座り込んだような私と、腰掛けた謙一さん。
「キスしても?」
「え、あ、……はい」
さっきは勝手にしたくせに、今度はなんだか恭しく聞いてきた。ちゅ、ちゅ、と角度を変えて啄むようなキス。唇だけじゃなくて、頬やこめかみにも。
そうしながら、謙一さんの手は身体を撫でる。撫でられたところが熱くなっていくような感覚がして、体を捩った。
唇が離れる。つう、と銀の糸がつなぐ。
いつのまにか、謙一さんもベッドの上にいた。
「ふ、ぁ……やだ、まだ、お昼ですよう」
車窓からは午後の冬の日差し。
レースカーテンはかかっているけれど……。
「君の姿がよく見えていいじゃないか」
「それが嫌、なのですけれど、わぁ!?」
さらりと服を脱がされ始める。軽く抵抗するけれど、そんなのあんまり意味がなかった。
下着だけにされて、謙一さんはゆったりと私を見つめる。
「綺麗だ」
そう言って幸せそうに目を細める。
「とても綺麗」
ちゅ、と首筋に落ちてくる唇。
「麻衣」
ほんの少し掠れた、優しげな声。
「俺にとって君は……唯一なんだ。どうか、そのことだけは忘れないでくれ」
窓越しに、一列に並んだ駅員さんたちが手を振ってくれる。ちょっと気恥ずかしいです。
洋室の深緑色のソファに座って、列車のパンフレットを見ていると、リンゴンと可愛らしい鐘の音。
謙一さんが扉を開けると、トレインクルー(と、そう呼ぶらしい)の男性がニコニコとメニューを差し出してくれた。
「ウェルカムドリンクのメニューとなります」
どうぞ、と渡されたけれど……ずらりと並ぶ、よく知らないワインの名前たち。
「君の好みはこの辺りだろうと思う」
謙一さんが指でいくつか候補を挙げてくれる。そのうちから国産だという白ワインを選んで、はふうと息をついた。
「あのー、謙一さん?」
「どうした?」
「私、マナーとか知りませんからね!?」
さっきパンフレットを見ていて気がついた。ディナー(予想通り、ドレスコードあり)は二両目にあるダイニング(電車なのに)に指定の時間に集まることになっていた。
「だから、謙一さん、恥をかくかも」
「大丈夫だ、問題ない」
謙一さんは破顔する。
「高級レストランの食事じゃないんだ。要は観光列車なのだから、気楽にしてくれ。ドレスコードも形だけのようなものだし」
「……そういうものですかぁ?」
訝しんでいると、またリンゴンと鐘の音。
返事をして入ってもらって、ソファ前のテーブル(さすがに電車内、がっつり固定してある)にワイングラスをふたつ、置いた。
白と赤。
恭しい礼とともに、トレインクルーさんは出て行く。ぱたむ、という音は走行音にかき消されて──気がつけば、列車は地上を走り出していた。流れていく都内の街並み。
「このまま日本海側へ向かうんだ」
「日本海側……」
それで寒い寒いと謙一さんは言っていたわけ、か。
「あの、そっちではなにをするんですか? 電車?」
電車乗り継ぎ旅なの?
「目的地までは。……そのあとは、もう帰りまで乗らない」
ワイングラスを持って謙一さんは微笑む。
「君が──少しでも楽しんでくれるといいのだけれど」
「……あの、ありがとうございます」
私もワイングラスを待つ。謙一さんはグラスを胸まで軽く掲げてから、口をつけた。……そうそう、グラス当てちゃいけないんだワインって。
私も口をつける。さらりとしたフルーティーな味わいで、まじまじとグラスの中の液体を見つめる。
「美味しい!」
「──良かった」
謙一さんが薄く笑い皺を浮かべる。それを見つめながら、私は小さく「ありがとう、ございます」とお礼を呟く。ついでにこくり、とワインを飲んだ。なんだか緊張しているみたい。
「? どうして」
「これ、──私の、ためですよね? この旅行」
「俺が乗りたかったし、俺が旅行に行きたかったんだ」
く、と謙一さんはワインを飲み干してしまう。
それから私の耳を撫でて、そのままつぅ、と指を滑らせた。顎を上げられる。
唇が重なる。薄ら開けた唇にねじ込まれる少し厚い舌。赤ワインの豊潤な味がして、思わず身体から力を抜いた。
謙一さんの手が、私の手からグラスを奪ってテーブルに置く。そうして私の後頭部を支えるようにして、キスを深くする。
「ん、……っ、ん……」
喘ぐような声が出て、恥ずかしい。謙一さんの舌が上顎を舐めて、身体が跳ねた。舌を甘噛みされるとどうにも出来なくなって、謙一さんにしがみつく。
「ん……ふ、ぁ、……っ」
くちゅくちゅ、と口の中を蹂躙されて、どんどん力が抜けていく。
(あ、まだ……お昼、なのに)
ちゅ、とどこか態とらしいリップ音と一緒に謙一さんの唇が離れたと思ったら、ひょいと横抱きに持ち上げられた。お姫様だっこ。
「け、謙一さん」
「まだ夕食までは時間があるから」
「ありますけれど」
ありますけれども、どちらに?
かたん、ことん、と少しゆっくり目に走る列車。謙一さんは隣にあるベッドルームに私を運んで、とさりとそこに下ろす。
ぺたんとベッドに座り込んだような私と、腰掛けた謙一さん。
「キスしても?」
「え、あ、……はい」
さっきは勝手にしたくせに、今度はなんだか恭しく聞いてきた。ちゅ、ちゅ、と角度を変えて啄むようなキス。唇だけじゃなくて、頬やこめかみにも。
そうしながら、謙一さんの手は身体を撫でる。撫でられたところが熱くなっていくような感覚がして、体を捩った。
唇が離れる。つう、と銀の糸がつなぐ。
いつのまにか、謙一さんもベッドの上にいた。
「ふ、ぁ……やだ、まだ、お昼ですよう」
車窓からは午後の冬の日差し。
レースカーテンはかかっているけれど……。
「君の姿がよく見えていいじゃないか」
「それが嫌、なのですけれど、わぁ!?」
さらりと服を脱がされ始める。軽く抵抗するけれど、そんなのあんまり意味がなかった。
下着だけにされて、謙一さんはゆったりと私を見つめる。
「綺麗だ」
そう言って幸せそうに目を細める。
「とても綺麗」
ちゅ、と首筋に落ちてくる唇。
「麻衣」
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