無頼少年記 ~最強の戦闘民族の末裔、父親に植えつけられた神話のドラゴンをなんとかしたいので、冒険者ギルドに就職する~

ANGELUS

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抗争東支部編

開戦命令

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 東支部から少し離れた場所に、街中を容赦なく埋め尽くす人の波が押し寄せてきていた。

 周辺住民は、洪水ともいうべき人波を避けるかのように皆家の中へ隠れ潜む。窓のカーテンの隙間から何事かと覗き込むも、各々がしている武装に恐れ慄いたのか、目が合う前にカーテンを閉じる。

 いつもならば喧騒がある街中も、微風が過ぎ去るばかりで不気味なほどの静寂に包まれている。まるで家屋のみを残し、人間だけが忽然と姿を消してしまったかのような情景は、街の機能を失ったゴーストタウンを思わせる。

 それも当然だろう。ここら一帯の居住区はまもなく戦場となる。総勢十三万の人波が押し寄せる今、住民の家屋など無事では済まないからだ。

 しかし武市もののふしの住民はしたたかである。住民の多くは紛争経験者であることが多く、幸い中威区なかのいく東部一帯の非戦闘民人口は全体の一割にも満たない数だ。

 残りの九割以上は戦いの前の空気感を知っている。自分の身は自分で守ることが当たり前。それができなければ死ぬ武市もののふしにおいて、その空気感を如何に早く感じ取り対策を講じれるかが、この国で生き残れるコツなのだ。

 住民たちは巻き込まれまいと必要な荷物をまとめ、地下へと逃げる。

 武市もののふしの住民の八割以上は戦時用の地下シェルターを持っている。仮に自分の住んでいる家が戦火で焼き尽くされても、自分たちさえ生きていれば拠点は時間がかかろうといつかは再建できる。命あっての物種というやつである。

 住民たちは既に予知していた。街中を埋め尽くす武装した人波。物騒を絵に描いたような者たちが、行儀良く街道を歩いて戦地に赴くわけがない。

 周辺からは爆音が鳴り響く。総勢十三万の兵を置くための仮拠点を築くため、周辺の家屋を躊躇なく爆破してスペースを確保していることを悟り、周辺住民は歯噛みしながら地下で自分たちの無事を祈り続ける。

 そんな彼らの悔しさなど露知らず、爆破した家屋の瓦礫をも爆薬で吹き飛ばして更地にしたその場所に、堂々と設置された野営地がふんぞり返っていた。

 野営地の近くには旗が風で強く靡いている。その旗には行書体で力強く書かれた``凪``という文字に、全てを飲み込まんとする波の上、威風堂々と佇む大船の絵が描かれていた。

「総員、位置についたか」

 野営地の最奥で複数の家臣と複数の女中を侍らせる男が一人。凪上なぎうえ家当主―――凪上なぎうえ雅和まさかずは、酒を片手に一番近くにいた家臣へ視線を向けた。

「既に進軍準備が整っております。雅和まさかず様」

 凪上なぎうえ家の護衛を筆頭とする、東支部制圧師団。その数、およそ二万。

 凪上なぎうえ家当主の護衛も兼ねているため、その全能度は高い。精鋭は三百を超えており、支部平均を超える者も幾ばくか散見されるほどである。

「手駒の方も準備が整ったとの報告が上がっております」

 凪上なぎうえ家当主の護衛も兼ねた精鋭師団とは別に、敵陣地へ突貫する目的で編成された軍団も存在する。その数、およそ十一万。十一万のうち八割が堕阿愚砲王捨ダークホース疽雄醒瘻剥瘻ソーサルヘルなどから強制的に徴兵したギャングスターが占めており、残り二割はその八割の有象無象を指揮する中小暴閥ぼうばつの指揮官クラスの兵隊たちである。階級にして、佐官以上の者たちだ。

「此度は私も攻めいる。首魁たる仙獄觀音せんごくかんのんを討つための露払い、任せたぞ」

 側近の一人が頭を下げる。

 雅和まさかずは、この戦いが始まる前から狙いを仙獄觀音せんごくかんのんただ一人に絞っていた。かつて東支部の覇権を握っていた凪上なぎうえ家。上威区かみのいくにあぐらをかいている任務請負機関本部を出し抜いて、東支部を支配下においていたが仙獄觀音せんごくかんのんの台頭によって、数少なくなった精鋭とともに、本家へ撤退せざる得ない状況に追い込まれた。

 生まれてから中小暴閥ぼうばつ界において、敗北という屈辱を味わったことのない彼にとって、仙獄觀音せんごくかんのんは憎悪の対象ですらあったのだ。

「今に見ていろ小娘……この俺から覇権を奪ったこと、生きたまま後悔させてやるぞ」

 雅和まさかずは周囲に女中を侍らせていた。その女中は全員半裸も同然の、ボロ雑巾のような服装を着ていたが、彼はそんなことなどお構いなしに、右隣にいる女中の顔面を殴った。

「今の俺は気分が悪い。慰めろ」

 顔面を殴られた女中は、半泣きになりながらも雅和まさかずの足下に入り込み、彼のズボンをまさぐる。そして生々しい音が虚しくテント内に響き渡った。

「さて、報酬報酬とやかましかった連中を突入させろ」

 数人の家臣に向かって顎をしゃくる。命令の意図を読み取った家臣たちは無言で軽く一礼すると、テントから外に出た。

「相手は所詮数十人程度しかおらん。地下迷宮で籠城しようと継戦能力ならばこちらが上だ。我が軍に敗北はない!」

 力強く命じた先に見るは、高く聳え立つ東支部ビル。今や霊壁に覆われ、正門から攻めいることができなくなっているが、彼の目にはその程度のデメリットなど、眼中になかった。あるのは勝利に対する絶対的確信のみ。

仙獄觀音せんごくかんのん中威区なかのいく東部の覇権……この凪上なぎうえ雅和まさかずがいただくぞ」

 その顔は醜悪に歪んでいた。周りを取り囲む女中は恐怖に打ち震え、彼に付き従う家臣たちもまた、栄えある祝勝に思いを馳せる。

 外から男たちの雄叫びが鳴り響いた。大勢の人間が走る音が地響きとなってテントを揺らす。戦いの火蓋が切って下された瞬間であった。
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