無頼少年記 ~最強の戦闘民族の末裔、父親に植えつけられた神話のドラゴンをなんとかしたいので、冒険者ギルドに就職する~

ANGELUS

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抗争東支部編

地下迷宮籠城戦 ~対エルシアエリア~

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 イラ・バータリーが創った即席の地下迷宮は、即席という言葉を軽く裏切る品質でできている。

 これぐらいしか取り柄がない、強いて言うなら人より体が硬いだけ―――が本人の言葉であるが、その取り柄だけでも大多数を驚かせるに足りるほどの規模を誇る。

 地下迷宮は大雑把にアリの巣のような構造をしている。罠や厄介なギミック等はないが、強いて言うならアリの巣ほどの複雑な構造をしているからこそ、所々脆い箇所があり、そこへ下手に足を踏み入れれば、天井が崩落して生き埋めになったり、床が崩れ落ちて大怪我を負ったりと創作した過程で自然とトラップが形成されてしまっているため、かなり厄介な迷宮となっている。

 それだけ危険だと味方も生き埋めにしてしまわないか不安になるかもしれないが、仙獄觀音せんごくかんのん含め東支部側の勢力は、あらかじめ決めておいた定位置から動くことはない。

 持ち場を離れない限り、床の崩落や天井の崩落に巻き込まれることはないのである。

 雅和まさかずの命令によって、半ば捨て駒の如く進軍していった十二万の先遣軍は、すぐに敵と交戦になると思い込んでいたのか、進軍して五分足らずで既にイラの術中に嵌っていた。

「ぐあああああ!!」

「おい、ここの天井崩れたぞ!! 向こうの穴に回れ!!」

「馬鹿、あんまうろちょろするとどこから来たかわからなくなるだろうが!!」

「ンなこといったってこっちの道は土砂で塞がっちまったよ!! さっきの崩落で何人か生き埋めになっちまったし、行くしかねぇだろ!!」

「クソが!! こんなに複雑なんて聞いてねぇよ!! 割に合わねえ!!」

 進軍前は報酬欲しさに士気を最大限に高まらせていた者たちも、仲間が容赦なく生き埋めになったり、来た道が塞がれて退避できなくなったり、床が崩落して既に自分達がどこにいるのか分からなくなったりと踏んだり蹴ったりな状況に追い込まれたせいで、既に進軍前に高めた士気は失われていた。

 彼らに心中に漂うのは、無事に生きて帰ってこられるのかどうか―――その一点に収束しつつあった。

「くそ、無事に帰ったら身の振り方を考え直すぞ俺は!! もう暴閥ぼうばつの命令なんざ聞いてやるもんか!!」

「馬鹿かお前、それでうまい飯が食えるか!! 仮に生きて帰れたとしても、相手の首一つも持って帰れなきゃ始末されるのがオチだっつーの!!」

「だったらどうし……ぐわああああ!!」

「「うわああああああああ!!」」

 生き埋めになる同士。床の崩落に巻き込まれ地の底へ消えていく同士。意気揚々と突入していった者たちは、既に絶望の奥底に叩き落とされていた。

 皆が撤退の二文字を思い浮かべるものの、もはや退路は土砂に阻まれている。運良く抜け出しても自分らの上官が、撤退を許さないだろう。

 弱者は弱者らしく戦場で戦って死ね。それすらもできないというのなら、生きている意味も価値もない。その言葉は、呪詛となってその身に深く刻まれている。報酬欲しさに契約を結んだ時点で、命運は決していたに等しいのだ。

 しかし崩落や生き埋めで行動不能になった者たちは、全体からすればほんの一部。

 東支部ビルまでの道のりを阻むように、その異様に拓けた空間にはガーディアンというべき守護者が一人、彼らの前に立ちはだかる。

「ここから先、通すわけにはいかない。押し通るというなら、打ち倒す」

 仙獄觀音せんごくかんのん親衛隊``護海竜愛ごうりゅう``隊長エルシア・アルトノート。凛とした顔つきに濡鴉色の長髪、そして汚れひとつない白いコートを身に纏う女性は、自分の領域に足を踏み入れてきた者たちに仁王立ち、拳を構える。

 荒くれ者たちはさまざまな武器を手にし、北叟笑ほくそえむ。エルシア一人に対し、武装した大の男が数百人。人数差が見えていないのかと馬鹿にしている嗤いだ。

「降伏するなら痛い目を見ずに済むぞ。これが最終警告だ。武装解除し、投降せよ」 

 男たちは顔を見合わせるや否や笑い飛ばした。その笑いに朗らかさは欠片もない。ただただ彼女への、醜悪にねじ曲がった侮蔑のみ。エルシアの表情から、ふっと感情が消えた。

「ならば、打ち倒す!!」

 激突する、二十代いくかいかないかの女性と倍以上歳食っている男の集団。一目見れば多勢に無勢なのは否めない人数差だが、エルシアの顔から絶望の二文字はない。むしろ勝利への確信に彩られていた。

「であああああああ!!」

 力一杯振り下ろされた斧を華麗に避け、無策に間合いへ入ってきた男の顔面を鷲掴み、振り回す。大勢の男たちが勢い殺せぬまま、後方へ吹き飛ばされていく。

 エルシアは自分を強者だと思った日は一度もない。かつて東支部がギャングスターと暴閥ぼうばつの支配下にあった時代。エルシアは一奴隷にすぎない存在だったからだ。

 任務もフェーズEをこなすのがやっと、暴閥ぼうばつやギャングスターたちに逆らう力など、当然ありはしない弱者の一人でしかなかった。

 圧倒的強者から搾取されるだけの毎日。明日への希望などありはせず、いつ抜け出せるかは分からない、汚い用水路をとぼとぼ歩く感覚が彼女の心身をじわじわと抉り取っていく。

 そして``東支部の悪夢``を味わい、本格的に生きる活力を失ったあのとき。優しく手を差し伸べてくれたのが、東支部の救世主にして現代表―――仙獄觀音せんごくかんのんだった。

 彼女の強さを見て決意した。自分も強くならねばと。彼女の足下には及ばずとも、土台くらいにはなりたいと。

 ゆえに護海竜愛ごうりゅうに属し、東支部の運営に携わるようになってから仙獄觀音せんごくかんのんに弟子入りし、肉体を、心を鍛えに鍛えた。まだまだ彼女には遠く及ばないが、かつてそこらのギャングスターにすら及ばなかった自分が、今となっては―――。

「くそ、なんだこのアマ!?」

「数だ、数で押し潰せ!」

「それもうやってんだよ! でもコイツ止まらねぇんだ!」

 投げ技で四方八方に投げ飛ばされる男たち。銃火器を持っていようが恐れはしない。狭い空間に沢山の人間。間合いに素早く入ってしまえば、友軍に流れ弾が当たってしまう。銃火器など封じたも同然だ。

 後は恐れず、目の前の敵を投げて、飛ばして、打ち倒す。濁流の如く押し寄せる、人の波が止まるまで。

「のしかかれ!」

「撃て撃て撃て!!」

「馬鹿、そんなもんここで撃ったら俺らも死ぬわ!!」

「じゃあどうすりゃ!!」

「うわあああああ!!」

 立て直す暇など与えない。崩れたなら、そのまま一気にたたみかける。焦っている今が、津波のように押し寄せる物量を捌き切る絶好のチャンス。形勢が崩れた今を活かさずして、この戦いに勝利はない。

「もう一度言う。投降せよ」

 気づけば、自分以外の全ての男は地に伏していた。まだ意識のある最後の一人に詰め寄り、戦意を完全に削ぎ落とす。

 腰が抜けて半泣き状態の男に、もはや敵意はない。降参、ただそれだけの意思のみ。

「お前に問う。軍の総指揮はどこにいる? 地上か?」

 彼は雑兵だ。暴閥ぼうばつに雇われて命令のままに突撃させられた一兵士にすぎず、大した情報は期待できない。だが棄ておくのも勿体ない。

 彼からは戦意喪失とともに、自分に対する恐怖が感じられた。生き残るために、情報を渡すことを厭わないと思われた。

「ち、地上……から俺たちが突撃した後に本隊が来る、それ以外はし、知らん!」

「そうか……」

「な、なぁ、教えたんだからよ、俺だけでも助けてくれよ、請負機関ってあれだろ? 誅殺はしないんだろ? 自首するからよ、助けてくれよ、な?」

 見苦しい。その一言に尽きた。

 意気揚々と一方的に攻めてきておいて、自分が不利になると命乞い。地べたを這いずりながらコートの裾を掴み、まるで半泣きの子供のような表情で見つめてくる男。

 純粋無垢な子供ならばいざしらず、ギャングスターなどという同情の余地もない荒くれ者集団に属し、略奪や殺戮を躊躇なく行う輩には、自分でも驚くほど何の感情も湧いてこない。

「投降するならば、危害は加えん」

 コートの裾を掴む手を引き剥がし、一歩下がって距離をとる。男は陰鬱な表情から一転。目を煌びやかにさせ己の身の安全に歓喜したが、その姿を見た自分が、無意識に拳を握りしめていることに気づく。

 任務請負機関は強者による一方的な虐殺を是としていない。機関則というルールにより、私怨による殺戮は禁止されているからだ。

 戦局の流れ次第ではその限りではないが、敵の殺害は最終手段という風潮が強い。だからこそ命が奪われなかったことに歓喜している目の前の男を殺すことはできないのだが、震える拳に言うことを聞かせるのに、何故苦労しなければならないのだろうか。

 ルールさえなければ、この程度の輩―――。

「いや、それはダメだ。それを犯せば、私は彼らと同類に成り下がる」

 湧き上がる感情に強く蓋をする。溢れ出さないよう、縄でぐるぐる巻きに封印して。思考を切り替え、未だ生の喜びに浸っている男の襟を掴む。

 この男から有益な情報は得られそうにない。だからといって生かす価値なしと殺すこともできないが、勝手に動かれても厄介だ。拘束だけはしておかなくてはならない。

 深いため息とともに、疲労が重りとなってのしかかる。

 地上にはあの憎き怨敵、凪上なぎうえ雅和まさかずがいる。奴の対処を行うのは大姉様の仕事だろうし、奴がここに来ることはおそらくない。自分は淡々と持ち場でやるべきことをしていればそれでいい。

 それでいい、はずなのに。

「本当に、いいのだろうか……?」

 肉体的にはまだ余裕があるのに、まるで数日間徹夜して忙殺されていたときのような倦怠感。戦い前に飲んでおいた吐き気止めが、せめてもの安息なのが心に染みる。

 心に晴れぬ靄を抱えながらも、イラが作ってくれた地下迷宮の牢屋に男をぶち込むと、のしかかる疲労感を押し流すように水筒の水を煽り、一瞬とはいえ脳裏によぎった疑問を振り払うように頭を振る。

 まだ敵は腐るほどいる。私怨で任務を乱すのは未熟者の証。そう言い聞かせ、淡々と持ち場へと戻っていった。
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