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抗争東支部編
地下迷宮籠城戦 ~対ブルー・御玲エリア~
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ブルー・ペグランタンとむーちゃん、そして水守御玲は二人と一匹で一つのエリアを守っていた。
彼女たちのエリアは最奥を牛耳るイラのエリアほどではないものの、他の者たちがいるエリアよりは格段に広い。その理由は単純明快で、ただでさえ広いエリアの半分を覆い尽くす黒光りした巨大な生物が、エリア内を埋め尽くさんとする人々の物量を威圧し、その侵攻を食い止めていたからに他ならない。
「な、なんなんだあの化け物……!?」
「馬鹿、お前知らねえのか!? アレが噂の大百足、北支部の最大戦力って言われてるバケモンだぞ!?」
男たちは身を震わせ、少しずつ少しずつ後ずさる。
ブルーの知るところではない話だが、``百足使い``の異名は、中小暴閥間ではかなり有名になっていた。
当然暴閥の中で噂になるほどならば、雇われの身たるギャングスターたちにも耳に入っていて不思議ではないことだが、二次団体以下扱いの彼らにとって、どこか他人事のような存在でもあったのだ。
ギャングスターは対人戦が主だ。その圧倒的な数の多さを武器に、相手を物量で押しつぶす。人間ならば大概数の暴力で殺し奪い尽くせるので、味方が多いほど自分たちは強くあれるというのが特徴だった。
しかし相手が化け物、もしくはそれに準ずるほどの武芸の達人だったならば、話は違ってくる。
上威区に拠点を据えている上位のギャングスターならばともかく、中威区に住まうギャングスターの平均全能度など、兵隊であれば精々百程度。大概が百を超えない連中がひしめく中で、明らかに人ではない生物を相手にするというのは人の力で未曽有の自然災害に立ち向かうことに等しい。
彼らが後ずさるのも無理からぬことであった。彼らの前に佇む巨躯の百足は、まさしく彼らにとって自然災害に他ならない存在なのだ。
「ち、チキショウ!! こっちには対戦車ロケットだってあるんだ!! お、恐れることはねえ!!」
「お、おい馬鹿!! 狙うならその百足のバケモンじゃなくて―――」
一人の男が大型銃火器を肩に担いだ。一般にロケットランチャーと呼ばれるその武器は、またの名をRPG―――対戦車ロケット弾発射器とも呼ばれている。
魔法や魔術を使うことができない中威区ギャングスターの兵隊たちにとって、魔術や魔法に対抗しうる最大火力の携行武器。彼らはこの武器で家屋や人を容赦なく木っ端微塵にしてきた。いくら相手が化け物を従わせているとはいえ、戦車すら破壊できる弾をぶちこめば、ひとたまりもないはず―――そう安直に考えたのだ。
横にいた男の制止を聞かず、RPGを肩に担いでいた男はむーちゃんに狙いを定め、引き金を引いた。対戦車ミサイルと異なり誘導機能を持たないそれは、狙いを定めて撃たないと当たらない。だが当たれば人間は容易に粉微塵となり、装甲を積んでいない普通車や一般家屋ならば一撃で爆破撃沈できる威力を誇る。
ギャングスターの兵隊たちは別に軍人というわけではないが、携行できる武器の中でも戦車すら破壊しうるその圧倒的破壊力に酔いしれていた部分はあった。
戦いの素人でも、当たれば大概のものを木っ端微塵にできるのだ。酔いしれない方が難しいと彼らなら口々に言うだろう。
「うぇ!?」
だがしかし―――今回だけは違った。
男の肩から放たれた対戦車ロケット弾はむーちゃんに吸収されるように向かっていったが、彼女の身体に到達するまでもなく何故か突然空中で勝手に爆発したのだ。
一瞬男たちはしばらく、むーちゃんに視線を集中させたまま時間が止まったかのように固まっていたが、徐々に徐々に誰もが冷汗をかき始める。
何が起こったのか分からず固まっていたわけではない。ただ目の前に起こったことを否定したくて思考するのを本能的にやめてしまっただけで、否応なく進む時間の流れが、凄惨な事実を容赦なく彼らに突きつけたのだ。
対戦車ロケット弾は巨大百足の尾で弾き壊された。その事実をすんなり呑み込めるほど、彼らは死線を潜り抜けてきたわけではなかったのだ。
「うそd」
刹那、ロケットランチャーを肩に担いでいた男が突如真っ白な光に包まれた。
男たちの時間がまた止まった。今度は本当に何をされたのか、何をしてきたのかが理解できないという顔で、むーちゃんと``ロケットランチャーを肩に担いでいた男がいた場所``を交互に見つめる。
そして―――。
「ひ……ひおおおおおおおおおおおおおお!?」
惨酷にも最初に冷静さを取り戻した男が腰を抜かし、その場で座り込んで身を震わせる。その姿たるや、まるで肉食動物を前に死を本能的に直感した小動物のようで、がくがくと歯を震わせる音がエリア内に鳴り響く。
その男はロケットランチャーを肩に担いでいた男に待ったをかけた男だった。彼が股を小便で濡らし始めたとき、彼の恐怖がこもった悲鳴が、他の男たちにも伝播する。
男たちはようやく現実を理解したのだ。目の前でロケットランチャーを持っていた同士が、骨すら残さず跡形もなく消滅させられてしまったことに。
今や彼がいたであろうその場所は、赤黒く焦げた土と血の匂いがほんのりと嗅げる焦げ臭さしかない。
恐怖で竦み、金縛りにでもあったかのようにその場を動けない彼らに、死神の咆哮がエリアを震撼させる。その咆哮は、彼らの生存本能を強烈に刺激し、恐怖による金縛りを強制的に粉砕させた。
「ひあああああああああああああああああああああああ!!」
「や、やべえぞ!! あのビームに当たったら……そ、即死だぁ!!」
「む、無理だ!! 勝てねえ!! 勝てるわけがねええええええ!!」
「逃げろおおおおおおおおおお!!」
「「「うわあああああああああああああ!!」」」
男たちが下した決断はあまりにも早かった。今更撤退したところで雇い主である暴閥の当主たちに役立たずの無能として処分される現実しかないのだが、むーちゃんのトドメともいうべき咆哮によって恐怖が臨界点を突破してしまった男たちに、今後の身の振りを考えるなどという思考は完全に潰えていた。
今の彼らを突き動かしているのは、圧倒的上位生物への恐怖から起因する``一秒でも長く生き延びたい``という生存本能のみ。それ以外の全ての思考、理性が踏み入る余地はない。人間もまた所詮は生物という大きな枠組みの中の一種であり、そして生態系ピラミッドに支配されている存在にすぎないことの証左である。
弱肉強食―――``食う者``と``食われる者``の縮図が、美しい絵画のように描かれていた。
戦意を完全に失った彼らだが、むーちゃんに容赦はない。先程対戦車ロケット弾を弾き壊して掠り傷すらつかなかったその巨大な尾で、逃げ惑う彼らを一切の躊躇なく薙ぎ払った。
男たちは声にもならない悲鳴をあげながら宙を舞い、まるでビー玉のように四方八方へ吹き飛ばされる。
数百名を超える軍団は恐怖という荒波に揉まれたのち、黒百足の尾によって一瞬のうちに蹂躙された。その情景を唖然とした表情で見渡すメイドを置き去りに、戦いは一方的な殲滅戦で幕を下ろしたのだった。
果たして、私は必要だったのか。地面や壁に埋もれた男どもだけが残った不気味なくらい静寂に支配された空間を、ただただ眺めていた水守御玲は、ふと単純な疑問に頭を捻らせた。
一人の男が肩に担いでいたロケットランチャーからロケット弾を発射したと思いきや、それを黒百足は平然と尻尾で弾き壊し、直後男は恐怖の台詞を吐く暇もないままエーテルレーザーで消滅させられ、黒百足の咆哮で男たちが恐慌状態になったところを、これまた巨大な尻尾で須らく薙ぎ払われて今に至っている。
ここまでの一連の流れで、黒百足以外は何もしていない。ただただ男たちが巨大な百足の化け物によって一方的に蹂躙される図を眺めていただけである。
レク・ホーランからブルーのお目付け役として一緒のエリアにいてくれないかと頼まれたので否やもなくその頼みを聞いたわけだが、ここまで圧倒的かつ一瞬で物事が動いてしまっては、何もできることはなかったというのが正直な感想だ。
以前のスケルトン系魔生物討伐任務のときも同じ状況だったが、黒百足は些か過剰戦力な気もする。黒百足一匹いれば問題は解決ではないかと思わずにはいられないが、黒百足は何故かブルーから離れようとはしないため、黒百足を前線に出すとなると必ずブルーもセットでついてくる必要がある。
そして肝心のブルーには自衛力がない。黒百足はどんな敵に対しても大概過剰戦力となってしまうが、これまで上手くやってこれていたのは、彼女の存在が良い具合にバランサーの役目を果たしていたということだろう。
個人的には自戦力を自分で制約してしまっているのはどうなのかと思うが、しかし―――骸の如く動かなくなった男たちをぼうっと見つめるブルーに視線を向けた。
「……最後の薙ぎ払い攻撃は必要なかったのでは?」
ブルーのバトルスタイルや自分がお目付け役としてこのエリアを守る必要性は、今ここで議論したところで何の足しにもならないことだ。この際頭の隅に置いておくとして、直近で湧いた疑念だけは解決しておくべきだろう。
このエリアに侵攻してきた雑兵はざっと大雑把に数えただけでも数百名近くいたが、その半数以上は文字通り骸となってしまっている。
上半身と下半身が分かたれた者、車に轢かれて潰れた蛙のようになってしまった者、単純に打ちどころが悪くて微動だにしなくなった者―――かなりの数の者が、凄惨な姿で彼岸へと旅立ってしまった。これは任務の内容から大きく逸れてしまったと言ってもいい。
今回の任務の目的は東支部に侵攻してくる敵性勢力の撃退。あくまで``撃退``であって``討伐``ではないのだ。
このエリアに侵入してきた雑兵たちは、ロケットランチャーを装備していた男が黒百足のエーテルレーザーで消滅させられた時点でほぼ全員が戦意喪失、潰走寸前の状態だった。黒百足のダメ押しとも言える咆哮によって雑兵たちは文字通り潰走を始めたわけだが、任務の目的を鑑みるならば潰走を始めた時点でこちらから追撃する必要は全くなかったはずだ。
それに最後の薙ぎ払い攻撃をしたのは黒百足自身の意志ではない。黒百足の使役者である、ブルーの攻撃指示があったからだ。
レク・ホーランからお目付け役を頼まれただけあって、彼女の手振りを見逃しはしない。不要な攻撃指示を出したことに対して釈明の一つを求めても何ら異議を申し立てられる筋合いはないはずだ。
若干低めの声音で問いかけることで、少々問い質すような雰囲気を醸したが、ブルーはその雰囲気に吞まれることなく、視線だけこちらに向けた。その視線に、ほんの僅かだが身構えてしまう。彼女の瞳に、光が灯っていなかったからだ。
「べつにぜーいんしんだわけじゃねーんだからいーだろ? わるい?」
「彼らが潰走を始めたとき、明らかに攻撃指示を出していましたよね? 任務内容は敵性勢力の撃退のはずですが?」
「ここでなんにんかへらしとかねーと、ほかのやつらのふたんがふえちまうだろーが。ほかのえりあににげちまったらそれはげきたいしたことにならねーだろ」
「ならば殺害する必要はなかったはずです。その黒百足は、あなたに実害が及ぶ攻撃を相手がしてきた場合を除き、使役者のあなたが的確な攻撃指示を送っていれば、殺さない程度に無力化できたはず。それに、``何人か減らしておく``と言っている時点で討伐の意志があったとも捉えられるのですが、どういった意図があっての行動だったのですか?」
そこまで捲し立てたとき、凄まじい歯軋り音がエリア内を反響した。歯軋りに込められた怒気に、思わず黒百足を使った攻撃を瞬時に予想するが、黒百足はブルーを中心にとぐろを巻いたまま、意に介する様子はない。
「……あのばかなしんじんとちがってさっしがいいな……まじめなのもかんがえもんだぜ」
ブルーは諦めたようにため息を吐くと、再び光の灯らない漆黒の視線をこちらに浴びせてくる。その表情は、いつも眠たそうな顔をしている彼女からは想像もつかないほど歪んでいた。この表情には、ものすごく身に覚えがある。
―――憎悪だ。
「アイツらはがいあくだ。いきてるだけで、オレらのしらねーところでだれかがりふじんにうばわれ、ころされる。こんなやつら、いかしておくわけにはいかねーんだよ……!!」
「……任務に私怨を持ち込んだというのですね?」
「ハッ……おまえレクみたいなことゆーな。あーしがぺーぺーだったころにもいわれたぜ。にんむにしえんをもちだすなってな」
「ではなぜ……」
「なぜ? にくいからにきまってんだろ!!」
ブルーの表情の歪みが更に激しくなる。エリア内に立ち込めた血の匂いや死臭が、彼女の顔から滲み出る暗黒の感情と溶け込み、空気が酷く淀んだように感じられた。
「オメー、アイツらがひごろなにしてるかしってるか? ごーかん、ごーとー、せっとー、さつじん、ヤク、ほーか……じぶんのよくをみたすためなら、どんなことだってするもののふしのゴミだ!! アイツらのせーで、なんにんものよえーやつがまいにちしらねーうちにぎせーになってんだよ!! そのげんきょーをみすみすみのがしていかすなんざ……ぜってーまちがってんだ!!」
「そうですか。だとしたら、あなたは私の主人を悪く言う資格はありませんね」
一瞬、ブルーが目を丸くする。だがすぐに言葉の意味を察したのか、顔の歪みがより一層、激しさを増して御玲を睨む。
だが、彼女は臆することはない。サファイアを彷彿とさせる瞳からは、確かな光が灯っていた。
「あなたは事あるごとに澄男さまを敵視していますが、要は害悪だから、生かすだけ諸悪の根源にしかならないから、人として無意味で無価値だから殺してしまうべきってことでしょう? 実害が出る前にその芽を摘み取る……澄男さまの行動理念と、なんら変わらないじゃないですか」
「ざけんな!! アイツとおれをいっしょにするんじゃねぇ!! あーしはこのもののふしのために……」
「それは言い訳ですね。仲間を守るために仲間を傷つける者を殺す……正しいかは別として、それを包み隠すことなく潔く言ってのける彼の方が、まだ好印象ですよ。顔を見れば確信できます。あなたと澄男さまは、全く同じ感情と理念でもって行動していると」
「おまえェ……!!」
ブルーの顔に込められた表情が、憎しみから殺意へと豹変する。暗澹と濁った瞳の奥に映る自分。殺意を向けている相手が誰なのか、分からないほど愚かではない。
「……私を殺すというなら、あなたは澄男さまと敵対することになる。同士討ちは懲戒解雇処分だったはずですし、そうなればレク・ホーランからも見捨てられることとなるでしょう……それでも構わないというなら、ここで決しますか?」
その小さい身体全身と、その小さい背に侍らせる雄大な黒百足で殺気と威圧を放ってくるブルーに、背中に担いでいた槍を片手に持って仁王立つ。
請負人生活が板についてきたのか、長らく己の家格を忘れていたが、自分は水守家の現当主。流川本家派直系の若頭補佐であり、大陸八暴閥``五大``が一柱、``凍刹``の水守御玲である。
残虐な父親に生殺与奪の権利を握られた凄惨な修行を乗り越え、当主就任の権利を手にしただけあって、殺し合うことに躊躇いはない。
かつて幼少の頃から生き残るために兄弟姉妹を屠り、己の血肉とする生活を送ってきたことで培われた精神力は、伊達じゃないと心の中でなら自慢できる。
流石にあの澄男を苦戦させた黒百足を相手にするとなると勝算は薄いが、それでも敵意をもって向かってくるというなら、無抵抗で殺られるわけにもいかない。
倒せぬまでも、生きて撤退ぐらいには持ち込んでみせる。澄男に余計な心配をかけて、怒り狂った澄男を鎮めるという名の面倒を背負い込むのは御免被りたいのだ。
「くっ……オレ……あーし、は……あのしんじんとはちがう……!!」
臨戦態勢を整え終えたのも束の間。ブルーは奥歯を噛みしめ、放たれる殺気をみるみるうちに潜めていく。憎悪と殺意に彩られた表情とは打って変わり、瞳の暗澹さはそのままにして浮かび上がったのは、若干の寂寥と後悔を混ぜたのような翳り。
「それに……レクにこれいじょー、めーわくかけるわけにもいかねーし……」
ブルーは完全に視線を外した。敵意を解いた瞬間に放ってくる不意打ちを警戒しつつ、片手に槍を持ったまま少しだけ肩の力を抜く。
しばらく誰も何も喋らない、静かな時間が流れた。
「むかし……まだあーしがぺーぺーだったころ……こんかいとにたようなにんむをこなしたことがあった」
気まずさに耐え切れなくなったのか、それは分からない。先に口火を切ったのは、ブルーの方だった。
彼女の声音からは既に敵意はなく、いつもの眠気が混じった緩い声音だった。もう攻撃はしてこないだろうと、槍を背に担ぎ直す。
「そんときのあーしは……まー……いろいろあってとがっててな。いまみてーにレクとなかよかったわけじゃなかったし、そくせきのぱーてーでにんむこなしてたんだが……にんむのないよーむしして、てきをみなごろしにしちまったことがあった」
表情に浮かんでいる寂寥と後悔が強くなる。話の内容からして、どうなったかは薄っすらだが想像がつく。
「まわりのうけおいにんからは、いまのおめーみたいにあれこれいわれたよ。そんときのおれは、こんかいいじょーにブチギレてな……どーしのうけおいにんにもてぇだしちまった……」
「……殺してしまったのですか?」
「いや、さすがにそこまではしてねー。ふかではおわせたけど……だからなのかな、ソイツらとはにどとツラあわせることはなかった……。そんでオレはにんむのないよーをむししたあげく、どーしをきずつけたせきにんをとらされそーになった」
俯きながら過去を語るブルーの姿に、請負機関に就職して三日で同士討ち未遂をくらってしまった澄男の姿を思い出す。
経緯は多少異なるものの、彼もまた同じく個人的な感情で請負人に手を出した新人請負人だった。自分が辱められてしまうと予見した澄男が、怒りに身体を燃やし、その業火で請負人たちを焼き尽くそうとしたとき―――それを阻止した人間が誰か、忘れるはずもない。
「いまでもおぼえてるぜ、しこたまおこられたわ……オレがすねてこころにもねーことゆーとビンタしてきてよ、それがまたいてーのなんの……」
苦笑いしながら、過去の自分を振り返るブルー。
やはり彼は、ブルーのときも同じ対応をしたのだろう。同士討ち未遂の汚名を背負い、彼女を懲戒免職処分の魔の手から救った。当時ブルーとレク・ホーランの間に何があったかは定かではないけれども、だからこそ今回の任務でブルーのお目付け役を頼まれたのことに、ようやく合点がいった。
レク・ホーランは今回の任務でブルーが任務の内容を無視することを予見していたのかもしれない。如何なる理由があるのか分からないが、ブルーはギャングスターに強い恨みを持っている。付き合いの長い彼は、その感情をかなり前から悟っていたのだろう。
今回の任務、もしも自分がこの場にいなければ、ブルーはこのエリアに侵攻してきた雑兵を、一人残らず皆殺しにしていたはずだ。
レク・ホーランは、今回の任務では主戦力として駆り出された身だ。ブルーと彼が同じエリアに固めておくと戦力が偏ってしまう。地下迷宮内に均等に強力な個人戦力を配置したい東支部の面々にとって戦力の偏りがあるのは都合が悪いだろうし、かつてのようにブルーを制止することはできない。
そこまで予想した上で、自分に頼んできたのだ。
悪い言い方をすれば面倒事を押し付けられたとも言えるが、正直澄男の相手に慣れた今、ブルーの暴走を止めるくらいで彼女を避けたり、彼女を恨めしく思ったりはしない。むしろ自分である程度感情を抑えることができ、怒りと憎悪の中でも対話が成り立つだけ澄男よりも精神的には上なのだ。
彼にこの事を言えば確実に怒るだろうし、彼女にも言えば問題の種になりそうなので、今は胸の内にしまっておくが。
「とまあ……なんにせよ、あーしはまたおなじミスをくりかえしちまった……なんにんかはころしちまったし、レクにあわせるかおがねーな……」
「じゃああくまで自衛のためにやむおえず……だったってことにしましょうか」
その言葉にブルーは目を丸くする。先輩請負人として、一瞬とはいえ新人請負人に牙を剥きかけた相手に物怖じせず、ブルーのミスを隠す方策を練ってくれていることに驚いているのだろう。
だがおそらくレク・ホーランが託してきた意図は達成できている。後は今の状況に都合の良い言い訳を考えれば済む。
「ほら、黒百足さんはブルーを守ることを第一に考えてらっしゃるわけですし、彼……? 彼女? の逆鱗に触れたってことにすれば言い分としては整うでしょう」
「まてまてまて! それだとむーちゃんのせーになっちまう!」
「それは本人に聞いてみては?」
ブルーはなにやら黒百足としか分からない繋がりでゴソゴソと話し込む。数度の頷きの後、ブルーの表情はまたもや驚きに彩られ、そして呆れ混じりのため息を吐きつつ、黒百足の肌に優しく頬を摺り寄せた。
黒百足の表情は、そもそも表情括約筋がないため全く分からないが、見た感じ、自分の提案した言い分を拒む気はなさそうに思えた。
「まったく……オメーもむーちゃんもワルだなー……レクってみためチャラいけどけっこーきまじめなんだぜ? ウソつくのきがひけんだけどなー……」
「嘘も方便ですよ、先輩」
「まー……そう、か? はは、そうだな」
先輩と呼ばれて嬉しかったのか、頬を紅潮させ、それを隠すようにポンチョの裾で顔を覆い隠すが、周囲に転がっている雑兵たちに目を向けると、一瞬にして照れは消え、虚空を見つめるかのように天を仰ぐ。
「もっとがまんづよくならなきゃいけねーのはわかってんだけどな……アイツらをみると、どうしてもからだがうずいちまう」
エリアの天井をぼうっと見つめる彼女の表情は、自分からは全く窺い知れない表情。その表情はなんとなくだが、決して良いものではないことだけは分かる。
ブルーがギャングスターたちを必要以上に憎む何か。それは一度とはいえ復讐という闇に堕ちた澄男と、重なるものがある気がした。
「ヤツらさえいなければ、きっとみんなも、ツムジも、そしてナユタも……」
何かを思い出すかのように小さく唇からこぼれた呟きは、鼓膜をわずかに揺らしたのみで、その真意を辿り着くにはあまりにもか細く、儚い言葉だった。
彼女たちのエリアは最奥を牛耳るイラのエリアほどではないものの、他の者たちがいるエリアよりは格段に広い。その理由は単純明快で、ただでさえ広いエリアの半分を覆い尽くす黒光りした巨大な生物が、エリア内を埋め尽くさんとする人々の物量を威圧し、その侵攻を食い止めていたからに他ならない。
「な、なんなんだあの化け物……!?」
「馬鹿、お前知らねえのか!? アレが噂の大百足、北支部の最大戦力って言われてるバケモンだぞ!?」
男たちは身を震わせ、少しずつ少しずつ後ずさる。
ブルーの知るところではない話だが、``百足使い``の異名は、中小暴閥間ではかなり有名になっていた。
当然暴閥の中で噂になるほどならば、雇われの身たるギャングスターたちにも耳に入っていて不思議ではないことだが、二次団体以下扱いの彼らにとって、どこか他人事のような存在でもあったのだ。
ギャングスターは対人戦が主だ。その圧倒的な数の多さを武器に、相手を物量で押しつぶす。人間ならば大概数の暴力で殺し奪い尽くせるので、味方が多いほど自分たちは強くあれるというのが特徴だった。
しかし相手が化け物、もしくはそれに準ずるほどの武芸の達人だったならば、話は違ってくる。
上威区に拠点を据えている上位のギャングスターならばともかく、中威区に住まうギャングスターの平均全能度など、兵隊であれば精々百程度。大概が百を超えない連中がひしめく中で、明らかに人ではない生物を相手にするというのは人の力で未曽有の自然災害に立ち向かうことに等しい。
彼らが後ずさるのも無理からぬことであった。彼らの前に佇む巨躯の百足は、まさしく彼らにとって自然災害に他ならない存在なのだ。
「ち、チキショウ!! こっちには対戦車ロケットだってあるんだ!! お、恐れることはねえ!!」
「お、おい馬鹿!! 狙うならその百足のバケモンじゃなくて―――」
一人の男が大型銃火器を肩に担いだ。一般にロケットランチャーと呼ばれるその武器は、またの名をRPG―――対戦車ロケット弾発射器とも呼ばれている。
魔法や魔術を使うことができない中威区ギャングスターの兵隊たちにとって、魔術や魔法に対抗しうる最大火力の携行武器。彼らはこの武器で家屋や人を容赦なく木っ端微塵にしてきた。いくら相手が化け物を従わせているとはいえ、戦車すら破壊できる弾をぶちこめば、ひとたまりもないはず―――そう安直に考えたのだ。
横にいた男の制止を聞かず、RPGを肩に担いでいた男はむーちゃんに狙いを定め、引き金を引いた。対戦車ミサイルと異なり誘導機能を持たないそれは、狙いを定めて撃たないと当たらない。だが当たれば人間は容易に粉微塵となり、装甲を積んでいない普通車や一般家屋ならば一撃で爆破撃沈できる威力を誇る。
ギャングスターの兵隊たちは別に軍人というわけではないが、携行できる武器の中でも戦車すら破壊しうるその圧倒的破壊力に酔いしれていた部分はあった。
戦いの素人でも、当たれば大概のものを木っ端微塵にできるのだ。酔いしれない方が難しいと彼らなら口々に言うだろう。
「うぇ!?」
だがしかし―――今回だけは違った。
男の肩から放たれた対戦車ロケット弾はむーちゃんに吸収されるように向かっていったが、彼女の身体に到達するまでもなく何故か突然空中で勝手に爆発したのだ。
一瞬男たちはしばらく、むーちゃんに視線を集中させたまま時間が止まったかのように固まっていたが、徐々に徐々に誰もが冷汗をかき始める。
何が起こったのか分からず固まっていたわけではない。ただ目の前に起こったことを否定したくて思考するのを本能的にやめてしまっただけで、否応なく進む時間の流れが、凄惨な事実を容赦なく彼らに突きつけたのだ。
対戦車ロケット弾は巨大百足の尾で弾き壊された。その事実をすんなり呑み込めるほど、彼らは死線を潜り抜けてきたわけではなかったのだ。
「うそd」
刹那、ロケットランチャーを肩に担いでいた男が突如真っ白な光に包まれた。
男たちの時間がまた止まった。今度は本当に何をされたのか、何をしてきたのかが理解できないという顔で、むーちゃんと``ロケットランチャーを肩に担いでいた男がいた場所``を交互に見つめる。
そして―――。
「ひ……ひおおおおおおおおおおおおおお!?」
惨酷にも最初に冷静さを取り戻した男が腰を抜かし、その場で座り込んで身を震わせる。その姿たるや、まるで肉食動物を前に死を本能的に直感した小動物のようで、がくがくと歯を震わせる音がエリア内に鳴り響く。
その男はロケットランチャーを肩に担いでいた男に待ったをかけた男だった。彼が股を小便で濡らし始めたとき、彼の恐怖がこもった悲鳴が、他の男たちにも伝播する。
男たちはようやく現実を理解したのだ。目の前でロケットランチャーを持っていた同士が、骨すら残さず跡形もなく消滅させられてしまったことに。
今や彼がいたであろうその場所は、赤黒く焦げた土と血の匂いがほんのりと嗅げる焦げ臭さしかない。
恐怖で竦み、金縛りにでもあったかのようにその場を動けない彼らに、死神の咆哮がエリアを震撼させる。その咆哮は、彼らの生存本能を強烈に刺激し、恐怖による金縛りを強制的に粉砕させた。
「ひあああああああああああああああああああああああ!!」
「や、やべえぞ!! あのビームに当たったら……そ、即死だぁ!!」
「む、無理だ!! 勝てねえ!! 勝てるわけがねええええええ!!」
「逃げろおおおおおおおおおお!!」
「「「うわあああああああああああああ!!」」」
男たちが下した決断はあまりにも早かった。今更撤退したところで雇い主である暴閥の当主たちに役立たずの無能として処分される現実しかないのだが、むーちゃんのトドメともいうべき咆哮によって恐怖が臨界点を突破してしまった男たちに、今後の身の振りを考えるなどという思考は完全に潰えていた。
今の彼らを突き動かしているのは、圧倒的上位生物への恐怖から起因する``一秒でも長く生き延びたい``という生存本能のみ。それ以外の全ての思考、理性が踏み入る余地はない。人間もまた所詮は生物という大きな枠組みの中の一種であり、そして生態系ピラミッドに支配されている存在にすぎないことの証左である。
弱肉強食―――``食う者``と``食われる者``の縮図が、美しい絵画のように描かれていた。
戦意を完全に失った彼らだが、むーちゃんに容赦はない。先程対戦車ロケット弾を弾き壊して掠り傷すらつかなかったその巨大な尾で、逃げ惑う彼らを一切の躊躇なく薙ぎ払った。
男たちは声にもならない悲鳴をあげながら宙を舞い、まるでビー玉のように四方八方へ吹き飛ばされる。
数百名を超える軍団は恐怖という荒波に揉まれたのち、黒百足の尾によって一瞬のうちに蹂躙された。その情景を唖然とした表情で見渡すメイドを置き去りに、戦いは一方的な殲滅戦で幕を下ろしたのだった。
果たして、私は必要だったのか。地面や壁に埋もれた男どもだけが残った不気味なくらい静寂に支配された空間を、ただただ眺めていた水守御玲は、ふと単純な疑問に頭を捻らせた。
一人の男が肩に担いでいたロケットランチャーからロケット弾を発射したと思いきや、それを黒百足は平然と尻尾で弾き壊し、直後男は恐怖の台詞を吐く暇もないままエーテルレーザーで消滅させられ、黒百足の咆哮で男たちが恐慌状態になったところを、これまた巨大な尻尾で須らく薙ぎ払われて今に至っている。
ここまでの一連の流れで、黒百足以外は何もしていない。ただただ男たちが巨大な百足の化け物によって一方的に蹂躙される図を眺めていただけである。
レク・ホーランからブルーのお目付け役として一緒のエリアにいてくれないかと頼まれたので否やもなくその頼みを聞いたわけだが、ここまで圧倒的かつ一瞬で物事が動いてしまっては、何もできることはなかったというのが正直な感想だ。
以前のスケルトン系魔生物討伐任務のときも同じ状況だったが、黒百足は些か過剰戦力な気もする。黒百足一匹いれば問題は解決ではないかと思わずにはいられないが、黒百足は何故かブルーから離れようとはしないため、黒百足を前線に出すとなると必ずブルーもセットでついてくる必要がある。
そして肝心のブルーには自衛力がない。黒百足はどんな敵に対しても大概過剰戦力となってしまうが、これまで上手くやってこれていたのは、彼女の存在が良い具合にバランサーの役目を果たしていたということだろう。
個人的には自戦力を自分で制約してしまっているのはどうなのかと思うが、しかし―――骸の如く動かなくなった男たちをぼうっと見つめるブルーに視線を向けた。
「……最後の薙ぎ払い攻撃は必要なかったのでは?」
ブルーのバトルスタイルや自分がお目付け役としてこのエリアを守る必要性は、今ここで議論したところで何の足しにもならないことだ。この際頭の隅に置いておくとして、直近で湧いた疑念だけは解決しておくべきだろう。
このエリアに侵攻してきた雑兵はざっと大雑把に数えただけでも数百名近くいたが、その半数以上は文字通り骸となってしまっている。
上半身と下半身が分かたれた者、車に轢かれて潰れた蛙のようになってしまった者、単純に打ちどころが悪くて微動だにしなくなった者―――かなりの数の者が、凄惨な姿で彼岸へと旅立ってしまった。これは任務の内容から大きく逸れてしまったと言ってもいい。
今回の任務の目的は東支部に侵攻してくる敵性勢力の撃退。あくまで``撃退``であって``討伐``ではないのだ。
このエリアに侵入してきた雑兵たちは、ロケットランチャーを装備していた男が黒百足のエーテルレーザーで消滅させられた時点でほぼ全員が戦意喪失、潰走寸前の状態だった。黒百足のダメ押しとも言える咆哮によって雑兵たちは文字通り潰走を始めたわけだが、任務の目的を鑑みるならば潰走を始めた時点でこちらから追撃する必要は全くなかったはずだ。
それに最後の薙ぎ払い攻撃をしたのは黒百足自身の意志ではない。黒百足の使役者である、ブルーの攻撃指示があったからだ。
レク・ホーランからお目付け役を頼まれただけあって、彼女の手振りを見逃しはしない。不要な攻撃指示を出したことに対して釈明の一つを求めても何ら異議を申し立てられる筋合いはないはずだ。
若干低めの声音で問いかけることで、少々問い質すような雰囲気を醸したが、ブルーはその雰囲気に吞まれることなく、視線だけこちらに向けた。その視線に、ほんの僅かだが身構えてしまう。彼女の瞳に、光が灯っていなかったからだ。
「べつにぜーいんしんだわけじゃねーんだからいーだろ? わるい?」
「彼らが潰走を始めたとき、明らかに攻撃指示を出していましたよね? 任務内容は敵性勢力の撃退のはずですが?」
「ここでなんにんかへらしとかねーと、ほかのやつらのふたんがふえちまうだろーが。ほかのえりあににげちまったらそれはげきたいしたことにならねーだろ」
「ならば殺害する必要はなかったはずです。その黒百足は、あなたに実害が及ぶ攻撃を相手がしてきた場合を除き、使役者のあなたが的確な攻撃指示を送っていれば、殺さない程度に無力化できたはず。それに、``何人か減らしておく``と言っている時点で討伐の意志があったとも捉えられるのですが、どういった意図があっての行動だったのですか?」
そこまで捲し立てたとき、凄まじい歯軋り音がエリア内を反響した。歯軋りに込められた怒気に、思わず黒百足を使った攻撃を瞬時に予想するが、黒百足はブルーを中心にとぐろを巻いたまま、意に介する様子はない。
「……あのばかなしんじんとちがってさっしがいいな……まじめなのもかんがえもんだぜ」
ブルーは諦めたようにため息を吐くと、再び光の灯らない漆黒の視線をこちらに浴びせてくる。その表情は、いつも眠たそうな顔をしている彼女からは想像もつかないほど歪んでいた。この表情には、ものすごく身に覚えがある。
―――憎悪だ。
「アイツらはがいあくだ。いきてるだけで、オレらのしらねーところでだれかがりふじんにうばわれ、ころされる。こんなやつら、いかしておくわけにはいかねーんだよ……!!」
「……任務に私怨を持ち込んだというのですね?」
「ハッ……おまえレクみたいなことゆーな。あーしがぺーぺーだったころにもいわれたぜ。にんむにしえんをもちだすなってな」
「ではなぜ……」
「なぜ? にくいからにきまってんだろ!!」
ブルーの表情の歪みが更に激しくなる。エリア内に立ち込めた血の匂いや死臭が、彼女の顔から滲み出る暗黒の感情と溶け込み、空気が酷く淀んだように感じられた。
「オメー、アイツらがひごろなにしてるかしってるか? ごーかん、ごーとー、せっとー、さつじん、ヤク、ほーか……じぶんのよくをみたすためなら、どんなことだってするもののふしのゴミだ!! アイツらのせーで、なんにんものよえーやつがまいにちしらねーうちにぎせーになってんだよ!! そのげんきょーをみすみすみのがしていかすなんざ……ぜってーまちがってんだ!!」
「そうですか。だとしたら、あなたは私の主人を悪く言う資格はありませんね」
一瞬、ブルーが目を丸くする。だがすぐに言葉の意味を察したのか、顔の歪みがより一層、激しさを増して御玲を睨む。
だが、彼女は臆することはない。サファイアを彷彿とさせる瞳からは、確かな光が灯っていた。
「あなたは事あるごとに澄男さまを敵視していますが、要は害悪だから、生かすだけ諸悪の根源にしかならないから、人として無意味で無価値だから殺してしまうべきってことでしょう? 実害が出る前にその芽を摘み取る……澄男さまの行動理念と、なんら変わらないじゃないですか」
「ざけんな!! アイツとおれをいっしょにするんじゃねぇ!! あーしはこのもののふしのために……」
「それは言い訳ですね。仲間を守るために仲間を傷つける者を殺す……正しいかは別として、それを包み隠すことなく潔く言ってのける彼の方が、まだ好印象ですよ。顔を見れば確信できます。あなたと澄男さまは、全く同じ感情と理念でもって行動していると」
「おまえェ……!!」
ブルーの顔に込められた表情が、憎しみから殺意へと豹変する。暗澹と濁った瞳の奥に映る自分。殺意を向けている相手が誰なのか、分からないほど愚かではない。
「……私を殺すというなら、あなたは澄男さまと敵対することになる。同士討ちは懲戒解雇処分だったはずですし、そうなればレク・ホーランからも見捨てられることとなるでしょう……それでも構わないというなら、ここで決しますか?」
その小さい身体全身と、その小さい背に侍らせる雄大な黒百足で殺気と威圧を放ってくるブルーに、背中に担いでいた槍を片手に持って仁王立つ。
請負人生活が板についてきたのか、長らく己の家格を忘れていたが、自分は水守家の現当主。流川本家派直系の若頭補佐であり、大陸八暴閥``五大``が一柱、``凍刹``の水守御玲である。
残虐な父親に生殺与奪の権利を握られた凄惨な修行を乗り越え、当主就任の権利を手にしただけあって、殺し合うことに躊躇いはない。
かつて幼少の頃から生き残るために兄弟姉妹を屠り、己の血肉とする生活を送ってきたことで培われた精神力は、伊達じゃないと心の中でなら自慢できる。
流石にあの澄男を苦戦させた黒百足を相手にするとなると勝算は薄いが、それでも敵意をもって向かってくるというなら、無抵抗で殺られるわけにもいかない。
倒せぬまでも、生きて撤退ぐらいには持ち込んでみせる。澄男に余計な心配をかけて、怒り狂った澄男を鎮めるという名の面倒を背負い込むのは御免被りたいのだ。
「くっ……オレ……あーし、は……あのしんじんとはちがう……!!」
臨戦態勢を整え終えたのも束の間。ブルーは奥歯を噛みしめ、放たれる殺気をみるみるうちに潜めていく。憎悪と殺意に彩られた表情とは打って変わり、瞳の暗澹さはそのままにして浮かび上がったのは、若干の寂寥と後悔を混ぜたのような翳り。
「それに……レクにこれいじょー、めーわくかけるわけにもいかねーし……」
ブルーは完全に視線を外した。敵意を解いた瞬間に放ってくる不意打ちを警戒しつつ、片手に槍を持ったまま少しだけ肩の力を抜く。
しばらく誰も何も喋らない、静かな時間が流れた。
「むかし……まだあーしがぺーぺーだったころ……こんかいとにたようなにんむをこなしたことがあった」
気まずさに耐え切れなくなったのか、それは分からない。先に口火を切ったのは、ブルーの方だった。
彼女の声音からは既に敵意はなく、いつもの眠気が混じった緩い声音だった。もう攻撃はしてこないだろうと、槍を背に担ぎ直す。
「そんときのあーしは……まー……いろいろあってとがっててな。いまみてーにレクとなかよかったわけじゃなかったし、そくせきのぱーてーでにんむこなしてたんだが……にんむのないよーむしして、てきをみなごろしにしちまったことがあった」
表情に浮かんでいる寂寥と後悔が強くなる。話の内容からして、どうなったかは薄っすらだが想像がつく。
「まわりのうけおいにんからは、いまのおめーみたいにあれこれいわれたよ。そんときのおれは、こんかいいじょーにブチギレてな……どーしのうけおいにんにもてぇだしちまった……」
「……殺してしまったのですか?」
「いや、さすがにそこまではしてねー。ふかではおわせたけど……だからなのかな、ソイツらとはにどとツラあわせることはなかった……。そんでオレはにんむのないよーをむししたあげく、どーしをきずつけたせきにんをとらされそーになった」
俯きながら過去を語るブルーの姿に、請負機関に就職して三日で同士討ち未遂をくらってしまった澄男の姿を思い出す。
経緯は多少異なるものの、彼もまた同じく個人的な感情で請負人に手を出した新人請負人だった。自分が辱められてしまうと予見した澄男が、怒りに身体を燃やし、その業火で請負人たちを焼き尽くそうとしたとき―――それを阻止した人間が誰か、忘れるはずもない。
「いまでもおぼえてるぜ、しこたまおこられたわ……オレがすねてこころにもねーことゆーとビンタしてきてよ、それがまたいてーのなんの……」
苦笑いしながら、過去の自分を振り返るブルー。
やはり彼は、ブルーのときも同じ対応をしたのだろう。同士討ち未遂の汚名を背負い、彼女を懲戒免職処分の魔の手から救った。当時ブルーとレク・ホーランの間に何があったかは定かではないけれども、だからこそ今回の任務でブルーのお目付け役を頼まれたのことに、ようやく合点がいった。
レク・ホーランは今回の任務でブルーが任務の内容を無視することを予見していたのかもしれない。如何なる理由があるのか分からないが、ブルーはギャングスターに強い恨みを持っている。付き合いの長い彼は、その感情をかなり前から悟っていたのだろう。
今回の任務、もしも自分がこの場にいなければ、ブルーはこのエリアに侵攻してきた雑兵を、一人残らず皆殺しにしていたはずだ。
レク・ホーランは、今回の任務では主戦力として駆り出された身だ。ブルーと彼が同じエリアに固めておくと戦力が偏ってしまう。地下迷宮内に均等に強力な個人戦力を配置したい東支部の面々にとって戦力の偏りがあるのは都合が悪いだろうし、かつてのようにブルーを制止することはできない。
そこまで予想した上で、自分に頼んできたのだ。
悪い言い方をすれば面倒事を押し付けられたとも言えるが、正直澄男の相手に慣れた今、ブルーの暴走を止めるくらいで彼女を避けたり、彼女を恨めしく思ったりはしない。むしろ自分である程度感情を抑えることができ、怒りと憎悪の中でも対話が成り立つだけ澄男よりも精神的には上なのだ。
彼にこの事を言えば確実に怒るだろうし、彼女にも言えば問題の種になりそうなので、今は胸の内にしまっておくが。
「とまあ……なんにせよ、あーしはまたおなじミスをくりかえしちまった……なんにんかはころしちまったし、レクにあわせるかおがねーな……」
「じゃああくまで自衛のためにやむおえず……だったってことにしましょうか」
その言葉にブルーは目を丸くする。先輩請負人として、一瞬とはいえ新人請負人に牙を剥きかけた相手に物怖じせず、ブルーのミスを隠す方策を練ってくれていることに驚いているのだろう。
だがおそらくレク・ホーランが託してきた意図は達成できている。後は今の状況に都合の良い言い訳を考えれば済む。
「ほら、黒百足さんはブルーを守ることを第一に考えてらっしゃるわけですし、彼……? 彼女? の逆鱗に触れたってことにすれば言い分としては整うでしょう」
「まてまてまて! それだとむーちゃんのせーになっちまう!」
「それは本人に聞いてみては?」
ブルーはなにやら黒百足としか分からない繋がりでゴソゴソと話し込む。数度の頷きの後、ブルーの表情はまたもや驚きに彩られ、そして呆れ混じりのため息を吐きつつ、黒百足の肌に優しく頬を摺り寄せた。
黒百足の表情は、そもそも表情括約筋がないため全く分からないが、見た感じ、自分の提案した言い分を拒む気はなさそうに思えた。
「まったく……オメーもむーちゃんもワルだなー……レクってみためチャラいけどけっこーきまじめなんだぜ? ウソつくのきがひけんだけどなー……」
「嘘も方便ですよ、先輩」
「まー……そう、か? はは、そうだな」
先輩と呼ばれて嬉しかったのか、頬を紅潮させ、それを隠すようにポンチョの裾で顔を覆い隠すが、周囲に転がっている雑兵たちに目を向けると、一瞬にして照れは消え、虚空を見つめるかのように天を仰ぐ。
「もっとがまんづよくならなきゃいけねーのはわかってんだけどな……アイツらをみると、どうしてもからだがうずいちまう」
エリアの天井をぼうっと見つめる彼女の表情は、自分からは全く窺い知れない表情。その表情はなんとなくだが、決して良いものではないことだけは分かる。
ブルーがギャングスターたちを必要以上に憎む何か。それは一度とはいえ復讐という闇に堕ちた澄男と、重なるものがある気がした。
「ヤツらさえいなければ、きっとみんなも、ツムジも、そしてナユタも……」
何かを思い出すかのように小さく唇からこぼれた呟きは、鼓膜をわずかに揺らしたのみで、その真意を辿り着くにはあまりにもか細く、儚い言葉だった。
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