無頼少年記 ~最強の戦闘民族の末裔、父親に植えつけられた神話のドラゴンをなんとかしたいので、冒険者ギルドに就職する~

ANGELUS

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抗争東支部編

意志の強行

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 金髪野郎にテキトー言って持ち場を抜け出した俺は、迷宮の壁を掘削してビルまで戻っていた。

 戦いが始まる前、俺がビルから通ってきた通路はイラとかいう奴の迷宮操作によって塞がれてしまった。開けろと言っても言うこと聞いてくれなさそうだし、説得なんて時間の無駄だ。第一、俺の柄じゃない。

 だったらどうするか。簡単だ、通路がないなら作ればいい。

 道がないなら作るのと同じ理屈だ。掘削の方法もこれまた単純で、手に霊力を集中させてそこからドリルをイメージする。ドリルの先が猛回転するイメージを上乗せして手に込めた霊力の流れを高速回転させれば、あら不思議。即席の霊力ドリルの完成だ。

 なんでか知らずか、消費する霊力量が割と多いが、消費しても即補充される体質の俺からすれば、減っていないも同然だ。

 迷宮の壁は予想していたよりもかなりしっかりしてて、煉旺焔星れんおうえんせいでぶっ壊すか俺特製の即席ドリルでもなければ破壊できないくらいの強度を持っていた。地味で引っ込み思案そうで、まるで女版久三男くみおを連想させる奴が、これだけ大規模かつ頑丈な迷宮を作れるなんぞ実物でも見なきゃ信じられない話である。

『ちょっと……あの!』

 感覚からしてビルまで後数メトくらいにさしかかった頃。俺の脳裏に聞き覚えの薄い声が響く。

 聞き覚えがあまりなくて名前と顔がすぐに思い浮かばないが、霊子通信回線から送られてくる霊力が、送り主の姿形を鮮明に連想させる。

 イラ・バータリー、この地下迷宮の創造主だ。

『なにやってるんですか、持ち場に戻ってください……! というか、私の造った迷宮壊さないで……!』

『悪りぃが、そうも言ってらんねぇ事態が起こってよぉ。詳しい話はレク・ホーランとかいう奴か、御玲みれいにでも聞いてくれや』

『えぇ……そんな……緊急事態だなんて……聞いてませんよ……?』

『いやだから、知りたきゃレク・ホーランか、俺のメイドに聞いてくれっつってんだよ。二度も言わせんな』

 うん、このもじもじしててはっきりしなくてうざったい感じ。久三男くみおと話している感覚と似ている。

 アイツほどわけのわからん理屈をべらべら並べないが、雰囲気はなんとなく似ている気がする。アイツも時々もじもじしてはっきりしないノロマなところがあるから、イライラするときがあるのだ。相手が久三男くみおならいつも通り口汚く言ってやるところなんだが、そうじゃないから尚更やりづらい。

『うーん……と、とりあえずやめてくださーい……!』

『あー……? めんどくせぇ……だから無理だっつってんじゃんかよ、いい加減にしろよテメェ』

 一々説明してやるつもりはない。この手のもじもじノロマタイプは丁寧に説明したところでロクに動いてくれないからだ。

 久三男くみおみたいに自分で調べられるのなら黙って調べろとそう言ってやるのだが、コイツは多分迷宮作りとその内部把握ぐらいしか能がない。久三男くみおみたく「やれ」と言ったら必要な情報を秒で集め、その中から的確な判断を自力で下せる万能じゃないだろうし、対応する気が湧かないのだ。第一、俺に丁寧な説明とか無理だし。

『んじゃ、もう切るぞ。迷宮維持、頑張ってくれ』

『え、ちょっと待って……』

 もう面倒だし話すこともないのでこっちから一方的にブチ切ることにする。

 なんというか、今まで久三男くみお弥平みつひらがどれだけ有能だったかがよく分かる。久三男くみおはさっき言った通りだが、弥平みつひらなら俺がやろうとしていることを先読みして、自分の今やるべき的確な行動を取っただろう。例えば自分で調べて周りに周知させ、対応策を考えて実行させるとか。

 人が違うだけでこうもやりにくいのは考えものだが、俺の行動原理は変わらない。ソイツに合わせて動くなんざ柄じゃないし、ついてこれないならついてこなくてもいい。自分のやるべきを淡々とやってくれれば、それでいいのである。

『爆発音がしたから回線を繋げてみれば……澄男すみおと言ったな? 貴様何をしている!』

 霊子通信の中に構築された精神世界の中に、地味眼鏡っ子と俺の間へ槍をブチ投げてきたかのように飛んできたのは、腰まで届くストレートの黒髪を靡かせ、凛とした真っ白なコートを身に纏う女、確か護海竜愛ごうりゅうの隊長エルシアとかいう奴だったか。

 どうやら、煉旺焔星れんおうえんせいの余波は思いのほか、別のエリアにいた奴らにも影響が出ていたようだ。

『勝手なことは許さんぞ! 持ち場に戻れ!』

 あからさまにため息を吐いて見せる。こういう生真面目が服を着て歩いているような奴は久三男くみおタイプより倍以上面倒だ。久三男くみおみたいな奴はゴチャゴチャ言ってこようと言葉でゴリ押してしまえば押し切れるが、この手の若干気合が入っている奴は中々口じゃあ引き下がってくれない。取り繕ったところで問答無用と言ってくるのが目に見えているし、反論する気が失せるのである。

 とはいえ、圧しきれないわけじゃあない。

『馬鹿が。だったらなんで俺が、お前の言うその勝手なことをしてるのか、考えてから言うんだな』

『何……? 訳があるとでも言うのか』

『なかったらやるわけねぇよな。さっき地味眼鏡っ子にも言ったが、知りたきゃ俺のメイドか金髪野郎にでも聞け。俺はさっさと成すべきを成しに行くんでね』

『待て!!』

 もう面倒くさい。霊子通信を切ろうとするも、向こうがすぐにつなげ直してくる。

『自分の持ち場をどうするつもりだ!? 放棄したとでもいうのか!?』

『別に。金髪野郎とエリアを繋げておいたから、アイツが上手くやってくれてるだろ』

『馬鹿な、放棄と何が違う!』

『チッ……次から次へとゴチャゴチャと……』

 無力な奴らが今にも皆殺しにされそうになっているってときに、味方の横暴の糾弾とは暢気なことだ。説明できない、する暇がないから別の奴に聞けと促しているのに、呑気に俺へ問い質している始末。これで隊長とか言っているんだから聞いて呆れてくる。

 もういい面倒だ。どうせ拗れるだろうが、どうにでもなれ。

『……ガタガタうるせぇぞ、喚くな無能が』

 エルシア―――黒髪ストレートコート女から怒気が染み出す。まあ無能だとか言ったんだからそりゃそうだろうが、構うものか。

『テメェ、護海竜愛ごうりゅうの隊長なんだろ? だったらよ、自分らの領地にクソ間抜けにも侵攻を許しちまってる現状に何も思ってねぇのか?』

『今そんな話をしているのでは』

『思ってねぇわけねぇよなァ? 思ってねぇとしたら飛んだ腑抜け集団だぜ全く。自衛もロクにできもしねぇで何が護海竜愛ごうりゅうだ笑わせんじゃねぇ!!』

『なんだと……!!』

『そんな……!』

『……黙れよ』

 反論させるつもりはない。異論も認めない。怒りを滲ませ、精神世界で俺に距離を縮める二人に、俺は霊圧を飛ばして圧しかける。

『テメェら分かってんのか? 攻められてるってことはだ。テメェらは今でも中威区なかのいく暴閥ぼうばつとギャングスターのクソどもに格下扱いされてるってことだぞ? それでいいのか? もしかして今回もあの殺意のオーラ巻き散らかしてる道着女が全て丸く収めてくれる……そんな腑抜けたこと考えてんじゃねぇだろうなァ?』

『そ、そんなことは……!』

『ないってんなら今度こそ舐められねぇように、それだけの必要十分をやれや。重要なのは雑兵をブチのめすことじゃあねぇ、任務の内容をクソ真面目に淡々とこなすことでもねぇ。今回の騒ぎを起こした奴らに二度と同じ真似ができねぇよう、分からせてやることだ。そうだろ?』

『そ、そんなの……ただの報復ではないか! 我々は復讐など……』

『あっそ。じゃあテメェらは永遠にクソどもから格下扱いされるだけだ。別にいいってんならそれでいいさ、俺には関係ねぇし。好きにしろよ』

『くっ……私は……!!』

『イラ、エルシア。彼を通してやれ』

 俺と地味眼鏡っ子、そして黒髪ストレートコート女の間に割って入るかのように、またもう一人聞き覚えのある声が脳を揺らす。その声音から形作られる姿は、東支部の代表、全身に黒い覇気を身に纏う少女、仙獄觀音せんごくかんのんだった。

『どうやら我々は、敵の策に嵌ったようだ。彼が気づかなければ、我々は敗北していただろう』

『え……!? そんな……じゃあ……本当に……?』

『ああ。残念ながら詳しい説明を今すぐにはできないが、とりあえずは迷宮維持に努めてくれ。彼が開けた穴は……済まないが埋め立てておいてくれないか』

『へぇ。意外と話が分かるじゃねぇか』

 仙獄觀音せんごくかんのんの冷静な判断に、少し意表を突かれる。

 俺のイメージでは、全身を覆う霊圧とも敵意とも言い難い覇気から、正義感溢れる戦闘馬鹿ってイメージで、冷静沈着からは程遠い気合の入った奴だと思っていたのだが、言い分からして物分かりの良さげな雰囲気だ。

 直接話したことはなかったから、イメージは改めた方が良いだろうか。

『レク殿から話を聞いていなければ到底信じられぬ話よ。お前の行いは謀反を疑われてもおかしくはないぞ』

 改めた方が良い。そう思った矢先だったが、俺の抱いたイメージは間違っていなかったかもしれない。

 どうやら金髪野郎が御玲みれい経由で話を通してくれていたからだったようだ。俺が動かなきゃ戦略的敗北だってのに、謀反だのなんだのと暢気なことだ。

『勝てば官軍だろうが。謀反とかつまんねぇこと言ってんじゃねぇよ』

『それはお前が、工作員全てに対処できたらの話だ』

『……できねぇって言いてぇのか?』

『いや、そうは思っていない。レク殿が言うのだから、力は確かなのだろう。ならばそれを証明してみせろ』

 不満気に舌打ちをかましてみる。

 証明してみせろだとか、クソみたいな上から目線が腹立つが、俺から勝手に動いた以上、コイツの言っていることは筋が通っている。むしろこれで俺がロクな結果を出せなきゃ、口先だけの無能だったことになってしまう。

 本来なら誰に向かって口利いてやがる死にてぇのかクソがと言ってやるところだが、ここは黙っておいてやろう。

『それと、お前に助っ人を呼んである』

 思わず『あぁ?』とイラつき気味に返事をしてしまう。別に一人でも十分なのだが、どんな風の吹き回しだろうか。

『要らん。足手纏いは邪魔だ』

『それはない。レク殿からの推薦だ。どうやらお前、器物破損が癖らしいからな』

 また舌打ちをブチかます。

 金髪野郎が余計な真似をしやがるせいでなんか知らんけど足手纏いが一人追加されてしまった。あの野郎、一体何を考えてやがるのか。勝手に行動した俺への嫌がらせか。

『私っすよ、私。トト・タートっす』

 また霊子通信に割り込んできた奴が一名。これは聞き覚えのある声だ。つい二週間くらい前に、色々と荒唐無稽なことをしてくれた花筏はないかだ百代ももよの妹分である。

 俺から怒りが鳴りを潜める。前言撤回だ。

御玲みれいかお前、百足野郎以外だったなら邪魔だから突っぱねてやったが、テメェならいいや。せいぜい俺の役に立て』

『あははー、相変わらずの態度っすねー。嫌いじゃないっすよ、そーゆー無茶苦茶なとこ』

 トト・タート、コイツの実力は確かだ。

 あの花筏はないかだ家の当主にして``終夜しゅうや``の異名を持つ花筏はないかだ百代ももよの七光りってわけでもない、正真正銘の実力者。俺や金髪野郎じゃ真似できないような技を駆使し、タイマンでは倒すのが至難と言われているスケルトン系魔生物を見事仕留めてみせた。

 他の奴らなら文句の一つでも言ってやるところだったが、コイツなら特に言うことはない。

『では、頼んだぞ』

 そう一方的に言って、仙獄觀音せんごくかんのんは霊子通信からログアウトした。続いて地味眼鏡っ子が、最後に黒髪ストレートコート女がログアウトしていく。

 黒髪ストレートコート女は終始無言で俺を睨んでいたが、去る間際、表情を陰らせながら精神世界から姿を消す。ほんの少しその翳りに気になりながらも、すぐに奴の顔を振り払う。そして御玲みれいに霊子通信を繋ごうとするが、その手も止めた。

 正直、ものすごく御玲みれいが心配だ。澄連すみれんは人外だし、ぬいぐるみみたいなふざけたナリをしているが、その実力は申し分ない。心配するだけ無駄に気疲れするだけだが、御玲みれいはあくまで人間だ。今まで出てきた連中はみんなわざわざ相手にするまでもない雑魚ばかりだったが、敵の数は数え切れないほどいる。その中に飛び抜けて強い奴がいるかもしれない。

 俺より強い奴、例えば俺の母さんレベルのバケモンとかは流石にいるとは思えないし、思いたくもないが、御玲みれいじゃ対処できないような、人外に片足突っ込んでいるような奴がいるかもしれないと思うと、やはり御玲みれいの守りに徹した方がいいのではと考えてしまう。

 実際、任務請負機関に入った後も、御玲みれいが危なくなる局面はいくつかあった。むしろ今まで御玲みれいよりも遥かに強い怪物みたいなのを相手にしてきて、なんだかんだ助かっているのが奇跡なのだ。

 でも奇跡がそう何度も何度も起きるわけもない。その奇跡が起こらなかったとき、肉壁になれる奴がいなけりゃ御玲みれいは死ぬ。俺はもう、仲間を失うわけにはいかないんだ。 

―――``私があなたの横暴を肩代わりします``

 霊子通信で交わした、御玲みれいの一声。その声音からは、一片の迷いは感じられなかった。メイドとしてやるべきをやる。その決意に満ちていた。なら主人の俺が、その決意に応えなくてどうするって話である。

 迷いは振り払われた。これで思う存分、自分のやるべきに集中できる。自分がやり遂げると決めた、やるべきをやり遂げるために。


 地下迷宮の壁を掘削し、そのまま東支部ビルの壁をブチ破ってビルに戻ってきた俺は、先に到着して俺が来るのを待っていたであろう猫耳パーカーとすぐに合流した。

「……早くね?」

 俺は自分の腕をドリル代わりにして無理矢理地下迷宮の壁を掘削して一直線に進んできたのに、何故だか俺よりも先にビル内に戻ってきていた。それも俺がブチ破ってくる場所の目の前である。

 本来なら俺が先に着いて待ちぼうけを喰らうもんだと思っていたのに、これまた拍子抜けだ。

「センゴクのヤローが話を通してましたからねー。通路を作ってくれたんで、サクッと来れました」

 両手を頭に組みながら、能天気に言い放つ。俺はなるほどと即座に納得した。

 自分で無理矢理掘削してきたならともかく、東支部の連中が道を作ってくれていたなら、俺より早く着くのは難しいことじゃない。実際迷宮の壁は硬かったし、無理矢理掘り進んでいた俺はお世辞にも速く進んでいるとは体感からして感じていなかった。猫耳パーカーが先に着くのは無理もはない話だった。

「まあ、ンなことよりも……今は俺とお前しかいねぇんだし、口調は取り繕わなくてもいいんじゃねぇか?」

 もう索敵に入っている猫耳パーカーだったが、俺の言葉に横目で反応する。

 猫耳パーカー、支部内では``トト・タート``という名で通っているが、俺たちが花筏はないかだ百代ももよと出会ったことで、コイツの正体も明らかになった。花筏はないかだ百代ももよの妹分にして、花筏はないかだ巫女衆の一人―――花筏はないかだ一年ひととせである。

 身分を隠していたのは当然花筏はないかだ家の関係者だからであり、無用な騒ぎを起こさないようにするためだが、俺らにバレた以上、周りに誰もいないなら隠す必要はない。猫耳のパーカーを着ているのも、巫女であることを隠すための服装なのだ。

「敵に見られているかもしれねーですし、やめておきます。相手に暴閥ぼうばつがいるなら、バレない方が都合がいいっすから」

 言われてみればそうか。自分が阿呆なことを言ったことに後悔する。

 俺も流川るせんの身分を隠しているように、巫女たちも身分を隠している。それは降りかかるであろう面倒を避けるためであり、それは見習い巫女のコイツも変わりない。

 戦場に花筏はないかだの巫女がいる。そんな事実が敵に流れれば、無用な警戒をされてしまいかねない。工作員は俺たちが派手に戦場で暴れている間、密かに請負人たちを皆殺しにして、戦略的敗北に導こうとしている。

 派遣されているのは隠密や暗殺に長けた連中だ。ただでさえ面倒なのに、警戒されれば慎重に行動されてさらに面倒になってしまう。むしろ流川るせん花筏はないかだの関係者がいるって情報が、敵の幹部に伝えられてしまうリスクだってある。

 相手は総じて雑魚とはいえヘマして負け筋を作ってしまうのは、それこそ間抜けのやることだ。

 流石に弥平みつひらレベルの実力者がいるとは思えないし、正直恐ろしくて想定したくもないくらいだが、どこかで俺たちを監視している可能性もある。できるだけボロを出すような真似はしない方が得策だ。変な気配を感じたら、証拠隠滅の意味を込めて迷わず殺していく気概でいくのが丁度いい。

「今のところ、私たち周辺に敵の気配は探知できないっすね。まあここは支部ビルの中でも外れですし、人気もないんで、当たり前っちゃ当たり前っすが」

「探知?」

「探知系魔法っすよ。``探査プローブ``だとか言うんでしたっけ」

「ああ……お前、その手の魔法使えるのか」

 自分はどうせ使えないし使う気もないからと、さっさと忘却の彼方に投げ捨てていた記憶を拾いにいく。

 そういえば、魔法は攻撃系だけじゃなくて、無系とかいう無属性のよく分からんごちゃごちゃした魔法体系があることを、何ヶ月か前に御玲みれいから説明されたことがあった。

 俺は攻撃系一筋と心に固く誓ったので、もうほとんど覚えていないが、確か周囲の生き物の位置や大まかな肉体能力の情報を入手できる魔法があるとか、そんな話を御玲みれいから聞いた記憶がある。

「探知系魔法は、索敵の基本らしいっすからね。近くに仲間がいれば感覚共有できるんで必要ないんすけど、ソロだと案外不便なんすよね」

 なんかこう、視覚とか聴覚とかが鈍った感じ? などと、共感しづらいことを暢気に話す猫耳パーカー。

 コイツが言う仲間ってのは、おそらく百代ももよを含めた同じ巫女たちのことだろう。巫女が総勢何人いるのかは知らんが、コイツと同等、況してやそれ以上の奴らがいるとなると、俺には理解不能な力で感覚共有の一つや二つ、できそうな気がした。

 まあ触れたところで藪蛇な気がするし、ここいらで気にするのはやめておくことにする。

「確か非戦闘員は一箇所に集めたんだっけか。今思えば何もかもが裏目に出てるな……」

 戦う前の段取りを思い出す。

 念には念を入れて、というエルシアの考えにより、戦いに参加しない東支部請負人たちは、地下迷宮からある程度距離がある、東支部ビルの高層フロアに集結させている。それは戦いに巻き込まれないようにという護海竜愛ごうりゅうなりの配慮だったんだろうが、工作員の存在が露呈した今、その配慮は完全に敵の思う壺になってしまっている。

 俺たちから距離が離れている以上、敵からすれば殺し放題だ。正直、今から直行しても、何人かは犠牲になってそうな気はする。

「それでも、助けられる奴らは助けるか」

 相手はギャング連中と比較にならない強さだが、俺からすれば総じて雑魚だ。負ける要素はない。猫耳パーカーがいるなら、尚更だ。

「んじゃ早速、無駄をなくすために壁ぶっ壊して正面突破と行こうぜ」

「あははー、本当に早速っすね。でも残念、それはダメっす」

 思わず「あん?」と威圧してしまう。急がなきゃならねぇつってんのに、なに呑気なこと言ってんだろうか。こうしている間にも間抜けな奴がクソ野郎どもにぶっ殺されているかもしれねぇってのに、素直に道順に従っていくとか舐めてんじゃねぇだろうか。少し戦いができる奴だと評価していたが、やっぱ所詮その程度なのか。

「闇雲に壁を破壊して敵の所まで行くのは非効率っす。私が気を引いて囮になるので、その隙に畳んじゃってください」

「気を引くだと? こっから東支部の連中がいるフロアまで、割と距離あるぞ。どうやって気を引くつもりだよ」

 猫耳パーカーの言っている意味が分からず、首を傾げる。

 東支部の連中がいるフロアは床数十枚分先の高層フロアだ。一方、俺たちのいるフロアはかなり下、なんなら地下の物置フロアである。気を引くと言っても物理的に距離がありすぎて、向こうが俺たちの存在に気づくとは思えないし、普通にそのまま東支部の連中を血祭りにあげると思うのだが、その行動に意味はあるんだろうか。

 怪訝な顔をする俺に、猫耳パーカーは尚も得意気だ。

「簡単なことっす。要は霊圧に一定の敵意を含ませて、高層フロアに向かって放てばいいんす。そーすりゃ、相手の方からひょこひょこ来てくれます」

「いやいや、ンなことしたら警戒されてますます出てこなくなるんじゃねぇか? 相手は多分アサシンタイプだぜ?」

「だからこそっす。そういう手合は、確実に主人からの命令を遂行するため、遂行の邪魔になる要素を優先的に排除しようと思うはずっす。例えば、自分一人じゃどうにもできないような奴の霊圧を感じたときとか」

 確かに、と心の中で納得する。

 暗殺や密偵に長けた奴ってのは、相手をすばやく殺ることにこそ長けているが、直接的な戦闘力は高くない場合もある。

 まあ弥平みつひらという近接戦も普通にこなせる例外もいるから一概に言えないが、弥平みつひらレベルの万能はごく少数だ。

 そうなると連中は、抹殺対象と強敵との乱戦を極力避けようとするはず。乱戦になれば、抹殺対象を討ち漏らす可能性が出てくる。一人残らず皆殺しを命じられているなら、一人だろうと討ち漏らしは許されない。となれば、まず暗殺遂行の邪魔になる敵―――つまり俺らを先に撃破しにかかるというわけだ。

 そこまで考えたとき、素朴な疑問が頭に浮かんだ。

「霊圧って、決まった奴だけに浴びせるとかできなくね……?」

 猫耳パーカーの作戦には抜け目がない。そう思って納得しかけたが、よくよく考えれば霊圧って特定の誰かだけに浴びせることってできるんだろうか。少なくとも俺はできた試しがない。

 普通、霊圧というか殺気は全方位に放つものだ。特定の方向だけに飛ばすとか器用な真似ができるとは思えないし、考えたこともなかった。普通に考えれば、特定の人物だけに殺意や敵意を伝えるようなものだからだ。

「できるっすよ」

 俺の疑念とは裏腹に、猫耳パーカーはさも当然と言わんばかりに答えた。

「そもそも、それができなきゃ霊子通信で話してる内容とか、周囲の人にダダ漏れになっちゃうじゃないすか。理屈は話すと長くなるんで端折るっすけど、感覚は霊子通信と同じっす」

 反論しようにもぐうの音も出ない話に口を糸で縫われた気分になる。

 霊圧と霊子通信を同列で考えたことがなかったから、言われて初めて気づいたが、確かにその程度のことができなきゃ霊子通信での会話が周りにダダ漏れとかいう、誰得羞恥プレイが敢行されてしまう。

 だが実際にはそうなっていないように、霊力を使って伝える思念には指向性を持たせることができるとも言える。霊子通信のとき、よく回線って言葉を使うが、別に回線が存在するわけじゃないのだ。霊力に指向性を持たせることができるから、特定の奴だけとの会話ができるのである。

 となると、殺意や敵意を用いたタゲ取りも、霊圧という形にはなるが同じ要領でできるってわけだ。

「じゃあ任せた。俺はまんまと釣られた奴をボコせばいいんだな?」

「っすね。できれば広範囲攻撃は避けてくださいっす。警戒されかねねぇんで」

「んー……面倒だがしゃあねぇな……ただ敵が例外的に強い場合は目ぇ瞑ってくれよ?」

 おけです、と軽く承諾を得る。

 例外的に強い、なんてことは万が一にでもないとは思うが、もしもの場合もある。それに備えておいて損はない。

 俺がパワーで負ける可能性があるとすれば、母さんレベルでもない限りありえないが、拮抗する場合も考えれば、この前戦ったスケルトン・アーク並の奴だと流石に周囲を気配りしながら戦うのは無理だ。

 正直猫耳パーカーには悪いが、もしもの場合はコイツに器物破損の責任を擦りつけて、金髪野郎に言い訳するとしよう。

「いつでもいいぜ。早速始めてくれや」

 軽いストレッチをしながら、猫耳パーカーに言い放つ。

 魔法陣を描く猫耳パーカーとは裏腹に、俺は特に準備は必要ない。まんまと釣られてきた奴をブチのめせばいいだけだし、強いて準備するなら肉体を解しておくぐらいだ。日頃から身体を動かしているので肩凝りなどとは無縁なだけはある。

「おけです。じゃあいくっす」

 サクッと魔法陣を描き終えた猫耳パーカーは、その魔法陣に霊力を流し込んだ。

 本来ならここは戦場。ダラダラと魔法陣を描いていたらその隙にぶっ殺されかねないが、周囲に敵影がないのは俺の感覚からも、猫耳パーカーの探知系魔法からも確認済みである。むしろ今回は指向性を持たせた霊圧を意図的に放つので、単純な魔法の威力じゃなく魔法の制御能力が問われる局面だ。制御なんてものからは縁遠い俺は心配するだけ徒労である。

 霊力を通したのは分かったが、案の定何も感じない。見事に俺を対象外にしているせいで、敵意とか殺意といった不快な感情を全く感じないのだ。

 殺意に指向性を持たせるなんて器用だなと思っていると、探知には不得手な俺でも察知できる具合には、何かが近づいてきているのを感じとれた。敵意のこもった霊圧を浴びせただけあって、敵も殺す気満々だ。

 そりゃあ面と向かって殺すぞテメェと言われたようなもんだから、暗殺任務を邪魔されただけあって殺したい気分にならないわけがないだろう。俺なら確実にキレて焼き尽くすぐらいの真似はしている。そう考えれば、コイツらはまだ隠密を意識しているなと思った。

「接敵まで十秒」

 猫耳パーカーの淡々とした言葉が鼓膜を揺らす。

 相手が暗殺に長けた奴なら、おそらく面と向かって姿は表さない。俺たちの死角を狙って、殺られる前に殺りにくるはずだ。ただ俺たちに漏れ出た殺意を悟られている時点で、隠密としては大したことなさそうだが、中小暴閥ぼうばつの手の者なら、妥当な実力だろう。

 少なくとも姿を出さずに相手を殺れるだけで、支部連中程度なら皆殺しにできる。金髪野郎や百足野郎、猫耳パーカーや白道着女、俺や御玲みれいなどを除けばの話だが。

「ぐあ!?」

「げあ!?」

 背後から猛烈な殺意。相手の顔面の骨をカチ割る勢いで裏拳をブチかます。

 その勢いで相手は上半身が壁にめり込んでしまい、そのまま動かなくなった。猫耳パーカーの方も死角からの攻撃を未来予知でもしたかのように回避し、見事な峰打ちで一瞬のうちに気絶させる。峰打ちにより事切れた敵は、べしゃりと地面に伏し、ぴくりとも動かなくなった。

 力技で叩きのめした俺とは違い、回避から峰打ちまで無駄のない動き。音も最小限度しかなく、密かに敵を沈めるのに特化した行動だ。

 口に出すには簡単だが、実際にやるにはかなりの練度が求められる。猫耳パーカーは巫女の中でもまだ見習いらしいが、見習いでこの練度なら、本職の巫女は一体どれだけ強いんだろうか。ちょっと怖くなってきた。

「く、くそ! なんなんだコイツら!?」

 仲間が二人、一瞬で倒されて流石に困惑し始める敵。

 やはり敵は俺の予想通り、暗殺や隠密に長けた奴らだった。万が一にでも所属や正体がバレないように顔を布やフードで隠しているのはもちろんのこと、武器も剣や銃ではなく弥平みつひらが持っているようなナイフである。おそらくサクッと頸動脈あたりを切るのを目的にして装備しているのだろう。刃先には毒も塗られてそうだった。

 相手の死角に潜り込んで殺りにくる技術、隠密や暗殺を意識した装備、そして周囲に溶け込んで生活する力。どれだけ敵にダメージを与えられるかよりも、どれだけ敵を速く殺れるかを意識しているあたり、暗殺や隠密に特化していると見て間違いない。

 やはり暴閥ぼうばつの出で間違いなく、幼少の頃から訓練しているだけあって暗殺や隠密の技術を度外視しても、直接的な戦闘力は迷宮の中で蟻の如くひしめき合っているギャングスターどもとは比較にならないくらい強い。肉体能力も、おそらく倍以上あるはずだ。

 困惑している奴一人で、ギャングスター百人分以上の肉体能力はあるだろう。支部請負人程度なら、複数人揃えれば立ち回り次第で虐殺可能な戦力だ。

 でも俺や猫耳パーカーからすれば、やはり何人集まろうと雑魚である。肉体能力だけ見ても俺らの方が遥かに上、戦闘技量もこの中ではトップの猫耳パーカーがいる。大体の実力は見切ったし、これなら敗北する余地はない。

「一気にたたみかける!」

 困惑している時点で、実力は知れたようなものだ。同じタイプの弥平みつひらなら、驚きこそすれ敵の前で焦りを見せるなどというヘマはしないだろう。俺は頸動脈を切られた程度じゃ死にはしないし、真正面から挑んでも十分叩きのめせる相手だ。

「ごばぁ!!」

 困惑している間に間合いへまんまと詰められたソイツは、俺の右ストレートをノーガードでくらい、ボールのように吹っ飛んで事切れた。

 一応、死なないように手加減したが、久しぶりに人間をぶん殴ったので危うくカチ割ってしまうところだった。最近というか俺が相手する敵って人外がほとんどだから、人間相手だと時々加減が分からなくなるのが結構困る。一応、人間相手だと母さんがいるが、アレはノーカンだし。

「うーん……コイツら、割と強かったみたいっすね」

 事切れた奴らを黙々と調べていた猫耳パーカーが、装備や肉付きを観察しながら呟く。俺にはワンパンで倒れた感覚しかなく、手応えって手応えは皆無だと思ったのだが。

「そりゃあまあ、曲がりなりにも暴閥ぼうばつの出でだし、それなりには強いだろう」

「いやぁ、それにしてもっすよ。コイツら、全能度で言うと五百はあるっぽいっすよ」

「は……? 五百?」

 全能度五百。支部平均を遥かに凌ぎ、本部に勤める請負官の中でも上位クラスの肉体能力。下手をすれば、このビルを内側から破壊する大魔法すら使える可能性すらある猛者である。

 まあそれでも俺らからしたら等しく雑魚なのだが、ただの支部請負人を皆殺しにする戦力にしては、明らかに過剰戦力だ。

 東支部は護海竜愛ごうりゅう仙獄觀音せんごくかんのん以外は特段強いわけでもない。北支部の無名請負人と大差ないだろう。そんな奴らに全能度五百の人間をぶつければ、複数人じゃなくてもタイマンで虐殺可能だ。それに。

「そんな強え奴、中小暴閥ぼうばつの当主如きが派遣できるのか?」

 猫耳パーカーから聞いたことから、素朴な疑問をぶつけてみる。猫耳パーカーは首を左右に振った。

 全能度五百、明らかに中小暴閥ぼうばつが派遣できる存在じゃない。簡単な話、格が合わないのだ。

 中位以下の暴閥ぼうばつなど、精々支部請負人よりも強い程度。全能度でいえば当主クラスで三百後半、幹部クラスで三百前後ぐらいである。五百となれば、それは上位暴閥ぼうばつでもない限り、遣えない戦力ということになる。

「コイツは……みんなに報告しておく必要がある事案っす」

 猫耳パーカーは仕留めたアサシンどもを真剣な眼差しで観察しながら呟く。

 俺たちが相手した三人のアサシン。全能度は五百前後、たった一人で支部請負人を皆殺しにできる戦力が、密かに投入されていた。

 自分で言うのもおかしな話だが、もし俺の直感が唸らなかったら、今頃東支部の請負人は護海竜愛ごうりゅうとその代表を除いて全員血だるまの肉塊になっていたことだろう。

 それを防げたのが今回の一番の功績だが、俺も猫耳パーカーも、暴閥ぼうばつの出である。理屈でなく感覚でも、この違和感は無視できないものだ。 

 それこそが、``格``というものである。ドチャクソ漠然とした言葉だが、こと武市もののふし、ひいては暴閥ぼうばつの世界の中で、これは最も重要と言ってもいい概念である。

 いわばその人物の実力を象徴するもの。例えば俺にとっての格上は、俺の母さんとか、認めるのは癪だが花筏はないかだ百代ももよ裏鏡りきょう水月みづきといった別格の奴ら―――と言ったように、その人間にはその人間の実力に相応しい``格``、見えない地位みたいなものを持っているものだ。

 今回の敵将は中小暴閥ぼうばつの当主とはいえ、格としては武市もののふし全体からして中の上程度。俺らからしたら低級な小物でしかないように、上の下以上の奴らからしたら``多少強い程度の雑魚``でしかないのだ。

 そんな雑魚が、自分より強い者に命令できるわけがない。高い実力を持つ人間が、自分より弱い奴に従うことなど、暴閥ぼうばつ界では決してありえないことなのだ。

 怪訝な表情で猫耳パーカーは事切れた奴らを背負う。

 ともあれ猫耳パーカーも同意見ともなると、俺の予想はおそらく間違っていない。

 最初は東支部に攻めてくる中位以下の暴閥ぼうばつやギャングスターの軍団を撃退するという名目で始まったこの任務。敵の首魁は中威区なかのいく東部を支配する中小暴閥ぼうばつたちで、ソイツらさえ討伐すれば終わりだと思っていた。だが、事はそう簡単じゃないらしい。

 全能度五百並のアサシンが三人。下手をすれば上位暴閥ぼうばつの幹部クラスの連中が派遣されていたところを見るに、本当の敵は、もっと根深い所に潜んでいる可能性がある。

「だとすると、もっとでっかいバックかなんかがいる、って感じなんすかね」

「わかんねぇが……まあ雑に考えるなら、そうなるだろうな」

 今回の敵将はおそらく斥候。つまりより上位の奴らから遣わされた傀儡にすぎず、その上位の奴らが、なんらかの目的で今回の事件の絵を描いた―――とするのが、自然な筋書きではある。

 なんの証拠もないし、でっかいバックって誰だよって話だし、そもそもなにがしたかったのか皆目わからんし、憶測すぎて話にもならんような代物でしかないが、可能性としてはなくはない話ではある。

「とりあえず東支部請負人の虐殺は防げたから、敵の目論見は一応潰せたんだよな……となると、今度はどう出てくるのか……」

「またここに送り込んでくる、なんてことはしないっすよね」

「ないだろうな。送るにしても、また別の支部とかになるんじゃないのか?」

「別の支部……それ、もしマジならヤバくないすか」

「いや、ただの推測だからな……」

 焦る猫耳パーカーをよそに、とりあえず待てと手で制す。

 俺はただ憶測を好き勝手言っているだけだ。証拠もなにもない。もしも俺が黒幕だったならそうするってだけの話である。

 そもそも黒幕の目的が分からない以上、俺らからは何もできないに等しい。動くにせよ、下準備するにせよ、もっと情報が必要だ。

「あー……奴に動いてもらうしかねぇかなぁ……あんまし重荷を背負わせたくねぇんだが」

 頭を掻きむしりながら、盛大にため息をつく。

 頭に思い浮かんだのはただ一人。俺が知る中でも三本指に入るトップエリート、流川るせん弥平みつひらだった。

 奴は今、巫市かんなぎし密偵の任務に就いており、あまり負担をかけたくない状態にある。実際家にもほとんど帰ってこないし、帰ってくるとすれば任務の中間報告のため、二週間に一回程度帰ってくるぐらいである。報告くらい霊子通信で済ませればと以前勧めたが、万一の盗聴を考慮して使わないと宣言しているほどなので、どれだけ任務に神経張り詰めさせているかが窺える。

 ただでさえ俺じゃ到底真似できないようなことをしているのに、さらに負担をかけるような命を出すのは全くもって不本意だが、今回の出来事の背景を知るにも、情報が欲しい。

 情報収集と分析だけなら久三男くみおにも任せられるが、それを戦略だのなんだのに活かすとなれば、どっちみち弥平みつひらの力は必要になる。

「私はできれば南支部からは出たくねーんすがねぇ……姉様さえちゃんと動いてくれれば、負担も減るんすけど」

 猫耳パーカーが死んだ魚のような目で、天井を仰ぐ。

 コイツが言っている姉様ってのは、もしかしなくても花筏はないかだ百代ももよのことだろう。

 確かにアイツがいたら、わけのわからない力を使って秒で解決できるかもしれないが、俺を含めて誰も居場所を突き止められないんじゃ、あまりアテにはならない。

 実際、南支部合同で執り行われたスケルトン系魔生物討伐任務以来、アイツの姿を一度も見かけていないのだ。正直北支部に所属していること自体、実は嘘なんじゃないかと疑いたくなるレベルである。

「まあ、いねぇ奴に期待してもしゃーねぇ。俺の密偵を使った方が確実だし速ぇだろうぜ」

「すんません、ウチの姉様が」

「いいよ別に。ミリも期待しちゃいねぇし」

 妹に対して酷い言い草かもしれないが、正直放浪癖のある奴に期待するほど俺はアホじゃない。運が良ければ手伝ってくれる程度に留めておいて、悩ましいが弥平みつひらに戻ってきてもらう方が確実な結果がかえってくるし、俺は弥平みつひらに期待することにする。

「チッ……それにしても、めんどくせぇな……」

 つまらなかった割には、黒幕の匂いを残して終わった今回の戦い。後味悪いというか締まらないというか、不完全燃焼極まりない任務だった。

 その割に戦後処理とかいうクソ面倒な後片付け的な奴はちゃっかりやらなきゃならないんだから、割に合わないこと山の如しってやつである。正直もっと手っ取り早くできたんじゃないかと思えてならないが、戦いが終わった今、そんなことを考えても虚しくなるだけであった。

 一難さってまた一難、それを乗り越えたらまた一難ありそうな雰囲気に、深く辟易するしかできないのだった。
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