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抗争東支部編
地下迷宮籠城戦 ~対レク・ホーランエリア~
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「全く! アイツ何考えてやがんだ!」
押し寄せるむさ苦しい男の波を拳一つで投げ飛ばしたり殴り飛ばしたりしては、誰一人間合いに寄せ付けないレク・ホーランは、澄男の突然の奇行に憤慨を通り越して半ば唖然としていた。
澄男がエリアをつなげたせいで、本来澄男が相手するべき連中もレクのエリアにまでなだれ込んできているのだ。単純に見れば、負担は二倍である。
『レクさん』
脳裏によぎる少女の声音。憤慨したことで暴風の如く荒れ狂う胸中に、鳴りを潜めていた冷静さが姿を現す。
『御玲か。なんか知ってるな?』
問い詰める形になってしまったが、澄男の奇行を知る者など自分が知る限り一人しかいない。
『はい。澄男さまは、どうやら敵軍の工作員の存在に気づいたようです』
『敵軍の工作員……? あぁ、なるほど。この戦いは茶番か』
御玲の一言で、なんとなくだが敵の策が見えた。
大掛かりで信じられないことをしているが、この武市では弱者を犠牲にすることに抵抗を持つ強者など指で数えられるくらいしかいないので、なんら不思議なことではない。
この戦いは俺たち東支部の主力の気を引くためのブラフ。本命は請負人に化けて潜入した連中が密かに請負人たちを皆殺しにするといったところだろう。
しかし自分らが相手にしている軍勢の数は十三万。それら全てを捨て駒として浪費したとするなら、その紛れ込んでいる奴は軍勢十三万に匹敵する実力を持った個人ということになる。事実なら早急に対処しなければ、皆殺しにされてしまう。
『だが……わかんねぇな。新人は索敵ってタイプじゃなかった気がするんだが』
工作員が忍び込んでいたこと、数十万のギャングスターを平然と犠牲にしていること。それはなんらおかしいことではない。強いて疑問点を述べるならば、やはり澄男の奇行だ。
澄男が敵の工作に気付いた。なんらおかしくないように思えるが、澄男の性格から考えて、索敵や探知といったテクニシャンな真似をするとは思えないのだ。
猪突猛進、傍若無人。周りを全く鑑みる気のない暴君のような性格の澄男が、ご丁寧に索敵しながら戦うなど想像できたものではない。探知する暇があるなら周囲ごと全てを焼き尽くす方が速いなどと考えるような輩である。
仮に気配に過敏な体質だったとしても、自分らがいる場所はイラが創った地下迷宮。東支部ビルとはそれなりに距離が離れている。ただの直感でビル内に潜んでいる敵の気配に気づけるはずがない。
『それは……私が伝えたのです。探知系魔法の技能球を持っていたので、それを使っていたら偶々……』
その言い分に思わず眉を顰めた。
御玲が探知系魔法を使っている点、技能球を持っている点。言っている内容や行動に、特におかしいところは見受けられない。澄男ならともかく御玲ならば性格上、索敵をきっちりして敵の力量を把握しながら戦うだろうからだ。
おかしい点があるとすれば、御玲の声音にほんの僅かだが不自然な淀みがあることぐらいか。
焦燥や冷や汗といった類の感情は相手が余程嘘を吐けないような奴でもない限り霊子通信越しでは分からないが、なにか違和感がある。まるで通話前に考えておいた嘘を吐いたかのような。
『……それ、仙獄觀音たちには伝えたのか?』
『いえ、まだ伝えておりません。先にレクさんにお伝えしておいた方が良いかと思いまして』
『……そりゃあ、賢明な判断だと思うぜ』
自分で言うのもむず痒いが、任務請負人としてベテランの自負はある。その自負を押し上げている経験が、語っている。
御玲は嘘を吐いている、と。
とはいえ澄男みたいに分かりやすい奴なら問い詰めればボロを出すのだが、御玲のようなタイプは逆に拗れる可能性がある。嘘をついているのは確定としても、澄男が動いた以上は東支部ビル内に敵の工作員が潜んでいるのは本当なのだろう。
何故それを知り得たのか、何故嘘を吐いたのか。詳しく聞きたいところだが、その知り得た内容が内容だ。今は工作員の方を優先しよう。
『俺が仙獄觀音に伝える。お前は作戦通り、持ち場に雪崩れ込んでくる連中の迎撃に専念しろ』
『元よりそのつもりです』
御玲の判断に迷いはない。何気に彼女と霊子通信でマンツーマン会話は初めてだ。いつもは澄男を相手しているだけに、御玲がどれだけ冷静で理性的な女かが分かる。
女性の新人請負人は、大概怖がりだったり男請負人の背に隠れがちだったり取り乱して場を荒らしたり、ブルーとはまた違った意味で育てるのが大変なのだが、御玲は今まで育ててきた新人の中では、三本指に入るくらいには面倒を見るのが楽かもしれない。
なにより話をちゃんと聞いて、報連相を欠かさず、自分がやるべきことを言われずとも認識しているのが嬉しすぎる。彼女の爪の垢を煎じた茶を、あの暴君とむーちゃん頼りの惰眠娘に飲ませてやりたい気分である。
「とりあえず仙獄に繋ぐか」
もはや迫り来る物量をこなすのは作業と化していた。むしろもう意識していない。弾丸など当たったところで傷にならないし、相手のパンチやキックは子供のチャンバラ遊びに付き合っているような感覚と変わりない。
相手が魔法を使ってくるなら話は変わってくるのだが、今のところ魔術すら使ってくる様子もない。無意識に任せて問題ないだろう。
『仙獄。緊急事態だ』
御玲がログアウトしたことを確認すると、すれ違い様に仙獄觀音がログインしてきたことを感じとる。とりあえずレクは、今までの事を掻い摘んで説明する。
と言っても、本来なら事細かに説明するべき人物がこの場におらず、ロクな報連相もせずに持ち場を離れたので、情報不足が否めないのだが。
『それは……本当なのか?』
『信じられん……というか情報足りなくないかと思われるかもしれんが、これはマジだ。俺の新人から言質も取ってる』
ここでの新人というのは、澄男ではなく御玲のことだ。毎度なにかしらの任務のたびに奇行が目立つ澄男と違って、御玲の行動は請負人の範疇を逸脱したことはない。
彼女は澄男の専属メイドだし、実際澄男は持ち場を離れた。経緯はともかく工作員が忍び込んでいる事自体に間違いはない証拠だ。
『だとしたらマズイな。我々の作戦の裏をかかれた以上、もはやこの籠城戦は無意味……人員を割きたいところだが……』
『無理だな。一人一人は雑魚とはいえ数が数だ。人員を割けば物量で押し切られる』
イラが造った地下迷宮はかなり入り組んだ複雑な構造をしているとはいえ、数十万の物量ともならば、迎撃する者がいなければすぐに埋め尽くされてしまう。
イラは迷宮の維持でその場から動けない上、イラ自身に自衛力は皆無に等しく、イラの場所まで進軍された時点で地下迷宮は瓦解すると言っていい。彼女の強みは前衛ではなく、広大な迷宮を創り、それを維持する事だからだ。
『イラの所に一番近いエリアは私とフリージア、そしてブルー・ペグランタンを配置していたな』
『そうなんだがな……俺の新人の一人が、おそらくだが迷宮の壁を掘削してビルの方に戻ってる』
仙獄觀音から驚愕の念が、回線を通じて如実に伝わる。
迷宮の各エリアはイラがいる所へは物理的に閉ざされており、どの道を辿ってもイラの場所へ辿り着くことはできない。迷路のように入り組んだ道を進んだ先にいるのは、そのエリアを守る護海竜愛、レク、ブルー、澄男、御玲、セレス、トト、そして仙獄觀音のいずれかだ。
戦いが始まる前、イラが造ってくれた臨時通路を通ってビルからエリアに入ったが、その通路は戦いが始まった瞬間に閉ざされている。つまりイラの所やビルの方へ戻るには、地下迷宮の壁をを力づくで掘削する以外に実は方法などないのだ。
それを知らぬギャングスターたちは必死に各エリアにいる自分たちを倒し、迷宮を攻略しようとしているわけだが、澄男が敵の工作員の存在に気づき、迷宮の壁を掘削して進んでいる。普通に考えれば、その穴に侵入されて東支部ビルに到達されてしまうだろう。
そこまで考えて行動しているのかと問われれば、澄男に期待するだけ馬鹿というものである。
『困った新人だな……』
『申し開きも立たねぇ。言い訳は後にするとして、今は工作員の対処だ』
『しかし人員は割けない以上、対処といっても……』
『問題はないさ。俺の新人が行ったんだ。この際、アイツに任せてみようと思う』
仙獄觀音から驚愕とともに疑念が伝わってきた。
当然の反応だ。自分の持ち場を放棄し、勝手な行動を取る新人に対処を任せる。本当に大丈夫なのか、誰しもが疑問に思う事だろう。だがそれらをはねのけてでも大丈夫だと言える確信があった。
『アイツは阿呆で協調性の欠片もない奴だが、力は確かだ。万が一にでも、負けはしない』
『そうなのか? しかし、まだ新人なのだろう? 中位暴閥の工作員ともなれば万単位のギャングスターとは戦力の桁が違うぞ』
『問題ない。奴の強さは、アンタの予想を軽く超えてくるぜ。つーか、タイマンなら俺より強えし』
レクの言葉に、仙獄觀音はもはや唖然とした。
請負機関に一年以上属し、なおかつ支部の代表もしくは幹部クラスの地位に就く者ならば、レク・ホーランの威光を知らぬ者はいない。``閃光のホーラン``と謳われた彼の強さは、本部に昇進した任務請負官に匹敵するか、それ以上とされている。下手をすれば、本部に所属する請負官の中でトップの実力を持つ``新世代``と呼ばれる者たちにも引けを取らないと噂されるほどだ。
支部請負人の中では最も古参でもあり経験も豊富。単純な戦闘能力を含めれば、支部請負人の中で最も有力な存在と言える請負人なのだ。最近では何故昇進しないのか、逆に請負人の間で専ら考察されているくらいである。
そのレクの強さを凌駕する新人。それはもはや上威区を牛耳る上位暴閥の出でもなければありえないことだ。ただでさえ裕福で不自由のない上位暴閥の手の者が、わざわざ支部に就く道理が分からないが―――。
『まあ思うところは山程あると思うが……とりあえず信じてみることにしようや。俺はむしろ、ビルをぶっ壊さないかの方が心配だぜ』
どうやら新人の心配など微塵もしていないようだ。代表にあるまじき態度だが、あのレク・ホーランが何の理由もなしに、新人を死地に送るとは思えない。
北支部の新人はレクの教育の影響なのか、任務による死亡率が低いことでも有名なのだ。彼が放置を決めたのなら、澄男と名乗る新人はそれだけの力を持っていると見て間違いないということになる。
『なるほど、了解した。イラからは、私から伝えておこう。さっきから霊子通信で苦情が来ていてね。そろそろ返事をしないとマズイのだ』
仙獄觀音は、これ以上の思考をやめた。
仙獄觀音は澄男の人となりを知らない。昨日出会ったばかりの男で、二つ名もない新人なのだ。知る由もないのは当たり前だが、戦いが始まる前日、初めにこの戦いに違和感を呈したのも、思い出してみれば彼だった。
他の誰しもが彼の違和感に共感することはなかったが、彼の違和感は確かな現実となった。もしかしたら彼は戦いの才覚を持っているのかもしれない。
戦いに愛された者は、ごくわずかだが存在する。自分が敬愛し、親愛し、溺愛する``兄様``が、脳裏によぎる。
『……まさかな』
仙獄觀音に、ある仮説が思い浮かんだ。それはあまりに荒唐無稽で、現実離れしていて、たとえ護海竜愛の皆に話しても決して信じてもらえないであろう仮説。だからこそ今は誰にも話すつもりはないが、我が宿命のライバルたるトト・タートは、あの栄えある巫女の一族であった。
もしかすれば、あるいは―――。
仙獄觀音はそこで意識を現実に引き戻した。異様な気配を察知したのだ。どうやら当たりを引いたらしい。早速のお出ましに、すばやくイラへ霊子通信を繋げる。最低限のみ伝えて、この茶番を終わらせるために。
押し寄せるむさ苦しい男の波を拳一つで投げ飛ばしたり殴り飛ばしたりしては、誰一人間合いに寄せ付けないレク・ホーランは、澄男の突然の奇行に憤慨を通り越して半ば唖然としていた。
澄男がエリアをつなげたせいで、本来澄男が相手するべき連中もレクのエリアにまでなだれ込んできているのだ。単純に見れば、負担は二倍である。
『レクさん』
脳裏によぎる少女の声音。憤慨したことで暴風の如く荒れ狂う胸中に、鳴りを潜めていた冷静さが姿を現す。
『御玲か。なんか知ってるな?』
問い詰める形になってしまったが、澄男の奇行を知る者など自分が知る限り一人しかいない。
『はい。澄男さまは、どうやら敵軍の工作員の存在に気づいたようです』
『敵軍の工作員……? あぁ、なるほど。この戦いは茶番か』
御玲の一言で、なんとなくだが敵の策が見えた。
大掛かりで信じられないことをしているが、この武市では弱者を犠牲にすることに抵抗を持つ強者など指で数えられるくらいしかいないので、なんら不思議なことではない。
この戦いは俺たち東支部の主力の気を引くためのブラフ。本命は請負人に化けて潜入した連中が密かに請負人たちを皆殺しにするといったところだろう。
しかし自分らが相手にしている軍勢の数は十三万。それら全てを捨て駒として浪費したとするなら、その紛れ込んでいる奴は軍勢十三万に匹敵する実力を持った個人ということになる。事実なら早急に対処しなければ、皆殺しにされてしまう。
『だが……わかんねぇな。新人は索敵ってタイプじゃなかった気がするんだが』
工作員が忍び込んでいたこと、数十万のギャングスターを平然と犠牲にしていること。それはなんらおかしいことではない。強いて疑問点を述べるならば、やはり澄男の奇行だ。
澄男が敵の工作に気付いた。なんらおかしくないように思えるが、澄男の性格から考えて、索敵や探知といったテクニシャンな真似をするとは思えないのだ。
猪突猛進、傍若無人。周りを全く鑑みる気のない暴君のような性格の澄男が、ご丁寧に索敵しながら戦うなど想像できたものではない。探知する暇があるなら周囲ごと全てを焼き尽くす方が速いなどと考えるような輩である。
仮に気配に過敏な体質だったとしても、自分らがいる場所はイラが創った地下迷宮。東支部ビルとはそれなりに距離が離れている。ただの直感でビル内に潜んでいる敵の気配に気づけるはずがない。
『それは……私が伝えたのです。探知系魔法の技能球を持っていたので、それを使っていたら偶々……』
その言い分に思わず眉を顰めた。
御玲が探知系魔法を使っている点、技能球を持っている点。言っている内容や行動に、特におかしいところは見受けられない。澄男ならともかく御玲ならば性格上、索敵をきっちりして敵の力量を把握しながら戦うだろうからだ。
おかしい点があるとすれば、御玲の声音にほんの僅かだが不自然な淀みがあることぐらいか。
焦燥や冷や汗といった類の感情は相手が余程嘘を吐けないような奴でもない限り霊子通信越しでは分からないが、なにか違和感がある。まるで通話前に考えておいた嘘を吐いたかのような。
『……それ、仙獄觀音たちには伝えたのか?』
『いえ、まだ伝えておりません。先にレクさんにお伝えしておいた方が良いかと思いまして』
『……そりゃあ、賢明な判断だと思うぜ』
自分で言うのもむず痒いが、任務請負人としてベテランの自負はある。その自負を押し上げている経験が、語っている。
御玲は嘘を吐いている、と。
とはいえ澄男みたいに分かりやすい奴なら問い詰めればボロを出すのだが、御玲のようなタイプは逆に拗れる可能性がある。嘘をついているのは確定としても、澄男が動いた以上は東支部ビル内に敵の工作員が潜んでいるのは本当なのだろう。
何故それを知り得たのか、何故嘘を吐いたのか。詳しく聞きたいところだが、その知り得た内容が内容だ。今は工作員の方を優先しよう。
『俺が仙獄觀音に伝える。お前は作戦通り、持ち場に雪崩れ込んでくる連中の迎撃に専念しろ』
『元よりそのつもりです』
御玲の判断に迷いはない。何気に彼女と霊子通信でマンツーマン会話は初めてだ。いつもは澄男を相手しているだけに、御玲がどれだけ冷静で理性的な女かが分かる。
女性の新人請負人は、大概怖がりだったり男請負人の背に隠れがちだったり取り乱して場を荒らしたり、ブルーとはまた違った意味で育てるのが大変なのだが、御玲は今まで育ててきた新人の中では、三本指に入るくらいには面倒を見るのが楽かもしれない。
なにより話をちゃんと聞いて、報連相を欠かさず、自分がやるべきことを言われずとも認識しているのが嬉しすぎる。彼女の爪の垢を煎じた茶を、あの暴君とむーちゃん頼りの惰眠娘に飲ませてやりたい気分である。
「とりあえず仙獄に繋ぐか」
もはや迫り来る物量をこなすのは作業と化していた。むしろもう意識していない。弾丸など当たったところで傷にならないし、相手のパンチやキックは子供のチャンバラ遊びに付き合っているような感覚と変わりない。
相手が魔法を使ってくるなら話は変わってくるのだが、今のところ魔術すら使ってくる様子もない。無意識に任せて問題ないだろう。
『仙獄。緊急事態だ』
御玲がログアウトしたことを確認すると、すれ違い様に仙獄觀音がログインしてきたことを感じとる。とりあえずレクは、今までの事を掻い摘んで説明する。
と言っても、本来なら事細かに説明するべき人物がこの場におらず、ロクな報連相もせずに持ち場を離れたので、情報不足が否めないのだが。
『それは……本当なのか?』
『信じられん……というか情報足りなくないかと思われるかもしれんが、これはマジだ。俺の新人から言質も取ってる』
ここでの新人というのは、澄男ではなく御玲のことだ。毎度なにかしらの任務のたびに奇行が目立つ澄男と違って、御玲の行動は請負人の範疇を逸脱したことはない。
彼女は澄男の専属メイドだし、実際澄男は持ち場を離れた。経緯はともかく工作員が忍び込んでいる事自体に間違いはない証拠だ。
『だとしたらマズイな。我々の作戦の裏をかかれた以上、もはやこの籠城戦は無意味……人員を割きたいところだが……』
『無理だな。一人一人は雑魚とはいえ数が数だ。人員を割けば物量で押し切られる』
イラが造った地下迷宮はかなり入り組んだ複雑な構造をしているとはいえ、数十万の物量ともならば、迎撃する者がいなければすぐに埋め尽くされてしまう。
イラは迷宮の維持でその場から動けない上、イラ自身に自衛力は皆無に等しく、イラの場所まで進軍された時点で地下迷宮は瓦解すると言っていい。彼女の強みは前衛ではなく、広大な迷宮を創り、それを維持する事だからだ。
『イラの所に一番近いエリアは私とフリージア、そしてブルー・ペグランタンを配置していたな』
『そうなんだがな……俺の新人の一人が、おそらくだが迷宮の壁を掘削してビルの方に戻ってる』
仙獄觀音から驚愕の念が、回線を通じて如実に伝わる。
迷宮の各エリアはイラがいる所へは物理的に閉ざされており、どの道を辿ってもイラの場所へ辿り着くことはできない。迷路のように入り組んだ道を進んだ先にいるのは、そのエリアを守る護海竜愛、レク、ブルー、澄男、御玲、セレス、トト、そして仙獄觀音のいずれかだ。
戦いが始まる前、イラが造ってくれた臨時通路を通ってビルからエリアに入ったが、その通路は戦いが始まった瞬間に閉ざされている。つまりイラの所やビルの方へ戻るには、地下迷宮の壁をを力づくで掘削する以外に実は方法などないのだ。
それを知らぬギャングスターたちは必死に各エリアにいる自分たちを倒し、迷宮を攻略しようとしているわけだが、澄男が敵の工作員の存在に気づき、迷宮の壁を掘削して進んでいる。普通に考えれば、その穴に侵入されて東支部ビルに到達されてしまうだろう。
そこまで考えて行動しているのかと問われれば、澄男に期待するだけ馬鹿というものである。
『困った新人だな……』
『申し開きも立たねぇ。言い訳は後にするとして、今は工作員の対処だ』
『しかし人員は割けない以上、対処といっても……』
『問題はないさ。俺の新人が行ったんだ。この際、アイツに任せてみようと思う』
仙獄觀音から驚愕とともに疑念が伝わってきた。
当然の反応だ。自分の持ち場を放棄し、勝手な行動を取る新人に対処を任せる。本当に大丈夫なのか、誰しもが疑問に思う事だろう。だがそれらをはねのけてでも大丈夫だと言える確信があった。
『アイツは阿呆で協調性の欠片もない奴だが、力は確かだ。万が一にでも、負けはしない』
『そうなのか? しかし、まだ新人なのだろう? 中位暴閥の工作員ともなれば万単位のギャングスターとは戦力の桁が違うぞ』
『問題ない。奴の強さは、アンタの予想を軽く超えてくるぜ。つーか、タイマンなら俺より強えし』
レクの言葉に、仙獄觀音はもはや唖然とした。
請負機関に一年以上属し、なおかつ支部の代表もしくは幹部クラスの地位に就く者ならば、レク・ホーランの威光を知らぬ者はいない。``閃光のホーラン``と謳われた彼の強さは、本部に昇進した任務請負官に匹敵するか、それ以上とされている。下手をすれば、本部に所属する請負官の中でトップの実力を持つ``新世代``と呼ばれる者たちにも引けを取らないと噂されるほどだ。
支部請負人の中では最も古参でもあり経験も豊富。単純な戦闘能力を含めれば、支部請負人の中で最も有力な存在と言える請負人なのだ。最近では何故昇進しないのか、逆に請負人の間で専ら考察されているくらいである。
そのレクの強さを凌駕する新人。それはもはや上威区を牛耳る上位暴閥の出でもなければありえないことだ。ただでさえ裕福で不自由のない上位暴閥の手の者が、わざわざ支部に就く道理が分からないが―――。
『まあ思うところは山程あると思うが……とりあえず信じてみることにしようや。俺はむしろ、ビルをぶっ壊さないかの方が心配だぜ』
どうやら新人の心配など微塵もしていないようだ。代表にあるまじき態度だが、あのレク・ホーランが何の理由もなしに、新人を死地に送るとは思えない。
北支部の新人はレクの教育の影響なのか、任務による死亡率が低いことでも有名なのだ。彼が放置を決めたのなら、澄男と名乗る新人はそれだけの力を持っていると見て間違いないということになる。
『なるほど、了解した。イラからは、私から伝えておこう。さっきから霊子通信で苦情が来ていてね。そろそろ返事をしないとマズイのだ』
仙獄觀音は、これ以上の思考をやめた。
仙獄觀音は澄男の人となりを知らない。昨日出会ったばかりの男で、二つ名もない新人なのだ。知る由もないのは当たり前だが、戦いが始まる前日、初めにこの戦いに違和感を呈したのも、思い出してみれば彼だった。
他の誰しもが彼の違和感に共感することはなかったが、彼の違和感は確かな現実となった。もしかしたら彼は戦いの才覚を持っているのかもしれない。
戦いに愛された者は、ごくわずかだが存在する。自分が敬愛し、親愛し、溺愛する``兄様``が、脳裏によぎる。
『……まさかな』
仙獄觀音に、ある仮説が思い浮かんだ。それはあまりに荒唐無稽で、現実離れしていて、たとえ護海竜愛の皆に話しても決して信じてもらえないであろう仮説。だからこそ今は誰にも話すつもりはないが、我が宿命のライバルたるトト・タートは、あの栄えある巫女の一族であった。
もしかすれば、あるいは―――。
仙獄觀音はそこで意識を現実に引き戻した。異様な気配を察知したのだ。どうやら当たりを引いたらしい。早速のお出ましに、すばやくイラへ霊子通信を繋げる。最低限のみ伝えて、この茶番を終わらせるために。
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そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。
カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。
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