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乱世下威区編 上
再来、灰色の敵意
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時を少し遡る。
弥平とキシシ野郎ペアと別れた俺と御玲は、一足先にエレベータに乗り、擬巖がいるであろう最上階へ直行していた。
「気味が悪いほどサクサクですね。敵の本丸であることを忘れてしまいそうです」
「良いことじゃねぇか。それだけ久三男の手下が有能だったってことだろ」
エレベータ内でも緊張を解かない御玲だが、俺の方はというと割と肩の力を抜いていた。
暢気になったわけじゃあない。久三男の手下を信じているからこそ、俺は御玲に意識を割くことができるからだ。
擬巖の手下と思われる連中は、久三男が直属魔生物による転移強襲で全滅させた。
真正面から堂々とカチコミしても勝てただろうが、そうなると必然的に取るに足らない雑魚を相手にしなきゃならず、時間と精神力の無駄遣いをしなきゃならない羽目になってしまう。
最も重要なのは擬巖の当主を始末することであり、逆に言えば当主を始末できなければこの戦いに終わりはない。なら相手するまでもない雑魚はなるべく相手せずに間引き切り、ここぞというときまで精神力くらいは温存しておくべきなのである。何事も疲れると本来の力が出せなくなるのが人の性というものだ。
「それでもこの静けさはどうも……やはり、澄男さまは本家邸で待機していた方が良かったのでは」
「擬巖の実力が分からん以上は俺が出向くしかないだろ。俺なら仮に初見殺しされたとしても死なないし。死ななきゃこの戦いに負けはねぇしさ」
確かにそうですが、と言い淀む御玲。まあ御玲の気持ちも分からなくもない。俺らの戦い方は、一般的な暴閥の戦争とは真逆の戦略を採用しているからだ。
暴閥同士の戦争の決着は、相手をすり減らすことじゃあない。如何に敵の大将―――つまり敵暴閥の当主を討ち取れるかで勝敗が決まる。逆に言えば、敵暴閥の当主が生きている限り、敵暴閥の戦力をいくら削いだところで戦いは終わらないことを意味する。
たとえ手下を全て殺し尽くして戦争継続不能にまで追い込めても、当主に逃げられたら勝ちにはならないのだ。なのでその理論を基に戦略を立てるなら、俺は本家邸に引きこもっているのが最善手になる。
敵の掃討は表向き部下扱いの弥平や御玲に命じ、可能ならその二人で当主を始末できたら、俺はノーリスクで勝利できる。
本家邸は久三男という名の最強のセキュリティで守られているし、澄連も予備戦力として待機している。裏鏡や百代、母さんや凰戟のオッサンみたいな人智を超えた化け物でもなければ本家邸に引きこもってる俺を討つことは不可能に等しく、相手からしたら俺に引きこもられた時点で負け確なのである。
だったらなぜ今回の戦いでその戦略をとらなかったのか。勝ち確定の戦略をとらないとか馬鹿なのかと思われるかもしれないが、確かにこれに関しては俺が馬鹿なのかもしれない。この戦略には、俺にとって見過ごせない欠陥が一つだけある。
「俺はな御玲。これ以上、大切なもんを失うわけにはいかねぇんだよ」
俺が引きこもって、他二人に擬巖の頭を討たせる。セオリー通りに戦うなら、それが文句なしの最善手。
だがこれをやらない理由はただ一つ。弥平や御玲を、下手すりゃ捨て駒にしてしまうからだ。
相手がただのギャングスターとか、中位暴閥なら俺が出るまでもなかったかもしれないが、今回の相手は擬巖。腐っても大陸八暴閥に名を連ねる最上位暴閥であり、御玲と互角の家格を持つ大物だ。
互角でも危ないし、況してや弥平並の実力者だった場合、二人が戦死する確率は飛躍的に上がってしまう。初見殺しで始末されてしまえば、不死身でもなんでもない二人だとロクに対処できないままお陀仏である。
その点、俺なら持ち前の不死身さで初見殺しされることはない。
仲間が惨殺される様を見るくらいなら、俺自身が微塵切りにされた方が断然マシなのだ。流川の本家当主である俺が出張ることで敗戦するリスクがないわけではなくなるデメリットこそあるものの、そこは俺の不死身さでカバーできる。
速攻で死ぬリスクのない当主を敢えてぶつける方が、弥平や御玲に突撃させるより安全だというわけだ。
「澄男さまは確かに尋常ならざる不死性を持ってますが……それでも過信は禁物ですよ、相手の力量は久三男さまでも完全に把握できていないのですから」
ため息をつきながらも、上目遣いで俺を見つめてくる。
俺が知る中で最強の裏方であり実の弟、流川久三男はこの世界の情報のほとんどを持っている。それは同じ大陸八暴閥だろうと例外じゃなく、その情報はウチの分家も重宝しているほどだ。
情報とは時に破壊力を凌駕する―――とは久三男の言葉だが、今回のアイツは擬巖の当主に対して黄色信号を示した。
久三男曰く、擬巖の当主は大陸八暴閥に恥じない強さを持つらしい。フィジカルはおそらく御玲と同等か少し下程度と人類の種族限界に近く、剣術を主体とする接近戦を得意とする。最大の特徴は右目に埋め込まれた義眼だ。
「人工の魔眼を埋め込んでんだっけ? 魔眼って強えのか?」
「魔眼は固有能力の一種で、その強度は人それぞれですね。希少だと聞いたことはあります」
「へえー……要は目ン玉潰しゃあいいってことか」
「そう簡単な話なら誰だってそうすると思いますけど……」
ため息混じりに首を左右に振られる。
気持ちは分かるが、馬鹿な俺にはそれぐらいしか思いつかないというか、相手の強みが目玉だってんならその目玉潰すのが定石だと思うのは俺だけじゃないと思う。
「魔眼もそうですが、問題なのは超能力の有無です。久三男さまでさえ超能力に関しては調べられないとのことですから、もし使えるのだとしたら厄介極まりないですよ」
ちょっと怒気がこもった声音がエレベータ内を反響する。
不死のせいか若干危機感の薄かった俺だが、その単語を聞いて少しばかり気が引き締まる。
正直、俺は不死だ。ゼヴルエーレとかいうゲテモノドラゴンの影響でどんな攻撃を受けようと死なない身体を手に入れた。それはある意味で幸運だし、だからこそ魔眼とかいう話をされても目玉潰せばいいかぐらいの気持ちしかないわけだが、超能力だと話は百八十度変わってくる。
超能力の理不尽さは、裏鏡との戦いで嫌というほど思い知らされた。
何もかもがわけのわからない理由で全て無効化される割に、相手の力場はしっかりと俺に効くとかいうワンサイドゲーム。勝たせる気がまるでないとはまさにこの事で、いくらルール無用と言っても限度ってもんがあると思わずツッコミたくなるほどに、超能力ってのは存在そのものが無法だった。
アレを平気な顔で使える奴は、裏鏡みたいなルール守る気がまるで皆無なクソ外道ぐらいなもんだろう。
俺も身勝手さで言えば実の弟にガチで恨まれて殺されかけるぐらいには外道だって自覚はあるが、アイツと比べりゃまだマシだと豪語してやる。それくらい超能力ってのはクソオブクソのクソ要素なのだ。
「まあ、それに関しちゃあ考えてもしゃーねぇだろ。それを心配するなら尚更俺が出張る以外の選択肢ねぇし」
裏鏡のスカした忌々しい顔面が脳裏をよぎる。
弥平と御玲は人間の範疇に限るなら最強レベルに強いが、超能力をどうこうできるほどじゃない。使われたらロクに抵抗もできず倒されるだけだ。弥平なら逃げるくらいはできるかもしれないが、それでも危険なことに変わりはない。裏鏡の戦いで思い知ったことだが、超能力は対処不能な初見殺しの連続だからだ。
となると、初見殺しがほぼ効かない俺しか適任がいない。
最悪、澄連を呼び出すのも手だが、今回はキシシ野郎が同行している。本来なら遊撃役に回ってもらう予定だったが、戦いが終わったら奴を解放するという男の約束を交わした以上、俺たちの情報が世に出てしまうのはマズイ。可能な限り伏せておきたいところだ。
「そろそろです」
エレベータが止まる。若干の慣性をその身で受けつつ、エレベータの扉がおもむろに開かれた。
「私が先行します」
反論の暇も与えず、素早く前に出る。
本当は不意討ちに備えてタンクもこなせる俺が前に出た方が安全なのだが、敵はなにも真正面から素直に来るとは限らない。奇襲を仕掛けるなら死角から襲いかかる必要があるし、そうなると大体の初見殺しを封殺できる俺が御玲を俯瞰できる位置にいる方が、逆に御玲への不意打ちに対応しやすくなる。
「澄男さま」
「分かってる」
警戒しながらも廊下を歩くと、ちょっとした広間に出た。全体的に掃除は行き届いているし、家具もぱっと見新そうに見える。西支部の惨状と比べれば、まだ人が過ごしているであろう状態だが、俺も御玲も同じく拭い去りようのない違和感が付きまとう。
掃除は行き届いていて、家具も必要以上に傷んでいるわけもなく、だからと特別綺麗ってわけじゃない。
違和感の拭えねぇ広間の状況を分かりやすく、簡単に言い直すのなら。
「使ってねぇのか……?」
語彙力のない俺に相応しい感想だと思うが、むしろ分かりやすく説明できたと前向きに捉えたい。
そう。広間そのものは立派なもんだってのに、使用感がまるでない。広間として使っているというより、誰かを待ち受けるためにあるかのような、なんともいえない不気味さを感じさせる。
本能が警鐘を打ち鳴らし、胸の奥底に渦巻く不安要素を払いのけ、ありったけの集中力が五感へと集中する。声を出すのすら惜しい。アイコンタクトで御玲に指示を出し、背中合わせに周囲の警戒を密にした。
おそらくだが、俺たちは誘い込まれたとみて間違いない。
目的は俺に不意討ちでも仕掛けてブチ殺すとかそんな算段だろう。俺に不意討ちなんざ無意味だし、予想できたら怖くもなんともないが、不気味なのは相手の気配がまるで感じられないことだ。
俺や御玲はそこらの奴らよりも五感は聡い。五感は敵に先手を打つために必要不可欠な要素だし、五感がゴミだと逆に先手を許してしまいかねず、敵に戦いの流れを作る隙を与えてしまう、と言える。
だからこそ聡くないと俺はともかく御玲は死ぬわけだが、その俺らをもってしても敵の気配を感じ取ることができない。じゃあ敵なんていないんじゃね、と思うかもしれないが、おそらくそれはない。
根拠はあるのかと問われればそれもないのだが、いまここでいないと決めて気を抜いた瞬間に不意を討たれる。そんな気がするのだ。
御玲もそれを理解しているのか、こめかみから汗を滴らせている。くそが、一体どこから―――。
「っ……!?」
解くことのできない緊張感の中、ふと御玲の方へと振り向いたそのとき。
俺の動体視力でギリギリ見えるかどうかぐらいの速さで迫る人影。その人影が迫るその先は、まだその存在に気付けていない。
「クソが!!」
「きゃあッ」
御玲を真横に押し飛ばし、その影から迫る刃をその身で受けた。下腹部あたりから刺すような痛みとともに氷をブチあてられたかのような冷たい感覚がほとばしる。
漏れ出て服へと染み渡る、己の命。
「コイツ……!! あんときのフード野郎!?」
俺の土手っ腹に風穴空けてくれた敵。灰色のコートを身に纏い、フードを深く被ったその姿。
間違いない。西支部防衛任務のとき、今日と同じく俺の腹をブッ刺した挙句転移の技能球をパクりやがった、フード野郎―――もとい、三舟雅禍だ。
俺はまた馬鹿の一つ覚えのようにソイツを掴もうとするが、素早い身のこなしで迫りくる俺の腕をすり抜け、後方へと大きく距離をとる。その無駄のない一連の動作に、盛大に舌打ちをブチかました。
前から思っていたが、コイツ中々に素早い。
俺も人外の領域に片足突っ込んでいる自覚があるが、だからこそ俺の瞬発力を上回る反応速度で躱してくるコイツのフィジカルは異常だ。流石は大陸八暴閥の一柱、中々に骨のある奴を囲っているわけか。
「まあなんだろうが俺の敵じゃねぇ。邪魔するなら焼き殺す」
右手に爛々と光る火球を練り、それを握り潰すイメージで圧縮する。
南支部のときといい、今さっきといい、コイツの反応速度には多少なりとも驚かされたが、正直言ってそれだけだ。裏鏡とか母さんとかと比べれば、ちょっとすばしっこい程度の雑魚でしかない。
掴めないなら、避けられないくらい広範囲を焼き尽くせばいい。俺はどれだけ傷つけられようが死なないし、いざとなれば自爆特攻すればいい。となると、問題は。
『御玲、お前はこの部屋から出ろ』
『まさか澄男さま……』
『この部屋一帯を焼き尽くす』
『相変わらず派手なことを……』
『最高効率と言え。雑魚に構ってる暇はねぇし』
暗号化された霊子通信回路から落胆の念が流れ込む。
この部屋全体を焼き尽くすとなると、俺は大丈夫にしても御玲が消し炭になってしまうので、それだけは避けねばならない。御玲が部屋から出さえすれば、後はただの作業なのだ。
『御玲は俺を盾にしながら……うっ!?』
御玲を俺の後ろまで下がらせ、爆破範囲から逃がそうとした瞬間、ほんの僅かな時間、それこそ俺が一回まばたきするかしないかぐらいの刹那、奴の懐が一瞬光ったと思うと、両足に恐ろしく冷たい何かが襲いかかる。
『ぐおっ……!? な、なんだ……!?』
まるで足先からキンッキンに冷やした水に飛び込んだかのように、身体から熱という熱が抜け落ちていく。どうにかして抜け出そうと試みるものの、それよりも早く冷や水が怒涛の勢いで迫ってきやがる。一体、何が起こりやがった。
『澄男さま、その魔法は……』
『……お前、これ知ってんのか?』
『``凍結``ですッ、氷属性系攻撃系魔法の……』
『なッ……にィ……!!』
目を見開き、その魔法のカラクリを粗方察する。
そういえば、ジェリダとかいう魔法をどっかで食らったことがあるような気がする。確かかつて中威区を凍土にした、氷のデカブツと一戦交えたとき。全身を一瞬で凍てつかせる魔法を使われて、身体が動かなくなったことがあったか。
なすすべなく気絶まで追い込まれたそれは、身体から生気がごっそりと抜け落ちる感覚に近く、今でも本能がその危険性を認識していた。もはや既に下半身から生気が抜け落ちた、迫りくる霜は容赦なく上半身を蝕み始める。
「な……めんなァ!!」
心臓を中心に、熱を噴射するイメージを書き殴る。
吹き上がる噴煙、夥しく流れる溶岩。してやられたという悔しさを怒りに変えて、それらのイメージを噴火寸前の火山へと昇華する。
寒いのは嫌いだ。ならどうするか。寒いのなら暑くすればいい。全てを焼き尽くし押し流す、マグマの如く。噴煙とともに巻き上がる、火砕流の如く。
「きゃあ!」
御玲の叫び声が響いたのと同時、俺を中心にして熱風が吹き荒れた。気がつけば全身赤黒く変色し、身体中に黄色く輝く筋が流れている。それはまるで地脈を流れるマグマを彷彿とさせるように、心臓の鼓動と連動して脈打つ。
床が赤熱する。俺の体から吹き荒れた熱風はそれほどの熱を帯びていたのか、床は赤熱してひび割れ、酷い所はドロっとした液状になっているほどだ。当然、家具は既に黒い炭に成り果ててしまっている。
「済まん御玲! 大丈夫か……?」
「ええ、大丈夫です。咄嗟に距離を取りましたので……」
とりあえず胸を撫で下ろす。
割と事件性のある悲鳴だったので、もしかして俺の熱風で大火傷でもしたのかと思ってしまった。寒いの嫌いだから半ばブチギレていたし、正直虫の居所が悪かったらこの部屋自体を熱でぐちゃぐちゃにしていたまである。こんな雑魚相手に理性飛ばしていたら身が持たないし、なにより味方に損害を出すなんぞ俺の流儀に反する行為。次は嫌いな攻撃をされても少しばかり怒りを抑えるようにしないと。
「さて……俺にジェリダは効かねぇ。悪いが邪魔するってんなら消えてもらう」
意識をブチのめす敵へ改めて戻す。
さっきの熱風でコートが少しほつれてしまっているが、まだ身体の大部分は隠れたままだ。大体のものを焼き尽くせる自信があったんだが、コイツが着ている装備は中々の耐熱性能をしているらしい。
どっちにしろ、焼き尽くすことに変わりないのだが。
「死ねや、煉旺焔星!!」
右手に一瞬で火球を練り込み、相手の間合いに突撃。
俺の戦い方は何度も言うが至ってシンプル。とりあえず突撃して威力のクソ高い一撃を喰らわせ、なるべく確定一発で始末する。確定一発が無理なら範囲攻撃で焼き尽くして終いにする。それだけだ。
煉旺焔星で焼き尽くせないものは、相手が余程並外れた人外でもない限り存在しない。今回の相手は背丈的に俺らと大して年が変わらない人間だろうし、ただの人間ならどれだけ強かろうと高密度に圧縮した火球で爆殺できる。
技量の高さと瞬発力は認めてやるが、所詮人の域に脱しない以上、俺に勝てる道理はない。
案の定、俺の突撃を軽やかに回避する。割と本気で突撃したから常人なら見切れる速さじゃないはずなんだが、やはり瞬発力と反応速度はえげつなく速いようだ。
でも避けられるのは、予想通り。
「ウォラァ!!」
避けられた以上、煉旺焔星は空を虚しく飛んで壁にぶつかって消える運命にある、はずだった。
そのまま煉旺焔星を投げず、ほんのわずか前まで奴がいたその場所に、煉旺焔星を力一杯叩きつけた。
視界が一瞬で真っ白になる。目にほんの僅かの間だけ激痛が走るが、それもすぐに鳴りをひそめる。
俺がやったことは至極単純。避けられるのはわかっていたので、煉旺焔星を当てるのではなく、床に叩きつけて爆発させ、破裂する火球から放たれる猛烈な爆風と熱線で粉々にするというものである。
煉旺焔星は当たると爆発する火球、俺の制御下から外れると圧縮した霊力が行き場をなくし、爆発力となって炸裂する代物だ。
本来なら俺もただじゃ済まないのだが、俺は生まれてこの方火傷なんざしたことがないので、爆風や熱線をモロに食らってもノーダメでいられる。喰らうのは敵だけってわけだ。
俺を中心として炸裂した火球は、一瞬にして俺を包み込む。床や壁は一気に赤くなり、液状化しはじめた。一体今部屋の中は何度だろうか。少なくとも俺の感覚では、沸騰した熱湯に手を突っ込んだときよりも少し温かく感じる程度なのだが、そういえば普通の奴にとって百度のお湯は速攻火傷するんだったか。
視界がようやく普通の状態に戻る。壁や床が熱で融けてそこらかしこから灰色のくっせぇ煙が漂ってやがるが、その煙の隙間から、荒々しい人の息遣いが鼓膜を揺らした。
「……へぇ。意外と頑丈だな、お前」
煙幕が晴れ、視界がようやく元の広さを取り戻し始めると、所々焼け焦げたフード付きコートが顕になる。それだけじゃなく焼けてなくなったであろうコートの袖口から見える肌は黒く焼け焦げ、炭になりかけていた。
よく見るとフードもはだけ、今まで隠していた顔面が顕になっている。肌から吹き出す脂汗に張り付く髪の隙間から、水膨れが見え隠れしていた。
「直撃させたわけじゃねぇとはいえ、煉旺焔星の爆風に耐えるか……めんどくせぇな……」
本来なら人間が耐えられる爆発じゃないはずだが、それでも耐えているあたり火属性に耐性があるのか、爆発に耐性があるのか。
ただどちらにせよ完全とまではいかないようで、割と洒落にならない火傷は負っている。単純に考えれば同じ攻撃を何度か繰り返せば倒せる計算になるが、果たして同じ芸が通じるほど甘い相手なのか。
一発でかなりのダメージは与えられているから相手も警戒している。さて、二発目をどうやってブチかますか。
『澄男さま、ここは私に任せていただけませんか』
慣れない思考に身を委ねようとした矢先、御玲からの霊子通信で意識が浮上する。
『澄男さまが倒すべきは擬巖の当主。彼女に時間を取る必要はないかと』
『そりゃそうだが……お前、勝てるのか? コイツ、結構強いぞ』
『分かりません……ただ二人で倒そうと思うと緻密な連携が必要になります、息が合わないと隙になりますよ?』
反論が思い浮かばず、舌打ちをかます。
俺の動きに対応する反応速度。どんなカラクリを使ったのか知らねぇが、煉旺焔星の爆風を受けて火傷程度で済む対処能力。間違いなく弥平と同じ技量に特化したタイプだ。
戦ってみた感じだとフィジカルなら俺が勝っているが、だからこそわずかな隙も見逃さず、的確に突いてきて活路を開きにくるだろう。だからもし二人がかりで倒すなら隙を与えない連携を意識しなければならない。
対して俺と御玲の連携はというと、できなくはないが一切の隙を与えないレベルの超絶高精度にできるかと問われると、はっきり言って無理の一言に尽きる。
そもそも俺の戦闘スタイルは破壊力、殲滅力重視で誰かと連携することを前提にしていない。思う存分戦うとなると弥平並の指揮力がある奴でもない限り友軍に誤射りまくって大惨事が起こってしまう。
だったらそうならないように調整しろって話だが、それができたら苦労はないのだ。
『……なら任せる。死ぬんじゃねぇぞ』
霊子通信を切り、右手にまた火球を練り込ませる。
今度はさっきよりも眩く光る火球、見た目は派手だが実を言うと威力はほとんどないに等しい。それを力一杯床に叩きつける。
一瞬で視界が真っ白になるが、なんのことはない。部屋の構造は大体覚えたし、視覚が潰れても部屋の中を移動するのは難しくない。相手も目が潰されても動ける可能性を想定し、念の為に足の裏から霊力を噴射してロケットの要領で通り道へ突っ込む。
いくら相手が反応速度に長けていると言っても、ロケットそのものと化した俺に反応するのは難しいだろうし、反応できたとしてもスルーするしかない。下手に阻めば俺と激突して悲惨な目に遭うからだ。
相手はかなり火傷を負っていたし、これ以上無駄に傷を負いたくないはず。だとすると高確率で振り切れるはずだ。
ロケットエンジンをイメージし、足の裏から霊力をこれでもかと噴射するのと同時、体感重力が一気に増した。
速すぎて風を切る音しか聞こえないが、加速し始めておよそ五分。俺は何かに勢いよく激突した。流石に行きすぎたかと思い、霊力の噴射を止める。
弥平とキシシ野郎ペアと別れた俺と御玲は、一足先にエレベータに乗り、擬巖がいるであろう最上階へ直行していた。
「気味が悪いほどサクサクですね。敵の本丸であることを忘れてしまいそうです」
「良いことじゃねぇか。それだけ久三男の手下が有能だったってことだろ」
エレベータ内でも緊張を解かない御玲だが、俺の方はというと割と肩の力を抜いていた。
暢気になったわけじゃあない。久三男の手下を信じているからこそ、俺は御玲に意識を割くことができるからだ。
擬巖の手下と思われる連中は、久三男が直属魔生物による転移強襲で全滅させた。
真正面から堂々とカチコミしても勝てただろうが、そうなると必然的に取るに足らない雑魚を相手にしなきゃならず、時間と精神力の無駄遣いをしなきゃならない羽目になってしまう。
最も重要なのは擬巖の当主を始末することであり、逆に言えば当主を始末できなければこの戦いに終わりはない。なら相手するまでもない雑魚はなるべく相手せずに間引き切り、ここぞというときまで精神力くらいは温存しておくべきなのである。何事も疲れると本来の力が出せなくなるのが人の性というものだ。
「それでもこの静けさはどうも……やはり、澄男さまは本家邸で待機していた方が良かったのでは」
「擬巖の実力が分からん以上は俺が出向くしかないだろ。俺なら仮に初見殺しされたとしても死なないし。死ななきゃこの戦いに負けはねぇしさ」
確かにそうですが、と言い淀む御玲。まあ御玲の気持ちも分からなくもない。俺らの戦い方は、一般的な暴閥の戦争とは真逆の戦略を採用しているからだ。
暴閥同士の戦争の決着は、相手をすり減らすことじゃあない。如何に敵の大将―――つまり敵暴閥の当主を討ち取れるかで勝敗が決まる。逆に言えば、敵暴閥の当主が生きている限り、敵暴閥の戦力をいくら削いだところで戦いは終わらないことを意味する。
たとえ手下を全て殺し尽くして戦争継続不能にまで追い込めても、当主に逃げられたら勝ちにはならないのだ。なのでその理論を基に戦略を立てるなら、俺は本家邸に引きこもっているのが最善手になる。
敵の掃討は表向き部下扱いの弥平や御玲に命じ、可能ならその二人で当主を始末できたら、俺はノーリスクで勝利できる。
本家邸は久三男という名の最強のセキュリティで守られているし、澄連も予備戦力として待機している。裏鏡や百代、母さんや凰戟のオッサンみたいな人智を超えた化け物でもなければ本家邸に引きこもってる俺を討つことは不可能に等しく、相手からしたら俺に引きこもられた時点で負け確なのである。
だったらなぜ今回の戦いでその戦略をとらなかったのか。勝ち確定の戦略をとらないとか馬鹿なのかと思われるかもしれないが、確かにこれに関しては俺が馬鹿なのかもしれない。この戦略には、俺にとって見過ごせない欠陥が一つだけある。
「俺はな御玲。これ以上、大切なもんを失うわけにはいかねぇんだよ」
俺が引きこもって、他二人に擬巖の頭を討たせる。セオリー通りに戦うなら、それが文句なしの最善手。
だがこれをやらない理由はただ一つ。弥平や御玲を、下手すりゃ捨て駒にしてしまうからだ。
相手がただのギャングスターとか、中位暴閥なら俺が出るまでもなかったかもしれないが、今回の相手は擬巖。腐っても大陸八暴閥に名を連ねる最上位暴閥であり、御玲と互角の家格を持つ大物だ。
互角でも危ないし、況してや弥平並の実力者だった場合、二人が戦死する確率は飛躍的に上がってしまう。初見殺しで始末されてしまえば、不死身でもなんでもない二人だとロクに対処できないままお陀仏である。
その点、俺なら持ち前の不死身さで初見殺しされることはない。
仲間が惨殺される様を見るくらいなら、俺自身が微塵切りにされた方が断然マシなのだ。流川の本家当主である俺が出張ることで敗戦するリスクがないわけではなくなるデメリットこそあるものの、そこは俺の不死身さでカバーできる。
速攻で死ぬリスクのない当主を敢えてぶつける方が、弥平や御玲に突撃させるより安全だというわけだ。
「澄男さまは確かに尋常ならざる不死性を持ってますが……それでも過信は禁物ですよ、相手の力量は久三男さまでも完全に把握できていないのですから」
ため息をつきながらも、上目遣いで俺を見つめてくる。
俺が知る中で最強の裏方であり実の弟、流川久三男はこの世界の情報のほとんどを持っている。それは同じ大陸八暴閥だろうと例外じゃなく、その情報はウチの分家も重宝しているほどだ。
情報とは時に破壊力を凌駕する―――とは久三男の言葉だが、今回のアイツは擬巖の当主に対して黄色信号を示した。
久三男曰く、擬巖の当主は大陸八暴閥に恥じない強さを持つらしい。フィジカルはおそらく御玲と同等か少し下程度と人類の種族限界に近く、剣術を主体とする接近戦を得意とする。最大の特徴は右目に埋め込まれた義眼だ。
「人工の魔眼を埋め込んでんだっけ? 魔眼って強えのか?」
「魔眼は固有能力の一種で、その強度は人それぞれですね。希少だと聞いたことはあります」
「へえー……要は目ン玉潰しゃあいいってことか」
「そう簡単な話なら誰だってそうすると思いますけど……」
ため息混じりに首を左右に振られる。
気持ちは分かるが、馬鹿な俺にはそれぐらいしか思いつかないというか、相手の強みが目玉だってんならその目玉潰すのが定石だと思うのは俺だけじゃないと思う。
「魔眼もそうですが、問題なのは超能力の有無です。久三男さまでさえ超能力に関しては調べられないとのことですから、もし使えるのだとしたら厄介極まりないですよ」
ちょっと怒気がこもった声音がエレベータ内を反響する。
不死のせいか若干危機感の薄かった俺だが、その単語を聞いて少しばかり気が引き締まる。
正直、俺は不死だ。ゼヴルエーレとかいうゲテモノドラゴンの影響でどんな攻撃を受けようと死なない身体を手に入れた。それはある意味で幸運だし、だからこそ魔眼とかいう話をされても目玉潰せばいいかぐらいの気持ちしかないわけだが、超能力だと話は百八十度変わってくる。
超能力の理不尽さは、裏鏡との戦いで嫌というほど思い知らされた。
何もかもがわけのわからない理由で全て無効化される割に、相手の力場はしっかりと俺に効くとかいうワンサイドゲーム。勝たせる気がまるでないとはまさにこの事で、いくらルール無用と言っても限度ってもんがあると思わずツッコミたくなるほどに、超能力ってのは存在そのものが無法だった。
アレを平気な顔で使える奴は、裏鏡みたいなルール守る気がまるで皆無なクソ外道ぐらいなもんだろう。
俺も身勝手さで言えば実の弟にガチで恨まれて殺されかけるぐらいには外道だって自覚はあるが、アイツと比べりゃまだマシだと豪語してやる。それくらい超能力ってのはクソオブクソのクソ要素なのだ。
「まあ、それに関しちゃあ考えてもしゃーねぇだろ。それを心配するなら尚更俺が出張る以外の選択肢ねぇし」
裏鏡のスカした忌々しい顔面が脳裏をよぎる。
弥平と御玲は人間の範疇に限るなら最強レベルに強いが、超能力をどうこうできるほどじゃない。使われたらロクに抵抗もできず倒されるだけだ。弥平なら逃げるくらいはできるかもしれないが、それでも危険なことに変わりはない。裏鏡の戦いで思い知ったことだが、超能力は対処不能な初見殺しの連続だからだ。
となると、初見殺しがほぼ効かない俺しか適任がいない。
最悪、澄連を呼び出すのも手だが、今回はキシシ野郎が同行している。本来なら遊撃役に回ってもらう予定だったが、戦いが終わったら奴を解放するという男の約束を交わした以上、俺たちの情報が世に出てしまうのはマズイ。可能な限り伏せておきたいところだ。
「そろそろです」
エレベータが止まる。若干の慣性をその身で受けつつ、エレベータの扉がおもむろに開かれた。
「私が先行します」
反論の暇も与えず、素早く前に出る。
本当は不意討ちに備えてタンクもこなせる俺が前に出た方が安全なのだが、敵はなにも真正面から素直に来るとは限らない。奇襲を仕掛けるなら死角から襲いかかる必要があるし、そうなると大体の初見殺しを封殺できる俺が御玲を俯瞰できる位置にいる方が、逆に御玲への不意打ちに対応しやすくなる。
「澄男さま」
「分かってる」
警戒しながらも廊下を歩くと、ちょっとした広間に出た。全体的に掃除は行き届いているし、家具もぱっと見新そうに見える。西支部の惨状と比べれば、まだ人が過ごしているであろう状態だが、俺も御玲も同じく拭い去りようのない違和感が付きまとう。
掃除は行き届いていて、家具も必要以上に傷んでいるわけもなく、だからと特別綺麗ってわけじゃない。
違和感の拭えねぇ広間の状況を分かりやすく、簡単に言い直すのなら。
「使ってねぇのか……?」
語彙力のない俺に相応しい感想だと思うが、むしろ分かりやすく説明できたと前向きに捉えたい。
そう。広間そのものは立派なもんだってのに、使用感がまるでない。広間として使っているというより、誰かを待ち受けるためにあるかのような、なんともいえない不気味さを感じさせる。
本能が警鐘を打ち鳴らし、胸の奥底に渦巻く不安要素を払いのけ、ありったけの集中力が五感へと集中する。声を出すのすら惜しい。アイコンタクトで御玲に指示を出し、背中合わせに周囲の警戒を密にした。
おそらくだが、俺たちは誘い込まれたとみて間違いない。
目的は俺に不意討ちでも仕掛けてブチ殺すとかそんな算段だろう。俺に不意討ちなんざ無意味だし、予想できたら怖くもなんともないが、不気味なのは相手の気配がまるで感じられないことだ。
俺や御玲はそこらの奴らよりも五感は聡い。五感は敵に先手を打つために必要不可欠な要素だし、五感がゴミだと逆に先手を許してしまいかねず、敵に戦いの流れを作る隙を与えてしまう、と言える。
だからこそ聡くないと俺はともかく御玲は死ぬわけだが、その俺らをもってしても敵の気配を感じ取ることができない。じゃあ敵なんていないんじゃね、と思うかもしれないが、おそらくそれはない。
根拠はあるのかと問われればそれもないのだが、いまここでいないと決めて気を抜いた瞬間に不意を討たれる。そんな気がするのだ。
御玲もそれを理解しているのか、こめかみから汗を滴らせている。くそが、一体どこから―――。
「っ……!?」
解くことのできない緊張感の中、ふと御玲の方へと振り向いたそのとき。
俺の動体視力でギリギリ見えるかどうかぐらいの速さで迫る人影。その人影が迫るその先は、まだその存在に気付けていない。
「クソが!!」
「きゃあッ」
御玲を真横に押し飛ばし、その影から迫る刃をその身で受けた。下腹部あたりから刺すような痛みとともに氷をブチあてられたかのような冷たい感覚がほとばしる。
漏れ出て服へと染み渡る、己の命。
「コイツ……!! あんときのフード野郎!?」
俺の土手っ腹に風穴空けてくれた敵。灰色のコートを身に纏い、フードを深く被ったその姿。
間違いない。西支部防衛任務のとき、今日と同じく俺の腹をブッ刺した挙句転移の技能球をパクりやがった、フード野郎―――もとい、三舟雅禍だ。
俺はまた馬鹿の一つ覚えのようにソイツを掴もうとするが、素早い身のこなしで迫りくる俺の腕をすり抜け、後方へと大きく距離をとる。その無駄のない一連の動作に、盛大に舌打ちをブチかました。
前から思っていたが、コイツ中々に素早い。
俺も人外の領域に片足突っ込んでいる自覚があるが、だからこそ俺の瞬発力を上回る反応速度で躱してくるコイツのフィジカルは異常だ。流石は大陸八暴閥の一柱、中々に骨のある奴を囲っているわけか。
「まあなんだろうが俺の敵じゃねぇ。邪魔するなら焼き殺す」
右手に爛々と光る火球を練り、それを握り潰すイメージで圧縮する。
南支部のときといい、今さっきといい、コイツの反応速度には多少なりとも驚かされたが、正直言ってそれだけだ。裏鏡とか母さんとかと比べれば、ちょっとすばしっこい程度の雑魚でしかない。
掴めないなら、避けられないくらい広範囲を焼き尽くせばいい。俺はどれだけ傷つけられようが死なないし、いざとなれば自爆特攻すればいい。となると、問題は。
『御玲、お前はこの部屋から出ろ』
『まさか澄男さま……』
『この部屋一帯を焼き尽くす』
『相変わらず派手なことを……』
『最高効率と言え。雑魚に構ってる暇はねぇし』
暗号化された霊子通信回路から落胆の念が流れ込む。
この部屋全体を焼き尽くすとなると、俺は大丈夫にしても御玲が消し炭になってしまうので、それだけは避けねばならない。御玲が部屋から出さえすれば、後はただの作業なのだ。
『御玲は俺を盾にしながら……うっ!?』
御玲を俺の後ろまで下がらせ、爆破範囲から逃がそうとした瞬間、ほんの僅かな時間、それこそ俺が一回まばたきするかしないかぐらいの刹那、奴の懐が一瞬光ったと思うと、両足に恐ろしく冷たい何かが襲いかかる。
『ぐおっ……!? な、なんだ……!?』
まるで足先からキンッキンに冷やした水に飛び込んだかのように、身体から熱という熱が抜け落ちていく。どうにかして抜け出そうと試みるものの、それよりも早く冷や水が怒涛の勢いで迫ってきやがる。一体、何が起こりやがった。
『澄男さま、その魔法は……』
『……お前、これ知ってんのか?』
『``凍結``ですッ、氷属性系攻撃系魔法の……』
『なッ……にィ……!!』
目を見開き、その魔法のカラクリを粗方察する。
そういえば、ジェリダとかいう魔法をどっかで食らったことがあるような気がする。確かかつて中威区を凍土にした、氷のデカブツと一戦交えたとき。全身を一瞬で凍てつかせる魔法を使われて、身体が動かなくなったことがあったか。
なすすべなく気絶まで追い込まれたそれは、身体から生気がごっそりと抜け落ちる感覚に近く、今でも本能がその危険性を認識していた。もはや既に下半身から生気が抜け落ちた、迫りくる霜は容赦なく上半身を蝕み始める。
「な……めんなァ!!」
心臓を中心に、熱を噴射するイメージを書き殴る。
吹き上がる噴煙、夥しく流れる溶岩。してやられたという悔しさを怒りに変えて、それらのイメージを噴火寸前の火山へと昇華する。
寒いのは嫌いだ。ならどうするか。寒いのなら暑くすればいい。全てを焼き尽くし押し流す、マグマの如く。噴煙とともに巻き上がる、火砕流の如く。
「きゃあ!」
御玲の叫び声が響いたのと同時、俺を中心にして熱風が吹き荒れた。気がつけば全身赤黒く変色し、身体中に黄色く輝く筋が流れている。それはまるで地脈を流れるマグマを彷彿とさせるように、心臓の鼓動と連動して脈打つ。
床が赤熱する。俺の体から吹き荒れた熱風はそれほどの熱を帯びていたのか、床は赤熱してひび割れ、酷い所はドロっとした液状になっているほどだ。当然、家具は既に黒い炭に成り果ててしまっている。
「済まん御玲! 大丈夫か……?」
「ええ、大丈夫です。咄嗟に距離を取りましたので……」
とりあえず胸を撫で下ろす。
割と事件性のある悲鳴だったので、もしかして俺の熱風で大火傷でもしたのかと思ってしまった。寒いの嫌いだから半ばブチギレていたし、正直虫の居所が悪かったらこの部屋自体を熱でぐちゃぐちゃにしていたまである。こんな雑魚相手に理性飛ばしていたら身が持たないし、なにより味方に損害を出すなんぞ俺の流儀に反する行為。次は嫌いな攻撃をされても少しばかり怒りを抑えるようにしないと。
「さて……俺にジェリダは効かねぇ。悪いが邪魔するってんなら消えてもらう」
意識をブチのめす敵へ改めて戻す。
さっきの熱風でコートが少しほつれてしまっているが、まだ身体の大部分は隠れたままだ。大体のものを焼き尽くせる自信があったんだが、コイツが着ている装備は中々の耐熱性能をしているらしい。
どっちにしろ、焼き尽くすことに変わりないのだが。
「死ねや、煉旺焔星!!」
右手に一瞬で火球を練り込み、相手の間合いに突撃。
俺の戦い方は何度も言うが至ってシンプル。とりあえず突撃して威力のクソ高い一撃を喰らわせ、なるべく確定一発で始末する。確定一発が無理なら範囲攻撃で焼き尽くして終いにする。それだけだ。
煉旺焔星で焼き尽くせないものは、相手が余程並外れた人外でもない限り存在しない。今回の相手は背丈的に俺らと大して年が変わらない人間だろうし、ただの人間ならどれだけ強かろうと高密度に圧縮した火球で爆殺できる。
技量の高さと瞬発力は認めてやるが、所詮人の域に脱しない以上、俺に勝てる道理はない。
案の定、俺の突撃を軽やかに回避する。割と本気で突撃したから常人なら見切れる速さじゃないはずなんだが、やはり瞬発力と反応速度はえげつなく速いようだ。
でも避けられるのは、予想通り。
「ウォラァ!!」
避けられた以上、煉旺焔星は空を虚しく飛んで壁にぶつかって消える運命にある、はずだった。
そのまま煉旺焔星を投げず、ほんのわずか前まで奴がいたその場所に、煉旺焔星を力一杯叩きつけた。
視界が一瞬で真っ白になる。目にほんの僅かの間だけ激痛が走るが、それもすぐに鳴りをひそめる。
俺がやったことは至極単純。避けられるのはわかっていたので、煉旺焔星を当てるのではなく、床に叩きつけて爆発させ、破裂する火球から放たれる猛烈な爆風と熱線で粉々にするというものである。
煉旺焔星は当たると爆発する火球、俺の制御下から外れると圧縮した霊力が行き場をなくし、爆発力となって炸裂する代物だ。
本来なら俺もただじゃ済まないのだが、俺は生まれてこの方火傷なんざしたことがないので、爆風や熱線をモロに食らってもノーダメでいられる。喰らうのは敵だけってわけだ。
俺を中心として炸裂した火球は、一瞬にして俺を包み込む。床や壁は一気に赤くなり、液状化しはじめた。一体今部屋の中は何度だろうか。少なくとも俺の感覚では、沸騰した熱湯に手を突っ込んだときよりも少し温かく感じる程度なのだが、そういえば普通の奴にとって百度のお湯は速攻火傷するんだったか。
視界がようやく普通の状態に戻る。壁や床が熱で融けてそこらかしこから灰色のくっせぇ煙が漂ってやがるが、その煙の隙間から、荒々しい人の息遣いが鼓膜を揺らした。
「……へぇ。意外と頑丈だな、お前」
煙幕が晴れ、視界がようやく元の広さを取り戻し始めると、所々焼け焦げたフード付きコートが顕になる。それだけじゃなく焼けてなくなったであろうコートの袖口から見える肌は黒く焼け焦げ、炭になりかけていた。
よく見るとフードもはだけ、今まで隠していた顔面が顕になっている。肌から吹き出す脂汗に張り付く髪の隙間から、水膨れが見え隠れしていた。
「直撃させたわけじゃねぇとはいえ、煉旺焔星の爆風に耐えるか……めんどくせぇな……」
本来なら人間が耐えられる爆発じゃないはずだが、それでも耐えているあたり火属性に耐性があるのか、爆発に耐性があるのか。
ただどちらにせよ完全とまではいかないようで、割と洒落にならない火傷は負っている。単純に考えれば同じ攻撃を何度か繰り返せば倒せる計算になるが、果たして同じ芸が通じるほど甘い相手なのか。
一発でかなりのダメージは与えられているから相手も警戒している。さて、二発目をどうやってブチかますか。
『澄男さま、ここは私に任せていただけませんか』
慣れない思考に身を委ねようとした矢先、御玲からの霊子通信で意識が浮上する。
『澄男さまが倒すべきは擬巖の当主。彼女に時間を取る必要はないかと』
『そりゃそうだが……お前、勝てるのか? コイツ、結構強いぞ』
『分かりません……ただ二人で倒そうと思うと緻密な連携が必要になります、息が合わないと隙になりますよ?』
反論が思い浮かばず、舌打ちをかます。
俺の動きに対応する反応速度。どんなカラクリを使ったのか知らねぇが、煉旺焔星の爆風を受けて火傷程度で済む対処能力。間違いなく弥平と同じ技量に特化したタイプだ。
戦ってみた感じだとフィジカルなら俺が勝っているが、だからこそわずかな隙も見逃さず、的確に突いてきて活路を開きにくるだろう。だからもし二人がかりで倒すなら隙を与えない連携を意識しなければならない。
対して俺と御玲の連携はというと、できなくはないが一切の隙を与えないレベルの超絶高精度にできるかと問われると、はっきり言って無理の一言に尽きる。
そもそも俺の戦闘スタイルは破壊力、殲滅力重視で誰かと連携することを前提にしていない。思う存分戦うとなると弥平並の指揮力がある奴でもない限り友軍に誤射りまくって大惨事が起こってしまう。
だったらそうならないように調整しろって話だが、それができたら苦労はないのだ。
『……なら任せる。死ぬんじゃねぇぞ』
霊子通信を切り、右手にまた火球を練り込ませる。
今度はさっきよりも眩く光る火球、見た目は派手だが実を言うと威力はほとんどないに等しい。それを力一杯床に叩きつける。
一瞬で視界が真っ白になるが、なんのことはない。部屋の構造は大体覚えたし、視覚が潰れても部屋の中を移動するのは難しくない。相手も目が潰されても動ける可能性を想定し、念の為に足の裏から霊力を噴射してロケットの要領で通り道へ突っ込む。
いくら相手が反応速度に長けていると言っても、ロケットそのものと化した俺に反応するのは難しいだろうし、反応できたとしてもスルーするしかない。下手に阻めば俺と激突して悲惨な目に遭うからだ。
相手はかなり火傷を負っていたし、これ以上無駄に傷を負いたくないはず。だとすると高確率で振り切れるはずだ。
ロケットエンジンをイメージし、足の裏から霊力をこれでもかと噴射するのと同時、体感重力が一気に増した。
速すぎて風を切る音しか聞こえないが、加速し始めておよそ五分。俺は何かに勢いよく激突した。流石に行きすぎたかと思い、霊力の噴射を止める。
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