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復讐のブルー・ペグランタン編
立て込む戦後処理
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時を遡って、突如空に現れた、謎の巨大暗黒物体によって任務請負機関が騒ぎになっている頃。
所変わって遥か南方、``南の煉獄``の奥地にて鎮座する流川本家領は、いつも通りの和やかな雰囲気に包まれていた。
人がいないのだから当然だが、領内にある流川本家領新館、そのリビングでは十代の男女と複数匹のぬいぐるみ、暗澹とした雰囲気を常に絶やさない黒執事と、金冠を被る象のぬいぐるみが、テーブルを囲う。
何をしているのか。戦争はいつだって終わった後が重労働である。毎度お馴染み、戦後処理の最中だった。
「擬巖傘下の残存勢力は、全員始末したよ。ダブルチェック済、生存者はなし!」
ビシッなんて効果音を口遊み、冗談混じりの敬礼をする我が愚弟、久三男。弥平も静かに首肯し、久三男がただの冗談で誤魔化しているわけじゃないことも確認する。
「しかし……よくあんなド派手なもん使っておきながら、擬巖の残党だけぶっ殺せたよな……」
俺はホログラムに表示された、空島とも超巨大浮遊要塞とも言えるそれを、まじまじと眺めた。
流川航宙基地、名を終末基地。
元は大戦時代に使用されていた情報集積基地で、武装も何も皆無だったのだが、ラボターミナルの管理者が久三男に代替わりし、その用途に納得いかなかった久三男は、霊子コンピュータの実装に伴って、その衛星基地を徹底的に強化改修したのだ。
要するに、久三男お得意の魔改造である。
「霊子コンピュータによる特定目標集中照射だからね」
だからこの結果は当然。みたいなノリで言われても俺の馬鹿な頭じゃ何一つ理解できないので、弥平に視線を投げる。
弥平の翻訳曰く。戦略級破壊兵器とは、その強大すぎる破壊力によって、本来破壊する目標以外のものも巻き添えに全て破壊してしまう。
今回の目標は擬巖傘下の残党。一人一人はゴミカスレベルの奴らだが、数だけは多く、軽く四桁の破壊目標が武市中に散らばっており、戦略級の破壊兵器で一掃しようと思うと武市そのものを更地にしないといけなくなってしまう。
単純に更地にしようと思えばできてしまうのが久三男なのだが、奴はそこに更なる一芸を加える。久三男の霊子コンピュータは、終末基地を経由して武市全域に探知系魔法を行使でき、武市に散らばる全ての地上目標を的確に探り当てることができる。その上で、霊力の指向性とやらを最大限に利用したレーザーを放ち、捕捉した地上目標のみを狙い撃ちにするのだとか。
「そんな正確に撃てるもんなのかね?」
「霊子コンピュータの演算能力は筆舌に尽くし難いですからね。理論上はナノ以下の地上目標のみを狙撃するのに最適な霊力収束率と出力を一瞬で割り出せるほどです」
なるほど、とそれっぽく頷いておく。
ナノってのが意味分からんけど、要するに羽虫レベルの馬鹿ちっせぇ的だろうとそれだけを的確に狙い撃てるって理解で問題ないだろう。
武市そのものを覆い尽くせるデカブツが、羽虫を撃ち落とせるとかバカ器用すぎるが、そこは久三男だ。久三男だから実現できる芸当ってやつである。
「で、そのレーザー兵器とやらで擬巖の残党は皆殺しにしたと」
「はい。武市の地形被害及び誤射に関する被害は皆無です。地上目標の撃ち漏らしもなし。強いて申し上げるならば、終末基地が出現したことで諸勢力がざわついている程度でしょうか」
「まあ空を覆い尽くすデカブツが突然現れりゃあ誰だってテンパるわな。まあそれはしゃーないし、ノーカンでいいだろ」
やったー! と両手をあげてキャッキャっと喜ぶ。
武器を持たせるとてんで使いこなせないノロマだが、兵器類を持たせると誰よりも上手く使いこなす我が愚弟は、自分が作ったオモチャを親に褒められて喜ぶ子供のようにはしゃぎ回る。無邪気に喜ばれると褒めた甲斐があったってもんだ。
「擬巖領と解放した下威区はどうする? そこは更地にすんのか?」
「その二つを更地にするとなりますと、二次被害が無視できなくなります。直属魔生物を配置し、占拠しようかと愚考しています」
「え。必要か……? 領土は十分すぎるぐらい持ってるし、正直管理できんのやが……?」
弥平の判断には基本的に文句はない俺だが、今回ばかりは流石に難色を示さざる得ない。
擬巖をブチ殺した今、擬巖家は暴閥として滅びた。当主の死は血の滅び、当主がいない暴閥なんざ、もはやあってないようなもんなのだが、当主がいなくなろうがどうなろうが、擬巖家の領地や下威区だった場所は依然として存在し続ける。
当主が消えると同時に建物も跡形もなく消えてなくなるわけもなし、それは当然のことなのだが、俺らが戦いに勝った今、擬巖領と下威区の所有権は戦勝勢力のトップである俺にある。だが何を隠そう、俺は当主のくせして土地の管理なんざできた試しがない。
そもそも今いる流川本家領だって管理は全て久三男に丸投げしているため、当主の俺はノータッチである。やることといえば久三男からの報告を聞いて気になることあれば疑問をぶん投げるぐらいで、他にやれることは何もないわけだ。
ゆえに事務作業なんざ柄じゃない俺が新たな土地を手に入れてもただただ持て余すだけで、正直扱いにクッソ困るだけである。使う予定も特にないし、放置でいいと思っていたんだが。
「管理は私の方で行いますから問題ありません。むしろ放置すると他勢力に横取りされ要らぬ力をつけかねないので、それを未然に防ぐのが目的ですね」
どう利用するかは後々考えればいいだけです、と弥平は淡々と予定調和だと言うが如く答えてくれる。
言われてみればそうで、放置するってことは横取りされても文句は言えなくなる。別に自分の物って実感はまるでないが、それで仲間の脅威となりうる力をつけられるのは気に入らない。面倒になるくらいなら、たとえ今のところ使い道がなくても囲っておくのが安牌ってところか。
「雅禍はどうなった?」
「あの者は分家邸にて拘束しています。しばらくは私の指揮下で動いてもらおうかと考えています。安全が確認されましたら改めて顔を出すことになるでしょう」
「……まあ、妥当ですね。本来なら始末されていた存在ですし」
弥平の言葉に、いつものように冷静な感想を述べる御玲だが、その声音はどこか凛々しさに欠けている。
気持ちは分からなくもない。一時的にとはいえ死ぬぐらいのガチ死闘を繰り広げ、ようやく和解できたのにしばらく会えないのだから寂しい気持ちは胸が締めつけられるほど伝わってくる。
弥平の判断は正しい。始末しない選択をした以上、一度敵対していた存在を味方として引き入れるのだから扱いは外様だ。クソ親父の一件もあるし、尚更慎重になる必要があるだろう。
分家には凰戟のオッサンと俺の母さんもいる。何があっても対応できるし、逆に言えばどうにかあの二人からの信頼を得られれば、一発で本家に出戻ってこれるだろう。
「御玲」
優しく、肩に手を置く。
御玲をぶっ殺したと知ったときは、徹底的に八つ裂きにした上、心の底から命乞いをするぐらい精神的に追い詰め、生かすと見せかけてブチ殺すぐらいのことはしてやろうと思っていたが、仲間が新しい仲間を欲するのを見ると微笑ましい気分になる。
誰だって仲間が増えるなら皆嬉しいと感じるはずだと、俺の勝手な思い込みだが、変な逆張り野郎がいたとしても、正道だと言い張るつもりである。
御玲は朗らかに、でも苦笑いも混ぜ込んだ、ぎこちない笑みを浮かべた。
「話戻るけど、擬巖領と下威区を占領したらよ、結構目立つよな……もはや俺らが動いてるのがモロバレになるんじゃ?」
擬巖領と下威区の占領。それを頭に思い浮かべたときに湧いて出た、素朴な疑問。
もぬけの殻になった擬巖領と壁が崩壊しててんやわんやしている下威区を占拠するのは、もはや鼻くそほじりながらあくびたらしてでもできるただの作業でしかない。だが占拠することによって久三男配下の魔生物を動かせば、俺ら流川が擬巖を潰しましたって周りに宣言しているようなものだ。
今まで流川として表立って動いたことは一度もなかったが、今回は流川として売られた喧嘩を買い、ブチのめした。久三男が大規模な記憶操作でもしない限り、流川の関与を誤魔化すのは無理だろう。
俺としては、面倒は避けたいし隠せるもんなら隠し通したいわけなんだが。
「今回は、逆に大々的に流川として動こうと考えております」
弥平の考えは、俺と対極だった。
「それはまずいんじゃ……?」
「澄男様。我々はすでに代替わりしております。それからというもの、流川として何か武勲を立てたことは一度もありません」
「言われてみりゃあ、そうだな。ずっと身分を偽ってたし」
「現状、諸勢力は我々をよく知りません。品定めされていると言ってもいいでしょう。ならばここで、我らの威を他に知らしめる良い機会なのではないかと、そう愚考した次第でございます」
複雑な思いを少し感じながらも、弥平が自身の出した結論の補足を行ってくれた。
本家は母さんから俺へ、分家は凰戟のオッサンから弥平へ。代替わりして数ヶ月経った。あれから色々あったわけだが、俺たちは一度も当主として活躍したことはない。
何をするにも身分を隠し、必要なら周囲の連中の記憶を操作してでも流川が動いたという証拠は残さなかった。それは俺たちの身を守るためにやってきたことだったが、逆に言えば代替わりした当主の実力が分からず、舐められている可能性はある。
今回の一件は舐められていたわけじゃないが、今後舐めた奴らに毎度毎度喧嘩ふっかけられるのも面倒だし、ここいらでドカッと一発かましておいた方が、雑魚どもを相手にしなくて済むってことだ。
「つっても、なんか自慢してるみたいで良い気分じゃねぇけども……」
「示威行為は適切に行う限り、重要な政策の一つです。諸勢力に武力による威嚇や交渉を不利だと思わせることは、不要な戦争を避けられる以上の意味があります」
「一応聞くけど、どんな意味だ?」
「有用な勢力と共存しやすくなることで、我らの地位がより盤石なものとなることです。今回の一件を経て、聡い者たちは我らとの共存を選ぶでしょう」
なるほどなー、となんとなーくイメージできたようなできなかったようなって感じだが、まあ敵が減って味方が増えやすくなるってことだろうから、問題はないのだろうと思考放棄する。
「久三男様、擬巖領と下威区を占拠するのに必要な戦力を派遣してくださいますか」
「編成でき次第、すぐ現地に送るよ」
戦力の派遣など、久三男にかかれば二つ返事で済む。
擬巖領は当主がいなくなったことと、擬巖を殺す前に久三男が一掃してくれたことで、領内の雑魚は誰一人いないはずである。仮にいたとしても、統率がロクに取れない残党でしかないし、久三男の魔生物でどうとでもできるだろう。もはや、俺が気にすることでもない。
「うーん……でも、そうだな。ヴァズ」
「ハッ。ココニ」
「うおおおふ!?」
反射的に、素早く飛び退く。人間の男の声なのだが、どこか機械的な雰囲気が抜けきっていない声質。本能が警戒を緩ませた瞬間、その声の主が誰なのかを明確に認識する。
ついさっきまで気配がまるで感じられなかった。俺は五感と霊感はかなり聡い自信があるので弥平とか百代とか裏鏡みたいなヤバい奴でもない限りは後ろを取らせない自信があるのだが、声を出すまでコイツが後ろにいることに気づけなかった。
図体のデカさは俺の倍以上、ぱっと見の存在感は大きいはずなのに、悟らせないくらいに気配を消せるとは。以前より器用さが上がったんじゃなかろうか。
久三男がしてやったり顔をむけてくる。うぜえ。コイツわざとやりやがったな。
「僕が陣頭指揮をとってもいいんだけど、それだと効率が悪い。僕は他の研究とか調べ物もしたいし、お願いしていいかな?」
「願ッテモアリマセン。是非、コノヴァズニオ任セヲ」
ヴァズは恭しく、首を垂れるや否や、姿が消える。まるで空間転移魔法を使ったかの如く。俺は目を丸くしながら久三男に振り向いた。
「ヴァズも日々アップデートしてるからね。テスやパオングに教えてもらって、最近``顕現``を自力で使えるようになったんだ」
流石は自律型のアンドロイド。学習能力もきちんとしてやがる。
知らない間に空間転移も使えるようになっているってことは、空いた時間に修行とかしてそうである。もしそうなら組手とかしてみたい。アイツと戦ったのって久三男と大喧嘩したとき以来だし。
「それと兄さん……」
「ああ、分かってる。ゼヴルエーレだろ?」
御玲と弥平の顔が、一瞬で真面目な表情に様変わりする。
キシシ野郎との戦いで、俺は一度時間停止を食らって敗北しかけた。まさか頼みの綱だった不死性が、時間停止で攻略されるなんざ予想外も甚だしかったが、その時間停止をブチ壊して、キシシ野郎と一戦交えた奴がいる。
俺の親父、流川佳霖によって植えつけられたゲテモノドラゴン―――天災竜王ゼヴルエーレだ。
「俺の身体を乗っ取って、キシシ野郎とタイマン張りやがったらしいな」
「霊子通信を送ろうとしたんだけど、弾かれた。テスが霊子コンピュータを介して解析しようとしたけど、それも弾かれたし、危険だから弥平に様子見した方がいいって言われて……」
「いや、それでいい。反撃されなかっただけ、お前は運が良かったんだ」
久三男の頭を撫でながら、弥平に視線を送る。弥平は黙って頷いた。
なんとなく、久三男からの干渉は跳ね返してくると思ってはいた。あくのだいまおうから聞いたゼヴルエーレの半生を思えば、なんら不思議なことじゃない。
ゼヴルエーレの野郎はかつて、神話の竜王と死闘を繰り広げたガチの邪竜であり、今はその神話の竜王に魂と肉体を三分割されて大幅に弱体化してしまっているが、その弱体化した状態でも、この大陸の覇権を一度は手に入れた竜人の国を、滅亡寸前に追い込んだ災厄の竜王である。
久三男だって物凄い奴だ。今の人類が束になっても、コイツの発明の才能には及ばない。その能力の凄まじさは俺だけじゃなく、今ここにいるみんなが理解している。
でも相手は、元神話の竜王。俺ら流川すらただの羽虫と罵れる、正真正銘の化け物だ。いくら久三男が超絶天才と言っても、あまりに分が悪すぎる。
「澄男様の身体を借りる。それが何を意味するのか、ですが……」
「今までありませんでしたよね、こんなこと」
弥平と御玲の言うことは、最もだ。
今まで、ゼヴルエーレが俺の姿を借りたことなんてなかった。基本的に俺とゼヴルエーレが直接絡むことはなく、何かしらの要因で生命の危機に瀕したとき、暗黒の精神世界的な所で目が覚めて、そこにゼヴルエーレが待ち構えていたってのが従来までのパターンだった。
でも、今回はアイツ自ら俺の身体を乗っ取り、現実世界に姿を現している。流石に竜の姿になったりはしていなかったようだが、久三男曰く姿は俺だったが、声質や口調が完全に別人だったらしい。久三男が霊子コンピュータを使って戦闘記録していたので、それを戦後処理前に見せてもらったが、コクのある中年のオッサンみたいな声質と、やたらめったらイキりくさい口調はまさしく、ゼヴルエーレの立ち振る舞いそのものだった。
「それに、ゼヴルエーレが言っていたこと……ガチなのか? いや、アイツがハッタリかます理由もねぇ……よな」
この場にいる、全員が首肯する。
ゼヴルエーレが言っていたこと。それは霊子コンピュータの記録の中に保存されていた、キシシ野郎との会話内容の一部。
「俺ら人類が、ゼヴルエーレから生まれたって……」
俺は、心臓を手で押さえた。
ゼヴルエーレは俺の身体を借りて、キシシ野郎に人類の起源について話していた。
ゼヴルエーレはかつて、黄金の竜フェーンフェンと呼ばれる神話の竜王に魂と肉体を三つに引き裂かれ、その大部分はこの大陸ヒューマノリアを豊潤な大地とするための養分としてばら撒かれた。
後の世で、その養分から様々な生命体がヒューマノリア大陸に芽吹くことになる。その芽吹いた生命体のうちの一種族、その最終進化形態こそが、俺たち``人類``なのだと。
だからこそゼヴルエーレは、こう言っていた。
―――``全ての生命は、我の一部。我より生まれ、我へ還る宿命にある``―――
親父によって植えつけられた、ゼヴルエーレの目的。神話の竜王と戦ったようなバケモンドラゴンが、高々人類最強程度の血筋ってだけの俺にずっと取り憑いてなきゃならないわけもなし、何か目的があって俺に憑いているもんだとは思っていた。
でも、この話が真実で、もしも俺の予想が正しければ、ゼヴルエーレの目的って。
「全盛期に返り咲くこと……か?」
みんなが沈黙で答えた。
全盛期に返り咲く。それは神話の竜王と殺し合いしていた、遥か太古の昔の自分に戻るってことだ。
それが何を意味し、何を俺たちにもたらすのか。想像するのは時間の無駄だ。
「だとすると、妙ですね。ただ全盛期とやらに返り咲きたいだけならば、なぜ澄男様の中から出てこないのでしょう」
「そりゃあ……単純に出てこれねぇってだけじゃね?」
「どうしてでしょう……? 肉体と魂を三分割にされてなお、遥か昔にヒューマノリアの覇権を手にした竜人族の文明を、滅亡寸前に追い込めるだけの力がありながら……」
至極真っ当な正論疑念パンチが、腹にクリティカルヒットしてしまう。
確かに、弱体化しても文明を滅亡寸前に追いやれるぐらい強い奴が、ただ血筋が強いだけの七光りな俺から抜け出せねぇなんて、妙な話だ。それぐらい強いなら、さっさと俺を乗っ取って世界征服でもなんでもしそうなもんなのに、ゼヴルエーレは俺が気絶したときにしか姿を現さない。
正しくは現わせない、なんだろうが、なぜ現わせないのか。文明をぶっ壊せるぐらいの力があっても足りない何かがあるとでもいうのか。
「もしかしたら、兄さんだけじゃ無理なんじゃない?」
ずっと考えこんでいた俺らの思索を切り裂くように、久三男が割って入る。毎度のことながら色々要約しすぎて言っている意味が全然分からんのだが、俺の顔を見るや否や、額に汗を滲ませてわざとらしく咳払いをした。
「要するに、兄さんの中にいるゼヴルエーレだけじゃ、竜として姿を現せないってこと」
「俺の中以外にあんなバケモンがいたらシャレになんねぇだろ……」
「でもありえない話じゃなくない? だって僕ら人類全員が、いわばゼヴルエーレの血族なんだよ? ゼヴルエーレの分身体みたいな奴が、どこかにいてもおかしくないんじゃない?」
「ンな無茶苦茶な……」
「いえ、ありえない話ではないかと思います」
マジかよ。思わぬ援護射撃で感情がすっぽ抜けてしまう。
ゼヴルエーレの分身体。今俺が抱えているゼヴルエーレだって、いわば全盛期時代のアイツが引き裂かれて生じた分身みたいなもんなのに、その更に分身って、もう頭がパンクしちまいそうになる。
でも相手は神話の世界を生きた竜だ。無茶苦茶な、と思ってしまったが、そもそも神話の世界に俺ら人類が及びもつかないような世界なわけで、その無茶苦茶が罷り通っても不思議じゃない。
「その分身体とやらと吸収するか、直接会ったりしない限り、完全復活できない……というのは、仮説として有力だと思います。裏付ける証拠が何もありませんが」
弥平の歯切れが一気に悪くなる。そりゃそうだ。気持ちは分かる。
そう、久三男の言っていることはあくまで仮説。証拠が何もないから現状はただの妄想にすぎない。第一、今のところ俺以外にゼヴルエーレを飼育している奴には出会っていないし、そもそもゼヴルエーレ以外の竜自体見かけたことはない。竜の存在は、ガキの頃に母さんから伝え聞いたことがある程度で、俺は一度もこの目で見たことはないのである。
「調べてみる必要がありますね……しかし、私の足では荷が重いのも事実……久三男様、力を貸していただけますか?」
「うん、任せてよ! 今は霊子コンピュータがあるし、竜のゴーストだって探せちゃうよ!」
久三男が自分の胸を叩き、バカ間抜けにもむせていやがる。
弥平に久三男、そして霊子コンピュータ。おそらく情報戦最強戦力のコイツらが力を合わせれば、机上の空論だって立派な理論にしてしまいそうな予感をさせる。
俺は情報戦では何の役にも立たないので、予定通り御玲と一緒に凰戟のオッサンから押しつけられた目標を完遂する。その過程で手に入った人脈から何か得られる可能性もあるし、俺はそこで二人を支えよう。
俺に人脈とか広げられるのか、というそこはかとない不安が雨雲となって立ち込めるが、きっとただのにわか雨だと信じたい。
「さて……戦後処理は大体こんなもんか。久三男!」
「え。本当にやるの、兄さん……」
俺に呼ばれ、久三男は顔を引きつらせる。
擬巖の残党の掃除、雅禍の今後、そして擬巖領や下威区の扱い。確かに今回の戦いで変化したものは大体まとめられたと思う。これ以上リビングで話すこともなし、後は各々やるべきをやる感じでもいいだろう。
だが俺は忘れちゃいない。戦いが終わったら必ずやると決めていたことが一つある。それをやり通さない限り、今回の戦後処理は一生終わることなんざないのだ。
「す、澄男さま? それは久三男さまと内々で……」
「ダメだ。俺もチェックする。久三男を信用してねぇわけじゃねぇが、この目で見ねぇと安心できねぇ」
俺と久三男の間に身を乗り出してまで割って入ったのは、顔と耳を赤らめるメイド服を着こなした少女。昨日の戦いで一度死んで生き返った、水守御玲である。
俺が今回の戦後処理で絶対にやり通したいこと。それは、御玲の身体の安否についてだ。
「久三男、御玲の身体の中身をすりーでぃー? だっけ? よく分からんけど撮影したんだろ? それ見せろ」
「澄男さま!? 流石にここではちょっと……!」
「ダメだ、これは本家派当主として確認させてもらう。拒否権はない!」
たじろぐ御玲を気迫と気合で黙らせる。
今回の戦いの後、御玲は久三男に連れられて、本当に身体が無事なのか、入念に検査してもらっていた。本人は最後まで嫌がっていたが、そこは本家派当主としての権限を使って強制的に受けさせたので、検査そのものに関しても御玲に拒否権はなかったりする。
久三男が開発した霊子コンピュータってのは便利なもんで、大気中の霊力と体内霊力を霊子コンピュータが操作して情報を集めさせることで、肉体内部の鮮明な撮影が可能になるらしい。詳しいカラクリはまるで理解できないが、そこは久三男パワーである。アイツができるというのなら、それが如何に無茶苦茶でも実現できるということだ。
今回の戦後処理に入る前に、久三男には現像を頼んでおいた。粗方話が終わった段階で、切り出すつもりだったわけだ。
「じ、じゃあ表示しまーす……」
久三男がなんだか居た堪れない表情を浮かべているが、そんなものは無視だ。コイツが居た堪れないのは今に始まったことじゃない。
テーブル上にホログラムとして表示される。テーブル上に描かれたそれは、まんま内臓の映像だった。
はっきり言って、ものすごくリアルである。内臓の色から表面に張り巡る毛細血管の束まで、綺麗に映し出されている。もしも公共の場で放送しようものなら、一瞬でモザイク処理が必要になるレベルで鮮明だ。耐性がない奴が見たら確実に吐き気を催すだろう。俺たちは戦いの中で死体を見ることが多いので、内臓如き何の感想も抱かないのだが。
「久三男、抜けてる内臓とかなかったか?」
「え、えっと……特になかったかな……ちゃんと全部揃ってるよ」
「そうか……俺には何の内臓があって、どれが抜けてるのか皆目分からんからな……」
「というか仮にどれかでも抜けてたら、ここで暢気に戦後処理できてないでしょ……」
「そうなの?」
「兄さんは不死だから実感ないだろうけど、必要な臓器が欠けてるだけでも生活に支障出るからね……」
確かにそれもそうか、安直に納得する。
俺はどんな深手を負っても修復されるので、仮に内臓全部消し飛ばされたところでどうとでもなるが、普通の人間は内臓一つでも失ったら命に関わる大怪我だ。仮に生きられたとしても、一生枷を手足に嵌めて生きていくことになるだろう。
その点、今の御玲は健康優良そのものだ。いつも通り早起きして、いつも通り俺らが起きてくるまでに朝ご飯を作り、そして戦後処理に参加している。正直、戦って死ぬ前となんら変わった様子はない。人格だって変わっていないし、やはり俺の杞憂だったのだろうか。
「あー、でも強いて言うなら、御玲の内臓は他の人と違う特徴があったかな」
「く、久三男さま!! それ以上は……」
「パァオング。詳しく聞かせるがいい」
「ゲロを大量に吐ける体質に違いねぇ!!」
「ボクのち〇こも疼いてる……これは、名器の予感……!?」
「ウンコを大量生産できる腸を持ってると見たぜ。俺ぁ御玲から同じ匂いを感じてたんだ」
「やはり唯一神パン=ツーに愛された方でしたか……」
急にあくのだいまおうを除く澄連たちがテーブルに身を乗り出して久三男の前に群がる。かくいう俺も、強いて言われると気にならないわけにはいかない。御玲がみんなを押しのけてブツブツ言っているが、とりあえずは無視だ。
「兄さんが色々聞いてくると思って、霊子造影の後に内臓機能の検査も個別にやってみたんだ」
「そ、そんなことしてたんか……」
「そのときに分かったことなんだけど、御玲って消化器官のベンチマーク凄い高いんだよ。常人の百倍以上の数値を叩きだしてる。異常と言えばそこが異常かな、もちろん良い意味でだけど」
「く、久三男さまああああああああああああああ!?」
「ダニィ!? マジかよ、やっぱバナナウンコ製造機だったか!!」
「久三男さんその話詳しく!!」
「ンホオオオオオオオオオオオオオ!! ボクのち〇こが名器を欲してるううううううううううううう!!」
うるせえ。クッソうるせえ。正直コイツら騒ぐだろうなと思っていたが、案の定だ。むしろ予想の十倍はやかましい。
久三男は澄連トリオの気迫に押され、そのベンチマークとやらを話し出す。御玲は一生懸命割って入ろうとするが、本気になった澄連トリオは人間の種族限界に到達した少女を容易く払いのけてしまう。
久三男曰く。御玲の消化器官は極めて柔軟かつ弾力性に富み、まるでゴムみたいに自在に伸び縮みできるらしい。特筆するべきは胃袋で、常人の数倍以上の物を入れられるぐらいの容量がありながら、二時間足らずで消化できるバケモン性能を誇っており、胃袋の膨張に伴って柔軟な内臓たちが体の中を自在に移動することができるのだとか。
とどのつまり、御玲は稀に見る大食い体質だったことが判明したわけだ。
「……いや、久三男。調べてくれたとこ悪いが……別にそこまで興味ないぞ……?」
「あれ!?」
赤面する御玲、はしゃぎまわる澄連トリオ、ホログラムを見てなにやら議論しているあくのだいまおうとパオング。元はといえば俺が作りだした状況だが、思いのほか惨状と化してしまった。御玲が光のない目で視線をぶつけてくる、すかさず目を逸らした。
「はぁ……もういいでしょう! これでご満足いただけたはずです! なのでこの話は終わりに」
「久三男さん久三男さん、ちなみになんすけど、その……胃袋の最大容量は?」
「コイツの大腸は最大で何キロのウンコを溜め込める?」
「このホログラムを立体印刷してさ、御玲さんの小腸オ〇ホ作らない?」
「この話は!! 終わりです!!」
テーブルに渾身の一撃。種族限界到達した肉体から繰り出される拳の威力は伊達じゃない。衝撃でクソザコ体幹の久三男は後方に吹っ飛び、二頭身ぬいぐるみたちも四方八方に吹っ飛ばされて壁や箪笥に頭をぶつける。
衝撃の影響か、それとも単純に打撃によるダメージか。御玲の身体の中身を映したホログラムが消え去った。もしかしなくても壊れたかもしれない。俺が作りだした状況だったとはいえ、とんでもない状態になってしまった。
「……えっと。まあ、なんだ。よし、戦後処理終了! 解散!」
こういうときは勢いとノリが大事だ。実際に話せることはもうないし、本家の当主の俺が言うのだからお開きにするほかないはずだ。
まだ不満げだったが、御玲は台所へ。弥平はどこかへと転移。吹っ飛ばされて気絶した久三男はパオングとヴァズに連れられて地下一階にある自分の部屋へ。澄連は御玲の身体で満足できたのか、ドタドタとけたたましく二階の自分の部屋へ帰っていく。
そう、今からは各々やるべきをやる流れだ。最後あたりは俺のせいでグダってしまったが、もうみんながここで雁首揃えて話し合うことは何もない。
俺が個人的に、とある人物に用があることを除けば。
「おい待てよ」
皆に混じってさりげなく去ろうとしている彼を、自分の中でもかなり低めの、ドスの効いた声で引き留める。ここからは俺と彼の、あくまで個人的な話し合いである。
「なあ、教えてくれや。アンタは何がしたかったんだ。あくのだいまおう」
堂々とリビングを去ろうとする黒執事―――あくのだいまおうは、おもむろに足を止めた。
「御玲が死んだあのとき、懐に入れた覚えのねぇ技能球が入ってた。アレ、お前がやったんだろ?」
思い出しくもない、忌々しい``あのとき``の記憶が蘇る。
御玲は一度、雅禍との戦いで死んだ。俺は凄まじい喪失感と虚無、そして燃え盛る怒りとともに、ゼヴルエーレがよこした外道の法を思わず使う寸前にまで追い込まれた。
だが、御玲は復活する。懐に入れた覚えがまるでない、光を一切通さない、常闇の技能球によって。
「アレを使ったら、御玲は生き返った。教えてくれ。俺はアンタに、何を支払ったんだ?」
あくのだいまおうは俺にとって最大最強の切り札だ。彼は頑なに自分を卑下する物言いをするが、俺は一度たりとも、あくのだいまおうの底を覗けた試しがない。力の片鱗すら分からないのだ。ただ預言者の如く全てを知っていて、超能力を持っている。それだけしか知らない。
今まであくのだいまおうが動くとき、それは俺や俺の仲間にとって運命の分かれ道だった。彼がいたから、運命が変わった。そう解釈しても問題ないほどだ。
そして彼は、必ず対価を求める。その運命を変えるに相応しい、対価を。俺は御玲を生き返らせた。ならば俺は、どれだけのものをあくのだいまおうに支払ったのだろうか。
「ご理解いただけているようで光栄です。ええ、貴方はまさしく、御玲さんを生き返らせるに相応しい対価を払われましたよ」
「だからそれはどんな対価なんだ? それぐらい知る権利はあるだろ? そもそもなんで今回は前もって教えてくれなかったんだよ」
「質問が多いですね……」
ほんの少し、寒気がした。あくのだいまおうを包む闇が、色濃くなった気がしたからだ。
でも、今回ばかりは引き下がれない。
「そもそも……お前なら、御玲が死なないように立ち回れたんじゃねぇのか? 御玲が命を賭す選択をしたとはいえ、そうならないように根回しぐらい……」
刹那、全身から汗が噴き出た。足下が急速に冷たくなる。挟み撃ちするように、背筋に氷水が上から下へ縦貫した。
空気が一気に重くなったせいか、呼吸がものすごくしづらい。少しでも気を抜けば、窒息してしまいそうになる。
心なしか、視界も暗い。まるで部屋の明かりを全て豆電球にしたかのように、部屋の輪郭が全く見通せない。
何だ、この悪寒。何だ、この重圧。霊圧を浴びているだとか、そんな生優しいものじゃない。
闇そのものに全身を鷲掴まれ、床に叩き伏せられたかのような感覚。霊圧に晒されたことなんざ腐るほどあるが、何の抵抗もできず、する気も失せるほどの圧を受けたのは、初めてだ。
恐怖が蝕む。絶望が這い寄る。狂騒が貪り食う。俺の肉体、精神、その全てが狂気的な黒い感情に集られ、その血肉を貪られる。
嗚呼、これは無理だ。逆らえない。圧倒的な``闇``、地獄から俺を引き摺り下ろそうとする常闇の深淵が、そこにいた。
「ははは。貴方は何か……勘違いをしているようだ」
あくのだいまおうの声。だがその声音は、いつものコクが効きまくったイケボなんかじゃない。黒く塗りつぶされてその濃さを増した闇。聞いた者全てを蝕む邪悪そのもの。
「私が何故、貴方がたに手を貸す際、対価を求めているか。その意味をご存知で?」
喋ろうとするが、声が出ない。間抜けな小魚の如く口を閉じたり開いたりすることしかできず、言葉という言葉が紡げない。口から言の葉を奏でようと意識するたびに肺から酸素が一気になくなるような感覚が支配し、窒息が俺の命を刈り取りに刃を首元に立てる。
「依存してほしくないからですよ」
ゆっくりと身を翻す。いつも妖しげな雰囲気を隠す気のないあくのだいまおうだが、不思議と彼の纏う雰囲気は多少の警戒心や緊張を促すことはあっても、どこか柔和で、全く話せないといった圧力は一度たりとも感じたことがなかった。でも、今は違う。
俺に振り返ったあくのだいまおうは、まるで別人。彼の瞳は暗黒のトグロを巻き、その闇を更に深めていた。ずっと見ているとなすすべなく引き摺り込まれて、瞳の中に住まう大蛇に丸呑みされるような気がして目を逸らす。それでもなお、大蛇は口を開けて俺を丸呑みにせんと狙いを定めていた。
「気持ちは分かりますよ。仲間が死ぬくらいなら、それを避けられたのではないかと考えずにはいられないのは。生き返ったとはいえ、他の方策があったのではないかと詰問したくなるのは」
ゆっくりと距離を縮め、俺と目と鼻の先に立つ。距離が近いほど、空気がより重く、より厚く感じ、更に呼吸がしづらくなる。動悸も激しくなり、息苦しさは限界を越えそうだ。
蛇に摘まれた惨めな蛙と化した俺を、あくのだいまおうは悪どい笑みで見下げる。だがその笑みは、悪辣なんてもんじゃあない。
「御玲さんを生き返らせる。本来は貴方自身でやり通すべきだったことだ。あの戦争を始める決断をしたのは、他ならぬ貴方。一度筆を取ったなら、結末まできちんと書き切るのが貴方のやるべきことだった」
圧力が増す。闇が急速に蝕む。ほんの少し気を抜けば魂ごともっていかれそうなほどに、あくのだいまおうから放たれる闇は、津波となって押し寄せる。
「貴方は仲間に依存している。今はまだいい、だがその依存はいずれ、貴方の人生の大きな足枷となる」
俺が、仲間に、依存。否定しようと思ったが、今までの自分を振り返ってみると、否定しきれない。
確かに俺は、自分ができないことは、できる仲間がやればいいと思っていた。それが確実で速いからだが、実際今回はそうじゃなかった。御玲は弥平たちの助けを拒み、自分一人で格上と戦うことを選び、そして死んだ。
仲間がどうにかしてくれる。そう俺がタカを括った結果が、御玲の死だ。
「依存しなければ何も成せないと言い張るのも構わない。それもまた、貴方が選んだ道だ。誰もその選択を咎めはしないだろう。だが」
ただでさえ濃厚な闇が、更にその密度を増す。暗黒の瞳から飛び出した闇の大蛇は、井戸の中でビクつく蛙にガンを飛ばし、おもむろにその尖った牙を見せつけた。
「その道を選ぶというのなら、以後如何なる運命も貴方は受け入れなければならない」
ぐうの音も出ない。仮にぐうの音が思わず出る反論があったとしても、今の状況じゃあどちらにせよその気は削がれていた。
死者を生き返らせる。そんな真似ができるはずもない。できたら自力でやっているし、今みたいな状況にも陥っていないだろう。
経緯はどうあれ、死はそう簡単に覆せるものじゃない。覆すならそれ相応の力が必要で、ほとんどの奴らはそんな力を持っていないからこそ、死を極力避けるのである。
俺も同じく、死を覆すほどの力はない。だから本当なら、御玲の死を受け入れなければならない立場にあった。どうしようもないなら、俺が所詮その程度の無能だったってだけの話なのだ。
「貴方には荒療治が必要だ。私はそう判断し、あの技能球を貴方に託した。使用した以上、如何なる対価を支払ったのか。それを知るのもまた、支払った対価のうちに含まれる」
それはつまり、失ったものに向き合えと、そう言っているのだろうか。
支払ったってことは、すでに俺の手元にはないってことだ。支払う前にはあって、今はないもの。御玲は死を覆されたことで、再び生を受けた。御玲の死に相応しい何かとは、一体何なんだろうか。今の俺には想像もつかない。
「現時点では分からずともよい。結論を急くことでもなし、重要なのは貴方なりの答えを導き出すことだ」
俺なりの、答え。自分が支払った対価の内容を知ったとき、俺が導きだす答え、そしてその答えを抱いて進む道。いつかそれらを、全て自分で決めるときがくるのだろうか。
数日後のことさえも分からない俺に、それだけ頭を使わなきゃならないときが。
「契約は履行された。此度の件、全てを知ることとなるそのときまで、ゆめゆめお忘れなきよう」
あくのだいまおうは恭しく、執事然と一礼する。だがその礼には敬意よりも圧力の方が断然強い。そのまま身を翻し、彼はエレベータの中へ消えていった。
その瞬間、常闇の重圧から解放される。目一杯張っていた糸が千切れ、膝から崩れ落ちた。
「俺……は……」
御玲を生き返らせるときに交わした、あくのだいまおうとの契約。咄嗟のことだったからとか、予想していなかったとか、そんなつもりじゃなかったとか、下らない言い訳なんざ通じない。
御玲を生き返らせたことに後悔はないし、あくのだいまおうの契約を反故にするつもりもない。そのときが来たら、絶対に向き合うつもりでいる。
でも、それでも気になってしまう。目を逸らしたくても、心が、精神が、本能が訴えかけてくる。俺は、何を支払ってしまったのか。
御玲一人生き返らせる相応しい対価。想像つかないし、思いつかない。今は分からなくていいと言っていたが、何なのか分からない―――``分からない``という恐怖が、俺の精神を虫食いのように穴を開けて、スカスカのスポンジのように穴だらけにしていく。
「ああ……あああああああ……」
俺は何を失ったのか。考えても考えても、記憶の戸棚を開け散らしても、ない頭をこねくり回しても。答えなど、出る気配はなかった。
所変わって遥か南方、``南の煉獄``の奥地にて鎮座する流川本家領は、いつも通りの和やかな雰囲気に包まれていた。
人がいないのだから当然だが、領内にある流川本家領新館、そのリビングでは十代の男女と複数匹のぬいぐるみ、暗澹とした雰囲気を常に絶やさない黒執事と、金冠を被る象のぬいぐるみが、テーブルを囲う。
何をしているのか。戦争はいつだって終わった後が重労働である。毎度お馴染み、戦後処理の最中だった。
「擬巖傘下の残存勢力は、全員始末したよ。ダブルチェック済、生存者はなし!」
ビシッなんて効果音を口遊み、冗談混じりの敬礼をする我が愚弟、久三男。弥平も静かに首肯し、久三男がただの冗談で誤魔化しているわけじゃないことも確認する。
「しかし……よくあんなド派手なもん使っておきながら、擬巖の残党だけぶっ殺せたよな……」
俺はホログラムに表示された、空島とも超巨大浮遊要塞とも言えるそれを、まじまじと眺めた。
流川航宙基地、名を終末基地。
元は大戦時代に使用されていた情報集積基地で、武装も何も皆無だったのだが、ラボターミナルの管理者が久三男に代替わりし、その用途に納得いかなかった久三男は、霊子コンピュータの実装に伴って、その衛星基地を徹底的に強化改修したのだ。
要するに、久三男お得意の魔改造である。
「霊子コンピュータによる特定目標集中照射だからね」
だからこの結果は当然。みたいなノリで言われても俺の馬鹿な頭じゃ何一つ理解できないので、弥平に視線を投げる。
弥平の翻訳曰く。戦略級破壊兵器とは、その強大すぎる破壊力によって、本来破壊する目標以外のものも巻き添えに全て破壊してしまう。
今回の目標は擬巖傘下の残党。一人一人はゴミカスレベルの奴らだが、数だけは多く、軽く四桁の破壊目標が武市中に散らばっており、戦略級の破壊兵器で一掃しようと思うと武市そのものを更地にしないといけなくなってしまう。
単純に更地にしようと思えばできてしまうのが久三男なのだが、奴はそこに更なる一芸を加える。久三男の霊子コンピュータは、終末基地を経由して武市全域に探知系魔法を行使でき、武市に散らばる全ての地上目標を的確に探り当てることができる。その上で、霊力の指向性とやらを最大限に利用したレーザーを放ち、捕捉した地上目標のみを狙い撃ちにするのだとか。
「そんな正確に撃てるもんなのかね?」
「霊子コンピュータの演算能力は筆舌に尽くし難いですからね。理論上はナノ以下の地上目標のみを狙撃するのに最適な霊力収束率と出力を一瞬で割り出せるほどです」
なるほど、とそれっぽく頷いておく。
ナノってのが意味分からんけど、要するに羽虫レベルの馬鹿ちっせぇ的だろうとそれだけを的確に狙い撃てるって理解で問題ないだろう。
武市そのものを覆い尽くせるデカブツが、羽虫を撃ち落とせるとかバカ器用すぎるが、そこは久三男だ。久三男だから実現できる芸当ってやつである。
「で、そのレーザー兵器とやらで擬巖の残党は皆殺しにしたと」
「はい。武市の地形被害及び誤射に関する被害は皆無です。地上目標の撃ち漏らしもなし。強いて申し上げるならば、終末基地が出現したことで諸勢力がざわついている程度でしょうか」
「まあ空を覆い尽くすデカブツが突然現れりゃあ誰だってテンパるわな。まあそれはしゃーないし、ノーカンでいいだろ」
やったー! と両手をあげてキャッキャっと喜ぶ。
武器を持たせるとてんで使いこなせないノロマだが、兵器類を持たせると誰よりも上手く使いこなす我が愚弟は、自分が作ったオモチャを親に褒められて喜ぶ子供のようにはしゃぎ回る。無邪気に喜ばれると褒めた甲斐があったってもんだ。
「擬巖領と解放した下威区はどうする? そこは更地にすんのか?」
「その二つを更地にするとなりますと、二次被害が無視できなくなります。直属魔生物を配置し、占拠しようかと愚考しています」
「え。必要か……? 領土は十分すぎるぐらい持ってるし、正直管理できんのやが……?」
弥平の判断には基本的に文句はない俺だが、今回ばかりは流石に難色を示さざる得ない。
擬巖をブチ殺した今、擬巖家は暴閥として滅びた。当主の死は血の滅び、当主がいない暴閥なんざ、もはやあってないようなもんなのだが、当主がいなくなろうがどうなろうが、擬巖家の領地や下威区だった場所は依然として存在し続ける。
当主が消えると同時に建物も跡形もなく消えてなくなるわけもなし、それは当然のことなのだが、俺らが戦いに勝った今、擬巖領と下威区の所有権は戦勝勢力のトップである俺にある。だが何を隠そう、俺は当主のくせして土地の管理なんざできた試しがない。
そもそも今いる流川本家領だって管理は全て久三男に丸投げしているため、当主の俺はノータッチである。やることといえば久三男からの報告を聞いて気になることあれば疑問をぶん投げるぐらいで、他にやれることは何もないわけだ。
ゆえに事務作業なんざ柄じゃない俺が新たな土地を手に入れてもただただ持て余すだけで、正直扱いにクッソ困るだけである。使う予定も特にないし、放置でいいと思っていたんだが。
「管理は私の方で行いますから問題ありません。むしろ放置すると他勢力に横取りされ要らぬ力をつけかねないので、それを未然に防ぐのが目的ですね」
どう利用するかは後々考えればいいだけです、と弥平は淡々と予定調和だと言うが如く答えてくれる。
言われてみればそうで、放置するってことは横取りされても文句は言えなくなる。別に自分の物って実感はまるでないが、それで仲間の脅威となりうる力をつけられるのは気に入らない。面倒になるくらいなら、たとえ今のところ使い道がなくても囲っておくのが安牌ってところか。
「雅禍はどうなった?」
「あの者は分家邸にて拘束しています。しばらくは私の指揮下で動いてもらおうかと考えています。安全が確認されましたら改めて顔を出すことになるでしょう」
「……まあ、妥当ですね。本来なら始末されていた存在ですし」
弥平の言葉に、いつものように冷静な感想を述べる御玲だが、その声音はどこか凛々しさに欠けている。
気持ちは分からなくもない。一時的にとはいえ死ぬぐらいのガチ死闘を繰り広げ、ようやく和解できたのにしばらく会えないのだから寂しい気持ちは胸が締めつけられるほど伝わってくる。
弥平の判断は正しい。始末しない選択をした以上、一度敵対していた存在を味方として引き入れるのだから扱いは外様だ。クソ親父の一件もあるし、尚更慎重になる必要があるだろう。
分家には凰戟のオッサンと俺の母さんもいる。何があっても対応できるし、逆に言えばどうにかあの二人からの信頼を得られれば、一発で本家に出戻ってこれるだろう。
「御玲」
優しく、肩に手を置く。
御玲をぶっ殺したと知ったときは、徹底的に八つ裂きにした上、心の底から命乞いをするぐらい精神的に追い詰め、生かすと見せかけてブチ殺すぐらいのことはしてやろうと思っていたが、仲間が新しい仲間を欲するのを見ると微笑ましい気分になる。
誰だって仲間が増えるなら皆嬉しいと感じるはずだと、俺の勝手な思い込みだが、変な逆張り野郎がいたとしても、正道だと言い張るつもりである。
御玲は朗らかに、でも苦笑いも混ぜ込んだ、ぎこちない笑みを浮かべた。
「話戻るけど、擬巖領と下威区を占領したらよ、結構目立つよな……もはや俺らが動いてるのがモロバレになるんじゃ?」
擬巖領と下威区の占領。それを頭に思い浮かべたときに湧いて出た、素朴な疑問。
もぬけの殻になった擬巖領と壁が崩壊しててんやわんやしている下威区を占拠するのは、もはや鼻くそほじりながらあくびたらしてでもできるただの作業でしかない。だが占拠することによって久三男配下の魔生物を動かせば、俺ら流川が擬巖を潰しましたって周りに宣言しているようなものだ。
今まで流川として表立って動いたことは一度もなかったが、今回は流川として売られた喧嘩を買い、ブチのめした。久三男が大規模な記憶操作でもしない限り、流川の関与を誤魔化すのは無理だろう。
俺としては、面倒は避けたいし隠せるもんなら隠し通したいわけなんだが。
「今回は、逆に大々的に流川として動こうと考えております」
弥平の考えは、俺と対極だった。
「それはまずいんじゃ……?」
「澄男様。我々はすでに代替わりしております。それからというもの、流川として何か武勲を立てたことは一度もありません」
「言われてみりゃあ、そうだな。ずっと身分を偽ってたし」
「現状、諸勢力は我々をよく知りません。品定めされていると言ってもいいでしょう。ならばここで、我らの威を他に知らしめる良い機会なのではないかと、そう愚考した次第でございます」
複雑な思いを少し感じながらも、弥平が自身の出した結論の補足を行ってくれた。
本家は母さんから俺へ、分家は凰戟のオッサンから弥平へ。代替わりして数ヶ月経った。あれから色々あったわけだが、俺たちは一度も当主として活躍したことはない。
何をするにも身分を隠し、必要なら周囲の連中の記憶を操作してでも流川が動いたという証拠は残さなかった。それは俺たちの身を守るためにやってきたことだったが、逆に言えば代替わりした当主の実力が分からず、舐められている可能性はある。
今回の一件は舐められていたわけじゃないが、今後舐めた奴らに毎度毎度喧嘩ふっかけられるのも面倒だし、ここいらでドカッと一発かましておいた方が、雑魚どもを相手にしなくて済むってことだ。
「つっても、なんか自慢してるみたいで良い気分じゃねぇけども……」
「示威行為は適切に行う限り、重要な政策の一つです。諸勢力に武力による威嚇や交渉を不利だと思わせることは、不要な戦争を避けられる以上の意味があります」
「一応聞くけど、どんな意味だ?」
「有用な勢力と共存しやすくなることで、我らの地位がより盤石なものとなることです。今回の一件を経て、聡い者たちは我らとの共存を選ぶでしょう」
なるほどなー、となんとなーくイメージできたようなできなかったようなって感じだが、まあ敵が減って味方が増えやすくなるってことだろうから、問題はないのだろうと思考放棄する。
「久三男様、擬巖領と下威区を占拠するのに必要な戦力を派遣してくださいますか」
「編成でき次第、すぐ現地に送るよ」
戦力の派遣など、久三男にかかれば二つ返事で済む。
擬巖領は当主がいなくなったことと、擬巖を殺す前に久三男が一掃してくれたことで、領内の雑魚は誰一人いないはずである。仮にいたとしても、統率がロクに取れない残党でしかないし、久三男の魔生物でどうとでもできるだろう。もはや、俺が気にすることでもない。
「うーん……でも、そうだな。ヴァズ」
「ハッ。ココニ」
「うおおおふ!?」
反射的に、素早く飛び退く。人間の男の声なのだが、どこか機械的な雰囲気が抜けきっていない声質。本能が警戒を緩ませた瞬間、その声の主が誰なのかを明確に認識する。
ついさっきまで気配がまるで感じられなかった。俺は五感と霊感はかなり聡い自信があるので弥平とか百代とか裏鏡みたいなヤバい奴でもない限りは後ろを取らせない自信があるのだが、声を出すまでコイツが後ろにいることに気づけなかった。
図体のデカさは俺の倍以上、ぱっと見の存在感は大きいはずなのに、悟らせないくらいに気配を消せるとは。以前より器用さが上がったんじゃなかろうか。
久三男がしてやったり顔をむけてくる。うぜえ。コイツわざとやりやがったな。
「僕が陣頭指揮をとってもいいんだけど、それだと効率が悪い。僕は他の研究とか調べ物もしたいし、お願いしていいかな?」
「願ッテモアリマセン。是非、コノヴァズニオ任セヲ」
ヴァズは恭しく、首を垂れるや否や、姿が消える。まるで空間転移魔法を使ったかの如く。俺は目を丸くしながら久三男に振り向いた。
「ヴァズも日々アップデートしてるからね。テスやパオングに教えてもらって、最近``顕現``を自力で使えるようになったんだ」
流石は自律型のアンドロイド。学習能力もきちんとしてやがる。
知らない間に空間転移も使えるようになっているってことは、空いた時間に修行とかしてそうである。もしそうなら組手とかしてみたい。アイツと戦ったのって久三男と大喧嘩したとき以来だし。
「それと兄さん……」
「ああ、分かってる。ゼヴルエーレだろ?」
御玲と弥平の顔が、一瞬で真面目な表情に様変わりする。
キシシ野郎との戦いで、俺は一度時間停止を食らって敗北しかけた。まさか頼みの綱だった不死性が、時間停止で攻略されるなんざ予想外も甚だしかったが、その時間停止をブチ壊して、キシシ野郎と一戦交えた奴がいる。
俺の親父、流川佳霖によって植えつけられたゲテモノドラゴン―――天災竜王ゼヴルエーレだ。
「俺の身体を乗っ取って、キシシ野郎とタイマン張りやがったらしいな」
「霊子通信を送ろうとしたんだけど、弾かれた。テスが霊子コンピュータを介して解析しようとしたけど、それも弾かれたし、危険だから弥平に様子見した方がいいって言われて……」
「いや、それでいい。反撃されなかっただけ、お前は運が良かったんだ」
久三男の頭を撫でながら、弥平に視線を送る。弥平は黙って頷いた。
なんとなく、久三男からの干渉は跳ね返してくると思ってはいた。あくのだいまおうから聞いたゼヴルエーレの半生を思えば、なんら不思議なことじゃない。
ゼヴルエーレの野郎はかつて、神話の竜王と死闘を繰り広げたガチの邪竜であり、今はその神話の竜王に魂と肉体を三分割されて大幅に弱体化してしまっているが、その弱体化した状態でも、この大陸の覇権を一度は手に入れた竜人の国を、滅亡寸前に追い込んだ災厄の竜王である。
久三男だって物凄い奴だ。今の人類が束になっても、コイツの発明の才能には及ばない。その能力の凄まじさは俺だけじゃなく、今ここにいるみんなが理解している。
でも相手は、元神話の竜王。俺ら流川すらただの羽虫と罵れる、正真正銘の化け物だ。いくら久三男が超絶天才と言っても、あまりに分が悪すぎる。
「澄男様の身体を借りる。それが何を意味するのか、ですが……」
「今までありませんでしたよね、こんなこと」
弥平と御玲の言うことは、最もだ。
今まで、ゼヴルエーレが俺の姿を借りたことなんてなかった。基本的に俺とゼヴルエーレが直接絡むことはなく、何かしらの要因で生命の危機に瀕したとき、暗黒の精神世界的な所で目が覚めて、そこにゼヴルエーレが待ち構えていたってのが従来までのパターンだった。
でも、今回はアイツ自ら俺の身体を乗っ取り、現実世界に姿を現している。流石に竜の姿になったりはしていなかったようだが、久三男曰く姿は俺だったが、声質や口調が完全に別人だったらしい。久三男が霊子コンピュータを使って戦闘記録していたので、それを戦後処理前に見せてもらったが、コクのある中年のオッサンみたいな声質と、やたらめったらイキりくさい口調はまさしく、ゼヴルエーレの立ち振る舞いそのものだった。
「それに、ゼヴルエーレが言っていたこと……ガチなのか? いや、アイツがハッタリかます理由もねぇ……よな」
この場にいる、全員が首肯する。
ゼヴルエーレが言っていたこと。それは霊子コンピュータの記録の中に保存されていた、キシシ野郎との会話内容の一部。
「俺ら人類が、ゼヴルエーレから生まれたって……」
俺は、心臓を手で押さえた。
ゼヴルエーレは俺の身体を借りて、キシシ野郎に人類の起源について話していた。
ゼヴルエーレはかつて、黄金の竜フェーンフェンと呼ばれる神話の竜王に魂と肉体を三つに引き裂かれ、その大部分はこの大陸ヒューマノリアを豊潤な大地とするための養分としてばら撒かれた。
後の世で、その養分から様々な生命体がヒューマノリア大陸に芽吹くことになる。その芽吹いた生命体のうちの一種族、その最終進化形態こそが、俺たち``人類``なのだと。
だからこそゼヴルエーレは、こう言っていた。
―――``全ての生命は、我の一部。我より生まれ、我へ還る宿命にある``―――
親父によって植えつけられた、ゼヴルエーレの目的。神話の竜王と戦ったようなバケモンドラゴンが、高々人類最強程度の血筋ってだけの俺にずっと取り憑いてなきゃならないわけもなし、何か目的があって俺に憑いているもんだとは思っていた。
でも、この話が真実で、もしも俺の予想が正しければ、ゼヴルエーレの目的って。
「全盛期に返り咲くこと……か?」
みんなが沈黙で答えた。
全盛期に返り咲く。それは神話の竜王と殺し合いしていた、遥か太古の昔の自分に戻るってことだ。
それが何を意味し、何を俺たちにもたらすのか。想像するのは時間の無駄だ。
「だとすると、妙ですね。ただ全盛期とやらに返り咲きたいだけならば、なぜ澄男様の中から出てこないのでしょう」
「そりゃあ……単純に出てこれねぇってだけじゃね?」
「どうしてでしょう……? 肉体と魂を三分割にされてなお、遥か昔にヒューマノリアの覇権を手にした竜人族の文明を、滅亡寸前に追い込めるだけの力がありながら……」
至極真っ当な正論疑念パンチが、腹にクリティカルヒットしてしまう。
確かに、弱体化しても文明を滅亡寸前に追いやれるぐらい強い奴が、ただ血筋が強いだけの七光りな俺から抜け出せねぇなんて、妙な話だ。それぐらい強いなら、さっさと俺を乗っ取って世界征服でもなんでもしそうなもんなのに、ゼヴルエーレは俺が気絶したときにしか姿を現さない。
正しくは現わせない、なんだろうが、なぜ現わせないのか。文明をぶっ壊せるぐらいの力があっても足りない何かがあるとでもいうのか。
「もしかしたら、兄さんだけじゃ無理なんじゃない?」
ずっと考えこんでいた俺らの思索を切り裂くように、久三男が割って入る。毎度のことながら色々要約しすぎて言っている意味が全然分からんのだが、俺の顔を見るや否や、額に汗を滲ませてわざとらしく咳払いをした。
「要するに、兄さんの中にいるゼヴルエーレだけじゃ、竜として姿を現せないってこと」
「俺の中以外にあんなバケモンがいたらシャレになんねぇだろ……」
「でもありえない話じゃなくない? だって僕ら人類全員が、いわばゼヴルエーレの血族なんだよ? ゼヴルエーレの分身体みたいな奴が、どこかにいてもおかしくないんじゃない?」
「ンな無茶苦茶な……」
「いえ、ありえない話ではないかと思います」
マジかよ。思わぬ援護射撃で感情がすっぽ抜けてしまう。
ゼヴルエーレの分身体。今俺が抱えているゼヴルエーレだって、いわば全盛期時代のアイツが引き裂かれて生じた分身みたいなもんなのに、その更に分身って、もう頭がパンクしちまいそうになる。
でも相手は神話の世界を生きた竜だ。無茶苦茶な、と思ってしまったが、そもそも神話の世界に俺ら人類が及びもつかないような世界なわけで、その無茶苦茶が罷り通っても不思議じゃない。
「その分身体とやらと吸収するか、直接会ったりしない限り、完全復活できない……というのは、仮説として有力だと思います。裏付ける証拠が何もありませんが」
弥平の歯切れが一気に悪くなる。そりゃそうだ。気持ちは分かる。
そう、久三男の言っていることはあくまで仮説。証拠が何もないから現状はただの妄想にすぎない。第一、今のところ俺以外にゼヴルエーレを飼育している奴には出会っていないし、そもそもゼヴルエーレ以外の竜自体見かけたことはない。竜の存在は、ガキの頃に母さんから伝え聞いたことがある程度で、俺は一度もこの目で見たことはないのである。
「調べてみる必要がありますね……しかし、私の足では荷が重いのも事実……久三男様、力を貸していただけますか?」
「うん、任せてよ! 今は霊子コンピュータがあるし、竜のゴーストだって探せちゃうよ!」
久三男が自分の胸を叩き、バカ間抜けにもむせていやがる。
弥平に久三男、そして霊子コンピュータ。おそらく情報戦最強戦力のコイツらが力を合わせれば、机上の空論だって立派な理論にしてしまいそうな予感をさせる。
俺は情報戦では何の役にも立たないので、予定通り御玲と一緒に凰戟のオッサンから押しつけられた目標を完遂する。その過程で手に入った人脈から何か得られる可能性もあるし、俺はそこで二人を支えよう。
俺に人脈とか広げられるのか、というそこはかとない不安が雨雲となって立ち込めるが、きっとただのにわか雨だと信じたい。
「さて……戦後処理は大体こんなもんか。久三男!」
「え。本当にやるの、兄さん……」
俺に呼ばれ、久三男は顔を引きつらせる。
擬巖の残党の掃除、雅禍の今後、そして擬巖領や下威区の扱い。確かに今回の戦いで変化したものは大体まとめられたと思う。これ以上リビングで話すこともなし、後は各々やるべきをやる感じでもいいだろう。
だが俺は忘れちゃいない。戦いが終わったら必ずやると決めていたことが一つある。それをやり通さない限り、今回の戦後処理は一生終わることなんざないのだ。
「す、澄男さま? それは久三男さまと内々で……」
「ダメだ。俺もチェックする。久三男を信用してねぇわけじゃねぇが、この目で見ねぇと安心できねぇ」
俺と久三男の間に身を乗り出してまで割って入ったのは、顔と耳を赤らめるメイド服を着こなした少女。昨日の戦いで一度死んで生き返った、水守御玲である。
俺が今回の戦後処理で絶対にやり通したいこと。それは、御玲の身体の安否についてだ。
「久三男、御玲の身体の中身をすりーでぃー? だっけ? よく分からんけど撮影したんだろ? それ見せろ」
「澄男さま!? 流石にここではちょっと……!」
「ダメだ、これは本家派当主として確認させてもらう。拒否権はない!」
たじろぐ御玲を気迫と気合で黙らせる。
今回の戦いの後、御玲は久三男に連れられて、本当に身体が無事なのか、入念に検査してもらっていた。本人は最後まで嫌がっていたが、そこは本家派当主としての権限を使って強制的に受けさせたので、検査そのものに関しても御玲に拒否権はなかったりする。
久三男が開発した霊子コンピュータってのは便利なもんで、大気中の霊力と体内霊力を霊子コンピュータが操作して情報を集めさせることで、肉体内部の鮮明な撮影が可能になるらしい。詳しいカラクリはまるで理解できないが、そこは久三男パワーである。アイツができるというのなら、それが如何に無茶苦茶でも実現できるということだ。
今回の戦後処理に入る前に、久三男には現像を頼んでおいた。粗方話が終わった段階で、切り出すつもりだったわけだ。
「じ、じゃあ表示しまーす……」
久三男がなんだか居た堪れない表情を浮かべているが、そんなものは無視だ。コイツが居た堪れないのは今に始まったことじゃない。
テーブル上にホログラムとして表示される。テーブル上に描かれたそれは、まんま内臓の映像だった。
はっきり言って、ものすごくリアルである。内臓の色から表面に張り巡る毛細血管の束まで、綺麗に映し出されている。もしも公共の場で放送しようものなら、一瞬でモザイク処理が必要になるレベルで鮮明だ。耐性がない奴が見たら確実に吐き気を催すだろう。俺たちは戦いの中で死体を見ることが多いので、内臓如き何の感想も抱かないのだが。
「久三男、抜けてる内臓とかなかったか?」
「え、えっと……特になかったかな……ちゃんと全部揃ってるよ」
「そうか……俺には何の内臓があって、どれが抜けてるのか皆目分からんからな……」
「というか仮にどれかでも抜けてたら、ここで暢気に戦後処理できてないでしょ……」
「そうなの?」
「兄さんは不死だから実感ないだろうけど、必要な臓器が欠けてるだけでも生活に支障出るからね……」
確かにそれもそうか、安直に納得する。
俺はどんな深手を負っても修復されるので、仮に内臓全部消し飛ばされたところでどうとでもなるが、普通の人間は内臓一つでも失ったら命に関わる大怪我だ。仮に生きられたとしても、一生枷を手足に嵌めて生きていくことになるだろう。
その点、今の御玲は健康優良そのものだ。いつも通り早起きして、いつも通り俺らが起きてくるまでに朝ご飯を作り、そして戦後処理に参加している。正直、戦って死ぬ前となんら変わった様子はない。人格だって変わっていないし、やはり俺の杞憂だったのだろうか。
「あー、でも強いて言うなら、御玲の内臓は他の人と違う特徴があったかな」
「く、久三男さま!! それ以上は……」
「パァオング。詳しく聞かせるがいい」
「ゲロを大量に吐ける体質に違いねぇ!!」
「ボクのち〇こも疼いてる……これは、名器の予感……!?」
「ウンコを大量生産できる腸を持ってると見たぜ。俺ぁ御玲から同じ匂いを感じてたんだ」
「やはり唯一神パン=ツーに愛された方でしたか……」
急にあくのだいまおうを除く澄連たちがテーブルに身を乗り出して久三男の前に群がる。かくいう俺も、強いて言われると気にならないわけにはいかない。御玲がみんなを押しのけてブツブツ言っているが、とりあえずは無視だ。
「兄さんが色々聞いてくると思って、霊子造影の後に内臓機能の検査も個別にやってみたんだ」
「そ、そんなことしてたんか……」
「そのときに分かったことなんだけど、御玲って消化器官のベンチマーク凄い高いんだよ。常人の百倍以上の数値を叩きだしてる。異常と言えばそこが異常かな、もちろん良い意味でだけど」
「く、久三男さまああああああああああああああ!?」
「ダニィ!? マジかよ、やっぱバナナウンコ製造機だったか!!」
「久三男さんその話詳しく!!」
「ンホオオオオオオオオオオオオオ!! ボクのち〇こが名器を欲してるううううううううううううう!!」
うるせえ。クッソうるせえ。正直コイツら騒ぐだろうなと思っていたが、案の定だ。むしろ予想の十倍はやかましい。
久三男は澄連トリオの気迫に押され、そのベンチマークとやらを話し出す。御玲は一生懸命割って入ろうとするが、本気になった澄連トリオは人間の種族限界に到達した少女を容易く払いのけてしまう。
久三男曰く。御玲の消化器官は極めて柔軟かつ弾力性に富み、まるでゴムみたいに自在に伸び縮みできるらしい。特筆するべきは胃袋で、常人の数倍以上の物を入れられるぐらいの容量がありながら、二時間足らずで消化できるバケモン性能を誇っており、胃袋の膨張に伴って柔軟な内臓たちが体の中を自在に移動することができるのだとか。
とどのつまり、御玲は稀に見る大食い体質だったことが判明したわけだ。
「……いや、久三男。調べてくれたとこ悪いが……別にそこまで興味ないぞ……?」
「あれ!?」
赤面する御玲、はしゃぎまわる澄連トリオ、ホログラムを見てなにやら議論しているあくのだいまおうとパオング。元はといえば俺が作りだした状況だが、思いのほか惨状と化してしまった。御玲が光のない目で視線をぶつけてくる、すかさず目を逸らした。
「はぁ……もういいでしょう! これでご満足いただけたはずです! なのでこの話は終わりに」
「久三男さん久三男さん、ちなみになんすけど、その……胃袋の最大容量は?」
「コイツの大腸は最大で何キロのウンコを溜め込める?」
「このホログラムを立体印刷してさ、御玲さんの小腸オ〇ホ作らない?」
「この話は!! 終わりです!!」
テーブルに渾身の一撃。種族限界到達した肉体から繰り出される拳の威力は伊達じゃない。衝撃でクソザコ体幹の久三男は後方に吹っ飛び、二頭身ぬいぐるみたちも四方八方に吹っ飛ばされて壁や箪笥に頭をぶつける。
衝撃の影響か、それとも単純に打撃によるダメージか。御玲の身体の中身を映したホログラムが消え去った。もしかしなくても壊れたかもしれない。俺が作りだした状況だったとはいえ、とんでもない状態になってしまった。
「……えっと。まあ、なんだ。よし、戦後処理終了! 解散!」
こういうときは勢いとノリが大事だ。実際に話せることはもうないし、本家の当主の俺が言うのだからお開きにするほかないはずだ。
まだ不満げだったが、御玲は台所へ。弥平はどこかへと転移。吹っ飛ばされて気絶した久三男はパオングとヴァズに連れられて地下一階にある自分の部屋へ。澄連は御玲の身体で満足できたのか、ドタドタとけたたましく二階の自分の部屋へ帰っていく。
そう、今からは各々やるべきをやる流れだ。最後あたりは俺のせいでグダってしまったが、もうみんながここで雁首揃えて話し合うことは何もない。
俺が個人的に、とある人物に用があることを除けば。
「おい待てよ」
皆に混じってさりげなく去ろうとしている彼を、自分の中でもかなり低めの、ドスの効いた声で引き留める。ここからは俺と彼の、あくまで個人的な話し合いである。
「なあ、教えてくれや。アンタは何がしたかったんだ。あくのだいまおう」
堂々とリビングを去ろうとする黒執事―――あくのだいまおうは、おもむろに足を止めた。
「御玲が死んだあのとき、懐に入れた覚えのねぇ技能球が入ってた。アレ、お前がやったんだろ?」
思い出しくもない、忌々しい``あのとき``の記憶が蘇る。
御玲は一度、雅禍との戦いで死んだ。俺は凄まじい喪失感と虚無、そして燃え盛る怒りとともに、ゼヴルエーレがよこした外道の法を思わず使う寸前にまで追い込まれた。
だが、御玲は復活する。懐に入れた覚えがまるでない、光を一切通さない、常闇の技能球によって。
「アレを使ったら、御玲は生き返った。教えてくれ。俺はアンタに、何を支払ったんだ?」
あくのだいまおうは俺にとって最大最強の切り札だ。彼は頑なに自分を卑下する物言いをするが、俺は一度たりとも、あくのだいまおうの底を覗けた試しがない。力の片鱗すら分からないのだ。ただ預言者の如く全てを知っていて、超能力を持っている。それだけしか知らない。
今まであくのだいまおうが動くとき、それは俺や俺の仲間にとって運命の分かれ道だった。彼がいたから、運命が変わった。そう解釈しても問題ないほどだ。
そして彼は、必ず対価を求める。その運命を変えるに相応しい、対価を。俺は御玲を生き返らせた。ならば俺は、どれだけのものをあくのだいまおうに支払ったのだろうか。
「ご理解いただけているようで光栄です。ええ、貴方はまさしく、御玲さんを生き返らせるに相応しい対価を払われましたよ」
「だからそれはどんな対価なんだ? それぐらい知る権利はあるだろ? そもそもなんで今回は前もって教えてくれなかったんだよ」
「質問が多いですね……」
ほんの少し、寒気がした。あくのだいまおうを包む闇が、色濃くなった気がしたからだ。
でも、今回ばかりは引き下がれない。
「そもそも……お前なら、御玲が死なないように立ち回れたんじゃねぇのか? 御玲が命を賭す選択をしたとはいえ、そうならないように根回しぐらい……」
刹那、全身から汗が噴き出た。足下が急速に冷たくなる。挟み撃ちするように、背筋に氷水が上から下へ縦貫した。
空気が一気に重くなったせいか、呼吸がものすごくしづらい。少しでも気を抜けば、窒息してしまいそうになる。
心なしか、視界も暗い。まるで部屋の明かりを全て豆電球にしたかのように、部屋の輪郭が全く見通せない。
何だ、この悪寒。何だ、この重圧。霊圧を浴びているだとか、そんな生優しいものじゃない。
闇そのものに全身を鷲掴まれ、床に叩き伏せられたかのような感覚。霊圧に晒されたことなんざ腐るほどあるが、何の抵抗もできず、する気も失せるほどの圧を受けたのは、初めてだ。
恐怖が蝕む。絶望が這い寄る。狂騒が貪り食う。俺の肉体、精神、その全てが狂気的な黒い感情に集られ、その血肉を貪られる。
嗚呼、これは無理だ。逆らえない。圧倒的な``闇``、地獄から俺を引き摺り下ろそうとする常闇の深淵が、そこにいた。
「ははは。貴方は何か……勘違いをしているようだ」
あくのだいまおうの声。だがその声音は、いつものコクが効きまくったイケボなんかじゃない。黒く塗りつぶされてその濃さを増した闇。聞いた者全てを蝕む邪悪そのもの。
「私が何故、貴方がたに手を貸す際、対価を求めているか。その意味をご存知で?」
喋ろうとするが、声が出ない。間抜けな小魚の如く口を閉じたり開いたりすることしかできず、言葉という言葉が紡げない。口から言の葉を奏でようと意識するたびに肺から酸素が一気になくなるような感覚が支配し、窒息が俺の命を刈り取りに刃を首元に立てる。
「依存してほしくないからですよ」
ゆっくりと身を翻す。いつも妖しげな雰囲気を隠す気のないあくのだいまおうだが、不思議と彼の纏う雰囲気は多少の警戒心や緊張を促すことはあっても、どこか柔和で、全く話せないといった圧力は一度たりとも感じたことがなかった。でも、今は違う。
俺に振り返ったあくのだいまおうは、まるで別人。彼の瞳は暗黒のトグロを巻き、その闇を更に深めていた。ずっと見ているとなすすべなく引き摺り込まれて、瞳の中に住まう大蛇に丸呑みされるような気がして目を逸らす。それでもなお、大蛇は口を開けて俺を丸呑みにせんと狙いを定めていた。
「気持ちは分かりますよ。仲間が死ぬくらいなら、それを避けられたのではないかと考えずにはいられないのは。生き返ったとはいえ、他の方策があったのではないかと詰問したくなるのは」
ゆっくりと距離を縮め、俺と目と鼻の先に立つ。距離が近いほど、空気がより重く、より厚く感じ、更に呼吸がしづらくなる。動悸も激しくなり、息苦しさは限界を越えそうだ。
蛇に摘まれた惨めな蛙と化した俺を、あくのだいまおうは悪どい笑みで見下げる。だがその笑みは、悪辣なんてもんじゃあない。
「御玲さんを生き返らせる。本来は貴方自身でやり通すべきだったことだ。あの戦争を始める決断をしたのは、他ならぬ貴方。一度筆を取ったなら、結末まできちんと書き切るのが貴方のやるべきことだった」
圧力が増す。闇が急速に蝕む。ほんの少し気を抜けば魂ごともっていかれそうなほどに、あくのだいまおうから放たれる闇は、津波となって押し寄せる。
「貴方は仲間に依存している。今はまだいい、だがその依存はいずれ、貴方の人生の大きな足枷となる」
俺が、仲間に、依存。否定しようと思ったが、今までの自分を振り返ってみると、否定しきれない。
確かに俺は、自分ができないことは、できる仲間がやればいいと思っていた。それが確実で速いからだが、実際今回はそうじゃなかった。御玲は弥平たちの助けを拒み、自分一人で格上と戦うことを選び、そして死んだ。
仲間がどうにかしてくれる。そう俺がタカを括った結果が、御玲の死だ。
「依存しなければ何も成せないと言い張るのも構わない。それもまた、貴方が選んだ道だ。誰もその選択を咎めはしないだろう。だが」
ただでさえ濃厚な闇が、更にその密度を増す。暗黒の瞳から飛び出した闇の大蛇は、井戸の中でビクつく蛙にガンを飛ばし、おもむろにその尖った牙を見せつけた。
「その道を選ぶというのなら、以後如何なる運命も貴方は受け入れなければならない」
ぐうの音も出ない。仮にぐうの音が思わず出る反論があったとしても、今の状況じゃあどちらにせよその気は削がれていた。
死者を生き返らせる。そんな真似ができるはずもない。できたら自力でやっているし、今みたいな状況にも陥っていないだろう。
経緯はどうあれ、死はそう簡単に覆せるものじゃない。覆すならそれ相応の力が必要で、ほとんどの奴らはそんな力を持っていないからこそ、死を極力避けるのである。
俺も同じく、死を覆すほどの力はない。だから本当なら、御玲の死を受け入れなければならない立場にあった。どうしようもないなら、俺が所詮その程度の無能だったってだけの話なのだ。
「貴方には荒療治が必要だ。私はそう判断し、あの技能球を貴方に託した。使用した以上、如何なる対価を支払ったのか。それを知るのもまた、支払った対価のうちに含まれる」
それはつまり、失ったものに向き合えと、そう言っているのだろうか。
支払ったってことは、すでに俺の手元にはないってことだ。支払う前にはあって、今はないもの。御玲は死を覆されたことで、再び生を受けた。御玲の死に相応しい何かとは、一体何なんだろうか。今の俺には想像もつかない。
「現時点では分からずともよい。結論を急くことでもなし、重要なのは貴方なりの答えを導き出すことだ」
俺なりの、答え。自分が支払った対価の内容を知ったとき、俺が導きだす答え、そしてその答えを抱いて進む道。いつかそれらを、全て自分で決めるときがくるのだろうか。
数日後のことさえも分からない俺に、それだけ頭を使わなきゃならないときが。
「契約は履行された。此度の件、全てを知ることとなるそのときまで、ゆめゆめお忘れなきよう」
あくのだいまおうは恭しく、執事然と一礼する。だがその礼には敬意よりも圧力の方が断然強い。そのまま身を翻し、彼はエレベータの中へ消えていった。
その瞬間、常闇の重圧から解放される。目一杯張っていた糸が千切れ、膝から崩れ落ちた。
「俺……は……」
御玲を生き返らせるときに交わした、あくのだいまおうとの契約。咄嗟のことだったからとか、予想していなかったとか、そんなつもりじゃなかったとか、下らない言い訳なんざ通じない。
御玲を生き返らせたことに後悔はないし、あくのだいまおうの契約を反故にするつもりもない。そのときが来たら、絶対に向き合うつもりでいる。
でも、それでも気になってしまう。目を逸らしたくても、心が、精神が、本能が訴えかけてくる。俺は、何を支払ってしまったのか。
御玲一人生き返らせる相応しい対価。想像つかないし、思いつかない。今は分からなくていいと言っていたが、何なのか分からない―――``分からない``という恐怖が、俺の精神を虫食いのように穴を開けて、スカスカのスポンジのように穴だらけにしていく。
「ああ……あああああああ……」
俺は何を失ったのか。考えても考えても、記憶の戸棚を開け散らしても、ない頭をこねくり回しても。答えなど、出る気配はなかった。
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