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復讐のブルー・ペグランタン編
ブルー・ペグランタン
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まさか参戦しようとしてすぐ、澄男に追い返されることになろうとは。
立体駐車場から距離を取り、北支部正門前まで戻ってきた私たちは、いつでも戦えるような心持ちで待機する。澄男の心境を察するなら、私たちが出向く隙はないかもしれないが。
「頼む御玲。俺を行かせてくれ」
拘束されたレク・ホーランは、尚もその拘束を振り解こうともがくが、パオングの魔法によってしっかりと四肢を縛られている現状、彼が戦場に舞い戻ることは叶わない。
「澄男さまの命ですので、それはできません」
澄男はタイマンすると決めた。ならそれに水を差すことは許されない。もし差したなら、レク・ホーランの命は尽きると言っていい。
「流川が敵に容赦がねぇ暴閥なのは知ってんだ……ならブルーは……」
「だとしても、澄男さまが命じられた以上、あなたが割り込むことは許されません。もし割り込めば、間違いなく死罪です」
「じゃあなんだ!! このままブルーを見殺しにしろってのか!!」
怒号が正門を支える支柱を揺らす。ただの大声だというのに、その気迫の影響なのか、支柱が一瞬悲鳴をあげたように見えた。
「アイツのことだ、新人を殺るまで止まらねぇ……そうなったらお前らはどうする? 流川の総力をあげて潰すんだろ? アイツを、アイツの存在そのものを」
否定はしない。流川家とは本来、敵と認めた存在に一切の容赦をしない暴閥。たとえ世界地図を書き換えることになろうとも、世界から敵対勢力を確実に滅する存在なのだ。
かくいう擬巖も傘下の暴閥やギャングスター全てが、久三男の手によって一人残らず葬られた。つい今日の、早朝の出来事だ。
「殺らせねぇよ……アイツを行かせちまった責任は俺にある……北支部監督官の一人として、同士討ちは見逃せねえ!!」
閃光が、吠えた。眩い閃きから放たれる咆哮は、気迫となって私を吹き飛ばさんと迫る。
だが残念なことに雅禍と比べれば、まだ耐えられるレベルの勢いでしかない。
「パァオング。一つ、よろしいかな?」
膠着した私とレク・ホーランの間に、意気揚々と割り込む一体のぬいぐるみ。金冠が太陽光を反射することで発生する輝きが、神としての威厳と大いに高め、二人の間に鎮座する。
「急くこともなかろうよ青年。澄男殿が小娘を始末するとは考えられぬ」
「なんでぬいぐるみにそんなことが……第一、ブルーが御玲を攻撃したとき、殺る気満々だったじゃねえか」
「パァオング! 我はぬいぐるみなどにあらず。我欲の神パオングなるぞ? 人間の心情を読み切ることなど児戯である」
金冠が頭上で艶やかに揺れる。千変万化する反射角がパオングをさす後光を鮮やかに描いた。
「第一に、我らの去り際、澄男殿から殺意が消え失せておった」
「……何言ってやがる、殺意しかなかったろ」
「御玲殿に攻撃した際は、そうであったな。しかし小娘の意志を的確に汲んだ直後、その激情は朝日に融ける霜の如く、土壌に染み込みなくなっておったぞ」
「だとしても俺が行かない理由には……」
「第二に、青年が割り込むことは推奨せぬ。それは、青年自身がよく理解しておろう?」
レク・ホーランは、推し黙った。
澄男は今、流川本家の当主として動いている。格下であるレク・ホーランが割り込んだことで戦いが混迷を極めたとき、澄男はその戦いに納得するだろうか。
流川において、戦士の覚悟を踏み躙ることは最大級の侮辱である。たとえそれで二人とも運良く生き残れたとしても、澄男は確実に怒りに狂い、レク・ホーランを惨殺するだろう。そうなれば、ブルー・ペグランタンとの決別は避けられないものとなる。
「丸く収めたければ、決着がつくそのときまで堪えることだ」
パオングのその言葉に、レク・ホーランは肩に入れていた力を緩めた。
正門前を吹き抜ける風がレク・ホーランの前髪を靡かせ、偶然にも目元に暖簾がかかる。それゆえか、顔の上半分に暗雲が立ち込めた。
「実際のところ、勝率はどのぐらいなんでしょうか……高く、はないですよね」
話を変えるため、ずっと気になっていたことを卓上にのせる。
澄男とブルー・ペグランタン。この場合、ブルー自身というよりも融合した黒百足だが、実際どちらの勝率が高いのか。
澄男は黒百足を、本気を出さないと勝てない相手だと評していたが、私たちは黒百足のことをほとんど知らない。そもそも黒百足が戦ったところを、有事以外では見たことがないからだ。わかりやすい例だと、南支部防衛の際に五百体のスケルトン・マッシブで形成された軍勢を、たった一匹で始末したことぐらいだろうか。
「ふむん……正直に評するならば、澄男殿の勝率は低いであろうなあ」
頭上の金冠が煌めき、正門の支柱を艶やかに彩る。
「まず属性の相性が悪い。澄男殿の適性は火属性、対してあの黒百足は厄介なことに火属性に完全耐性を有しておるのだ」
「え!? それ、悪いってレベルじゃ……」
「更に言うなら、あの小娘……見たところ水属性に適性があるようだ。黒百足と融合しておる今、小娘の適性霊力まで使えるとなれば厄介だぞ」
絶望的。頭の中で、その三文字が浮かんだ。
確か澄男は、水と氷が大の苦手だったはず。特に寒さはすこぶる嫌がっていた記憶がある。水に関してはまだよく分かっていないが、氷がダメなら水もおそらく同じくらい嫌いだろう。
火は基本、水で消す。その火を消す水を武器にできるとなると、属性耐性的に火属性が効かない相手に不利などという言葉は、あまりに生ぬるい。
「その不利を一気に覆す手段ならば、澄男殿なら持っておるのだがな……」
「それって……」
竜位魔法。焉世魔法ゼヴルード。己の意思のみで、あらゆるものを破壊・消滅させる、天災竜王の力。
「でも、澄男さまは……」
「使わぬだろうな。躊躇わぬならば、これまでの戦いでも数えきれぬほど使っていたはずである」
澄男は竜位魔法を使わない。もう澄男との付き合いだって短くない、竜位魔法の存在を知ってからというもの、薄々感じてはいたことだ。彼が竜位魔法を使わない理由など彼自身にしか知り得ないが、なんとなくわかる気がしないでもない。
己の意志だけで、あらゆるものを消滅させられる力。理性が働いているうちは使わないようにするにせよ、人間には感情がある。一抹の感情に流されて、全てを灰燼に帰してしまうかもしれない。
もし仲間ごと消してしまうことがあれば―――仲間を失うことをなによりも恐れる彼にとって、最悪の絵図だろう。
「ただ勝てぬ戦ではなかろうな。あくまで勝率が低いというだけの話」
絶望的観測を自ら公表してなお、パオングは陽気だ。他の者なら暢気だと罵るところだが、パオングならば話は変わる。
「澄男殿は不死である。いかに黒百足と小娘が融合して殺しにかかろうと、澄男殿は殺められぬ」
「でもそれだと千日手なのでは?」
「左様。しかし澄男殿は戦いに愛されておる。彼の才覚ならば、あるいは……」
「あるいは……?」
「我が予想する、奇想奇天烈な方策で勝利を収めるやもしれぬな! だとしたならば、面白い!」
パーオパオパオパオと長細い鼻を天に突き上げ、陽気に高らかに笑い転げる。
パオングの予想など凡愚たる私の想像力では一ミリも追えないが、パオングは聡明だ。奇想奇天烈と言ってはいたが、あり得ない話ではないのだろう。気にしても仕方ない。
「ブルー・ペグランタン……改めて何者なんでしょうね」
ふと素朴な疑問を口に出す。
ブルー・ペグランタン。北支部監督官の一人であり、使役者。黒百足を従える請負人。私が知っているのは、それだけだ。そもそもの話、存在するだけで敵対しかしてこないはずの魔生物を威圧できる上位種を、彼女はどうやって飼い慣らしたのだろう。
魔生物の使役に関しては、専門職ではないので詳しくはないのだが、魔生物を使役するには恒常的に霊力を供給して強制的に従わせる必要があると聞いたことはある。供給さえできれば誰でも使役できるらしいが、その供給量が尋常ではなく、大半の者が一瞬で干物になるぐらい大量の霊力を常に供給し続けねばならず、供給をやめるとすぐに敵対状態に戻るとかなんとか。
とどのつまり、基本的にはコストパフォーマンスが悪すぎて、誰もやりたがらないというのが実情だ。
「あの黒百足は、霊力を供給して使役しているんでしょうか」
「否。アレは強制使役できぬ。そもそも、本来は人間に使役できるような魔生物ではない」
「でも、彼女はできてますよね?」
「パァオング。あの百足は``特異個体``ゆえ、できた芸当だ。成功例は歴史全てを紐解いても、彼らしかおるまい」
パオング曰く。黒百足はオーバーセンチピードと呼ばれる種の、特異個体である。
特異個体とは、生存本能の過剰な刺激によって覚醒進化を果たした個体のことで、原種を遥かに上回る能力をいくつも持つ。
特異個体ともなると魔生物でありながら、知的な行動をとることができる個体も出現するらしく、それゆえに本来ならできないはずの使役が可能になるのだという。
「魔生物の使役は、何も強制使役だけではない。対等使役という手段も存在する」
長細い鼻が意気揚々と天へ伸びる。
強制使役とは霊力を魔生物に供給し続けることで文字通り強制的に従わせる使役方法だが、対等使役はその魔生物に意思疎通ができる程度の知能がある前提で成立する一種の魔法契約による使役で、霊力の供給を断つと即座に敵対される強制使役と異なり、その繋がりはより強固なものになるのだという。
「でもパオングさんよ。ありゃただの対等使役じゃありやせんぜ? そも魔生物と人間が、あんな簡単に融合できると思えやせんし」
どこにあるのか分からない、側から見たら飛び出した目玉を撫でているようにも見えるカエルは、頭を掻きながら訝しげにパオングを見つめる。
「左様。アレは厳密には対等使役ではない。そもそも対等使役は本来、妖精亜族の魔生物にのみ作用する限定的なものであるからな」
パオング曰く。黒百足の原種、オーバーセンチピードは自身の生存を脅かす相手に対して極めて攻撃的で、存在を知る者からは``生き狂う百足``と称されるほどの凶暴性を有しており、同種以外には他の魔生物同様、積極的に敵対する。
仮にそのオーバーセンチピードが特異個体となり一定水準を超える知能を得たとしても、原種だった頃の攻撃性が薄れるわけではないため、対等使役の契約には決して応じることはないのだとか。
「では、どうやって使役しているんでしょう。ブルー・ペグランタンが使役しているのは事実なのですよね」
「パァオング。聞いて慄け御玲殿! 久三男殿とあくのだいまおうと共同し、既に解析は済んでおる。そなたの我欲、叶えてしんぜようぞ!」
誇らしげに自慢げに、孤高に一つ、天高く聳え立つ塔の如く鼻を伸ばす。
パオングは私たちが北支部に就職し、レク・ホーランやブルー・ペグランタンに知り合った時点で久三男やあくのだいまおうとともに解析を試みていたらしい。
その頃は霊子コンピュータが未完成だったため、雅禍に行ったような世界情報解析はできなかったのだが、久三男の成長のため、パオングらは霊子コンピュータの完成に助力し、その上で世界情報解析を行ったのだという。
「まあ黒百足と融合した小娘と相対したとき、我が解析しても良かったのだがな」
「……ではなぜしなかったんです?」
「パァオング! そんなもの決まっておるわ! つまらぬであろう!」
パーオパオパオパオと高らかに笑い、転げ回る。とりあえず、なんかムカついたので無視する。パオングは鼻を優雅にうねらせながら、彼女の半生を語り始めた。
ブルー・ペグランタン。彼女は武市最果ての地、下威区で生まれた。
両親はいない。どうやら彼女の両親は、彼女を育てるつもりなどなかったようだ。情欲の慰め合いの果てに生まれた、ただの副作物だったのだろう。
その後、下威区を転々として醜悪入り乱れる情欲と殺意から逃れるために暗き路地裏を巡り、ゴミ漁りをする日々を送る。明日も生きられるか分からない、誰かに殺され、慰み物にされて食われるかもしれない。太陽の光が一寸も届かぬ暗黒の闇を徘徊した果てに、彼女は完全退廃地帯へ流れ着いた。
世界情報全書は何の気まぐれか、彼女が完全退廃地帯という死地に辿り着くまで生きながらえさせたのだ。人々はそれを悪運に愛されていると褒め讃えるのかもしれないが、生きながらえさせられた本人からすれば、悪意に満ちた悪戯でしかなかっただろう。
完全退廃地帯とは、霊力による汚染が極まり、原始の植物と魔生物が支配する魔境。武市において唯一、人という種族の存在を否定する、本当の意味での最果てだ。
大地や大気は霊力によって完全に汚染されており、常人ならば一分足らずで死に至る猛毒の世界。それ以前に魔生物が跋扈する死地でもあり、たとえ霊力の汚染をかいくぐれたとしても、血肉に飢えた彼らの餌となる運命が待っている。
世界情報全書は、彼女の死地を完全退廃地帯とした。何の力も持たないか弱き少女如きに、世界が一方的に定めた運命に抗う術などなく、彼女は一度、その地で死を経験することとなる。
件の黒百足が最果ての地で目覚める、そのときまで。
その後、黒百足とともに西へ移動し、重スラム地域にまで舞い戻る。そこで那由多とツムジと出会い、下威区を脱するその日まで、彼らの一員に加わることとなる。
「それで分かったことはだな。あの小娘、黒百足と世界情報全書の記述を共有しておったのだよ」
「つまりそれは、ち〇こ生やしたってこと……?」
「おいおい……バナナウンコになりやがったのかよ、あのガキ」
「いやどっちかっていうと、あの百足がパンツじゃね?」
長い経緯説明の果ての結論が、何一つ分からなかった私をよそに、背後から驚愕の津波が押し寄せる。
カエル以外の三人は、まさしく三者三様の驚きようだ。言っている意味は相変わらず分からないが、彼らが驚くとなると、相応に凄まじい芸当なのだろうか。
「なるほどな。要するにあの百足がゲロになることで、お互いの存在を保証して合ってるってことですかい」
「左様。世界情報全書には、あの小娘の記述が終端に達した形跡があった。死を経験したことが、その証左であろうな」
「え、えっと……? つまり……?」
「世界情報全書の共有など、本来なら互いの記述が相殺されて失敗する場合がほとんどでな。その成功率を高めるには、どちらかの記述が終端に差し迫っている必要がある」
興味があるわけでもないのだが、何故だかパオングの話は聞き入ってしまう。
パオング曰く。世界情報全書の記述は、本来互いに異なる生命体同士の記述が混ざり合うことはない。そんなことが許されてしまえば、生命体は触れた瞬間に融合してしまい、その個を保つことは不可能だからだ。
互いに異なる生命体同士が触れ合っても何事も起こらないのは、世界情報全書の記述同士は決して交わらないという法則が世界情報全書上で宣言されているからであり、それすなわち互いの存在が独立していることを世界情報全書自身が保証しているということである。
しかしながら、この宣言にも例外が存在する。互いの存在のうち、どちらか一方が死を迎えようとしている―――すなわち世界情報全書に記された記述内容が終端に達しようとしている存在がいるとき、他方の生命体の記述で補えたなら、死にかけている一方の生命体は、果たして延命可能なのか。
「答えは是。であり、否。なのだ」
金冠の輝きが、より一層強まる。
延命が可能であるか、の問いに答えるのなら、答えは是である。ただし、それは補う側の生命体が世界情報全書に干渉する魔法体系―――``世界系魔法``を熟達し、己と異なる存在の世界情報全書の記述を解析することが可能なほどの高い技量を有しているのが条件だ。
つまり文章の終端に新たな文章を書き加えることと同義であり、理論上は文章力さえあれば十分に可能な芸当―――ということになるが、その実態は否だ。
本来、互いに異なる生命体同士の記述は決して交わらない。記述の終端に達しようとしている生命体の記述を他の生命体の記述で補う行為は、世界情報全書の宣言に叛逆する行いであり、何の対策もなく行えば世界情報全書自身によって記述が修正され、記述の変更度合いによってはどちらも跡形もなく消滅しうる危険な身技である。
「ゆえにもしも似たような所業を行うのであれば、``魂魄融合の秘術``を用いるのだ」
パオングは手の上に白く光る霊力の球を二つ作る。それらは、ゆっくりと近づいて一つに溶け合った。
魂魄融合の秘術。それは、相反する異なる存在同士を共存させる世界系魔法である。
これは瀕死の術者が、魂及び世界情報全書の記述を修復するために異なる存在の魂と一体化する秘術だが、そんな無茶苦茶が罷り通るのは、まだ現世に顕現する以前の存在または瀕死の存在といった、世界情報全書の記述が不完全の存在に対して用いることで記述内容を補完し合い、お互いの存在確率を高めることが原理である。
これは術者側の記述が終端に迫っていることと、相手側が現世に産み落とされる前段階のために記述が不完全であること、それゆえに互いの存在が最も親和しやすいために、より安全かつ確実に両者の生存確率を保てるといった理屈らしい。
「まあ、実際はそんな単純な魔法じゃないっすけどね。下準備は必須だし、そもそも相性あるし」
「左様。本来は異なる存在同士、交わらぬからな。下準備と媒体探しはそれなりの時間を要する。それ以前の問題として、``魂魄融合の秘術``は世界系魔法の一種である。並大抵の術者では、詠唱すら叶うまい」
一つになった白い霊力の球は一人でに弾けて、水に浸した石鹸の泡のように、儚く消える。
「つまり、その``魂魄融合の秘術``でもないなんらかの手段を、黒百足は使って生き延びた、と」
「その副次作用が、あの融合を可能にしておるのだろうな」
ブルー・ペグランタンと黒百足は魂単位で融合している。世界情報全書の記述を共有することで、お互いに限りなく同一に近い存在へと至っているからこそできる芸当なのだと理解する。
「それで、具体的にはどうするのが正解なのでしょう。要は同一化しているんですよね?」
そう、問題は対処法だ。
手厚く解説してくれたおかげで、仕組みは十二分に理解できた。しかし仕組みを適切に理解できたからこそ、対処法が尚更分からなくなったと言える。そもそも、魂単位で融合し存在自体を同一化させているような者を、どうやって攻略すればいいのだろう。
「パァオング。そうであるな、難しいと言えば難しく、簡単と言えば簡単であるぞ?」
「えっと……つまり?」
「結論。簡単に済ませるのならば、そのまま殺めればよい。同一化しておるのだから、殺してしまえば両者とも存在が保てず対消滅するだろう」
「では、難しいというのは……」
「倒す場合。つまり、黒百足と小娘を分離させる場合である」
やはり。頭によぎった予想が、ものの見事に射抜かれる。
パオングが察していたとおり、澄男からは殺意が感じられなかった。それが何故なのかは分からないが、殺すつもりがないのなら、必然的に難しい方を選ぶことになる。
「難しいとはいえ、それはあくまで勝率の話。対処法自体は至極単純であるぞ?」
きっと澄男殿でも造作なくたどり着くほどにはな、と頭上で輝く金冠を揺らし、声高らかに笑い転げる。澄男でも浮かぶと言っているが、かくいう私は浮かんでいない。頭が硬いせいだろうか。
「まあ急いても仕方あるまい。我らは澄男殿の勝利を待とうではないか」
何もないところから白いテーブルと椅子が出現する。テーブルの上にはティーカップとケーキが人数分、過不足なく配膳され、澄連とパオングは何の疑念も持つことなく席につく。
どこから勝利の確信が湧いてくるのか、ほとほと疑問ではあるが、相手はパオングだ。自分の理解の及ばぬ論理帰結で確信を得ているに違いない。こうと決めた澄男の邪魔をするのは最終手段であるし、久三男からの連絡を待ちつつ、いつでも戦いに行けるように体を温めておくことが今自分にできる最善の行動というべきか。
理性でどれだけ縛ってもケーキを食べたいという欲望が湧き出てくる自分に呆れてくるが、そこをグッと堪えつつ、いつか来るであろう変化に備えるのだった。
立体駐車場から距離を取り、北支部正門前まで戻ってきた私たちは、いつでも戦えるような心持ちで待機する。澄男の心境を察するなら、私たちが出向く隙はないかもしれないが。
「頼む御玲。俺を行かせてくれ」
拘束されたレク・ホーランは、尚もその拘束を振り解こうともがくが、パオングの魔法によってしっかりと四肢を縛られている現状、彼が戦場に舞い戻ることは叶わない。
「澄男さまの命ですので、それはできません」
澄男はタイマンすると決めた。ならそれに水を差すことは許されない。もし差したなら、レク・ホーランの命は尽きると言っていい。
「流川が敵に容赦がねぇ暴閥なのは知ってんだ……ならブルーは……」
「だとしても、澄男さまが命じられた以上、あなたが割り込むことは許されません。もし割り込めば、間違いなく死罪です」
「じゃあなんだ!! このままブルーを見殺しにしろってのか!!」
怒号が正門を支える支柱を揺らす。ただの大声だというのに、その気迫の影響なのか、支柱が一瞬悲鳴をあげたように見えた。
「アイツのことだ、新人を殺るまで止まらねぇ……そうなったらお前らはどうする? 流川の総力をあげて潰すんだろ? アイツを、アイツの存在そのものを」
否定はしない。流川家とは本来、敵と認めた存在に一切の容赦をしない暴閥。たとえ世界地図を書き換えることになろうとも、世界から敵対勢力を確実に滅する存在なのだ。
かくいう擬巖も傘下の暴閥やギャングスター全てが、久三男の手によって一人残らず葬られた。つい今日の、早朝の出来事だ。
「殺らせねぇよ……アイツを行かせちまった責任は俺にある……北支部監督官の一人として、同士討ちは見逃せねえ!!」
閃光が、吠えた。眩い閃きから放たれる咆哮は、気迫となって私を吹き飛ばさんと迫る。
だが残念なことに雅禍と比べれば、まだ耐えられるレベルの勢いでしかない。
「パァオング。一つ、よろしいかな?」
膠着した私とレク・ホーランの間に、意気揚々と割り込む一体のぬいぐるみ。金冠が太陽光を反射することで発生する輝きが、神としての威厳と大いに高め、二人の間に鎮座する。
「急くこともなかろうよ青年。澄男殿が小娘を始末するとは考えられぬ」
「なんでぬいぐるみにそんなことが……第一、ブルーが御玲を攻撃したとき、殺る気満々だったじゃねえか」
「パァオング! 我はぬいぐるみなどにあらず。我欲の神パオングなるぞ? 人間の心情を読み切ることなど児戯である」
金冠が頭上で艶やかに揺れる。千変万化する反射角がパオングをさす後光を鮮やかに描いた。
「第一に、我らの去り際、澄男殿から殺意が消え失せておった」
「……何言ってやがる、殺意しかなかったろ」
「御玲殿に攻撃した際は、そうであったな。しかし小娘の意志を的確に汲んだ直後、その激情は朝日に融ける霜の如く、土壌に染み込みなくなっておったぞ」
「だとしても俺が行かない理由には……」
「第二に、青年が割り込むことは推奨せぬ。それは、青年自身がよく理解しておろう?」
レク・ホーランは、推し黙った。
澄男は今、流川本家の当主として動いている。格下であるレク・ホーランが割り込んだことで戦いが混迷を極めたとき、澄男はその戦いに納得するだろうか。
流川において、戦士の覚悟を踏み躙ることは最大級の侮辱である。たとえそれで二人とも運良く生き残れたとしても、澄男は確実に怒りに狂い、レク・ホーランを惨殺するだろう。そうなれば、ブルー・ペグランタンとの決別は避けられないものとなる。
「丸く収めたければ、決着がつくそのときまで堪えることだ」
パオングのその言葉に、レク・ホーランは肩に入れていた力を緩めた。
正門前を吹き抜ける風がレク・ホーランの前髪を靡かせ、偶然にも目元に暖簾がかかる。それゆえか、顔の上半分に暗雲が立ち込めた。
「実際のところ、勝率はどのぐらいなんでしょうか……高く、はないですよね」
話を変えるため、ずっと気になっていたことを卓上にのせる。
澄男とブルー・ペグランタン。この場合、ブルー自身というよりも融合した黒百足だが、実際どちらの勝率が高いのか。
澄男は黒百足を、本気を出さないと勝てない相手だと評していたが、私たちは黒百足のことをほとんど知らない。そもそも黒百足が戦ったところを、有事以外では見たことがないからだ。わかりやすい例だと、南支部防衛の際に五百体のスケルトン・マッシブで形成された軍勢を、たった一匹で始末したことぐらいだろうか。
「ふむん……正直に評するならば、澄男殿の勝率は低いであろうなあ」
頭上の金冠が煌めき、正門の支柱を艶やかに彩る。
「まず属性の相性が悪い。澄男殿の適性は火属性、対してあの黒百足は厄介なことに火属性に完全耐性を有しておるのだ」
「え!? それ、悪いってレベルじゃ……」
「更に言うなら、あの小娘……見たところ水属性に適性があるようだ。黒百足と融合しておる今、小娘の適性霊力まで使えるとなれば厄介だぞ」
絶望的。頭の中で、その三文字が浮かんだ。
確か澄男は、水と氷が大の苦手だったはず。特に寒さはすこぶる嫌がっていた記憶がある。水に関してはまだよく分かっていないが、氷がダメなら水もおそらく同じくらい嫌いだろう。
火は基本、水で消す。その火を消す水を武器にできるとなると、属性耐性的に火属性が効かない相手に不利などという言葉は、あまりに生ぬるい。
「その不利を一気に覆す手段ならば、澄男殿なら持っておるのだがな……」
「それって……」
竜位魔法。焉世魔法ゼヴルード。己の意思のみで、あらゆるものを破壊・消滅させる、天災竜王の力。
「でも、澄男さまは……」
「使わぬだろうな。躊躇わぬならば、これまでの戦いでも数えきれぬほど使っていたはずである」
澄男は竜位魔法を使わない。もう澄男との付き合いだって短くない、竜位魔法の存在を知ってからというもの、薄々感じてはいたことだ。彼が竜位魔法を使わない理由など彼自身にしか知り得ないが、なんとなくわかる気がしないでもない。
己の意志だけで、あらゆるものを消滅させられる力。理性が働いているうちは使わないようにするにせよ、人間には感情がある。一抹の感情に流されて、全てを灰燼に帰してしまうかもしれない。
もし仲間ごと消してしまうことがあれば―――仲間を失うことをなによりも恐れる彼にとって、最悪の絵図だろう。
「ただ勝てぬ戦ではなかろうな。あくまで勝率が低いというだけの話」
絶望的観測を自ら公表してなお、パオングは陽気だ。他の者なら暢気だと罵るところだが、パオングならば話は変わる。
「澄男殿は不死である。いかに黒百足と小娘が融合して殺しにかかろうと、澄男殿は殺められぬ」
「でもそれだと千日手なのでは?」
「左様。しかし澄男殿は戦いに愛されておる。彼の才覚ならば、あるいは……」
「あるいは……?」
「我が予想する、奇想奇天烈な方策で勝利を収めるやもしれぬな! だとしたならば、面白い!」
パーオパオパオパオと長細い鼻を天に突き上げ、陽気に高らかに笑い転げる。
パオングの予想など凡愚たる私の想像力では一ミリも追えないが、パオングは聡明だ。奇想奇天烈と言ってはいたが、あり得ない話ではないのだろう。気にしても仕方ない。
「ブルー・ペグランタン……改めて何者なんでしょうね」
ふと素朴な疑問を口に出す。
ブルー・ペグランタン。北支部監督官の一人であり、使役者。黒百足を従える請負人。私が知っているのは、それだけだ。そもそもの話、存在するだけで敵対しかしてこないはずの魔生物を威圧できる上位種を、彼女はどうやって飼い慣らしたのだろう。
魔生物の使役に関しては、専門職ではないので詳しくはないのだが、魔生物を使役するには恒常的に霊力を供給して強制的に従わせる必要があると聞いたことはある。供給さえできれば誰でも使役できるらしいが、その供給量が尋常ではなく、大半の者が一瞬で干物になるぐらい大量の霊力を常に供給し続けねばならず、供給をやめるとすぐに敵対状態に戻るとかなんとか。
とどのつまり、基本的にはコストパフォーマンスが悪すぎて、誰もやりたがらないというのが実情だ。
「あの黒百足は、霊力を供給して使役しているんでしょうか」
「否。アレは強制使役できぬ。そもそも、本来は人間に使役できるような魔生物ではない」
「でも、彼女はできてますよね?」
「パァオング。あの百足は``特異個体``ゆえ、できた芸当だ。成功例は歴史全てを紐解いても、彼らしかおるまい」
パオング曰く。黒百足はオーバーセンチピードと呼ばれる種の、特異個体である。
特異個体とは、生存本能の過剰な刺激によって覚醒進化を果たした個体のことで、原種を遥かに上回る能力をいくつも持つ。
特異個体ともなると魔生物でありながら、知的な行動をとることができる個体も出現するらしく、それゆえに本来ならできないはずの使役が可能になるのだという。
「魔生物の使役は、何も強制使役だけではない。対等使役という手段も存在する」
長細い鼻が意気揚々と天へ伸びる。
強制使役とは霊力を魔生物に供給し続けることで文字通り強制的に従わせる使役方法だが、対等使役はその魔生物に意思疎通ができる程度の知能がある前提で成立する一種の魔法契約による使役で、霊力の供給を断つと即座に敵対される強制使役と異なり、その繋がりはより強固なものになるのだという。
「でもパオングさんよ。ありゃただの対等使役じゃありやせんぜ? そも魔生物と人間が、あんな簡単に融合できると思えやせんし」
どこにあるのか分からない、側から見たら飛び出した目玉を撫でているようにも見えるカエルは、頭を掻きながら訝しげにパオングを見つめる。
「左様。アレは厳密には対等使役ではない。そもそも対等使役は本来、妖精亜族の魔生物にのみ作用する限定的なものであるからな」
パオング曰く。黒百足の原種、オーバーセンチピードは自身の生存を脅かす相手に対して極めて攻撃的で、存在を知る者からは``生き狂う百足``と称されるほどの凶暴性を有しており、同種以外には他の魔生物同様、積極的に敵対する。
仮にそのオーバーセンチピードが特異個体となり一定水準を超える知能を得たとしても、原種だった頃の攻撃性が薄れるわけではないため、対等使役の契約には決して応じることはないのだとか。
「では、どうやって使役しているんでしょう。ブルー・ペグランタンが使役しているのは事実なのですよね」
「パァオング。聞いて慄け御玲殿! 久三男殿とあくのだいまおうと共同し、既に解析は済んでおる。そなたの我欲、叶えてしんぜようぞ!」
誇らしげに自慢げに、孤高に一つ、天高く聳え立つ塔の如く鼻を伸ばす。
パオングは私たちが北支部に就職し、レク・ホーランやブルー・ペグランタンに知り合った時点で久三男やあくのだいまおうとともに解析を試みていたらしい。
その頃は霊子コンピュータが未完成だったため、雅禍に行ったような世界情報解析はできなかったのだが、久三男の成長のため、パオングらは霊子コンピュータの完成に助力し、その上で世界情報解析を行ったのだという。
「まあ黒百足と融合した小娘と相対したとき、我が解析しても良かったのだがな」
「……ではなぜしなかったんです?」
「パァオング! そんなもの決まっておるわ! つまらぬであろう!」
パーオパオパオパオと高らかに笑い、転げ回る。とりあえず、なんかムカついたので無視する。パオングは鼻を優雅にうねらせながら、彼女の半生を語り始めた。
ブルー・ペグランタン。彼女は武市最果ての地、下威区で生まれた。
両親はいない。どうやら彼女の両親は、彼女を育てるつもりなどなかったようだ。情欲の慰め合いの果てに生まれた、ただの副作物だったのだろう。
その後、下威区を転々として醜悪入り乱れる情欲と殺意から逃れるために暗き路地裏を巡り、ゴミ漁りをする日々を送る。明日も生きられるか分からない、誰かに殺され、慰み物にされて食われるかもしれない。太陽の光が一寸も届かぬ暗黒の闇を徘徊した果てに、彼女は完全退廃地帯へ流れ着いた。
世界情報全書は何の気まぐれか、彼女が完全退廃地帯という死地に辿り着くまで生きながらえさせたのだ。人々はそれを悪運に愛されていると褒め讃えるのかもしれないが、生きながらえさせられた本人からすれば、悪意に満ちた悪戯でしかなかっただろう。
完全退廃地帯とは、霊力による汚染が極まり、原始の植物と魔生物が支配する魔境。武市において唯一、人という種族の存在を否定する、本当の意味での最果てだ。
大地や大気は霊力によって完全に汚染されており、常人ならば一分足らずで死に至る猛毒の世界。それ以前に魔生物が跋扈する死地でもあり、たとえ霊力の汚染をかいくぐれたとしても、血肉に飢えた彼らの餌となる運命が待っている。
世界情報全書は、彼女の死地を完全退廃地帯とした。何の力も持たないか弱き少女如きに、世界が一方的に定めた運命に抗う術などなく、彼女は一度、その地で死を経験することとなる。
件の黒百足が最果ての地で目覚める、そのときまで。
その後、黒百足とともに西へ移動し、重スラム地域にまで舞い戻る。そこで那由多とツムジと出会い、下威区を脱するその日まで、彼らの一員に加わることとなる。
「それで分かったことはだな。あの小娘、黒百足と世界情報全書の記述を共有しておったのだよ」
「つまりそれは、ち〇こ生やしたってこと……?」
「おいおい……バナナウンコになりやがったのかよ、あのガキ」
「いやどっちかっていうと、あの百足がパンツじゃね?」
長い経緯説明の果ての結論が、何一つ分からなかった私をよそに、背後から驚愕の津波が押し寄せる。
カエル以外の三人は、まさしく三者三様の驚きようだ。言っている意味は相変わらず分からないが、彼らが驚くとなると、相応に凄まじい芸当なのだろうか。
「なるほどな。要するにあの百足がゲロになることで、お互いの存在を保証して合ってるってことですかい」
「左様。世界情報全書には、あの小娘の記述が終端に達した形跡があった。死を経験したことが、その証左であろうな」
「え、えっと……? つまり……?」
「世界情報全書の共有など、本来なら互いの記述が相殺されて失敗する場合がほとんどでな。その成功率を高めるには、どちらかの記述が終端に差し迫っている必要がある」
興味があるわけでもないのだが、何故だかパオングの話は聞き入ってしまう。
パオング曰く。世界情報全書の記述は、本来互いに異なる生命体同士の記述が混ざり合うことはない。そんなことが許されてしまえば、生命体は触れた瞬間に融合してしまい、その個を保つことは不可能だからだ。
互いに異なる生命体同士が触れ合っても何事も起こらないのは、世界情報全書の記述同士は決して交わらないという法則が世界情報全書上で宣言されているからであり、それすなわち互いの存在が独立していることを世界情報全書自身が保証しているということである。
しかしながら、この宣言にも例外が存在する。互いの存在のうち、どちらか一方が死を迎えようとしている―――すなわち世界情報全書に記された記述内容が終端に達しようとしている存在がいるとき、他方の生命体の記述で補えたなら、死にかけている一方の生命体は、果たして延命可能なのか。
「答えは是。であり、否。なのだ」
金冠の輝きが、より一層強まる。
延命が可能であるか、の問いに答えるのなら、答えは是である。ただし、それは補う側の生命体が世界情報全書に干渉する魔法体系―――``世界系魔法``を熟達し、己と異なる存在の世界情報全書の記述を解析することが可能なほどの高い技量を有しているのが条件だ。
つまり文章の終端に新たな文章を書き加えることと同義であり、理論上は文章力さえあれば十分に可能な芸当―――ということになるが、その実態は否だ。
本来、互いに異なる生命体同士の記述は決して交わらない。記述の終端に達しようとしている生命体の記述を他の生命体の記述で補う行為は、世界情報全書の宣言に叛逆する行いであり、何の対策もなく行えば世界情報全書自身によって記述が修正され、記述の変更度合いによってはどちらも跡形もなく消滅しうる危険な身技である。
「ゆえにもしも似たような所業を行うのであれば、``魂魄融合の秘術``を用いるのだ」
パオングは手の上に白く光る霊力の球を二つ作る。それらは、ゆっくりと近づいて一つに溶け合った。
魂魄融合の秘術。それは、相反する異なる存在同士を共存させる世界系魔法である。
これは瀕死の術者が、魂及び世界情報全書の記述を修復するために異なる存在の魂と一体化する秘術だが、そんな無茶苦茶が罷り通るのは、まだ現世に顕現する以前の存在または瀕死の存在といった、世界情報全書の記述が不完全の存在に対して用いることで記述内容を補完し合い、お互いの存在確率を高めることが原理である。
これは術者側の記述が終端に迫っていることと、相手側が現世に産み落とされる前段階のために記述が不完全であること、それゆえに互いの存在が最も親和しやすいために、より安全かつ確実に両者の生存確率を保てるといった理屈らしい。
「まあ、実際はそんな単純な魔法じゃないっすけどね。下準備は必須だし、そもそも相性あるし」
「左様。本来は異なる存在同士、交わらぬからな。下準備と媒体探しはそれなりの時間を要する。それ以前の問題として、``魂魄融合の秘術``は世界系魔法の一種である。並大抵の術者では、詠唱すら叶うまい」
一つになった白い霊力の球は一人でに弾けて、水に浸した石鹸の泡のように、儚く消える。
「つまり、その``魂魄融合の秘術``でもないなんらかの手段を、黒百足は使って生き延びた、と」
「その副次作用が、あの融合を可能にしておるのだろうな」
ブルー・ペグランタンと黒百足は魂単位で融合している。世界情報全書の記述を共有することで、お互いに限りなく同一に近い存在へと至っているからこそできる芸当なのだと理解する。
「それで、具体的にはどうするのが正解なのでしょう。要は同一化しているんですよね?」
そう、問題は対処法だ。
手厚く解説してくれたおかげで、仕組みは十二分に理解できた。しかし仕組みを適切に理解できたからこそ、対処法が尚更分からなくなったと言える。そもそも、魂単位で融合し存在自体を同一化させているような者を、どうやって攻略すればいいのだろう。
「パァオング。そうであるな、難しいと言えば難しく、簡単と言えば簡単であるぞ?」
「えっと……つまり?」
「結論。簡単に済ませるのならば、そのまま殺めればよい。同一化しておるのだから、殺してしまえば両者とも存在が保てず対消滅するだろう」
「では、難しいというのは……」
「倒す場合。つまり、黒百足と小娘を分離させる場合である」
やはり。頭によぎった予想が、ものの見事に射抜かれる。
パオングが察していたとおり、澄男からは殺意が感じられなかった。それが何故なのかは分からないが、殺すつもりがないのなら、必然的に難しい方を選ぶことになる。
「難しいとはいえ、それはあくまで勝率の話。対処法自体は至極単純であるぞ?」
きっと澄男殿でも造作なくたどり着くほどにはな、と頭上で輝く金冠を揺らし、声高らかに笑い転げる。澄男でも浮かぶと言っているが、かくいう私は浮かんでいない。頭が硬いせいだろうか。
「まあ急いても仕方あるまい。我らは澄男殿の勝利を待とうではないか」
何もないところから白いテーブルと椅子が出現する。テーブルの上にはティーカップとケーキが人数分、過不足なく配膳され、澄連とパオングは何の疑念も持つことなく席につく。
どこから勝利の確信が湧いてくるのか、ほとほと疑問ではあるが、相手はパオングだ。自分の理解の及ばぬ論理帰結で確信を得ているに違いない。こうと決めた澄男の邪魔をするのは最終手段であるし、久三男からの連絡を待ちつつ、いつでも戦いに行けるように体を温めておくことが今自分にできる最善の行動というべきか。
理性でどれだけ縛ってもケーキを食べたいという欲望が湧き出てくる自分に呆れてくるが、そこをグッと堪えつつ、いつか来るであろう変化に備えるのだった。
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