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復讐のブルー・ペグランタン編
焔竜の咆哮
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さて、どうしたものか。俺はまた、終わりのない暗黒の道中を彷徨っていた。
「チッ……こいつ……!!」
一寸先を見ることすら許さない暗雲が立ち込める。何度百足ポンチョ女に身体を食いちぎられただろうか。ちなみに今は両腕と右横腹が涼しくなっている状態だ。
「まあこの程度、怪我のうちに入らねぇとはいえ……どうしたもんか」
みちみちみち、と生々しい音を鳴らしながら、抉られた内臓が一人でに生え揃い、千切れた筋肉の繊維同士が生き物のように繋がっていく。食いちぎられた両腕は植物の成長を倍速再生するかの如く、五秒足らずで全快した。
身体はいくらでも再生するものの、戦況は芳しくない。キシシ野郎のときと同じく、突破口が開けずにいた。
まず火属性が効かない。この事実が、戦う上で一番痛すぎる。
キシシ野郎と違って速すぎて攻撃が当たらないわけじゃないのだが、煉旺焔星を直撃させても真正面から受け止めた上で腕を食いちぎっていきやがるため、煉旺焔星を撃つたびに腕を犠牲にするとかいうクソ間抜けな状況にハマってしまう。
だから最終的には俺を中心にして全方位に火属性霊力をブチかまして爆破する戦術に切り替えたが、構わず突撃して俺の体の一部を食いちぎってはまた闇霧の中に紛れてしまうため、何度か試した末に認めたくはないがコイツには火属性が大して効かないか全く効かないかのどっちかだということだけは分かった。
さらに言うとパオングの支援がなくなったことで抑えられていた闇霧が復活、火属性が効かない以前に百足ポンチョ女の居場所がまるで悟れないという胸糞状況に陥っている始末である。
そんな絶望的状況で俺が生き残れているのは、もはや煉旺焔星よりも十八番と化している不死性によるもので、喰われた尻から食われた箇所を爆速再生して泥試合に持ち込んでいるからに他ならなかった。
「にしてもコイツ……いつになったら腹一杯になりやがる……」
火属性が効かない、殴り合いに持ち込もうにも闇の濃霧で居場所が分からず、不意打ちされまくられる。
完全に相手の盤面の上で戦っている以上、クソ不利なのは分かりきっていた。だったら俺は自分の長所を最大限に活かす戦術をしてやると考えて編み出したのが、不死性による持久戦だ。
いや泥試合じゃ決着つかねぇだろ馬鹿かと思った奴もいるだろうが、ただただ泥試合を演じているわけじゃない。
百足ポンチョ女は不意打ちの度に俺の体の一部を食いちぎっていく。その動作は現状だと確定で、今のところ食い千切らなかった場合は見受けられなかった。
本来なら食い千切られ続けたらほんの数回食われただけで俺の負けが確定するところなのだが、俺は不死だ。食い千切られても次に不意打ちかましてくるまでにその箇所を爆速再生することができるため、言ってしまえば百足ポンチョ女に無限餌付けが可能になるわけだ。
百足ポンチョ女は不意打ちで必ず俺の身体を食っていくので、このまま泥試合を続ければいずれ胃袋の限界に達して、相手が勝手にダウンしてくれる。こんな戦い方は不本意だし、まさか自分の身体を即物的な意味で餌にして倒すとかいう格好良さの欠片もない戦い方をするなんて人生何が起きるかわかんねぇとすらと思ったし、それでも勝てば官軍だろと言い聞かせて、この泥臭すぎる戦い方に早くも数十分以上費やしているのだが。
「コイツの胃袋は底なしか!? 軽く俺の腕十本以上食ってやがるってのに……」
また左腕を食いちぎられる。もはや食われるのにも慣れてきて、食いちぎられた側から再生するのが、ただの作業と化していた。
左右の横腹を三回ずつ、頭五回、両脚を六本ずつ、内臓を三回ほど抉り食われ、腕に至っては左右合わせて二十本は胃袋に消えている。
だが百足ポンチョ女の食欲は治る気配がない。むしろ時間が経つにつれ、食うペースが速くなっている気さえする。
「今更だが新しい腕が再生した後、千切れた古い腕とかってどうなってんだ……? 消えてなくなったりしてんじゃねぇだろうな……」
あまりにも、今更すぎる。作戦立てておいて間抜けな話だが、そもそも再生した後に千切れた腕がどうなるかなんて一々考えないし、考える機会なんざほとんどない。まあ、今がその機会なわけだが。
「それとも超高速で消化してんのか……? クソが、だとしたらバケモンだぞ……」
いや、バケモンだ。これもまた、今更である。百足を丸呑みする人間なんざいてたまるかって話だ。
俺も心臓にゼヴルエーレとかいう神話レベルのクソトカゲが植えつけられているのと同じように、コイツもまた人外の領域に半身突っ込んでいる存在。人間の常識で推し量ること自体が馬鹿でしかない。
「だったらどうする……? このままだと千日手だクソッタボェ!?」
頭を噛みちぎられ、血肉が飛び散る。視界の一部が暗くなって、考えがまとまらない。今どこを食われた。
「舐めやがって……!」
爆速、修復。脳味噌の右半分を食われたが、そんなものは怪我のうちに入らない。一人でに脳味噌が生えてくる。
とかく本当にどうしたものか。火属性は効かない、殴り合いに持ち込もうにも霧のせいで居場所が分からない、泥試合に持ち込んでも相手がダウンしやがらない。こうなると仲間を呼ぶしかなくなるのだが。
「いや、ダメだ……!」
今朝、あくのだいまおうにガン詰めされた情景が脳裏をよぎる。
あくのだいまおうは言った。俺は仲間に依存している、と。今はそれで良くても、いずれは俺の足枷になる、と。
俺は今まで自分にできないことは、できる仲間に丸投げしてきた。それが確実だし速いし、できない俺がグダグダやって中途半端な結果を晒せば、結局できる奴の足を引っ張ることになる。要は適材適所、役割分担である。ただ―――。
「流川の大将は、俺なんだよな」
そう、今の流川の長は俺だ。流川本家の当主、いわば流川の顔役である。
先代だった母さんは前線を退いたことで、これからの流川の行く末は、俺に託されたようなものだ。その俺が、一々仲間に頼らないと強敵一人満足に倒せないってのは、果たして漢としてどうなんだろうか。
適材適所だの役割分担だのと綺麗な言葉を並べ立て、できないことからただ逃げているだけなんじゃなかろうか。たった一人、後方支援も何もない状況で俺らに立ち向かったキシシ野郎と正面から向き合うのを避けたように。
「ごばっ……それの、何が悪りぃんだよ……!」
左横腹を噛みちぎられる。心なしか、修復速度が遅く感じた。
できないことをできる奴に任せる。それの何が悪いのか。できないことをやった結果、中途半端に終わる方が間抜けじゃないのか。
できないことをできるようになるなんざ、ご都合だ。そう簡単にできるようになるなら、誰だって超能力の一つや二つ持っていてもおかしくない。簡単に持ち出せないから超能力は強いしチートだし反則なわけで、だからこそみんな自分の考えを突き通すのに苦労しているわけで。
「いや……言い訳か。なにもかも、結局は」
左腕が喰われる。何度目だろうか、もはや痛覚すら遠い。
俺は超能力を持っている。焉世魔法ゼヴルード、ゼヴルエーレから貸し与えられた外道の力。復讐に支配されていた頃、その力を受け取ってしまった俺にも非はあるが、その力を得ていながら身勝手な理由で使わないと決め、その結果キシシ野郎にも百足ポンチョ女にも勝ち筋を見出せていない今の俺も、存外に間抜けだ。
勝てないならこだわりを捨てればいい。使わない理由なんざかなぐり捨てて、さっさと使ってしまえばいい。百足ポンチョ女が何をしてこようが、``破戒``すれば全て終わる。
「ああ、わかってんだよ。そんなごバぉ」
次は頭の左側を喰われる。脳味噌を半分持っていかれても、思考の渦は途絶えない。
ゼヴルエーレは俺を裏切った。裏切り者の力を使わないのは、毎度毎度口うるさく言ってきたし、使わない方向性は変わらない。たとえその力を使って勝てたとしても、そのときに俺は俺じゃなくなっている。
たとえどれだけの敵をブチ殺そうと、超えちゃならねぇ一線ってのがある。その境界線こそが、焉世魔法ゼヴルードだ。
「それじゃあ、どうすげぇあ!!」
のしかかられて噛みつかれたと思いきや、顎の力だけで肋骨を引き剥がされる。
もはや少女と思えない膂力、これも百足野郎と融合している影響か。でも結局は修復されるしどうでもいい。今重要なのは、とどのつまりどうするべきか、だ。
結局辿り着くのは仲間に頼る、澄連や久三男、御玲を呼ぶの一点のみ。俺の直感が、最適行動だと訴えかけてきやがる。それだとパオングに支援を任せ、澄連が陽動、久三男に弱点を探らせ、俺と御玲の二人で叩くって立ち回りで良かったじゃんってなる。
あまりにも、間抜けな話だ。漢のやることじゃねぇ。
「っ!?」
気がつけば、体の大半を貪り食われていた。考え事をしていて失念していたが、胸より下がなくなった今、俺は身を捩ることすらできない。
その状況で俺の視界に映ったのは、百足ポンチョ女の同じぐらいのデカさはあるんじゃないかと思ってしまうほどのクソデカ鋏だった。その鋏が何なのか、忘れるわけもない。昨日の今日だ。流石に忘れるには再登場が早すぎる。身をよじろうにもよじる身体が既にない。
「くっ……!」
鋏の切先が狙いを定める。右眼の中心に黒い点、右眼だけじゃない、狙われているのは更にその後ろにあるものも含めてだ。
本来なら切先を鷲掴んで止めるところだが、この鋏はかつてカエルを瀕死に追いやった曰く付きの武器だ。今まで怪我という怪我を一度もしたことがなく、無病息災を絵に描いたような奴が今にも死にそうな顔で大量の血を流し、ぐったりした絵面は脳裏に焼きついている。
アイツらで瀕死になったのなら、俺がマトモに食らったらどうなるか。想像できないし、したくもない。
「不死を舐めんなよ……!」
胸より下を食われた。それがどうした。だったら千切れた臓器の管から霊力を噴射すればいい。墜落寸前の戦闘機から操縦席だけを噴出させて緊急脱出する要領で、下半身を置き去りに闇霧に突っ込む。だが。
「クソ、まだ再生が……」
追ってくる。鋏片手に、百足ポンチョ女もまた全身から黒煙を噴射して追ってきやがる。
全身から吹き出してやがる煙はただの煙じゃない、高濃度の闇の霊力だ。あまりに濃度が高すぎて、煤を大量に含んだ煙のように見えている。
次の攻撃。だがまだ再生が追いついていない。ようやく股間あたりが再生された頃合い、再生が追いつかない速度で攻撃されたら死にはしなくとも反撃できず、実質詰みだ。
「どうする……!? 流石に不死でゴリ押しも効かねぇぞ……!?」
鋏を露骨に警戒したのが仇になった。キシシ野郎が不死性の攻略法を即興で編み出したように、コイツも俺が何の攻撃に警戒するか、手札を変えて探し当てたのだ。
今更もう遅い。百足ポンチョ女は既に、この戦いに王手をかけようとしている。鋏に触れたら、俺の負けだ。
「……やるっきゃねぇか」
思いついてはいた。泥試合以外で今の状況を打開する戦術。でもできるかどうか分からなくて、自信がなくて、万が一のことを考えてしまって、無難に不死性に頼り、なかったことにした戦術。
周囲を取り囲む闇の濃霧を一瞥する。もはや、迷っている暇はなかった。
「オオオオオォォォォォォォォ!!」
喉が張り裂けるんじゃねぇかってほどの咆哮。それは気合を入れるためか、それともこれから起こる未知への恐怖に耐え忍ぶためか。どっちにせよ、次の瞬間に起きたのは暗黒の渦だった。
「ごお……ぶっ……がぁおぇ!!」
思わず、膝が砕けた。胃袋が流転し、朝ごはんをリバースしてしまう。気がつけば下半身の再生が終わっていたが、突如覆い被さる熾烈な感覚に、そんなことは一瞬でどうでもよくなる。
身体が、重い。ものすごく重い。体の中身、内臓の全てが鋼鉄の塊にでもなったのかってくらいに重くて、せっかく再生した足の骨がバキバキになっちまいそうな気さえする。だがその感覚すらも霞むほどに強烈なのが、吐き気だ。
まるでジェットコースターに体を縛られ、その場を高速でぐるぐる回らされているような感覚、これでもかと目が回り、身体にのしかかる重圧も相まって過去最高に気持ち悪い。腸風邪拗らせた幼少期や母さんに霊酒を飲まされてリバースしたときなんぞ比較にならない。化け物じみている。
「う……ぐぅ、うぇ。おおおお……!!」
視界に羽虫が飛ぶ。吐き気が全身を刺し貫く。内臓が岩石と化し、今にも腹を破って出たいと足掻く。それでも俺は漢だ。漢だからこそ、一度やると決めたからには気合で貫き通す。
俺がやったことは至極単純、なんら難しいことじゃあない。百足ポンチョ女が大量に出した闇の霧を、霊力炉心で無理矢理吸収するという力技である。
俺は親父にゼヴルエーレを植えつけられた影響か、霊力炉心とかいう霊力を吸収、生成できるチート機関を持っていて、それゆえに霊力切れを気にせず湯水のように霊力を使ってきた。
霊力吸収を意図的に使ったことは今までない。火を浴びたり、マグマに浸かったり、霊力弾や霊力の塊を食べたりするとダメージを受けるどころか元気が湧いてくるあたり、無意識に使っていたのだと思うが、俺は暗黒の霧に取り囲まれ、百足ポンチョ女の居場所が感覚で悟れなくなったとき、霧が邪魔だから意図的に吸収できないかと、あのとき初めて考えたのだ。
でもあのときはしなかった。明確な理由を理路整然と説明するには、俺の説明力が足りなくてできないが、無意識下において、俺の霊力吸収能力は慣れ親しみのある火属性霊力と、属性がないただの霊力にしか発動しない。だからこそ火と何の属性のない霊力しか吸収できないもんだと、今までずっと勝手に思っていた。
でも試したことはない。自分に適性のない属性霊力を意図的に吸収したらどうなるのか。どうせ俺は不死である。仮に適性のない属性霊力を吸い込んだところで死にはしないだろう。そう思っての判断だったのだが。
「ご……れ、はぎ、ぢぃ……!」
人の言葉を話す余裕もない。身体が、肉が、骨が、血が、その全てが、闇の霊力を拒んでいる。体内で荒れ狂うそれが、身体の中にある管という管、細胞という細胞を破壊して暴れ回り、俺という存在を内側から破壊していく。
その様は、まさしく暴君。
「だ、が……お、れは……やれ、ね、ぇ……!!」
何度でも言ってやるが、俺は不死である。死なないし、死んでやるつもりもない。闇の霊力が俺の体の中で暴れ狂っている、だったらそれごと黙らせる。テメェは暴君ムーブかましてきてやがるようだが、こっちも伊達に周りから暴君的な扱いされているわけじゃねぇ。歴なら俺の方が圧倒的に長いんだ。本物の暴君ってのがどんなのか。テメェに教えてやる。
「ウォォォォォルゥゥアアアアアアアア!!」
刹那、闇の霧が晴れた。跡形もなく、一欠片の痕跡も残さず。百足ポンチョ女が一瞬だけ目を見開いたのを見逃さない。手を真っ白に光らせ、そのクソみてぇな顔面をぶん殴る。
「終わらねぇ……まだ、終わらねぇ!!」
体内霊力の噴射、勢いに押され百足ポンチョ女が吹っ飛んだ。畳み掛けるなら、今だ。
竜人化、からの瞬足。吹っ飛んでやがる最中の、無防備な百足ポンチョ女に真っ白に光らせた拳をブチ当てる。今度は両手。叫びながらの、グミ撃ち。
「ウゥゥ…………ッッラァ!!」
何発、何十発ぶん殴ったか。一々数えてらんねぇ。最後の一発、太々しい顔面に渾身の一撃。また吹っ飛ぶ、見逃さねぇし逃がさねぇ。
「ぐぉ……ぇ……!?」
真っ白に輝く拳を、土手っ腹に一発。唇を釣り上げた、ようやく拝めたのだ。コイツが、百足ポンチョ女が効いた。その瞬間を。
瞼は目一杯見開き、目は充血し、舌を出して血反吐が舞う。ゲロ臭ぇのが顔面にブッかかったが、コイツに入ったというその事実が、すぐさま不快感を高揚感に変換する。
「だったらもういっぱ」
「ウガアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
胸から腹にかけてクッソ冷たい何かが、ひた走る。気がつけば服が濡れていた。水、氷のような。これは。
「ぐぁ……!?」
血だ。
「クッ……」
大きく、距離を取る。相手が何をしたのか、何をしようとしているのか。理解しなきゃならない。そうじゃないと反撃される。
俺がやったことは至極単純。闇霧を吸収し、それを光属性に変換して拳に纏わせ、それで殴った。ただそれだけだ。
火属性の俺が何故光を、と思った奴もいると思う。それに関してもなんら難しい真似はしていない。いつぞやの猫耳パーカーがやっていた技、属性変換というやつである。
アイツが絶え間なく出している暗黒の霧は、闇の霊力だ。でも俺が使えるのは火属性となんの属性のないやつだけ。吸収してもそれらしか基本的には使えないが、だったら属性を力尽くで変えてしまえばいい。
猫耳パーカーの属性変換は、たとえその属性に適性がなかったとしても、制御さえできれば使うことができていた。猫耳パーカーみたいな器用な真似はできないにしても、拳に霊力を纏わせる程度ならできるはずだ。
光属性にした理由は、相手が使ってくるのが闇だから、というこれもまたバカ単純なものだ。要は勘である。あながちその勘も間違っていないなと確信し始めたところだったのに。
「クソが、考えてることは同じかよ……!」
闇を照らすは光。つまりコイツの弱点は光だと思い、それで殴った。実際、その勘は間違っちゃいなかった。光は効いている。闇霧も、属性変換と持ち前の霊力吸収を駆使すれば、もう脅威じゃない。
俺の直感とセンスも捨てたもんじゃあないと思ったが、そうでもないのかと膨らんだ自信が萎んでいくのを感じる。何故なら百足ポンチョ女の肘の先から、半透明に蠢く刀身が生えていたからだ。まるで流れる川の水ような流動、切られた時に感じた異常な冷たさと服の濡れ具合。血が染み込んだってのもあるだろう。でも間違いない、間違いであって欲しかったのだが。
「み、水……!」
俺にとって、一生涯の敵とも言える存在。寒さと同じか、それ以上に嫌いなそれと対峙しなきゃならないなんて、悪夢なら今すぐ覚めてほしい。
「クソが、クソがクソがクソが!!」
水。それは俺にとって、最大最強の天敵。この世界で、唯一焼き尽くすことのできない、火の敵だ。
「うっ!?」
反撃、しようとしたが、体が言うことを聞いてくれない。バカみたいな大袈裟回避、すぐに接敵できないぐらいにまで距離をとってしまう。それを見逃してくれるほど、今の百足ポンチョ女に慈悲はない。
「く、くそ……」
反撃の隙はある。闇霧がない分、相手の位置は分かるし、不意打ちもしてこなくなったから、今やっているのは真正面からの殴り合い。
一番俺が好ましい流れだ。いつもならここからゴリ押しで俺の流れに無理矢理持っていって終わらせるのだが、反撃の隙を見つけられても、身体が、反射が、本能が、回避に全てを注いでしまっているせいで、拳に光属性の霊力を纏わせてもなんの意味もない状態と化していた。
「くそ、なんでなんだよ!!」
百足ポンチョ女に向かって人差し指を向ける。人差し指から仄かに光が灯るが、その光源から放たれる光線は、あまりにも弱々しい。指先から放たれてはすぐに、か細く霧散する。
「やりづれぇ……!!」
俺が使おうとしたのは、かつて金髪野郎が骸骨野郎に使っていた、光のビームだ。
近くにいると体が勝手に動いてしまって反撃できないので遠距離から攻めようと考えての行動だったが、思ったように光属性霊力が制御できない。
俺の腕に纏わせている分には問題ないのだが、俺から放たれた途端、霧みたいになって散り散りになってしまう。火の球を扱うのとは全然感覚が違うせいで、己の手足の如く動いてくれないのだ。
「うおっ!?」
また大袈裟に回避、肘から生やした水の刃が、左頬を掠める。
これが今の、俺の技量の限界。属性変換は猫耳パーカーが大雑把なやり方を実演してくれていたのでなんとか真似れたが、結局は素人の見様見真似、本家には程遠い。
だからこそ慣れないことはしたくないのである。そのときの即興でできなきゃ、なんの意味もないのだから。
「うっ!?」
背中が冷たい。服が何かを吸い込んで、肌に張り付く気色悪い感覚が地肌を舐め回す。後ろを振り返るまでもなく、それが何かを、しっとりした髪の毛が教えてくれた。
「な、に……!?」
背後に、水の壁。物理法則を無視して聳り立つそれは、まるでバリアのように立体駐車場の出入り口全てを塞いでいた。
身体が冷えているのは水に濡れたせいか、それとも状況を認識したがゆえの焦りなのか。肘から生えた水の刃に気を取られすぎて気づかなかった。自分が、奴の盤面に誘い込まれてしまったことに。
「くごぶっ」
水が、入ってくる。穴という穴、体の奥の奥まで。水の壁は俺を閉じ込める封牢へ変化し、俺を蝕む。水が絡む。蝕む。飲み込まれる。火、出ない。消える。冷たい。
―――怖い。
「っが、おぶ」
腹が水袋になっていく折、全てを押し流す濁流で暗転する。
目まぐるしく回る視界、殴りつけてくる水の暴力。何かに背中がぶつかった、薄れていく意識の中で、何かの建物の壁にクソ間抜けにもブチ当てられたことに、数秒遅れて気づく。
体が重い。意識が朦朧とする。まだ大して戦ってもいないはずなのに、体に力が入らない。凄まじい倦怠感に支配され、起き上がる気力が秒速で溶けていく。自分が水に溶ける、塩か砂糖のように思えて尚更気怠い。
何かが近づいてくる。滴るような、水音が跳ねるような足音。無視するのも烏滸がましくなる濃密な闇が、殺意となって縦貫する。
「ごぼぇ……」
か細く消えいく意識の中、水をゲロりながら、何故だかクソ親父の顔がチラつく。
復讐する側から、される側へ。因果応報って言葉があるが、あまりにもまんますぎて逆に愉快に思えてくる。
俺に殺られた親父も、俺から殺意を向けられてボコされて。今の俺のような気分だったのだろうか。同じ気分を味わったところで、奴のやらかしたことを水に流すなんざできやしないが、復讐される側って虚しさしかないってことだけはわかった気がする。相手からしたら、知ったこっちゃないのだろうが。
キシシ野郎に続き、また負けるのか。あくのだいまおうに触発されて、できないことを無理矢理やろうとして、結局はこの様だ。
分かってはいた。死にはしなくとも、勝つ見込みは薄いと。即興で属性変換をできるようにしたまでは良かったが、結局は付け焼き刃。猫耳パーカーのように器用に使えるわけもない。
金髪野郎の光のビームを真似ようとしたが、結果はクソ間抜けに終わった。アレが成功していても勝てていたかは怪しいが、それでも有利に盤面を組み替えられたかもしれないのに。
「あ、あ……たら、れば……か」
ああ、分かっている。たらればだ。無能がするゴミのような言い訳。何かを成そうとして、何も成せなかった出来損ないの戯言。
流川の本家派当主として、あるまじき失態だ。最近、俺は流川に相応しいのか、それすら分からなくなってくるほどに。
「こ、の……」
このまま、死んだ方が流川のため。そう思ってしまう自分がいる。無能の言い訳を垂れ流し、散々見下していた奴にボロ負けして、のうのうと生きている。
不死だからこそ死にはしないが、それがなんだっていうのか。おめおめと負け様を晒すぐらいなら、死んだ方がマシなんじゃないのか。俺は流川だ。あの母さんの、後継者なのに。
「い、や……ちが……、う、だろ」
頭の中を駆け巡る、仲間の顔。久三男、御玲、弥平、澄連。本来なら俺の復讐になんら関係のなかった奴ら。それなのに手を貸してくれて怨敵を倒すところまで俺を持っていってくれた仲間。俺が生まれて初めて、死んでも守り切ってやると誓った同志。
その仲間をおいて、この戦いを諦めるのか。あのとき決めた絶対ルールを無視して、百足を丸呑みした奴におめおめと負け様を晒し、コイツより格下であることを認めるってのか。
「ふざ、けるなあああああ!!」
感情の昂りが、霊圧となり、荒波となって周囲を吹き飛ばす。纏わりついていた水分も全部だ。百足ポンチョ女も一緒に吹っ飛ばしたのか、肌に針を刺すような殺意が、急に遠のいたことを感じとる。
「テメェが水でこようが闇に呑まれようが構わねぇ。だったら俺はその逆をいく」
水は火にとって、最大の天敵。全てを押し流し葬り去る火山のマグマでさえ、世界を覆い尽くす大海の前には成す術もないのと同じように、どれだけ火の規模をデカくしたところで、それと同じだけの水をブチこまれれば、どんな火だって消されてしまう。
結局のところ、どう足掻いても火は水に勝てない。それは、火が一生背負い続ける宿命のようなものだ。
「だったらどうした。そんな宿命なんざ、全部捻じ曲げてやらあ」
火は水に勝てない。それで俺が全てを諦めるのか。仲間を捨てて、流川本家の当主としてクソ間抜けだからとカスみてぇな理由で、この戦いから逃げるのか。
否、逃げるわけがねぇ。仲間は死んでも守り切る。その絶対ルールを守るためなら、相手が復讐に駆られてようと関係ない。
「水も闇も、全部焼き尽くしてやる」
コイツをブチのめして、俺は生き残る。クソ親父と同じ路を辿る気はサラサラねぇ。
「お前は私に勝てません。お前は火を使います。私は水と闇を使います。火を消すために、水を使います。お前が起こす火を消して、お前を殺すために、水で全てを飲み込み、食べます」
さっきまで終始無言で絶対俺殺すウーマンだったくせして、突然饒舌に喋りだす。
言っていることは整然としている割に、無機質で機械的な口調。喋っているのはポンチョ女じゃなく、融合して少女の姿を得た百足野郎だろう。
「おう、そうかい。やれるもんならやってみやがれ。テメェが火属性無効だろうが関係ねぇ。焼き尽くす」
「……如何にして?」
「ああ? ンなもん気合に決まってんだろ。属性耐性なんざ知ったこっちゃねぇんだよ」
「答えになっていません。やはりお前は馬鹿です。阿呆です。愚かです。水になす術もないのに、如何にして私の属性耐性を突破する?」
「ごちゃごちゃうるせぇ!! 気合だ気合!! そんなもん気合と根性でどうにかしてやらあ!!」
首を傾げる、百足ポンチョ女。
ああ、そうだ。テメェは正しい。なんら間違っちゃあいねぇ。気合と根性で属性耐性をどうにかできるなら、俺はとっくの昔に水や氷を気合と根性で克服しているはずだ。
でも実際そうはなっていないように、属性の相性を気合とか根性とかでどうにかすること自体阿呆だ。
そう、テメェの言う通り、俺は馬鹿だ。そして愚かだ。仲間がいなきゃ、散々見下してきた奴にも負けそうになるクソ間抜け野郎。でも、それでも俺は。
「今までもこれからも、気合と根性とノリと勢いで、目の前の敵をブチのめす!!」
仲間を死んでも守り切る。如何なる間抜けを晒すことになろうとも、その絶対ルールを守り抜くために。
「火、炎、火炎……イメージしろ……全てを焼き尽くす。焼き尽くす、焼き尽くす……!!」
頭の中に、火が灯る。
ただの火じゃだめだ。さっきも言ったように、火は水に勝てない。どれだけの規模だろうと同じだけの規模の水の前には無力だ。
ただ熱いだけでもだめだ。水は熱を冷ましてしまう。どれだけ熱くしたところで、結局絶え間なく水をブチ込まれ続ければ、いつかその火は水の中に飲み込まれて消え失せる。
だめだ、もっと。もっとだ。熱さ、違う。規模、違う。燃料、違う。焼き尽くすという現象、それ、そのもの。火、だから焼き尽くす。じゃない。焼き尽くす、炎。文字通り、全てを焼き尽くす大烈火。
``火``で``焼き尽くす``んじゃない。``焼き尽くす炎``を創り出せ。
「……俺は``禍焔``だ。そうだろ?」
飛び上がりながら、柄を握る。下半身はいつも通り修復済み、致命傷は既に全快している。もはや俺のやろうとしていることを邪魔する要素は、何もない。鞘から刀身を引き抜く。その刀身は、紅に染まっていた。
「ッ……!? そ、それは……!!」
ポンチョ女、じゃなくポンチョ女の身体を乗っ取っている百足野郎が目を見開く。奴のそのリアクションが見れたなら、俺のやろうとしていることは、きっと正しい。
「水でも闇でもなんでもこいよ。全部まとめて焼き尽くしてやる」
刀身を纏う、紅の炎。その炎は俺も見たことがないくらい紅く、血が燃えているんじゃないかと錯覚するぐらい、真っ赤だ。煉旺焔星とはまた違う、輝きのない禍々しい炎。
「ッ、ダメです!?」
百足ポンチョ女が動いた。いや違う、これはポンチョ女の方だ。殺気の密度が増した、ポンチョ女が百足野郎から主導権を奪い取ったのか。
「だったら好都合だ」
百足野郎は明らかに警戒していた。あのままバクステ決められていたら怠かったが、突撃してくるならやりやすい。金切り声をあげながら、水のブレードを振りかぶる。肘から生えたそれはいつもなら脅威に感じる必殺の刃だが、今の俺は恐怖を一切感じない。
「焼き尽くす……!」
水が、消滅した。紅の炎を纏わせたディセクタムを一振りした瞬間、水に火がつき、燃えて、焼けて、蒸されて尽きる。
「ガッ…………ァ!?」
紅炎は百足ポンチョ女の右肘から右肩に飛び火した。急いで右肩を肩甲骨ごと自切、俺から大きく距離を取る。
「ああ。この炎なら効くらしいなァ……」
周囲を紅の炎で染め上げる。俺の周りが真っ赤に燃えて、視界が紅く塗りつぶされるが、そんなことはどうでもいい。俺のやることは決まっている。
「とりあえず……ポンチョ女と百足野郎を引き剥がす……!」
俺が得た答えは単純にして明快。ポンチョ女がクソ厄介と化しているのは、百足野郎と融合しているからに他ならない。
だったら簡単な話、百足野郎をポンチョ女から引き摺り出せばいい。
全てを焼き尽くす紅の炎を編み出すまでは火属性無効と闇の霧が邪魔すぎて手の打ちようがなかったが、闇の濃霧は霊力炉心と属性変換で、火属性無効は全てを焼き尽くす紅の炎で解決した今、ようやくコイツにまともなダメージを与えられるようになった。
「……しかし、全てを焼き尽くす紅の炎って一々呼ぶのだりぃな……」
煉旺焔星に続き、俺が即興で編み出したもの。技ってよりも剣に纏わせているからどっちかといえば符呪だが、それでも俺が編み出したことに変わりない。
なら名付けなきゃならない。煉旺焔星を編み出したときみたいに。
俺の周りを囲む紅の炎を見やる。その炎は、どこまでも紅く、そしてその全てを喰らい尽くしている。それはまるで、目の前のもの全てを蹂躙する破壊者。天空より降り立つ、理不尽の権化。空高く上がる紅炎は、俺たちがよく知るあの生き物に酷似していた。
「決まったぜ」
焔剣ディセクタムが脈動する。血の如き紅き炎はさらに勢いを増し、相棒に殊更強くまとわりついた。
「装竜符呪―――」
炎が複数細長くなり、飛び上がった俺に連なって天高く伸びていく。それはまさしく天へ飛び立つ、気高い焔竜。
「竜王の焔!!」
全てを焼き尽くす。それはまさに、万物の破壊者に相応しい暴力。破壊の権化だ。
闇の霧も水の刃も、何もかも全部、燃やし尽くしてやる。百足野郎を引き摺り出す、そのときまで。
「行くぞオラァ!!」
焔竜が吠える。俺以外の全てを取り囲みながら、複数の焔竜を従え、俺は百足ポンチョ女を捉えた。
「チッ……こいつ……!!」
一寸先を見ることすら許さない暗雲が立ち込める。何度百足ポンチョ女に身体を食いちぎられただろうか。ちなみに今は両腕と右横腹が涼しくなっている状態だ。
「まあこの程度、怪我のうちに入らねぇとはいえ……どうしたもんか」
みちみちみち、と生々しい音を鳴らしながら、抉られた内臓が一人でに生え揃い、千切れた筋肉の繊維同士が生き物のように繋がっていく。食いちぎられた両腕は植物の成長を倍速再生するかの如く、五秒足らずで全快した。
身体はいくらでも再生するものの、戦況は芳しくない。キシシ野郎のときと同じく、突破口が開けずにいた。
まず火属性が効かない。この事実が、戦う上で一番痛すぎる。
キシシ野郎と違って速すぎて攻撃が当たらないわけじゃないのだが、煉旺焔星を直撃させても真正面から受け止めた上で腕を食いちぎっていきやがるため、煉旺焔星を撃つたびに腕を犠牲にするとかいうクソ間抜けな状況にハマってしまう。
だから最終的には俺を中心にして全方位に火属性霊力をブチかまして爆破する戦術に切り替えたが、構わず突撃して俺の体の一部を食いちぎってはまた闇霧の中に紛れてしまうため、何度か試した末に認めたくはないがコイツには火属性が大して効かないか全く効かないかのどっちかだということだけは分かった。
さらに言うとパオングの支援がなくなったことで抑えられていた闇霧が復活、火属性が効かない以前に百足ポンチョ女の居場所がまるで悟れないという胸糞状況に陥っている始末である。
そんな絶望的状況で俺が生き残れているのは、もはや煉旺焔星よりも十八番と化している不死性によるもので、喰われた尻から食われた箇所を爆速再生して泥試合に持ち込んでいるからに他ならなかった。
「にしてもコイツ……いつになったら腹一杯になりやがる……」
火属性が効かない、殴り合いに持ち込もうにも闇の濃霧で居場所が分からず、不意打ちされまくられる。
完全に相手の盤面の上で戦っている以上、クソ不利なのは分かりきっていた。だったら俺は自分の長所を最大限に活かす戦術をしてやると考えて編み出したのが、不死性による持久戦だ。
いや泥試合じゃ決着つかねぇだろ馬鹿かと思った奴もいるだろうが、ただただ泥試合を演じているわけじゃない。
百足ポンチョ女は不意打ちの度に俺の体の一部を食いちぎっていく。その動作は現状だと確定で、今のところ食い千切らなかった場合は見受けられなかった。
本来なら食い千切られ続けたらほんの数回食われただけで俺の負けが確定するところなのだが、俺は不死だ。食い千切られても次に不意打ちかましてくるまでにその箇所を爆速再生することができるため、言ってしまえば百足ポンチョ女に無限餌付けが可能になるわけだ。
百足ポンチョ女は不意打ちで必ず俺の身体を食っていくので、このまま泥試合を続ければいずれ胃袋の限界に達して、相手が勝手にダウンしてくれる。こんな戦い方は不本意だし、まさか自分の身体を即物的な意味で餌にして倒すとかいう格好良さの欠片もない戦い方をするなんて人生何が起きるかわかんねぇとすらと思ったし、それでも勝てば官軍だろと言い聞かせて、この泥臭すぎる戦い方に早くも数十分以上費やしているのだが。
「コイツの胃袋は底なしか!? 軽く俺の腕十本以上食ってやがるってのに……」
また左腕を食いちぎられる。もはや食われるのにも慣れてきて、食いちぎられた側から再生するのが、ただの作業と化していた。
左右の横腹を三回ずつ、頭五回、両脚を六本ずつ、内臓を三回ほど抉り食われ、腕に至っては左右合わせて二十本は胃袋に消えている。
だが百足ポンチョ女の食欲は治る気配がない。むしろ時間が経つにつれ、食うペースが速くなっている気さえする。
「今更だが新しい腕が再生した後、千切れた古い腕とかってどうなってんだ……? 消えてなくなったりしてんじゃねぇだろうな……」
あまりにも、今更すぎる。作戦立てておいて間抜けな話だが、そもそも再生した後に千切れた腕がどうなるかなんて一々考えないし、考える機会なんざほとんどない。まあ、今がその機会なわけだが。
「それとも超高速で消化してんのか……? クソが、だとしたらバケモンだぞ……」
いや、バケモンだ。これもまた、今更である。百足を丸呑みする人間なんざいてたまるかって話だ。
俺も心臓にゼヴルエーレとかいう神話レベルのクソトカゲが植えつけられているのと同じように、コイツもまた人外の領域に半身突っ込んでいる存在。人間の常識で推し量ること自体が馬鹿でしかない。
「だったらどうする……? このままだと千日手だクソッタボェ!?」
頭を噛みちぎられ、血肉が飛び散る。視界の一部が暗くなって、考えがまとまらない。今どこを食われた。
「舐めやがって……!」
爆速、修復。脳味噌の右半分を食われたが、そんなものは怪我のうちに入らない。一人でに脳味噌が生えてくる。
とかく本当にどうしたものか。火属性は効かない、殴り合いに持ち込もうにも霧のせいで居場所が分からない、泥試合に持ち込んでも相手がダウンしやがらない。こうなると仲間を呼ぶしかなくなるのだが。
「いや、ダメだ……!」
今朝、あくのだいまおうにガン詰めされた情景が脳裏をよぎる。
あくのだいまおうは言った。俺は仲間に依存している、と。今はそれで良くても、いずれは俺の足枷になる、と。
俺は今まで自分にできないことは、できる仲間に丸投げしてきた。それが確実だし速いし、できない俺がグダグダやって中途半端な結果を晒せば、結局できる奴の足を引っ張ることになる。要は適材適所、役割分担である。ただ―――。
「流川の大将は、俺なんだよな」
そう、今の流川の長は俺だ。流川本家の当主、いわば流川の顔役である。
先代だった母さんは前線を退いたことで、これからの流川の行く末は、俺に託されたようなものだ。その俺が、一々仲間に頼らないと強敵一人満足に倒せないってのは、果たして漢としてどうなんだろうか。
適材適所だの役割分担だのと綺麗な言葉を並べ立て、できないことからただ逃げているだけなんじゃなかろうか。たった一人、後方支援も何もない状況で俺らに立ち向かったキシシ野郎と正面から向き合うのを避けたように。
「ごばっ……それの、何が悪りぃんだよ……!」
左横腹を噛みちぎられる。心なしか、修復速度が遅く感じた。
できないことをできる奴に任せる。それの何が悪いのか。できないことをやった結果、中途半端に終わる方が間抜けじゃないのか。
できないことをできるようになるなんざ、ご都合だ。そう簡単にできるようになるなら、誰だって超能力の一つや二つ持っていてもおかしくない。簡単に持ち出せないから超能力は強いしチートだし反則なわけで、だからこそみんな自分の考えを突き通すのに苦労しているわけで。
「いや……言い訳か。なにもかも、結局は」
左腕が喰われる。何度目だろうか、もはや痛覚すら遠い。
俺は超能力を持っている。焉世魔法ゼヴルード、ゼヴルエーレから貸し与えられた外道の力。復讐に支配されていた頃、その力を受け取ってしまった俺にも非はあるが、その力を得ていながら身勝手な理由で使わないと決め、その結果キシシ野郎にも百足ポンチョ女にも勝ち筋を見出せていない今の俺も、存外に間抜けだ。
勝てないならこだわりを捨てればいい。使わない理由なんざかなぐり捨てて、さっさと使ってしまえばいい。百足ポンチョ女が何をしてこようが、``破戒``すれば全て終わる。
「ああ、わかってんだよ。そんなごバぉ」
次は頭の左側を喰われる。脳味噌を半分持っていかれても、思考の渦は途絶えない。
ゼヴルエーレは俺を裏切った。裏切り者の力を使わないのは、毎度毎度口うるさく言ってきたし、使わない方向性は変わらない。たとえその力を使って勝てたとしても、そのときに俺は俺じゃなくなっている。
たとえどれだけの敵をブチ殺そうと、超えちゃならねぇ一線ってのがある。その境界線こそが、焉世魔法ゼヴルードだ。
「それじゃあ、どうすげぇあ!!」
のしかかられて噛みつかれたと思いきや、顎の力だけで肋骨を引き剥がされる。
もはや少女と思えない膂力、これも百足野郎と融合している影響か。でも結局は修復されるしどうでもいい。今重要なのは、とどのつまりどうするべきか、だ。
結局辿り着くのは仲間に頼る、澄連や久三男、御玲を呼ぶの一点のみ。俺の直感が、最適行動だと訴えかけてきやがる。それだとパオングに支援を任せ、澄連が陽動、久三男に弱点を探らせ、俺と御玲の二人で叩くって立ち回りで良かったじゃんってなる。
あまりにも、間抜けな話だ。漢のやることじゃねぇ。
「っ!?」
気がつけば、体の大半を貪り食われていた。考え事をしていて失念していたが、胸より下がなくなった今、俺は身を捩ることすらできない。
その状況で俺の視界に映ったのは、百足ポンチョ女の同じぐらいのデカさはあるんじゃないかと思ってしまうほどのクソデカ鋏だった。その鋏が何なのか、忘れるわけもない。昨日の今日だ。流石に忘れるには再登場が早すぎる。身をよじろうにもよじる身体が既にない。
「くっ……!」
鋏の切先が狙いを定める。右眼の中心に黒い点、右眼だけじゃない、狙われているのは更にその後ろにあるものも含めてだ。
本来なら切先を鷲掴んで止めるところだが、この鋏はかつてカエルを瀕死に追いやった曰く付きの武器だ。今まで怪我という怪我を一度もしたことがなく、無病息災を絵に描いたような奴が今にも死にそうな顔で大量の血を流し、ぐったりした絵面は脳裏に焼きついている。
アイツらで瀕死になったのなら、俺がマトモに食らったらどうなるか。想像できないし、したくもない。
「不死を舐めんなよ……!」
胸より下を食われた。それがどうした。だったら千切れた臓器の管から霊力を噴射すればいい。墜落寸前の戦闘機から操縦席だけを噴出させて緊急脱出する要領で、下半身を置き去りに闇霧に突っ込む。だが。
「クソ、まだ再生が……」
追ってくる。鋏片手に、百足ポンチョ女もまた全身から黒煙を噴射して追ってきやがる。
全身から吹き出してやがる煙はただの煙じゃない、高濃度の闇の霊力だ。あまりに濃度が高すぎて、煤を大量に含んだ煙のように見えている。
次の攻撃。だがまだ再生が追いついていない。ようやく股間あたりが再生された頃合い、再生が追いつかない速度で攻撃されたら死にはしなくとも反撃できず、実質詰みだ。
「どうする……!? 流石に不死でゴリ押しも効かねぇぞ……!?」
鋏を露骨に警戒したのが仇になった。キシシ野郎が不死性の攻略法を即興で編み出したように、コイツも俺が何の攻撃に警戒するか、手札を変えて探し当てたのだ。
今更もう遅い。百足ポンチョ女は既に、この戦いに王手をかけようとしている。鋏に触れたら、俺の負けだ。
「……やるっきゃねぇか」
思いついてはいた。泥試合以外で今の状況を打開する戦術。でもできるかどうか分からなくて、自信がなくて、万が一のことを考えてしまって、無難に不死性に頼り、なかったことにした戦術。
周囲を取り囲む闇の濃霧を一瞥する。もはや、迷っている暇はなかった。
「オオオオオォォォォォォォォ!!」
喉が張り裂けるんじゃねぇかってほどの咆哮。それは気合を入れるためか、それともこれから起こる未知への恐怖に耐え忍ぶためか。どっちにせよ、次の瞬間に起きたのは暗黒の渦だった。
「ごお……ぶっ……がぁおぇ!!」
思わず、膝が砕けた。胃袋が流転し、朝ごはんをリバースしてしまう。気がつけば下半身の再生が終わっていたが、突如覆い被さる熾烈な感覚に、そんなことは一瞬でどうでもよくなる。
身体が、重い。ものすごく重い。体の中身、内臓の全てが鋼鉄の塊にでもなったのかってくらいに重くて、せっかく再生した足の骨がバキバキになっちまいそうな気さえする。だがその感覚すらも霞むほどに強烈なのが、吐き気だ。
まるでジェットコースターに体を縛られ、その場を高速でぐるぐる回らされているような感覚、これでもかと目が回り、身体にのしかかる重圧も相まって過去最高に気持ち悪い。腸風邪拗らせた幼少期や母さんに霊酒を飲まされてリバースしたときなんぞ比較にならない。化け物じみている。
「う……ぐぅ、うぇ。おおおお……!!」
視界に羽虫が飛ぶ。吐き気が全身を刺し貫く。内臓が岩石と化し、今にも腹を破って出たいと足掻く。それでも俺は漢だ。漢だからこそ、一度やると決めたからには気合で貫き通す。
俺がやったことは至極単純、なんら難しいことじゃあない。百足ポンチョ女が大量に出した闇の霧を、霊力炉心で無理矢理吸収するという力技である。
俺は親父にゼヴルエーレを植えつけられた影響か、霊力炉心とかいう霊力を吸収、生成できるチート機関を持っていて、それゆえに霊力切れを気にせず湯水のように霊力を使ってきた。
霊力吸収を意図的に使ったことは今までない。火を浴びたり、マグマに浸かったり、霊力弾や霊力の塊を食べたりするとダメージを受けるどころか元気が湧いてくるあたり、無意識に使っていたのだと思うが、俺は暗黒の霧に取り囲まれ、百足ポンチョ女の居場所が感覚で悟れなくなったとき、霧が邪魔だから意図的に吸収できないかと、あのとき初めて考えたのだ。
でもあのときはしなかった。明確な理由を理路整然と説明するには、俺の説明力が足りなくてできないが、無意識下において、俺の霊力吸収能力は慣れ親しみのある火属性霊力と、属性がないただの霊力にしか発動しない。だからこそ火と何の属性のない霊力しか吸収できないもんだと、今までずっと勝手に思っていた。
でも試したことはない。自分に適性のない属性霊力を意図的に吸収したらどうなるのか。どうせ俺は不死である。仮に適性のない属性霊力を吸い込んだところで死にはしないだろう。そう思っての判断だったのだが。
「ご……れ、はぎ、ぢぃ……!」
人の言葉を話す余裕もない。身体が、肉が、骨が、血が、その全てが、闇の霊力を拒んでいる。体内で荒れ狂うそれが、身体の中にある管という管、細胞という細胞を破壊して暴れ回り、俺という存在を内側から破壊していく。
その様は、まさしく暴君。
「だ、が……お、れは……やれ、ね、ぇ……!!」
何度でも言ってやるが、俺は不死である。死なないし、死んでやるつもりもない。闇の霊力が俺の体の中で暴れ狂っている、だったらそれごと黙らせる。テメェは暴君ムーブかましてきてやがるようだが、こっちも伊達に周りから暴君的な扱いされているわけじゃねぇ。歴なら俺の方が圧倒的に長いんだ。本物の暴君ってのがどんなのか。テメェに教えてやる。
「ウォォォォォルゥゥアアアアアアアア!!」
刹那、闇の霧が晴れた。跡形もなく、一欠片の痕跡も残さず。百足ポンチョ女が一瞬だけ目を見開いたのを見逃さない。手を真っ白に光らせ、そのクソみてぇな顔面をぶん殴る。
「終わらねぇ……まだ、終わらねぇ!!」
体内霊力の噴射、勢いに押され百足ポンチョ女が吹っ飛んだ。畳み掛けるなら、今だ。
竜人化、からの瞬足。吹っ飛んでやがる最中の、無防備な百足ポンチョ女に真っ白に光らせた拳をブチ当てる。今度は両手。叫びながらの、グミ撃ち。
「ウゥゥ…………ッッラァ!!」
何発、何十発ぶん殴ったか。一々数えてらんねぇ。最後の一発、太々しい顔面に渾身の一撃。また吹っ飛ぶ、見逃さねぇし逃がさねぇ。
「ぐぉ……ぇ……!?」
真っ白に輝く拳を、土手っ腹に一発。唇を釣り上げた、ようやく拝めたのだ。コイツが、百足ポンチョ女が効いた。その瞬間を。
瞼は目一杯見開き、目は充血し、舌を出して血反吐が舞う。ゲロ臭ぇのが顔面にブッかかったが、コイツに入ったというその事実が、すぐさま不快感を高揚感に変換する。
「だったらもういっぱ」
「ウガアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
胸から腹にかけてクッソ冷たい何かが、ひた走る。気がつけば服が濡れていた。水、氷のような。これは。
「ぐぁ……!?」
血だ。
「クッ……」
大きく、距離を取る。相手が何をしたのか、何をしようとしているのか。理解しなきゃならない。そうじゃないと反撃される。
俺がやったことは至極単純。闇霧を吸収し、それを光属性に変換して拳に纏わせ、それで殴った。ただそれだけだ。
火属性の俺が何故光を、と思った奴もいると思う。それに関してもなんら難しい真似はしていない。いつぞやの猫耳パーカーがやっていた技、属性変換というやつである。
アイツが絶え間なく出している暗黒の霧は、闇の霊力だ。でも俺が使えるのは火属性となんの属性のないやつだけ。吸収してもそれらしか基本的には使えないが、だったら属性を力尽くで変えてしまえばいい。
猫耳パーカーの属性変換は、たとえその属性に適性がなかったとしても、制御さえできれば使うことができていた。猫耳パーカーみたいな器用な真似はできないにしても、拳に霊力を纏わせる程度ならできるはずだ。
光属性にした理由は、相手が使ってくるのが闇だから、というこれもまたバカ単純なものだ。要は勘である。あながちその勘も間違っていないなと確信し始めたところだったのに。
「クソが、考えてることは同じかよ……!」
闇を照らすは光。つまりコイツの弱点は光だと思い、それで殴った。実際、その勘は間違っちゃいなかった。光は効いている。闇霧も、属性変換と持ち前の霊力吸収を駆使すれば、もう脅威じゃない。
俺の直感とセンスも捨てたもんじゃあないと思ったが、そうでもないのかと膨らんだ自信が萎んでいくのを感じる。何故なら百足ポンチョ女の肘の先から、半透明に蠢く刀身が生えていたからだ。まるで流れる川の水ような流動、切られた時に感じた異常な冷たさと服の濡れ具合。血が染み込んだってのもあるだろう。でも間違いない、間違いであって欲しかったのだが。
「み、水……!」
俺にとって、一生涯の敵とも言える存在。寒さと同じか、それ以上に嫌いなそれと対峙しなきゃならないなんて、悪夢なら今すぐ覚めてほしい。
「クソが、クソがクソがクソが!!」
水。それは俺にとって、最大最強の天敵。この世界で、唯一焼き尽くすことのできない、火の敵だ。
「うっ!?」
反撃、しようとしたが、体が言うことを聞いてくれない。バカみたいな大袈裟回避、すぐに接敵できないぐらいにまで距離をとってしまう。それを見逃してくれるほど、今の百足ポンチョ女に慈悲はない。
「く、くそ……」
反撃の隙はある。闇霧がない分、相手の位置は分かるし、不意打ちもしてこなくなったから、今やっているのは真正面からの殴り合い。
一番俺が好ましい流れだ。いつもならここからゴリ押しで俺の流れに無理矢理持っていって終わらせるのだが、反撃の隙を見つけられても、身体が、反射が、本能が、回避に全てを注いでしまっているせいで、拳に光属性の霊力を纏わせてもなんの意味もない状態と化していた。
「くそ、なんでなんだよ!!」
百足ポンチョ女に向かって人差し指を向ける。人差し指から仄かに光が灯るが、その光源から放たれる光線は、あまりにも弱々しい。指先から放たれてはすぐに、か細く霧散する。
「やりづれぇ……!!」
俺が使おうとしたのは、かつて金髪野郎が骸骨野郎に使っていた、光のビームだ。
近くにいると体が勝手に動いてしまって反撃できないので遠距離から攻めようと考えての行動だったが、思ったように光属性霊力が制御できない。
俺の腕に纏わせている分には問題ないのだが、俺から放たれた途端、霧みたいになって散り散りになってしまう。火の球を扱うのとは全然感覚が違うせいで、己の手足の如く動いてくれないのだ。
「うおっ!?」
また大袈裟に回避、肘から生やした水の刃が、左頬を掠める。
これが今の、俺の技量の限界。属性変換は猫耳パーカーが大雑把なやり方を実演してくれていたのでなんとか真似れたが、結局は素人の見様見真似、本家には程遠い。
だからこそ慣れないことはしたくないのである。そのときの即興でできなきゃ、なんの意味もないのだから。
「うっ!?」
背中が冷たい。服が何かを吸い込んで、肌に張り付く気色悪い感覚が地肌を舐め回す。後ろを振り返るまでもなく、それが何かを、しっとりした髪の毛が教えてくれた。
「な、に……!?」
背後に、水の壁。物理法則を無視して聳り立つそれは、まるでバリアのように立体駐車場の出入り口全てを塞いでいた。
身体が冷えているのは水に濡れたせいか、それとも状況を認識したがゆえの焦りなのか。肘から生えた水の刃に気を取られすぎて気づかなかった。自分が、奴の盤面に誘い込まれてしまったことに。
「くごぶっ」
水が、入ってくる。穴という穴、体の奥の奥まで。水の壁は俺を閉じ込める封牢へ変化し、俺を蝕む。水が絡む。蝕む。飲み込まれる。火、出ない。消える。冷たい。
―――怖い。
「っが、おぶ」
腹が水袋になっていく折、全てを押し流す濁流で暗転する。
目まぐるしく回る視界、殴りつけてくる水の暴力。何かに背中がぶつかった、薄れていく意識の中で、何かの建物の壁にクソ間抜けにもブチ当てられたことに、数秒遅れて気づく。
体が重い。意識が朦朧とする。まだ大して戦ってもいないはずなのに、体に力が入らない。凄まじい倦怠感に支配され、起き上がる気力が秒速で溶けていく。自分が水に溶ける、塩か砂糖のように思えて尚更気怠い。
何かが近づいてくる。滴るような、水音が跳ねるような足音。無視するのも烏滸がましくなる濃密な闇が、殺意となって縦貫する。
「ごぼぇ……」
か細く消えいく意識の中、水をゲロりながら、何故だかクソ親父の顔がチラつく。
復讐する側から、される側へ。因果応報って言葉があるが、あまりにもまんますぎて逆に愉快に思えてくる。
俺に殺られた親父も、俺から殺意を向けられてボコされて。今の俺のような気分だったのだろうか。同じ気分を味わったところで、奴のやらかしたことを水に流すなんざできやしないが、復讐される側って虚しさしかないってことだけはわかった気がする。相手からしたら、知ったこっちゃないのだろうが。
キシシ野郎に続き、また負けるのか。あくのだいまおうに触発されて、できないことを無理矢理やろうとして、結局はこの様だ。
分かってはいた。死にはしなくとも、勝つ見込みは薄いと。即興で属性変換をできるようにしたまでは良かったが、結局は付け焼き刃。猫耳パーカーのように器用に使えるわけもない。
金髪野郎の光のビームを真似ようとしたが、結果はクソ間抜けに終わった。アレが成功していても勝てていたかは怪しいが、それでも有利に盤面を組み替えられたかもしれないのに。
「あ、あ……たら、れば……か」
ああ、分かっている。たらればだ。無能がするゴミのような言い訳。何かを成そうとして、何も成せなかった出来損ないの戯言。
流川の本家派当主として、あるまじき失態だ。最近、俺は流川に相応しいのか、それすら分からなくなってくるほどに。
「こ、の……」
このまま、死んだ方が流川のため。そう思ってしまう自分がいる。無能の言い訳を垂れ流し、散々見下していた奴にボロ負けして、のうのうと生きている。
不死だからこそ死にはしないが、それがなんだっていうのか。おめおめと負け様を晒すぐらいなら、死んだ方がマシなんじゃないのか。俺は流川だ。あの母さんの、後継者なのに。
「い、や……ちが……、う、だろ」
頭の中を駆け巡る、仲間の顔。久三男、御玲、弥平、澄連。本来なら俺の復讐になんら関係のなかった奴ら。それなのに手を貸してくれて怨敵を倒すところまで俺を持っていってくれた仲間。俺が生まれて初めて、死んでも守り切ってやると誓った同志。
その仲間をおいて、この戦いを諦めるのか。あのとき決めた絶対ルールを無視して、百足を丸呑みした奴におめおめと負け様を晒し、コイツより格下であることを認めるってのか。
「ふざ、けるなあああああ!!」
感情の昂りが、霊圧となり、荒波となって周囲を吹き飛ばす。纏わりついていた水分も全部だ。百足ポンチョ女も一緒に吹っ飛ばしたのか、肌に針を刺すような殺意が、急に遠のいたことを感じとる。
「テメェが水でこようが闇に呑まれようが構わねぇ。だったら俺はその逆をいく」
水は火にとって、最大の天敵。全てを押し流し葬り去る火山のマグマでさえ、世界を覆い尽くす大海の前には成す術もないのと同じように、どれだけ火の規模をデカくしたところで、それと同じだけの水をブチこまれれば、どんな火だって消されてしまう。
結局のところ、どう足掻いても火は水に勝てない。それは、火が一生背負い続ける宿命のようなものだ。
「だったらどうした。そんな宿命なんざ、全部捻じ曲げてやらあ」
火は水に勝てない。それで俺が全てを諦めるのか。仲間を捨てて、流川本家の当主としてクソ間抜けだからとカスみてぇな理由で、この戦いから逃げるのか。
否、逃げるわけがねぇ。仲間は死んでも守り切る。その絶対ルールを守るためなら、相手が復讐に駆られてようと関係ない。
「水も闇も、全部焼き尽くしてやる」
コイツをブチのめして、俺は生き残る。クソ親父と同じ路を辿る気はサラサラねぇ。
「お前は私に勝てません。お前は火を使います。私は水と闇を使います。火を消すために、水を使います。お前が起こす火を消して、お前を殺すために、水で全てを飲み込み、食べます」
さっきまで終始無言で絶対俺殺すウーマンだったくせして、突然饒舌に喋りだす。
言っていることは整然としている割に、無機質で機械的な口調。喋っているのはポンチョ女じゃなく、融合して少女の姿を得た百足野郎だろう。
「おう、そうかい。やれるもんならやってみやがれ。テメェが火属性無効だろうが関係ねぇ。焼き尽くす」
「……如何にして?」
「ああ? ンなもん気合に決まってんだろ。属性耐性なんざ知ったこっちゃねぇんだよ」
「答えになっていません。やはりお前は馬鹿です。阿呆です。愚かです。水になす術もないのに、如何にして私の属性耐性を突破する?」
「ごちゃごちゃうるせぇ!! 気合だ気合!! そんなもん気合と根性でどうにかしてやらあ!!」
首を傾げる、百足ポンチョ女。
ああ、そうだ。テメェは正しい。なんら間違っちゃあいねぇ。気合と根性で属性耐性をどうにかできるなら、俺はとっくの昔に水や氷を気合と根性で克服しているはずだ。
でも実際そうはなっていないように、属性の相性を気合とか根性とかでどうにかすること自体阿呆だ。
そう、テメェの言う通り、俺は馬鹿だ。そして愚かだ。仲間がいなきゃ、散々見下してきた奴にも負けそうになるクソ間抜け野郎。でも、それでも俺は。
「今までもこれからも、気合と根性とノリと勢いで、目の前の敵をブチのめす!!」
仲間を死んでも守り切る。如何なる間抜けを晒すことになろうとも、その絶対ルールを守り抜くために。
「火、炎、火炎……イメージしろ……全てを焼き尽くす。焼き尽くす、焼き尽くす……!!」
頭の中に、火が灯る。
ただの火じゃだめだ。さっきも言ったように、火は水に勝てない。どれだけの規模だろうと同じだけの規模の水の前には無力だ。
ただ熱いだけでもだめだ。水は熱を冷ましてしまう。どれだけ熱くしたところで、結局絶え間なく水をブチ込まれ続ければ、いつかその火は水の中に飲み込まれて消え失せる。
だめだ、もっと。もっとだ。熱さ、違う。規模、違う。燃料、違う。焼き尽くすという現象、それ、そのもの。火、だから焼き尽くす。じゃない。焼き尽くす、炎。文字通り、全てを焼き尽くす大烈火。
``火``で``焼き尽くす``んじゃない。``焼き尽くす炎``を創り出せ。
「……俺は``禍焔``だ。そうだろ?」
飛び上がりながら、柄を握る。下半身はいつも通り修復済み、致命傷は既に全快している。もはや俺のやろうとしていることを邪魔する要素は、何もない。鞘から刀身を引き抜く。その刀身は、紅に染まっていた。
「ッ……!? そ、それは……!!」
ポンチョ女、じゃなくポンチョ女の身体を乗っ取っている百足野郎が目を見開く。奴のそのリアクションが見れたなら、俺のやろうとしていることは、きっと正しい。
「水でも闇でもなんでもこいよ。全部まとめて焼き尽くしてやる」
刀身を纏う、紅の炎。その炎は俺も見たことがないくらい紅く、血が燃えているんじゃないかと錯覚するぐらい、真っ赤だ。煉旺焔星とはまた違う、輝きのない禍々しい炎。
「ッ、ダメです!?」
百足ポンチョ女が動いた。いや違う、これはポンチョ女の方だ。殺気の密度が増した、ポンチョ女が百足野郎から主導権を奪い取ったのか。
「だったら好都合だ」
百足野郎は明らかに警戒していた。あのままバクステ決められていたら怠かったが、突撃してくるならやりやすい。金切り声をあげながら、水のブレードを振りかぶる。肘から生えたそれはいつもなら脅威に感じる必殺の刃だが、今の俺は恐怖を一切感じない。
「焼き尽くす……!」
水が、消滅した。紅の炎を纏わせたディセクタムを一振りした瞬間、水に火がつき、燃えて、焼けて、蒸されて尽きる。
「ガッ…………ァ!?」
紅炎は百足ポンチョ女の右肘から右肩に飛び火した。急いで右肩を肩甲骨ごと自切、俺から大きく距離を取る。
「ああ。この炎なら効くらしいなァ……」
周囲を紅の炎で染め上げる。俺の周りが真っ赤に燃えて、視界が紅く塗りつぶされるが、そんなことはどうでもいい。俺のやることは決まっている。
「とりあえず……ポンチョ女と百足野郎を引き剥がす……!」
俺が得た答えは単純にして明快。ポンチョ女がクソ厄介と化しているのは、百足野郎と融合しているからに他ならない。
だったら簡単な話、百足野郎をポンチョ女から引き摺り出せばいい。
全てを焼き尽くす紅の炎を編み出すまでは火属性無効と闇の霧が邪魔すぎて手の打ちようがなかったが、闇の濃霧は霊力炉心と属性変換で、火属性無効は全てを焼き尽くす紅の炎で解決した今、ようやくコイツにまともなダメージを与えられるようになった。
「……しかし、全てを焼き尽くす紅の炎って一々呼ぶのだりぃな……」
煉旺焔星に続き、俺が即興で編み出したもの。技ってよりも剣に纏わせているからどっちかといえば符呪だが、それでも俺が編み出したことに変わりない。
なら名付けなきゃならない。煉旺焔星を編み出したときみたいに。
俺の周りを囲む紅の炎を見やる。その炎は、どこまでも紅く、そしてその全てを喰らい尽くしている。それはまるで、目の前のもの全てを蹂躙する破壊者。天空より降り立つ、理不尽の権化。空高く上がる紅炎は、俺たちがよく知るあの生き物に酷似していた。
「決まったぜ」
焔剣ディセクタムが脈動する。血の如き紅き炎はさらに勢いを増し、相棒に殊更強くまとわりついた。
「装竜符呪―――」
炎が複数細長くなり、飛び上がった俺に連なって天高く伸びていく。それはまさしく天へ飛び立つ、気高い焔竜。
「竜王の焔!!」
全てを焼き尽くす。それはまさに、万物の破壊者に相応しい暴力。破壊の権化だ。
闇の霧も水の刃も、何もかも全部、燃やし尽くしてやる。百足野郎を引き摺り出す、そのときまで。
「行くぞオラァ!!」
焔竜が吠える。俺以外の全てを取り囲みながら、複数の焔竜を従え、俺は百足ポンチョ女を捉えた。
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