無頼少年記 ~最強の戦闘民族の末裔、父親に植えつけられた神話のドラゴンをなんとかしたいので、冒険者ギルドに就職する~

ANGELUS

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復讐のブルー・ペグランタン編

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 理不尽。下威区しものいくではもちろん、中威区なかのいくへ抜け出して、請負人になってからもずっと、その言葉は嫌というほどこの身で味わってきた、忌々しい呪いだ。

 世界は理不尽と暴力で満ちている。幸せを掴めるのは、その暴力と理不尽をその手に治める強者のみ。

 それでも今回は、今回だけは。その強者に報いることができる。そう思っていたのに。

「むーちゃん、どうして!」

 荒々しく波打つ青い海の上。半身となって数十年にもなる相棒に、糾弾の視線を投げていた。

「あれは、原初の炎……忌々しき最果ての者どもが編み出した、力の一部」

 海の上に立つ私に対して、相棒は空に浮いていた。光を一切通さない常闇の暗雲を敷布団にし、私の周りを飛び回る。

 私がむーちゃんと呼び、周囲の奴らからむーさんと呼ばれる``彼女``は、いつもの``百足``の姿ではない。私たちがよく知る``人間``の姿をしていた。

「それがどうした……! ここで逃げるなんざ……!」

「あの炎に触れれば、死にますよ。貴女も、私も」

 その言葉は、恐ろしく冷たい。いつもは片言なむーちゃんだが、私と魂単位で融合している影響で、精神体は背丈の高い長髪の女性の姿を象り、私から知識を共有している影響で、言葉が流暢になっているのも拍車をかけているのだろう。

 いつもよりもずっと、むーちゃんの存在が恐ろしく感じられる。

「嗚呼、理不尽。なんて理不尽なのでしょう。最果ての力を使えるようになるなんて……」

 むーちゃんの表情が苦渋に歪む。

 原初の炎。むーちゃんが苦虫を噛み潰す代物なら、それは相応のものなのだろう。ついさっきまでアイツは使えていなかったなら、ついさっき使えるようになったと考えるのが妥当なのだ。

「ああ、そうだ。この世界は、いつだって理不尽だ」

 自身が立つ海の色が、青から黒へ早変わりする。

「どれだけ力を得ても、結局周りはそれ以上の力を手にしやがる。これで修行不足だの弱いからだの言われるんだ。意味わかんねーよな」

 武市もののふしは、常に力を求める。大量の他者をたった一人で支配できる、圧倒的強者を。武市もののふしがそんなクソ文化を信仰するようになったのは、ひとえに流川るせんの影響だ。

 流川るせんは言った。弱い奴は死ね。これより先は、弱肉強食。弱い奴は死に、強い奴が生き残る。ゆえに二つに一つ。選べ。服従か、死か―――。那由多なゆたは馬鹿馬鹿しいと嘲り、ツムジは何も言わず悲しそうな顔をしていた。

 弱肉強食で何が救われる。失って、奪われるばかりじゃないか。それでも失う方が悪だと、まんまと奪われる方が極悪なのだと、そう嘲るのか。

「ふざけんな……!」

 そんな事実、クソッタレだ。目の前にその事実を突きつけた末裔がいる今、このクソッタレな気持ちを抑えられるわけがない。そもそも抑える必要すら感じられない。

 この思いをぶつけたところで無意味かもしれないが、意味とかそんなものは知ったこっちゃない。意味なんてなくても、その先に無しかなくとも、ナユタの無念は晴れる。ツムジも少しは報われる。下威区しものいくで死んでいったガキたちも少しは―――。

「だから、ここで退くなんざありえねー……!」

 原初の炎。竜が扱う、全てを焼き尽くす業火。それがどうした。だったらその炎をコイツに跳ね返して自滅させてやる。即興でそんな物騒なものを編み出されたときは面食らったが、どうせ即興すぎて制御なんざロクにできないはず。跳ね返すなら、どうとでもできるはずだ。

「むーちゃん……!」

 空を泳ぎながら、考え事に耽るむーちゃんに目を向ける。

 私とむーちゃん、二人は知識を共有している。むーちゃんの知識は私の知識でもあり、むーちゃんの経験は、私の経験でもある。だからこそむーちゃんの知識を借りて、原初の炎への対抗策を編み出そうと戸棚を開く。

「……原初の炎は、跳ね返せません」

「じゃあ吸収して主導権を……」

「吸収すれば、死にます」

「じゃあ風で仰いで吹き飛ばして……」

「あの炎は、あらゆる法則から逸脱しています。物理法則は受けつけません。世界法則も受けつけません。アレは、その全てを焼き尽くしてしまうから」

 それは、むーちゃんからの純然たるお手上げ宣言だった。

 手の打ちようがない。事象干渉ではなく事象操作の類であり、それはつまり超能力だからである。超能力は既存の全ての事象を使用者の意思一つで塗り潰せてしまう。

 それはまさしく、神の力。

「なにが……なにが神だ!!」

 神。そんな奴が本当にいるのなら、喉元掻っ切って食い殺してやる。食って殺して肉にして、自分の糧にしてやる。思う存分私たちを食い物にしてきたんだ、神だっていうのなら食い物にされる覚悟だってできているはずだ。

「でも、方法ならあります」

 むーちゃんの一言が、海面を揺らした。目の前がぱあっと開ける。太陽なんてありはしないが、その光はいわゆる光明ってやつだろう。彼女の言葉は、示す道標は、私にとって最大の福音。

「私が噛みつきます。その隙に、貴女は逃げてください」

 感情が、すっぽ抜けた。いや、言っている意味がよく分からない。

「それ……って」

「ブルー……貴女とのひととき、楽しかった。できるなら、死ぬまで一体でいたかった」

「……な、何言って……」

「私と貴女、元々は別個の存在。双方が死ねば、共に消える運命にあります」

「それは知ってる……でも、だったら」

「だから、貴女とのライフリンクを解除します」

 すっぽ抜けたはずの感情が再び湧き出す。その言葉の意味する行為が、分からないはずもない。

「だ、め……やめて……!」

 本当に方法はないのか。そんなはずはない。そんなわけない。他に方法は絶対にあるはずだ。

 相手が理不尽な力を使ってくるから何だっていうんだ。今までその理不尽たちを二人三脚で乗り越えてきたんじゃないか。だったら今回だって、二人で乗り越えられる方策が。

「このままでは、二人とも焼き尽くされてしまいます。私は、望んでいません」

「嫌だ!! だったら私も……」

「ダメです」

 次に出そうになった言葉は、彼女の意志によって堰き止められる。従順なむーちゃんからは窺い知れないほどの、強い意志。

「私は、充分に生きた。生きるために、沢山を殺した。ただ、私の番が来ただけのこと」

 違う。そんなわけがない。むーちゃんはただ、ただ。

「最果ての者に一矢報いれるのなら、僥倖。己が命を以て、貴女を守ります」

 私の本音は、喉元で押し留められる。吐き出そうにも、むーちゃんはそれを許してくれない。

 考えずとも分かる。ブルー・ペグランタン―――その名で生が始まったそのときから、一時たりとも離れたことがないからこそ、その台詞に嘘偽りなどあるはずがない。

「むーちゃ……!?」

 言葉が、出ない。口が動かない。自分という存在が改変されていく。自分の中から自分が抜け落ちるような。誰かがいなくなったかのような。半身を引き裂かれた、という表現が最もらしいかもしれない。

 力が抜ける。寝るときも起きているときもご飯を食べているときも、何をしているときも、無類の居心地の良さと安心感をくれていた優しい闇が、感じられない。

 否定したくなった。だが現実を受け入れろと場違いな自分が叱咤する。今ここに、むーちゃんとのライフリンクが絶たれたのだ。


 むーちゃんは、紅い焔を燃え盛らせ、今にも突撃してくる少年を見据える。

 ブルーと自身の世界情報全書アカシックレコードの記述を修正した今、仮に自分が死んでもブルーが死ぬことはない。今の自分は``むーちゃん``ではなく、最果ての竜王どもを食い荒らしてきた``ドラゴンイーター``だ。相手はまだ百年も生きていない少年だが、内に竜を宿しているのなら、例外はない。ブルーの生存確率を最適化するために竜を食えるのなら本望だ。

「原初の、炎……」

 少年を取り囲む、紅の焔を見据える。

 原初の炎。この世界―――箱庭メタロフィリアが創造されたとき、創世の竜王は世界を効率良く彩るため、世界の構成要素となる八つの属性霊力を司る始祖どもを生み出した。

 その始祖たる者どもが世界に与えた属性霊力の根源の一つが、原初の炎。俗に火属性霊力と呼ばれるものの祖である。

 原初の炎は火属性霊力とは異なり、世界にある全てを焼き尽くしてしまう。火属性霊力と相克する水属性霊力でさえ、跡形もなく燃やしてしまうほどに。

 原初の炎で焼き尽くせないものは存在しない。同じ力を扱う、最果ての竜王どもと北方の魔王どもを除けば。

「ですが、やりようはあります。ね?」

 原初の炎の源、かの少年が持つ剣を注視する。

 原初の炎は全てを焼き尽くす。例外などない。符呪エンチャントを施した武器でさえ、容赦なく喰らうほどに。

 それに彼の強さは、その圧倒的不死性によって担保されていたところが色濃かった。その不死性の源も、元を辿れば忌まわしき竜王の力によるものだろうが、原初の炎ならば、その不死性すらも焼き尽くすだろう。

 彼に原初の炎に関する知識はないはず。だったら彼の間合いにわざと突撃すれば、彼ごと焼き尽くせる。

「テメェとタイマンってのは、そういや初めてだな」

 突然話しかけられて、思わず反応してしまう。

「今のテメェは百足野郎だろ? 分かるんだよ、なんとなくな」

 話しかけられたとて、それでもやることは変わらない。ブルーの生存確率を最適化する。それこそが今の最優先事項。

「信じるか信じねぇかは好きにすりゃあいいが、言わせてもらうぜ。俺はポンチョ女を殺る気はねぇ」

 思索が途絶えた。少年の言っている意味が、分からなかったからだ。

「いやぁ……最初は殺るつもりだったんだぜ? でもよ、なんつーか……今がそのときなんじゃねぇかって思ってな」

 ますます分からなかった。少年は流川るせん家の当主。人間界の、暴閥ぼうばつの立ち振る舞いなんぞ知らないし興味もないが、強者は弱者を屠ることに躊躇などないことぐらい、種族に関係なく同じだろう。

 ブルーは少年に敵対した。ならば、少年にブルーを殺さない理由などないはず。

「一体、何を……?」

「何を? 別に企んじゃいねぇさ、ただ俺がそうしたいってだけでね」 

 分からない。理解できない。原初の炎が使えるようになって、図に乗っているのか。いや相手は原初の炎が何たるかを知らないはずだ。いくら新しい力を使えるようになったとて、それで調子に乗るような奴なら、とっくの昔にブルーが易々と始末しているだろう。

 原初の炎を使えるようになるまで、相手は力押しでこそあったが油断はしていなかった。なら、粗削りが目立つとはいえ、ただの馬鹿ではないはずだ。

「テメェ、ポンチョ女と繋がってんだろ? だったら俺と喧嘩しようぜ。言葉で語らうより、拳で殴り合った方が速ぇしよ」

 原初の炎を纏わせた剣を振り向け、得意げに笑う。

 高らかに宣言などする暇があるなら、不意の一つや二つ打てばいいものを、それをしないとはやはり馬鹿なのかと前言を撤回したくなったが、その言葉の真意を理解できてしまったとき、最適行動が先の見通せぬ濃霧に掻き消え、地面が抜かるんで百を超える己の足に、無数の泥が絡みつく。

 肉体言語。それは遥かなる昔、私がまだ最果てにて弱肉強食の摂理に従い、忌々しき竜王どもと絶えることのない殺し合いを強いられていた頃。竜との語らいは、常に肉体との衝突が常であった。

 私が相手にしていた者どもは竜の中でも上位種、竜族の王を冠する者どもだったがゆえに彼らに肉体と霊体の区別などなかったが、肉体との衝突は、時に言葉での語らいを遥かに凌ぐ情報量を両者に与えた。

 忌々しき竜どもに、言葉の語らいなど無意味だ。奴らは常に、他を淘汰する圧倒的暴力で己を主張する。主張して押し付けて、その全てを破壊する。絶えることのない戦いの中で、私はその理不尽さを痛いほど思い知らされた。

 だが、それゆえ、というべきか。肉体言語が言葉や文字、絵なんぞよりも高効率な会話となることを、長きにわたる戦いの中で知ることもできた。少年もまた、肉体言語の高効率に魅入られた生物なのかもしれない。

 たとえ数多の軋轢を生むこととなろうとも、その先に決着があるのなら、その全てを良しとする、最果ての者どものように。

「俺が勝つか、テメェが勝つか。それで決着つけようや。いい加減、面倒くせぇからよ」

 勝つ。殺す、の間違いではないのか。いや、どちらでも同じことだ。この世界は弱肉強食。負けた奴は食い殺される。敗北とは、すなわち死である。

「よろしい、と思います。要するに? 貴方を食い殺せば、いいのですね?」

「やれるもんならな」

 少年は剣を構える。剣は依然として炎を纏っている。血を彷彿とさせる、紅の炎。全てを焼き尽くし、灰燼に帰する猛々しい意志が、私の甲殻を蝕んだ。
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