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復讐のブルー・ペグランタン編
むーちゃんの真意
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流川の当主に敗北は許されない。戦争において、当主の敗北は血の滅びを意味する。
だからどんな手を使ってでも、戦争には勝たなきゃならない。特に流川の本家の当主である俺は、流川の全てのメンツを背負っている。擬巖との戦争の最中だったから尚更だ。
しかし、それでもなおポンチョ女を殺さない決断をした理由。新しい技を編み出して驕ったか。否、そんなわけはない。むしろ俺なりに悩んで出した、一つの答えだ。
キシシ野郎との戦いのとき、俺には確かな迷いがあった。
別にタイマン張っていたわけじゃあないし、キシシ野郎の裏切りは弥平のお墨付きだったし、アイツも正々堂々タイマン張ってブチ殺すってタイプでもなかったし、俺がわざわざリスクを背負うまでもなかったんじゃないかと問われれば、確かになかった。当主として正しいことはしたと思っているし、アレで負けていたらそれこそ俺がクソ間抜けだったと胸を張って言える。
だが、そうやって言い訳がましく過去の行いを必死に正当化しようとしている自分が、あまりに哀れに思えてならない。どんな理由であれ、俺はキシシ野郎にタイマンで勝ち筋を見出せなかった。なんなら頼みの綱だった不死性でさえ、よく分からん武器に攻略されて、ゼヴルエーレのクソ野郎に助けられるとかいう胸糞展開で生き長らえる羽目になってしまったほどだ。
ゼヴルエーレがいなかったら。澄連がいなかったら。弥平がいなかったら。俺はキシシ野郎と擬巖との戦いに勝てただろうか。答えは、考えるまでもない。答えるのも、億劫だ。
「だから俺は、後顧の憂いを、今ここで断つ」
そう、これは自分のためだ。純粋に純然に、自分のため。仲間を死んでも守り切る。そのルールを掲げている奴のやることじゃない。矛盾している。
あくのだいまおうは仲間に依存していると批判した。今でもできないことは仲間に頼るって考えを、完全に変えるつもりもない。でも、仲間を盾に向き合うべき存在と向き合うのを避ける癖がついてきているのも事実。
その矛盾をブチ壊さないと、これからの戦い、きっと仲間を守りきれない。そう直感が疼くのだ。
「悪いな、踏み台にさせてもらうぜ」
復讐する側からされる側へ。かつてする側だった俺が、この台詞を面と向かって言われたら殺意で真っ黒に塗り潰されていただろうが、今は逆だ。
される側だと、相手に対して何も感じない。殺意に塗れた俺と相対したとき、親父も今の俺と同じ気分だったのかもしれないなんて感慨に耽りそうになったが、すぐにどうでもよくなってしまう。重要なのは今、復讐とかいうクソ面倒なことに巻き込んだコイツらを、如何に殺さずブチのめし分からせられるか、だ。
とりあえず、横薙ぎに一閃。特に意識とか考えとか戦術とかのない、ただの斬撃。本来百足野郎にこの程度の攻撃ゴミカスでしかないだろうが、俺の剣は今、符呪されていた。
己すらも焼き尽くす、紅の焔。それをもってすれば、百足野郎の属性耐性なんぞ関係ない。耐性ごと焼き尽くす。
「っ!!」
右横から、殺意。黒く、しかし鋭利で確かなそれは紅の大幕を無視し、その身を焼きながらも突っ込んでくる。狙うは、俺の首。
「チッ……そういうことかよ!」
紅き焔を纏う、黒き刃。おそらく音速を超えているだろう百足野郎の尻尾は、鈍らでありながらその尋常じゃない速度が、全てを切り裂き吹き飛ばす剣へと押し上げている。奴のフィジカルを考えれば、俺の物理防御力を抜けるのは必至。
「いつもならわざと切り飛ばしてやって油断を誘うんだが、なァ!!」
俺は、吐いた。ゲロでもなければ、唾でもない。そんな汚ぇもんを吐くのはカエルだけで十分だ。
俺が吐いたのはただ一つ。血よりも紅い、火炎である。全てを焼き尽くす紅の焔、残念ながら武器にしか纏わせられないが、なんのことはない。武器にしか纏わせられないのなら、外から付け足して強化すればいいだけのこと。どっちも火であることに変わりはない。
ただの炎と紅の焔、両方が交わらない道理なんぞ、初っ端からありはしないのだ。
「属性耐性なんざ関係ねぇ、全部まとめて焼き尽くす!!」
耐性、そんなもんは知らん。だったらそれすら熔かし尽くす勢いで焼き尽くす。ただ、それだけ。
「……熱い……。厄介、ですね?」
黒き尾が燃える。本来なら燃えるはずのないそれは、赤熱して溶けでた鉄のように地面に滴り、道路を熔かす。鉄が焼ける生々しくも金属臭ぇ煙が、鼻腔を舐めまわした。
いつもなら不快に感じるはずの臭いだが、今の俺はどうかしているのか。むしろ体の奥底から無限に炎が沸き立つ。まるで、今にも噴火寸前の火山の如く。
「このままごぶッ!?」
一気に。そう考えた、次の瞬間だった。
顔全体を覆う、冷たい何か。まるで風呂の中に顔面をつけたかのような違和感が、肌を張り巡る神経を舐め回す。
他の奴らなら夏も全盛期にさしかかるこの頃、ほんのりとした冷たさが顔面に張り付いた熱気を汗ごと洗い流してくれて心地良さと爽快感で気分の一つも良くなるんだろうが、夏の暑さ如き春や秋と大差ない俺にとって、水の冷たさなんぞ寒さが増して、ただただ不快なだけである。それに。
「おぎがえぎごが……!!」
そう、息ができない。俺が水を嫌う理由の一つ。
何故水の中で息ってできねぇんだろうか。ちなみにだが俺は溶岩の中でなら何故か息ができる。火の中とかでも普通にできる。母さん曰く普通の奴らは火の中だと肺や喉が焼けて呼吸できなくなるらしいが、俺は火属性適性があるせいか、火はおろか溶岩でさえ、そこらの空気とかと変わらないぐらいに活動できてしまう。
だが、それと引き換えってことなのだろうか。水の中で息ができないことが、クッソ辛い。
風呂でさえ、お湯に顔をつけることができないぐらいだ。息ができない。窒息への本能的な恐怖が、水嫌いを冗長させているといっても過言じゃないと思う。
クソが、俺の弱点が知られちまってるのがクソだりぃ。
「っ……!」
前方から霊力反応。それもかなり強い。俺の煉旺焔星に迫るか、下手すりゃ肩を並べるんじゃねぇかと思うほどに、全身の肌が沸騰する。属性霊力をわずかに感じる。その霊力の奔流に、思わず奥歯を噛み砕きそうになった。
「ぐ……く」
俺を包み込む水が、俺の肉体に宿る熱を弱めていく。まるでそれは噴火した火山に対し、それら全てを埋め尽くさんとする大海の叛逆。海の神が怒りに狂い、この世に存在する全ての炎を消し去ろうと三叉槍を振り回すように、熱の簒奪が暴力となって殴りこむ。
クソが、クソがクソがクソがクソが。舐めやがって。
「ぶるうううううううううううぁ!!」
体の奥底に力を入れる。これでもかと、奮起して。気張りすぎてケツからミが出ないようにはしつつも、俺は手札の一つを躊躇なく切り、眼前から発射されたであろう濁流を吹き飛ばす。
片腕は既に人にあらず。爬虫類をイメージさせる、赤黒い鱗。黒を基調とする中で存在する赤は、黒地の上で脈動する。さながら隆起した血管を思わせ、その筋に流れる血液は何物よりも赤く鱗を染めあげる。
「……竜人化」
「へえ。知ってんのかよ」
魔生物の癖に物知りな奴である。姿晒すだけで、こっちの手札が把握されるのはクソ面倒この上ない。
知識は力なり。情報とは時として、ただの暴力を凌駕する。俺にはないもので殴ってくることに理不尽だと思いつつも、身勝手に苛立ちを募らせる。
だからこそ、ぶつけてやる。ずっと前から、思っていたことを。
「……お前、俺を殺すって言ってるが、それはお前の意志も含まれてるのか?」
再び焔に身を包む。俺の身体から発する熱気が、周りを濡らす水どもを消し炭にしていく。
ずっと前から思っていたこと。ポンチョ女の相棒、百足野郎の本音だ。百足野郎がポンチョ女以外の奴と話したところを見たことがない。長くもねぇが短くもねぇ付き合いだ、理由は薄々だが察しがついていた。
「丁度いい機会だ。サシで話そうや。もう興味ねぇじゃすまさねぇぞ?」
俺の周りを暴れ狂う焔が、勢いを増す。
百足野郎がポンチョ女以外とロクに会話しない理由なんざ単純だ。ただただポンチョ女以外の全てに興味がない。どうなろうが知ったこっちゃなく、究極的にはポンチョ女さえいればいいと、そう考えているからだ。
今までならそれでも良かった。俺にとってもポンチョ女や百足野郎がどう思っていようが興味なかったし、ポンチョ女に至っては事あるごとに俺にガタついてきていたから嫌いなんだろうなとすら思っていた。嫌われていようと俺は俺だし、どっちにしろ勝手にしてくれればどうでもよかったのだ。
俺に復讐なんて真似を、考えさえしなければ。
「お前に話すことはありません。私はブルーの意志を代行します。それこそが、私の意志です」
「御託はいい。テメェの本音は何だ?」
「私は御託を言っていません。お前を殺す。これは私の嘘偽りない意志です」
「じゃあなんでポンチョ女じゃなくて、お前が表に出てくるんだろうねェ……?」
怒りが、苛立ちが、焔となって燃え盛る。
御玲のときもそうだったが、なんで周りの奴らは本音ってのを隠したがるんだろうか。いつどんなときでも本音を晒してろとは言わねぇが、こういう面倒事の真っ只中ぐらいは晒してもいいと思うんだ。
どっちにしろ殴り合いになることに変わりないんだし、隠す意味もないはずなのに。嘘偽りのない意志、なんてほざいてやがったが、結局のところポンチョ女の意志に従っているだけじゃねぇか。
「俺への復讐ってんなら、テメェが代行する必要なんざねぇだろうが。一体化してんだし、フィジカル貸すだけして傍観してりゃあよかっただろ?」
身に纏わせた焔で息づく暇もなく繰り出される黒い殺意を捌く。
百足野郎はポンチョ女以外に興味がない。長くもねぇが短くもねぇ関わりで、その程度は察しがついていた。だったら何故ポンチョ女じゃなく、コイツが表立って俺を殺ろうとしやがるのか。
復讐の代行、それはまあ嘘じゃあねぇだろう。百足野郎はポンチョ女に使役されている。ポンチョ女が指示したのなら、コイツの行動になんらおかしいところはない。本当にポンチョ女から命令されてやっているのならの話だが。
「……復讐舐めんなよ? 誰かに丸投げしなきゃ憎い奴一人も殺せねぇ腰抜けなんざ、一生家に引きこもって泣きべそかいてろ」
復讐。親父をブチ殺したからこそ言える。復讐を誰かに替わってやってもらうなんざ、そんなもんただの甘えだと。
仲間と協力して最後に本人が責任もってブチ殺すとかならまだ分かる。親父をブチ殺した俺がそうだったし、それならまだ認めることはできた。
でも代わりにやってもらうってのは、もはや復讐の体を成してねぇ。そんなもんは、ただの作業でしかない。
「私はお前の意見を聞いていません。たとえお前が言う条理に反していようと、ブルーの意志を代行します」
百足野郎は頑なだ。俺の言葉なんざ何一つ届く様子がない。一ミリも興味ない奴からガタつかれているんだから、当然の結果だ。俺だって興味ないぽっと出の奴からやいのやいの言われたら内容関係なく突っぱねている。
だからこそ、コイツのリアクションは予想の範疇を逸脱しない。
「だったらよ、取引しようや」
ポンチョ女の表情筋を借りた百足野郎は、眉を顰める。だが俺は見逃さない。以前として霊圧に変化はない。が、警戒心が僅かに緩んだ。俺の本能が、そう告げていた。
「今から俺は、力づくでテメェをポンチョ女の身体から引き摺り出す。そんでポンチョ女を殺さねぇ程度にブチのめして黙らせる。お前は何やってもいい。どうだ?」
とりあえず得意げに指差しながら言ってみたが、自分で言った手前、文面だけなら意味の分からん要求だとついつい思ってしまう。もしも俺が要求された側だったなら、意味が分からなすぎて話を聞くまでもなく煉旺焔星で焼き尽くしていたことだろう。
だが、今回は違う。
「拒否。条件が不足しています」
百足ポンチョ女は眉を顰めたまま、俺を睨む。
交渉の決裂、これもまた予想通り。俺がやったのは、仮の提案をしただけ。百足野郎の殺意は本物だし、聞くだけ頭がイタくなる条件をそのまんま飲むとは露ほどにも思っちゃいなかった。でも、このやりとりではっきりと分かったことが一つある。
「一、ブルーにその焔を使ってはならない。二、私はお前を殺します。手加減はしません。三、ブルーを殺したなら、私は流川をこの世界から消し去ります」
「大きく出たなぁ。本来ならそれを言った時点で問答無用の惨殺処刑コースなんだが……」
確定だ。直感は、確かな真実へと姿を変える。
「いいだろう。流川本家派当主``禍焔``の名に賭けて、その条件を飲んでやる」
焔の勢いが、天を貫く。百足野郎の殺意に呼応するかのように、猛々しく。
本来なら百足野郎が取引に応じる必要なんぞない。百足野郎はポンチョ女だけの味方だ。ポンチョ女の敵は、己の敵であり、それ以外の何でもない。だからこそ、その間に俺が割り込む隙なんざ、本来ならないはずだ。
でも、実際はどうか。百足野郎は応じる必要がないはずの取引に応じた。それが意味するところは一つ。百足野郎もまた、この復讐を望んでいない。戦わないで済むのなら、それに越したことはないと、内心そう考えているからに他ならない。
「だったら後は……」
心おきなく喧嘩。コイツをどうにかして、ポンチョ女から引き摺り出す。ただ、それだけ。方法、そんなもんは考えない。考える必要もない。
「要は気合だ。気合と根性でどうにかすりゃあいい!」
いつだって、そうやって乗り越えてきた。今回だって同じこと。面倒くさい条件がいつもよりちょっと多いだけの、些末事だ。
俺の周りを舞う焔竜に、殺意が宿る。数体分の首が吠え、百足ポンチョ女の身体に噛みついた。その攻撃に、躊躇も容赦も一切なく。
「くっ……!」
百足野郎は苦しげに呻く。いつもはクソでかい百足の姿だから表情なんて分からないのだが、ポンチョ女と一体化している今、表情筋を得た百足野郎は実に分かりやすい。
ポンチョ女には紅の焔を使わない。その条件は飲んでいる。だが、百足野郎と一体化しているポンチョ女に使わない約束はしていない。百足野郎を引き摺り出すその瞬間まで、使えるものは全て使う。
「ああ、ああ……最果ての者どもめ……!」
肉が焼ける音がする。蒸発した血の匂いがする。消えない火に焼かれ、苦しみを顔に描く百足ポンチョ女の瞳に、強くて黒い粘ついた視線が交差する。その視線の先には俺が写っていたが、俺じゃない誰かを見ているかのように思えた。
ただの直感だ、根拠なんぞない。その憎しみが指し示す先にあるものに、身に覚えがある気がしたからだ。
「しッ……!!」
百足ポンチョ女の口から、冷たい殺意。透明な線が俺の右隣を掠める。直感が疼くのがほんの僅かでも遅ければ、脳味噌を炸裂させていたことだろう。
右頬に少しだけ滴る冷たい何か。日頃から世話になっているが苦手なそれを避けられたことに胸を撫で下ろす。
水属性ブレス、それも水圧を極限まで圧縮した高初速レーザー。当たったところで頭が砕け散る程度だし死にはしないがそれでもペースを崩されることに変わりない。竜王の焔でこっちが戦いの主導権を握れている今、可能な限り突っ走って畳み掛ける。
「悪いな百足野郎。テメェの飼い主、ちとばかしグロくなるぜ? 精々死なねぇようにフィジカル貸してやれよなァ!!」
天高く、剣を掲げる。その剣の刀身は既に炭となり、ボロボロだ。今にも崩れ去りそうなまでに脆くなっている。紅の焔が蝕み続けたことで、その命は今にも尽きようとしていた。
俺の愛剣、焔剣ディセクタム。おそらく今からやろうとしている一閃が、コイツの最期になるだろう。せめてもの弔いだ。この一撃に、全てを載せる。
「耐えろよ。相棒」
無茶振りだ。最期だって分かっているのに、更に焔を纏わせる。纏わり切れなかった焔竜が荒れ狂う。刀身すらも食い破るそれらは、持ち主の俺にすら牙を向かんとするほどに、俺の腕に噛みついた。
「終わりだ」
右から左へ、躊躇なく一閃。肉が焼ける生々しい匂いが強まり、鼻腔に焼けた鉄が充満する。何かが噴き出した。歯磨き粉を捻り出すように飛び出したそれらは、俺にとって記憶に新しい。
「がッ!?」
腹は割いた、後は百足野郎が潜んでいる場所を探るだけ。何事も単純に考えちまうのは、俺の悪い癖だ。腹を掻っ捌けた嬉しさで、背後から迫る黒い殺意に気づけなかった。
「くそがッッ」
叫ぶ暇なんざない、百足野郎の猛攻。巻きつかれて、引き寄せられて。首筋に痛覚が暴れ狂う。
首筋から朱色の花が咲き誇る。体の中を駆け巡る命を養分に、急速に成長していく。だが、俺は不死だ。死なない。つまり、どれだけ花に強奪されようと、養分は無限にある。
「邪魔!!」
ポンチョ女の頭を鷲掴み、振り解いた。もはや花というより、紅の噴水だ。美しさなんてかけらもない。頸動脈ごと無理矢理引き離したんだから、我ながら不死じゃなけりゃできたもんじゃあない。
「あ、やべ。首へし折っちまった」
ポンチョ女の首があらぬ方向に向き、全然すわっていない。噛みつかれてムカついたからついつい振り解く手に力が入っちまったせいだ。普通なら即死しちまう大怪我だろうが。
「まあ、いいか。百足野郎が治すだろ」
一瞬で、どうでもよくなった。そも首の骨が折れた程度、致命傷でもなんでもない。特にポンチョ女には百足野郎がついている。ポンチョ女の身体を粉々にしちまったわけでもなし、首の骨ぐらいどうとでもできるはずだ。
むしろ、これはチャンスである。俺がコイツの身体に用がある部分は、ただ一つ。
「悪いな、しばらく飯は食えねぇぜ」
飛び出した腹の中身をかき分ける。小さい腹に収まっていたであろう血肉が、生々しい音と匂いを漂わせながら辺りに散らばる。
臓物の名前なんざ一々記憶しちゃいねぇが、アイツは口から百足を飲んでいた。口から入ったものがどこに入るのか。不服にも自他ともに無知蒙昧が板についてきてやがる俺でも知っている。
「これだァ!!」
無限なんじゃないかと錯覚するぐらいの細い管、その細い管より一回り太いぶよぶよした管、二等辺三角形の真っ赤な肉塊、白いブツブツした奴。その中に埋もれていた、白味のある赤い肉袋。一番用があるそれを、躊躇なく引っ張り出す。
飛び散る血飛沫、飛び出る血肉。生臭ぇ匂いが鼻腔を支配し、気がつけば俺の腕や足、服は返り血でヒタヒタだ。でも今となってはそれら全てがどうでもいい。今用があるのは、ただ一つだけだからだ。
「チッ……無駄にデカいな」
その袋は、他の臓物と比べサイズが二回りぐらいにデカい。俺より小せぇ身体だってのに、どこに収納されていたのか。片付ける癖があまりない俺には、もうきちんと仕舞い込める自信がない。
まあ、片付けるつもりなんざねぇんだが。
「そして無駄に頑丈……だな!」
とりあえず引きちぎろうとしたが、まさかの破れない。手が血で滑って思ったように力が入りにくいのもあるが、それでも今の俺は竜人化して膂力が人外と化している。本来なら人の臓物なんぞ加減しないと一瞬でぐちゃぐちゃにしてしまうはずなのだが、普通に耐えるとは驚きだ。これも百足野郎の影響なのか。
「どっちでもいい。だったら焼くだけのこと」
引きちぎれないし破れない。俺の膂力に耐える肉袋ってのは少し面食らう事実だったが、要は物理的に潰せないってだけの話。だったら焼いて穴開ける。そしてその穴から引き裂く。それで終わりだ。
「さ、せません!」
「ぐあッ、こいつ……!」
腕が砕かれる。へし折ったはずの首は元通り、性懲りもなく俺の腕に歯をブッ刺し、口元が朱色に染まる。首へし折った程度で死にはしないだろうと思っていたが、もう治しやがった。それにまだ、俺に抗うだけの余力があるらしい。
「うるせぇ」
ばぎゃ。鈍い音がした。腕を噛みつかれた。咀嚼力はすでに人外、竜人化して赤黒い鱗の装甲で守られているはずの俺の腕を骨ごと炸裂させるほどなんだから相当だが、なんだろうと関係ない。
俺は不死だ。俺は死なない。腕一本砕いた程度で、俺を止められるわけがない。噛みつくんなら好きにしろ。俺はそんなもん無視してテメェの飯袋を破り抜く。
「取ったァァァァァァァァァァァ!!」
体の大半を埋め尽くす袋から出てきた、黒い紐。それはただの紐にあらず。俺たちがよく知る、黒き百足の異形そのものだった。
だからどんな手を使ってでも、戦争には勝たなきゃならない。特に流川の本家の当主である俺は、流川の全てのメンツを背負っている。擬巖との戦争の最中だったから尚更だ。
しかし、それでもなおポンチョ女を殺さない決断をした理由。新しい技を編み出して驕ったか。否、そんなわけはない。むしろ俺なりに悩んで出した、一つの答えだ。
キシシ野郎との戦いのとき、俺には確かな迷いがあった。
別にタイマン張っていたわけじゃあないし、キシシ野郎の裏切りは弥平のお墨付きだったし、アイツも正々堂々タイマン張ってブチ殺すってタイプでもなかったし、俺がわざわざリスクを背負うまでもなかったんじゃないかと問われれば、確かになかった。当主として正しいことはしたと思っているし、アレで負けていたらそれこそ俺がクソ間抜けだったと胸を張って言える。
だが、そうやって言い訳がましく過去の行いを必死に正当化しようとしている自分が、あまりに哀れに思えてならない。どんな理由であれ、俺はキシシ野郎にタイマンで勝ち筋を見出せなかった。なんなら頼みの綱だった不死性でさえ、よく分からん武器に攻略されて、ゼヴルエーレのクソ野郎に助けられるとかいう胸糞展開で生き長らえる羽目になってしまったほどだ。
ゼヴルエーレがいなかったら。澄連がいなかったら。弥平がいなかったら。俺はキシシ野郎と擬巖との戦いに勝てただろうか。答えは、考えるまでもない。答えるのも、億劫だ。
「だから俺は、後顧の憂いを、今ここで断つ」
そう、これは自分のためだ。純粋に純然に、自分のため。仲間を死んでも守り切る。そのルールを掲げている奴のやることじゃない。矛盾している。
あくのだいまおうは仲間に依存していると批判した。今でもできないことは仲間に頼るって考えを、完全に変えるつもりもない。でも、仲間を盾に向き合うべき存在と向き合うのを避ける癖がついてきているのも事実。
その矛盾をブチ壊さないと、これからの戦い、きっと仲間を守りきれない。そう直感が疼くのだ。
「悪いな、踏み台にさせてもらうぜ」
復讐する側からされる側へ。かつてする側だった俺が、この台詞を面と向かって言われたら殺意で真っ黒に塗り潰されていただろうが、今は逆だ。
される側だと、相手に対して何も感じない。殺意に塗れた俺と相対したとき、親父も今の俺と同じ気分だったのかもしれないなんて感慨に耽りそうになったが、すぐにどうでもよくなってしまう。重要なのは今、復讐とかいうクソ面倒なことに巻き込んだコイツらを、如何に殺さずブチのめし分からせられるか、だ。
とりあえず、横薙ぎに一閃。特に意識とか考えとか戦術とかのない、ただの斬撃。本来百足野郎にこの程度の攻撃ゴミカスでしかないだろうが、俺の剣は今、符呪されていた。
己すらも焼き尽くす、紅の焔。それをもってすれば、百足野郎の属性耐性なんぞ関係ない。耐性ごと焼き尽くす。
「っ!!」
右横から、殺意。黒く、しかし鋭利で確かなそれは紅の大幕を無視し、その身を焼きながらも突っ込んでくる。狙うは、俺の首。
「チッ……そういうことかよ!」
紅き焔を纏う、黒き刃。おそらく音速を超えているだろう百足野郎の尻尾は、鈍らでありながらその尋常じゃない速度が、全てを切り裂き吹き飛ばす剣へと押し上げている。奴のフィジカルを考えれば、俺の物理防御力を抜けるのは必至。
「いつもならわざと切り飛ばしてやって油断を誘うんだが、なァ!!」
俺は、吐いた。ゲロでもなければ、唾でもない。そんな汚ぇもんを吐くのはカエルだけで十分だ。
俺が吐いたのはただ一つ。血よりも紅い、火炎である。全てを焼き尽くす紅の焔、残念ながら武器にしか纏わせられないが、なんのことはない。武器にしか纏わせられないのなら、外から付け足して強化すればいいだけのこと。どっちも火であることに変わりはない。
ただの炎と紅の焔、両方が交わらない道理なんぞ、初っ端からありはしないのだ。
「属性耐性なんざ関係ねぇ、全部まとめて焼き尽くす!!」
耐性、そんなもんは知らん。だったらそれすら熔かし尽くす勢いで焼き尽くす。ただ、それだけ。
「……熱い……。厄介、ですね?」
黒き尾が燃える。本来なら燃えるはずのないそれは、赤熱して溶けでた鉄のように地面に滴り、道路を熔かす。鉄が焼ける生々しくも金属臭ぇ煙が、鼻腔を舐めまわした。
いつもなら不快に感じるはずの臭いだが、今の俺はどうかしているのか。むしろ体の奥底から無限に炎が沸き立つ。まるで、今にも噴火寸前の火山の如く。
「このままごぶッ!?」
一気に。そう考えた、次の瞬間だった。
顔全体を覆う、冷たい何か。まるで風呂の中に顔面をつけたかのような違和感が、肌を張り巡る神経を舐め回す。
他の奴らなら夏も全盛期にさしかかるこの頃、ほんのりとした冷たさが顔面に張り付いた熱気を汗ごと洗い流してくれて心地良さと爽快感で気分の一つも良くなるんだろうが、夏の暑さ如き春や秋と大差ない俺にとって、水の冷たさなんぞ寒さが増して、ただただ不快なだけである。それに。
「おぎがえぎごが……!!」
そう、息ができない。俺が水を嫌う理由の一つ。
何故水の中で息ってできねぇんだろうか。ちなみにだが俺は溶岩の中でなら何故か息ができる。火の中とかでも普通にできる。母さん曰く普通の奴らは火の中だと肺や喉が焼けて呼吸できなくなるらしいが、俺は火属性適性があるせいか、火はおろか溶岩でさえ、そこらの空気とかと変わらないぐらいに活動できてしまう。
だが、それと引き換えってことなのだろうか。水の中で息ができないことが、クッソ辛い。
風呂でさえ、お湯に顔をつけることができないぐらいだ。息ができない。窒息への本能的な恐怖が、水嫌いを冗長させているといっても過言じゃないと思う。
クソが、俺の弱点が知られちまってるのがクソだりぃ。
「っ……!」
前方から霊力反応。それもかなり強い。俺の煉旺焔星に迫るか、下手すりゃ肩を並べるんじゃねぇかと思うほどに、全身の肌が沸騰する。属性霊力をわずかに感じる。その霊力の奔流に、思わず奥歯を噛み砕きそうになった。
「ぐ……く」
俺を包み込む水が、俺の肉体に宿る熱を弱めていく。まるでそれは噴火した火山に対し、それら全てを埋め尽くさんとする大海の叛逆。海の神が怒りに狂い、この世に存在する全ての炎を消し去ろうと三叉槍を振り回すように、熱の簒奪が暴力となって殴りこむ。
クソが、クソがクソがクソがクソが。舐めやがって。
「ぶるうううううううううううぁ!!」
体の奥底に力を入れる。これでもかと、奮起して。気張りすぎてケツからミが出ないようにはしつつも、俺は手札の一つを躊躇なく切り、眼前から発射されたであろう濁流を吹き飛ばす。
片腕は既に人にあらず。爬虫類をイメージさせる、赤黒い鱗。黒を基調とする中で存在する赤は、黒地の上で脈動する。さながら隆起した血管を思わせ、その筋に流れる血液は何物よりも赤く鱗を染めあげる。
「……竜人化」
「へえ。知ってんのかよ」
魔生物の癖に物知りな奴である。姿晒すだけで、こっちの手札が把握されるのはクソ面倒この上ない。
知識は力なり。情報とは時として、ただの暴力を凌駕する。俺にはないもので殴ってくることに理不尽だと思いつつも、身勝手に苛立ちを募らせる。
だからこそ、ぶつけてやる。ずっと前から、思っていたことを。
「……お前、俺を殺すって言ってるが、それはお前の意志も含まれてるのか?」
再び焔に身を包む。俺の身体から発する熱気が、周りを濡らす水どもを消し炭にしていく。
ずっと前から思っていたこと。ポンチョ女の相棒、百足野郎の本音だ。百足野郎がポンチョ女以外の奴と話したところを見たことがない。長くもねぇが短くもねぇ付き合いだ、理由は薄々だが察しがついていた。
「丁度いい機会だ。サシで話そうや。もう興味ねぇじゃすまさねぇぞ?」
俺の周りを暴れ狂う焔が、勢いを増す。
百足野郎がポンチョ女以外とロクに会話しない理由なんざ単純だ。ただただポンチョ女以外の全てに興味がない。どうなろうが知ったこっちゃなく、究極的にはポンチョ女さえいればいいと、そう考えているからだ。
今までならそれでも良かった。俺にとってもポンチョ女や百足野郎がどう思っていようが興味なかったし、ポンチョ女に至っては事あるごとに俺にガタついてきていたから嫌いなんだろうなとすら思っていた。嫌われていようと俺は俺だし、どっちにしろ勝手にしてくれればどうでもよかったのだ。
俺に復讐なんて真似を、考えさえしなければ。
「お前に話すことはありません。私はブルーの意志を代行します。それこそが、私の意志です」
「御託はいい。テメェの本音は何だ?」
「私は御託を言っていません。お前を殺す。これは私の嘘偽りない意志です」
「じゃあなんでポンチョ女じゃなくて、お前が表に出てくるんだろうねェ……?」
怒りが、苛立ちが、焔となって燃え盛る。
御玲のときもそうだったが、なんで周りの奴らは本音ってのを隠したがるんだろうか。いつどんなときでも本音を晒してろとは言わねぇが、こういう面倒事の真っ只中ぐらいは晒してもいいと思うんだ。
どっちにしろ殴り合いになることに変わりないんだし、隠す意味もないはずなのに。嘘偽りのない意志、なんてほざいてやがったが、結局のところポンチョ女の意志に従っているだけじゃねぇか。
「俺への復讐ってんなら、テメェが代行する必要なんざねぇだろうが。一体化してんだし、フィジカル貸すだけして傍観してりゃあよかっただろ?」
身に纏わせた焔で息づく暇もなく繰り出される黒い殺意を捌く。
百足野郎はポンチョ女以外に興味がない。長くもねぇが短くもねぇ関わりで、その程度は察しがついていた。だったら何故ポンチョ女じゃなく、コイツが表立って俺を殺ろうとしやがるのか。
復讐の代行、それはまあ嘘じゃあねぇだろう。百足野郎はポンチョ女に使役されている。ポンチョ女が指示したのなら、コイツの行動になんらおかしいところはない。本当にポンチョ女から命令されてやっているのならの話だが。
「……復讐舐めんなよ? 誰かに丸投げしなきゃ憎い奴一人も殺せねぇ腰抜けなんざ、一生家に引きこもって泣きべそかいてろ」
復讐。親父をブチ殺したからこそ言える。復讐を誰かに替わってやってもらうなんざ、そんなもんただの甘えだと。
仲間と協力して最後に本人が責任もってブチ殺すとかならまだ分かる。親父をブチ殺した俺がそうだったし、それならまだ認めることはできた。
でも代わりにやってもらうってのは、もはや復讐の体を成してねぇ。そんなもんは、ただの作業でしかない。
「私はお前の意見を聞いていません。たとえお前が言う条理に反していようと、ブルーの意志を代行します」
百足野郎は頑なだ。俺の言葉なんざ何一つ届く様子がない。一ミリも興味ない奴からガタつかれているんだから、当然の結果だ。俺だって興味ないぽっと出の奴からやいのやいの言われたら内容関係なく突っぱねている。
だからこそ、コイツのリアクションは予想の範疇を逸脱しない。
「だったらよ、取引しようや」
ポンチョ女の表情筋を借りた百足野郎は、眉を顰める。だが俺は見逃さない。以前として霊圧に変化はない。が、警戒心が僅かに緩んだ。俺の本能が、そう告げていた。
「今から俺は、力づくでテメェをポンチョ女の身体から引き摺り出す。そんでポンチョ女を殺さねぇ程度にブチのめして黙らせる。お前は何やってもいい。どうだ?」
とりあえず得意げに指差しながら言ってみたが、自分で言った手前、文面だけなら意味の分からん要求だとついつい思ってしまう。もしも俺が要求された側だったなら、意味が分からなすぎて話を聞くまでもなく煉旺焔星で焼き尽くしていたことだろう。
だが、今回は違う。
「拒否。条件が不足しています」
百足ポンチョ女は眉を顰めたまま、俺を睨む。
交渉の決裂、これもまた予想通り。俺がやったのは、仮の提案をしただけ。百足野郎の殺意は本物だし、聞くだけ頭がイタくなる条件をそのまんま飲むとは露ほどにも思っちゃいなかった。でも、このやりとりではっきりと分かったことが一つある。
「一、ブルーにその焔を使ってはならない。二、私はお前を殺します。手加減はしません。三、ブルーを殺したなら、私は流川をこの世界から消し去ります」
「大きく出たなぁ。本来ならそれを言った時点で問答無用の惨殺処刑コースなんだが……」
確定だ。直感は、確かな真実へと姿を変える。
「いいだろう。流川本家派当主``禍焔``の名に賭けて、その条件を飲んでやる」
焔の勢いが、天を貫く。百足野郎の殺意に呼応するかのように、猛々しく。
本来なら百足野郎が取引に応じる必要なんぞない。百足野郎はポンチョ女だけの味方だ。ポンチョ女の敵は、己の敵であり、それ以外の何でもない。だからこそ、その間に俺が割り込む隙なんざ、本来ならないはずだ。
でも、実際はどうか。百足野郎は応じる必要がないはずの取引に応じた。それが意味するところは一つ。百足野郎もまた、この復讐を望んでいない。戦わないで済むのなら、それに越したことはないと、内心そう考えているからに他ならない。
「だったら後は……」
心おきなく喧嘩。コイツをどうにかして、ポンチョ女から引き摺り出す。ただ、それだけ。方法、そんなもんは考えない。考える必要もない。
「要は気合だ。気合と根性でどうにかすりゃあいい!」
いつだって、そうやって乗り越えてきた。今回だって同じこと。面倒くさい条件がいつもよりちょっと多いだけの、些末事だ。
俺の周りを舞う焔竜に、殺意が宿る。数体分の首が吠え、百足ポンチョ女の身体に噛みついた。その攻撃に、躊躇も容赦も一切なく。
「くっ……!」
百足野郎は苦しげに呻く。いつもはクソでかい百足の姿だから表情なんて分からないのだが、ポンチョ女と一体化している今、表情筋を得た百足野郎は実に分かりやすい。
ポンチョ女には紅の焔を使わない。その条件は飲んでいる。だが、百足野郎と一体化しているポンチョ女に使わない約束はしていない。百足野郎を引き摺り出すその瞬間まで、使えるものは全て使う。
「ああ、ああ……最果ての者どもめ……!」
肉が焼ける音がする。蒸発した血の匂いがする。消えない火に焼かれ、苦しみを顔に描く百足ポンチョ女の瞳に、強くて黒い粘ついた視線が交差する。その視線の先には俺が写っていたが、俺じゃない誰かを見ているかのように思えた。
ただの直感だ、根拠なんぞない。その憎しみが指し示す先にあるものに、身に覚えがある気がしたからだ。
「しッ……!!」
百足ポンチョ女の口から、冷たい殺意。透明な線が俺の右隣を掠める。直感が疼くのがほんの僅かでも遅ければ、脳味噌を炸裂させていたことだろう。
右頬に少しだけ滴る冷たい何か。日頃から世話になっているが苦手なそれを避けられたことに胸を撫で下ろす。
水属性ブレス、それも水圧を極限まで圧縮した高初速レーザー。当たったところで頭が砕け散る程度だし死にはしないがそれでもペースを崩されることに変わりない。竜王の焔でこっちが戦いの主導権を握れている今、可能な限り突っ走って畳み掛ける。
「悪いな百足野郎。テメェの飼い主、ちとばかしグロくなるぜ? 精々死なねぇようにフィジカル貸してやれよなァ!!」
天高く、剣を掲げる。その剣の刀身は既に炭となり、ボロボロだ。今にも崩れ去りそうなまでに脆くなっている。紅の焔が蝕み続けたことで、その命は今にも尽きようとしていた。
俺の愛剣、焔剣ディセクタム。おそらく今からやろうとしている一閃が、コイツの最期になるだろう。せめてもの弔いだ。この一撃に、全てを載せる。
「耐えろよ。相棒」
無茶振りだ。最期だって分かっているのに、更に焔を纏わせる。纏わり切れなかった焔竜が荒れ狂う。刀身すらも食い破るそれらは、持ち主の俺にすら牙を向かんとするほどに、俺の腕に噛みついた。
「終わりだ」
右から左へ、躊躇なく一閃。肉が焼ける生々しい匂いが強まり、鼻腔に焼けた鉄が充満する。何かが噴き出した。歯磨き粉を捻り出すように飛び出したそれらは、俺にとって記憶に新しい。
「がッ!?」
腹は割いた、後は百足野郎が潜んでいる場所を探るだけ。何事も単純に考えちまうのは、俺の悪い癖だ。腹を掻っ捌けた嬉しさで、背後から迫る黒い殺意に気づけなかった。
「くそがッッ」
叫ぶ暇なんざない、百足野郎の猛攻。巻きつかれて、引き寄せられて。首筋に痛覚が暴れ狂う。
首筋から朱色の花が咲き誇る。体の中を駆け巡る命を養分に、急速に成長していく。だが、俺は不死だ。死なない。つまり、どれだけ花に強奪されようと、養分は無限にある。
「邪魔!!」
ポンチョ女の頭を鷲掴み、振り解いた。もはや花というより、紅の噴水だ。美しさなんてかけらもない。頸動脈ごと無理矢理引き離したんだから、我ながら不死じゃなけりゃできたもんじゃあない。
「あ、やべ。首へし折っちまった」
ポンチョ女の首があらぬ方向に向き、全然すわっていない。噛みつかれてムカついたからついつい振り解く手に力が入っちまったせいだ。普通なら即死しちまう大怪我だろうが。
「まあ、いいか。百足野郎が治すだろ」
一瞬で、どうでもよくなった。そも首の骨が折れた程度、致命傷でもなんでもない。特にポンチョ女には百足野郎がついている。ポンチョ女の身体を粉々にしちまったわけでもなし、首の骨ぐらいどうとでもできるはずだ。
むしろ、これはチャンスである。俺がコイツの身体に用がある部分は、ただ一つ。
「悪いな、しばらく飯は食えねぇぜ」
飛び出した腹の中身をかき分ける。小さい腹に収まっていたであろう血肉が、生々しい音と匂いを漂わせながら辺りに散らばる。
臓物の名前なんざ一々記憶しちゃいねぇが、アイツは口から百足を飲んでいた。口から入ったものがどこに入るのか。不服にも自他ともに無知蒙昧が板についてきてやがる俺でも知っている。
「これだァ!!」
無限なんじゃないかと錯覚するぐらいの細い管、その細い管より一回り太いぶよぶよした管、二等辺三角形の真っ赤な肉塊、白いブツブツした奴。その中に埋もれていた、白味のある赤い肉袋。一番用があるそれを、躊躇なく引っ張り出す。
飛び散る血飛沫、飛び出る血肉。生臭ぇ匂いが鼻腔を支配し、気がつけば俺の腕や足、服は返り血でヒタヒタだ。でも今となってはそれら全てがどうでもいい。今用があるのは、ただ一つだけだからだ。
「チッ……無駄にデカいな」
その袋は、他の臓物と比べサイズが二回りぐらいにデカい。俺より小せぇ身体だってのに、どこに収納されていたのか。片付ける癖があまりない俺には、もうきちんと仕舞い込める自信がない。
まあ、片付けるつもりなんざねぇんだが。
「そして無駄に頑丈……だな!」
とりあえず引きちぎろうとしたが、まさかの破れない。手が血で滑って思ったように力が入りにくいのもあるが、それでも今の俺は竜人化して膂力が人外と化している。本来なら人の臓物なんぞ加減しないと一瞬でぐちゃぐちゃにしてしまうはずなのだが、普通に耐えるとは驚きだ。これも百足野郎の影響なのか。
「どっちでもいい。だったら焼くだけのこと」
引きちぎれないし破れない。俺の膂力に耐える肉袋ってのは少し面食らう事実だったが、要は物理的に潰せないってだけの話。だったら焼いて穴開ける。そしてその穴から引き裂く。それで終わりだ。
「さ、せません!」
「ぐあッ、こいつ……!」
腕が砕かれる。へし折ったはずの首は元通り、性懲りもなく俺の腕に歯をブッ刺し、口元が朱色に染まる。首へし折った程度で死にはしないだろうと思っていたが、もう治しやがった。それにまだ、俺に抗うだけの余力があるらしい。
「うるせぇ」
ばぎゃ。鈍い音がした。腕を噛みつかれた。咀嚼力はすでに人外、竜人化して赤黒い鱗の装甲で守られているはずの俺の腕を骨ごと炸裂させるほどなんだから相当だが、なんだろうと関係ない。
俺は不死だ。俺は死なない。腕一本砕いた程度で、俺を止められるわけがない。噛みつくんなら好きにしろ。俺はそんなもん無視してテメェの飯袋を破り抜く。
「取ったァァァァァァァァァァァ!!」
体の大半を埋め尽くす袋から出てきた、黒い紐。それはただの紐にあらず。俺たちがよく知る、黒き百足の異形そのものだった。
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