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復讐のブルー・ペグランタン編
白き暴虐
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むーちゃんにライフリンクを切られた。一方的に切られるなんて、人生初めての経験だったが、そのお陰か、あらゆる痛みを感じない。自分の身体が大変なことになっているのに、痛みはおろか不快感さえ、なにも感じないのだ。
でも原因は分かっていた。むーちゃんが世界情報全書に干渉して、本来私にふりかかるはずの全ての痛みを肩代わりしてくれていることくらい。
「むーちゃん……」
自分の腑から、むーちゃんが引き摺り出された。自身の血に染まり切った復讐の相手は、引き摺り出したむーちゃんを空に掲げ、雄叫びをあげている。
周囲を震撼させる大咆哮。それはまさしく、禍災の焔竜。砂埃が立ち、霊圧で窓が割れ、家々は軋みだす。全身血に濡れたその姿は、弱者を躊躇なく食い潰す竜の如く。
人々はその姿を雄々しさと猛々しさを併せ持った英雄と持て囃すだろうが、自分にはただただ禍々しいだけの、血に飢えた怪物にしか思えない。
英雄には、程遠い。化け物だ。
「……あぁ」
ぼとぼと。お腹から何かが落ちた。腹が急に軽くなる。無地の白が朱色に彩られた。
依然として痛みもなければ不快感もない。別に臓物なんて見慣れたものだ。下威区で生活していたら、腹の中身をほじくり返された腐乱死体を見る機会は、それこそ自分の目が腐乱するんじゃないかってくらいあった。なんら珍しくもない。
「ここまでやっても、結局……」
勝てない。レクとの約束を破り、自身のキャリアを捨て去って、むーちゃんと融合を果たして尚、流川の当主には及ばない。逆境に追い込めば追い込むほど、自分の想定していない遥か高みに行かれてしまう。
成長、と言えば聞こえはいい。だが、あまりに理不尽だ。逆境に追い込まれたら今の強さを上回る速度で強くなるなんて、ただの反則じゃないか。こっちに勝たせる気がない。最初から、自分が勝つシナリオなんかないと言われているかのような。
「……クソが。なにもかも、みんなみんなクソッタレだ」
ツムジは殺された。同胞はみんな死んだ。そして唯一の繋がりだったナユタも殺された。
みんなみんな、いなくなった。私とむーちゃんだけが残った。そして、そのむーちゃんさえも。
どうして。どうして世界は、私たちから大事なものを奪うのか。私たちが、弱いからか。
「弱い奴は……大事なもんを背負うことすら、許されねえのか」
弱肉強食。弱い奴は死に、強い奴らが生き残る。
弱い奴は死んで当然で、生きている意味も価値もない。弱い自分を恨み、憎み、呪って死ね。それが、この世界のルール。生きとし生けるもののうち、生きる意味や価値がある者のみを選別する、究極の差別。
私たちは、世界に差別されている。強い奴らの幸せのために、死ぬべきなのだと。
「……じゃあ、なんで私たちは生まれたんだよ。なんで私たちは、人間なんだよ」
死ぬべきだというのなら、人である必要はない。いや、そもそも生き物である必要もない。生まれ落ちてなお死の烙印を押されるのなら、何故私たちは産み落とされた。犠牲になるためだとでもいうのか。死ぬべき弱者と生きるべき強者、そのどちらも存在することそのものすら、世界の理だとでも。
「……ふざ、けん、な……」
朱色から黒へと染まる。白紙のキャンバスを彩る朱色ですらも黒に塗りつぶされ、黒の上には私と私の臓物だけが浮いていた。
その黒は酷く冷たく、全てを凍てつかせるが如く、その刃で私を切り刻む。
「…………もっと」
全てが虚しい。怒るのも憎むのも、全てが疲れた。
「…………もっと、もっと」
弱者が感情を抱くことすらも不要だというのなら、私が生きる意味もない。
「…………もっと、もっと、もっと」
だが、そう考えざる得なくなったのも、怒りも悲しみも憎しみも恨みも、その全てが虚しさに変わったのも。全部全部全部全部。
「もっと私に、力があれば!!」
ごは。口から、何かが吹き出した。同時に、全身から力が抜ける。腹に力を入れすぎたか。入れようにも中身が飛び出しているから入れようがないはずなのに。
―――``死ぬつもり、ですか?``
幻聴か。いよいよ、最期の時が近いらしい。むーちゃんにもナユタにも生きろと言われたのに、それに反して自分には、気力がない。
―――``それは困りました。うーん……でも力は貸したくないですね。やっぱり戦いというのは、自力で勝ってこそですし``
まだ聞こえる。何なんだ、一体。死にたくなると幻聴って声質すら認識できるほど鮮明に聞こえるものなのか。
―――``幻聴ではないんですが、まあ、それはいいでしょう。とりあえず……死ぬのやめてもらってよろしいでしょうか。つまらないですので``
意味が分からない。つまらないから死ぬのやめろってなんだよ。別にお前がどう感じてるかなんてどうでもいい。目障りだ。消え―――。
「がッ!?」
視界が一瞬、流転。自身の認識速度を現実が凌駕する。声も出せないほどの息苦しさで、辛うじて自分が首根っこを掴まれ持ち上げられていることを認識する。
「死なないでくださいねと言っているんですがね、中々伝わらないものです。死ね、と吐き捨てるのは得意なのですけれど」
「お、ま……誰……だ……」
「誰だっていいではありませんか。いつか分かることですし」
そう言うと、ゴミのように投げ捨てられる。黒の無地に叩きつけられてカハ、と乾いた呻き声が漏れた。身を起こし、人を平気で首根っこ掴んで投げ捨てられるクソ野郎を改めて睨んだ。
それは、白い靄だった。辛うじて人の輪郭を模った靄。分かるのは輪郭だけで、どんな服装をしていて、どんな人相をしているのかは分からない。ただ、声質は女だ。
だからと言って実際に女かどうかは定かではないが、何故だろう。私は靄が表すその人物を、知っているような気がした。懐かしいような、でも身近なような。
「頼む、力を貸し」
「お断りします」
感情が、すっぽ抜けた。
こいつが誰なのかは分からない。でも、どこか知っていて、見覚えがあって、身近で。手を差し伸べたら、その手を取ってくれる。そんな感覚がしたのに。差し伸べた手は容赦なく払い除けられた。手酷く、あまりにも、手酷く。
「……どうして!!」
「面白くないから、ですが?」
「私が!! どんな思いでここにいるか!! 分かってんだろ!! 分かってここに来てんだろ!! だったら……」
「知りませんよ。分かってようがなかろうが、力を貸す道理などありませんし」
クソが。どいつもこいつも、クソが。
叩く。黒い無地の地面を、何度も、何度も、何度も。痛みがないことをいいことに、何度も。
物理的な痛みはむーちゃんが無効化してくれているはずなのに、全身から言い知れない痛みが込み上げてくる。この痛みが何なのか、考えなくとも分かる。強い奴らには、絶対に理解されない痛みだ。
「ただ……手伝う程度ならしてさしあげるつもりですよ。そのために来ましたので」
クスクスッ。その笑みは笑いか、それとも嗤いか。身も心もズタボロの自分には、全てが嘲笑に思えてくる。
「とは言ったものの、壊れない程度に手伝うというのは難しいですね……私が思いつく方法は皆壊れてしまうものばかり。いっそのこと、壊してしまいますか」
寒気が走る。本能が疼く。自分の中に宿る精神的防衛反応が、怖気となって縦貫する。
白い靄が濃くなった。相手に殺意はない。だが靄から漂う白煙は、明確な殺気だった。
「別に殺しはしませんよ。死んだ方が良かったと後悔する程度ですから」
何一つ、朗報ではない。殺すって意味と何が違うのか。確かに生きる気力がさっきまでなくなっていたが、だからっておめおめと殺されてやる義理はない。生きるか死ぬかぐらい自分で決めるし、他の奴らに決められたくもないことだ。
「勝ちたいのでしょう? 今のままでは勝算などありませんよ」
分かっていた。面と向かって言われると、胸が締めつけられて、潰されそうになる。
相手は土壇場で竜の力、その一端を目覚めさせた。あともう少しで殺せるってところで、突破口をこじ開けられた。むーちゃんが戦ってくれているが、相手は竜だ。そう長くはもたせられないことくらい、分かりきっていた。
「どうしますか。心の準備が必要だというなら……そうですね、五秒くらい待ちますけれど」
それ待つ気ねーだろって本音を胃袋へ押し込み、一考。だがすぐに思索を振り払う。思考の海に身投げせずとも、すでに答えは自分の中にあったからだ。
「良い心がけです。私も速やかに善行が積めて、晴れやかな気分ですよ」
五秒しか待たねえと言われただけに善行って言葉が一気に薄っぺらく感じたが、今は状況が状況だ。あいつをぶっ殺せるだけの実力を手に入れられるのなら、なんでもいい。
「とはいえ、私は何も与えません。ただきっかけを作るだけです。後は自分で、どうにかしてくださいね」
白い靄は手を伸ばす。伸ばしたその手を中心に、白い靄が続々と集まってくる。それが何なのか、すぐに理解した。
「れ、霊力……!?」
それも、凄まじく高濃度かつ高密度。澄男やむーちゃんが持つ膨大な体内霊力なんて比較にならない。今までの人生で感じたことがないぐらい濃厚で濃醇。武市に放てば軽く万は殺せるほどに、その霊力は苛烈だった。
「我が物にしてみてください」
「こ、れ……」
「はい。できなければ、死にますよ」
致死量。人が晒されていい代物ではない。むーちゃんがいたら、迷わずライフリンクで余剰分を肩代わりしてくれただろう。
だが今は、繋がりが絶たれていた。守ってくれる存在は、どこにもいない。
「……やってやらあ」
どの道、もう後はない。復讐することを決め、澄男を手にかけたのだ。殺るか殺られるか、ただそれだけしかない。
幸い、まだ私は生きていた。ならやることは一つだけだ。
白い靄から霊力の塊を掻っ攫う。靄から離れた瞬間、霊力の塊は体に吸い込まれて、そして。
「ッッッッッカ、ッッッカ、ア……!!」
激痛。そんなものは生ぬるい。体の中で化け物が暴れ狂い、臓腑を食い散らかし、今にも体を引き裂いて出てこようと足掻いている。
転げ回った、嘔吐する、目の前が真っ赤、痛い。痛い痛いいだいいだいいだいいだいいだい。
「まあ、私の霊力ですからね。然もありなん」
なんかいってる、わかんない。いたい、からだ、くだける。ひきさかれる。
「アッッッッッガッッッッげっッッオァ」
あばれんな、おとなじくじろ。あーじは、おばえを。
「ッッッッッげぉえ」
いだい、むり。むりむりむりむりむり。ひとがたえられるちからじゃない、いたい、からだ、ごわれる。むーぢゃ。
「……ふむ。やはり魂魄が崩壊しますか。保って後……十五秒、ですかね。諦めますか?」
あぎ、らめる。あぎらめれば、らくになれる。こんなつらいおもいするぐらいなら、いっそのことぜんぶ、むーちゃんにまかせて。
「ッッッンナ、わけにいぐがああああああアアアアアアアアア!!」
暴れ怒り、今にも自分を引き裂いて貪り食らおうとする白い獣の頭をぶっ叩く。
そう、これは復讐だ。無念にも散っていったガキどもと、そしてナユタとツムジへのせめてもの弔い。もはや誰一人家族がいなくなった私ができる、せめてもの罪滅ぼし。
かつて私はナユタを見限った。その選択を誤りだとは思っていないが、それでも他にやりようがあったんじゃないかと、今更ながら思う。あのときの私は、全てに絶望していた。
捨てられた故郷、下威区。あたり一面に漂う死臭と淫靡な臭い。死体が転がっているのは当たり前で、姦淫なんて日常だった。
人々から見捨てられたその土地で、余裕なんざ少しも生まれない。それでもナユタは、いつも笑っていた。死と絶望しかない故郷で、ただみんなが笑って過ごせる世界を望んでいた。
寄り添えばよかった。ただのくだらねえ夢だって見捨てなきゃよかった。ナユタはお首にも出しはしなかったが、誰か一人でも信じてくれる奴がいたなら、もしかしたら殺られずに済んだかもしれないのに。
「ッッッッッう、……う、ッッウ……!!」
痛い。身体が引き裂かれて砕かれて、跡形もなくなるんじゃないかってぐらいに痛い。今にも復讐なんて投げ出して、死にたくなるほどだ。でも、こんな痛み。
「ナ、ユタ……や、つむ……ジ……あい、ツ、ラ、……が、う、けた……い、た……みに、く、ら……べた、ら」
屁でもない。
「う、オオオオオォォォォォォォォ!!」
叫べ、腹から。ぶちのめせ、痛みを。支配しろ、力を。体の内側で暴れる狂気を、私に―――。
「……………ほう」
ガキどもが、かけよる。ツムジが、手を振る。ナユタが、キシシと笑う。その後ろ姿はいつも見てきた、親しみのある景色。私は、その背中を追いかける。
でも原因は分かっていた。むーちゃんが世界情報全書に干渉して、本来私にふりかかるはずの全ての痛みを肩代わりしてくれていることくらい。
「むーちゃん……」
自分の腑から、むーちゃんが引き摺り出された。自身の血に染まり切った復讐の相手は、引き摺り出したむーちゃんを空に掲げ、雄叫びをあげている。
周囲を震撼させる大咆哮。それはまさしく、禍災の焔竜。砂埃が立ち、霊圧で窓が割れ、家々は軋みだす。全身血に濡れたその姿は、弱者を躊躇なく食い潰す竜の如く。
人々はその姿を雄々しさと猛々しさを併せ持った英雄と持て囃すだろうが、自分にはただただ禍々しいだけの、血に飢えた怪物にしか思えない。
英雄には、程遠い。化け物だ。
「……あぁ」
ぼとぼと。お腹から何かが落ちた。腹が急に軽くなる。無地の白が朱色に彩られた。
依然として痛みもなければ不快感もない。別に臓物なんて見慣れたものだ。下威区で生活していたら、腹の中身をほじくり返された腐乱死体を見る機会は、それこそ自分の目が腐乱するんじゃないかってくらいあった。なんら珍しくもない。
「ここまでやっても、結局……」
勝てない。レクとの約束を破り、自身のキャリアを捨て去って、むーちゃんと融合を果たして尚、流川の当主には及ばない。逆境に追い込めば追い込むほど、自分の想定していない遥か高みに行かれてしまう。
成長、と言えば聞こえはいい。だが、あまりに理不尽だ。逆境に追い込まれたら今の強さを上回る速度で強くなるなんて、ただの反則じゃないか。こっちに勝たせる気がない。最初から、自分が勝つシナリオなんかないと言われているかのような。
「……クソが。なにもかも、みんなみんなクソッタレだ」
ツムジは殺された。同胞はみんな死んだ。そして唯一の繋がりだったナユタも殺された。
みんなみんな、いなくなった。私とむーちゃんだけが残った。そして、そのむーちゃんさえも。
どうして。どうして世界は、私たちから大事なものを奪うのか。私たちが、弱いからか。
「弱い奴は……大事なもんを背負うことすら、許されねえのか」
弱肉強食。弱い奴は死に、強い奴らが生き残る。
弱い奴は死んで当然で、生きている意味も価値もない。弱い自分を恨み、憎み、呪って死ね。それが、この世界のルール。生きとし生けるもののうち、生きる意味や価値がある者のみを選別する、究極の差別。
私たちは、世界に差別されている。強い奴らの幸せのために、死ぬべきなのだと。
「……じゃあ、なんで私たちは生まれたんだよ。なんで私たちは、人間なんだよ」
死ぬべきだというのなら、人である必要はない。いや、そもそも生き物である必要もない。生まれ落ちてなお死の烙印を押されるのなら、何故私たちは産み落とされた。犠牲になるためだとでもいうのか。死ぬべき弱者と生きるべき強者、そのどちらも存在することそのものすら、世界の理だとでも。
「……ふざ、けん、な……」
朱色から黒へと染まる。白紙のキャンバスを彩る朱色ですらも黒に塗りつぶされ、黒の上には私と私の臓物だけが浮いていた。
その黒は酷く冷たく、全てを凍てつかせるが如く、その刃で私を切り刻む。
「…………もっと」
全てが虚しい。怒るのも憎むのも、全てが疲れた。
「…………もっと、もっと」
弱者が感情を抱くことすらも不要だというのなら、私が生きる意味もない。
「…………もっと、もっと、もっと」
だが、そう考えざる得なくなったのも、怒りも悲しみも憎しみも恨みも、その全てが虚しさに変わったのも。全部全部全部全部。
「もっと私に、力があれば!!」
ごは。口から、何かが吹き出した。同時に、全身から力が抜ける。腹に力を入れすぎたか。入れようにも中身が飛び出しているから入れようがないはずなのに。
―――``死ぬつもり、ですか?``
幻聴か。いよいよ、最期の時が近いらしい。むーちゃんにもナユタにも生きろと言われたのに、それに反して自分には、気力がない。
―――``それは困りました。うーん……でも力は貸したくないですね。やっぱり戦いというのは、自力で勝ってこそですし``
まだ聞こえる。何なんだ、一体。死にたくなると幻聴って声質すら認識できるほど鮮明に聞こえるものなのか。
―――``幻聴ではないんですが、まあ、それはいいでしょう。とりあえず……死ぬのやめてもらってよろしいでしょうか。つまらないですので``
意味が分からない。つまらないから死ぬのやめろってなんだよ。別にお前がどう感じてるかなんてどうでもいい。目障りだ。消え―――。
「がッ!?」
視界が一瞬、流転。自身の認識速度を現実が凌駕する。声も出せないほどの息苦しさで、辛うじて自分が首根っこを掴まれ持ち上げられていることを認識する。
「死なないでくださいねと言っているんですがね、中々伝わらないものです。死ね、と吐き捨てるのは得意なのですけれど」
「お、ま……誰……だ……」
「誰だっていいではありませんか。いつか分かることですし」
そう言うと、ゴミのように投げ捨てられる。黒の無地に叩きつけられてカハ、と乾いた呻き声が漏れた。身を起こし、人を平気で首根っこ掴んで投げ捨てられるクソ野郎を改めて睨んだ。
それは、白い靄だった。辛うじて人の輪郭を模った靄。分かるのは輪郭だけで、どんな服装をしていて、どんな人相をしているのかは分からない。ただ、声質は女だ。
だからと言って実際に女かどうかは定かではないが、何故だろう。私は靄が表すその人物を、知っているような気がした。懐かしいような、でも身近なような。
「頼む、力を貸し」
「お断りします」
感情が、すっぽ抜けた。
こいつが誰なのかは分からない。でも、どこか知っていて、見覚えがあって、身近で。手を差し伸べたら、その手を取ってくれる。そんな感覚がしたのに。差し伸べた手は容赦なく払い除けられた。手酷く、あまりにも、手酷く。
「……どうして!!」
「面白くないから、ですが?」
「私が!! どんな思いでここにいるか!! 分かってんだろ!! 分かってここに来てんだろ!! だったら……」
「知りませんよ。分かってようがなかろうが、力を貸す道理などありませんし」
クソが。どいつもこいつも、クソが。
叩く。黒い無地の地面を、何度も、何度も、何度も。痛みがないことをいいことに、何度も。
物理的な痛みはむーちゃんが無効化してくれているはずなのに、全身から言い知れない痛みが込み上げてくる。この痛みが何なのか、考えなくとも分かる。強い奴らには、絶対に理解されない痛みだ。
「ただ……手伝う程度ならしてさしあげるつもりですよ。そのために来ましたので」
クスクスッ。その笑みは笑いか、それとも嗤いか。身も心もズタボロの自分には、全てが嘲笑に思えてくる。
「とは言ったものの、壊れない程度に手伝うというのは難しいですね……私が思いつく方法は皆壊れてしまうものばかり。いっそのこと、壊してしまいますか」
寒気が走る。本能が疼く。自分の中に宿る精神的防衛反応が、怖気となって縦貫する。
白い靄が濃くなった。相手に殺意はない。だが靄から漂う白煙は、明確な殺気だった。
「別に殺しはしませんよ。死んだ方が良かったと後悔する程度ですから」
何一つ、朗報ではない。殺すって意味と何が違うのか。確かに生きる気力がさっきまでなくなっていたが、だからっておめおめと殺されてやる義理はない。生きるか死ぬかぐらい自分で決めるし、他の奴らに決められたくもないことだ。
「勝ちたいのでしょう? 今のままでは勝算などありませんよ」
分かっていた。面と向かって言われると、胸が締めつけられて、潰されそうになる。
相手は土壇場で竜の力、その一端を目覚めさせた。あともう少しで殺せるってところで、突破口をこじ開けられた。むーちゃんが戦ってくれているが、相手は竜だ。そう長くはもたせられないことくらい、分かりきっていた。
「どうしますか。心の準備が必要だというなら……そうですね、五秒くらい待ちますけれど」
それ待つ気ねーだろって本音を胃袋へ押し込み、一考。だがすぐに思索を振り払う。思考の海に身投げせずとも、すでに答えは自分の中にあったからだ。
「良い心がけです。私も速やかに善行が積めて、晴れやかな気分ですよ」
五秒しか待たねえと言われただけに善行って言葉が一気に薄っぺらく感じたが、今は状況が状況だ。あいつをぶっ殺せるだけの実力を手に入れられるのなら、なんでもいい。
「とはいえ、私は何も与えません。ただきっかけを作るだけです。後は自分で、どうにかしてくださいね」
白い靄は手を伸ばす。伸ばしたその手を中心に、白い靄が続々と集まってくる。それが何なのか、すぐに理解した。
「れ、霊力……!?」
それも、凄まじく高濃度かつ高密度。澄男やむーちゃんが持つ膨大な体内霊力なんて比較にならない。今までの人生で感じたことがないぐらい濃厚で濃醇。武市に放てば軽く万は殺せるほどに、その霊力は苛烈だった。
「我が物にしてみてください」
「こ、れ……」
「はい。できなければ、死にますよ」
致死量。人が晒されていい代物ではない。むーちゃんがいたら、迷わずライフリンクで余剰分を肩代わりしてくれただろう。
だが今は、繋がりが絶たれていた。守ってくれる存在は、どこにもいない。
「……やってやらあ」
どの道、もう後はない。復讐することを決め、澄男を手にかけたのだ。殺るか殺られるか、ただそれだけしかない。
幸い、まだ私は生きていた。ならやることは一つだけだ。
白い靄から霊力の塊を掻っ攫う。靄から離れた瞬間、霊力の塊は体に吸い込まれて、そして。
「ッッッッッカ、ッッッカ、ア……!!」
激痛。そんなものは生ぬるい。体の中で化け物が暴れ狂い、臓腑を食い散らかし、今にも体を引き裂いて出てこようと足掻いている。
転げ回った、嘔吐する、目の前が真っ赤、痛い。痛い痛いいだいいだいいだいいだいいだい。
「まあ、私の霊力ですからね。然もありなん」
なんかいってる、わかんない。いたい、からだ、くだける。ひきさかれる。
「アッッッッッガッッッッげっッッオァ」
あばれんな、おとなじくじろ。あーじは、おばえを。
「ッッッッッげぉえ」
いだい、むり。むりむりむりむりむり。ひとがたえられるちからじゃない、いたい、からだ、ごわれる。むーぢゃ。
「……ふむ。やはり魂魄が崩壊しますか。保って後……十五秒、ですかね。諦めますか?」
あぎ、らめる。あぎらめれば、らくになれる。こんなつらいおもいするぐらいなら、いっそのことぜんぶ、むーちゃんにまかせて。
「ッッッンナ、わけにいぐがああああああアアアアアアアアア!!」
暴れ怒り、今にも自分を引き裂いて貪り食らおうとする白い獣の頭をぶっ叩く。
そう、これは復讐だ。無念にも散っていったガキどもと、そしてナユタとツムジへのせめてもの弔い。もはや誰一人家族がいなくなった私ができる、せめてもの罪滅ぼし。
かつて私はナユタを見限った。その選択を誤りだとは思っていないが、それでも他にやりようがあったんじゃないかと、今更ながら思う。あのときの私は、全てに絶望していた。
捨てられた故郷、下威区。あたり一面に漂う死臭と淫靡な臭い。死体が転がっているのは当たり前で、姦淫なんて日常だった。
人々から見捨てられたその土地で、余裕なんざ少しも生まれない。それでもナユタは、いつも笑っていた。死と絶望しかない故郷で、ただみんなが笑って過ごせる世界を望んでいた。
寄り添えばよかった。ただのくだらねえ夢だって見捨てなきゃよかった。ナユタはお首にも出しはしなかったが、誰か一人でも信じてくれる奴がいたなら、もしかしたら殺られずに済んだかもしれないのに。
「ッッッッッう、……う、ッッウ……!!」
痛い。身体が引き裂かれて砕かれて、跡形もなくなるんじゃないかってぐらいに痛い。今にも復讐なんて投げ出して、死にたくなるほどだ。でも、こんな痛み。
「ナ、ユタ……や、つむ……ジ……あい、ツ、ラ、……が、う、けた……い、た……みに、く、ら……べた、ら」
屁でもない。
「う、オオオオオォォォォォォォォ!!」
叫べ、腹から。ぶちのめせ、痛みを。支配しろ、力を。体の内側で暴れる狂気を、私に―――。
「……………ほう」
ガキどもが、かけよる。ツムジが、手を振る。ナユタが、キシシと笑う。その後ろ姿はいつも見てきた、親しみのある景色。私は、その背中を追いかける。
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【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】
こうして剛史は新た生を異世界で受けた。
そして何も思い出す事なく10歳に。
そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。
スキルによって一生が決まるからだ。
最低1、最高でも10。平均すると概ね5。
そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。
しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。
そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで
ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。
追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。
だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。
『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』
不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。
そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。
その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。
前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。
但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。
転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。
これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな?
何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが?
俺は農家の4男だぞ?
レベルアップに魅せられすぎた男の異世界探求記(旧題カンスト厨の異世界探検記)
荻野
ファンタジー
ハーデス 「ワシとこの遺跡ダンジョンをそなたの魔法で成仏させてくれぬかのぅ?」
俺 「確かに俺の神聖魔法はレベルが高い。神様であるアンタとこのダンジョンを成仏させるというのも出来るかもしれないな」
ハーデス 「では……」
俺 「だが断る!」
ハーデス 「むっ、今何と?」
俺 「断ると言ったんだ」
ハーデス 「なぜだ?」
俺 「……俺のレベルだ」
ハーデス 「……は?」
俺 「あともう数千回くらいアンタを倒せば俺のレベルをカンストさせられそうなんだ。だからそれまでは聞き入れることが出来ない」
ハーデス 「レベルをカンスト? お、お主……正気か? 神であるワシですらレベルは9000なんじゃぞ? それをカンスト? 神をも上回る力をそなたは既に得ておるのじゃぞ?」
俺 「そんなことは知ったことじゃない。俺の目標はレベルをカンストさせること。それだけだ」
ハーデス 「……正気……なのか?」
俺 「もちろん」
異世界に放り込まれた俺は、昔ハマったゲームのように異世界をコンプリートすることにした。
たとえ周りの者たちがなんと言おうとも、俺は異世界を極め尽くしてみせる!
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