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復讐のブルー・ペグランタン編
覚醒、蒼の復讐者
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全身血塗れだ。服もベッタベタ、鉄臭さで鼻は死んだ。本来ならさっさと服を破り捨ててシャワー浴びたくなる惨状だが、今の俺には些細なことだ。片手に握りしめる血塗れの百足の方が、今の俺にとって何物よりも価値がある。
「俺の勝ちだ」
復讐、共感できないものでもない。だが負けてやる義理もない。暴閥における戦いは、当主の勝敗によって決まる。この戦いは、俺の勝利で幕引きだ。
「……ごくろうだったぜ、相棒。ゆっくり休んでくれ」
刀身が完全に炭を通り越して灰となり、ボロボロに崩れ去る愛剣を眺めた。
焔剣ディセクタム、幼少期からずっと肌身離さず連れ歩いた、俺の相棒。装竜符呪で符呪した竜王の焔によって刀身を焼き尽くされたことで、今は柄しか残っていない。
こうなることは戦いの中で察していたので、特に悲しみも何もないが、長年付き添った相棒の焼死体を見るのは初めてで、流石に言葉添えをしないといけない気分に苛まれる。
刀身が灰になった以上、久三男に修理してもらわないと再び一緒に戦場に立つことはできない。竜王の焔は、ここぞってときの切り札として使うしかないだろう。
「さて、御玲たちを呼んでくるか」
百足野郎を掴んだまま、北支部正門前へ歩を進める。全身返り血で真っ赤だが、辺りに人の気配はない。面倒事になりはしないだろう。
「……しかし、今回も手酷くやられたな」
百足野郎が腕に絡みついて噛みつく。
こいつの上顎は人の肉なんぞ容易に抉るほどの咀嚼力があるんだろうが、抉られた肉は別の生き物のように生えてきて、綺麗に肉付けされた。
そう、俺は不死だ。あらゆる致命傷は致命になりえない。常人なら真似できないような無茶も、死なないという絶対的優位があればゴリ押せた。
だが、最近はどうだ。前々から思っていたがここぞってときに出し抜かれているし、なんなら絶対的優位性があった不死性ですら、下手したら攻略されそうになる始末だ。
不死性を攻略されたらゴリ押しできなくなって詰む。何かしら対策を考えないと無能だが、今のところ何も思いつかない。
「まあひとまず、勝ったからいいよな……」
問題の先送り。そんなことは分かっている。戦いが終わった後に考えれば済むことだ。今は百足野郎を持ち帰って御玲を呼んで現場の証拠隠滅を。
「待て」
足が、止まった。一歩前に進もうと指示を出すが、足がそれを無視した。本能が、動くなと警告している。
何もないのに、全身が押し潰されるんじゃないかと錯覚するほどの圧力。物理的なものじゃないとすれば、これは霊圧だ。それも体全体をクソデカい手で握られるほどに、強大な。
「まだ、終わってねえ」
背中に感じる、熾烈な霊圧。全身がじっとりと濡れて、服が肌に張りつく。
百足野郎と戦っていたときとは次元が違う。濃密さも、その霊圧自体の強さも。百足野郎が発していたものとも気配が違うし、なんなら俺が今片手で掴んでいる。なら俺を背後から蝕み殺そうとしている霊圧の正体なんぞ、自ずと知れる。
「……まだ立つかよ。腹掻っ捌いてやったってのに」
とりあえず、余裕を装う。ここで気取られたら心理戦で負けだ。背中から感じる霊圧の強さは尚も尋常じゃないが、だからと焦りを見せたら気取られる。時間を稼いで何が起こったのか、状況把握だ。
「で、終わってないって? 意味分からんこと言うなよ。俺が勝って、お前らが負けた。それで終わりだ」
「テメーの尺度なんざ知らねえ。私は今ここに立ってる。戦える奴を前に、流川本家の当主とあろうもんが、背を向けるつもりか?」
「…………は、はははは。ちょっと何言ってんのかわかんないなァ……」
落ち着け俺。ここでカチキレたら負けだ。チンピラが思わず飛びかかっちまうような、クソ安い挑発に乗るんじゃない。
クソが。弥平や御玲みたくいつ何時も冷静でいられる精神があれば、この程度の挑発で自分を抑えずに済むってのに。お陰でコイツの変化がまるで分析できやしねぇ。
分かることはコイツから湧き出る霊力の質が、以前より段違いに洗練されていることだ。まるで別次元の化け物が乗り移ったんじゃないかと思っちまうほどに。
「……その霊力、どこで手に入れた?」
俺は馬鹿だ。腹芸なんざできたもんじゃない。どんなときだって質問ってのはド直球、変化球なしの豪速球で決めにいく。
はっきり言って、腹を掻っ捌く前と今で霊力の質が違いすぎる。よく観察してみれば、色も違う。戦い始めたときは青だったはずだが、今は白だ。それもくすんだ青じゃなく、どこまでも透き通った、鋭利な白。黒ですら消し去る、無地の純白だ。
正直コイツの霊力とは思えない。誰かから与えられたもののはずだ。誰が与えた。考えられる可能性として、最も有力なのは百足野郎だが。
「下らねえ。戦ってみれば分かることだ」
分かりきっていた返答に、舌打ちをブチかます。
腹芸ができない自分が、クソほど恨めしい。今から殺すって言っている奴が、自分の手の内をど直球で晒すなんざ馬鹿すぎる。俺でも迷いなく一蹴しているだろう。なんで俺はこの程度の予想もできないのだろうか。
「……チッ。やるっきゃねぇか」
本能はまだ疼いてやがる。触れるだけで肌が蒸発するんじゃないかと錯覚するほどの霊圧、強さも別人レベルになっていると見て間違いない。手の内もほとんど見られてしまっている。百足野郎が逃げないように掴んでいるから、片手だって塞がっている。残るは|装竜符呪《ドレイブニル・エンチャント》によるゴリ押しだが、相棒は既に虫の息だ。修理してもらわないと、竜王の焔は使えない。
「それに、ポンチョ女には使わねぇって約束しちまったからな……」
片手に巻きついている百足野郎の締めつけが強まり、思わず顔を顰める。ムカついたので、テキトーな場所に投げ捨てた。
百足野郎と戦う前、俺は約束してしまった。それは百足野郎を引き摺り出して無力化すれば勝利だと思っていたからだが、今となっては自分に都合のいい勝利条件でしかない。約束した以上、それを違えるなんざ漢を下げる行いだ。
「私は、お前に勝つ。勝たなきゃなんねえんだ」
肌の痺れが更に増し、腕の感覚が弱く感じる。コイツから放たれる霊圧が、冗談もへったくれもないことを本能で理解させられる。
「……ごめんな、むーちゃん。今まで我儘言ってて。私は今日、コイツに勝つために」
ポンチョ女の両脇が湧き立つ。
生々しい音をたてながら蠢くそれは、常人なら不快感で吐き気ぐらいは催しているかもしれない。だが俺に言わせれば、吐き気を感じられる方が幸せだと思えてしまう。
「戒めを破る……!」
ポンチョ女の両脇に潜む生物は、ようやく俺の理解が及ぶ範疇のものとして、その姿を現した。
それは、腕だ。ただし、ただの腕じゃあない。半透明で、わずかに水色味を帯びた、化物のような形状の腕。ぱっと見はスライムにも思えるが、その印象から思い浮かぶものは、一つしかない。
「ぐっ!?」
左頬を、何かが掠めた。それが何なのか、すぐに悟る。
「……水……!」
頬にできた擦り傷は、すぐに塞がる。
薄い水色に、スライム状の見た目。コイツ自身一言も話題にしなかったし、俺としてもどうでもよかったから無視していたことだが、霊力で模った義手が何の属性霊力で形作られているか。俺が火属性使いだって知っているなら、その対極を選ぶのは道理ってもんだ。
「チッ、また属性ゲーかよ……!」
火には水。至極単純だが、消される側の属性を操る俺にとっては、クソ不利だ。正直、いつもの倍の霊力を使えば蒸発させられないこともないが、その分手間と時間がかかる。また水の塊に閉じ込められたら窒息させられるし、蒸発を上回る速度で水をぶち撒けられたらキリがない。|装竜符呪《ドレイブニル・エンチャント》が使えれば、話は変わったのだが。
「いや。一瞬で終わらせる」
なに。と言おうとした、その瞬間だった。
「ぎゃば!?」
何が起こったのか、全く理解できなかった。正しくは、現実を認識できなかったというべきか。
突然、全身に無数の鉛玉でもブチこまれたかのような痛みが臓腑を引き裂き、骨という骨を貫きやがった。俺から言えるのは、この程度だ。マジで、何が起こった。
「がっ……!?」
膝が折れた。身体に力が入らない。まるで身体の中身を無理矢理引き摺り出されたと勘違いしてしまいそうになるほどの脱力感。
おかしい。まだ戦えるはずだし、体力だって腐るほどある。まだ戦い始めて一時間も経っちゃいないはずなのに、なんでこんなに疲れてやがる。
「クソ……煉……旺……!?」
なんだかよく分からんが、マズイ。何が、どうマズイか説明なんざロクにできやしないが、直感が本能が、全力で警鐘をブチ鳴らしてやがった。
それも当然だ。煉旺焔星が撃てない。というか、霊力そのものが全く練れない。いつもなら体の中に有り余るぐらい感じられる霊力が、微塵の気配も感じられなくなっている。
どうなってやがる。突然の激痛からの、抗えないぐらい強烈な脱力と疲労。まるでデバフでも受けたかのような。
「……まさか」
そういえばかつて、裏鏡と再戦したときに同じような症状に苛まれたことがあった。
目が見えなくなって、体内の霊力が全然湧いてこなくなって。裏鏡が帰った後に、パオングがすぐに解呪してくれたから、それ以後特に気にもしていなかったが、身体はきちんとあのときの感覚を覚えていた。
「魔……法毒……?」
魔法毒。解呪魔法を使える奴がいないと治せなくて詰む猛毒。解呪できない限り一生デバフに苛まれて最悪弱って死ぬことすらありえる毒だ。
裏鏡と再戦したときはパオングがいたからどうとでもなった。でも今は俺一人だ。後衛はいない。そして俺は解呪魔法が使えない。俺にとっての魔法は攻撃系の魔法だけ。解呪なんて門外漢だ。
「……そう思いたきゃ、勝手に思ってればいい」
膝をつき、身動き一つ取れない俺にゆっくりと近づく。片手には、いつぞやのキシシ野郎が装備していた大鋏。
「お前にとって、一番大事なもんは仲間……だったよな」
「……あん……? だっ、た……ら、ど……した」
「私にもな。家族がいたんだよ。血の繋がりなんて大層なもんはなかったが」
「……だ、から……そん……なも」
「でも全部失くなった。こぼれ落ちた。指の隙間から抜け落ちる、水みてえにな」
水で形成された指は、その形を保てず崩壊する。地面を濡らし、道路の隙間に染み込み流れる様は、死体から夥しく流れる、赤黒い血。
「もう私には、何もない。オメーが最後の一人を奪ったせいで、私にはもう、何もなくなった」
大鋏の切先が、俺の右眼を捉える。気怠さが刻一刻と増す中、おもむろに顔を上げるとポンチョ女と視線が交わる。
片目が何故か青く染まっていたが、その青色に純朴さは欠片もない。黒く燻んで、先が見通せないぐらい濁っている。
「オメーを殺っても失った奴らは帰ってこねえ。私がやろうしてることは、何の意味もねえよ。でもな、だからって割り切って生きてくのは、もううんざりなんだよ」
何も言えない。言えるわけがない。一度復讐ってのをしたことがあるからこそ、コイツが引き下がれない気持ちが痛いほどわかってしまう。
そうだ、やり返したところで失ったものは帰ってこない。かつて親父と十寺をブチ殺したが、だからって澪華は帰ってこなかった。
今でもずっと、アイツは失ったままだ。俺の記憶の中でしか存在しない。失うってのはこの上なく虚しいものだ。何をやっていても失った事実が頭をちらつく。
俺には仲間がいた。復讐をともに乗り越えた仲間が。だから虚しさはほとんど感じないし、復讐に費やしていた過去がちらつくことは、今となってはほとんどなくなった。でも、もしも俺がコイツの立場だったなら。
何もできなかった虚しさを噛み締めて、馬鹿みたく前だけを向いて生きていけただろうか。
「……だっ……た、ら……ど、う……し……た……!」
向けられた切先を、近くの瓦礫を投げて弾く。手に力がほとんど入らなくて、腕力が久三男並に下がってやがるが、それでも身体に宿る全ての気合を右手に込める。
前だけを向いて生きていけたか。そんなものは、所詮もしもの話。考えたところで、何の意味もないことだ。
コイツはもう守るべき大切な仲間なんぞいねぇとかほざいてやがるが、俺にはいる。御玲に弥平、そして久三男。ついでだが澄連も。確かな仲間がいる限り、俺が負けるわけにはいかねぇ。
仲間は死んでも守り切る。澪華を失って、親父をブチ殺したその先で、絶対何があっても破らねぇ誓いを立てたから。
「お、まえ……仲間……が、い、ねぇ……って、いっ……て、た……な? だっ……た、ら、節、あ……な、だぜ……!」
身体から、蒸気が立ち込める。別に汗を沸騰させているとかそんなんじゃあない。要はコイツ、どうやったか知らないが水属性霊力を俺の体にブチこんでよくわからん小技を使ったってことだろう。
確かに火は水に弱い。噴火寸前の火山でさえ、海から押し寄せる大波の前には無力なように、どんな火も同じくらいの水に晒されれば消えてしまう。だったら簡単な話、それ以上の火を焚べて水を蒸発させてしまえばいい。水は百度で蒸発するが、火は気合さえあればいくらでも熱くできる。
「……だったらどこまでやれるか、試してやる」
ポンチョ女の腕から無数の水球が湧き出る。それらは俺を取り囲むと、俺に向かって雨を降らせた。だがそれは、ただの雨なんかじゃない。
「思い知れ。みんなが味わった、ナユタが味わった痛みだ」
一つ一つが針のように鋭利で、息つく暇もなくブッ刺さる。全身が、一気に血だるまの風穴だらけになっていく。
「お前が……ナユタを消したんだ。お前の中で燃える炎が消えてくれなきゃ、アイツはずっと報われねえ」
尚も刺さる。刺さる。刺さる。血は流れ続け、既に足元は血溜まりだ。体の中に宿る火が小さくなって、消えていくのを感じる。いくら薪を焚べても、そこから容赦なく水に冷やされて、鎮火していってしまう。
でも、それでも。
「知ったこっちゃねぇんだよ、テメェの恨みなんざなァ!!」
体の奥底で燻っていたマグマを無理矢理掘り起こし、ばら撒き散らかした。
俺を中心に熱風が吹き荒れる。周りにある建物の建材を一瞬で溶かし焦がすほどの熱量、身体に染み渡っていた水属性霊力が、跡形もなく蒸発していくのを感じ取る。
「テメェがどれだけ恨んでようが、それで水ブチ込んでこようが、俺の火は消せねぇ。消させはしねぇ!!」
コイツが俺を恨んでいる。それはそうだろう。大切な奴を俺にブチ殺されたんだ、俺を殺したいのは当然の感情ってもの。俺にだって逆の立場だった頃があったからこそ、親父をブチ殺したんだ。だからコイツの復讐を否定するつもりは毛程もねぇ、やりたきゃ勝手にすればいい。
だが、俺にも大事なもんがある。死んでも守らなきゃならねぇ、仲間ってもんがある。
そのためなら自己中と呼ばれようが、ゴミクズと罵られようが、恨んでいる奴を更に陥れる、血も涙もない鬼畜と石を投げられようが関係ねぇ。俺は俺だ、俺は俺の信じるもののため、立ち塞がるその全てを焼き尽くす。
たとえ相手が、怨嗟を胸に殺意に満ちた豪雨で俺を貫き殺そうとも。
「どうやって私の魔法を……!」
「ああん? ンなもん、気合だ気合。ウンコ漏れるか漏れねぇかのギリギリを見極めて気張って身体ン中の水属性霊力を蒸発させた。ただ、それだけだ」
「ふざけろ、そんな無茶苦茶が……」
「無茶を通して道理をブチのめす、って言うだろが」
「それを言うなら、無茶を通せば道理が引っ込む、だ!!」
そうだったか、まあそんな些細なことはどうでもいい。生まれて初めてまともに霊力切れを経験したおかげか、頭が超絶クリアだ。やっぱ、気合は入れてなんぼである。
そのお陰か、この戦いを確実に終わらせる、とっておきの作戦を思いついてしまったわけだが。
「また蜂の巣にしてやる……!」
右手で空を仰ぎ、水球がばら撒かれる。重力を無視して浮遊するソイツらは容赦なく俺を包囲する。対して間合に突撃する俺は、無防備だ。
「またレーザーか。芸のねぇ野郎だ」
さっきより水球の数は多い。密集していて、もはや水でできたトンネルを走っているとさえ思えてくる。当たると霊力切れになるデバフ付きだ、本来なら避けながら突撃かますべきなんだろうが、水でトンネル作れるぐらいの密度からして物理的に回避は無理だ。不死性で耐え切ろうと思えばできなくもないが、霊力切れになればまた同じことの繰り返し。だったら。
「全部ぶっ飛ばしてやる!!」
コイツの戦いの中で、猫耳パーカーが使っていた属性変換は粗方コツを掴んだ。水は火に強いが、だからと火を完封できるわけじゃない。いきすぎた炎は水すらも消し去る。
問題は全方位、トンネルを作れるほどの質量だ。煉旺焔星でぶっ飛ばすよりも効率よくぶっ飛ばす必要がある。ただ火をブチまけるだけじゃ足りない、他の属性霊力で便利そうなのは。
「飛ばせるもんなら、飛ばしてみやがれ!」
トンネルの内側から、無数の殺意。一回目とは比較にならない濃密で鋭利な殺気に、鳥肌が立つ。
流石にトンネル全体に殺意を向けられたのは今回が初めての経験だし、トンネルの壁全体からコイツとは別の何者かの霊力を僅かに感じる。
だがなんだろうと関係ない。力尽くでぶっ飛ばす。ただ、それだけ。
「ゥオラァ!!」
刹那、俺を中心に全てが吹き飛んだ。水のトンネルも、崩れた瓦礫も、剥がれたアスファルトの粉塵も、散らばった窓ガラスの破片も、全て。気がつけばずぶ濡れだった服や髪も完全に乾き切っている。
恨めしく俺を睨むポンチョ女。デバフ塗れの雨を吹っ飛ばされたんだから無理もないだろうが、俺がやったのは至極単純なことで難しいことなんざ何一つしていない。
「火属性と風属性って案外相性悪くねぇんだな。お陰で新技を編み出せたぜ」
得意げに笑い、ポンチョ女の敵意を煽る。
俺がやったこと。それは火と風の属性霊力を混ぜて、超高熱の熱風にして放った。ただ、それだけだ。
今思えば俺の技っていえば攻撃技ばかりで、防御を目的とした技は何一つなかった。何故かと問われれば編み出す必要を一ミリも感じていなかったからだが、最近煉旺焔星一発で焼き尽くせない敵と戦うことが多くなった。
だったら二発、三発と撃てばいいだけの話なんだが、相手が水使いだと扱われる質量によっては分が悪い。だったら火であっためつつ風でぶっ飛ばせばいいんじゃねとバカみてぇな発想で編み出したのが、ポンチョ女が作った殺意しかない水のトンネルを吹っ飛ばした熱風の結界である。
「熱風だから攻撃にも使えるし、一石二鳥の最強結界だぜ。防御技なんざ要らねぇと思ってたが、案外悪くねぇもんだな」
俺の周りを吹き荒れる熱風は、その熱で道路をドロドロに融かしていく。
風属性と混ぜたら温度下がっちまうんじゃないかと疑ったが、どうやらそんなことはないらしい。道路や周りの家を熱で融かせるぐらい熱量があるのなら、合格点といったところか。
「名付けて……``焔獄結界``。だな!」
得意げに、胸を張ってみせる。我ながら煉旺焔星並に輝かしい技名だ。
「なあ、もうやめにしねぇか。どっちにしろ、お前が何をしようが俺の勝ちは揺るがねぇ。テメェもバカじゃねぇだろうし」
とりあえず、煽ってみる。これは奴にアレを使わせるためにただカマしてやっただけだ。ふざけているとしかいいようがない、もはや説得と言えたもんですらない挑発めいた一言で、復讐に支配されたアイツを止められる道理なんざありはしない。
だが、それでいいのだ。重要なのは、コイツの敵意を煽ることにあるのだから。
「ざけんなよ、即興で魔法組めたぐらいで……!」
次はポンチョ女が攻めてくる。走りながら無数の水球を先行させ、俺とポンチョ女との間を陣取る。
トンネルのときみたく俺を殺す布陣ってより自分を守るのに特化したかのような展開の仕方。いや、少し違うか。俺からみてポンチョ女の姿は水に阻まれて輪郭がぼやけて見えている。いわばよく見えていない状態だ。もし俺が力尽くで接敵しようもんなら、また全身ずぶ濡れの霊力切れデバフ塗れになる。どこまでも俺を考えなしの阿呆と見ているらしい。いや、実際そうなんだが。
「クソが。盤面整えてから使おうと思ってたが、しかたねえ……!」
水球で固めて作った水の壁を突破して、ポンチョ女が眼前に迫る。
コイツが手に持っていたのは、大鋏。上の刃と下の刃で長さが違う、歪な鋏。かつてカエルを一撃で瀕死に追いやり、一時とはいえ俺の不死を攻略してのけた武器が融合して生まれた、謎の武器。
この鋏なら、確実に俺を殺せるだろう。俺にとって絶対的信頼があった不死でさえも貫く。実際俺は一度、キシシ野郎の凶刃によって不死ごと封じられそうになったことがあったからだ。
どういうカラクリかは知らんが、コイツもまた同じやり方で俺を倒すつもりだろう。俺は不死だ。どれだけ致命傷を負おうが、それら全ては致命にならない。霊力切れデバフは意表こそ突かれはしたが、新技と猫耳パーカーを盗み見て真似た属性変換との併せ技でどうとでもできた。
結局俺を無力化するには、不死そのものをどうにかするしかない。
俺の周りに水球が取り囲む。俺が回避行動を取ると予想しての配置、全方位に満遍なく配置されていて、回避は絶望的だ。ミスって触りでもしてしまったら、もはやこの戦いにてお家芸と化した霊力切れデバフで詰むだろう。
「チッ、新技も早速対処しやがったか……」
回避が無理なら防御で、とさっき自慢したばかりの新技``焔獄結界``で水球を全部蒸発させてやろうかと思ったが、あの結界にも弱点があったらしい。
あの結界は最大瞬間火力で周囲のもの全てを吹き飛ばし焼き尽くすのには強いが、絶え間なくブチ込まれるものを焼き尽くし続けるのは、どうやら苦手なようだ。その証拠に、俺の周りにある水球とポンチョ女の盾として機能していた水の壁は外部にある水の塊と絶え間なく入れ替えられており、百度を軽く超える気温の中を液体のまま、その姿を保ち続けていた。
要は蒸発させられる前に結界の有効範囲外で冷やしてしまえば、また再利用できるというわけだ。一方、道路すら融かす灼熱の世界でも大鋏はビクともしていやがらない。
つまり回避も防御も、武器を熱で破壊することも叶わず、そして不死で耐えることもできない。まさに必殺の攻撃の前に晒されたわけだ。
「終わりだ。ナユタができなかったことを、今ここで果たす!」
鋏の切先が、俺を捉える。捉えたのは心臓だ。あのときと、キシシ野郎と戦ったときと、同じ。
「……な……!? げあッ」
回避不能、防御不能、再生不能の絶対攻撃。その凶刃はキシシ野郎のときと同じく、寸分違わず俺の心臓を的確に捉え、俺を貫いた。そう、貫いたのだ。
「……悪いな。同じ手に引っかかるほど、俺はバカじゃねぇ」
貫いたのは、俺じゃない。ポンチョ女自身だった。
血反吐が飛び出す。奴の右胸から黒いポンチョが血に濡れてべっちゃりと貼りつく。ポンチョのせいだろう、その血は酷く、赤黒い。
「いやー……まさか久三男の入れ知恵に助けられるとはな。やっぱ少しくらいは勉強しておくべきだったかね」
血反吐を垂らしながら、ポンチョ女は目を見開く。俺をブッ刺したつもりが、何故自分がブッ刺されたのか。何故必殺の凶刃を射し貫き返せたのか。今この一言で、その全てを理解したかのように。
「蜃気楼……って知ってるか? いや、知ってるよな、ロクに知らんのは俺ぐらいか」
得意げに解説してくれた、幼き頃の久三男の顔を思い出す。
俺がやることってのは、いつも馬鹿でも分かるぐらいには至極単純なことだ。ほんの僅かに後ろに下がり、突き出された大鋏の切っ先を、足で蹴り上げてコイツの右胸にぶっ刺した。ただそれだけである。
ただそれだけって、なんでそんな真似ができるんだよと思った奴もいると思う。その原因こそが蜃気楼だ。
蜃気楼。確か冷たい空気が下、暖かい空気が上に分かれて起きる奴とその逆の奴の二種類があったはずだが、今回はおそらく前者の方だろう。
あのとき、俺の周囲は新技``焔獄結界``で灼熱状態だった。道路や近くの家屋、瓦礫全てが液状化するほどの熱量、人間なんぞ灰も残らず焼き尽くされる灼熱の世界で、ポンチョ女は大量の水を使って俺を牽制していた。熱で完全に蒸発してしまわないように、結界の外で冷却して再利用する機構まで即興で編み込んで。
水を循環させる本来の目的は、俺が放つ熱気によって水を蒸発させないためだろう。焔獄結界は火と風属性霊力の複合技、俺の周りに灼熱の熱風を絶え間なく対流させ、周囲のもの溶かし尽くす技だ。結界の中と外を循環する水属性霊力が対流する風属性霊力と反応して、``冷たい空気``と``熱い空気``の二層が図らずも形成された。その空気の層によって、俺の幻影ができたわけだ。
ポンチョ女は俺が間合を詰めてくることを恐れて水の大盾を前面に張り巡らせていた。俺が水の大盾を通してポンチョ女を見たとき、輪郭がぼやけて見えていたのと同じように、ポンチョ女から見ても俺の姿はぼんやりとしか見えていなかったのだろう。尚更俺との位置感覚がバグる結果となってしまった。
ポンチョ女はそれでも的確に、俺の心臓を大鋏で貫きはした。位置感覚がバグっていたことで、自身が牽制のために結界内へ放っていた水球によって形成された、蜃気楼による幻影を誤って貫いてしまったことも知らずに。
「クッ……クソがッ……クソがァ!!」
目をかっぴらき、充血させ、唾を飛ばしながら咆哮する。策士策に溺れるって言葉を作った奴は、センスがあると褒め称えたい気分だ。俺を無知だと疑わなかったポンチョ女に、相応しい敗因と言えよう。
何故俺が蜃気楼などというインテリくせぇことを知っているのか。それは幼き頃の久三男が自慢げに解説したのを偶然にも俺が記憶していたからだ。
大体のインテリくせぇ内容なんぞ、自分の意志に関係なく数秒後には忘却の彼方へぶん投げてしまう俺だが、蜃気楼を明確に覚えていた理由は実を言うと結構くだらない理由だったりする。それは、``カッコいい``からである。
蜃気楼。理屈云々はとりあえず放り投げるとして、言葉の響きが実に良い。新しい技を編み出したとき、何かの技名で使えるかもしれないと、幼い頃の俺はそのための貯蓄として、その言葉を意味ごと記憶しておいたのである。
煉旺焔星や焔獄結界、灼熱砲弾だって、言ってしまえば全部俺なりに言葉を勉強した結果なのだ。いつか編み出す新技を迎え入れるため、文字の辞典を読み漁った日々は今でも懐かしい思い出の一つである。
蜃気楼に関しては久三男の受け売りをそのまんま丸ごと記憶していただけなんだが、まさか興味のある事に関してのみ発揮する、意味不明な記憶力に助けられるとは。言葉の勉強はしておくもんである。
その記憶力のお陰で、``大鋏から繰り出される凶刃を跳ね返して相手を倒す``という即興で思いついた戦略を無事実行できたのだから、今回は正真正銘、俺の大勝利だ。
あの大鋏は元々キシシ野郎が持っていたものだ。そしてキシシ野郎は一度、俺の不死性を攻略してのけた。俺だけを時間停止して封印するという、力技で。
だから今回もポンチョ女がそれを真似てくるだろうなとは予想していた。ポンチョ女の技を気合で看破し、敵意を煽ればいずれ焦って大鋏で俺を時間停止させてくるはずだと。
予想は、見事的中した。俺だって流川の本家の当主、先代だった母さんに散々シゴかれた戦士の一人だ。同じ手を二回も食らってやるほど間抜けでもなけりゃ馬鹿でもない。初見だったならいざ知らず、前任者の戦略をそのまんま真似てしまったのは、完全なる戦略ミスである。
「……なぜ、なぜだ……!」
黒くくすんだ蒼い目が、力強く俺を射抜く。太陽光を反射した影響なのか、瞳を濁らせる黒いくすみが、妖しく輝いた。
「なぜ何度も立ち上がる!! なぜオメーの火は消えない!! なぜオメーは……燃え続ける!!」
現実が残酷に残虐に、色彩を簒奪していく中でも、ポンチョ女は目を充血させて吠えた。
それはもはや、恥も外聞も捨て去った、ただの負け惜しみだ。時間停止を解除しないところを見るに、大鋏をまだちゃんと制御できていないのだろう。敗北を悟ったからこその、皮肉だ。
「何度も言わせんな。そんなもん、気合だ気合」
俺は全身を火で包む。周囲が再び俺を包み込む炎で蒸され、ポンチョ女が辺りに散らかした水分を、跡形も残さずその全てを蒸発させていく。
「この世界に仲間を脅かしうるクソ野郎がいる限り、俺の炎は誰にも消せねぇ。たとえ海そのものをブチまけられようとも、消させはしねぇ」
時の狭間に没しようとしているポンチョ女を睥睨する。
「気合と根性で、何度でも焚べてやる。仲間を殺しうる、その全てを焼き尽くす炎をな!!」
ポンチョ女がばら撒いた水が絶命しようとしている中で、俺の身体を包み込む炎は荒々しくも猛々しく、その勢いを更に増す。ポンチョ女は水属性霊力で形作った手を伸ばした。頬に一滴、透明な雫をたらしながら。
「ゆる、さねえ……! おま、え……は、ナ……ユタ、じゃ―――」
周囲の水は完全に蒸発した。霊力で形作ったであろう腕が俺に届くことすら虚しく、沈黙する。
太陽光が俺たちを照らした。長らく覆っていた暗雲を切り裂くように照らしてきた一筋のそれは、妙に熱をもっていて暖かさを感じさせる。それはただ単に今回の戦いで数え切れないほど濡れまくったからだと思うが、それでも全身を覆う冷たくて粘っこいものが取り去れるのなら、今はそれでいい。
「……しかし、ちとやりすぎたか。金髪野郎にガタつかれそうだなあ」
辺りを見渡すと焦げと瓦礫でぐちゃぐちゃになった道路と家々が、視界を埋め尽くす。
太陽に照らされて感じた僅かな暖かさはどこへやら。既に霊力切れでもあるまいに、今すぐにでも不貞寝したい気怠さがのしかかったのは、コイツのデバフのせいだと信じたい。
「俺の勝ちだ」
復讐、共感できないものでもない。だが負けてやる義理もない。暴閥における戦いは、当主の勝敗によって決まる。この戦いは、俺の勝利で幕引きだ。
「……ごくろうだったぜ、相棒。ゆっくり休んでくれ」
刀身が完全に炭を通り越して灰となり、ボロボロに崩れ去る愛剣を眺めた。
焔剣ディセクタム、幼少期からずっと肌身離さず連れ歩いた、俺の相棒。装竜符呪で符呪した竜王の焔によって刀身を焼き尽くされたことで、今は柄しか残っていない。
こうなることは戦いの中で察していたので、特に悲しみも何もないが、長年付き添った相棒の焼死体を見るのは初めてで、流石に言葉添えをしないといけない気分に苛まれる。
刀身が灰になった以上、久三男に修理してもらわないと再び一緒に戦場に立つことはできない。竜王の焔は、ここぞってときの切り札として使うしかないだろう。
「さて、御玲たちを呼んでくるか」
百足野郎を掴んだまま、北支部正門前へ歩を進める。全身返り血で真っ赤だが、辺りに人の気配はない。面倒事になりはしないだろう。
「……しかし、今回も手酷くやられたな」
百足野郎が腕に絡みついて噛みつく。
こいつの上顎は人の肉なんぞ容易に抉るほどの咀嚼力があるんだろうが、抉られた肉は別の生き物のように生えてきて、綺麗に肉付けされた。
そう、俺は不死だ。あらゆる致命傷は致命になりえない。常人なら真似できないような無茶も、死なないという絶対的優位があればゴリ押せた。
だが、最近はどうだ。前々から思っていたがここぞってときに出し抜かれているし、なんなら絶対的優位性があった不死性ですら、下手したら攻略されそうになる始末だ。
不死性を攻略されたらゴリ押しできなくなって詰む。何かしら対策を考えないと無能だが、今のところ何も思いつかない。
「まあひとまず、勝ったからいいよな……」
問題の先送り。そんなことは分かっている。戦いが終わった後に考えれば済むことだ。今は百足野郎を持ち帰って御玲を呼んで現場の証拠隠滅を。
「待て」
足が、止まった。一歩前に進もうと指示を出すが、足がそれを無視した。本能が、動くなと警告している。
何もないのに、全身が押し潰されるんじゃないかと錯覚するほどの圧力。物理的なものじゃないとすれば、これは霊圧だ。それも体全体をクソデカい手で握られるほどに、強大な。
「まだ、終わってねえ」
背中に感じる、熾烈な霊圧。全身がじっとりと濡れて、服が肌に張りつく。
百足野郎と戦っていたときとは次元が違う。濃密さも、その霊圧自体の強さも。百足野郎が発していたものとも気配が違うし、なんなら俺が今片手で掴んでいる。なら俺を背後から蝕み殺そうとしている霊圧の正体なんぞ、自ずと知れる。
「……まだ立つかよ。腹掻っ捌いてやったってのに」
とりあえず、余裕を装う。ここで気取られたら心理戦で負けだ。背中から感じる霊圧の強さは尚も尋常じゃないが、だからと焦りを見せたら気取られる。時間を稼いで何が起こったのか、状況把握だ。
「で、終わってないって? 意味分からんこと言うなよ。俺が勝って、お前らが負けた。それで終わりだ」
「テメーの尺度なんざ知らねえ。私は今ここに立ってる。戦える奴を前に、流川本家の当主とあろうもんが、背を向けるつもりか?」
「…………は、はははは。ちょっと何言ってんのかわかんないなァ……」
落ち着け俺。ここでカチキレたら負けだ。チンピラが思わず飛びかかっちまうような、クソ安い挑発に乗るんじゃない。
クソが。弥平や御玲みたくいつ何時も冷静でいられる精神があれば、この程度の挑発で自分を抑えずに済むってのに。お陰でコイツの変化がまるで分析できやしねぇ。
分かることはコイツから湧き出る霊力の質が、以前より段違いに洗練されていることだ。まるで別次元の化け物が乗り移ったんじゃないかと思っちまうほどに。
「……その霊力、どこで手に入れた?」
俺は馬鹿だ。腹芸なんざできたもんじゃない。どんなときだって質問ってのはド直球、変化球なしの豪速球で決めにいく。
はっきり言って、腹を掻っ捌く前と今で霊力の質が違いすぎる。よく観察してみれば、色も違う。戦い始めたときは青だったはずだが、今は白だ。それもくすんだ青じゃなく、どこまでも透き通った、鋭利な白。黒ですら消し去る、無地の純白だ。
正直コイツの霊力とは思えない。誰かから与えられたもののはずだ。誰が与えた。考えられる可能性として、最も有力なのは百足野郎だが。
「下らねえ。戦ってみれば分かることだ」
分かりきっていた返答に、舌打ちをブチかます。
腹芸ができない自分が、クソほど恨めしい。今から殺すって言っている奴が、自分の手の内をど直球で晒すなんざ馬鹿すぎる。俺でも迷いなく一蹴しているだろう。なんで俺はこの程度の予想もできないのだろうか。
「……チッ。やるっきゃねぇか」
本能はまだ疼いてやがる。触れるだけで肌が蒸発するんじゃないかと錯覚するほどの霊圧、強さも別人レベルになっていると見て間違いない。手の内もほとんど見られてしまっている。百足野郎が逃げないように掴んでいるから、片手だって塞がっている。残るは|装竜符呪《ドレイブニル・エンチャント》によるゴリ押しだが、相棒は既に虫の息だ。修理してもらわないと、竜王の焔は使えない。
「それに、ポンチョ女には使わねぇって約束しちまったからな……」
片手に巻きついている百足野郎の締めつけが強まり、思わず顔を顰める。ムカついたので、テキトーな場所に投げ捨てた。
百足野郎と戦う前、俺は約束してしまった。それは百足野郎を引き摺り出して無力化すれば勝利だと思っていたからだが、今となっては自分に都合のいい勝利条件でしかない。約束した以上、それを違えるなんざ漢を下げる行いだ。
「私は、お前に勝つ。勝たなきゃなんねえんだ」
肌の痺れが更に増し、腕の感覚が弱く感じる。コイツから放たれる霊圧が、冗談もへったくれもないことを本能で理解させられる。
「……ごめんな、むーちゃん。今まで我儘言ってて。私は今日、コイツに勝つために」
ポンチョ女の両脇が湧き立つ。
生々しい音をたてながら蠢くそれは、常人なら不快感で吐き気ぐらいは催しているかもしれない。だが俺に言わせれば、吐き気を感じられる方が幸せだと思えてしまう。
「戒めを破る……!」
ポンチョ女の両脇に潜む生物は、ようやく俺の理解が及ぶ範疇のものとして、その姿を現した。
それは、腕だ。ただし、ただの腕じゃあない。半透明で、わずかに水色味を帯びた、化物のような形状の腕。ぱっと見はスライムにも思えるが、その印象から思い浮かぶものは、一つしかない。
「ぐっ!?」
左頬を、何かが掠めた。それが何なのか、すぐに悟る。
「……水……!」
頬にできた擦り傷は、すぐに塞がる。
薄い水色に、スライム状の見た目。コイツ自身一言も話題にしなかったし、俺としてもどうでもよかったから無視していたことだが、霊力で模った義手が何の属性霊力で形作られているか。俺が火属性使いだって知っているなら、その対極を選ぶのは道理ってもんだ。
「チッ、また属性ゲーかよ……!」
火には水。至極単純だが、消される側の属性を操る俺にとっては、クソ不利だ。正直、いつもの倍の霊力を使えば蒸発させられないこともないが、その分手間と時間がかかる。また水の塊に閉じ込められたら窒息させられるし、蒸発を上回る速度で水をぶち撒けられたらキリがない。|装竜符呪《ドレイブニル・エンチャント》が使えれば、話は変わったのだが。
「いや。一瞬で終わらせる」
なに。と言おうとした、その瞬間だった。
「ぎゃば!?」
何が起こったのか、全く理解できなかった。正しくは、現実を認識できなかったというべきか。
突然、全身に無数の鉛玉でもブチこまれたかのような痛みが臓腑を引き裂き、骨という骨を貫きやがった。俺から言えるのは、この程度だ。マジで、何が起こった。
「がっ……!?」
膝が折れた。身体に力が入らない。まるで身体の中身を無理矢理引き摺り出されたと勘違いしてしまいそうになるほどの脱力感。
おかしい。まだ戦えるはずだし、体力だって腐るほどある。まだ戦い始めて一時間も経っちゃいないはずなのに、なんでこんなに疲れてやがる。
「クソ……煉……旺……!?」
なんだかよく分からんが、マズイ。何が、どうマズイか説明なんざロクにできやしないが、直感が本能が、全力で警鐘をブチ鳴らしてやがった。
それも当然だ。煉旺焔星が撃てない。というか、霊力そのものが全く練れない。いつもなら体の中に有り余るぐらい感じられる霊力が、微塵の気配も感じられなくなっている。
どうなってやがる。突然の激痛からの、抗えないぐらい強烈な脱力と疲労。まるでデバフでも受けたかのような。
「……まさか」
そういえばかつて、裏鏡と再戦したときに同じような症状に苛まれたことがあった。
目が見えなくなって、体内の霊力が全然湧いてこなくなって。裏鏡が帰った後に、パオングがすぐに解呪してくれたから、それ以後特に気にもしていなかったが、身体はきちんとあのときの感覚を覚えていた。
「魔……法毒……?」
魔法毒。解呪魔法を使える奴がいないと治せなくて詰む猛毒。解呪できない限り一生デバフに苛まれて最悪弱って死ぬことすらありえる毒だ。
裏鏡と再戦したときはパオングがいたからどうとでもなった。でも今は俺一人だ。後衛はいない。そして俺は解呪魔法が使えない。俺にとっての魔法は攻撃系の魔法だけ。解呪なんて門外漢だ。
「……そう思いたきゃ、勝手に思ってればいい」
膝をつき、身動き一つ取れない俺にゆっくりと近づく。片手には、いつぞやのキシシ野郎が装備していた大鋏。
「お前にとって、一番大事なもんは仲間……だったよな」
「……あん……? だっ、た……ら、ど……した」
「私にもな。家族がいたんだよ。血の繋がりなんて大層なもんはなかったが」
「……だ、から……そん……なも」
「でも全部失くなった。こぼれ落ちた。指の隙間から抜け落ちる、水みてえにな」
水で形成された指は、その形を保てず崩壊する。地面を濡らし、道路の隙間に染み込み流れる様は、死体から夥しく流れる、赤黒い血。
「もう私には、何もない。オメーが最後の一人を奪ったせいで、私にはもう、何もなくなった」
大鋏の切先が、俺の右眼を捉える。気怠さが刻一刻と増す中、おもむろに顔を上げるとポンチョ女と視線が交わる。
片目が何故か青く染まっていたが、その青色に純朴さは欠片もない。黒く燻んで、先が見通せないぐらい濁っている。
「オメーを殺っても失った奴らは帰ってこねえ。私がやろうしてることは、何の意味もねえよ。でもな、だからって割り切って生きてくのは、もううんざりなんだよ」
何も言えない。言えるわけがない。一度復讐ってのをしたことがあるからこそ、コイツが引き下がれない気持ちが痛いほどわかってしまう。
そうだ、やり返したところで失ったものは帰ってこない。かつて親父と十寺をブチ殺したが、だからって澪華は帰ってこなかった。
今でもずっと、アイツは失ったままだ。俺の記憶の中でしか存在しない。失うってのはこの上なく虚しいものだ。何をやっていても失った事実が頭をちらつく。
俺には仲間がいた。復讐をともに乗り越えた仲間が。だから虚しさはほとんど感じないし、復讐に費やしていた過去がちらつくことは、今となってはほとんどなくなった。でも、もしも俺がコイツの立場だったなら。
何もできなかった虚しさを噛み締めて、馬鹿みたく前だけを向いて生きていけただろうか。
「……だっ……た、ら……ど、う……し……た……!」
向けられた切先を、近くの瓦礫を投げて弾く。手に力がほとんど入らなくて、腕力が久三男並に下がってやがるが、それでも身体に宿る全ての気合を右手に込める。
前だけを向いて生きていけたか。そんなものは、所詮もしもの話。考えたところで、何の意味もないことだ。
コイツはもう守るべき大切な仲間なんぞいねぇとかほざいてやがるが、俺にはいる。御玲に弥平、そして久三男。ついでだが澄連も。確かな仲間がいる限り、俺が負けるわけにはいかねぇ。
仲間は死んでも守り切る。澪華を失って、親父をブチ殺したその先で、絶対何があっても破らねぇ誓いを立てたから。
「お、まえ……仲間……が、い、ねぇ……って、いっ……て、た……な? だっ……た、ら、節、あ……な、だぜ……!」
身体から、蒸気が立ち込める。別に汗を沸騰させているとかそんなんじゃあない。要はコイツ、どうやったか知らないが水属性霊力を俺の体にブチこんでよくわからん小技を使ったってことだろう。
確かに火は水に弱い。噴火寸前の火山でさえ、海から押し寄せる大波の前には無力なように、どんな火も同じくらいの水に晒されれば消えてしまう。だったら簡単な話、それ以上の火を焚べて水を蒸発させてしまえばいい。水は百度で蒸発するが、火は気合さえあればいくらでも熱くできる。
「……だったらどこまでやれるか、試してやる」
ポンチョ女の腕から無数の水球が湧き出る。それらは俺を取り囲むと、俺に向かって雨を降らせた。だがそれは、ただの雨なんかじゃない。
「思い知れ。みんなが味わった、ナユタが味わった痛みだ」
一つ一つが針のように鋭利で、息つく暇もなくブッ刺さる。全身が、一気に血だるまの風穴だらけになっていく。
「お前が……ナユタを消したんだ。お前の中で燃える炎が消えてくれなきゃ、アイツはずっと報われねえ」
尚も刺さる。刺さる。刺さる。血は流れ続け、既に足元は血溜まりだ。体の中に宿る火が小さくなって、消えていくのを感じる。いくら薪を焚べても、そこから容赦なく水に冷やされて、鎮火していってしまう。
でも、それでも。
「知ったこっちゃねぇんだよ、テメェの恨みなんざなァ!!」
体の奥底で燻っていたマグマを無理矢理掘り起こし、ばら撒き散らかした。
俺を中心に熱風が吹き荒れる。周りにある建物の建材を一瞬で溶かし焦がすほどの熱量、身体に染み渡っていた水属性霊力が、跡形もなく蒸発していくのを感じ取る。
「テメェがどれだけ恨んでようが、それで水ブチ込んでこようが、俺の火は消せねぇ。消させはしねぇ!!」
コイツが俺を恨んでいる。それはそうだろう。大切な奴を俺にブチ殺されたんだ、俺を殺したいのは当然の感情ってもの。俺にだって逆の立場だった頃があったからこそ、親父をブチ殺したんだ。だからコイツの復讐を否定するつもりは毛程もねぇ、やりたきゃ勝手にすればいい。
だが、俺にも大事なもんがある。死んでも守らなきゃならねぇ、仲間ってもんがある。
そのためなら自己中と呼ばれようが、ゴミクズと罵られようが、恨んでいる奴を更に陥れる、血も涙もない鬼畜と石を投げられようが関係ねぇ。俺は俺だ、俺は俺の信じるもののため、立ち塞がるその全てを焼き尽くす。
たとえ相手が、怨嗟を胸に殺意に満ちた豪雨で俺を貫き殺そうとも。
「どうやって私の魔法を……!」
「ああん? ンなもん、気合だ気合。ウンコ漏れるか漏れねぇかのギリギリを見極めて気張って身体ン中の水属性霊力を蒸発させた。ただ、それだけだ」
「ふざけろ、そんな無茶苦茶が……」
「無茶を通して道理をブチのめす、って言うだろが」
「それを言うなら、無茶を通せば道理が引っ込む、だ!!」
そうだったか、まあそんな些細なことはどうでもいい。生まれて初めてまともに霊力切れを経験したおかげか、頭が超絶クリアだ。やっぱ、気合は入れてなんぼである。
そのお陰か、この戦いを確実に終わらせる、とっておきの作戦を思いついてしまったわけだが。
「また蜂の巣にしてやる……!」
右手で空を仰ぎ、水球がばら撒かれる。重力を無視して浮遊するソイツらは容赦なく俺を包囲する。対して間合に突撃する俺は、無防備だ。
「またレーザーか。芸のねぇ野郎だ」
さっきより水球の数は多い。密集していて、もはや水でできたトンネルを走っているとさえ思えてくる。当たると霊力切れになるデバフ付きだ、本来なら避けながら突撃かますべきなんだろうが、水でトンネル作れるぐらいの密度からして物理的に回避は無理だ。不死性で耐え切ろうと思えばできなくもないが、霊力切れになればまた同じことの繰り返し。だったら。
「全部ぶっ飛ばしてやる!!」
コイツの戦いの中で、猫耳パーカーが使っていた属性変換は粗方コツを掴んだ。水は火に強いが、だからと火を完封できるわけじゃない。いきすぎた炎は水すらも消し去る。
問題は全方位、トンネルを作れるほどの質量だ。煉旺焔星でぶっ飛ばすよりも効率よくぶっ飛ばす必要がある。ただ火をブチまけるだけじゃ足りない、他の属性霊力で便利そうなのは。
「飛ばせるもんなら、飛ばしてみやがれ!」
トンネルの内側から、無数の殺意。一回目とは比較にならない濃密で鋭利な殺気に、鳥肌が立つ。
流石にトンネル全体に殺意を向けられたのは今回が初めての経験だし、トンネルの壁全体からコイツとは別の何者かの霊力を僅かに感じる。
だがなんだろうと関係ない。力尽くでぶっ飛ばす。ただ、それだけ。
「ゥオラァ!!」
刹那、俺を中心に全てが吹き飛んだ。水のトンネルも、崩れた瓦礫も、剥がれたアスファルトの粉塵も、散らばった窓ガラスの破片も、全て。気がつけばずぶ濡れだった服や髪も完全に乾き切っている。
恨めしく俺を睨むポンチョ女。デバフ塗れの雨を吹っ飛ばされたんだから無理もないだろうが、俺がやったのは至極単純なことで難しいことなんざ何一つしていない。
「火属性と風属性って案外相性悪くねぇんだな。お陰で新技を編み出せたぜ」
得意げに笑い、ポンチョ女の敵意を煽る。
俺がやったこと。それは火と風の属性霊力を混ぜて、超高熱の熱風にして放った。ただ、それだけだ。
今思えば俺の技っていえば攻撃技ばかりで、防御を目的とした技は何一つなかった。何故かと問われれば編み出す必要を一ミリも感じていなかったからだが、最近煉旺焔星一発で焼き尽くせない敵と戦うことが多くなった。
だったら二発、三発と撃てばいいだけの話なんだが、相手が水使いだと扱われる質量によっては分が悪い。だったら火であっためつつ風でぶっ飛ばせばいいんじゃねとバカみてぇな発想で編み出したのが、ポンチョ女が作った殺意しかない水のトンネルを吹っ飛ばした熱風の結界である。
「熱風だから攻撃にも使えるし、一石二鳥の最強結界だぜ。防御技なんざ要らねぇと思ってたが、案外悪くねぇもんだな」
俺の周りを吹き荒れる熱風は、その熱で道路をドロドロに融かしていく。
風属性と混ぜたら温度下がっちまうんじゃないかと疑ったが、どうやらそんなことはないらしい。道路や周りの家を熱で融かせるぐらい熱量があるのなら、合格点といったところか。
「名付けて……``焔獄結界``。だな!」
得意げに、胸を張ってみせる。我ながら煉旺焔星並に輝かしい技名だ。
「なあ、もうやめにしねぇか。どっちにしろ、お前が何をしようが俺の勝ちは揺るがねぇ。テメェもバカじゃねぇだろうし」
とりあえず、煽ってみる。これは奴にアレを使わせるためにただカマしてやっただけだ。ふざけているとしかいいようがない、もはや説得と言えたもんですらない挑発めいた一言で、復讐に支配されたアイツを止められる道理なんざありはしない。
だが、それでいいのだ。重要なのは、コイツの敵意を煽ることにあるのだから。
「ざけんなよ、即興で魔法組めたぐらいで……!」
次はポンチョ女が攻めてくる。走りながら無数の水球を先行させ、俺とポンチョ女との間を陣取る。
トンネルのときみたく俺を殺す布陣ってより自分を守るのに特化したかのような展開の仕方。いや、少し違うか。俺からみてポンチョ女の姿は水に阻まれて輪郭がぼやけて見えている。いわばよく見えていない状態だ。もし俺が力尽くで接敵しようもんなら、また全身ずぶ濡れの霊力切れデバフ塗れになる。どこまでも俺を考えなしの阿呆と見ているらしい。いや、実際そうなんだが。
「クソが。盤面整えてから使おうと思ってたが、しかたねえ……!」
水球で固めて作った水の壁を突破して、ポンチョ女が眼前に迫る。
コイツが手に持っていたのは、大鋏。上の刃と下の刃で長さが違う、歪な鋏。かつてカエルを一撃で瀕死に追いやり、一時とはいえ俺の不死を攻略してのけた武器が融合して生まれた、謎の武器。
この鋏なら、確実に俺を殺せるだろう。俺にとって絶対的信頼があった不死でさえも貫く。実際俺は一度、キシシ野郎の凶刃によって不死ごと封じられそうになったことがあったからだ。
どういうカラクリかは知らんが、コイツもまた同じやり方で俺を倒すつもりだろう。俺は不死だ。どれだけ致命傷を負おうが、それら全ては致命にならない。霊力切れデバフは意表こそ突かれはしたが、新技と猫耳パーカーを盗み見て真似た属性変換との併せ技でどうとでもできた。
結局俺を無力化するには、不死そのものをどうにかするしかない。
俺の周りに水球が取り囲む。俺が回避行動を取ると予想しての配置、全方位に満遍なく配置されていて、回避は絶望的だ。ミスって触りでもしてしまったら、もはやこの戦いにてお家芸と化した霊力切れデバフで詰むだろう。
「チッ、新技も早速対処しやがったか……」
回避が無理なら防御で、とさっき自慢したばかりの新技``焔獄結界``で水球を全部蒸発させてやろうかと思ったが、あの結界にも弱点があったらしい。
あの結界は最大瞬間火力で周囲のもの全てを吹き飛ばし焼き尽くすのには強いが、絶え間なくブチ込まれるものを焼き尽くし続けるのは、どうやら苦手なようだ。その証拠に、俺の周りにある水球とポンチョ女の盾として機能していた水の壁は外部にある水の塊と絶え間なく入れ替えられており、百度を軽く超える気温の中を液体のまま、その姿を保ち続けていた。
要は蒸発させられる前に結界の有効範囲外で冷やしてしまえば、また再利用できるというわけだ。一方、道路すら融かす灼熱の世界でも大鋏はビクともしていやがらない。
つまり回避も防御も、武器を熱で破壊することも叶わず、そして不死で耐えることもできない。まさに必殺の攻撃の前に晒されたわけだ。
「終わりだ。ナユタができなかったことを、今ここで果たす!」
鋏の切先が、俺を捉える。捉えたのは心臓だ。あのときと、キシシ野郎と戦ったときと、同じ。
「……な……!? げあッ」
回避不能、防御不能、再生不能の絶対攻撃。その凶刃はキシシ野郎のときと同じく、寸分違わず俺の心臓を的確に捉え、俺を貫いた。そう、貫いたのだ。
「……悪いな。同じ手に引っかかるほど、俺はバカじゃねぇ」
貫いたのは、俺じゃない。ポンチョ女自身だった。
血反吐が飛び出す。奴の右胸から黒いポンチョが血に濡れてべっちゃりと貼りつく。ポンチョのせいだろう、その血は酷く、赤黒い。
「いやー……まさか久三男の入れ知恵に助けられるとはな。やっぱ少しくらいは勉強しておくべきだったかね」
血反吐を垂らしながら、ポンチョ女は目を見開く。俺をブッ刺したつもりが、何故自分がブッ刺されたのか。何故必殺の凶刃を射し貫き返せたのか。今この一言で、その全てを理解したかのように。
「蜃気楼……って知ってるか? いや、知ってるよな、ロクに知らんのは俺ぐらいか」
得意げに解説してくれた、幼き頃の久三男の顔を思い出す。
俺がやることってのは、いつも馬鹿でも分かるぐらいには至極単純なことだ。ほんの僅かに後ろに下がり、突き出された大鋏の切っ先を、足で蹴り上げてコイツの右胸にぶっ刺した。ただそれだけである。
ただそれだけって、なんでそんな真似ができるんだよと思った奴もいると思う。その原因こそが蜃気楼だ。
蜃気楼。確か冷たい空気が下、暖かい空気が上に分かれて起きる奴とその逆の奴の二種類があったはずだが、今回はおそらく前者の方だろう。
あのとき、俺の周囲は新技``焔獄結界``で灼熱状態だった。道路や近くの家屋、瓦礫全てが液状化するほどの熱量、人間なんぞ灰も残らず焼き尽くされる灼熱の世界で、ポンチョ女は大量の水を使って俺を牽制していた。熱で完全に蒸発してしまわないように、結界の外で冷却して再利用する機構まで即興で編み込んで。
水を循環させる本来の目的は、俺が放つ熱気によって水を蒸発させないためだろう。焔獄結界は火と風属性霊力の複合技、俺の周りに灼熱の熱風を絶え間なく対流させ、周囲のもの溶かし尽くす技だ。結界の中と外を循環する水属性霊力が対流する風属性霊力と反応して、``冷たい空気``と``熱い空気``の二層が図らずも形成された。その空気の層によって、俺の幻影ができたわけだ。
ポンチョ女は俺が間合を詰めてくることを恐れて水の大盾を前面に張り巡らせていた。俺が水の大盾を通してポンチョ女を見たとき、輪郭がぼやけて見えていたのと同じように、ポンチョ女から見ても俺の姿はぼんやりとしか見えていなかったのだろう。尚更俺との位置感覚がバグる結果となってしまった。
ポンチョ女はそれでも的確に、俺の心臓を大鋏で貫きはした。位置感覚がバグっていたことで、自身が牽制のために結界内へ放っていた水球によって形成された、蜃気楼による幻影を誤って貫いてしまったことも知らずに。
「クッ……クソがッ……クソがァ!!」
目をかっぴらき、充血させ、唾を飛ばしながら咆哮する。策士策に溺れるって言葉を作った奴は、センスがあると褒め称えたい気分だ。俺を無知だと疑わなかったポンチョ女に、相応しい敗因と言えよう。
何故俺が蜃気楼などというインテリくせぇことを知っているのか。それは幼き頃の久三男が自慢げに解説したのを偶然にも俺が記憶していたからだ。
大体のインテリくせぇ内容なんぞ、自分の意志に関係なく数秒後には忘却の彼方へぶん投げてしまう俺だが、蜃気楼を明確に覚えていた理由は実を言うと結構くだらない理由だったりする。それは、``カッコいい``からである。
蜃気楼。理屈云々はとりあえず放り投げるとして、言葉の響きが実に良い。新しい技を編み出したとき、何かの技名で使えるかもしれないと、幼い頃の俺はそのための貯蓄として、その言葉を意味ごと記憶しておいたのである。
煉旺焔星や焔獄結界、灼熱砲弾だって、言ってしまえば全部俺なりに言葉を勉強した結果なのだ。いつか編み出す新技を迎え入れるため、文字の辞典を読み漁った日々は今でも懐かしい思い出の一つである。
蜃気楼に関しては久三男の受け売りをそのまんま丸ごと記憶していただけなんだが、まさか興味のある事に関してのみ発揮する、意味不明な記憶力に助けられるとは。言葉の勉強はしておくもんである。
その記憶力のお陰で、``大鋏から繰り出される凶刃を跳ね返して相手を倒す``という即興で思いついた戦略を無事実行できたのだから、今回は正真正銘、俺の大勝利だ。
あの大鋏は元々キシシ野郎が持っていたものだ。そしてキシシ野郎は一度、俺の不死性を攻略してのけた。俺だけを時間停止して封印するという、力技で。
だから今回もポンチョ女がそれを真似てくるだろうなとは予想していた。ポンチョ女の技を気合で看破し、敵意を煽ればいずれ焦って大鋏で俺を時間停止させてくるはずだと。
予想は、見事的中した。俺だって流川の本家の当主、先代だった母さんに散々シゴかれた戦士の一人だ。同じ手を二回も食らってやるほど間抜けでもなけりゃ馬鹿でもない。初見だったならいざ知らず、前任者の戦略をそのまんま真似てしまったのは、完全なる戦略ミスである。
「……なぜ、なぜだ……!」
黒くくすんだ蒼い目が、力強く俺を射抜く。太陽光を反射した影響なのか、瞳を濁らせる黒いくすみが、妖しく輝いた。
「なぜ何度も立ち上がる!! なぜオメーの火は消えない!! なぜオメーは……燃え続ける!!」
現実が残酷に残虐に、色彩を簒奪していく中でも、ポンチョ女は目を充血させて吠えた。
それはもはや、恥も外聞も捨て去った、ただの負け惜しみだ。時間停止を解除しないところを見るに、大鋏をまだちゃんと制御できていないのだろう。敗北を悟ったからこその、皮肉だ。
「何度も言わせんな。そんなもん、気合だ気合」
俺は全身を火で包む。周囲が再び俺を包み込む炎で蒸され、ポンチョ女が辺りに散らかした水分を、跡形も残さずその全てを蒸発させていく。
「この世界に仲間を脅かしうるクソ野郎がいる限り、俺の炎は誰にも消せねぇ。たとえ海そのものをブチまけられようとも、消させはしねぇ」
時の狭間に没しようとしているポンチョ女を睥睨する。
「気合と根性で、何度でも焚べてやる。仲間を殺しうる、その全てを焼き尽くす炎をな!!」
ポンチョ女がばら撒いた水が絶命しようとしている中で、俺の身体を包み込む炎は荒々しくも猛々しく、その勢いを更に増す。ポンチョ女は水属性霊力で形作った手を伸ばした。頬に一滴、透明な雫をたらしながら。
「ゆる、さねえ……! おま、え……は、ナ……ユタ、じゃ―――」
周囲の水は完全に蒸発した。霊力で形作ったであろう腕が俺に届くことすら虚しく、沈黙する。
太陽光が俺たちを照らした。長らく覆っていた暗雲を切り裂くように照らしてきた一筋のそれは、妙に熱をもっていて暖かさを感じさせる。それはただ単に今回の戦いで数え切れないほど濡れまくったからだと思うが、それでも全身を覆う冷たくて粘っこいものが取り去れるのなら、今はそれでいい。
「……しかし、ちとやりすぎたか。金髪野郎にガタつかれそうだなあ」
辺りを見渡すと焦げと瓦礫でぐちゃぐちゃになった道路と家々が、視界を埋め尽くす。
太陽に照らされて感じた僅かな暖かさはどこへやら。既に霊力切れでもあるまいに、今すぐにでも不貞寝したい気怠さがのしかかったのは、コイツのデバフのせいだと信じたい。
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さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。
金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。
面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。
本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。
※小説家になろう・カクヨムでも更新中
※表紙:あニキさん
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