13 / 93
魔軍上陸編
プロローグ:騒がしい異形どもの早朝
しおりを挟む
何故生物は排泄するのか。
体内から老廃物、不要物を排出する為だが、それを真剣に考えた奴は世界でそう多くないだろう。
健全な食生活を送っている奴ならば、朝起きて朝食を食う事で催すが、自分はその何でもないただの生活習慣に、誇りを持っている。
何故なら排泄物で今日の身体の調子、幸先、モチベーション。自分の中のあらゆる全てが分かるからだ。
低気圧漂う悪天候なら腹もしくしく咽び泣き、体内から捻り出されるモノはお世辞にも美しいとは言えず、歯切れも悪くなる。
だが適性な湿度と気温が覆う雲一つと無い晴天なら、健康的なそれを気持ち良く出せるってもんである。
これはただの例え話だが、共感できる奴もできない奴もいるかもしれない。
何言ってんだコイツ唐突にきたねえ話してんじゃねえよと罵るしか芸の無い無知もいるだろう。
しかし``排泄``という行為こそ、万物共通の快楽を駆り立てる立派な生物的行為であると述べてやる。
子作りだけが快楽か。
セクシャリティだけが快楽か。
否。生物は皆、身近な行為から快楽を得る事ができる。
誰もが自覚してないだけ。生きとし生ける奴全ては、何らかの生物的行為でドーパミンを炸裂させているのだ。
故に``排泄``を恥じてはならない。親が子を作るのと同じように、親が子を生むのと同じように、生物が行う当然の行為を恥じる必要はない。
生物は皆兄弟、どんな奴だろうが、いずれ捻り出さずにはいられなくなるモノ。
我慢するのは身体に毒。恥だと思い、ひた隠すのは精神に悪い。
たとえ女っ気が皆無な童貞だろうが、あらゆる欲望を断ち切った修行僧だろうが、人知を超えたなんかすごい奴だろうが、抗わずにはいられない概念。
森羅万象共通にして生物普遍。あらゆる性行為を超越した、生理現象の極致なんだ―――。
「だからこそぉ!! ファイトッ!! いっっっっっっぱぁぁぁぁぁぁぁぁつ!!」
「うるせぇ!! いつまでトイレで気張ってんだ!!」
「早く変われよボクおしっこ漏れるぅぅぅぅ!」
「あぁん? 俺は朝一番の便意を催してんだよ!! 漏れるなら漏らせ!!」
「ボクも朝一番の尿意を催してんだよ!!」
「お前トイレ占領すんなって何度言えばわかるんだ!! このスカ○ロ野郎が!!」
「スカ○ロじゃねえ、ナージだ!!」
六畳一間程度の部屋で騒ぎ立てる二匹の生物が、「お手洗い」と札がついたドアの前で立ち往生している。
全身黄緑色の身体をした蛙のような生き物と、その横で股間を抑え、小刻みに飛び跳ねる中年の姿をした妖精。
背は非常に低く、百三十センチあるかどうかの背丈しかない。一言で言い表すなら、異形の小人。
どこか異境のファンタジーを感じさせる二人であったが、己から醸し出されるそのファンタジック感を、己の言の葉で粉々に粉砕していた。
「たくオメェら俺のささやかな朝の排泄と妄想談義にクソ塗りやがって、覚えてろよ」
「なげぇんだよおまえのトイレは!!」
「仕方ねえだろ全部出し切らなきゃならねぇんだから!!」
「一体いくつウンコ出してんだよ!! 朝から出しすぎなんだよ昼まで寝かせとけ!!」
「は? それだと鮮度が落ちるだろお前馬鹿か」
「排泄物に鮮度とかあんの?」
「あるわ!! 小便も長時間溜めとくと黄色くなるのと同じように大便も溜めとくと硬くなって団子みてぇになるだろうが!!」
「どっちでも良いけど早く変わってぇッ。 ボクのち○こが小便したいって泣いて直訴してるぅ!! このままじゃ尿意裁判に敗訴しちゃうよぉ!!」
「んな裁判とっとと負けちまえ!! おめぇの事後が残った小便より俺の優雅で華麗な大便が優先的に下水管通んだよ!!」
トイレの扉を貫通し、部屋中に響き渡るほどの怒号。
その声は非常に端麗であった。美男子を想像させながらも、晩年の男にありそうな渋さを感じさせる声音。
聞けば、誰もが渋さ溢れるイケてるおじさんだと認識するかもしれない。
声音だけならば。
「ふぅ。出たぜ出たぜ、さて」
どことなく渋さを感じさせる美声の主は排泄が終わったのか、便座の擦れる音が鳴る。
だがトイレの扉に立つ二匹は、並々ならぬ違和感に呆然とし、眉を潜め合う。
排泄を終え、トイレから身を起こす音までは聞き取ったが、いつまで経っても絶対に聞こえる筈の音が一つ足りない。
全ての汚物を一挙にして消滅させる最大にして最後の切り札であり、下水管のみが行使できる水属性最強魔法の詠唱音が。
「おい早く流せよ」
「うるせぇなマジで今ウンコ占いしてんだから少し静かにしろ」
「またか!? おまえそれやらねぇと死ぬのか!?」
「オメェ舐めんなよ、俺のウンコ占いは八割の確率で当たるって評判なんだぞ!!」
「それ皮肉だろ!! 二割外すのかよって意味の皮肉だろ絶対!!」
「八割当たるだけでも儲けもんだろうが!! 最近は目当てのもん引くのに確率なんざ1パー割るんだぞ!!」
「それどこの確率!? ぜってぇ新しく始めたゲームの確率だろそれ!!」
「少なくとも元旦のおみくじより大吉率高けぇのは確かだ!! つまり俺のウンコは神託をも超える!!」
「凄い事言ってるみたいだけど全部クソで台無しになってるから!! 最後は何もかも下水に流される儚い運命だから!!」
「むおおおおおお!! ボクのち○こおおおおおおおああああ!!」
「「うるせえ!!」」
股間を手で押さえつけ、トイレの扉の前でうさぎ跳びを繰り返す中年男姿の妖精に、シンクロナイズした怒号が貫く。
既に妖精の顔は真っ青になっているが、尿意と戦う妖精など蚊帳の外。
トイレの扉で隔てられた中で行われるクソみたいな会話、略して糞話はまだまだ続く。
「うおお!? こりゃあすげぇ!!」
「あ?」
「バナナウンコとバナナウンコがクロスして、その接点にバナナウンコの切っ先が接してやがる!!」
「だから何だ」
「当たりも当たり!! 大当たりだぜぇ!!」
渋さ漂う美声の主の咆哮が唸り、全身黄緑色の蛙でありながらたった二本の足で立っている生物は、首を傾げる。
「つまりどういう事だよ。ただ単に糞の上に糞が載ってるのを見て喜ぶクソがいるって事しかわかんねぇぞ」
「だーから、新しい出会いがあるって事!! それも超面白ぇ奴等とのな!!」
「なるほど、全く分かんねぇ」
「あ。でも水難の相もあるわ」
「水難の相?」
隣でうさぎ跳びをしていた妖精から、突如全ての表情が消える。何らかの悟りを開いた菩薩の如き朗らかな笑みで、天井を見上げた。
「もうぉ……だめぇ……アッ……」
床にびしゃびしゃと垂れる音が響く。
窓から照らされる朝日が、股間から滲み出る湧き水と、床を濡らす水溜りを煌々と輝かせる。
半人半蛙の生物は、あー、と彼の哀れな姿を一瞥し、個室の中にいる美声の主に話しかけた。
「水難の相、当たったぜ」
「シャルの奴漏らしやがったか」
「誰のせいだよ誰の!!」
「お前に堪え性が無いだけだろ」
「お前がずっとウンコの下りでグダグダやってるからだよ!! あーぁ、余所行きの下着がぐっちょぐちょ」
「別に良いじゃん下着あろうがなかろうがお前の場合大差無いし」
「そうだな。シャルだしな」
「そう言うならカエル、お前ボクの小便舐めて掃除しろ」
「は? 何でオレが」
「シャルだしな、って言われてなんかムカついたから」
「知るかよ!!」
「オメェらトイレの前で騒ぐな」
「「お前に言われたくねぇ!!」」
排泄物が下水に飲み込まれる盛大な音が、個室を反芻する。
長きに渡る禅問答を終え、漸くトイレの扉は開かれる。
中年男性姿の妖精―――シャルと同じくらいの背丈であろう小熊のぬいぐるみが、小さい布で手を拭きつつ、優雅にその姿を現した。
背中には天使を彷彿とさせる真っ白の翼。
どこからどう見ても、ぬいぐるみにしか見えないファンシーさ。
トイレの個室内で万物共通な汚物の名を口にしていた存在とは思えない姿だが、そのぬいぐるみ的生物―――ナージは、自身から醸し出されるファンシーさを打ち消すが如く悪辣に唇を吊り上げ、無数の白い牙を光らせる。
トイレの側においてあった袋のようなものを手に取ると、左肩に担いでただ一人玄関の前へと向かう。
その姿からは、ただの小熊のぬいぐるみとは思えない孤高の貫禄。
畳んでいた無地の翼を広げ、ナージは二匹の異形を背後に玄関を叩き開ける。
「行くぞオメェら!! バナナウンコな奴等が待ってるぜ!!」
「ちょ、待てやおまえそこオレの立ち位置!!」
「置いてくなよー、ボクまだパンツ履いてないのに~」
まるで自分が主人公と言わんばかりに先陣を切ったナージに、二足歩行の半人半蛙―――カエル総隊長が彼の肩を掴んだ。
未だ部屋の中で服を散らかしまくるシャルをよそに、彼等は部屋を飛び出す。
「で。今更だが、なんで俺らは呼び出されたんだっけ?」
「忘れてんじゃねえよ昨日話されたじゃん!!」
勢い良く先陣を切り、天下の往来を突っ切ろうとした手前、ナージは自分が作った空気を自ら破砕し、二人ないし二匹は盛大にすっ転ぶ。
黄緑色の蛙人、カエル総隊長はわなわなと身体を震わせながら立ち上がる。
「エンちゃんが怪しい男に誑かされて拉致られた。アザラシの野郎が下手打つ前に連れ戻しに行くんだよ」
「まぁたアザラシ絡みかよ……騒ぎを起こさねぇと気が済まねぇのかあのコミュ障ゴミガイジは」
「仕方ないよアザラシだもん」
「テメェの女くらいきちんと首輪付けとけっての……何年一つ屋根の下で暮らしてんだよ」
ナージの表情が般若を描いた。
身体から茶色いオーラが滲み出る。ウンコくせえオーラ出してんじゃねえよと叱咤するシャルに、カエルが話題を切り替える。
「でもな。今回はそれだけじゃねえ」
「あ? コミュ障陰キャクソ童貞の喧嘩凸止める以外にまだ何かあんのか」
「おまえ、なんでオレらが二頭身か分かるか」
「知るか。親分から昨日渡されたんだよオメェは違うってのか」
「いいや。オレもシャルも渡されたぜ。ただ今回の作戦指揮は親分じゃねえんだよ」
ナージとシャルはお互い眉を潜め合った。
片目を黒い眼帯で包む二足歩行の蛙はびちゃ、と生温い音を立てながら腕を組むと、ナージはおもむろにカエルの顔を覗き込む。
「誰だってんだよ」
ナージが彼の懐をまじまじと見つめる中で、カエルは眼帯の位置をわざとらしく調整し、唇を吊り上げるやいなや、片手で頬を抑えた。
ナージの顔が怒りに歪む。
その仕草は自分の心の闇、所謂封印的なものが破られようとしている者の姿。
彼らからみて、その振る舞いは至極滑稽でしかない。
「``あくのだいまおう``、だぜ」
だがカエルの悪辣に歪んだ唇は、ふざけていて、しかし禍々しさの根源を担うその名を、横柄に奏でたのだった。
体内から老廃物、不要物を排出する為だが、それを真剣に考えた奴は世界でそう多くないだろう。
健全な食生活を送っている奴ならば、朝起きて朝食を食う事で催すが、自分はその何でもないただの生活習慣に、誇りを持っている。
何故なら排泄物で今日の身体の調子、幸先、モチベーション。自分の中のあらゆる全てが分かるからだ。
低気圧漂う悪天候なら腹もしくしく咽び泣き、体内から捻り出されるモノはお世辞にも美しいとは言えず、歯切れも悪くなる。
だが適性な湿度と気温が覆う雲一つと無い晴天なら、健康的なそれを気持ち良く出せるってもんである。
これはただの例え話だが、共感できる奴もできない奴もいるかもしれない。
何言ってんだコイツ唐突にきたねえ話してんじゃねえよと罵るしか芸の無い無知もいるだろう。
しかし``排泄``という行為こそ、万物共通の快楽を駆り立てる立派な生物的行為であると述べてやる。
子作りだけが快楽か。
セクシャリティだけが快楽か。
否。生物は皆、身近な行為から快楽を得る事ができる。
誰もが自覚してないだけ。生きとし生ける奴全ては、何らかの生物的行為でドーパミンを炸裂させているのだ。
故に``排泄``を恥じてはならない。親が子を作るのと同じように、親が子を生むのと同じように、生物が行う当然の行為を恥じる必要はない。
生物は皆兄弟、どんな奴だろうが、いずれ捻り出さずにはいられなくなるモノ。
我慢するのは身体に毒。恥だと思い、ひた隠すのは精神に悪い。
たとえ女っ気が皆無な童貞だろうが、あらゆる欲望を断ち切った修行僧だろうが、人知を超えたなんかすごい奴だろうが、抗わずにはいられない概念。
森羅万象共通にして生物普遍。あらゆる性行為を超越した、生理現象の極致なんだ―――。
「だからこそぉ!! ファイトッ!! いっっっっっっぱぁぁぁぁぁぁぁぁつ!!」
「うるせぇ!! いつまでトイレで気張ってんだ!!」
「早く変われよボクおしっこ漏れるぅぅぅぅ!」
「あぁん? 俺は朝一番の便意を催してんだよ!! 漏れるなら漏らせ!!」
「ボクも朝一番の尿意を催してんだよ!!」
「お前トイレ占領すんなって何度言えばわかるんだ!! このスカ○ロ野郎が!!」
「スカ○ロじゃねえ、ナージだ!!」
六畳一間程度の部屋で騒ぎ立てる二匹の生物が、「お手洗い」と札がついたドアの前で立ち往生している。
全身黄緑色の身体をした蛙のような生き物と、その横で股間を抑え、小刻みに飛び跳ねる中年の姿をした妖精。
背は非常に低く、百三十センチあるかどうかの背丈しかない。一言で言い表すなら、異形の小人。
どこか異境のファンタジーを感じさせる二人であったが、己から醸し出されるそのファンタジック感を、己の言の葉で粉々に粉砕していた。
「たくオメェら俺のささやかな朝の排泄と妄想談義にクソ塗りやがって、覚えてろよ」
「なげぇんだよおまえのトイレは!!」
「仕方ねえだろ全部出し切らなきゃならねぇんだから!!」
「一体いくつウンコ出してんだよ!! 朝から出しすぎなんだよ昼まで寝かせとけ!!」
「は? それだと鮮度が落ちるだろお前馬鹿か」
「排泄物に鮮度とかあんの?」
「あるわ!! 小便も長時間溜めとくと黄色くなるのと同じように大便も溜めとくと硬くなって団子みてぇになるだろうが!!」
「どっちでも良いけど早く変わってぇッ。 ボクのち○こが小便したいって泣いて直訴してるぅ!! このままじゃ尿意裁判に敗訴しちゃうよぉ!!」
「んな裁判とっとと負けちまえ!! おめぇの事後が残った小便より俺の優雅で華麗な大便が優先的に下水管通んだよ!!」
トイレの扉を貫通し、部屋中に響き渡るほどの怒号。
その声は非常に端麗であった。美男子を想像させながらも、晩年の男にありそうな渋さを感じさせる声音。
聞けば、誰もが渋さ溢れるイケてるおじさんだと認識するかもしれない。
声音だけならば。
「ふぅ。出たぜ出たぜ、さて」
どことなく渋さを感じさせる美声の主は排泄が終わったのか、便座の擦れる音が鳴る。
だがトイレの扉に立つ二匹は、並々ならぬ違和感に呆然とし、眉を潜め合う。
排泄を終え、トイレから身を起こす音までは聞き取ったが、いつまで経っても絶対に聞こえる筈の音が一つ足りない。
全ての汚物を一挙にして消滅させる最大にして最後の切り札であり、下水管のみが行使できる水属性最強魔法の詠唱音が。
「おい早く流せよ」
「うるせぇなマジで今ウンコ占いしてんだから少し静かにしろ」
「またか!? おまえそれやらねぇと死ぬのか!?」
「オメェ舐めんなよ、俺のウンコ占いは八割の確率で当たるって評判なんだぞ!!」
「それ皮肉だろ!! 二割外すのかよって意味の皮肉だろ絶対!!」
「八割当たるだけでも儲けもんだろうが!! 最近は目当てのもん引くのに確率なんざ1パー割るんだぞ!!」
「それどこの確率!? ぜってぇ新しく始めたゲームの確率だろそれ!!」
「少なくとも元旦のおみくじより大吉率高けぇのは確かだ!! つまり俺のウンコは神託をも超える!!」
「凄い事言ってるみたいだけど全部クソで台無しになってるから!! 最後は何もかも下水に流される儚い運命だから!!」
「むおおおおおお!! ボクのち○こおおおおおおおああああ!!」
「「うるせえ!!」」
股間を手で押さえつけ、トイレの扉の前でうさぎ跳びを繰り返す中年男姿の妖精に、シンクロナイズした怒号が貫く。
既に妖精の顔は真っ青になっているが、尿意と戦う妖精など蚊帳の外。
トイレの扉で隔てられた中で行われるクソみたいな会話、略して糞話はまだまだ続く。
「うおお!? こりゃあすげぇ!!」
「あ?」
「バナナウンコとバナナウンコがクロスして、その接点にバナナウンコの切っ先が接してやがる!!」
「だから何だ」
「当たりも当たり!! 大当たりだぜぇ!!」
渋さ漂う美声の主の咆哮が唸り、全身黄緑色の蛙でありながらたった二本の足で立っている生物は、首を傾げる。
「つまりどういう事だよ。ただ単に糞の上に糞が載ってるのを見て喜ぶクソがいるって事しかわかんねぇぞ」
「だーから、新しい出会いがあるって事!! それも超面白ぇ奴等とのな!!」
「なるほど、全く分かんねぇ」
「あ。でも水難の相もあるわ」
「水難の相?」
隣でうさぎ跳びをしていた妖精から、突如全ての表情が消える。何らかの悟りを開いた菩薩の如き朗らかな笑みで、天井を見上げた。
「もうぉ……だめぇ……アッ……」
床にびしゃびしゃと垂れる音が響く。
窓から照らされる朝日が、股間から滲み出る湧き水と、床を濡らす水溜りを煌々と輝かせる。
半人半蛙の生物は、あー、と彼の哀れな姿を一瞥し、個室の中にいる美声の主に話しかけた。
「水難の相、当たったぜ」
「シャルの奴漏らしやがったか」
「誰のせいだよ誰の!!」
「お前に堪え性が無いだけだろ」
「お前がずっとウンコの下りでグダグダやってるからだよ!! あーぁ、余所行きの下着がぐっちょぐちょ」
「別に良いじゃん下着あろうがなかろうがお前の場合大差無いし」
「そうだな。シャルだしな」
「そう言うならカエル、お前ボクの小便舐めて掃除しろ」
「は? 何でオレが」
「シャルだしな、って言われてなんかムカついたから」
「知るかよ!!」
「オメェらトイレの前で騒ぐな」
「「お前に言われたくねぇ!!」」
排泄物が下水に飲み込まれる盛大な音が、個室を反芻する。
長きに渡る禅問答を終え、漸くトイレの扉は開かれる。
中年男性姿の妖精―――シャルと同じくらいの背丈であろう小熊のぬいぐるみが、小さい布で手を拭きつつ、優雅にその姿を現した。
背中には天使を彷彿とさせる真っ白の翼。
どこからどう見ても、ぬいぐるみにしか見えないファンシーさ。
トイレの個室内で万物共通な汚物の名を口にしていた存在とは思えない姿だが、そのぬいぐるみ的生物―――ナージは、自身から醸し出されるファンシーさを打ち消すが如く悪辣に唇を吊り上げ、無数の白い牙を光らせる。
トイレの側においてあった袋のようなものを手に取ると、左肩に担いでただ一人玄関の前へと向かう。
その姿からは、ただの小熊のぬいぐるみとは思えない孤高の貫禄。
畳んでいた無地の翼を広げ、ナージは二匹の異形を背後に玄関を叩き開ける。
「行くぞオメェら!! バナナウンコな奴等が待ってるぜ!!」
「ちょ、待てやおまえそこオレの立ち位置!!」
「置いてくなよー、ボクまだパンツ履いてないのに~」
まるで自分が主人公と言わんばかりに先陣を切ったナージに、二足歩行の半人半蛙―――カエル総隊長が彼の肩を掴んだ。
未だ部屋の中で服を散らかしまくるシャルをよそに、彼等は部屋を飛び出す。
「で。今更だが、なんで俺らは呼び出されたんだっけ?」
「忘れてんじゃねえよ昨日話されたじゃん!!」
勢い良く先陣を切り、天下の往来を突っ切ろうとした手前、ナージは自分が作った空気を自ら破砕し、二人ないし二匹は盛大にすっ転ぶ。
黄緑色の蛙人、カエル総隊長はわなわなと身体を震わせながら立ち上がる。
「エンちゃんが怪しい男に誑かされて拉致られた。アザラシの野郎が下手打つ前に連れ戻しに行くんだよ」
「まぁたアザラシ絡みかよ……騒ぎを起こさねぇと気が済まねぇのかあのコミュ障ゴミガイジは」
「仕方ないよアザラシだもん」
「テメェの女くらいきちんと首輪付けとけっての……何年一つ屋根の下で暮らしてんだよ」
ナージの表情が般若を描いた。
身体から茶色いオーラが滲み出る。ウンコくせえオーラ出してんじゃねえよと叱咤するシャルに、カエルが話題を切り替える。
「でもな。今回はそれだけじゃねえ」
「あ? コミュ障陰キャクソ童貞の喧嘩凸止める以外にまだ何かあんのか」
「おまえ、なんでオレらが二頭身か分かるか」
「知るか。親分から昨日渡されたんだよオメェは違うってのか」
「いいや。オレもシャルも渡されたぜ。ただ今回の作戦指揮は親分じゃねえんだよ」
ナージとシャルはお互い眉を潜め合った。
片目を黒い眼帯で包む二足歩行の蛙はびちゃ、と生温い音を立てながら腕を組むと、ナージはおもむろにカエルの顔を覗き込む。
「誰だってんだよ」
ナージが彼の懐をまじまじと見つめる中で、カエルは眼帯の位置をわざとらしく調整し、唇を吊り上げるやいなや、片手で頬を抑えた。
ナージの顔が怒りに歪む。
その仕草は自分の心の闇、所謂封印的なものが破られようとしている者の姿。
彼らからみて、その振る舞いは至極滑稽でしかない。
「``あくのだいまおう``、だぜ」
だがカエルの悪辣に歪んだ唇は、ふざけていて、しかし禍々しさの根源を担うその名を、横柄に奏でたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち
半道海豚
SF
本稿は、生きていくために、文明の痕跡さえない200万年後の未来に旅立ったヒトたちの奮闘を描いています。
最近は温暖化による環境の悪化が話題になっています。温暖化が進行すれば、多くの生物種が絶滅するでしょう。実際、新生代第四紀完新世(現在の地質年代)は生物の大量絶滅の真っ最中だとされています。生物の大量絶滅は地球史上何度も起きていますが、特に大規模なものが“ビッグファイブ”と呼ばれています。5番目が皆さんよくご存じの恐竜絶滅です。そして、現在が6番目で絶賛進行中。しかも理由はヒトの存在。それも産業革命以後とかではなく、何万年も前から。
本稿は、2015年に書き始めましたが、温暖化よりはスーパープルームのほうが衝撃的だろうと考えて北米でのマントル噴出を破局的環境破壊の惹起としました。
第1章と第2章は未来での生き残りをかけた挑戦、第3章以降は競争排除則(ガウゼの法則)がテーマに加わります。第6章以降は大量絶滅は収束したのかがテーマになっています。
どうぞ、お楽しみください。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜
奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。
パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。
少し冷めた村人少年の冒険記 2
mizuno sei
ファンタジー
地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。
不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。
旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる