無頼少年記 ~最強の戦闘民族の末裔、ガールフレンドを失って失意と憎悪の果てに復讐を決意する~

ANGELUS

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魔軍上陸編

プロローグ:騒がしい異形どもの早朝

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 何故生物は排泄するのか。


 体内から老廃物、不要物を排出する為だが、それを真剣に考えた奴は世界でそう多くないだろう。


 健全な食生活を送っている奴ならば、朝起きて朝食を食う事で催すが、自分はその何でもないただの生活習慣に、誇りを持っている。


 何故なら排泄物で今日の身体の調子、幸先、モチベーション。自分の中のあらゆる全てが分かるからだ。


 低気圧漂う悪天候なら腹もしくしく咽び泣き、体内から捻り出されるモノはお世辞にも美しいとは言えず、歯切れも悪くなる。


 だが適性な湿度と気温が覆う雲一つと無い晴天なら、健康的なそれを気持ち良く出せるってもんである。


 これはただの例え話だが、共感できる奴もできない奴もいるかもしれない。


 何言ってんだコイツ唐突にきたねえ話してんじゃねえよと罵るしか芸の無い無知もいるだろう。


 しかし``排泄``という行為こそ、万物共通の快楽を駆り立てる立派な生物的行為であると述べてやる。


 子作りだけが快楽か。


 セクシャリティだけが快楽か。


 否。生物は皆、身近な行為から快楽を得る事ができる。


 誰もが自覚してないだけ。生きとし生ける奴全ては、何らかの生物的行為でドーパミンを炸裂させているのだ。


 故に``排泄``を恥じてはならない。親が子を作るのと同じように、親が子を生むのと同じように、生物が行う当然の行為を恥じる必要はない。


 生物は皆兄弟、どんな奴だろうが、いずれ捻り出さずにはいられなくなるモノ。


 我慢するのは身体に毒。恥だと思い、ひた隠すのは精神に悪い。


 たとえ女っ気が皆無な童貞だろうが、あらゆる欲望を断ち切った修行僧だろうが、人知を超えたなんかすごい奴だろうが、抗わずにはいられない概念。


 森羅万象共通にして生物普遍。あらゆる性行為を超越した、生理現象の極致なんだ―――。


「だからこそぉ!! ファイトッ!! いっっっっっっぱぁぁぁぁぁぁぁぁつ!!」


「うるせぇ!! いつまでトイレで気張ってんだ!!」


「早く変われよボクおしっこ漏れるぅぅぅぅ!」


「あぁん? 俺は朝一番の便意を催してんだよ!! 漏れるなら漏らせ!!」


「ボクも朝一番の尿意を催してんだよ!!」


「お前トイレ占領すんなって何度言えばわかるんだ!! このスカ○ロ野郎が!!」


「スカ○ロじゃねえ、ナージだ!!」


 六畳一間程度の部屋で騒ぎ立てる二匹の生物が、「お手洗い」と札がついたドアの前で立ち往生している。


 全身黄緑色の身体をした蛙のような生き物と、その横で股間を抑え、小刻みに飛び跳ねる中年の姿をした妖精。


 背は非常に低く、百三十センチあるかどうかの背丈しかない。一言で言い表すなら、異形の小人。


 どこか異境のファンタジーを感じさせる二人であったが、己から醸し出されるそのファンタジック感を、己の言の葉で粉々に粉砕していた。


「たくオメェら俺のささやかな朝の排泄と妄想談義にクソ塗りやがって、覚えてろよ」


「なげぇんだよおまえのトイレは!!」


「仕方ねえだろ全部出し切らなきゃならねぇんだから!!」


「一体いくつウンコ出してんだよ!! 朝から出しすぎなんだよ昼まで寝かせとけ!!」


「は? それだと鮮度が落ちるだろお前馬鹿か」


「排泄物に鮮度とかあんの?」


「あるわ!! 小便も長時間溜めとくと黄色くなるのと同じように大便も溜めとくと硬くなって団子みてぇになるだろうが!!」


「どっちでも良いけど早く変わってぇッ。 ボクのち○こが小便したいって泣いて直訴してるぅ!! このままじゃ尿意裁判に敗訴しちゃうよぉ!!」


「んな裁判とっとと負けちまえ!! おめぇの事後が残った小便より俺の優雅で華麗な大便が優先的に下水管通んだよ!!」


 トイレの扉を貫通し、部屋中に響き渡るほどの怒号。


 その声は非常に端麗であった。美男子を想像させながらも、晩年の男にありそうな渋さを感じさせる声音。


 聞けば、誰もが渋さ溢れるイケてるおじさんだと認識するかもしれない。


 声音だけならば。


「ふぅ。出たぜ出たぜ、さて」


 どことなく渋さを感じさせる美声の主は排泄が終わったのか、便座の擦れる音が鳴る。


 だがトイレの扉に立つ二匹は、並々ならぬ違和感に呆然とし、眉を潜め合う。


 排泄を終え、トイレから身を起こす音までは聞き取ったが、いつまで経っても絶対に聞こえる筈の音が一つ足りない。


 全ての汚物を一挙にして消滅させる最大にして最後の切り札であり、下水管のみが行使できる水属性最強魔法の詠唱音が。


「おい早く流せよ」


「うるせぇなマジで今ウンコ占いしてんだから少し静かにしろ」


「またか!? おまえそれやらねぇと死ぬのか!?」


「オメェ舐めんなよ、俺のウンコ占いは八割の確率で当たるって評判なんだぞ!!」


「それ皮肉だろ!! 二割外すのかよって意味の皮肉だろ絶対!!」


「八割当たるだけでも儲けもんだろうが!! 最近は目当てのもん引くのに確率なんざ1パー割るんだぞ!!」


「それどこの確率!? ぜってぇ新しく始めたゲームの確率だろそれ!!」


「少なくとも元旦のおみくじより大吉率高けぇのは確かだ!! つまり俺のウンコは神託をも超える!!」


「凄い事言ってるみたいだけど全部クソで台無しになってるから!! 最後は何もかも下水に流される儚い運命だから!!」


「むおおおおおお!! ボクのち○こおおおおおおおああああ!!」


「「うるせえ!!」」


 股間を手で押さえつけ、トイレの扉の前でうさぎ跳びを繰り返す中年男姿の妖精に、シンクロナイズした怒号が貫く。


 既に妖精の顔は真っ青になっているが、尿意と戦う妖精など蚊帳の外。


 トイレの扉で隔てられた中で行われるクソみたいな会話、略して糞話はまだまだ続く。


「うおお!? こりゃあすげぇ!!」


「あ?」


「バナナウンコとバナナウンコがクロスして、その接点にバナナウンコの切っ先が接してやがる!!」


「だから何だ」


「当たりも当たり!! 大当たりだぜぇ!!」


 渋さ漂う美声の主の咆哮が唸り、全身黄緑色の蛙でありながらたった二本の足で立っている生物は、首を傾げる。


「つまりどういう事だよ。ただ単に糞の上に糞が載ってるのを見て喜ぶクソがいるって事しかわかんねぇぞ」


「だーから、新しい出会いがあるって事!! それも超面白ぇ奴等とのな!!」


「なるほど、全く分かんねぇ」


「あ。でも水難の相もあるわ」


「水難の相?」


 隣でうさぎ跳びをしていた妖精から、突如全ての表情が消える。何らかの悟りを開いた菩薩の如き朗らかな笑みで、天井を見上げた。


「もうぉ……だめぇ……アッ……」


 床にびしゃびしゃと垂れる音が響く。


 窓から照らされる朝日が、股間から滲み出る湧き水と、床を濡らす水溜りを煌々と輝かせる。


 半人半蛙の生物は、あー、と彼の哀れな姿を一瞥し、個室の中にいる美声の主に話しかけた。


「水難の相、当たったぜ」


「シャルの奴漏らしやがったか」


「誰のせいだよ誰の!!」


「お前に堪え性が無いだけだろ」


「お前がずっとウンコの下りでグダグダやってるからだよ!! あーぁ、余所行きの下着がぐっちょぐちょ」


「別に良いじゃん下着あろうがなかろうがお前の場合大差無いし」


「そうだな。シャルだしな」


「そう言うならカエル、お前ボクの小便舐めて掃除しろ」


「は? 何でオレが」


「シャルだしな、って言われてなんかムカついたから」


「知るかよ!!」


「オメェらトイレの前で騒ぐな」


「「お前に言われたくねぇ!!」」


 排泄物が下水に飲み込まれる盛大な音が、個室を反芻する。


 長きに渡る禅問答を終え、漸くトイレの扉は開かれる。


 中年男性姿の妖精―――シャルと同じくらいの背丈であろう小熊のぬいぐるみが、小さい布で手を拭きつつ、優雅にその姿を現した。


 背中には天使を彷彿とさせる真っ白の翼。


 どこからどう見ても、ぬいぐるみにしか見えないファンシーさ。


 トイレの個室内で万物共通な汚物の名を口にしていた存在とは思えない姿だが、そのぬいぐるみ的生物―――ナージは、自身から醸し出されるファンシーさを打ち消すが如く悪辣に唇を吊り上げ、無数の白い牙を光らせる。


 トイレの側においてあった袋のようなものを手に取ると、左肩に担いでただ一人玄関の前へと向かう。


 その姿からは、ただの小熊のぬいぐるみとは思えない孤高の貫禄。


 畳んでいた無地の翼を広げ、ナージは二匹の異形を背後に玄関を叩き開ける。


「行くぞオメェら!! バナナウンコな奴等が待ってるぜ!!」


「ちょ、待てやおまえそこオレの立ち位置!!」


「置いてくなよー、ボクまだパンツ履いてないのに~」


 まるで自分が主人公と言わんばかりに先陣を切ったナージに、二足歩行の半人半蛙―――カエル総隊長が彼の肩を掴んだ。


 未だ部屋の中で服を散らかしまくるシャルをよそに、彼等は部屋を飛び出す。


「で。今更だが、なんで俺らは呼び出されたんだっけ?」


「忘れてんじゃねえよ昨日話されたじゃん!!」


 勢い良く先陣を切り、天下の往来を突っ切ろうとした手前、ナージは自分が作った空気を自ら破砕し、二人ないし二匹は盛大にすっ転ぶ。


 黄緑色の蛙人、カエル総隊長はわなわなと身体を震わせながら立ち上がる。


「エンちゃんが怪しい男に誑かされて拉致られた。アザラシの野郎が下手打つ前に連れ戻しに行くんだよ」


「まぁたアザラシ絡みかよ……騒ぎを起こさねぇと気が済まねぇのかあのコミュ障ゴミガイジは」


「仕方ないよアザラシだもん」


「テメェの女くらいきちんと首輪付けとけっての……何年一つ屋根の下で暮らしてんだよ」


 ナージの表情が般若を描いた。


 身体から茶色いオーラが滲み出る。ウンコくせえオーラ出してんじゃねえよと叱咤するシャルに、カエルが話題を切り替える。


「でもな。今回はそれだけじゃねえ」


「あ? コミュ障陰キャクソ童貞の喧嘩凸止める以外にまだ何かあんのか」


「おまえ、なんでオレらが二頭身か分かるか」


「知るか。親分から昨日渡されたんだよオメェは違うってのか」


「いいや。オレもシャルも渡されたぜ。ただ今回の作戦指揮は親分じゃねえんだよ」


 ナージとシャルはお互い眉を潜め合った。


 片目を黒い眼帯で包む二足歩行の蛙はびちゃ、と生温い音を立てながら腕を組むと、ナージはおもむろにカエルの顔を覗き込む。


「誰だってんだよ」


 ナージが彼の懐をまじまじと見つめる中で、カエルは眼帯の位置をわざとらしく調整し、唇を吊り上げるやいなや、片手で頬を抑えた。


 ナージの顔が怒りに歪む。


 その仕草は自分の心の闇、所謂封印的なものが破られようとしている者の姿。


 彼らからみて、その振る舞いは至極滑稽でしかない。


「``あくのだいまおう``、だぜ」


 だがカエルの悪辣に歪んだ唇は、ふざけていて、しかし禍々しさの根源を担うその名を、横柄に奏でたのだった。
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