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魔軍上陸編
哀愁の攻防戦
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―――『私、必ず貴方の下へ行くわ。それまで貴方のやるべき事を成して。でも……こんな私を待っててくれる?』
『無論。幾星霜の時が経とうと、この故郷エヴェラスタを救い、お前を待ち続けると、常に共に在ると誓おう』
『ありがとうエスパーダ……じゃあいつか、頂上で』―――
あれから、何時の月日が経っただろうか。
数千年の時を経て彼女を無事迎え入れ、共にする事、約三億。
その時まで片時も離れた事などなかったが、ただそれだけで平穏であった生活は、何の変哲も無かったはずの二日前に破られる事となった。
永き時の中で、もはや分身に等しい存在とさえ言える彼女は、突然外の世界を一人で見たいと言い出したのだ。
自身は駄目だと言った。外の世界は危険だから、外の世界は此処と違ってお前には暑過ぎるから、と。しかし彼女は聞き入れなかった。
尚も外の世界を渇望し、己の制止を振り切って空間転移の魔法を行使。猛吹雪が全てを糾弾する氷雪地帯から出て行ってしまったのである。
そして二日後の今日―――。
外の世界は彼女にとって暑すぎる。氷雪の地から出すというのは魑魅魍魎が跋扈する荒野に放り込むようなもの。
氷雪の地にしか生きられぬ身体を持っているのを知りながら、尚も外の世界への渇望を隠しきれぬ切実な願いを、叶えた結果が現在である。
今、幾星霜の時を生きてきた半身はいない。
無限に広がる氷雪と曇天に咆哮する吹雪。そしてただ一人愛する半身を求め、本能的に歩を進める自身のみ。
奥歯をぎりっと強く噛んだ。
外の世界に蔓延る脅威を知りながら、半身を野に放った己の甘さに腸が煮えくり返る想いだ。
どこかで溶けて朽ちているかもしれない。
魑魅魍魎に食われ貪られているかもしれない。
ヒューマノリア南方の地で、異種族に囚われているかもしれない。
何処かで溶けて朽ち果てているのなら、愚かで間抜けな自分を責めるだけで事足りる。
だが魑魅魍魎に貪り食われているか、辺境に住まう異種族に囚われているのなら、誤って愛する半身を野に放った責を負わねばならないだろう。
我が半身を貪った魑魅魍魎と共に、戦いの中で自らも滅びるという業を。
守れなかったせめてもの餞として、我が半身に手をかけた全ての存在を永遠に氷雪の牢獄へ封じ込めるという責務を。
半身をもがれている今、半身が居ないのならば生を全うする意義はない。
外の世界の者を氷雪の牢獄に閉じ込める。半身が聞けば激昂するのは明白だろうが、半身が慰み物にされていると連想すると、耐えられたものではない。
半身に牙を剥く者全てを、永久凍土に埋めてしまわねば気が済まないのだ。
縦令半身に嫌悪されようとも、その意志は変わらないだろう。
守るべきだった。しかし彼女を想い、野に放った。
外の世界も、他ならぬ自分自身も許せぬ。ならばいっそ嫌われて、なにもかも永劫の氷雪世界に封じ込め、自身も滅んだ方が、ずっと楽。
「……ッ」
物思いに耽っていたのも束の間、自身の眼前に現れたるは四匹の異形であった。
何の因果か、全員古くから見知った間柄な上、思い出す限り苦い思い出しか湧き出てこない連中。
もはや天敵と言っても過言ではない曲者どもに、思わず眉間に皺を寄せる。
「迎えに来たぜアザラシさんよ」
まず前に出たのは、全身黄緑色の姿をした二足歩行の蛙。
それは左目を眼帯で隠し、平坦な顔から飛び出た右目がぎょろぎょろと四方に動く醜態であった。純然たる黄緑色に怪しげな白味が目立つ。
おそらく身体中に張っていた粘膜が吹雪で凍ったのだろう。いつもより不気味に輝いていて、気持ち悪さに拍車がかかっている。
カエル総隊長。この大陸に住まうあらゆる``両生類``の頂点を自称する怪物は、自身が相間見えた者の中で、最も醜い者に相違ない。
「黙れ。その名で呼ぶな両生類」
「黙るのはオメェだバーカ!! たく次はロリ姫様が攫われたから白馬の王子様気分ですかぁ? 随分な演出ですねぇ、白馬というより白銀のクソガイジになってて大草原不可避なんですけどぉー?」
カエルの隣で吠える小熊ナージは顔全面に皺を寄せ、下賎な口ぶりで言い寄ってくる。
此奴は見た目のファンシーさとは裏腹に、中身は文字通りの肥溜めそのもの。
周囲の者を煽っては敵意を買い、歯向かえば糞便を投げつけてくるという最低極まりない輩。かつて何度糞便を投げつけられたか数知れない。
だが此奴には、他を比するに値しない程の甚だしい私怨がある。
何を隠そう、蔑称たる``アザラシ``という名を世に広めたのは他ならぬ此奴なのだ。
本人曰く動きが鈍く特定の場所でアウアウ言うしか能が無いから、が由来らしいが、極めつけは、蔑称を広めた事を忘れてしまっている始末である。
何度教えても逆に激昂され、糞便を投げつけられる。絶対に。絶対に此奴だけは一生恨み続ける自信がある。
「あいっ変わらず下賎な奴等め……」
「お前の方が下賎だろうがよゲーセン行った事ねぇくせに調子のんなよ粗○ンが!!」
エプロン姿であるが、何故か下半身半裸の中年シャルは、ナージの隣で堂々と猥褻物を口にする。エスパーダは思わず苦虫を噛み潰した。
此奴も存外に苦手だ。
世の女子等に対し、醜悪な自称両生類の王と結託して公然猥褻行為を敢行する様は、いつもいつも見ていて下衆の極みである事山の如し。
況してや我が半身エントロピーまでもその手にかけようとする罪は、いくら贖罪しようと断じて贖えるものではない。
「下賎なだけに、ゲーセン未経験」
「ぶふ!!」
「でも図星突いてて草」
「ついでにあっちも未経験だよなー」
「エントロと一つ屋根の下なのにまだ童貞なんだってな。だからオメェはアザラシなんだよこのコミュ障陰キャクソ童貞が」
「悲報。コミュ障自称騎士、未だロリ体型熟女姫様にち○こぶっ刺せず悶々とした日々を過ごす」
「コイツの部屋どうせティッシュで一杯なんだろうぜ?」
「完全に他の奴等の前では妙に強がるけど好きな子の前とか、肝心な時には結局ヘタれる非リア陰キャじゃねぇか……一つ屋根の下で過ごしてんのにどんだけヘタレなんだよ……」
「黙れ!!」
エスパーダの怒号で吹雪が更に激しさを増し、大気の熱運動をねじ伏せて、悔しげに歯を打ち鳴らす。
戦闘能力のみなら自信があるのに、それ以外はてんで駄目。エントロピーは帰ってこぬし、奴等には言われ放題。
この手の悪態に動じない気丈があれば、エントロピーを野放しにせずに済んだかもしれない。
恨みは忘れないと言ったが、ナージがつけた蔑称``アザラシ``が強ち間違いではないかもしれないと思うと、激情が燃え滾る。
悔しさに塗れた自虐の中でも、三人の言葉攻めは留まらない。怒号と地面を踏み砕く仕草に呼応し、彼等の罵倒は益々エスカレートしていく。
「成る程。図星突かれまくって反論したいけどぐうの音が出なくてプライドに押され怒号と殺気でごり押しですねわかりまぁす。周りの景色が白いだけにひたすら白けてますけどぉー」
「おいどうしたアザラシ、顔がくっころ女騎士みてぇになってんぜ? ほらくっころって言えよほら言ってみろよゲロっちまえば楽になれっぞー?」
「ついでにそのままロリっこ成熟姫様にち○こぶっ刺せ!! そしたら晴れて初夜敢行!! 童貞卒業!! コミュ障陰キャからリア充へ!! ヘイッ!!」
「さぁオメェらごいっしょに!!」
「「「アーザッラシ!! アーザッラシ!! HEY!! アーザッラシ!! アーザッラシ!!」」」
「だま」
「「「HEY!!」」」
彼等の罵詈雑言を怒号で押し切ろうとしたが甘く、彼らのラップな掛け声と盛大な笑い声で、見事に掻き消されてしまった。
燃え盛る激情に顔を歪める。ナージは般若のような表情で睨み返し、シャルは股間から白く輝くランスを取り出すや否や、カエルの頭を殴打する。
言葉攻めで土俵に立てぬなら構わない。卑怯だが、此方が有利な力で抵抗する。
相手が奴等ならハンデが成り立つはずだ。成り立たないわけがない、絶対に。
「パァオング! 貴様等、禅問答は後にせよ。あくのだいまおうの作戦を完遂せねばならぬ」
「分かってんよロリクソ末期患者」
「分かったよロリコンおじさん」
「パァオング!! そうだ我欲の神たる我を褒め称え崇め奉るがいい!! 我こそがこの世の全ての幼女を愛せし者!!」
頭の金冠を唸らせ、短い手足をせっせと動かす二頭身の象パオングは、声高らかに尊大に、侮辱されているのにも関わらず、その肩書きに狂喜する。
奴は、横一列に並ぶ三匹ほど悪評は目立たないものの、あの三匹にさえ気丈な態度崩さぬエントロピーに天敵と言わしめる存在。
正妻がいるのにも関わらず、現在進行形でエントロピーに交際を迫っている不貞な輩であり、幼女という概念には眼がない変態の一角である。
幼女となると我を忘れる奴もまた、三人に引けを取らない嫌悪の対象であるのは言うまでもない。
大気温の爆発的な急降下。吹雪は咆哮し、曇天より降るは雪ではなく雹の隕石。
いて、いてえ、と三匹がちょろちょろと走り回る中で、膨大な霊圧が自然現象となって押し寄せる。
「もうよい。生かして帰さん」
「だってさカエル」
「え?」
「生かしてカエさん、だとさ」
「いやそれオレじゃなくね!? カエルじゃなくて家に帰るの方の帰る」
「つまりオメェじゃねぇか」
「だからカエルでも帰るであってカエルじゃねぇよ!! つまりだ……あれ、カエルだけど帰るであって蛙……ん!?」
「つーワケだ隊長」
「うん。いやつまりどういうワケ?」
「というワケだ隊長」
「だからどういうワケェ!? もうなぁんか嫌な予感しかしねぇんだけどぉ!?」
二人は最終回に全ての力を主人公に託す脇役のような、屈託のない笑顔でカエルの両肩に手を添える。
右肩にシャル。左肩にナージ。
凍て付き暴れ回る冷凍庫の中で、もはや弱点を突かれまくり、既に大ダメージを受けているカエルの表情に悲壮感が漂った。
尚も二人の笑顔に屈託はない。まるで世界平和を切に願って散りゆく仲間の死に様を彩り、その笑顔は悟りがかった何かを思わせ―――。
「「後は任せた!!」」
「でぇすよねぇ!! 知ってた!!」
―――たのも所詮遊戯、ただの悪意であった。
カエルは二人に勢い良く蹴り飛ばされ、激昂するエスパーダの前に放り出される。
その後、カエルが特攻すると見せかけ、寸前の所で回避した瞬間に戦いの火蓋が落とされた。
「手筈通り頼むぞカエル。我は後方で待機しておく」
「せめてオレに支援魔法かけて!!」
「ふむ。その我欲、叶えてしんぜよう。``多重化``」
ここで、パオングは懐から灰色のラッパを取り出した。
吹き口を口に付けるやいなや、揚々とラッパを奏で始め、積雪と冷風しか存在しない氷雪世界を、奇妙な音程を有する楽曲で彩っていく。
妖艶とも摩訶不思議とも思えるラッパの音符は、四方八方に彩色溢れる様々な魔法陣を描き出し、白銀の世界を彩色の魔境へと誘った。
―――``反射``
―――``飛行``
―――``待機:``顕現``、``隠匿``、``部分無効````
―――``任意罠:``爆轟````
―――``任意罠:``睡眠````
―――``全体化``
―――``逆探``
―――``魔法偽装``
―――``超速化``
―――``緊急待機:``顕現````
―――``緊急待機:``復元````
―――``緊急待機:``解除````
―――``霊壁Lv.5``
―――``魔法探知``
―――``逆探阻止``
―――``自動修復``
―――``耐氷上昇``
「おいこらパオング、``詠唱阻止``かけたんだろうな!?」
「ふん。``無効``、``永久化``」
「は? アザラシ何使っとんじゃボケコラ」
顔をしかめたナージの雑言をよそに、二種類の魔法を行使する。
魔法系にほとんどの能力を割り振っている自身にとって、魔法系の発動をすべからく封じる``詠唱阻止``は天敵である。
奴が初手で発動した``多重化``とは、詠唱を多重的に行い、一度に複数の魔法を行使できるようにする魔法だ。
厄介極まりない魔法を連発しているに違いない。``詠唱阻止``を使っているのは、考えるまでもないだろう。
あらゆる魔法の効果を一度だけ無効化する``無効アリクアム``に加え、魔法の効果を永続させる``永久化``を使えば、複数のデバフ魔法から身を護れる。
此方が``無効``と``永久化``を使用してくるのをおそらく読んだ上で、様々な対策魔法を施してきているはずである。
しかしだ。この戦いにおいて、対策魔法など所詮悪足掻き程度の小技でしかない。
此奴等は今、二頭身化によって肉体性能が大幅に制限されている。
決定的な肉体性能の差があるのだ。向こうが一撃浴びれば、再起不能になる程の差が。
縦令幾重に対策しようとも、力の差がありすぎる相手に対し、あまりに無意味な行為。倒されるまでの時間が長引く程度のものだろう。
パオングは``多重化``で、あんまりにあんまりな差がある肉体性能の差を、極力埋めるべく大量の無系魔法を使用している。
二頭身化によって否応なく体内に宿せる霊力量の上限も下がっている今、それに伴う霊力の消費は、尋常ならざる疲弊となって押し寄せている。
攻撃系魔法に霊力を割り振る余裕など、ほとんど無いはずだ。
よって奴の戦闘能力は前衛の三匹に満たず、三匹さえ倒せば後衛向きの奴など恐るるに足らぬ。
残る前衛三匹は的こそ小さく、ちょろちょろと羽虫のように動き回るので攻撃が当り辛いが、それもまた問題外。
自身の得意とする氷属性系魔法は、この永久凍土の気候を豪快に利用した超広範囲攻撃ばかりなのだから。
「``空襲:``噴氷````!!」
彼の詠唱とともに、曇天から無尽蔵に降り注いでいた積雪は、突如として殺意に満ちた氷柱つららに豹変。
霊力によって重力加速以上に落下のエネルギーが加算された無限の氷柱つらら達は、雪原に立つ四匹を滅多刺しにせんと襲いかかる。
まさに数えるのも馬鹿馬鹿しくなる物量。視界一杯に覆い尽くすそれらは、回避も防御もままならない広大な範囲を占めている。
唇をほんの少し吊り上げた。
相手はパオングを除いて本来同格の相手だが、二頭身化している以上、大幅にその力が制限されている。
一方、自身はこの永久凍土に居る限り百パーセントの力を使える。
シャルとカエルはヒューマノリア内で随一の耐久性能を誇るが、二頭身化している二匹を一撃で仕留める事など造作もない。
「やべぇ、アレ当ったら即死だぜ」
「``覇亜多覇多乃翼``で回避する?」
「んにゃ駄目だ間に合わねぇ。だが手はある、カエル!!」
「合点承知だぜナージ!!」
天空からの氷柱爆撃が差し迫る中、カエルの背中が鈍い音を立てて真っ二つに割れ、無数の牙があらわになる。
カエルの背、ないし第二の口から現れたのは、青黒い体色にその身を塗り潰した蛇のような生物。それも一本ではない。
二本、三本、四本―――。冷静に数えるのも嫌悪したくなるほど夥しく湧き出る無数の触手であった。
カエルが己を両生類の王と呼ぶ所以は、姿形のみならず、その背中にある``第二の口``から放たれるアレ等こそが、真の由来なのだ。
幾度か垣間見た事があるため実在は把握している。成る程、ソレで難を逃れるつもりか―――。
往時より物量は幾らか少なく見えるが、それでも既にカエル、シャル、ナージの三匹の上空を覆い隠せる質量を誇っている。
カエルの意に反し、まるで個別の生物だと主張している異形は、切迫する氷柱つららを前に、その圧倒的存在感を、この場にいる全てに示した。
「行くぜ、妙技``触手嵐``!!」
カエルの背から無限に出てきた触手等は何らかの体液を四方に振り撒きながら、そのままの物量を維持して猛回転。
奴等を貫かんとする僕どもは、無残にも此奴の僕どもに成す術なく砕けては散っていく。
氷属性系が弱点であるのに、持ち前の耐久性能を生かして未だ悪足掻きする余裕があるか―――だがその程度、予測済み。
「ナージやばい!! ``凍域``だ」
「チッ、アザラシの野郎……カエルが``触手嵐``使うの読んでやがったな」
「え、マジかよ」
「ボクの``ローリング緊急回避``でも抜け出せない、タイミング無くなった」
「俺の飛行能力でも無理だな。範囲が広すぎる」
「オレの脚力でもタイミング的に無理だぜ」
変態トリオが四苦八苦する中、その哀れな姿を見、勝利を確信する。
カエルが第二の口から触手を使ってくる事は既に読んでいた。何度も眼にしている手だ、今となってはなんら珍しいものではない。
``空襲:``噴氷````は今のように回避のタイミングを一切合切奪うための陽動。
本命は特定範囲を霊壁で封じ込め、内部にいる全てを瞬間冷凍させる``凍域``である。
回避不能、防御不能。二頭身化している彼等では百パーセントの力を使える自身の``凍域``を破る事叶わず。
此処まで踏ん張ったのは怨敵ながら褒めてやりたいが、所詮この肉体性能の差を埋める事などできは―――。
「と思ったか馬鹿め!! 妙技``愛の逃避行``!!」
``凍域``の中にいた筈のカエルは、突如真上から雪とともに降り立ち、細長いかかとが脳天を強く撃ちつける。
がっ、と鈍い音が鳴るが、いでえええええと叫びながら、雪原に沈んだ。
二頭身化した奴の物理攻撃程度、受けたところで痛くも痒くもない。だが、あの``凍域``を如何にして抜け出した。
本来の姿ならいざ知らず、二頭身形態では脱出手段が無いはず―――。
「戦闘中に考え事とは余裕だなオメェ、``大便光弾``!!」
「隙あり!! 行け、ボクのち○こ!! ``珍具換装:鎚``!!」
何故だと思索しているほんの僅かな隙に、ナージは手に持っていた茶色の塊を投げつけられる。
瞼を瞑らねば容赦なく網膜を焼き尽くされてしまうほどの光爆が炸裂し、一瞬とはいえ瞼を閉じてしまう。
更にその隙を突き、身体に鈍器が当ったような衝撃が体幹を揺らした。
「アザラシよぉ。まだ気づかねぇか。ここに今、何人いるよ?」
ナージの一言で視力が戻りつつある眼を泳がせる。
右からシャル、カエル、ナージしかいない。急いで真上を見上げた。その情景を見、奥歯を噛み締める。
此奴等を倒す。ただそれだけに集中していた為に気付かなかった。しかし、ナージの一言で、最後の一匹の所在にようやく気づけた。
際限の無い降雪が支配する曇天において、ただ一匹。雪原で戦いを繰り広げた四匹を見下す象の所在を。
「パーオパオパオパオようやく気づいたか木偶。``空襲:``噴氷````発動時から此処にいたというのに気づかぬとは実に愚か也」
「くっ……往生際の悪い」
「パァオング!! 往生際の悪いとは失敬な。魔法戦とは元来騙し合いが本質である。貴様の魔法戦は安直かつ稚拙の極み。予測など容易い」
「だがどうやって……」
「簡単な話よ。``待機``させていた``顕現``を使い、``凍域``内から此奴等を転移させた、それだけである」
「悪足掻きが……!」
「パァオング!! ``顕現``がただの空間転移魔法だと思うたか!! 残念!! 戦闘では極めて便利な回避手段で使われる。覚えておくがいい木偶よ」
パーオパオパオパオ、と``飛行``の魔法を使用し、ふわふわと浮遊する象は細長い鼻を捲まくし上げ、高らかな笑い声を彩る。
``待機``は複数種の無系魔法を一時的に貯蓄しておき、術者の任意の意志によって、見かけ上は無詠唱で無系魔法を発動させる魔法。
``顕現``を忍ばせていたとすれば、``凍域``で囲った三人を空中に無詠唱で瞬間的に転移させたと説明できる。
くっ、と歯を食い縛り、自身が持ち得る無系魔法を発動させる。
パオングは初手で``多重化``を発動させていた。
``待機:``顕現````を詠唱したとすればおそらくあのときだ。ならばこちらも無系魔法を使って対抗を―――。
「ぬ……!? は……!」
「パァオング!! 貴様、自身が発動している無系魔法を覚えていないのか。幾ら高等無系魔法を使おうとも、使いこなせぬ魔法は足枷にしかならぬぞ!!」
パーオパオパオパオ実に浅はか也、と嘲笑がふんだんに散りばめられた嗤いが、永久凍土に浸透する。
現在、発動している無系魔法は``無効``と``永久化``。
``無効アリクアム``は、殆どの魔法効果と固有能力効果を、一切無効化する強力な無系魔法に数えられる。
自身にかければほとんどのデバフから身を護れる鉄壁の防御と化すが、それはバフとて例外ではなくなる諸刃の剣に他ならない。
当然発動している間は、自分自身に使える魔法でもある``飛行``や``顕現``でさえ無効化されてしまうのだ。
本来``無効``は一度だけしか効果を無効化しないが、今は``永久化``を発動させている。
二つの魔法を同時に解かない限り、空間転移はおろか、飛行さえままならない状態なのだ。
だからと言って二つとも解除すれば、パオングのデバフ魔法で弱体化させられてしまう上、回避しようにも無系魔法は避けられない。
術者に対し、対象の存在が明確であれば射程は無限大になるという無系魔法の基本法則がある。
抜かった。完全にパオングの術中に嵌ってしまっている事に今更気付いた。だがもう遅い。気づいた時点で魔法技術では、こちらの負けなのだ。
「悔しかったら飛んでくるがいい!! 飛行魔法も碌に使えぬ木偶よ!!」
「おのれぇ……! ``空襲:``巖雹````!!」
天空より降り注ぐは氷柱にあらず。次なる刺客は巨大な氷塊。
一個のみではない。数十個の物量。複数の氷塊が降り注ぐ情景は、まさに隕石。世界滅亡を彷彿とさせる滅びの帳であった。
地上の三匹は、その圧巻なる情景に驚嘆し、ただただ呆然と立ち尽くす。
大質量の雹が地面に落ちれば、山々に降り積もった積雪が雪崩となって押し寄せ、地上にいる全てをたちどころに押し流す災害が起こるだろう。
パオングが三匹を補助しているのであれば、簡単だ。地上に居る三匹もろとも、雹の隕石とともに積りに積った積雪ごと洗い流してしまえば良い。
魔法攻撃力ならば依然こちらが上。いくらパオングであろうと、一撃受ければ倒れる事間違いなし。
一方、自身は縦令雪崩や雹の隕石に巻き込まれようと死ぬ事はない。
完璧だ。最初からこうしておけば良かったのだ。結局、生き残るのはこの我、ヴァザーク・リ・ゼロ・エスパーダ。永久氷山を統べる、この地の王である―――。
「愚か。この程度の魔法攻撃、相殺してしまえばいいだけの事」
氷の隕石が迫る中、パオングを取り囲む半透明な球状の壁が現れた。
雹の大きさは一個だけでもあたり一面を覆い尽くすほど壮大だが、パオングを包み込むボール状の壁は、精々パオング一人を包み込む程度のもの。
あれは``霊壁``か。パオングは回避行動を一切とらず、霊壁ごと彼を食い破らんとする雹に衝突した。
球状の壁もろとも巨大な雹は粉砕され、不規則に散らばった氷の塊が、他の雹とともに地響きのような轟音を立てながら地に沈んでいく。
「ほう。一撃目が突破された場合に備え、第二幕を用意しておるか……だが甘い!」
パオングが一個の氷塊を相殺したのも束の間。
その先に第二幕と言わんばかりの雹の群れが、パオングと地上にいる三匹に向かって牙を剥く。
同時にパオングの周囲を、赤い魔法陣が取り囲む。魔法陣は見る限り熱く、まるで今にも火が吹き出そうしている火山の如く。
熱量は留まるところを知らない。赤熱は彼の全身を、みるみるうちに包み込んでいく。
彼の短い両手に赤い炎が宿った。それはもはや、荒れ狂う炎弾。振り下ろされた氷塊の鉄槌を、今にも滅ぼさんとする熱意。
もはや距離はそう遠くない。回避も間に合わない刹那の距離にまで迫る。
「``煉衣``、``集束化:``炎龍````!!」
パオングの高らかな詠唱とともに、彼の手に宿った破砕の熱意は細長い光線と化す。その勢いは熾烈であった。
重力加速に従い、自由落下する雹の運動エネルギーを、炎の勢いのみで相殺。雹を溶かそうと、もはや光線と化した炎の龍が雹を噛み砕いていく。
雹も負けてはいない。溶かされるなら溶かされる前に潰してやると炎の龍に食って掛かる。
融水は雹の返り血の如く。地面に落ちては雪原を容赦無く蝕む。
「しぶといな。良かろう。``部分強化``!」
刹那、パオングより放たれる炎竜の勢いは破壊的なまでに上昇。
光度、熱量ともに地面にいる者達まで届くと同時、雹の全容に罅が入り込み、その熱量に耐えかねて遂には絶命する。
ただの残骸になろうとも、パオングを亡き者にせんと襲いかかる雹であったが、全身を赤熱させるパオングは回避も防御も取る様子はない。
降りかかる雹の残骸全てを、触れた者から順に熱い融水に変えていく。
「くっ……一撃目を予め発動していた``霊壁``で防ぎ、第二幕を火属性系で全て相殺だと……」
今の自身の顔は、かなり唖然とした表情であろう。もし逆の立場ならば、全ての雹を大魔法で融かし尽くそうと考える。
だが、奴は違う。第一幕をあらかじめ発動しておいた防壁で一つの雹を相殺して回避。
第二幕は火力を一点集中させた魔法で一つの雹を融かしきれば良いので、結局全ての雹を相手取る必要は無いのだ。
相手の魔法の圧巻さと範囲の広さに唖然としなければ誰でも思いつく、幕に穴を空けるのと同じ要領で魔法を回避したのである。
自身では真似できない、技巧と効率に満ちた戦い方だ。
肉体性能では圧倒的に劣るはずなのに、この卓越した魔法技術。それによって齎される膨大な手数。
天地の差を細々とした魔法と技術による手数のみで埋めている。どこまで訓練を積めば此処までの領域に至れるのか。
だが、勝機はある。``空襲:``巖雹````によって、地上にいた三匹は漏れなく雹の隕石に巻き込まれたはず。
ならば三匹は倒している。なおかつ、あれだけの魔法を使えば、いくらパオングといえど霊力の消耗は尋常ではない。
二頭身化していない分、こちらの方が霊力量でも上。まだ大量の氷属性系魔法を使える。まだ、まだ勝算の方が高――――。
「おーい!! アーザッラシー!!」
「ボクたちここにいるよーん。ほら見えるぅ~? ボクのち○こ~」
「はいバーカバーカ!! 残念でしたぁぁぁぁ、こっちは回避してんだよ間抜け!! よっしゃもうウンコ投げたろ」
地上にいたはずの三匹が、パオングの背後からにゅっと姿を現わす。理解できていない自身の姿に、パオングは呆れ模様を漂わせた。
「こういう事もあろうかと事前に``緊急待機:``顕現````を忍ばせておいたのだ」
その非現実がすぎる発言に、眉を歪ませ、思わず目を丸くする。
``緊急待機``。``待機``の上位互換で、一時的に貯蓄しておいた無系魔法を、術者の条件反射を起点として自動発動させる高度の無系魔法。
上手く扱えば、ほとんど危機をこの魔法一つで完全回避できてしまう強力無比の魔法だが、効果に伴う霊力の消費は計り知れないものである。
「馬鹿な、何時発動した!? ``霊壁``といい、``緊急待機``といい……そんな不確実な魔法を備えさせる程の余裕、今の貴様には無いはず!!」
``待機``、``緊急待機``、``顕現``。今まで使用した魔法の鑑みるに、今のパオングでは霊力量を超過してしまう。
魔法を発動するには発動する為の燃料が必要。二頭身化している以上は霊力を無尽蔵に作製できない状態で、どうやって発動している。
手際や手数も良くて多い方だと推察していたが、これはあまりにも手際が良すぎる。一撃当れば終わりであるのに。
「確かに。今の我は二頭身故に貴様を倒すに必要な全ての魔法を即興で忍ばせる事は不可能。だがなエスパーダよ、これを見るが良い」
パオングは懐から、初手で使っていた灰色のラッパを取り出す。戦闘開始直後に取り出したものと全く同じもの。
突然何を始めたのかと疑問に思ってはいた。
己の体には何の変化も無かったので、ただ単に特定の肉体性能を爆増させる程度の支援武器だと思っていたが。
「これは我が創った魔道具``我欲の笛``である。この魔道具は、攻撃系を除く全ての魔法を貯蓄できる。貴様と戦う前日、前もって準備しておいたのだよ」
「魔道具、だと……? 支援武器ではなく……?」
「我は魔道具製作も独自にやっているものでな。こういう戦況を想定した魔道具を暇潰しがてら製作していたのだ。まさか誠に使う事になるとは思っていなかったがな」
「だがそうなると最初に使っていた``多重化``は……はっ、まさか」
「言ったであろう。魔法とは強大な攻撃系魔法で相手を淘汰するために在るのではない。巧妙に騙し、確実に不意を討つ。それが``魔法``の本懐である」
パオングの痛烈な非難に、項垂れるしかなかった。
最初、あの支援武器らしきものを取り出したときに湧き出した無数の魔法陣。前日に溜めておいたバフの魔法を複数発動させていたのだ。
つまり、``多重化``は沢山詠唱し、霊力を湯水のように使っていると思わせるための演出。ただのフェイクだったのである。
湧き上がる激情に思わず大げさに舌を打つ。
肝心な局面になるといつもこうだ。成すべき事を成せない。成せないまま、今のように無様を晒してしまう。
かつての大戦時代、エントロピーと出会って間もないあの頃もまた、己の非力さに打ちのめされ、自分自身を変えようと努力をした。
そして強くなった今。尚も醜態を晒している。
何故だ。何故負けるのだ。本来ならこの戦い、勝率は充分にあったはずなのに、何故か手も足も出ないまま今に至っている。
何がいけないのか。甘い。何が。何が甘いのだ。分からぬ。分からぬ。教えて欲しい。だが請願さえ甘いと罵られる。
師の下で五万年の修行をし、氷雪の支配者の肩書きをほしいままにして尚も足らぬものがあるというのか。
分からぬ。もはや何がなんだか分からぬ。目の前に現実を理解できぬ。
五万年間の修行は何だったのだ。故郷エヴェラスタを救い、エントロピーも救う。そして共に居続けるための修行ではなかったのか。
虚しい。心にぽっかりと穴が空いたような不快感。そこに怒りも悲しみも無く、強いて言うなら寂しさというべきなのだろうか。
「``超解除``」
自身に発動している二種類の魔法を解除する。
向こうが甘いと言うなら、その``甘さ``を捨ててやる。よくよく考えればその甘さで、半身を一度死なせている。
忘れてなどおらぬ。自身の弱さに嘆き、咽び泣いた日はないのだから。
人外の存在となり、元の種族を捨てたとはいえ、自身の中に宿る男の性は残っている。売られた喧嘩だ。男として買ってやろうではないか。
``顕現``で空間を飛び、四匹へと肉薄する。``飛行``も発動した。ほぼ至近距離。
もう逃げられぬ。このまま自身ごと``凍域``に覆ってしまえば勝ちだ。そして我が半身エントロピーに会える。
「ナージ」
「あいよ。``大便光弾``!」
「な……!?」
「パァオング。待っていたぞ。その魔法を使う、この時を」
動揺は隠せないまでに膨れ上がる。
何故空間転移の場所が我先に見破られた。それもナージに。
此奴は物理系の戦闘手段しかほぼ持ち合わせていないはず。``顕現``の転移位置を逆探知できるはずが。
「予め味方全員に``逆探``を忍ばせている。我欲の笛のようなアイテムを使われる場合を考慮し、``魔法探知``は必要不可欠である」
覚えておくが良い愚かで浅はかな氷界の長よ、とパオングの皮肉が炸裂する。
視界は否応無くナージの光り輝く大便によって真っ白に塗り潰された。魔法を発動しようにも眼が痛く―――。
「チェックメイトである。``任意罠``解放。``睡眠``」
何の前触れも無く、強烈な睡魔から放たれた矢が脳天を貫いた。意識が混濁し、閃光から解放されつつある視界に焦点が合わなくなっていく。
``任意罠``。術者の任意で発動する魔法トラップか。恐らく思惑としては、こうだろう。
自身は初手で二つの魔法を行使して身を護っていた。故に姑息な手を使って自身を挑発し、痺れを切れさせる。
八方塞りになった自身は``無効``や``永久化``を解除せざるえない。``顕現``による転移強襲を行うと、誰でも予想できる。
本来なら相手付近に作成する罠魔法を、わざと自分自身にかける事で罠そのものと化す。奴は、最初から自身を接近させるつもりだったのだ。
そして、これまでの全ての流れは、睡眠魔法を浴びせる為の布石。
甘い自身を篭絡するにあたり、とっておきの良策と言えるであろう。今更気付いたところで、もう遅いが。
闇に落ちていく意識の中、渾身の``凍域``が発動する事も虚しく、曇天の中、尚も吹雪と降雪が舞う雪原に沈んだ。
「ふむ。これでしばらく時間が稼げるであろう」
睡眠魔法により雪原で大の字に眠るエスパーダをよそに、一仕事終えた四匹ないし四人は荒れ狂う吹雪など、もはや眼中になかった。
「実に愚か也。我等の挑発に乗らず``無効``で耐え切れば、充分すぎる勝機があったものを」
すやすやと夢の世界に身を投じる彼を一瞥する。相手を全力で騙す為に終始虚勢を張っていたものの、余裕など毛程も無かった。
霊力回復速度を通常の倍以上にする能力``霊力超回復``と、消費霊力を三割削減する能力``霊力削減XXX``によって、魔法の手数は確かに膨大だ。
しかし全能力を遺憾なく発揮できるエスパーダを倒すには、二頭身状態の霊力量では圧倒的に不足である。
魔法とは、攻撃系、防御系、無系。何もかもが強力な効果を持つ。連続使用するには、膨大な霊力を必要とする。
そのせいで、エスパーダのように攻撃系に心酔している思慮の浅い魔法使いも数知れず存在するのが現実。魔法使いの中では、下手糞と侮蔑される運命にある。
故に魔法は、強大な攻撃系で淘汰するのではなく、戦況を有利に持っていく魔法を即座に発動できるようにするのがベストである。
思いつく限りの対策魔法を手際良く施す。相手に対策魔法を気取られないようにする。現状における敵情報の確保。大別して三つ。
今回の戦いでは、肉体性能のギャップが無視できないほど差が開いていた。三条件を十全に踏まなければ勝機は皆無である。
奴が三匹に気を取られている間は``隠匿``で周辺に潜伏し、無駄な戦いを極力避けても、``空襲:``巖雹````に対する対抗に七割以上の霊力を使ってしまった。
だが、エスパーダは天災クラスの広範囲魔法を平然と行使しながら、霊力的にはかなりの余裕を残していた。
だからこそ有利に持ち込む為に必要な無系魔法を盛り込んだ``我欲の笛``が必要不可欠。真正面で勝てぬなら、姑息な小技を連発するが吉と出る。
そして、この者が辿った過去の経緯上、人外でありながら稀有なヒューマニストであり、人道的なプライドが高い事。
罵倒や姑息な真似に耐性が無く素直すぎる気質。魔法使いとして未熟な部分があるという情報を事前に把握していたアドバンテージ。
以上を利用し、我欲の笛から注意を反らす為に用いた、初手の``多重化``によるフェイクと``任意罠への誘導は、効果抜群であった。
魔法戦の三つの条件は基本中の基本であるが、幸いにも基礎を守った事が功を奏したというべきだろう。
パオングは一段落着いた事に胸を撫で下ろしつつ、そんな事情など毛程も察していない変態三匹の能天気な会話に意識を向ける。
「なんで睡眠魔法なんすか。これじゃいずれおきちまいますぜ」
「我に聞くな。あくのだいまおうが言っていた事だからな、奴なりに何らかの考えがあるのだろう」
「親分以上に人遣い荒ぇな。二頭身状態で本気のコイツに勝てとか無茶振りにも程があるっての」
「つーかさ、ミキティウスどうすんの? アイツまだ来てないよね」
「勝負パンツが決まらねえとか言ってたが……まだ迷ってんのかよ。ぜってぇ来たら顔面ウンコの刑だな」
「いや胃液砲弾の刑で」
「いやボクのち○こでフルボッコの刑」
「パァオング!! 黙れ貴様等、指示通りあくのだいまおうの待機地点まで転移するぞ。それまであのパンツマニアは捨ておけ」
「待機地点ってどこすか」
カエルの問いかけに、パオングはおもむろに答えた。
静寂の永久凍土の中、未だパオング以外に知らされていないその待機地点とやらに、三人は耳を澄ませる。
「ここより遥か南方の地、武市中威区凪上邸前。現代の若輩どもが住まう、平和の都である」
『無論。幾星霜の時が経とうと、この故郷エヴェラスタを救い、お前を待ち続けると、常に共に在ると誓おう』
『ありがとうエスパーダ……じゃあいつか、頂上で』―――
あれから、何時の月日が経っただろうか。
数千年の時を経て彼女を無事迎え入れ、共にする事、約三億。
その時まで片時も離れた事などなかったが、ただそれだけで平穏であった生活は、何の変哲も無かったはずの二日前に破られる事となった。
永き時の中で、もはや分身に等しい存在とさえ言える彼女は、突然外の世界を一人で見たいと言い出したのだ。
自身は駄目だと言った。外の世界は危険だから、外の世界は此処と違ってお前には暑過ぎるから、と。しかし彼女は聞き入れなかった。
尚も外の世界を渇望し、己の制止を振り切って空間転移の魔法を行使。猛吹雪が全てを糾弾する氷雪地帯から出て行ってしまったのである。
そして二日後の今日―――。
外の世界は彼女にとって暑すぎる。氷雪の地から出すというのは魑魅魍魎が跋扈する荒野に放り込むようなもの。
氷雪の地にしか生きられぬ身体を持っているのを知りながら、尚も外の世界への渇望を隠しきれぬ切実な願いを、叶えた結果が現在である。
今、幾星霜の時を生きてきた半身はいない。
無限に広がる氷雪と曇天に咆哮する吹雪。そしてただ一人愛する半身を求め、本能的に歩を進める自身のみ。
奥歯をぎりっと強く噛んだ。
外の世界に蔓延る脅威を知りながら、半身を野に放った己の甘さに腸が煮えくり返る想いだ。
どこかで溶けて朽ちているかもしれない。
魑魅魍魎に食われ貪られているかもしれない。
ヒューマノリア南方の地で、異種族に囚われているかもしれない。
何処かで溶けて朽ち果てているのなら、愚かで間抜けな自分を責めるだけで事足りる。
だが魑魅魍魎に貪り食われているか、辺境に住まう異種族に囚われているのなら、誤って愛する半身を野に放った責を負わねばならないだろう。
我が半身を貪った魑魅魍魎と共に、戦いの中で自らも滅びるという業を。
守れなかったせめてもの餞として、我が半身に手をかけた全ての存在を永遠に氷雪の牢獄へ封じ込めるという責務を。
半身をもがれている今、半身が居ないのならば生を全うする意義はない。
外の世界の者を氷雪の牢獄に閉じ込める。半身が聞けば激昂するのは明白だろうが、半身が慰み物にされていると連想すると、耐えられたものではない。
半身に牙を剥く者全てを、永久凍土に埋めてしまわねば気が済まないのだ。
縦令半身に嫌悪されようとも、その意志は変わらないだろう。
守るべきだった。しかし彼女を想い、野に放った。
外の世界も、他ならぬ自分自身も許せぬ。ならばいっそ嫌われて、なにもかも永劫の氷雪世界に封じ込め、自身も滅んだ方が、ずっと楽。
「……ッ」
物思いに耽っていたのも束の間、自身の眼前に現れたるは四匹の異形であった。
何の因果か、全員古くから見知った間柄な上、思い出す限り苦い思い出しか湧き出てこない連中。
もはや天敵と言っても過言ではない曲者どもに、思わず眉間に皺を寄せる。
「迎えに来たぜアザラシさんよ」
まず前に出たのは、全身黄緑色の姿をした二足歩行の蛙。
それは左目を眼帯で隠し、平坦な顔から飛び出た右目がぎょろぎょろと四方に動く醜態であった。純然たる黄緑色に怪しげな白味が目立つ。
おそらく身体中に張っていた粘膜が吹雪で凍ったのだろう。いつもより不気味に輝いていて、気持ち悪さに拍車がかかっている。
カエル総隊長。この大陸に住まうあらゆる``両生類``の頂点を自称する怪物は、自身が相間見えた者の中で、最も醜い者に相違ない。
「黙れ。その名で呼ぶな両生類」
「黙るのはオメェだバーカ!! たく次はロリ姫様が攫われたから白馬の王子様気分ですかぁ? 随分な演出ですねぇ、白馬というより白銀のクソガイジになってて大草原不可避なんですけどぉー?」
カエルの隣で吠える小熊ナージは顔全面に皺を寄せ、下賎な口ぶりで言い寄ってくる。
此奴は見た目のファンシーさとは裏腹に、中身は文字通りの肥溜めそのもの。
周囲の者を煽っては敵意を買い、歯向かえば糞便を投げつけてくるという最低極まりない輩。かつて何度糞便を投げつけられたか数知れない。
だが此奴には、他を比するに値しない程の甚だしい私怨がある。
何を隠そう、蔑称たる``アザラシ``という名を世に広めたのは他ならぬ此奴なのだ。
本人曰く動きが鈍く特定の場所でアウアウ言うしか能が無いから、が由来らしいが、極めつけは、蔑称を広めた事を忘れてしまっている始末である。
何度教えても逆に激昂され、糞便を投げつけられる。絶対に。絶対に此奴だけは一生恨み続ける自信がある。
「あいっ変わらず下賎な奴等め……」
「お前の方が下賎だろうがよゲーセン行った事ねぇくせに調子のんなよ粗○ンが!!」
エプロン姿であるが、何故か下半身半裸の中年シャルは、ナージの隣で堂々と猥褻物を口にする。エスパーダは思わず苦虫を噛み潰した。
此奴も存外に苦手だ。
世の女子等に対し、醜悪な自称両生類の王と結託して公然猥褻行為を敢行する様は、いつもいつも見ていて下衆の極みである事山の如し。
況してや我が半身エントロピーまでもその手にかけようとする罪は、いくら贖罪しようと断じて贖えるものではない。
「下賎なだけに、ゲーセン未経験」
「ぶふ!!」
「でも図星突いてて草」
「ついでにあっちも未経験だよなー」
「エントロと一つ屋根の下なのにまだ童貞なんだってな。だからオメェはアザラシなんだよこのコミュ障陰キャクソ童貞が」
「悲報。コミュ障自称騎士、未だロリ体型熟女姫様にち○こぶっ刺せず悶々とした日々を過ごす」
「コイツの部屋どうせティッシュで一杯なんだろうぜ?」
「完全に他の奴等の前では妙に強がるけど好きな子の前とか、肝心な時には結局ヘタれる非リア陰キャじゃねぇか……一つ屋根の下で過ごしてんのにどんだけヘタレなんだよ……」
「黙れ!!」
エスパーダの怒号で吹雪が更に激しさを増し、大気の熱運動をねじ伏せて、悔しげに歯を打ち鳴らす。
戦闘能力のみなら自信があるのに、それ以外はてんで駄目。エントロピーは帰ってこぬし、奴等には言われ放題。
この手の悪態に動じない気丈があれば、エントロピーを野放しにせずに済んだかもしれない。
恨みは忘れないと言ったが、ナージがつけた蔑称``アザラシ``が強ち間違いではないかもしれないと思うと、激情が燃え滾る。
悔しさに塗れた自虐の中でも、三人の言葉攻めは留まらない。怒号と地面を踏み砕く仕草に呼応し、彼等の罵倒は益々エスカレートしていく。
「成る程。図星突かれまくって反論したいけどぐうの音が出なくてプライドに押され怒号と殺気でごり押しですねわかりまぁす。周りの景色が白いだけにひたすら白けてますけどぉー」
「おいどうしたアザラシ、顔がくっころ女騎士みてぇになってんぜ? ほらくっころって言えよほら言ってみろよゲロっちまえば楽になれっぞー?」
「ついでにそのままロリっこ成熟姫様にち○こぶっ刺せ!! そしたら晴れて初夜敢行!! 童貞卒業!! コミュ障陰キャからリア充へ!! ヘイッ!!」
「さぁオメェらごいっしょに!!」
「「「アーザッラシ!! アーザッラシ!! HEY!! アーザッラシ!! アーザッラシ!!」」」
「だま」
「「「HEY!!」」」
彼等の罵詈雑言を怒号で押し切ろうとしたが甘く、彼らのラップな掛け声と盛大な笑い声で、見事に掻き消されてしまった。
燃え盛る激情に顔を歪める。ナージは般若のような表情で睨み返し、シャルは股間から白く輝くランスを取り出すや否や、カエルの頭を殴打する。
言葉攻めで土俵に立てぬなら構わない。卑怯だが、此方が有利な力で抵抗する。
相手が奴等ならハンデが成り立つはずだ。成り立たないわけがない、絶対に。
「パァオング! 貴様等、禅問答は後にせよ。あくのだいまおうの作戦を完遂せねばならぬ」
「分かってんよロリクソ末期患者」
「分かったよロリコンおじさん」
「パァオング!! そうだ我欲の神たる我を褒め称え崇め奉るがいい!! 我こそがこの世の全ての幼女を愛せし者!!」
頭の金冠を唸らせ、短い手足をせっせと動かす二頭身の象パオングは、声高らかに尊大に、侮辱されているのにも関わらず、その肩書きに狂喜する。
奴は、横一列に並ぶ三匹ほど悪評は目立たないものの、あの三匹にさえ気丈な態度崩さぬエントロピーに天敵と言わしめる存在。
正妻がいるのにも関わらず、現在進行形でエントロピーに交際を迫っている不貞な輩であり、幼女という概念には眼がない変態の一角である。
幼女となると我を忘れる奴もまた、三人に引けを取らない嫌悪の対象であるのは言うまでもない。
大気温の爆発的な急降下。吹雪は咆哮し、曇天より降るは雪ではなく雹の隕石。
いて、いてえ、と三匹がちょろちょろと走り回る中で、膨大な霊圧が自然現象となって押し寄せる。
「もうよい。生かして帰さん」
「だってさカエル」
「え?」
「生かしてカエさん、だとさ」
「いやそれオレじゃなくね!? カエルじゃなくて家に帰るの方の帰る」
「つまりオメェじゃねぇか」
「だからカエルでも帰るであってカエルじゃねぇよ!! つまりだ……あれ、カエルだけど帰るであって蛙……ん!?」
「つーワケだ隊長」
「うん。いやつまりどういうワケ?」
「というワケだ隊長」
「だからどういうワケェ!? もうなぁんか嫌な予感しかしねぇんだけどぉ!?」
二人は最終回に全ての力を主人公に託す脇役のような、屈託のない笑顔でカエルの両肩に手を添える。
右肩にシャル。左肩にナージ。
凍て付き暴れ回る冷凍庫の中で、もはや弱点を突かれまくり、既に大ダメージを受けているカエルの表情に悲壮感が漂った。
尚も二人の笑顔に屈託はない。まるで世界平和を切に願って散りゆく仲間の死に様を彩り、その笑顔は悟りがかった何かを思わせ―――。
「「後は任せた!!」」
「でぇすよねぇ!! 知ってた!!」
―――たのも所詮遊戯、ただの悪意であった。
カエルは二人に勢い良く蹴り飛ばされ、激昂するエスパーダの前に放り出される。
その後、カエルが特攻すると見せかけ、寸前の所で回避した瞬間に戦いの火蓋が落とされた。
「手筈通り頼むぞカエル。我は後方で待機しておく」
「せめてオレに支援魔法かけて!!」
「ふむ。その我欲、叶えてしんぜよう。``多重化``」
ここで、パオングは懐から灰色のラッパを取り出した。
吹き口を口に付けるやいなや、揚々とラッパを奏で始め、積雪と冷風しか存在しない氷雪世界を、奇妙な音程を有する楽曲で彩っていく。
妖艶とも摩訶不思議とも思えるラッパの音符は、四方八方に彩色溢れる様々な魔法陣を描き出し、白銀の世界を彩色の魔境へと誘った。
―――``反射``
―――``飛行``
―――``待機:``顕現``、``隠匿``、``部分無効````
―――``任意罠:``爆轟````
―――``任意罠:``睡眠````
―――``全体化``
―――``逆探``
―――``魔法偽装``
―――``超速化``
―――``緊急待機:``顕現````
―――``緊急待機:``復元````
―――``緊急待機:``解除````
―――``霊壁Lv.5``
―――``魔法探知``
―――``逆探阻止``
―――``自動修復``
―――``耐氷上昇``
「おいこらパオング、``詠唱阻止``かけたんだろうな!?」
「ふん。``無効``、``永久化``」
「は? アザラシ何使っとんじゃボケコラ」
顔をしかめたナージの雑言をよそに、二種類の魔法を行使する。
魔法系にほとんどの能力を割り振っている自身にとって、魔法系の発動をすべからく封じる``詠唱阻止``は天敵である。
奴が初手で発動した``多重化``とは、詠唱を多重的に行い、一度に複数の魔法を行使できるようにする魔法だ。
厄介極まりない魔法を連発しているに違いない。``詠唱阻止``を使っているのは、考えるまでもないだろう。
あらゆる魔法の効果を一度だけ無効化する``無効アリクアム``に加え、魔法の効果を永続させる``永久化``を使えば、複数のデバフ魔法から身を護れる。
此方が``無効``と``永久化``を使用してくるのをおそらく読んだ上で、様々な対策魔法を施してきているはずである。
しかしだ。この戦いにおいて、対策魔法など所詮悪足掻き程度の小技でしかない。
此奴等は今、二頭身化によって肉体性能が大幅に制限されている。
決定的な肉体性能の差があるのだ。向こうが一撃浴びれば、再起不能になる程の差が。
縦令幾重に対策しようとも、力の差がありすぎる相手に対し、あまりに無意味な行為。倒されるまでの時間が長引く程度のものだろう。
パオングは``多重化``で、あんまりにあんまりな差がある肉体性能の差を、極力埋めるべく大量の無系魔法を使用している。
二頭身化によって否応なく体内に宿せる霊力量の上限も下がっている今、それに伴う霊力の消費は、尋常ならざる疲弊となって押し寄せている。
攻撃系魔法に霊力を割り振る余裕など、ほとんど無いはずだ。
よって奴の戦闘能力は前衛の三匹に満たず、三匹さえ倒せば後衛向きの奴など恐るるに足らぬ。
残る前衛三匹は的こそ小さく、ちょろちょろと羽虫のように動き回るので攻撃が当り辛いが、それもまた問題外。
自身の得意とする氷属性系魔法は、この永久凍土の気候を豪快に利用した超広範囲攻撃ばかりなのだから。
「``空襲:``噴氷````!!」
彼の詠唱とともに、曇天から無尽蔵に降り注いでいた積雪は、突如として殺意に満ちた氷柱つららに豹変。
霊力によって重力加速以上に落下のエネルギーが加算された無限の氷柱つらら達は、雪原に立つ四匹を滅多刺しにせんと襲いかかる。
まさに数えるのも馬鹿馬鹿しくなる物量。視界一杯に覆い尽くすそれらは、回避も防御もままならない広大な範囲を占めている。
唇をほんの少し吊り上げた。
相手はパオングを除いて本来同格の相手だが、二頭身化している以上、大幅にその力が制限されている。
一方、自身はこの永久凍土に居る限り百パーセントの力を使える。
シャルとカエルはヒューマノリア内で随一の耐久性能を誇るが、二頭身化している二匹を一撃で仕留める事など造作もない。
「やべぇ、アレ当ったら即死だぜ」
「``覇亜多覇多乃翼``で回避する?」
「んにゃ駄目だ間に合わねぇ。だが手はある、カエル!!」
「合点承知だぜナージ!!」
天空からの氷柱爆撃が差し迫る中、カエルの背中が鈍い音を立てて真っ二つに割れ、無数の牙があらわになる。
カエルの背、ないし第二の口から現れたのは、青黒い体色にその身を塗り潰した蛇のような生物。それも一本ではない。
二本、三本、四本―――。冷静に数えるのも嫌悪したくなるほど夥しく湧き出る無数の触手であった。
カエルが己を両生類の王と呼ぶ所以は、姿形のみならず、その背中にある``第二の口``から放たれるアレ等こそが、真の由来なのだ。
幾度か垣間見た事があるため実在は把握している。成る程、ソレで難を逃れるつもりか―――。
往時より物量は幾らか少なく見えるが、それでも既にカエル、シャル、ナージの三匹の上空を覆い隠せる質量を誇っている。
カエルの意に反し、まるで個別の生物だと主張している異形は、切迫する氷柱つららを前に、その圧倒的存在感を、この場にいる全てに示した。
「行くぜ、妙技``触手嵐``!!」
カエルの背から無限に出てきた触手等は何らかの体液を四方に振り撒きながら、そのままの物量を維持して猛回転。
奴等を貫かんとする僕どもは、無残にも此奴の僕どもに成す術なく砕けては散っていく。
氷属性系が弱点であるのに、持ち前の耐久性能を生かして未だ悪足掻きする余裕があるか―――だがその程度、予測済み。
「ナージやばい!! ``凍域``だ」
「チッ、アザラシの野郎……カエルが``触手嵐``使うの読んでやがったな」
「え、マジかよ」
「ボクの``ローリング緊急回避``でも抜け出せない、タイミング無くなった」
「俺の飛行能力でも無理だな。範囲が広すぎる」
「オレの脚力でもタイミング的に無理だぜ」
変態トリオが四苦八苦する中、その哀れな姿を見、勝利を確信する。
カエルが第二の口から触手を使ってくる事は既に読んでいた。何度も眼にしている手だ、今となってはなんら珍しいものではない。
``空襲:``噴氷````は今のように回避のタイミングを一切合切奪うための陽動。
本命は特定範囲を霊壁で封じ込め、内部にいる全てを瞬間冷凍させる``凍域``である。
回避不能、防御不能。二頭身化している彼等では百パーセントの力を使える自身の``凍域``を破る事叶わず。
此処まで踏ん張ったのは怨敵ながら褒めてやりたいが、所詮この肉体性能の差を埋める事などできは―――。
「と思ったか馬鹿め!! 妙技``愛の逃避行``!!」
``凍域``の中にいた筈のカエルは、突如真上から雪とともに降り立ち、細長いかかとが脳天を強く撃ちつける。
がっ、と鈍い音が鳴るが、いでえええええと叫びながら、雪原に沈んだ。
二頭身化した奴の物理攻撃程度、受けたところで痛くも痒くもない。だが、あの``凍域``を如何にして抜け出した。
本来の姿ならいざ知らず、二頭身形態では脱出手段が無いはず―――。
「戦闘中に考え事とは余裕だなオメェ、``大便光弾``!!」
「隙あり!! 行け、ボクのち○こ!! ``珍具換装:鎚``!!」
何故だと思索しているほんの僅かな隙に、ナージは手に持っていた茶色の塊を投げつけられる。
瞼を瞑らねば容赦なく網膜を焼き尽くされてしまうほどの光爆が炸裂し、一瞬とはいえ瞼を閉じてしまう。
更にその隙を突き、身体に鈍器が当ったような衝撃が体幹を揺らした。
「アザラシよぉ。まだ気づかねぇか。ここに今、何人いるよ?」
ナージの一言で視力が戻りつつある眼を泳がせる。
右からシャル、カエル、ナージしかいない。急いで真上を見上げた。その情景を見、奥歯を噛み締める。
此奴等を倒す。ただそれだけに集中していた為に気付かなかった。しかし、ナージの一言で、最後の一匹の所在にようやく気づけた。
際限の無い降雪が支配する曇天において、ただ一匹。雪原で戦いを繰り広げた四匹を見下す象の所在を。
「パーオパオパオパオようやく気づいたか木偶。``空襲:``噴氷````発動時から此処にいたというのに気づかぬとは実に愚か也」
「くっ……往生際の悪い」
「パァオング!! 往生際の悪いとは失敬な。魔法戦とは元来騙し合いが本質である。貴様の魔法戦は安直かつ稚拙の極み。予測など容易い」
「だがどうやって……」
「簡単な話よ。``待機``させていた``顕現``を使い、``凍域``内から此奴等を転移させた、それだけである」
「悪足掻きが……!」
「パァオング!! ``顕現``がただの空間転移魔法だと思うたか!! 残念!! 戦闘では極めて便利な回避手段で使われる。覚えておくがいい木偶よ」
パーオパオパオパオ、と``飛行``の魔法を使用し、ふわふわと浮遊する象は細長い鼻を捲まくし上げ、高らかな笑い声を彩る。
``待機``は複数種の無系魔法を一時的に貯蓄しておき、術者の任意の意志によって、見かけ上は無詠唱で無系魔法を発動させる魔法。
``顕現``を忍ばせていたとすれば、``凍域``で囲った三人を空中に無詠唱で瞬間的に転移させたと説明できる。
くっ、と歯を食い縛り、自身が持ち得る無系魔法を発動させる。
パオングは初手で``多重化``を発動させていた。
``待機:``顕現````を詠唱したとすればおそらくあのときだ。ならばこちらも無系魔法を使って対抗を―――。
「ぬ……!? は……!」
「パァオング!! 貴様、自身が発動している無系魔法を覚えていないのか。幾ら高等無系魔法を使おうとも、使いこなせぬ魔法は足枷にしかならぬぞ!!」
パーオパオパオパオ実に浅はか也、と嘲笑がふんだんに散りばめられた嗤いが、永久凍土に浸透する。
現在、発動している無系魔法は``無効``と``永久化``。
``無効アリクアム``は、殆どの魔法効果と固有能力効果を、一切無効化する強力な無系魔法に数えられる。
自身にかければほとんどのデバフから身を護れる鉄壁の防御と化すが、それはバフとて例外ではなくなる諸刃の剣に他ならない。
当然発動している間は、自分自身に使える魔法でもある``飛行``や``顕現``でさえ無効化されてしまうのだ。
本来``無効``は一度だけしか効果を無効化しないが、今は``永久化``を発動させている。
二つの魔法を同時に解かない限り、空間転移はおろか、飛行さえままならない状態なのだ。
だからと言って二つとも解除すれば、パオングのデバフ魔法で弱体化させられてしまう上、回避しようにも無系魔法は避けられない。
術者に対し、対象の存在が明確であれば射程は無限大になるという無系魔法の基本法則がある。
抜かった。完全にパオングの術中に嵌ってしまっている事に今更気付いた。だがもう遅い。気づいた時点で魔法技術では、こちらの負けなのだ。
「悔しかったら飛んでくるがいい!! 飛行魔法も碌に使えぬ木偶よ!!」
「おのれぇ……! ``空襲:``巖雹````!!」
天空より降り注ぐは氷柱にあらず。次なる刺客は巨大な氷塊。
一個のみではない。数十個の物量。複数の氷塊が降り注ぐ情景は、まさに隕石。世界滅亡を彷彿とさせる滅びの帳であった。
地上の三匹は、その圧巻なる情景に驚嘆し、ただただ呆然と立ち尽くす。
大質量の雹が地面に落ちれば、山々に降り積もった積雪が雪崩となって押し寄せ、地上にいる全てをたちどころに押し流す災害が起こるだろう。
パオングが三匹を補助しているのであれば、簡単だ。地上に居る三匹もろとも、雹の隕石とともに積りに積った積雪ごと洗い流してしまえば良い。
魔法攻撃力ならば依然こちらが上。いくらパオングであろうと、一撃受ければ倒れる事間違いなし。
一方、自身は縦令雪崩や雹の隕石に巻き込まれようと死ぬ事はない。
完璧だ。最初からこうしておけば良かったのだ。結局、生き残るのはこの我、ヴァザーク・リ・ゼロ・エスパーダ。永久氷山を統べる、この地の王である―――。
「愚か。この程度の魔法攻撃、相殺してしまえばいいだけの事」
氷の隕石が迫る中、パオングを取り囲む半透明な球状の壁が現れた。
雹の大きさは一個だけでもあたり一面を覆い尽くすほど壮大だが、パオングを包み込むボール状の壁は、精々パオング一人を包み込む程度のもの。
あれは``霊壁``か。パオングは回避行動を一切とらず、霊壁ごと彼を食い破らんとする雹に衝突した。
球状の壁もろとも巨大な雹は粉砕され、不規則に散らばった氷の塊が、他の雹とともに地響きのような轟音を立てながら地に沈んでいく。
「ほう。一撃目が突破された場合に備え、第二幕を用意しておるか……だが甘い!」
パオングが一個の氷塊を相殺したのも束の間。
その先に第二幕と言わんばかりの雹の群れが、パオングと地上にいる三匹に向かって牙を剥く。
同時にパオングの周囲を、赤い魔法陣が取り囲む。魔法陣は見る限り熱く、まるで今にも火が吹き出そうしている火山の如く。
熱量は留まるところを知らない。赤熱は彼の全身を、みるみるうちに包み込んでいく。
彼の短い両手に赤い炎が宿った。それはもはや、荒れ狂う炎弾。振り下ろされた氷塊の鉄槌を、今にも滅ぼさんとする熱意。
もはや距離はそう遠くない。回避も間に合わない刹那の距離にまで迫る。
「``煉衣``、``集束化:``炎龍````!!」
パオングの高らかな詠唱とともに、彼の手に宿った破砕の熱意は細長い光線と化す。その勢いは熾烈であった。
重力加速に従い、自由落下する雹の運動エネルギーを、炎の勢いのみで相殺。雹を溶かそうと、もはや光線と化した炎の龍が雹を噛み砕いていく。
雹も負けてはいない。溶かされるなら溶かされる前に潰してやると炎の龍に食って掛かる。
融水は雹の返り血の如く。地面に落ちては雪原を容赦無く蝕む。
「しぶといな。良かろう。``部分強化``!」
刹那、パオングより放たれる炎竜の勢いは破壊的なまでに上昇。
光度、熱量ともに地面にいる者達まで届くと同時、雹の全容に罅が入り込み、その熱量に耐えかねて遂には絶命する。
ただの残骸になろうとも、パオングを亡き者にせんと襲いかかる雹であったが、全身を赤熱させるパオングは回避も防御も取る様子はない。
降りかかる雹の残骸全てを、触れた者から順に熱い融水に変えていく。
「くっ……一撃目を予め発動していた``霊壁``で防ぎ、第二幕を火属性系で全て相殺だと……」
今の自身の顔は、かなり唖然とした表情であろう。もし逆の立場ならば、全ての雹を大魔法で融かし尽くそうと考える。
だが、奴は違う。第一幕をあらかじめ発動しておいた防壁で一つの雹を相殺して回避。
第二幕は火力を一点集中させた魔法で一つの雹を融かしきれば良いので、結局全ての雹を相手取る必要は無いのだ。
相手の魔法の圧巻さと範囲の広さに唖然としなければ誰でも思いつく、幕に穴を空けるのと同じ要領で魔法を回避したのである。
自身では真似できない、技巧と効率に満ちた戦い方だ。
肉体性能では圧倒的に劣るはずなのに、この卓越した魔法技術。それによって齎される膨大な手数。
天地の差を細々とした魔法と技術による手数のみで埋めている。どこまで訓練を積めば此処までの領域に至れるのか。
だが、勝機はある。``空襲:``巖雹````によって、地上にいた三匹は漏れなく雹の隕石に巻き込まれたはず。
ならば三匹は倒している。なおかつ、あれだけの魔法を使えば、いくらパオングといえど霊力の消耗は尋常ではない。
二頭身化していない分、こちらの方が霊力量でも上。まだ大量の氷属性系魔法を使える。まだ、まだ勝算の方が高――――。
「おーい!! アーザッラシー!!」
「ボクたちここにいるよーん。ほら見えるぅ~? ボクのち○こ~」
「はいバーカバーカ!! 残念でしたぁぁぁぁ、こっちは回避してんだよ間抜け!! よっしゃもうウンコ投げたろ」
地上にいたはずの三匹が、パオングの背後からにゅっと姿を現わす。理解できていない自身の姿に、パオングは呆れ模様を漂わせた。
「こういう事もあろうかと事前に``緊急待機:``顕現````を忍ばせておいたのだ」
その非現実がすぎる発言に、眉を歪ませ、思わず目を丸くする。
``緊急待機``。``待機``の上位互換で、一時的に貯蓄しておいた無系魔法を、術者の条件反射を起点として自動発動させる高度の無系魔法。
上手く扱えば、ほとんど危機をこの魔法一つで完全回避できてしまう強力無比の魔法だが、効果に伴う霊力の消費は計り知れないものである。
「馬鹿な、何時発動した!? ``霊壁``といい、``緊急待機``といい……そんな不確実な魔法を備えさせる程の余裕、今の貴様には無いはず!!」
``待機``、``緊急待機``、``顕現``。今まで使用した魔法の鑑みるに、今のパオングでは霊力量を超過してしまう。
魔法を発動するには発動する為の燃料が必要。二頭身化している以上は霊力を無尽蔵に作製できない状態で、どうやって発動している。
手際や手数も良くて多い方だと推察していたが、これはあまりにも手際が良すぎる。一撃当れば終わりであるのに。
「確かに。今の我は二頭身故に貴様を倒すに必要な全ての魔法を即興で忍ばせる事は不可能。だがなエスパーダよ、これを見るが良い」
パオングは懐から、初手で使っていた灰色のラッパを取り出す。戦闘開始直後に取り出したものと全く同じもの。
突然何を始めたのかと疑問に思ってはいた。
己の体には何の変化も無かったので、ただ単に特定の肉体性能を爆増させる程度の支援武器だと思っていたが。
「これは我が創った魔道具``我欲の笛``である。この魔道具は、攻撃系を除く全ての魔法を貯蓄できる。貴様と戦う前日、前もって準備しておいたのだよ」
「魔道具、だと……? 支援武器ではなく……?」
「我は魔道具製作も独自にやっているものでな。こういう戦況を想定した魔道具を暇潰しがてら製作していたのだ。まさか誠に使う事になるとは思っていなかったがな」
「だがそうなると最初に使っていた``多重化``は……はっ、まさか」
「言ったであろう。魔法とは強大な攻撃系魔法で相手を淘汰するために在るのではない。巧妙に騙し、確実に不意を討つ。それが``魔法``の本懐である」
パオングの痛烈な非難に、項垂れるしかなかった。
最初、あの支援武器らしきものを取り出したときに湧き出した無数の魔法陣。前日に溜めておいたバフの魔法を複数発動させていたのだ。
つまり、``多重化``は沢山詠唱し、霊力を湯水のように使っていると思わせるための演出。ただのフェイクだったのである。
湧き上がる激情に思わず大げさに舌を打つ。
肝心な局面になるといつもこうだ。成すべき事を成せない。成せないまま、今のように無様を晒してしまう。
かつての大戦時代、エントロピーと出会って間もないあの頃もまた、己の非力さに打ちのめされ、自分自身を変えようと努力をした。
そして強くなった今。尚も醜態を晒している。
何故だ。何故負けるのだ。本来ならこの戦い、勝率は充分にあったはずなのに、何故か手も足も出ないまま今に至っている。
何がいけないのか。甘い。何が。何が甘いのだ。分からぬ。分からぬ。教えて欲しい。だが請願さえ甘いと罵られる。
師の下で五万年の修行をし、氷雪の支配者の肩書きをほしいままにして尚も足らぬものがあるというのか。
分からぬ。もはや何がなんだか分からぬ。目の前に現実を理解できぬ。
五万年間の修行は何だったのだ。故郷エヴェラスタを救い、エントロピーも救う。そして共に居続けるための修行ではなかったのか。
虚しい。心にぽっかりと穴が空いたような不快感。そこに怒りも悲しみも無く、強いて言うなら寂しさというべきなのだろうか。
「``超解除``」
自身に発動している二種類の魔法を解除する。
向こうが甘いと言うなら、その``甘さ``を捨ててやる。よくよく考えればその甘さで、半身を一度死なせている。
忘れてなどおらぬ。自身の弱さに嘆き、咽び泣いた日はないのだから。
人外の存在となり、元の種族を捨てたとはいえ、自身の中に宿る男の性は残っている。売られた喧嘩だ。男として買ってやろうではないか。
``顕現``で空間を飛び、四匹へと肉薄する。``飛行``も発動した。ほぼ至近距離。
もう逃げられぬ。このまま自身ごと``凍域``に覆ってしまえば勝ちだ。そして我が半身エントロピーに会える。
「ナージ」
「あいよ。``大便光弾``!」
「な……!?」
「パァオング。待っていたぞ。その魔法を使う、この時を」
動揺は隠せないまでに膨れ上がる。
何故空間転移の場所が我先に見破られた。それもナージに。
此奴は物理系の戦闘手段しかほぼ持ち合わせていないはず。``顕現``の転移位置を逆探知できるはずが。
「予め味方全員に``逆探``を忍ばせている。我欲の笛のようなアイテムを使われる場合を考慮し、``魔法探知``は必要不可欠である」
覚えておくが良い愚かで浅はかな氷界の長よ、とパオングの皮肉が炸裂する。
視界は否応無くナージの光り輝く大便によって真っ白に塗り潰された。魔法を発動しようにも眼が痛く―――。
「チェックメイトである。``任意罠``解放。``睡眠``」
何の前触れも無く、強烈な睡魔から放たれた矢が脳天を貫いた。意識が混濁し、閃光から解放されつつある視界に焦点が合わなくなっていく。
``任意罠``。術者の任意で発動する魔法トラップか。恐らく思惑としては、こうだろう。
自身は初手で二つの魔法を行使して身を護っていた。故に姑息な手を使って自身を挑発し、痺れを切れさせる。
八方塞りになった自身は``無効``や``永久化``を解除せざるえない。``顕現``による転移強襲を行うと、誰でも予想できる。
本来なら相手付近に作成する罠魔法を、わざと自分自身にかける事で罠そのものと化す。奴は、最初から自身を接近させるつもりだったのだ。
そして、これまでの全ての流れは、睡眠魔法を浴びせる為の布石。
甘い自身を篭絡するにあたり、とっておきの良策と言えるであろう。今更気付いたところで、もう遅いが。
闇に落ちていく意識の中、渾身の``凍域``が発動する事も虚しく、曇天の中、尚も吹雪と降雪が舞う雪原に沈んだ。
「ふむ。これでしばらく時間が稼げるであろう」
睡眠魔法により雪原で大の字に眠るエスパーダをよそに、一仕事終えた四匹ないし四人は荒れ狂う吹雪など、もはや眼中になかった。
「実に愚か也。我等の挑発に乗らず``無効``で耐え切れば、充分すぎる勝機があったものを」
すやすやと夢の世界に身を投じる彼を一瞥する。相手を全力で騙す為に終始虚勢を張っていたものの、余裕など毛程も無かった。
霊力回復速度を通常の倍以上にする能力``霊力超回復``と、消費霊力を三割削減する能力``霊力削減XXX``によって、魔法の手数は確かに膨大だ。
しかし全能力を遺憾なく発揮できるエスパーダを倒すには、二頭身状態の霊力量では圧倒的に不足である。
魔法とは、攻撃系、防御系、無系。何もかもが強力な効果を持つ。連続使用するには、膨大な霊力を必要とする。
そのせいで、エスパーダのように攻撃系に心酔している思慮の浅い魔法使いも数知れず存在するのが現実。魔法使いの中では、下手糞と侮蔑される運命にある。
故に魔法は、強大な攻撃系で淘汰するのではなく、戦況を有利に持っていく魔法を即座に発動できるようにするのがベストである。
思いつく限りの対策魔法を手際良く施す。相手に対策魔法を気取られないようにする。現状における敵情報の確保。大別して三つ。
今回の戦いでは、肉体性能のギャップが無視できないほど差が開いていた。三条件を十全に踏まなければ勝機は皆無である。
奴が三匹に気を取られている間は``隠匿``で周辺に潜伏し、無駄な戦いを極力避けても、``空襲:``巖雹````に対する対抗に七割以上の霊力を使ってしまった。
だが、エスパーダは天災クラスの広範囲魔法を平然と行使しながら、霊力的にはかなりの余裕を残していた。
だからこそ有利に持ち込む為に必要な無系魔法を盛り込んだ``我欲の笛``が必要不可欠。真正面で勝てぬなら、姑息な小技を連発するが吉と出る。
そして、この者が辿った過去の経緯上、人外でありながら稀有なヒューマニストであり、人道的なプライドが高い事。
罵倒や姑息な真似に耐性が無く素直すぎる気質。魔法使いとして未熟な部分があるという情報を事前に把握していたアドバンテージ。
以上を利用し、我欲の笛から注意を反らす為に用いた、初手の``多重化``によるフェイクと``任意罠への誘導は、効果抜群であった。
魔法戦の三つの条件は基本中の基本であるが、幸いにも基礎を守った事が功を奏したというべきだろう。
パオングは一段落着いた事に胸を撫で下ろしつつ、そんな事情など毛程も察していない変態三匹の能天気な会話に意識を向ける。
「なんで睡眠魔法なんすか。これじゃいずれおきちまいますぜ」
「我に聞くな。あくのだいまおうが言っていた事だからな、奴なりに何らかの考えがあるのだろう」
「親分以上に人遣い荒ぇな。二頭身状態で本気のコイツに勝てとか無茶振りにも程があるっての」
「つーかさ、ミキティウスどうすんの? アイツまだ来てないよね」
「勝負パンツが決まらねえとか言ってたが……まだ迷ってんのかよ。ぜってぇ来たら顔面ウンコの刑だな」
「いや胃液砲弾の刑で」
「いやボクのち○こでフルボッコの刑」
「パァオング!! 黙れ貴様等、指示通りあくのだいまおうの待機地点まで転移するぞ。それまであのパンツマニアは捨ておけ」
「待機地点ってどこすか」
カエルの問いかけに、パオングはおもむろに答えた。
静寂の永久凍土の中、未だパオング以外に知らされていないその待機地点とやらに、三人は耳を澄ませる。
「ここより遥か南方の地、武市中威区凪上邸前。現代の若輩どもが住まう、平和の都である」
応援ありがとうございます!
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