人生和歌集 -風ー(1)

多谷昇太

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風吹かず…止みて終わるか?

詩・「ねぬなはの…」1

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詩・「ねぬなはの…」

末世ともなれば、鬼も最低、ちんけになりまして、
たとえばグアンタナモ収容所のように、虜囚を、人を眠らせません。
またたとえば私のように、ヤクザのストーカーどもに取り憑かれまして、
16年間も睡眠妨害を被ったりもするのです。
だから、そりゃもうあなた、
ただ、ただ、眠くって辛くって…。
困窮のあまり、とうとうガンになぞなったりして。
死の影におびえながら、9時間におよぶ大手術を受けました。

いま私は手術後のICUの部屋にいる。
ひどい熱さと寒さが交互に襲って来て、大汗をかいたり、悪寒でガタガタふるえたりして、
また何より痛くって痛くって、いま死ぬ…と、本当にそう思いました。
(男でも泣いたりして?)
しかしそれでも離れ得ぬこの身体を、因果と思ったりもするのです。
そんな折り衝立を隔てた隣りのベッドから、2人の婦人の話し声が聞こえて来ました。
「ううん、そうじゃないの。あの人(たぶん私)は…」「そうそうそう、だから私は云ったのよ…」
取り止めのない会話が際限なく続きます。
しかしちょっと待てよ、ここは面会謝絶の、手術直後のICU処置室のはず。ではいったい…?
わかりました。1人2役。
私同様手術を終えたらしいご婦人が、分裂気味に1人2役を演じていたのです。
知ってました?死の恐怖や、堪えられない苦しみを受けたりすると、
人はときにおかしくなるって。

かわいそうに…私は自分の苦しみを一瞬でも忘れて、婦人に同上しました。
するとなぜか身体が少し楽になって、そのままスーッと、甘美な甘美な、
久しき安眠の中に落ちて行き、そ、う、に…ガタン! ん…?
眠りそうになるとその都度、誰かが何かを叩いて私を起こします。
はてまたヤクザ?ちんけ鬼?
いいえ違いました。隣りのご婦人でした。
おそらく霊視ができるのでしょう。私が幽体離脱(=眠り)をしかけると、
何かでベッドのフレームを叩いて起こしていたのです。
もちろん婦人など知らぬ人、私の経緯など知る由もない。ではなぜ…?

ああ、鬼め!こんなことを、こんな時に、こんな所でさえ!

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