自らを越えて 第一巻

多谷昇太

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丹沢行(1)

え?草鞋なし?

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しかし俺はこれを聞いて『あ痛っ…』と心中で絶句するほかなかった。やはり彼女たちは地下足袋と草鞋を持参していたのだ。これでは先に危惧した通りの展開となりそうである。それとも知らず3人はてんでに適当な場所を選んでリュックをおろし中から地下足袋と草鞋を取り出した。大伴さんがジーンズの裾を大きくたくし上げ真っ白な下腿をあらわにして地下足袋を履き始める。カナとミカもその大伴さんの仕草を見ながらいかにも不慣れな様子で履き始める。その様子からしてこの2人は山登りはともかく沢登りは初心者のようだ。地下足袋の上の方からホックをはめようとするミカに「ミカ。違う、違う。足袋のホックは下から」と注意したあとで「あれ?村田君、どうしたの?草鞋履かないの?」とボーっと立っているままの俺に大伴さんが聞いてくる。「はい。そのう…すいません。持って来てないんです。草鞋」と云うほかはない。「えーっ?草鞋なし?ほんと?…うーん、それは困ったわね。キャラバンシューズのままじゃ危ないでしょ?」としばし手を止めて俺を見ながら黙考するようだ。俺は強がるしかなかった。「へ、平気です。俺馴れてるから。このままで…」しかし内心で危惧しないではない。危ないと俺も思うがだが大伴さんとの同行を思えば例え裸足であっても登りたい。「うーん、そっか…じゃあね、村田君、滝に入ったらわたしのすぐ前を登って行って。ね?どんな様子だか一応見たいから」パーティの安全を期し、リーダーを自認しているだろう大伴さんのこの指示はもっともだ。だがその逆の位置こそをひそかに願っていた俺であればがっかりすること甚だしい。そう云う理由は男性ならお察し願いたいがしかし俺はただ「はい」とだけ答える。同行だけでも天国なのに図に乗るなよな、まったく…。「あーっ、ミカミカ、勝手に草鞋履くな。そんな滅茶苦茶な結び方はしないの」俺に指示している間に草鞋を履き始めたミカを制して地下足袋を履いてから大伴さんが実技指導をする。草鞋の緒をサイドの乳(横にある輪っか)に通しそれを交差させてから始めてその上に足を置きと、正統な、本格的な草鞋の紐の結び方である。
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