サマネイ

多谷昇太

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第五章 僧房

髪の毛を剃り眉毛を剃り落とし

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 鑑師という人はつかみどころがない。あの日、灼熱の太陽が照りつける僧院の庭で俺の髪を剃ってくれたときのこと。洗面器に水を充たしてはかたわらに置き、さーてとばかり、見っともないことはなはだしい、ボサボサのわが長髪を剃りだした。此処に至る前の一年半に及ぶヨーロッパ生活で散髪に行ったのはただの一度切りだ。衣食住を切り詰めるだけ切り詰めるボヘミアン生活の為であった。それ以外は同じ日本人ボヘミアン仲間に刈ってもらうか、もしくは自分でハサミで切るだけだった。従ってジャスト・ヒッピーヘアである。「まあ、見っともないことよ」もしくは「さあ、髪の毛に象徴された君の業を剃り落してやる。これから精進しろよ」とでも取れるような表情だったが判然としない。‘業を落としてやる’のが楽しげでもあり、また長髪に象徴されたその悪しきもの、彼の言葉で云う我緩みへの、きつい一瞥というのが、前後を変えた前言の換言ではあったろう。理髪店のものより大き目のカミソリで遠慮もあらばこそドンドン髪が剃られていく。足もとにバサリバサリと長い髪が落ちて行く。感慨など何もない。むしろそれこそサッパリとして潔い気がしたが、ただ予想もしていなかった、眉毛までサッと剃り落された時にはさすがに驚いた。こいつはいったいどんな御面相が鏡に写るのだろうか。自分でも楽しみだ。「こんなヘアースタイルでどうですか」などと聞くはずもなく、九分通り丸坊主になりかけた時足もとに痛みが走った。見ると蟻の隊列が足の甲を乗り越えて左から右へと移動中でそいつらが咬んでいたのだった。膝の下あたりまで登って来ては咬み散らす。ほぼ激痛と云ってよかった。 
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