サマネイ

多谷昇太

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第五章 僧房

心中のカオスを思う

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さて、ところが、である。実はこの本をきっかけにこのあと俺はとんでもない窮地に陥ることとなるのだ。その顛末は後述するが人の好意や、シリアスな恋愛を描いているであろう、作家の真心がこもった名作などを、故意にではないが、おちょくるような真似をするとどうなるか…赤面の部位をこのややあとに書かねばならない。
 しばしのレンタルを告げて彼が立ち上がろうとした際にひとこと云った。「トコロデナニカイイニオイガスルネ」と。俺はもうすでに気づいているのだろうと思い、軽い乗りで寝台下のカーテンを開けてみせる。「OH MY」とスマイリーに云ったがその「おや、まあ」の真意のほどは計りかねた。たぶん許してくれたのだろう。チャンドリカは自部屋へと戻って行った。
 彼が去ったあと違法な食事の続きを終えて俺はその晩早々と寝床に入った。朝が早いことを鏡師から告げられていたのでそうしたのだ。チャンドリカに語ったことが頭の中で踊ってなかなか寝付かれない。この1年半実に多くの場所を巡り過ぎた。横浜を船で発ちシベリア鉄道を使って欧州に。間に現地でのバイトをいくつか挟んで1年半を過ごし、中近東・インドを伝ってここまで来たのだ。その間何を経験し、いま何が残っただろうか。そこには外国ゆえの生活の逼迫ばかりがあっただけ…?なような気もする。ランボーはどこに行った?胸に期した新生はどこへ逃げた?結局俺のしたことは無意味だったのだろうか。心中のこのようなカオスの中でひとつだけ鮮やかに蘇った光景があった。アフガニスタン・ヘラートで見たあの満天の星空である。ショックだった。
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