エッセイのプロムナード

多谷昇太

文字の大きさ
5 / 65
アジア小説との出会い

蕭紅・蓮池3

しおりを挟む
それはそれとしてではなぜこの作品を取り上げたのかと云うと、それはあくまでも先の中庸を射った作品としてそうしたのである。作者蕭紅は黒竜江省呼蘭県から夫・蕭軍とともに着の身着のままで文豪魯迅のもとに身を寄せた。その魯迅の援助で二人して作家デビューした時に撮った写真が今も残っている。作家らしく見せようと撮影の前の晩に蕭紅は徹夜して夫の為にルパーシカ風の衣装を縫った。みずからは写真屋の備具にあったパイプを(吸いもしないのに)こちらも作家らしく見せようとして咥えてみせている。茶目っ気というよりは、始めてプロ作家デビューする上での喜びと真摯さが為せるわざであったろう。は小豆に象徴された無垢の存在に、また蓮花池という天国の具現にこそ殉じたのだと思う。先に「抗日に生涯を捧げた」と紹介したのは著者紹介にそうあったからで、決してそれのみにおさまる人物ではない。他のプロフィールとして「中国フェミニズムの祖」などとも記されているが、それが他人から見た彼女の一面の像でしかないのと同じことである。彼女の実像をキャッチコピーするならば「(人間と人間社会への)疑問→抗い→追及」とでもなろうか。蕭紅は中国東北部の地主の子として生まれたがその父が決めた結婚を嫌い、昔ながらの中国封建性を嫌って、家から出奔してしまった進歩的な女学生であったという。しかしその後の二年間の放浪で辛酸を舐め尽くしたと記載されている。その後もあたかも日本軍の進撃から逃れるように上海から西安、重慶へと移り住まねばならなかったことと、共産党前身の出身者である夫蕭軍との軋轢などが、前記の彼女の作家像を形作ってしまったのだと思う。しかし後に(25才の折り)彼女は半年間ほど日本に留学さえしており、またフェミニズムというよりは夫蕭軍のDVに抗ったというのが実像で、畢竟(誰でもそうだが)この世の軋轢に悩み、毀誉褒貶に振りまわされながらも前記の根本命題である、人間存在の原点と理念を追い求めるに至った作家だったということである。小説「生死場」において弱き者、虐げられた者たちへの同苦同悲と、共有へと、やがて透徹して行く…。

※蕭紅は黒竜江省呼蘭県から夫・蕭軍とともに着の身着のままで文豪魯迅のもとに身を寄せた。その魯迅の援助で二人して作家デビューした時に撮った写真が今も残っている。作家らしく見せようと撮影の前の晩に蕭紅は徹夜して夫の為にルパーシカ風の衣装を縫った。みずからは写真屋の備具にあったパイプを(吸いもしないのに)こちらも作家らしく見せようとして咥えてみせている。茶目っ気というよりは、始めてプロ作家デビューする上での喜びと真摯さが為せるわざであったろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

女帝の遺志(第二部)-篠崎沙也加と女子プロレスラーたちの物語

kazu106
大衆娯楽
勢いを増す、ブレバリーズ女子部と、直美。 率いる沙也加は、自信の夢であった帝プロマット参戦を直美に託し、本格的に動き出す。 一方、不振にあえぐ男子部にあって唯一、気を吐こうとする修平。 己を見つめ直すために、女子部への入部を決意する。 が、そこでは現実を知らされ、苦難の道を歩むことになる。 志桜里らの励ましを受けつつ、ひたすら練習をつづける。 遂に直美の帝プロ参戦が、現実なものとなる。 その壮行試合、沙也加はなんと、直美の相手に修平を選んだのであった。 しかし同時に、ブレバリーズには暗い影もまた、歩み寄って来ていた。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...