エッセイのプロムナード

多谷昇太

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1974年4月7日バルセロナにて

愛執のにがい〝灰色〟の海

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そのような生活苦と侘しさを内に秘めながらも、上辺だけは人々の喧騒に充ちている街並みを過ぎて海岸へと行ってみる。重く冷たい空が水平線にかけて広がっていた。沖から変な色をした雲がこちらに向かって来るようでもある。辺りに人はまったくおらず、沖では相当しけているのだろう、かなり大きな波が轟音とともに浜辺に打ち寄せていた。
 横浜山下公園、ニース、そしてこのバルセロナと、いつも充たされぬ思いで俺は海を見つめる。横浜では少なくも海は遠いヨーロッパへの夢をかきたてるものであり、また時には高尚な理想を呼び覚まし、永遠なるものへの愛を喚起させるものでもそれはあったのだ。ところがいま、このバルセロナで見る海は冷たく荒れていて、見ている者に「愛執のにがい〝灰色〟をかもしだす」だけの、俺に厳しく対峙する、ヨーロッパそのもののような景を呈していた。そう感ずるわけを以下に述べよう。
 ここヨーロッパがそうだったように世界中どこへ行っても、俺にとってそれは新たな逃げでしかない。世界中どこにも「人」がいるのだ。そしてその「人」はただ肌の色が違うだけで中身はそれほど変わるものではない。喜んだり、悲しんだり、愛し合ったり憎み合ったりする、見栄っ張りな人間たちがどこにも住んでいる。遠く旅することはいいことだが、そしてそれは青春の特権でもあるが、しかしそれを始める時は新たな旅立ちであらねばならない。ここが嫌だからあそこに行くというのであれば、それは単なる逃げで、それこそ時間と金の浪費でしかないだろう。日本にいるとき俺にとってヨーロッパは、いい意味での別世界に思えた。性格の暗さゆえにしたいことの何もできなかった俺は、とにかくどこか、生き直せる場所がほしかった。そこへ行って、身も心も大きく飛躍して、本当の意味で「生きて」みたかったのだ。しかしそのような摑みどころのない、ここに至る日本における二十数年間の人生をすべて否定し、忘れ去ったような、恰も逃亡者のような男に生き直せる場所などなかった。もしこんな俺の経緯と今の心象風景をここバルセロナの人たちに述べたなら、いったいどんな顔をされるだろうか。前記したがドイツなど中央ヨーロッパ諸国と比べるならまだまだ一段階も二段階も生活水準の低いスペイン、就中バルセロナの人々でしかないのだ。生活実態のない、理解不能の異邦人?…とでも云われて笑われてしまうだろうさ。ふふふ。
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