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アンチ群衆の人
オペラ座の怪人(1)
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その男は変な歩き方をする。
通りのこちら側を歩いているのに、二人以上の人が行く手に現れるなら、わざわざ道を横切って反対側へと逃れて行く。集団でも来ようものなら大変だ。それがペスト集団ででもあるかのように、眉根をしかめてあらぬ側道へと入って行ってしまう。エドガー・アラン・ポー描くところの「群衆の人」とは真逆の、「アンチ群衆の人」であった。群衆を避け得ない電車の中ではひたすら目をつむり、駅前の雑踏は一過性の悪夢として、とにかくどこであろうができるだけ人の少ない方少ない方へと身を運んで行く、それが男の習性だった。実際に二人以上の人間が(特にカップルが)すれ違うたびに「プータロー」もしくは「プータ」と彼を罵り哄笑するのが常で、且つそれが久しかった。その訳は後述するがとにかく彼と一面識もない(従って彼を知るはずもない)、少なからぬ連中がそれをやらかして行くのだ。それゆえの彼の‘アンチ’ぶりだった。彼はすっかり人間嫌いになっていた。 そしてそんな彼の友だちと云ったら、煙草と、地に写る自分の影、ただそれだけだった… 。
ところが恐ろしいことが起こった。
あの日、三月十一日、首都圏のすべての電車が止まった。帰るに足なく、駅前に群がる大群衆の真っ只中に彼は放り出されてしまったのだ。はたして男の動揺ははんぱではない。あたかもオペラ座の劇場、その観客の真っ只中にさらされた、彼の怪人のごとし… 。
「怪人だ!」「こいつめ、仮面なんかかぶりやがって」「取れ!仮面を」「化け物づらをさらせ!」「やっちまえ!」恐れながらも小突き廻す観客らの手を逃れて、怪人は地下室へ逃げ込もうとする。しかしその行く手を人がふさいだ、彼を恐れる風もなく。
「お願い。仮面を取って」人に隠れて舞台の裾、柱の影から仰ぎ続けた、そして恋い続けた、天女とも思うあの歌姫だった。しかしなぜ彼女がそんな言葉を俺に?この嫌われ者の、闇の住人に?…と、怪人は逡巡するばかり… 。
通りのこちら側を歩いているのに、二人以上の人が行く手に現れるなら、わざわざ道を横切って反対側へと逃れて行く。集団でも来ようものなら大変だ。それがペスト集団ででもあるかのように、眉根をしかめてあらぬ側道へと入って行ってしまう。エドガー・アラン・ポー描くところの「群衆の人」とは真逆の、「アンチ群衆の人」であった。群衆を避け得ない電車の中ではひたすら目をつむり、駅前の雑踏は一過性の悪夢として、とにかくどこであろうができるだけ人の少ない方少ない方へと身を運んで行く、それが男の習性だった。実際に二人以上の人間が(特にカップルが)すれ違うたびに「プータロー」もしくは「プータ」と彼を罵り哄笑するのが常で、且つそれが久しかった。その訳は後述するがとにかく彼と一面識もない(従って彼を知るはずもない)、少なからぬ連中がそれをやらかして行くのだ。それゆえの彼の‘アンチ’ぶりだった。彼はすっかり人間嫌いになっていた。 そしてそんな彼の友だちと云ったら、煙草と、地に写る自分の影、ただそれだけだった… 。
ところが恐ろしいことが起こった。
あの日、三月十一日、首都圏のすべての電車が止まった。帰るに足なく、駅前に群がる大群衆の真っ只中に彼は放り出されてしまったのだ。はたして男の動揺ははんぱではない。あたかもオペラ座の劇場、その観客の真っ只中にさらされた、彼の怪人のごとし… 。
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