バー・アンバー 第一巻

多谷昇太

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第四章 娼婦殺人事件

心配するな、ミキ

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『おい、どうした。何か云ったらどうだ?ミキの代りに承ってやると云っているんだぜ』などと突っ込むべきところだが俺にそんな度胸はない。受話器の向こうからしかるべき筋の手合いがドス声で脅し文句をつらねてくることも、またこんな展開になってしまっては遠からず表のドアが開いて、ボッタの筋者たちか、あるいは未だ何とも知れぬがミキを美人局にして俺(ごときを、つまりなぜ俺なのか…?)をどうこうしようとする連中が、いきなりなだれ込んで来ることなどが充分考えられたからだ。緊張したままで聞き耳を立てていたがそのままプツンと切れてしまった。俺はこの危険な展開を無視してハードボイルドを続ける。「フフ、なんだい、切れちまった」シュラッグする風にそう云ってから俺はミキの携帯の連絡先アプリを押し、そこに俺の名と携帯番号を入れた。その携帯をミキに返す。「田村さん…」俺を心配するふうにまたこの先の成り行きを恐れるように、ミキがふるえる手で携帯を受け取る。その手を両手で包みながら「ミキ、心配するな。さっき一肌も二肌も脱ぐと云ったのは嘘じゃない。その携帯に俺の名と番号を入れておいたからいつでも連絡してくれ。いいね?」と強く云って聞かせ、何かの映画かテレビ番組で見たような二枚目俳優のごとき、頼もしい笑顔を浮かべて見せる。「え?ええ…」しかしそんな俺の表情を一顧だにせず、ミキは俺の両手から携帯を引くと画面を開いて、夢中でその連絡先を確認しているようだ。いや、と云うか、俺の携帯番号を必死に暗記しているように見える。不審に思った俺が「なんだいミキ、その携帯は君のじゃないのかい?」と聞くのに「そ、そう。私のじゃないのよ。ちょっと待っててね。えーっと、080の75✕✕✕」と懸命な様子。「いいよ、いいよ、ミキ。暗記なんかしなくったって。いま紙に書いて渡すよ」胸ポケットから手帳を取り出し一枚を引きちぎって書こうとするのに見咎めたミキが「いいのよ、田村さん。紙も何も、わたし持って帰れないから…」と云って止め、さらに数秒番号を覚えるふうにしてから「はい、大丈夫。覚えたわ。080の✕✕✕、080の✕✕✕」と何回も諳んじてみせる。そのあとニッと笑ってから、右手で胸をさすり、何やら大仰に安堵した風を見せた。さきほどの乳房の感触を思い出して不謹慎ながら欲情もするのだが、それよりそんな仕草のミキがいじらしく思える。
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