31 / 34
30.
しおりを挟む
「だが、フォンテーヌ王国の為に、今後ディアの力を使わせるつもりはない。それは絶対に譲れない。」
顔を上げると金の瞳が私を見つめる。
その力強い声から、ギルがこの条件を譲ることは決してないのだと悟る。
「で、でも、それでは……」
ギルの願いを受け入れたいけど、それでは水は浄化できないし国は救えない。
どうすればいいのかと悩んでいると、フロスティン様の間延びした声が間に割って入った。
「ふむぅ、それでは水を浄化することは不可能ですなぁ。そうなると……」
「ああ、フォンテーヌ王国の人間達には国を捨ててもらう」
思案しているフロスティン様に、ギルはキッパリと当たり前のように言い放った。
「く、国を捨てる……!?」
とんでもないことを、そんなあっさりと……。
あまりにも突拍子のないことに驚いていると、ギルはニヤリと口元を緩めると、私の腰に手をまわして引き寄せる。
ち、ちかい……。顔が近くに……。
鼻先が触れるほどに顔を近づけて、優しく笑いかけてくれる。まるで先ほどまでの緊迫した空気を和ますように。
「大丈夫だ。我がガルブレイス王国が移民を受け入れよう。だが、フォンテーヌ王国の人間が獣人を受け入れることができれば、だがな。この国は獣人と人間が共存する国だ。獣人を受け入れることができないのなら、この国で暮らすことはできない。王として容認することはできないからな」
……移民として?
確かに国を捨てれば、水の汚染に悩むことはないと思うけど。今まで私を異形として扱ってきた人達が、獣人を受け入れることができるのかしら。
私が逡巡していると、ギルは私の腰に回していた手にグッと力を込める。
「ディア、これ以上情けをかける必要はないだろう。こちらが差し出した救いの手を、自ら放棄するものなど、君が気にするべきではない。そんな人間が君の一族の犠牲を正しく理解することなどないだろうさ」
それは……そうなのかもしれない。
悲しいけど、すべての人達が考えを改めてくれるとは思っていない。
私はそこまでお人好しではない。
「……私も……そうすべきだと思います。ここで思想を変えられないのなら、もう変わることはないかと。これ以上、クローディア様が譲歩する必要はないと思います」
コノアの悲痛な声。とっさに目を向けると、コノアの目は赤く、先ほどまで泣いていた痕跡が残っている。
「コノア……わかったわ。ギルの言うとおりにします」
これがきっと最善なのだろう。
願わくば、一人でも多くの人が考えを改めて、獣人を受け入れてほしい。
私が同意すると、ギルは満足そうにうなずいた。
「よし、では決まりだな。すぐにでも手筈を整えよう。……ディアは安心して待っていてくれ。俺は政務があるから、少しの間そばを離れてしまうことになるが……」
「…………」
……うん?……なんだろう?
フロスティン様がチラリと、私の後方に目配せしたような? 私の後方にいるのは……レナール様?
「……? あ、あの、お父様のことも気になるし、私だけでも辺境領に戻ってもいいかしら。どうにかしてお父様に連絡が取れれば、今後の意向を伝えられると思うし」
それに教会のみんなが心配だわ。マークがみんなに避難するよう伝えてくれているといいのだけど……。
そう言うと、私の不安を払拭するようにギルはニッコリと微笑んだ。
「教会に関しては、もう手は打ってあるから心配することはないさ。マシューズ辺境伯が上手くやっているはずだ。長旅で疲れているだろう? 少し、体を休めたほうがいい。そうだ! フロスティン、明日ディアに図書館を案内してやってくれ」
「フォ! 陛下の番様をエスコートできますとは! 光栄ですなぁ」
……え? 図書館?
ギルの咄嗟の提案に、明るい声で賛同するフロスティン様。
なんだろう? 何か変だわ……。
性急に話を進める二人に違和感が拭えない。
「で、でも、何か私に手伝えることがあれば……」
「ディアは俺の傍にいてくれるだけでいいのさ。少し体を休めよう。今まで大変だったのだから」
「クローディア様は儂と過ごすことがお嫌ですかな?」
い、いえ、そんなことは……とフロスティン様と押し問答していると、言いくるめられるように、明日の約束を取り付けられてしまった。
「すまないが、そろそろ仕事に戻らないといけないんだ……」
ギルは申し訳なさそうな顔をしながら長椅子から立ち上がる。
「えぇ、それはもちろん……」
もちろん仕事の邪魔をするつもりはないけど……。
なにかが気になって、ギルの服の裾を手で掴もうとすると、
「クローディア様とコノア様はこちらで少々お待ちください。侍女がお部屋にご案内させていただきます」
それを遮るようにレナール様の淡々とした声が響いた。
「ふむぅ、では儂もお暇させてもらいましょうかな。では、クローディア様、明日お迎えにあがらせていただきます」
「じゃあ、ディアおやすみ」
そう言いながら、私の額に唇を落とし、翼を揺らめかせながら扉に向かってしまう。そしてそれを追うレナール様達。
「え、あの、ちょっとまって……」
引きとめる声にギルが振り向くと、少しだけ手を振りながら、『おやすみ』と口を動かす。
扉はレナール様がバタンと閉めてしまった。
行ってしまった……。
なんだろう……なにかおかしいような。
嵐のように部屋を後にする三人。三人がでていった扉を見つめていると、
「……クローディア様。ほ、ほんとうに……申し訳ございません」
「コ、コノア、泣かないで……」
コノアが泣きながら頭を下げていた。
「コノアは何も悪くないじゃない。泣くことはないのよ」
「でも……でも……」
泣きじゃくるコノアをそっと抱き締める。
「前にも言ったでしょう。教会のみんながいたから、私は今までやってこれたのよ」
そうよ……。コノアみたいに私の一族のことを悲しんでくれる人はきっといるはず。フォンテーヌ王国の人間だからといって、全て人間を恨みの対象にするのは間違っていると思う。
どうか、どうか、一人でも多くの人が気づいて欲しい。
国の幸せのために、何が犠牲になっていたのかを。
顔を上げると金の瞳が私を見つめる。
その力強い声から、ギルがこの条件を譲ることは決してないのだと悟る。
「で、でも、それでは……」
ギルの願いを受け入れたいけど、それでは水は浄化できないし国は救えない。
どうすればいいのかと悩んでいると、フロスティン様の間延びした声が間に割って入った。
「ふむぅ、それでは水を浄化することは不可能ですなぁ。そうなると……」
「ああ、フォンテーヌ王国の人間達には国を捨ててもらう」
思案しているフロスティン様に、ギルはキッパリと当たり前のように言い放った。
「く、国を捨てる……!?」
とんでもないことを、そんなあっさりと……。
あまりにも突拍子のないことに驚いていると、ギルはニヤリと口元を緩めると、私の腰に手をまわして引き寄せる。
ち、ちかい……。顔が近くに……。
鼻先が触れるほどに顔を近づけて、優しく笑いかけてくれる。まるで先ほどまでの緊迫した空気を和ますように。
「大丈夫だ。我がガルブレイス王国が移民を受け入れよう。だが、フォンテーヌ王国の人間が獣人を受け入れることができれば、だがな。この国は獣人と人間が共存する国だ。獣人を受け入れることができないのなら、この国で暮らすことはできない。王として容認することはできないからな」
……移民として?
確かに国を捨てれば、水の汚染に悩むことはないと思うけど。今まで私を異形として扱ってきた人達が、獣人を受け入れることができるのかしら。
私が逡巡していると、ギルは私の腰に回していた手にグッと力を込める。
「ディア、これ以上情けをかける必要はないだろう。こちらが差し出した救いの手を、自ら放棄するものなど、君が気にするべきではない。そんな人間が君の一族の犠牲を正しく理解することなどないだろうさ」
それは……そうなのかもしれない。
悲しいけど、すべての人達が考えを改めてくれるとは思っていない。
私はそこまでお人好しではない。
「……私も……そうすべきだと思います。ここで思想を変えられないのなら、もう変わることはないかと。これ以上、クローディア様が譲歩する必要はないと思います」
コノアの悲痛な声。とっさに目を向けると、コノアの目は赤く、先ほどまで泣いていた痕跡が残っている。
「コノア……わかったわ。ギルの言うとおりにします」
これがきっと最善なのだろう。
願わくば、一人でも多くの人が考えを改めて、獣人を受け入れてほしい。
私が同意すると、ギルは満足そうにうなずいた。
「よし、では決まりだな。すぐにでも手筈を整えよう。……ディアは安心して待っていてくれ。俺は政務があるから、少しの間そばを離れてしまうことになるが……」
「…………」
……うん?……なんだろう?
フロスティン様がチラリと、私の後方に目配せしたような? 私の後方にいるのは……レナール様?
「……? あ、あの、お父様のことも気になるし、私だけでも辺境領に戻ってもいいかしら。どうにかしてお父様に連絡が取れれば、今後の意向を伝えられると思うし」
それに教会のみんなが心配だわ。マークがみんなに避難するよう伝えてくれているといいのだけど……。
そう言うと、私の不安を払拭するようにギルはニッコリと微笑んだ。
「教会に関しては、もう手は打ってあるから心配することはないさ。マシューズ辺境伯が上手くやっているはずだ。長旅で疲れているだろう? 少し、体を休めたほうがいい。そうだ! フロスティン、明日ディアに図書館を案内してやってくれ」
「フォ! 陛下の番様をエスコートできますとは! 光栄ですなぁ」
……え? 図書館?
ギルの咄嗟の提案に、明るい声で賛同するフロスティン様。
なんだろう? 何か変だわ……。
性急に話を進める二人に違和感が拭えない。
「で、でも、何か私に手伝えることがあれば……」
「ディアは俺の傍にいてくれるだけでいいのさ。少し体を休めよう。今まで大変だったのだから」
「クローディア様は儂と過ごすことがお嫌ですかな?」
い、いえ、そんなことは……とフロスティン様と押し問答していると、言いくるめられるように、明日の約束を取り付けられてしまった。
「すまないが、そろそろ仕事に戻らないといけないんだ……」
ギルは申し訳なさそうな顔をしながら長椅子から立ち上がる。
「えぇ、それはもちろん……」
もちろん仕事の邪魔をするつもりはないけど……。
なにかが気になって、ギルの服の裾を手で掴もうとすると、
「クローディア様とコノア様はこちらで少々お待ちください。侍女がお部屋にご案内させていただきます」
それを遮るようにレナール様の淡々とした声が響いた。
「ふむぅ、では儂もお暇させてもらいましょうかな。では、クローディア様、明日お迎えにあがらせていただきます」
「じゃあ、ディアおやすみ」
そう言いながら、私の額に唇を落とし、翼を揺らめかせながら扉に向かってしまう。そしてそれを追うレナール様達。
「え、あの、ちょっとまって……」
引きとめる声にギルが振り向くと、少しだけ手を振りながら、『おやすみ』と口を動かす。
扉はレナール様がバタンと閉めてしまった。
行ってしまった……。
なんだろう……なにかおかしいような。
嵐のように部屋を後にする三人。三人がでていった扉を見つめていると、
「……クローディア様。ほ、ほんとうに……申し訳ございません」
「コ、コノア、泣かないで……」
コノアが泣きながら頭を下げていた。
「コノアは何も悪くないじゃない。泣くことはないのよ」
「でも……でも……」
泣きじゃくるコノアをそっと抱き締める。
「前にも言ったでしょう。教会のみんながいたから、私は今までやってこれたのよ」
そうよ……。コノアみたいに私の一族のことを悲しんでくれる人はきっといるはず。フォンテーヌ王国の人間だからといって、全て人間を恨みの対象にするのは間違っていると思う。
どうか、どうか、一人でも多くの人が気づいて欲しい。
国の幸せのために、何が犠牲になっていたのかを。
0
あなたにおすすめの小説
私が一番嫌いな言葉。それは、番です!
水無月あん
恋愛
獣人と人が住む国で、ララベルが一番嫌う言葉、それは番。というのも、大好きな親戚のミナリア姉様が結婚相手の王子に、「番が現れた」という理由で結婚をとりやめられたから。それからというのも、番という言葉が一番嫌いになったララベル。そんなララベルを大切に囲い込むのが幼馴染のルーファス。ルーファスは竜の獣人だけれど、番は現れるのか……?
色々鈍いヒロインと、溺愛する幼馴染のお話です。
いつもながらご都合主義で、ゆるい設定です。お気軽に読んでくださったら幸いです。
愛があれば、何をしてもいいとでも?
篠月珪霞
恋愛
「おいで」と優しく差し伸べられた手をとってしまったのが、そもそもの間違いだった。
何故、あのときの私は、それに縋ってしまったのか。
生まれ変わった今、再びあの男と対峙し、後悔と共に苦い思い出が蘇った。
「我が番よ、どうかこの手を取ってほしい」
過去とまったく同じ台詞、まったく同じ、焦がれるような表情。
まるであのときまで遡ったようだと錯覚させられるほどに。
番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。
幸せな番が微笑みながら願うこと
矢野りと
恋愛
偉大な竜王に待望の番が見つかったのは10年前のこと。
まだ幼かった番は王宮で真綿に包まれるように大切にされ、成人になる16歳の時に竜王と婚姻を結ぶことが決まっていた。幸せな未来は確定されていたはずだった…。
だが獣人の要素が薄い番の扱いを周りは間違えてしまう。…それは大切に想うがあまりのすれ違いだった。
竜王の番の心は少しづつ追いつめられ蝕まれていく。
※設定はゆるいです。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
番?呪いの別名でしょうか?私には不要ですわ
紅子
恋愛
私は充分に幸せだったの。私はあなたの幸せをずっと祈っていたのに、あなたは幸せではなかったというの?もしそうだとしても、あなたと私の縁は、あのとき終わっているのよ。あなたのエゴにいつまで私を縛り付けるつもりですか?
何の因果か私は10歳~のときを何度も何度も繰り返す。いつ終わるとも知れない死に戻りの中で、あなたへの想いは消えてなくなった。あなたとの出会いは最早恐怖でしかない。終わらない生に疲れ果てた私を救ってくれたのは、あの時、私を救ってくれたあの人だった。
12話完結済み。毎日00:00に更新予定です。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。
雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。
その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。
*相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。
白い結婚に、猶予を。――冷徹公爵と選び続ける夫婦の話
鷹 綾
恋愛
婚約者である王子から「有能すぎる」と切り捨てられた令嬢エテルナ。
彼女が選んだ新たな居場所は、冷徹と噂される公爵セーブルとの白い結婚だった。
干渉しない。触れない。期待しない。
それは、互いを守るための合理的な選択だったはずなのに――
静かな日常の中で、二人は少しずつ「選び続けている関係」へと変わっていく。
越えない一線に名前を付け、それを“猶予”と呼ぶ二人。
壊すより、急ぐより、今日も隣にいることを選ぶ。
これは、激情ではなく、
確かな意思で育つ夫婦の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる