異形の血を引く聖女は王国を追放される

雪月花

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「だが、フォンテーヌ王国の為に、今後ディアの力を使わせるつもりはない。それは絶対に譲れない。」

 顔を上げると金の瞳が私を見つめる。
 その力強い声から、ギルがこの条件を譲ることは決してないのだと悟る。

「で、でも、それでは……」

 ギルの願いを受け入れたいけど、それでは水は浄化できないし国は救えない。

 どうすればいいのかと悩んでいると、フロスティン様の間延びした声が間に割って入った。

「ふむぅ、それでは水を浄化することは不可能ですなぁ。そうなると……」

「ああ、フォンテーヌ王国の人間達には国を捨ててもらう」

 思案しているフロスティン様に、ギルはキッパリと当たり前のように言い放った。

「く、国を捨てる……!?」

 とんでもないことを、そんなあっさりと……。

 あまりにも突拍子のないことに驚いていると、ギルはニヤリと口元を緩めると、私の腰に手をまわして引き寄せる。

 ち、ちかい……。顔が近くに……。

 鼻先が触れるほどに顔を近づけて、優しく笑いかけてくれる。まるで先ほどまでの緊迫した空気を和ますように。

「大丈夫だ。我がガルブレイス王国が移民を受け入れよう。だが、フォンテーヌ王国の人間が獣人を受け入れることができれば、だがな。この国は獣人と人間が共存する国だ。獣人を受け入れることができないのなら、この国で暮らすことはできない。王として容認することはできないからな」

 ……移民として?
 確かに国を捨てれば、水の汚染に悩むことはないと思うけど。今まで私を異形として扱ってきた人達が、獣人を受け入れることができるのかしら。

 私が逡巡していると、ギルは私の腰に回していた手にグッと力を込める。

「ディア、これ以上情けをかける必要はないだろう。こちらが差し出した救いの手を、自ら放棄するものなど、君が気にするべきではない。そんな人間が君の一族の犠牲を正しく理解することなどないだろうさ」

 それは……そうなのかもしれない。
 悲しいけど、すべての人達が考えを改めてくれるとは思っていない。
 私はそこまでお人好しではない。
 
「……私も……そうすべきだと思います。ここで思想を変えられないのなら、もう変わることはないかと。これ以上、クローディア様が譲歩する必要はないと思います」
 
 コノアの悲痛な声。とっさに目を向けると、コノアの目は赤く、先ほどまで泣いていた痕跡が残っている。

「コノア……わかったわ。ギルの言うとおりにします」
 
 これがきっと最善なのだろう。
 願わくば、一人でも多くの人が考えを改めて、獣人を受け入れてほしい。
 
 私が同意すると、ギルは満足そうにうなずいた。

「よし、では決まりだな。すぐにでも手筈を整えよう。……ディアは安心して待っていてくれ。俺は政務があるから、少しの間そばを離れてしまうことになるが……」

「…………」
 
 ……うん?……なんだろう? 
 フロスティン様がチラリと、私の後方に目配せしたような? 私の後方にいるのは……レナール様?

「……? あ、あの、お父様のことも気になるし、私だけでも辺境領に戻ってもいいかしら。どうにかしてお父様に連絡が取れれば、今後の意向を伝えられると思うし」

 それに教会のみんなが心配だわ。マークがみんなに避難するよう伝えてくれているといいのだけど……。

 そう言うと、私の不安を払拭するようにギルはニッコリと微笑んだ。

「教会に関しては、もう手は打ってあるから心配することはないさ。マシューズ辺境伯が上手くやっているはずだ。長旅で疲れているだろう? 少し、体を休めたほうがいい。そうだ! フロスティン、明日ディアに図書館を案内してやってくれ」

「フォ! 陛下の番様をエスコートできますとは! 光栄ですなぁ」
 
 ……え? 図書館? 

 ギルの咄嗟の提案に、明るい声で賛同するフロスティン様。

 なんだろう? 何か変だわ……。

 性急に話を進める二人に違和感が拭えない。

「で、でも、何か私に手伝えることがあれば……」 

「ディアは俺の傍にいてくれるだけでいいのさ。少し体を休めよう。今まで大変だったのだから」

「クローディア様は儂と過ごすことがお嫌ですかな?」
 
 い、いえ、そんなことは……とフロスティン様と押し問答していると、言いくるめられるように、明日の約束を取り付けられてしまった。

「すまないが、そろそろ仕事に戻らないといけないんだ……」

 ギルは申し訳なさそうな顔をしながら長椅子から立ち上がる。

「えぇ、それはもちろん……」

 もちろん仕事の邪魔をするつもりはないけど……。
 なにかが気になって、ギルの服の裾を手で掴もうとすると、

「クローディア様とコノア様はこちらで少々お待ちください。侍女がお部屋にご案内させていただきます」

 それを遮るようにレナール様の淡々とした声が響いた。

「ふむぅ、では儂もお暇させてもらいましょうかな。では、クローディア様、明日お迎えにあがらせていただきます」

「じゃあ、ディアおやすみ」

 そう言いながら、私の額に唇を落とし、翼を揺らめかせながら扉に向かってしまう。そしてそれを追うレナール様達。

「え、あの、ちょっとまって……」

 引きとめる声にギルが振り向くと、少しだけ手を振りながら、『おやすみ』と口を動かす。
 扉はレナール様がバタンと閉めてしまった。

 行ってしまった……。
 なんだろう……なにかおかしいような。

 嵐のように部屋を後にする三人。三人がでていった扉を見つめていると、

「……クローディア様。ほ、ほんとうに……申し訳ございません」

「コ、コノア、泣かないで……」

 コノアが泣きながら頭を下げていた。

「コノアは何も悪くないじゃない。泣くことはないのよ」

「でも……でも……」

 泣きじゃくるコノアをそっと抱き締める。

「前にも言ったでしょう。教会のみんながいたから、私は今までやってこれたのよ」

 そうよ……。コノアみたいに私の一族のことを悲しんでくれる人はきっといるはず。フォンテーヌ王国の人間だからといって、全て人間を恨みの対象にするのは間違っていると思う。

 どうか、どうか、一人でも多くの人が気づいて欲しい。
 国の幸せのために、何が犠牲になっていたのかを。
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