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31.ギルバート視点
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執務室へ向かう廊下を足早に進みながら、頭の中で今後の戦略を練る。フォンテーヌ王国を滅亡へ追い込むために画策していたのだが、正直ここまで予定が狂うとは思わなかった。
「……まさか救済を願うとは、驚いたな」
ディアの予想外の答えに驚かされる。
なぜディアの願いを承諾したのか、自分でも理解ができない。
「ふむぅーー。クローディア様は、思いやりのあるお嬢様じゃなーー」
「少々お人好しすぎるとは思いますが。本当に移民を受け入れるおつもりですか?」
チラリと後ろに目を向ければ、面白そうに笑いながら髭を撫でるフロスティンとあきれるように耳を垂らしたレナールが後に続く。
たしかにディアは思いやりのある優しい心を持っている。それは素晴らしいことだと思うが、他人を優先しすぎて自分を犠牲にしてしまっているとも思う。
その優しさにつけ込み、ディアに犠牲を強いたあの国を許すつもりなどなかったのに。
『報いを受けさせる』とディアに伝えた時、了承するものだと思っていた。だが悲しみに震えながら顔を上げたディアを見たとき、ディアの瞳の美しさに目を奪われた。
葛藤しながら救済の道を模索する慈悲深さが、菫色の瞳に映し出されていた。もし、俺がフォンテーヌ王国を滅ぼせば、慈悲深い彼女の心を壊してしまうかもしれない。そう思わせるほどに美しく儚げに揺れる瞳。
「あぁ。ディアが望むなら最善を尽くす」
助けることを納得したわけではない。
だがディアが救済を望むのなら、この心に宿る怒りの炎を抑えつけよう。
そう心に決め、執務室の扉を開く。そして続くように部屋に入ってきたフロスティンに目を向けた。
「フロスティン、他にも何か言いたいことがあるのだろう?」
俺が告げると、フロスティンは好々爺然とした態度を崩さず、おやっといいながら、片眉をあげた。仕事人間のこの男が、意味も無く執務室までついてくるとは思えない。ディアの前では確認できなかったが、気になることもある。
「確認したいことがあるのだが、蛇の一族は土地を奪還するために三百年近くも毒で嫌がらせをしていたのか?」
蛇の一族は総じて執念深い。だが、さすがに三百年も土地を奪還することが叶わないとは考えられない。毒が駄目なら他の手を打つはずだ。狡猾な蛇の一族が何も考えがなかったとは思えない。
「ふむぅーー。そこなのですよ。儂もそれが腑に落ちないのです。じゃが、蛇の一族の情報が少なすぎて、他の目的の検討がつかないのです」
フロスティンが困り果てたように頭を振りながら肩を落とす。
蛇の一族が他種と交流することは滅多にない。ならば貴重な誘いには応じないといけないか。
机の引き出しから蛇の紋章が押印された封書を取り出す。封書の内容は、蛇の居城への招待状だった。恐らくディアがこの国にいることに気づき、フォンテーヌ王国に関して、話がしたいということだろう。
「フォ!!! やはり蛇の一族から接触を図ってきたんじゃな! 政務を理由に番の傍を離れるなどおかしいと思ったんじゃ!」
「ああ、エーベルヴァイン卿からお茶に誘われていてな」
おどけるように封書をチラつかせると、フロスティンは目を爛々と輝かせながら鼻息を荒げる。
「なんと! 蛇の王からのお誘いとは! 素晴らしいですな。是非、儂も同行させていただきたい!」
「お待ちください! まさか陛下がご自身で会いに行かれるおつもりですか!? 危険すぎます。使者をだせばいいことでしょう! 国王が簡単に国を留守にするなど、あってはならないことなのですよ!」
封書に飛びつこうとするフロスティンをヒラリと躱していると、怒りで尻尾の毛を逆立てながらレナールが詰め寄ってきた。
ああ、これはかなり怒っているな。
「フォーー!! なら儂が使者になろう!」
「フロスティン様はお黙りください!!!」
ここまで声を荒げるレナールを見るのは久しぶりだ。王太子の頃に番を探すため、友好国をまわっていた時も同じように怒っていたか。長い付き合いの中、いつも振り回してしまっていることは申し訳ないとは思う。
「レナール、俺に行かせてくれ。エーベルヴァイン卿との交渉は並の使者じゃ務まらない」
まだ父上が国王の座にいた頃、国の祝典に来賓として参列したエーベルヴァイン卿と対面したことがある。常に微笑みを絶やさず、穏やかな声で丁寧な言葉遣い。人当たりが良いと思わせる態度に、その場にいた誰もが驚いた。蛇の一族は偏屈で執念深いと聞いていたのに、想像していた人物像とまるで違うのだから。
だが、俺は気づいた。あの男は友好的な人物像を演じているのだと。
注意深く観察していると、エーベルヴァイン卿の穏やかな声には、一切の感情の機微が感じられない。そして無機質な人間性を隠すように、貼り付けたような微笑み。
そんな男と交渉を進めるには並大抵の使者では務まらない。交渉が失敗すれば、ディアに危険が及ぶ可能性が高い。
「容認することはできません。貴方は王としての自覚がなさ過ぎます」
たしかに王として間違った判断をしていることは自覚している。
だが……
「すまない、行かせてほしい」
レナールに向かって、真摯に頭を下げる。
どうしても譲ることができない。ディアの願いを叶える為にもこの交渉を失敗するわけにはいかないのだから。
逡巡するレナールの気配を感じながらも、ひたすら頭を下げ続ける。
「……ッ。あなたは……本当に……ハァー。必ず無事に戻ってくると約束してください」
頭を上げると、眉を寄せながら深いため息をつくレナールの姿があった。
「ああ、約束するさ」
必ず無事に戻ってくる。この国の主として、ディアの番として守るべきものがあるのだから。
レナールに目を向けると、俺の思いを汲み取ったように深く頷いた。長い付き合いの中でお互いの理解を深め、戦友といえるこの男との約束を違えることなどあってはならない。
そう気を引き締めていると、おずおずと「儂も一緒に……」と言いながら手を上げるフロスティンをレナールが睨み付けていた。
「……まさか救済を願うとは、驚いたな」
ディアの予想外の答えに驚かされる。
なぜディアの願いを承諾したのか、自分でも理解ができない。
「ふむぅーー。クローディア様は、思いやりのあるお嬢様じゃなーー」
「少々お人好しすぎるとは思いますが。本当に移民を受け入れるおつもりですか?」
チラリと後ろに目を向ければ、面白そうに笑いながら髭を撫でるフロスティンとあきれるように耳を垂らしたレナールが後に続く。
たしかにディアは思いやりのある優しい心を持っている。それは素晴らしいことだと思うが、他人を優先しすぎて自分を犠牲にしてしまっているとも思う。
その優しさにつけ込み、ディアに犠牲を強いたあの国を許すつもりなどなかったのに。
『報いを受けさせる』とディアに伝えた時、了承するものだと思っていた。だが悲しみに震えながら顔を上げたディアを見たとき、ディアの瞳の美しさに目を奪われた。
葛藤しながら救済の道を模索する慈悲深さが、菫色の瞳に映し出されていた。もし、俺がフォンテーヌ王国を滅ぼせば、慈悲深い彼女の心を壊してしまうかもしれない。そう思わせるほどに美しく儚げに揺れる瞳。
「あぁ。ディアが望むなら最善を尽くす」
助けることを納得したわけではない。
だがディアが救済を望むのなら、この心に宿る怒りの炎を抑えつけよう。
そう心に決め、執務室の扉を開く。そして続くように部屋に入ってきたフロスティンに目を向けた。
「フロスティン、他にも何か言いたいことがあるのだろう?」
俺が告げると、フロスティンは好々爺然とした態度を崩さず、おやっといいながら、片眉をあげた。仕事人間のこの男が、意味も無く執務室までついてくるとは思えない。ディアの前では確認できなかったが、気になることもある。
「確認したいことがあるのだが、蛇の一族は土地を奪還するために三百年近くも毒で嫌がらせをしていたのか?」
蛇の一族は総じて執念深い。だが、さすがに三百年も土地を奪還することが叶わないとは考えられない。毒が駄目なら他の手を打つはずだ。狡猾な蛇の一族が何も考えがなかったとは思えない。
「ふむぅーー。そこなのですよ。儂もそれが腑に落ちないのです。じゃが、蛇の一族の情報が少なすぎて、他の目的の検討がつかないのです」
フロスティンが困り果てたように頭を振りながら肩を落とす。
蛇の一族が他種と交流することは滅多にない。ならば貴重な誘いには応じないといけないか。
机の引き出しから蛇の紋章が押印された封書を取り出す。封書の内容は、蛇の居城への招待状だった。恐らくディアがこの国にいることに気づき、フォンテーヌ王国に関して、話がしたいということだろう。
「フォ!!! やはり蛇の一族から接触を図ってきたんじゃな! 政務を理由に番の傍を離れるなどおかしいと思ったんじゃ!」
「ああ、エーベルヴァイン卿からお茶に誘われていてな」
おどけるように封書をチラつかせると、フロスティンは目を爛々と輝かせながら鼻息を荒げる。
「なんと! 蛇の王からのお誘いとは! 素晴らしいですな。是非、儂も同行させていただきたい!」
「お待ちください! まさか陛下がご自身で会いに行かれるおつもりですか!? 危険すぎます。使者をだせばいいことでしょう! 国王が簡単に国を留守にするなど、あってはならないことなのですよ!」
封書に飛びつこうとするフロスティンをヒラリと躱していると、怒りで尻尾の毛を逆立てながらレナールが詰め寄ってきた。
ああ、これはかなり怒っているな。
「フォーー!! なら儂が使者になろう!」
「フロスティン様はお黙りください!!!」
ここまで声を荒げるレナールを見るのは久しぶりだ。王太子の頃に番を探すため、友好国をまわっていた時も同じように怒っていたか。長い付き合いの中、いつも振り回してしまっていることは申し訳ないとは思う。
「レナール、俺に行かせてくれ。エーベルヴァイン卿との交渉は並の使者じゃ務まらない」
まだ父上が国王の座にいた頃、国の祝典に来賓として参列したエーベルヴァイン卿と対面したことがある。常に微笑みを絶やさず、穏やかな声で丁寧な言葉遣い。人当たりが良いと思わせる態度に、その場にいた誰もが驚いた。蛇の一族は偏屈で執念深いと聞いていたのに、想像していた人物像とまるで違うのだから。
だが、俺は気づいた。あの男は友好的な人物像を演じているのだと。
注意深く観察していると、エーベルヴァイン卿の穏やかな声には、一切の感情の機微が感じられない。そして無機質な人間性を隠すように、貼り付けたような微笑み。
そんな男と交渉を進めるには並大抵の使者では務まらない。交渉が失敗すれば、ディアに危険が及ぶ可能性が高い。
「容認することはできません。貴方は王としての自覚がなさ過ぎます」
たしかに王として間違った判断をしていることは自覚している。
だが……
「すまない、行かせてほしい」
レナールに向かって、真摯に頭を下げる。
どうしても譲ることができない。ディアの願いを叶える為にもこの交渉を失敗するわけにはいかないのだから。
逡巡するレナールの気配を感じながらも、ひたすら頭を下げ続ける。
「……ッ。あなたは……本当に……ハァー。必ず無事に戻ってくると約束してください」
頭を上げると、眉を寄せながら深いため息をつくレナールの姿があった。
「ああ、約束するさ」
必ず無事に戻ってくる。この国の主として、ディアの番として守るべきものがあるのだから。
レナールに目を向けると、俺の思いを汲み取ったように深く頷いた。長い付き合いの中でお互いの理解を深め、戦友といえるこの男との約束を違えることなどあってはならない。
そう気を引き締めていると、おずおずと「儂も一緒に……」と言いながら手を上げるフロスティンをレナールが睨み付けていた。
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