元OLは世界を滅ぼす愛され系最弱魔王になる予定を覆したい

橘高 悠

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【第1章】魔王城脱出編

6.OL、魔法も学びたい

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ヴァーノンに魔法を教わる約束をしてから3日が経った。
その間も私は毎日アルベールの剣術指導に精を出していた。

本来、何もせずにだらだらし続けるだけの日々を送るはずだった私は、特に他に用事などもないため、こうして修行に明け暮れることができる。
また、アルベールもそんな私を護衛することが仕事のため、毎日私に付き合ってくれている。

しかしそんな私たちとは違い、ヴァーノンには魔王の息子としての職務もあるし、現在36歳の彼は魔族としてはまだまだ若く、自分自身を高めるために日々の勉強も怠ることはない。
それだけヴァーノンは、魔王の息子であることに誇りを持っていたし、責任感も強い。
アルベールのように毎日私に構っている暇はなく、彼は忙しい日々を送っている。

「じゃあまずは、魔法に関する知識からだ。」

そして今日、やっとヴァーノンに魔法を教わる日がやってきた。

「はい!」

未だにヴァーノンに対する恐怖感を拭い去ることはできないが、あの非現実的な魔法を自分の手で発動できるようになるのかと思うと、つい好奇心が勝りキラキラとした瞳でヴァーノンを見上げる。
今日の先生はヴァーノンのため、アルベールは少し離れた場所で私を見守っている。

「魔法には属性が存在するのは知っているな?」
「うん!火、水、雷、風、土、闇だよね?この前みんなに見せてもらったの!」
「そうだな。まぁ間違いではない。」

自信満々に答えた私であったが、ヴァーノンからの返事は微妙なものだった。

「間違いではない?」

意味深な言い方に、思わず聞き返す。

「あぁ。魔法には5属性と呼ばれる火、水、雷、風、土の基本属性に加え、特別なものとして闇属性と聖属性の二つが存在する。」
「聖属性?」
「あぁ。魔法を使える者であれば人間だろうと魔族だろうと基本的に5属性全てを扱えることがほとんどだ。まぁ向き不向きはあるがな。
だが残りの2属性は特殊で、闇属性は魔族にしか使えず、聖属性は人間にしか使えない。」
「ほー」

人間と魔族で使える魔法が違うのか。

「加えて、魔族であっても半数の者くらいしか闇属性を扱えないし、聖属性に関しては人間の中で100年に一人いるかいないかだ。」
「幻レベル・・・!」
「そうだな。聖魔法は唯一傷を癒す効果を持った特殊な属性だ。」

なるほど。
魔法は火属性、水属性、雷属性、風属性、土属性が基本の属性であり、それを総称して5属性と呼ぶ。
それに加えて闇属性と聖属性が存在する。
5属性は基本的に誰でも扱えるけど、闇属性は魔族のみで尚且つ適性を持つ者のみが使える。
そして聖属性は人間のみが使える回復を中心とした属性であり、人間の中でも100年に一人適性がある人がいるかいないかレベルの珍しさ、と。

ふむふむと、ヴァーノンの言葉を自分の中で反復して整理する。

「ちなみに、俺が得意とするのは闇属性の魔法だ。」

そう言うとヴァーノンは、右手を体の前に持ってくると手のひらを上にし、「——闇黒球ダークネスボール」と静かに魔法を発動させた。

「おぉ!」

ヴァーノンの手のひらの上では、禍々しいほど真っ黒なソフトボールほどの大きさの球体が渦を巻くようにしながら浮かんでいる。

「これは闇属性の最下級魔法だ。ちなみにあいつは発動できない。」

ヴァーノンが顎で示した方向の先にはアルベールがいた。

「あいつは闇属性の適性がないからな。」

ヴァーノンがバカにしたように鼻で笑って見せた。
その言葉が聞こえているはずのアルベールだが、いつもと変わらず無表情で、ヴァーノンに反応を返すことはなかった。
そんなアルベールとは裏腹に、いつもアルベールと一緒にいる私は、兄の言葉に少しムッとする。

「アルは魔法が苦手だけど、上級魔法も使えるもん!闇属性が使えなくたってすごいもん!」

そう言い返した私を、ヴァーノンがちらりと見る。

「ハハ。あいつのような拙い魔力で発動される上級魔法がどれほどのものか見てみたいものだな。」

相変わらずヴァーノンはバカにしたような笑みを浮かべている。
今までたまに感じてはいたが、どうやらこの兄はアルベールに対抗心を抱いているようだ。

「リゼット、教えておいてやろう。確かに魔法は上級のものほど構築が複雑で扱いが難しい分、その威力も強くなる。だが、その根本的な威力は、術者の魔力の質やその魔法に込めた魔力量によって変化する。」
「同じ魔法でも、その術者によって威力が変わるってこと?」
「あぁ。流石はリゼット。頭がいいな。」

アルベールに向けていたバカにしたような笑みを消し、こちらを向いたヴァーノンはさっきまでの笑みとは真逆に柔らかな笑みを浮かべた。
しかし、すぐにその表情は一転し、再度アルベールに向けられる。

「つまり、魔力の少ないあいつが上級魔法を発動させたところで、その威力は高が知れている。」

俺が発動させる中級魔法にも及ばん。とまたヴァーノンがアルベールを嘲笑う。
しかし、そんな挑発的なヴァーノンには一切反応を返すことなく、アルベールは無表情を貫いている。
その様子が、またヴァーノンの鼻につくようだ。
アルベールがバカにされている上、当の本人は何も言い返さないため、またしても私がムッとする。

「いいの!アルは闇属性が使えなくても、魔法の威力が弱くても、剣は最強だもん!」

そう反論した私に、ヴァーノンは挑発的な笑みを消し、不満そうにアルベールを睨みつけた。

「ふん、まぁいい。」

そう言うと、ヴァーノンはアルベールから視線を外し、私に向き直る。

「まずは魔力を操る感覚を教えよう。おいで、リゼット。」

普段より少し優しい表情を浮かべながらしゃがみこんだヴァーノンが両手を広げて私を招く。
少し空いていた距離を縮める。

「……もっとだ。」

明らかに手の届かない距離で立ち止まった私に、堪らずヴァーノンが告げた。

ひょこっ
私がまた一歩ヴァーノンへ歩を進める。

「……もっとだ。ここまでおいで、リゼット。」

そう言って、ヴァーノンが広げた手をひらひらと振る。

文字通り、敵の懐に飛び込むなんて、そんな恐ろしい……!
勇者とともに私を追い詰めるヴァーノンを思い浮かべ、思わず背筋が寒くなる。

そう思いつつも、今はそうするしかないと意を決してヴァーノンのすぐ目の前まで近づいた。
完全に彼の腕の届く範囲だ。

間近で見る彼は、つり目がちな目がやはりこわい。
ただ、その顔は非常に整っており、変な先入観さえなければかっこいいなと思うし、恐怖心より照れや恥じらいの方が勝っていたことだろう。

「来たよ、お兄ちゃん!」
「っ、」

ヴァーノンのすぐ目の前でそう告げると、ヴァーノンが私から顔を逸らした。
逸らされたことでよく見えるようになった少し尖った彼の耳が赤く染まっている気がする。

「か、かわいすぎる……!」
「え?」

大きく顔を背けたまま、ボソリと呟くようにヴァーノンが何かを言った。
上手く聞き取れなかった私は、首を傾げながら彼に問いかけた。

「い、いや、何でもない!」

そう否定したヴァーノンは、取り繕うように咳払いをした後、逸らしていた顔を私に向けた。

「今からお前に俺の魔力を流す。」
「魔力を?」
「あぁ。魔力の流れる感覚を覚えるんだ。次はその流れを自分一人で管理できるようにするためにな。」
「ほう。」
「万が一気分が悪くなったら我慢せずに言え。」
「気分が?」
「あぁ。相性が悪い者の魔力を体に流すと猛烈な吐き気や頭痛に襲われる。」
「えぇ・・・」

ヴァーノンの言葉に不安を覚える。
だってどう考えても自分を死に追い詰める相手と相性がいいとは思えない。

そんな私の不安を感じ取ったのか、ヴァーノンが続けて口を開く。

「まぁ、腹違いとは言え血の繋がった者同士だ。魔力の波長はそう大きく違わん。もしも相性が悪かったとしても、おそらく違和感程度だ。」
「そっか!」

ヴァーノンのその言葉にホッとした。
私の返事を聞いたヴァーノンは、私の手を取るとその指を絡めた。
私のより何倍も大きい手だ。

「では始めるぞ。」

ヴァーノンがそう言うと、程なくして繋いだ手から暖かい何かが流れ込んでくるような感覚が訪れた。

「わぁ……」

思わずと言ったように、声が漏れた。
私はヴァーノンに言われたことを思い出し、今のこの感覚を覚えようと目を閉じて集中する。

右手から流れ込んで来た暖かいものが、私の全身を巡ったあと、左手から流れ出ていく。

今、私の両手を繋いでいる人は、将来私を勇者とともに死に追いやるかもしれない人だと言うのに、気分が悪くなるどころか、暖かくて心地よいそれに安心感すら覚える。

しばらくの間、その心地よさに癒されながら魔力の流れる感覚を自分に覚えこませる。
だんだんと、流れ込んでくる暖かいものが少なくなってきたのに気づく。

もうちょっと、この感覚を味わいたい。

「!」

一瞬、繋いでいた手がピクリと跳ねたのを感じたが、私は構わず心地よい感覚に身を任せた。
私の中を巡った暖かく心地よいそれを、繋いだ手を通じてヴァーノンへと送り出し、輪をイメージするように、ヴァーノンの中を巡って、また繋いだ手から受け入れる。

「はぁ……っ、リゼット、もう……っ!」
「!」

ハッとして目を開けた瞬間、私の中を巡っていた暖かい流れが止まった。
目を開けた瞬間に私の視界に飛び込んできたのは、なぜか真っ赤な顔で苦しそうにしているヴァーノンだった。
流れが止まった瞬間、ヴァーノンは繋いでいた手を解くとバッと立ち上がった。

「え?え?どうしたのお兄ちゃん!?」

立ち上がった瞬間に、背を向けられたため、ヴァーノンの顔を見れたのは一瞬であったが、顔を耳まで真っ赤にし、その呼吸は荒く、額には汗が滲んでいた。

私が目を閉じている間に一体何が!?

ただならぬ様子だったヴァーノンに、思わず駆け寄り背を向けていた彼の足にしがみつき、その顔を見上げる。

「お兄ちゃん……?」
「完、璧だ……。」

口元を抑えながら、私の視界からどうにか外れようと斜め上へと顔を逸らしながらヴァーノンが言う。

「え?」
「自、分の魔力を、操作していただろう。」

ヴァーノンは、自分の中に流れ込んできたリゼットの魔力に、全てが満たされるようなこの上ない幸福を感じ、性的な興奮すら覚えるほどの快感に襲われていた。
このままでは理性が飛んでしまうと限界を感じた瞬間、リゼットに呼びかけたのだ。
もはや暴力に近いほどの快感を与えられたヴァーノンは、それをなんとかリゼットに悟られぬよう全力で己の中の熱を沈める。

「え!?そうだったの!?」

どうやら私は無意識のうちに自分の魔力を流していたらしい。
そこで、私は気づいた。

「お兄ちゃんには私の魔力が合わなかったんだね?!」

私がヴァーノンに魔力を流してもらった時は、心地よささえ感じていたと言うのに、その逆は相性が悪いなんてことがあるのか。

「いや、合いすぎ…………そうだな。俺には相性が悪かったようだ。」

否定したところで、先ほどの自分の様子について説明することができないと感じたヴァーノンは、リゼットの言葉を肯定した。
多少落ち着きを取り戻し始めたヴァーノンは深呼吸を繰り返した。

「ごめんなさい……。」

私は心地よかったため、ヴァーノンの様子など全く気にしていなかった。
無意識だっただめ、いつから私の魔力を巡らせていたかはわからないが、目を開けた瞬間のヴァーノンの様子から、限界まで我慢していただろうことが容易に想像できる。

「あ、いや、リゼットは悪くないんだ。謝らないでくれ。俺の方こそすまない……。」

先ほど深呼吸をしていたようだったヴァーノンは、大分いつもの調子を取り戻したようだった。
しかし、なぜヴァーノンが謝るのだろうか?
私が小首を傾げていると、ヴァーノンが続けて口を開いた。

「リゼット、今後決して他者に魔力を流さないでくれ。」
「え?」

ヴァーノンが真剣な顔で私に言う。

そ、そんなに私の魔力は気分の悪くなるようなものなのか……!

私はちょっとショックを受けながら、ヴァーノンの言葉に「はい……」と静かに返事を返した。
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