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【第1章】魔王城脱出編
9.OL、昔の過ちを繰り返したくない
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私が4才になったばかりのある日。
私は魔王城城内を走り回っていた。
「きゃはは!」
「リ、リゼット様お待ちください!」
その日は珍しくアルベールがマティスに呼び出され、私の元を離れていた。
その時の私にはたくさんのメイドや護衛がつけられていたが、そんな彼ら彼女らの静止も聞かずに私は自室を飛び出し城内を走り回る。
普段私に付いてくるのは基本的にアルベール一人だが、今日はたくさんの従者が私に付いて回っていた。
場内を走り回っている今も、その大勢の従者が私を追いかけるように付いてきており、当時の私はそれがなぜか面白かった。
「きゃっ?!」
「リゼット様!」
もしアルベールほどの優秀な護衛が付いていたら未然に防げていたかもしれない。
だが、今日はその彼がいなかった。
走り回っていた私は、曲がり角で突然出てきた魔族に勢いよくぶつかってしまった。
ぶつかった相手も急いでいたようで、その衝撃は4才の体にはあまりにも大きく、私は後ろに大きく飛ばされた。
後ろから追いかけてきていた護衛の一人がなんとか私が地面に落ちる前に受け止めた。
「大丈夫ですかリゼット様!」
私を抱きとめた護衛が焦ったように私に言う。
しばらくの間、放心状態でその護衛を見つめた私だが、数秒後に大きな声を上げて泣き始める。
「う、うわぁあああああああああああああああん!」
私にぶつかった魔族は唖然としているが、その体は震えている。
「何事だ!」
「リゼット様!」
「リゼット!」
私の泣き声が聞こえたのか、マティスとアルベール、ヴァーノンの三人がすぐにその場に駆けつけた。
「あぁ可愛いリゼット!かわいそうに、どうしたというのだ」
マティスが護衛から私を受け取り抱き上げると、私に添えた手でポンポンとあやすように私を優しく叩く。
「わぁああああああん!」
マティスの問いかけには答えず、私は大声で泣き続ける。
「わ、私がリゼット様に・・・ぶつかり、ました。」
私にぶつかった魔族が、震えた声でそう言った。
その瞬間に、周囲の空気が重々しいものに変わり、長い廊下にある窓ガラスが派手な音を立てて一斉に割れた。
周囲にいたメイドたちがその場に卒倒する。
なんとか護衛たちは意識を保てているが、その場に膝を付いて額には脂汗を滲ませている。
「貴様……!」
アルベールが私にぶつかった魔族に剣を向ける。
マティス、ヴァーノン、アルベールの3名から一斉に殺気を向けられたその魔族は腰を抜かし、ガタガタと体を震わせている。
「も、申し訳ございません!私はリゼット様になんということを……!」
震えた声で魔族が謝罪を述べるが、その場にいる誰も怒りが治る様子はない。
「うっ……うっ……ぐすっ……」
「リゼット、ちょっと待っていろ。」
そう言うとマティスは、私を一撫でして私の身をヴァーノンに預けた。
そして剣を抜いていたアルベールを一歩下がらせると、自らがその魔族の前に出る。
「ま、魔王様……!申し訳ございません……!し、死んでお詫びいたします……!」
「当たり前だ。」
「あ゛ぁっ……!?」
剣を持っていなかったはずのマティスだが、一瞬で剣を象った闇属性魔法を発動すると、何の躊躇いもなくその禍々しい剣を魔族に突き刺した。
「う゛っ……、当、然の……報いで、す。しかし、リ、ゼット、様……」
魔王の剣に貫かれたその魔族はボタボタと血を流し、息絶え絶えに最後の力を振り絞り私の名前を呼んだ。
ヴァーノンの腕に抱かれたままぐずっている私は、ちらりと彼に目をやる。
「どう、か……最後に、お許しの言、葉を……」
「…………」
リゼットに許されぬまま死ぬのは、何よりも苦痛であると魔族が訴えたが、それに対して私が言葉を返すことはなかった。
それどころか、血を吐きながら言葉を紡いだ今にも死にそうな魔族を、私は冷めた目で冷たく見下ろしていた。
「リゼットを泣かした罪をお前ごときの命で償えると思うな。」
「がはっ……」
非情にも、マティスが持っていた剣を振り下ろし、その魔族に止めを刺した。
あまりにも残虐非道な行いであったが、周りにいた城の者たちは一同に魔王に称賛を送った。
「リゼット様を泣かせた者など、死んで当然だ!」
「死んでも足りねぇ!」
「リゼット様に何ということを……!」
「リゼット様、お可哀想に……」
万が一、この時の私に前世の記憶があれば、この異様な光景に怯えていたことだろう。
それに、意地でもこんな事態にはさせなかった。
しかし、その時の私に前世の記憶はなく、私はただ純粋な魔族の一人だった。
真っ赤な大量の血だまりの上で動かなくなった魔族を見下ろしながら私は、
「ねぇパパ、きょうのおやつはなに?」
と尋ねたのだった。
——————————・・・・・
思えば、あの日からアルベールは何があろうと私の側を離れなくなった。たとえ、マティスの呼び出しがあったとしてもだ。
涙目の私を抱き上げたアルベールはそのまま立ち上がると、器用にも左手で私を支え右手で背後にいた魔族に剣を向けた。
「貴様だな?」
「ひっ……!?」
私の背中を押してしまったでだろう魔族が、アルベールの殺気を一身に浴び、腰を抜かして失禁した。
私の存在を認識した街の魔族たちが、腰を抜かして怯える魔族に向かって罵詈雑言を浴びせる。
「リゼット様に怪我を負わせただと……!?」
「あぁ……!リゼット様の高貴な血が……!」
「殺せ!」
「いや、生きたまま全身の皮を剥げ!」
「手足を引きちぎれ!」
「決して許されない所業だ!」
まずい。
目の前の出来事が、数年前の出来事と重なる。
「お、俺、は、何という、ことを……っ、」
アルベールと向き合う形で抱っこされている私はアルベールの背後しか視界に入れることはできないが、剣を向けられた魔族からガチガチと歯がぶつかる音が聞こえるため、その人を見なくてもかなり震えていることがわかる。
「せめてその命を持って償え。」
そう言ったアルベールが手にしている剣を振り上げる。
「待ってアル!」
涙が滲んだ瞳をこすると、私はアルベールに静止をかけた。
その声に、ピタリとアルベールが動きを止める。
「殺しちゃダメ!」
「……この者はリゼット様に怪我を負わせました。」
「ちょっとだけね!」
「大小は関係ございません。リゼット様に血を流させた者を生かしてはおけません。」
そう言うとアルベールは振り上げた剣を振り下ろそうとする。
「待って待って!」
アルベールに抱っこされたままの私は、両足をバタバタと動かし何とか彼に訴えかける。
彼の左肩にしがみつくように抱っこされていた私は、両手で彼の肩を押し私と彼の間にスペースを確保すると、自らの左手をアルベールの右肩へ伸ばし、彼の真正面から抱きつくような姿勢をとった。
これ以上ないくらいの近距離で私はまっすぐに彼を見る。
そのシルバーアッシュの瞳は、今もまだかなりの怒りを含んでいる。
「お願い、殺さないで。」
「……」
彼の怒った瞳をまっすぐに見つめ続ける。
「…………」
「………………はぁ。」
しばらく見つめあった結果、アルベールが諦めたようにため息を吐くと、手にしていた剣を鞘へ納めた。
そんな彼に、私はホッと胸を撫で下ろす。
「ありがと、アル。」
「・・・お礼を言われるようなことは何一つしておりません。」
そう言ったアルベールの瞳は、いまだに少し怒りの色を残している。
「わ、」
アルベールは私を左側に抱え直すと、先ほど剣を向けていた魔族の方へ歩を進めた。
「リゼット様の寛大な御心に感謝しろ。」
アルベールは、あまりにも冷たく鋭い視線を向けながらそう言い捨てた。
言われた魔族は、泣きながら土下座をし「は、はひぃ・・・!」と言葉にならない返事をした。
それを見下ろしたアルベールは舌打ちを一つこぼし、魔王城へ向けて歩き始めた。
アルベールの舌打ちを聞いたのは始めてだった。
「あ、みんなも許してあげてねー!」
アルベールに抱っこされたまま、アルベールの背中側を向いている私は、去り際に集まっていた住民達に声をかけた。
皆私に怪我をさせた魔族に怒っていた様子だったが、私の言葉に逆らうことはできず、未だ土下座をしたままの魔族にそれ以上罵声を浴びせる者も、害をなそうとする者もいなかった。
「アル」
「…………」
「アルー」
「…………」
抱っこされたまま、私は魔王城への帰路に付いている。
私の呼び掛けにすら反応を返さないアルベールは黙々と歩を進めている。
「怒ってるの?」
「はい。」
怒ってた。こわい。
「ごめんね?」
「いえ、決してリゼット様に怒っている訳ではございません。」
そう言うと彼は立ち止まり私をその場に下ろすと、私の目の前に跪いた。
「アル?」
「私の不注意でリゼット様にお怪我を負わせてしまいました。申し訳ございません。」
「えぇ?!」
「私はリゼット様をお守りできなかった自分自身に怒っております。私はリゼット様の護衛失格です。」
そこまで言ったアルベールから、私は彼が次に言うであろうセリフが容易に想像できた。
「どうか、私にば————」
「罰はないからね!!」
「……リゼット様」
やっぱり。
アルベールはすぐに私に罰を要求する。
「今回ばかりはそういうわけにも参りません。リゼット様の血が流れております。」
「そんな大げさな……」
たかが転んで擦りむいただけの小さな怪我だ。
前世の子供の頃ならこのくらいの怪我、日常茶飯事だったというのに。
「それにリゼット様、罰をいただけないというのは償うことができないということです。罰をいただけた方が私にとってはありがたいのです。」
どうか、どのような罰でも。と続けるアルベールに、「そっか、じゃあ」と私が口を開く。
「罰がないことが、アルへの罰ね!」
「…………」
ドヤ顔で言ってのけた私に、アルベールは返す言葉が見つからないようだった。
「じゃ、そういうことだから。早く帰ろう、アル。」
「……はぁ。リゼット様には敵いませんね。」
アルベールはそう言うと立ち上がり、私に手を伸ばした。
「怪我が痛むかもしれません。城までお連れいたします。」
「わっ」
そう言ったアルベールが、私を今度は姫抱きにした。
おぉぉ……!これが噂に聞くお姫様抱っこ……!しかも超絶イケメンによるそれだ。
さっきまではアルベールの背後が見えていただけだったが、この体勢は常に彼の整った顔が見えるし、ちょっと彼が下を向くだけでバッチリ目が合ってしまう。
これはちょっと照れるぞ……?
「ふへへ」
思わずだらしない笑い声をこぼしてしまった。
気持ちの悪い笑みを浮かべた私に、アルベールがちらりと視線を寄越した。
すると、思っていた通りバッチリと彼と目が合う。
あ、笑った。
それは、普段ほとんど無表情を貫いている彼には、非常に珍しい表情だった。
そして、毎日一緒にいる私だからこそ気付けた小さな笑みだ。
しかし、彼が笑ったのは一瞬で、すぐにいつもの無表情に戻ると、また真っ直ぐ前に向き直った。
貴重なものを見た気がする、と私は少し嬉しくなった。
それなのに私は、ふと悲しい事実を思い出す。
せっかく買った飴菓子を、たった一舐めしかできなかったと言うことを。
その後、城に帰った私を見て、城の者が悲鳴をあげて騒ぎ立てたことは言うまでもない。
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