【完結】斎国華譚 ~亡朝の皇女は帝都の闇に舞う~

多摩ゆら

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龍昇編

3、春蘭と松雲-1

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 薫風楼の妓女見習い、春蘭の仕事は多岐にわたる。

 朝起きたらまずはこの店での姉であり師でもある藍良の居室を整え、自分の食事もそこそこに今度は芸事の練習に励む。
 昼食が済めば通常ならひと時の休憩時間が与えられるか藍良の手伝いをして過ごすのだが、今日は下働きの人手が足りず裏門の清掃を任されてしまった。しかし生来せいらい勤勉な春蘭は文句を言うこともなく、人気のない裏門付近を丁寧にほうきではく。

「ああ、春蘭。掃除中か、お疲れ様」

 ゆったりした足音が近付いてきたと思ったら、頭上から声をかけられた。顔を上げると、見知った人の姿に春蘭は目を見開く。

「あ、松雲様……! どうされたんですか?」

「ああ、少し買い物に出ていてな。……そうだ、そこで飴細工を買ったんだ。こっちの丸いやつは雪華にやるつもりなんだが、良かったら春蘭もどうだ?」

「よろしいのですか?」

 薫風楼を通りがかったのは、雪華の同僚である陶松雲だった。市井にいても何かと目立つ航悠や雪華に比べるとだいぶ朴訥ぼくとつとした――悪く言えば地味な容姿の男性だが、組織の中では古株で、三番手にあたる人物らしい。
 その松雲が飾り気のない笑みで差し出した棒付きの飴細工に、春蘭はぱっと顔をほころばせる。

「あ――、うわぁ。可愛い……! 白鳥ですね。綺麗な細工……」

「雪華は味にはこだわるが、そういう細工物にはあまり興味を示さないからな。溶けないうちに食べてくれ」

「はい。ありがとうございます」

 手の中の飴細工は、純白の鳥がまさに今羽ばたかんとしていた。その美しい造形を春蘭が返す返す見つめていると、松雲がふと妓楼の二階を見上げる。

「……? 誰か二胡を弾いてるのか? こんな時間に珍しいな。練習か?」

「……あ。そ、そうでした。松雲様、もし蒼月楼にお戻りでしたら、一つお願いしてもよろしいですか?」

「ああ。なんだ?」

 掃除と松雲の来訪ですっかり頭から抜け落ちていたが、今日はもう一つ用事を頼まれていたのだった。二階から途切れ途切れに聞こえる二胡の音を背景に、春蘭は襟に挟んだ文を松雲に差し出す。

「あの、この文を……雪華様に届けて頂けませんか。わたしが行こうと思っていたのですが、今ちょっと手が離せなくて……」

「なんだそんなことか。もちろんいいぞ」

 快活にうなずき、松雲が文を受け取ってくれる。その紙の色ときしめられた香に、敏い彼はすぐにぴんときたようだった。

「あ――。もしかしてまた、あの……?」

「はい。……『あの』お方です。とっても素敵な方なんですよ!」

「何度も妓楼の部屋だけ借りるとは、ずいぶんと豪勢な男だな……。一体どこで知り合ったんだ」

 『あの』を強調して告げると、松雲が呆れたように笑う。二人の間だけで通じる秘密がまた増えたようで、春蘭は笑みを隠し切れない。

「分かった、じゃあ渡しておくな。春蘭も頑張れよ、また何か買ってきてやる。今日は雪が降りそうだから風邪引かないようにな」

「あ、は、はい……! あの……また、お声をかけて下さいね」

「ああ。じゃあな」

 ひらひらと手を振って松雲が歩いていく。妓楼にそれ以上の用などないとばかりにあっさりと立ち去る彼を見送り、春蘭は熱っぽい声でつぶやいた。

「………松雲様……」


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