【完結】斎国華譚 ~亡朝の皇女は帝都の闇に舞う~

多摩ゆら

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龍昇編

24、最後の夜

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「りゅうしょ……っ、ん……、んっ!」

 ためらいなく唇を重ねた龍昇は、すぐに荒い情欲をあらわにした。
 半開きにしていた唇の隙間から素早く舌が潜り込んでくる。その性急さに雪華は目を見開いた。

「は……、んん……ッ!」

 舌を絡め取られ、口内を蹂躙じゅうりんされる。一度も唇を離さないまま、口付けは一気に深くなった。

「は……、雪華……っ」

「んう……っ、ちょっ……と、待て……」

 乾いた唇を濡らされ、驚きに固まった舌を根元から先端まで奪うように吸われる。先日よりもずっと激しいそれに、頭の芯が溶けていく。
 息苦しさから逃れるように唇を振り切っても、すぐに追いかけられてまた奪われる。そんな事を繰り返しているうちに龍昇の手が腰から背をなでるようにさかのぼり、うなじをさらりと撫ぜた。

「ふっ……」

 その手が顎に回り、首筋をなぞり、襟の留め金をあっさりと外したのを感じ取って、雪華はいよいよ慌てて龍昇を押しのけた。

「ちょっと……待て! せめて寝室に……!」

「無理だ。もう待てない。……抱きたい、今すぐに」

「ッ……」

 耳元で落とされた、湿った低い声にゾクリとくる。思わずほだされそうになるが、強く首を振った。
 ここは龍昇の私室ではあるが、寝室ではない。先ほど雪華が覗いたように、その気になれば外からも見える。ついでにそばにあるのは寝台ではなく、硬い机だけだった。

「わ……私は、こんな所は嫌だ」

「俺は気にしない」

「私は気にする! 外から丸見えだろう! ……とにかく、ここは嫌だ」

「そう、か……。……寝台だと余計止まらなくなるが」

「は……?」

「そんなに寝台がいいなら、望み通りにしよう」

「な――。そういう意味じゃ……、あっ!」

 急に抱き上げられ、語尾が跳ね上がった。床が遠くなり、夜着をまとった首に思わずすがりつく。
 龍昇は足早に歩くと、続きの間の扉を足で開いた。几帳面な彼らしからぬ荒っぽい行動に胸が早鐘を打つ。

「あんたな……!」

 寝室に連れ込まれると、静かに寝台に横たえられた。皇帝が休むにふさわしい、天蓋付きの豪奢な寝台だったが今は悠長にそれを観察する余裕はない。
 顔を覗き込まれ、すぐに次の手がくるかと身構える。だが予想に反し、雪華を組み敷いたところで龍昇の動きはふっと止まった。

「……龍昇?」

「……本当に、いいのか」

「何を今さら……」

 寝台に押し倒すまでしておいて、何を言ってるのか。だが龍昇はこの上なく真剣な顔で、先ほどまでの性急な動きが嘘であったかのように低く口を開く。

「俺は、あなたを城から追いやった張本人の息子だ。俺があなたを想う気持ちには一片の嘘もないが、あなたにとっては、こんな男に抱かれるのは――」

 ……屈辱ではないのか。
 濁した言葉尻が、そう語っている。

 どこまでも自分の気持ちを抑えて、踏み込んでくるのを最後までためらう男に、かすかに苛立った。
 無性にその壁を突き破ってほしくて、龍昇の肩に手をかけるとぐっと力を込める。そのまま体を反転させると、雪華は素早く龍昇を組み敷いた。

「雪華!」

「……そんなこと、どうでもいい」

 いつまでも動かない男にれて、夜着の襟を乱暴に肌蹴させた。あらわになった意外にたくましい上半身に、ひそかに息を呑む。
 引き締まった中にもしっかりと筋肉のついた体から目を逸らさずに、噛み付くように龍昇の首筋に顔を埋めた。そのまま耳元まで舐め上げて、息を吹き込む。

「……っ。雪華……」

「はっきりしない奴だな。強引に抱いて、『俺のものになれ』ぐらい言えないのか? それとも斎国の皇帝は、迫られないと女を抱くこともできないか」

「……っ」

 あからさまな挑発に、組み敷いた体がぴくりと反応した。それをまた押さえつけて、舌での愛撫を再開する。
 どうすればいいかなんて、はっきり言って分からない。とりあえず、思いつく限り触って、舐めてみる。

「……ッ。雪華……」

 雪華の愛撫に龍昇は抗わなかった。絹の敷布に裸の上半身をさらし、なすがままになっている。
 小さな乳首を舌で転がしていると、頭上からくぐもった吐息が漏れてきた。同時に、手を這わせていた腹筋が小さく波打つ。

 どんな顔をしているのだろうか。
 誘惑に抗えず雪華が顔を上げると、頭を柔らかく掴まれ顔を突き合わされる。

「あなたは……」

 黒い瞳に自分の顔が映る。困惑の奥に、情動が揺れている。
 いまだその瞳に残る理性を突き崩してやりたいと、熱に浮かされた頭で強引に口付けた。

「んっ……、……龍昇……」

 誘うように舌を潜り込ませると、すぐに熱い舌に絡め取られた。腰を掴まれたと思った瞬間、視界が反転してあっさりと押し倒される。

「……もう、我慢も限界だ」

「ずいぶん早い限界だな」

「煽らないでくれ」

 ……やっと、邪魔な理性それを打ち砕くことができた。雪華が意地悪くほくそ笑むと、顔を赤くした龍昇が眉を歪める。

「自分はもっと、自制心の強い人間だと思っていた。……けれど駄目だ。あなた相手には、歯止めが利かない」

「そうか? あんた、再会した時から結構強引だったぞ。わりと無茶苦茶するしな」

 揶揄やゆすると、龍昇は苦く笑った。雪華の頬に口付け、ねっとりとこめかみまで舐め上げる。
 チャリ、と耳元で小さな音が鳴って龍昇は少し顔を離した。

「これ……前も着けていたな。真珠の耳飾り」

「……? ああ」

 自分からは見えないが、今日の雪華の耳には真珠が揺れていた。あの祭りの日に自分で買い、いつの間にかお気に入りになってしまったものだ。
 龍昇はしばらくそれを眺めていたが、おもむろに顔を寄せると唇で雪華の耳を引っ張った。普段他人にされることのない、するりと金属が抜けていく感触に肩をすくめる。

「あなたに似合うが……外させてもらう。触れ合うには、飾りは邪魔だ。服も、全部。俺は、すべてを脱ぎ捨てた素のあなたが見たい」

「……服や耳飾りに、嫉妬か?」

「……っ。……悪いか」

 思いついた理由を口にすると、図星だったのか龍昇が少し赤くなる。雪華がまとうものすべてが邪魔とは、盲目的で――そしてどこか、可愛くもある。

 口付けたまま、龍昇は器用に雪華の服を脱がせていく。脱がせやすいように腰を浮かせてやりながら、雪華も龍昇の腰紐に手を掛けた。
 あっという間に二人とも一糸まとわぬ姿になると、雪華は龍昇にしがみついた。自分よりも少し体温の高い素肌を、全身で味わう。

「は……。あんた、熱いな」

 龍昇の肌は少し湿っていて熱っぽかった。重い冠と豪奢な衣を脱ぎ捨てれば他の人間となんら変わることのない、ただの男になった彼を雪華は抱きしめる。

「……裸になれば、皇帝も姫もない。そんなことは今さら、どうでもいいんだよ。ただ私が、あんたに抱かれたいだけなんだ」

 恥ずかしいのをこらえて耳元で言ってやると、龍昇はごくりと喉を鳴らした。お返しとばかりに耳に唇を押し当てられ、息を吹き込まれる。

「ん……」

「悪い、そこまで言われたら手加減できない。俺だって……ずっと、あなたを抱きたかった」

 掠れた低い声で囁かれ、ぞくりと体が震えた。龍昇の唇はそのまま首筋をたどり、熱い舌が鎖骨をなぞる。
 その、迷いのない――悪く言えば手慣れた動きに、雪華は小さく笑った。

「ん……。……堅物皇帝も、さすがに童貞というわけではなかったか」

「っ……。そういうことを、女性がはっきりと言うものではない」

「それは失礼。育ちが悪いものでな。……相手は誰だ? 女官か? それとも妓女か」

「だからそういうことを、こういうときに――」

 少し気まずげに口をつぐんだ龍昇が、唇を引き結んだまま雪華をじっと見下ろした。

「……あなたも、初めてではないな」

 ――それはそうだ。あれから何年が経ち、どんな生き方をしてきたと思ってる。
 口にこそ出さないが、動じない雪華の態度に龍昇の瞳が少しばかりかげる。それを見て雪華はまた苦笑してしまった。

「……そんな顔をするな。嫉妬されてるみたいだ」

「『みたい』ではなく、嫉妬している。……悪いか」

「あんた、意外と執念深いな……」

 過去は消せない。離れていた期間を今さら埋めることはできない。
 けれど、二人がそれぞれの道をこうして生きてこなければ、再び交わることもなかったはずだ。

「仕方ない。この歳にならなければ、きっとこうして抱き合うことはできなかった」

「……そうだな」

 いささか情緒を欠いたやりとりの合間にも龍昇の手のひらは脇腹をくすぐり、両胸を包み込んで止まった。
 鎖骨から唇が流れたと感じた瞬間、谷間にチリっとした痛みが走る。

「……っ」

 目をやると、胸の中心に刻まれたくっきりとした痕が見えた。そのまま雪華に見せ付けるように、頂点を口に含まれる。
 なめらかな舌で乳首を転がされ、そこが硬くなっていくのが自分でも分かった。快感と言うには弱いけれど、むずがゆいような感覚が体の奥から湧いてくる。

「ふ……っ。……案外、手慣れているな……」

「だからそういう発言は――。…………。……雪華」

「ん…?」

「あなたは、その……どういう男が、好みだろうか」

「……? 抱き方の話か?」

「いや、そういう直接的なことではなく――」

 胸元から見上げてきた男が、眉を寄せて押し黙る。その意図を解し、龍昇の黒い髪をきながら雪華は唇をつり上げた。

「さあ……。言い寄られるまま、適当に付き合ってきたからな。……ああ、でも、嫌いな男だったらはっきり分かる」

「……っ。どんな男だ」

「生真面目で融通が利かなくて、かつ自分が正しいと思っているような、清廉潔白な男。あとはめかけの一人も持たないような甲斐性なしかな」

「…………。それは、もしや――」

 龍昇の顔が渋る。雪華は小さくふき出すと、少しだけ優しい声で続けた。

「ふ。……昔は、そうだった。今がどうかはあんたが考えろ」

「……っ。あなたは……意地悪だな」

「世間の荒波に揉まれてきたんでな。……っ、ん、……は……、そこ……っ…」


 手のひらが肌の上を滑るように動き、触れられた所から熱が生まれてくる。
 喋るのをやめて、その感覚を体が貪欲に追い始めた頃、龍昇の手が脇腹の一点ですっと止まった。

「この傷……」

「? ……あ……」

 龍昇の視線につられて目をやると、自分の脇腹から背中にかけてうっすらと残る、大きな傷跡が目に入った。

 雪華の体には、最も大きなこの傷をはじめとして無数の傷痕が残っている。それは修行中に負ったものだったり、裏稼業中にヘマをして傷つけられたりした痕で、痛みは癒えても痕が残ってしまったものたちだった。
 月明かりではそう目立ちはしないだろうが、光の下で見れば肌は傷だらけだろう。中でもこの傷は――

「火傷……」

「ああ。……嫌か?」

「まさか。でも、これは――」

 口をつぐんだ龍昇に、黙って首を振った。
 龍昇はきっと、気付いたのだろう。この傷は、かの内乱のときに負ったものであると。

 父を奪い、母を奪い、皇女としての人生も奪ったあの夜のことは、今でも忘れられない。けれど――

「大丈夫だ。もう痛くないから……。きっと一生残るだろうけど……あんたに会ったから、痛くなくなった」

 傷は傷として、消えないだろう。表面的にも、そうでない意味でも。
 けれど新しい記憶が積み重なり、痛みは確実に小さくなっていく。雪華自身でさえも気付かなかった心の奥底の鈍い痛みすら、この男がすべて洗い流してしまった。

「だから、少し見た目は悪いが、我慢してくれよな」

「……俺は何も我慢する必要なんてない。どんな傷も、あなたの一部だ。俺にはすべてが愛しい」

 龍昇は、火傷の痕に口付けを落とした。祈るように目を閉じて静止した後、そのまま丹念に傷を舐めあげる。薄い皮膚が、他の場所より鋭敏にその感覚を伝えた。

「ん……」

「……あなたは、綺麗だ。どこもかしこも綺麗で――。でも、俺だけの痕をつけて……俺だけのものにしたいと、ずっと思っていた」

 独り言のように、龍昇が小さくつぶやく。
 ……龍昇が再び明かした、独占欲。それは雪華に切ないような喜びを与えた。

「……あ……」

 片手は胸を揉みしだき、もう片手が膝裏から内腿へと上がってくる。そのまま秘所へ落ちると思われた手は、予想に反して内腿を何度も往復した。

「龍昇……っ」

 そのじれったい刺激が物足りなくて、相変わらず傷痕を舌でなぞっていた男を睨み付ける。龍昇は眉尻を下げ、雪華の顔を見上げた。
 さっきの真剣な顔はどこへ行ったのか――口の端をにやりと上げ、再び口付けられる。

「その顔、すごくいい。……可愛いな」

「な……っ。可愛いとか言うな!」

 情欲を滲ませ、唇が付くか離れるかの至近距離で告げられた睦言に雪華は耳まで赤くなった。

(なに恥ずかしいこと言ってるんだ、こいつは!)

 どうにも自分だけ翻弄されているのが悔しくて、太腿あたりで存在を主張し始めている雄にそっと手を伸ばす。

「っ……」

 びくっと腰を引いたのを引き戻して、さらに指を絡めて擦り上げていく。手の中の熱い剛直が、ドクドクと脈打つのが伝わった。

「く……っ」

 龍昇が眉根を寄せて苦しげに息をつく。その顔がぞくっとするほど色っぽくて、ちょっとした仕返しができたことにほくそ笑んだ。

「……その顔、可愛い」

「っ……」

 わざと唇を吊り上げて言ってみせると、龍昇は憮然とした顔つきで指を解いてしまった。
 雪華の膝に手を掛けたかと思うと、思いきり左右に開く。触れてくるのかと思いきや、内腿に湿った息が触れて雪華はびくっと震えた。

「な……っ、やめっ……!」

「……やめない。煽ったのは、あなただ」

「待っ――、……!」

 静止の声など聞こえなかったかのように、そこに熱く湿った刺激が与えられた。

 ……確かめるまでもない。龍昇の舌だ。茂みをかき分けたかと思うと、ためらいもなく一番敏感な芯に吸い付かれる。

「くっ…、ア――!」

 直接的な快感が、そこから背筋へと駆け上った。指で触れられることもなくいきなり与えられたその強さに、雪華はたまらず身をくねらせる。

「や、ん……ッ。龍昇、ちょっと、待て……!」

「っ……。嫌だ、やめない」

「んっ……。あ、……ああっ…!!」

 舌先で、ひどく敏感になった芯を舐め回される。その度に足に力が入り、腰の奥がぐっと締まるのが分かった。
 ときおり内腿に強く吸い付かれ、痕を残される。追い詰めるように水音が立てられ、体と耳の両方から雪華を犯していった。

「いや、あ……、んん……ッ!」

「声が――。……くそ、可愛すぎるぞ……」

「しらな……。ばかぁ…っ!」

 男と体を重ねた経験はあっても、これはされたことがなかった。高い嬌声を上げさせられた雪華は必死で体を起こし、足の間に顔を伏せている龍昇を引きはがしにかかる。

「待て……。ま……待って…! わ……私も、する、から――」

 未知の経験に翻弄され、気付けばそう口走っていた。
 ……このままでは、一方的に達せられてしまう。自分だけ昂ぶらされるなんて、嫌だ。

 少し快感から逃れたくて引き換えに提案すると、龍昇は驚いたように目を見開く。

「……してくれるのか」

「あ、ああ……。私はもう十分だ。だから、体を――」

 放して、と告げる前に龍昇は雪華を抱えて横倒しになった。自らの体の上下を反転させ、雪華の太腿を抱え上げる。
 目の前にいきなり龍昇の熱が突き付けられ、雪華は予想外のことに目を見開いた。

「……無理はしなくていい」

(そういう意味じゃない……!)

 股の方から、くぐもった龍昇の声が聞こえてくる。すぐにぴちゃりと湿った熱が再び押し当てられ、雪華は強く首を逸らした。

「……っ、う……っ」

 しっかりと太腿を固定され、容赦なく舌を突き入れられる。先ほどとはまた角度が変わり、舐め上げられると歯を喰いしばりたいような快感が押し寄せてきた。
 それをやり過ごそうと、目前の勃ち上がった雄の根元をこわごわ掴む。そして、口に招き入れた。

「ん…む……。っ……」

「……っ、う……」

 ぐ、と龍昇の腹筋に力が入った。雄の匂いのするそれに舌を絡めると、少しばかり意識が自分の腰から逸れる。

 勃ち上がりきった雄からは、すぐに塩辛い先走りが溢れてきた。ぬめる先端を指で撫で、舌を滑らせると足元から荒い息が聞こえる。
 男が感じている様に、隠しきれない興奮が湧きあがった。

「は――。気持ち……いいか?」

「……っ。煽るのは……やめてくれ……。我慢が、利かなくなる……っ」

 余裕のない声にうっすらと笑えたのは、一瞬だった。
 仕返しするように龍昇の舌が強く突き上げてきて、口内の熱を舐め続けることよりもそちらに気を取られてしまう。

「ん、うん……! あっ、や……、あっ…!」

 口から雄がこぼれ落ちる。急激に高みに追い詰められて、行き場をなくした手が龍昇のがっしりとした腰を掴んだ。

「う、くっ……、……ア……!!」

 性急な動きに歯を喰いしばると、背筋が反り返った。
 全身が力み、頭が真っ白になって――数秒後、体から一気に力が抜ける。その瞬間、自分の中からドロリと温かいものが溢れた。

「雪華……」

「……あ……」

 垂れた雫をすくった指が、柔らかく芯に擦り付けられる。快感の名残を強く残した体に、たやすく新たな火が灯った。

「ん……ちょっと、すぐには無理……っ。少し休みた――」

 円を描くように擦られ、嫌がるのかねだるのか、腰がくねる。龍昇が覆いかぶさり、逃れる足を再び大きく開かされた。
 中心に硬いものが宛がわれたと思った瞬間――

「……っ、悪い」

「っ、ん―――!!」

 予告も何もなく、一息に貫かれた。


「いたっ……、ん……!」

 久しぶりの感覚に、押し広げられるような鈍痛が走った。だがしたたるほどに潤ったそこは、なめらかに侵入を受け入れる。
 最奥までずんと穿たれ、龍昇が制止すると雪華は歪む顔で彼を睨んだ。

「馬、鹿……。いきなり、すぎだ……っ」

「すまない……。あなたが、そんな顔をするから……自制できなかった。しかし、きつい――」

 すべてを埋めた龍昇が、眉根を寄せて笑う。足を少し緩めて一息つくと、体内で確かな龍昇の熱と形を感じた。

(これが、こいつの熱さ……。龍昇も、私に包み込まれる感覚を味わってるのか……?)

「……く……っ、あまり、締めないでくれ」

「だって……久しぶりだか――、んっ!」

 彼の熱と形を確かめようと、知らず腰に力が入ってしまったらしい。逃れるように体を引いた龍昇は、雪華の言葉を聞くと遮るように逆に腰を打ち付けた。

「……他の男のことは、言わないでくれ」

「あ、すまない……。ん、あ……ッ」

 あまりに情緒のなかった発言を詫びると、貫いた龍昇が断続的に動き始めた。口付けの雨を降らせながら、濡れた吐息で囁きかける。

「お願いだ。今は、俺のことだけ感じてくれ」

「……ふっ……ん……。あんた、だけだ……っ」

「……っ、何が、俺だけ?」

「龍昇、しか……んんっ……、見てない……っ」

 最初は緩やかだった動きが、段々と早くなっていく。粘着質な水音をまとい、深く浅く揺さぶられる。
 徐々に上り詰めていく体が寝台から振り落とされそうで、意外にたくましい龍昇の背をかき抱いた。龍昇も雪華を抱きしめ、荒い息を漏らす。

「本当に……?」

「ほんと……っ、あ、あっ……でも……っ。私、は――。私は、あんただけのものには、なれない……。んッ、ア……!」

(そして龍昇も――私だけのものには、ならない)


 言うべきではないと思いつつ、冷たい決意を口にした。その瞬間、龍昇が腰を掴み、激しく打ち付けてくる。

「あ……! ん、あ……っ」

「……分かってる。分かっている。あなたは、誰のものにもならない。まして俺のものでもない……っ」

 目を開けると、龍昇は眉を歪めて雪華を真上から見下ろしていた。その視線で雪華を捕らえながら、彼は苦しげに告げる。

「だから――、俺が、あなたのものになる。斎国の皇帝は民のものだが……あなたを抱く、この男は――。胡龍昇は、あなただけの、ものだ……っ」

「――っ! 何言って……! おい、ちょっと待てっ」 

 片足を掴まれたかと思うと、龍昇の肩に乗せられる。続いて、もう一方も。
 限界まで曲げられた関節と一気に深くなった結合が苦しくて、たまらず龍昇の首にすがりついた。

「龍昇、苦し……っ。深い……!」

「愛してる。……名を、呼んでくれ。あの頃のように……、っ」

「龍昇……っ。は、あ……っ、龍昇……!」


 獣のようにひたすらに、龍昇は雪華を貫いた。
 彼にこんな一面があるとは知らなかった。寡黙な男の叩きつけるような情熱に、視界が潤む。

 ……苦しい。苦しいのに、体は貪欲に快楽を追い続ける。
 龍昇が腰を打ち付けるたびに濡れた水音と、自分のものではないような声が漏れた。

「龍昇っ……。あっ、あっ……! 龍、昇……ッ」

「く……。雪華、……雪華……っ」

 ――龍昇。今はほとんど呼ぶ者もない、ただの男としての名を雪華は何度も呼ぶ。
 孤独な玉座に君臨する、ただ一人の愛しい幼馴染の名を。

「あっ! んん…ッ、あ……っ! 龍昇っ……!」

 頭の天辺が真っ白に霞んでくる。喘ぎに濡れ、掠れた自分の声が耳から雪華を犯した。
 もう、何も考えられない――!

「雪華……っ!」

「……ッ! あ、あ…! や……ッ!!」

 まぶたの裏が白く明滅し、体が固く反り返る。
 それに刺激されたのか、動きを止めた龍昇の体が二、三度震え――体内に熱い感覚がほとばしった。


「あ……」

「っ……、雪華。……雪華……っ」

 脱力して敷布に沈む体に、龍昇の重みがかかった。しばらくお互い荒い息を吐き、ぐったりと身を預け合う。

「……っ、…………」

「は……、っ………」

 今、気付いたが――寝台からも枕からも、龍昇の伽羅きゃらの香りがした。
 清々しいそれに淫靡な情事の香りが混ざり、今さらながらにくらりとする。雪華の上で、龍昇がまだ呼吸を乱したままつぶやいた。

「……すまない。もたなかった」

「…………。ああ……仕方ない」

 中に出したことを、龍昇は謝っているようだった。
 龍昇がゆっくりと身を引くと、つられてどろりと熱いものが亀裂から伝い落ちていく。それを拭うこともせず深い快感の余韻に浸っていると、再び身を重ねてきた龍昇が雪華を胸にかき抱く。

「もしものことがあったら――」

「…………」

 その言葉の先を封じるように、雪華は首を振った。
 ……今は、未来の話はしたくない。自分たちには、この夜だけがすべてだ。

(嘘をつくの、下手だな……)

 龍昇はきっと、わざと中で出した。それなりに経験があるだろうから、失敗したとは考えにくい。
 だが彼のついた嘘に、雪華は切ない気持ちになった。

 感傷を振り切るように、口をつぐんだ龍昇へ口付けをねだる。そして先ほどの睦言を思い出した。


『俺が、あなたのものになる。斎国の皇帝は民のものだが……あなたを抱く、この男は――。胡龍昇は、あなただけの、ものだ……っ』


 ――あのとき。耳元で激しく囁かれた最大の睦言に、心臓が止まるかと思った。
 ……嬉しかった。有り得ないと分かりつつも、死にそうに嬉しかった。

(今ここで死ねたら――なんて、無理な話か……)

「……そんなに簡単に、自分を売るな。馬鹿……」

 心の内を素直に言えるはずもなく、口をついて出た言葉はどこまでも可愛げがなかった。
 顔は見えなかったが、龍昇はそっと苦笑したようだった。それに憮然として、彼の腕の中で雪華は口を開く。

「……あんたも、変な男だな。どこがいいんだ、こんな女。女らしくも可愛くもないし、癒すどころかあんたをけなしてばっかりだ」

「……そうか?」

「そうだよ。あんた、何回私に怒鳴られた? それにどこかの令嬢みたいに、綺麗な体をしてるわけでもない。仕事だって、汚いことや法に背くことをやってきた。皇帝が選ぶ女としては、相当ありえないな。それに――」

(なんだこれ。なんで、饒舌じょうぜつになってる……)

 やたらよく回る口に自分自身、困惑した。そんな雪華を見下ろし、龍昇は小さく笑う。

「……どこがいいと、聞いたな。だったら全部だ。……と言ったら、また怒られるだろうか」

「っ……、な――」

「今のあなたがあるのは、今まであなたが自分の意思で生きてきたからだ。だったら俺は、そのすべてが愛しい」

 真正面から答えられ、思わず絶句した。耳がぼっと熱くなり、慌てて視線を逸らす。

「馬…鹿じゃないのか……」

「そういう、意外と簡単に照れるところとか、堂々としてるのに急に弱くなるところも……好きだ。たまらなくなる」

「~~っ」

「……さっき終わったとき、一瞬、このまま死ねたら幸せだと思ったが――」

 息を整えた龍昇が顔を上げ、真上から両手で雪華の頬を包み込んだ。そして口付けを落とし、一言。

「やっぱりまだ死にたくないな。全然、足りない……」

「……言ってろ」


 もう少し休んでからでないと、正直体が持たない。……が、再び瞳に欲を宿した龍昇に煽られた。
 不本意ながらもそれを実感して、二人は長い夜へと落ちていった。


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