【完結】斎国華譚 ~亡朝の皇女は帝都の闇に舞う~

多摩ゆら

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ジェダイト編

23、開戦前夜

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 国境近くに陣を構えてから数日。睨み合いを続ける両国軍を横目に、暁の鷹は独自の諜報活動を開始していた。

 あらかじめシルキア側に潜り込ませてあった仲間や手を組んでいたシルキア兵から情報を受け取り、斎の軍へと流す。
 仲間内には片親がシルキア人という者もおり、兵に紛れても今のところ上手く立ち回っているようだ。もっとも本隊は、闇に乗じて情報を集める精鋭たちの方だが。
 夜が訪れた本陣の前で、その精鋭から届いた暗号文を眺める航悠に雪華は問いかける。

「松雲からはなんて?」

「……明日の明朝にシルキアが奇襲をかけ、口火が切られる、だとよ。もっともあちらさんの間者もこっちに紛れ込んでるだろうから、結果的には同時に攻め込むことになるだろうが」

「明日か……。とうとう、来るな」

 明日には今見下ろしている国境の平原が、血と炎に染まることになるのだ。それを想像し、思わず自分を抱きしめる。
 そんな雪華に向けて航悠がぼそりとつぶやく。

「……つらいか? 十三年前の内乱とは比べ物にならないぐらい、凄惨な光景を見ることになるぞ。俺は構わんが、嫌だったら戦闘が落ち着くまで後方に下がってろ」

「いや。……ここに来ると決めたのは、私だ。今さらそんなことは言えない」

「俺らは戦うわけじゃないけどな。自分の身ぐらいは、自分で守らねぇと。そこまでは軍も面倒見てくれないからな」

「ああ。……本陣にまで踏み込まれるようなことがないといいが」

 戦を目前にした血なまぐさい高揚感と不穏な予感。それを共に胸に秘め、航悠が顔を上げた。

「シルキア側に行ってる奴らを、呼び戻そう。明日からは……血を見ることになる」

 まだ何も起こっていない静かな夜空を見上げ、雪華と航悠は最後の静寂を噛みしめた。



 航悠と別れ、天幕へと戻る途中で雪華はもう一度だけ国境の方角を眺めた。
 星空の下、遠くにかがり火が揺れている。――シルキアの陣だ。

(……もう、仲間たちとは合流できただろうか)

 今は遠くに離れた、あの美しい姿を想う。
 今頃彼は、彼の国に帰り――流れるようなあの言葉で、再会を祝しているだろうか。それとも、まだ無力感にさいなまれているだろうか。


『斎国皇女、朱香紗としてシルキアの大臣補佐官ジェダイト・アル=マリクに命じる。シルキアに帰り、この戦を収束させよ。……そしてもう一点。奴隷解放のために尽力せよ。それが、そなたに対する私からの罰で……遂行すべき命令だ』


 ――言葉など、無力なもの。あんなもので、彼を本当に繋ぎとめられるとは思っていなかった。

(……破ってもいいんだ。ただ、何かが心に触れて――生きることを、諦めないでいてくれたなら)

 必死で高みを目指した貪欲さで、彼自身の戦いを生き抜いてくれたなら。今度はきっと、自分が――

「おかしなものだ。……あんたのせいだぞ」

 意思を持ったまま、思考が塗り替えられてしまったような奇妙な状態に苦笑する。
 気持ちを切り替えるようにゆっくりと瞳を閉ざすと、雪華は緊張を孕んだ天幕へと戻った。


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