異世界シンママ ~モブ顔シングルマザーと銀獅子将軍~【完結】

多摩ゆら

文字の大きさ
21 / 47

20.日常

しおりを挟む
「フィアルカ様、今日は髪を洗いましょうか。見て下さいこれ、ラスタの旦那さんが作ってくれたんですよ」

 ケイとラスタがフィアルカの介護を始めてから、早くも半月ほどが経った。朝食を終えて着替える前に、ケイが木でできた水筒を見せるとフィアルカはよく分からなさそうに首を傾げる。

「ここにお湯を入れて蓋をしてー、ほら、反対側がシャワーになってるんです。これで流すと気持ちいいですよ」

 元の世界で言うところの竹筒のような、中が空洞になった木に複数の穴を開け、即席のシャワーボトルを作ってもらった。ラスタの旦那さんは木工職人で、ケイの頼みでこれまでにもいくつかこの世界にはまだない介護用品を作ってもらっていた。

「器用ですよねえ。……あ、これ革袋か何かと接続すれば水量の調節もできるかも。ちょっと改良してみますね」

「……ケー。あお、あえないえ」

「はい、顔にはかけないよう気をつけますね。……始めます」

 たった半月ではあるが、毎日同じ人に接していればだいぶ意思疎通もてきるようになるものだ。薄いながらもわずかに浮かぶ表情の変化と、歪みつつもゆっくりと紡がれる言葉からフィアルカの気持ちを汲み取り、ケイは付かず離れずの距離でフィアルカに接していた。
 白髪にぬるま湯をかけ、髪洗い粉をふりかけて寝たまま髪を洗う。防水布代わりに敷いた薄い革と厚手の布から湯が染み出さないよう注意しながら、ゆっくりと頭皮をマッサージした。

「……いおち、いい」

「本当ですか? 良かったー。私、前の職場でもシャンプーはよく褒められたんですよね。美容師に転職しようかなって一瞬思いましたけど、美的センスが全然ないから『いや無理だな』ってすぐ諦めましたけど。娘の髪も今は私が切ってますけど、この前も前髪ガタガタになっちゃってヴォルクさ――侯爵様に、笑われちゃって」

 スーパーオン眉ぱっつんになってしまったココを見て、ヴォルクが噴き出したのを誤魔化そうと咳払いした光景が忘れられない。ケイが苦笑しながら告げると、フィアルカはぽつりとつぶやく。

「……オーヴ、……ああうの」

「え? すみません、もう一度お願いできますか」

「……わ。わー、らー、うー、……の?」

 寝ながら上目遣いで尋ねられ、ケイは言葉を止めた。頭皮をほぐしながら、優しく告げる。

「……笑いますよ。大笑いはしませんけど、特に娘にはよく笑いかけてくれると思います。優しい方ですね」

「…………」

 フィアルカの唇の左側だけが、震えながら少しつり上がった。……笑った。

「おおなの……。……よあっあ」

「フィアルカ様……」

 昔は伯母と甥として、一般的なその関係以上に親しかったであろうヴォルクとフィアルカの、現在のどこか他人行儀な雰囲気。
 それがフィアルカの病気を発端にしたものだとは想像がつくが、病に倒れたあともフィアルカは、自由にならない体と思考でヴォルクを案じ続けてきたのだ。そのことがヴォルクに伝わりきらないのがもどかしい。

 深入りしてはいけない。自分は一介護者でしかない。そう思うが、以前自分で言ったようにケイもまた人間だった。事情を知ってしまうと、深入りしたくなる相手はどうしたっている。
 もう少しだけ、気持ちに寄り添いたい。フィアルカにも――ヴォルクにも。

(近付きすぎると、ここを離れるのがつらくなるのにね。……でも、できるだけのことはやってさしあげたい。せっかく呼んでくれたんだから)

「他にかゆいところはないですか?」

 丁寧に洗い終えて声をかけるとフィアルカは小さく首を振り、安堵したようにケイの手に頭を預けた。





 午前の仕事を終えてラスタにあとを任せると、ケイは少し早めの昼食を取った。食後の散歩を兼ねて広大な敷地内を歩いていると、聞き慣れた声が聞こえる。

「ココねー、かくれんぼがいい!」

「えー。かくれんぼは、きのうやったじゃん! オレ木のぼりがいい!」

「ココ、きのぼりやったことないもん……」

「てつだってやるよ! せんせーもそれでいいよな?」

「そうね。あの木だったらいいわよ。エナもいらっしゃい」

「エナちゃん、いこー。ココがおててつないだげる」

 ベビーシッター係の若い侍女と、前髪ぱっつんのココと、侯爵邸に勤める使用人たちの子供が二人。一人はココより年上の男の子で、もう一人はココより小さい女の子だ。
 ケイはとっさに植木に身を隠した。葉っぱの間からこっそりと四人の様子を窺う。
 男の子がココの手を引き、ココが女の子を手を引いていた。仲良く並んだ三人は手をぶんぶんと振り回してその場でくるくる回り始める。

(かっ、かわ……! 幼児の集団可愛い! 尊い…!)

 はわ~と口に手を当て、ケイはちびっ子たちが遊ぶ様子を見守った。自分といるときのココももちろん可愛いが、親の目を離れて子供たちの輪の中で遊ぶ我が子もまた可愛い。なんならよその家の子も可愛い。
 いっこうに移動しない四人を離れた位置から見守るケイに、そのとき背後から声がかけられた。

「――ケイ? 何をしているのだ」

「あっ、ヴォルクさん。すみません、しゃがんで……!」

「……っ?」

 今日は休日だったのか、たまたま通りがかったヴォルクが声をかけてきた。ケイは振り向くと、挨拶もそこそこにヴォルクを手招きした。
 茂みに身を隠すよう手で示すと、高い上背をかがめてヴォルクが隣に並ぶ。困惑するヴォルクにケイはしー、と人差し指を立てた。

「どうしたのだ……。ああ、ココか。声をかければ良いではないか」

「しー! 駄目です。邪魔しちゃ駄目……! こっそり見てるんです」

「……それは覗きと言うのではないか?」

 この邸宅の主であるヴォルクが身を隠す必要はまったくないのだが、ヴォルクはしぶしぶケイに付き合ってくれた。大きな手で枝をかき分けて、四人の様子を窺う。

「あの侍女に、何か問題でも……?」

「え、ないですよ。よく見てくれててありがたいです。ああ、あんなに走り回って……私じゃヘバって無理だなあ」

「ではなぜ声をかけないのだ」

「子守りの邪魔しちゃ悪いじゃないですか。私もそろそろ戻らないといけないですし……。あと、こうやってこっそり見るのがいいんですよ。は~、みんな可愛い~」

「……そうだな」

 うっとりと子供たちを見つめるケイに、ヴォルクが小さく苦笑した。ふと横を見るとヴォルクが大きな体を縮ませてヤンキー座りをしており、ケイは思わず噴き出した。横目で見られるとメンチを切られたようで、もう一度笑いそうになるのを口を押さえてこらえる。

「どうした」

「いえっ……、なんでもないです」

「それで、ここからどうするのだ? いつまでも隠れているわけにもいくまい」

「いや、ほんとそれで……。すぐ移動すると思ってたんですけど」

 ケイはともかく、当主その人に仕事の様子を見られたとあってはあの侍女が気の毒だ。結局二人はこそこそと茂みに身を隠しながら少し離れた場所まで移動し、ようやく立ち上がった。


「ふー。付き合わせてしまってすみません。ヴォルクさんは今日はお休みですか?」

「ああ。そなたはこのまま戻るのか?」

「はい。今日はフィアルカ様、頭も洗って機嫌が良さそうですよ。良かったら会いにいらしてください」

「分かった。あとで寄らせてもらう。――あ」

「え?」

 ふっと視界が陰り、ヴォルクがケイの頭に手を伸ばした。ケイの耳の上に触れ、離れていく。
 急に近付いた距離にケイが目を見開くと、ヴォルクは手のひらを開いた。

「葉がついていた。ああ、こっちもだな」

「あ、ど、どうも……。ありがとうございます」

 ちょいちょいと何度か、ヴォルクの指がケイの髪をつまんでは離れる。自分の方が先にヴォルクの首に触れたことはすっかり忘れ、ケイはどぎまぎと礼を言った。
 老人たちからは触られ慣れているが、同世代の男性に触れられるのには慣れていない。ヴォルクが一瞬触れた耳がじわじわと熱を持つ。

「あの、そろそろ行きますね。それじゃ失礼します」

 ヴォルクの手が止まると、ケイはそそくさと挨拶を述べて別邸へと急いだ。



「――あ、帰ってきた! ねえねえ見てよ、フィアルカ様! ちゃんと結うとますますお綺麗よね」

 別邸に帰り着くと、フィアルカがひじ掛け椅子に座ってラスタに髪を結われていた。既婚の貴族女性がよくしているように髪をアップにしたフィアルカは、顔の半分が麻痺しているとはいえ生来の気品がにじみ出ていた。
 普段よりも意思の感じられる瞳で、フィアルカは不思議そうに首を傾げた。

「……ケー。おおい、あの?」

「顔赤いわよ。何かあった?」

 二人からの追求に、ケイは頬を押さえて「なんでもないです……」と答えたのだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

女嫌いの騎士は呪われた伯爵令嬢を手放さない

魚谷
恋愛
実母を亡くし、父と再婚した義母とその連れ子の義妹に虐げられていた伯爵令嬢アリッサ・テュール・ヴェラは、許嫁であるリンカルネ王国の国王ヨアヒム・グラントロ・リンカルネの結婚式の最中、その身に突如として謎の刻印をきざまれてしまう。 人々はそれを悪魔とつがった証と糾弾し、アリッサは火あぶりにされることに。 しかしそんなアリッサを救ったのは、魔術師で構成される銀竜騎士団の副団長、シュヴァルツだった。 アリッサの体に刻まれた刻印は、色欲の呪紋と呼ばれるもので、これを解呪するには、その刻印を刻んだ魔術師よりも強い魔力を持つ人物の体液が必要だと言われる。 そしてアリッサの解呪に協力してくれるのは、命の恩人であるシュヴァルツなのだが、彼は女嫌いと言われていて―― ※R18シーンには★をつけます ※ムーンライトノベルズで連載中です

襲われていた美男子を助けたら溺愛されました

茜菫
恋愛
伯爵令嬢でありながら公爵家に仕える女騎士イライザの元に縁談が舞い込んだ。 相手は五十歳を越え、すでに二度の結婚歴があるラーゼル侯爵。 イライザの実家であるラチェット伯爵家はラーゼル侯爵に多額の借金があり、縁談を突っぱねることができなかった。 なんとか破談にしようと苦慮したイライザは結婚において重要視される純潔を捨てようと考えた。 相手をどうしようかと悩んでいたイライザは町中で言い争う男女に出くわす。 イライザが女性につきまとわれて危機に陥っていた男ミケルを助けると、どうやら彼に気に入られたようで…… 「僕……リズのこと、好きになっちゃったんだ」 「……は?」 ムーンライトノベルズにも投稿しています。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

泡風呂を楽しんでいただけなのに、空中から落ちてきた異世界騎士が「離れられないし目も瞑りたくない」とガン見してきた時の私の対応。

待鳥園子
恋愛
半年に一度仕事を頑張ったご褒美に一人で高級ラグジョアリーホテルの泡風呂を楽しんでたら、いきなり異世界騎士が落ちてきてあれこれ言い訳しつつ泡に隠れた体をジロジロ見てくる話。

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

処理中です...