ウィッチドッグ A.D2220 ~ダンジョン世界の魔女~

凪崎凪

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第4話 若手探索者 アルノー・シグー

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 ソレは微睡まどろんでいた。 身を焦がすほどの高熱と絶望的なまでの苦しみの果てに、スッと体が軽くなる瞬間の後、世界が開けた。 いや世界を越えた…… ような気がした。
それまで、狭く押し込められているかのような感覚があったが今はもうない。

ただ、前よりも感じている事があった。

それは飢餓感きがかん……
唯々ただただ、喰いたいというその思い。
ある種それはひどく原始的で、そしてひどく純粋で、それは祈りにも似て……

ソレは知っている。 その飢餓きがを止める術はないと。
だがソレは知っている。 その飢餓きがを少しでも紛らわせる方法を。







「おかわりっ!」

雑多な喧騒の中、イスナの無駄に元気な、いや現金な声が店内に響く。
ここは、ホンが勤める飲食店『猫天紅マオティエンホン
違法区域随一の人気を誇る飲食店である。

新しく山盛りの炒飯チャーハンを持ってきたホンは、本日何度目になるか分からない注文をするイスナに呆れた視線を送り、その代金を受け持つイシバシに同情の眼を向けた。
イシバシは、さっきから腕組みをして固く目を閉じている。
無理もない、どんなに大食いのやからでもこれを見れば胸焼けを起こす事請け合いであろう。
ホンはそう思ったが、口には出さない。 なんにせよ店の利益になるのだ。 この際それが目の前にいる駄犬イスナでも構わないのだ。
ホンはそんな事を思ってるとはうかがわせない満面の笑顔営業スマイルで他の客の注文を取りに向かう。

ふぃひゃ~いや~! ふぉごりふぇしはうふぁいふぁ~奢り飯はうまいなぁ~

まったく、ふごふごとうるさい小娘だ。 遠慮というものを知らんのか?
うっすらと目を開け、イスナを一度見ると再びイシバシは目を閉じた。
あの後お腹が空いたと騒ぐイスナに、つい奢ってやると言ったのがまずかった。

そろそろイシバシがサイフの中身を確認しようか、と思った時ようやくイスナが満足の声を上げる。

「ふうー喰った喰った! おっさんゴチになります!!」

さすがに、奢って貰った恩は感じているのか、なけなしの愛想を総動員してイスナはイシバシに礼を言った。

「うむ、満足したなら行くぞ」

ようやくか、とイシバシは席を立つ。
会計を済まし、一気に軽くなったサイフをズボンのポケットに押し込め歩き出す。
まずは自分達の本拠地ベースへ。
そこで準備を整えた後、ヴィーグルでダンジョンに潜る予定だ。

「まいどありー! またどうぞー!」

二人は、ホンの声を背に、違法区域から出る幾つもの道の中で本拠地ベースにほど近い道を進みようやく繁華街へと出た。


イシバシのチームの本拠地ホームは、繁華街の中ほどにある廃棄された建物を改装した物である。
繁華街と言ってはいるが所詮、都市管理委員会にその存在を否定されている公式上は存在しない街だ。

至る所にこのような廃棄された建物があり、それを利用する者もまた多い。
委員会非公認の探索者チームが、こういった建物に本拠地ホームとしているのも珍しくはない光景だ。

魔獣の間引き処理は管理委員会の責務ではあるが、近年多発する異常発生に対応するための人員が足りないのもまた事実。
そこで非公認、つまり委員会がその存在を公式に否定する者達。 非公認探索者という存在が生まれる。

これらは、委員会が処理しきれない魔獣処理を密かに仲介屋オフィサーに流し、それを非公認探索者が処理して報酬を得る。
いつしかそういった図式が成立していた。

イスナは基本的には公認探索者ではあるが、たまに事情で仲介屋オフィサーからの依頼を受ける事もある。
正規の仕事に就いていながら…… と思う人もいるかもしれないが、世は全てお金で回っているのだから。



ようやく着いた本拠地ホームは、二階建ての個人病院を改装した物だった。
そういえばイシバシの本拠地ホームに来るの考えてみれば初めてだったと、対侵入者避けのトラップを解除しているイシバシを眺めながら思った。
解除し終わったイシバシに手招きされ、少しだけ開けられた隙間から中に潜り込む。

中は間違いなく廃墟そのものだった。 壁は所々崩れ、瓦礫が廊下に散乱している。
しかしよく見ればその瓦礫は通りやすいようにある程度片付けられているのが分かる。
二人が入って来たのは、元は裏口だったのだろう。 そこからかつての正面玄関に回り込んだ時、イスナの鼻が異臭を嗅ぎ取った。

「チッ! シグーめ、きちんと封鎖シールしなかったな!」

異臭の正体は腐臭。 それも人間の、であった。
入口の封鎖シール処理が甘かったのだろう。 浮浪者らしき男が壁にもたれ掛かって死んでいた。

「死体の処理は後でシグーにやらすか。 こっちだ」

そう言って死体を蹴り退かすと、死体がもたれかかっていた壁をあちこち触ると一部の壁がゆっくりとスライドして開いていく。
その先には上下に向かう階段があった。

たぶんあの死体はこの隠し扉には気付いていたのだろう。
しかし、トラップを解除することは出来なかった。 そんな所だろうか。

イシバシを先頭にして、さほど長くもない階段を上り二階へ到着する。
二階は、一階と違って生活臭漂う空間となっていた。
落ち着いた色合いのデスクやソファーに、隅には冷蔵庫もあるようだ。

「そこのソファーにでも座って待っていてくれ。すぐに済ます」

そう言うと、イシバシは隣の部屋に入るとゴソゴソしだした。
扉は無いのでなにをやっているのかは、こちらからでも見える。
得物などを見繕っている様だった。

イスナはさっそくソファーに座り込む、前に冷蔵庫を開け中身を物色し出す。
他人の家でやりたい放題である。
冷蔵庫の中は、飲み物くらいしかなくその殆どがビールであった。
一応、奥の方にジンジャーエールとコーラを見つけたイスナはどっちにするか悩み、両方取り出してソファーに座り込んだ。

素早く支度を終えたイシバシは、ソファーの前のローテーブルに二本の缶が置いてあるのを見て片眉を跳ね上げさせたがなにも言うことはなく、代わりにイスナとは反対側のソファーに腰を落ち着ける。

「すまんがシグー達が来てから出発したい。 ヴィーグルの運転を任せたいんでな」

そう言うイシバシに、飲み終わったコーラの缶を置いたイスナは頷いた。

「ほいほい。それぐらい待つよ」

ダンジョンの入り口、正確には二階層への階段口だが、自腹で行けばどれくらいお金が掛かるやら分からないのだ。
それを、タダで行けるなら何日でも待つ。 むしろ疲れる事は出来るだけしないに越したことはないのだ。
そうイスナが、グータラな事を考えていると、なにやら階下から騒がしい声がした。

「うわっ! なんでこんなとこに死体が!?」

「おい、シグー。 お前ちゃんと封鎖シールしたろうな?」

「うげえ、イシバシさんにどやされる……」

「さっさと片づけるぞ」

もしかすると、外にまで響いているかもしれない騒がしいやり取りに、イシバシは鋭い視線を階下に向ける。

「……どうやら来たようだ」

イシバシのその声は、いきなり老け込んだような印象をイスナに与えた。







それからしばらくして、死体の処理を先にしたのだろう三人の男が二階へと上がって来た。

「おう帰ったぞ!」

「イシバシさんお待たせしました!」

「すまん。おやっさん遅れた」

最初に声を掛けて来た方は、昔であれば典型的なアメリカンな男性と評された男だった。
陽気な中年の顎鬚あごひげがワイルドなマッチョだった。
体のあちこちを魔導機械マギサイバー化しているのが見て取れる。

次に発言したのは20代の青年だった。
金髪を短く刈り込んだ髪型は、どこかイシバシに似ていた。
お世辞にもハンサムとは言い切れないが、そこそこ愛嬌のある顔立ちに少しでも威厳を取り繕いたいのか、ミラーシェードをしている。
中肉中背の体はラフな服装をそれと無く着こなしてはいた。
その動作は、無駄な動きが多く落ち着きがない印象を与える。

もう一人の男は、アジア系と分かる顔立ちの30代の男性だ。
肩までの長さの黒髪に、見えているのか分かりにくい細目からは辛うじて黒い瞳が見て取れる。
細身だが非力さを感じさせない身体は、かつての人民服らしき物を着ている。
目の前にいるのに、ふと目を離した隙に姿を見失ってしまいそうなそんな男だった。

「ジェット、アル、ヤンも待ってたぞ」

イシバシはシグーと呼んだ金髪の男の肩を叩くと、そのまま首に組み付きヘッドロックを決める。

「ぐえっ!? く、くるいいっ!」

「アル! 封鎖シールはちゃんとしろと何時も言ってあるだろう!」

容赦なくイシバシの筋肉質な太い丸太のような腕がシグー、改めアルの首に巻きつく。

必死になったアルが、イシバシの体をタップしてようやく離してもらえ、うずくまって咳き込んだ。

「げほっげほっ! ひどいっすよ、イシバシさん! ……それで、俺達の仕事を手伝ってくれるやつはだ、れなん……だ?」

フラフラと起き上がりながら、アルはイシバシに不満をぶつけ様として…… イスナを見て固まった。

ジェットは陽気にウインクをし、ヤンは部屋に入った最初から分かっていたようで、イスナに目礼を済ませていたのだが、シグーは気付かなかったようだ。

「知ってるとは思うが改めて紹介しよう。 こっちは何度か会ってるな? ジェット・マクレガーで、こっちの物静かな方がヤン、ヤン・トェイ。そしてこの騒がしいのが、シグー、アルノー・シグーだ。で、こっちが」

そうイスナを紹介しようとした時、アルがイスナを指さしながら叫んだ。

「ああーーーー! てめえはっクソガキ!?」

その叫びを聞いたイスナのこめかみが、ひくつくのを見てイシバシは大きくため息を吐くのだった。


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