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食の章 第二幕
色がなくとも分かる味の違い
しおりを挟む映叡部 エルゼの動画が更新された。内容は【突然ですが、二輪免許を取得しました。】である。
『はぁ~い、みんなぁ♪映叡部 エルゼだぞぉ♪タイトルにもあるとおり、突然ですがワタシ映叡部 エルゼ。この度、二輪免許を取得しに教習所へやって来ましたぁ~♪』
カメラの後ろでは、シルクハットを手に真剣な眼差しを向けるハエと爪研ぎをして、まったく見向きもしないハエが座っていた。カメラマンのミユリこと、マネちゃんはニッコニコで会話にも参加した。
『エルゼ様。今回、初めての免許取得に向けての教習となりますが、お気持ちの方は如何ですか?』
『ん~~、一発合格出来るかは分からないけど、あんまり時間もかけたくないのでめちゃくちゃ頑張っちゃいます♪』
胸に向かって平行するように、両腕のギュッと構えてにっこりスマイルを全力でやって見せる。ハエ達もこれにはパチパチと、スタンディングオベーションで拍手する。
そこでカメラは切り替わり、二週間の月日が流れて無事に免許取得までを収録した動画が公開されたのであった。
□■□■□■□■□
免許取得動画の再生回数を確認する、映叡部 エルゼ本人はボサボサ頭をボリボリと掻きながら、寝ぼけ眼だった。
「120万回再生。人が免許取る話なんかで、こんなに観たいもんか?」
「そりゃあ、エルゼ様の免許取得チャレンジですよ?観たくない人間の方がどうかしてますよ」
ミユリがモーニング用のハーブティーを持って、隣へやって来て言った。
それもそのはず、映叡部 エルゼ チャンネルは【登録者:5000万人記念】を先日配信するほどにまで、人気を博している知らない人の方が珍しい活動者になっている。
寧ろ、これだけの人気でありながら住所特定されてストーカー被害に遭っているとかの、黒い噂が出ていないことから実在していないという声も上がっているくらいだ。
「まぁ実際のところは、お嬢様を付けて来たストーカー様が見事に返り討ちにあって、二度と尾行しないようになっているだけなのですがね」
「ストーカー様は余計な!!んで、ミユリ。こないだの免許貰ったところの近くにあったっていう、なんだったっけ?」
「マカロンですね。そうです、今日はそのお店にマカロンを食べに行きましょう♪」
そうと決まれば、エルゼの行動は早い。
浴室へ向かい、支度を済ませ玄関に辿り着くまで約一時間。いつものキャップにサングラス、マスクの変装セットを身に着けブーツを履いた。
その方がかえって怪しいと、ミユリは苦笑いをいつものように見せつつ玄関のドアを開けた。エヴァンとヘリオも、寒くなってきた外へ出るように手編みしたマフラーを巻いて、エルゼの肩に止まっていた。
現地へ着くと、長蛇の列が出来上がっていた。
想定していなかったエルゼは、リサーチ不足だったミユリを睨んだ。ぐぅ~っとお腹は鳴り出して、朝食を抜いて来てしまったことがあだになるとはと全身を震わせた。
すると、エヴァンがエルゼの頬をトントンと叩き何かを指さした。ヘリオも少し前に飛び出して、店の名前が書かれたのれんを指さして言った。
「お嬢、真向かいのどら焼き屋でどら焼き食べましょうよ♪」
「いいなぁそれ。でも、マカロンはどうするよ?」
「それなら、わたしが並んで買いますよ♪エルゼ様達は暖を取りながら、どら焼きをお食べになってください」
あ、でもわたしの分も買っておいてくださいと、ミユリは告げて並び続けることにした。エルゼは有り難く言葉に甘えて、どら焼き屋へ向かう。
その足取りがまるで、くノ一のようであったことにミユリは困り汗を浮かべて見届けていたのであった。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
どら焼き屋へやって来たエルゼは、早速どら焼きを注文して出された緑茶を飲んだ。両肩に居る使い魔達も、自分達サイズの湯呑みに緑茶を入れて飲む。
「ホッ……。体の芯まで温まりますな」
「ボクチン達、寒さに弱いわけではないんですけどね。気分気分♪」
「それにしても、この店。なんだって人が居ねえんだ?客がマカロンの店に取られているって感じはしねぇんだが?」
エルゼはスマホで入った店を調べると、マカロン店と普段は同じくくらい行列が出来ていると書いてある。
しかし、マカロンの行列は一時間以上は待ちが確定しているように見えるのに対し、こっちは今からでも来客が出来るくらいに空いている。
改めて店内を見渡すと、通常のどら焼き以外が売り切れになっていたことに気が付いた。エルゼは今日買い占めが行なわれたのではないかと、店長がどら焼きを持ってきたタイミングで訪ねた。
すると、店長は笑顔でそうではないと答えてくれた。そして、奥の客室を指差して今日は常連さんがやって来ているから、いつもの味以外はもう売り切れているのだと言った。
そういうことかと納得しかけたが、エルゼは机を両手で叩いて起き上がった。それって、テイクアウトじゃないのかと聞き直す。当然ですと、さも当たり前のように答えて店長は調理場へ消えて行った。
「エヴァン、ヘリオ……」
「うんまいでぇ~~す♪ごいす~♪」
「弾力のあるこし餡ですな♪」
「って!?オマエら、オレに抜け駆けして先に食うなよ!!」
急いで、持ち帰り用のどら焼きをバックにしまって自分の分を手に取る。
程良い焼き加減の生地から、ほんのりと香るバターの匂い。一見すると、パンケーキのように見せてくる生地の裏には、和を重んじる代表のスイーツである餡子が隠れている。
エヴァンとヘリオに先を越されてしまったが、こし餡で出来た餡は生地の優しい包み具合いによって、舌に落ちた途端に口全体に広がる甘い味わい。口内に甘さを余すことなく、押し広げてくる餡子。これこそ、エルゼの求めていた和菓子の伝統。
「うんめぇ~♪」
そして、極めつけはここで飲む緑茶だ。
合わせ飲みをすると、質が落ちてしまうものはどら焼きの中ではB級もいいところ。ところがこのどら焼きは、そんな次元を遥かに超越している。
メニューには、『どら焼き茶浸し』なんてものがあるくらいだ。お茶と合わせることで、格別な味わいをもたらしてくるのも当然のこと。エルゼは目が横塗りの線になるほどに、この味の虜になってしまった。
完食して合掌しご馳走様をする。そして、口を拭き終えると奥の客室の方へ向かうエルゼ。
「なっ!?何だこの量は!?それに……アンタは────」
エルゼの目に飛び込んで来た景色とは、一体何だったのだろうか。それを知るのは、また次の話───。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
行列に並んで待つこと数十分。ようやく、自分が注文する番が回ってきたミユリは、マカロンセットを二つ頼んで呼び待ち席に座って待つことにした。
ふと、隣の席に目をやる。どうやら、カップルのようだ。男の方は、律儀に座らずに彼女の隣に立って待っている。彼女の方はというと、目はまるで正面を見ていないように瞳孔に光がない様子をしている。
自分達が呼ばれたと、彼氏の方がマカロンを受け取ると箱を開けて彼女に見せていた。しかし、感動する気配もなくジーッとマカロン達を眺めている。徐ろに呟く彼女の言葉にミユリは、反応してしまう。
「───全部、白……。このまま、一色に染まればいいのに…………」
「またそんなこと言って。でも、ごめん。やっぱり無理か、アリス症候群になってから白野の様子がおかしいってみんな言ってたけど、本当みたいだな」
「そんなことないよ。見えるもの全てが白く見えているだけだから、剣慈が気にする必要はないよ」
白野と剣慈は付き合っている訳ではないようだ。
ミユリはアリス症候群について、前に調べたことがある。物質が通常よりも巨大に見えたり、その場には実在しないものが幻覚として見えるようになったりする空想病の一種。
この白野がそのアリス症候群になった患者だと言うのなら、気の毒だと思いつつ何故そんな彼女に引っかかったのか頭を悩ますミユリ。
すると、白野はマカロンの一つを手に取って食べる。食べ終えてもう一つ別のマカロンを食べ、剣慈の顔を見上げて言った。
「色は同じ。だけど、味は違うね」
色も違っているし、味だって違って当然。そんな当然の一部が、彼女には欠如してしまっている。それでも、味の違いだけは分かっているところを見て、何だかホッとするミユリ。
きっと、この胸の引っかかりはそういった不安だったのだろうと、気持ちを落ち着かせる。ちょうどそのタイミングで、注文したマカロンセットが渡された。これでエルゼと一緒に、家で食べられるとウキウキのミユリはそのままスキップしながら、向かいのどら焼き屋を覗き込んだ。
やがて、家に帰宅したエルゼ達はマカロンセットを楽しんだ。食べながらエルゼは、次なる食を求めて向かうべき場所があると話した。それを聞いたミユリの提案内容に、エルゼは驚くのであった。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
マカロンを買いに行った剣慈達は別れて、それぞれの家路に着いた。
剣慈は自室のパソコンの電源を付け、身近で発生している都市伝説情報が書かれているサイトを確認する。
「やっぱり、また出たんだ《魂狩りの通り魔》と《冥府の暗黒騎士》。白野ももしかしたら、コイツらに襲われかけたかしてアリス症候群に───」
机に置いた手に力が入る。
すると、ブラウザを新しく立てて剣慈は別のサイトを検索する。【何でもお悩み相談サイト】というサイトだ。噂では、あの有名配信者の映叡部 エルゼが関与していると言われているこのサイト。
ここに都市伝説サイトに書き込まれている内容について、書き込まれているスレッドがある。剣慈は自ら発言はしないが、そこに書き記されている更新情報を確認するのであった。
その一方。
色の識別が出来ない眼で、家までの道のりを一人歩く白野。外はいつもより少し寒く、粉雪が降り始めていた。
静かに足を止め、空を見上げる。白く降り注ぐ雪も、雪を降らす曇り空も、他の人より白く見えているだけで何も変わらない。無感情に手を伸ばして、マカロン店でのことを思い返す。
同じクラスメイトの剣慈が向けてくれた優しさ。いや、それ以前に彼女にとって大切なものが近くにはあった。このアリス症候群と、家族も医者から診断されて信じている突発性の病い。それが本当は、どうやって自分にこの視覚を与えたかなんて、分かりきっていた。
「あれが───、デビライバーの変身者の……日常…………。映叡部 エルゼと普段から、一緒に───、居るんだ……」
そう言って、彼女の伸ばした手の中に静かに光が灯る。
次の瞬間、白野の視界に色が甦ってくる。そして、無感動であった表情に狂ったような笑みが浮かび上がる。
「うふふふっ……、あははははっ──、消えて、消えて、キエテ───全部を一色に染める♪」
──《モノクローム》ッ!!
感情豊かになった彼女は、細身の真っ白い魔術師のような格好へと変貌を遂げて姿を消したのであった。
━━━映叡部 エルゼの蝕_14/25。残り 11。
━━━映叡部 エルゼの食_16/25。残り 9。
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