感情の蝕と感動の食を求めて~結晶奇術師外伝 25の探求~

韋虹姫 響華

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食の章 第二幕

ハヤシライスを求めて ─前編─

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 エルゼ邸を出て、徒歩二十分ほどの場所にあるバス停。
 そこからバス移動すること七時間、エルゼ達は緑豊かな田舎町へとやって来ていた。

 話は二日ほど前に遡る。
 ライブスタジオを借りて、ライブ配信を終えた帰り道のこと。専属のタクシードライバーが、家庭の事情で急遽休暇となってしまい代わりの運転手を向かわせると、連絡が入った。
 空腹が限界を迎えていたエルゼは、何度もいいからご飯が食べたいと駄々を捏ねていた。マネージャー業務がまだ終わっていないミユリに、メッセージを送信して近くに突如出来たパスタ屋があることを知り、エヴァン達を引き連れて向かうことにした。

「いらっしゃいませ」
「────。」
「えっとぉ、一人なんですけど……いけますか?」

 配信者の時同様の可愛い声で、店員に訪ねる。
 その瞬間、エルゼの両頬に風が通過する。なんと、厨房からさえ箸が飛んで来たのだ。しかも、ただエルゼを威嚇するわけでもなければ、間違えて飛んで来た様子もなかった。
 それは、霊体化してエルゼにくっついていたエヴァンとヘリオを撃ち抜き、首根っこを吊るす形で壁に箸が突き刺さっていた。

「おめぇさん、只者じゃあねぇですね?…………はい」
「な、なんと……」
「ボクチン達が見えているって、ゴイス~~……」

 突然の事で驚いている店員に、厨房に立っていたコック帽を被った小さな女性は今日はあがるように告げる。厨房から出てきて、エルゼの前に立つと手に持っていた木ベラを、エルゼの鼻先に刺し出した。

「────。」
「………………。」
「────────。ご注文を伺いましょうか?……はい」

 てっきり、何かあるのかと思って身構えていたエルゼだったが、腰が抜けてしまった。
 そして、エヴァンとヘリオに向けて刺した箸を回収し、二匹の方も注文するならしてもいいと告げて厨房へ、引き返そうとする。

「店長さんのようですね……。ワテクシ、カルボナーラを頼みます」
「ボクチンはペペロンチーノで♪」
「店長って、こんなチビがかぁ?────ぬおっ!?」
「チビではあっても、こう見えて私四十手前なんですよ……はい。して、口の悪いお嬢様は何を頼むんですか?……はい?」

 軽快なターンと同時に、寸分の狂いもなくエルゼの鼻先に木ベラを突き立てる店長。その気迫に圧倒されたエルゼは、小声でボロネーゼを注文して席に座った。
 カウンターの頭上に、パスタ料理名がズラッと並んでいる。そこから、一番響きが良さそうと感じたのがボロネーゼだった。厨房に立ち、店長は食材となる具材を天井目掛けて投げる。
 まるで伝家の宝刀の如く、手にして包丁が光る。縦一閃に振ると、食材が程良いサイズに切り分けられてまな板に並んだ。掌に着いた埃を払うように手を叩き、沸騰した鍋にパスタを入れて茹でていく。
 手順が逆なんじゃないのかと、エルゼはエヴァンに耳打ちする。しかし、エヴァンは目を凝らして、店長の調理を見届ける。フライパンに先にベースとなるソースや具材を炒め始めた。
 ソーセージ、ピーマン、ニンジン、玉ねぎ、椎茸。これらをバターを敷いたフライパンで炒め、スパイシーな香りを放つトマトケチャップとウスターソースで味付けしていく。茹で汁を少し残したパスタを投入し、牛乳と塩コショウで味をしめていけば完成。

「────お待ちどうさまです…………はい」
「これは───」

 エルゼ達の前に用意されたパスタ。それは──、

「「「ナポリタンじゃねぇかあぁぁあぁぁぁ!!!???」」」

 注文したメニューには、ナポリタンなんてなかった。エルゼ達のツッコミが店内に共鳴し、発せられる向かうではふんす!とドヤ顔を決めている店長の姿があった。
 店長曰く、この店はナポリタンしか扱っていないとのこと。カウンター席頭上のメニューは、気分を演出するために飾ってあるだけだと自信満々に答えた。
 色々とがっかりさせられたと、脱力するエルゼ。大人しくフォークを手に取り、ナポリタンを食そうとする。その時、隣から手の甲を叩く白い手が現れる。

「あ、痛ッ」
「食べる前には、いただきますですよエルゼ様」
「い、いつの間に……てか、修行の件はまた今度……」
「構いませんよ。店長様、わたくしにもこちらのナポリタンを20人前ほどお願いいたします」

 いきなり現れた、ルビー色のお団子結びされた髪にメイド服を着た女性。店長は注文を受けてから、しばらくメイドの顔を覗き込んだ。

「あのぉ……、ひょっとしてですけど……前に何処かで会ってないですかね、はい?」
「会っていないかと申しますと?わたくしは、店長様のような小さき知人はいらっしゃいませんが?」

 お互いに首を傾げて、見つめ合う二人。人違いかと、水を口にするメイドと調理へ向かう店長。

 ナポリタンを食べていたエルゼ達は、みんな自分の頬に手を置いて感動していた。お子さまの味だと見くびっていたエルゼ、しかし工夫を凝らしている食材とベースとなっているソースには、ナポリタンらしからぬコクの深みが存在していた。
 これはトマトに秘密がある。そう睨んだヘリオが、店長へ訪ねると流石といった反応を見せる。そして、その隣に目を運ぶエルゼは、ドン引きの表情を向けていた。
 メイドは頼んだ二十人前を、ペロリと平らげていった。一体、スタイル抜群の容姿の何処に、あれだけの量のナポリタンが貯蔵されているのかと思うほど、変わり映えがない。だが、店長だけは目を細めてメイドの身体を見ていた。すると、ニヤリとイタズラっぽい顔で言った。

「なるほど……、食べた栄養は胸の方に行っているんですね……はい?」
「ふぇッ!?そ、そのようなことは……っ!?って店長様、そんな目でわたくしの身体をジロジロと見ていたのですか!?」
「ふむふむ、そのリアクション……どうにも初めてじゃないような気がしているのですが……、どうしてなんでしょうね……はい」

 言われてみると、確かにメイドの胸が張っていることに気が付くエルゼ。不意に自分の胸を掴んで、サイズを目算で比較してしまう。
 しかし、エヴァンがメイドの背中を指差してエルゼと店長に知らせる。食べたものが背中の方へ溜まっていくため、押し上げられた胸部が強調されて見えているだけだと。
 メイドは瞳を閉じながら若干赤面しつつ、話を本題に戻しましょうと咳払いをして言った。

 店長はヘリオが見抜いた、トマトが隠し味であることについて語った。
 なんでも自家栽培している、特製トマトを使っているというのだ。誰にも同じ味が出せないのも、それが理由となっていた。
 そして、今も栽培中のトマトを収穫しに向かいたいのだが、ここで一つ問題があると雲行きが怪しくなった。エルゼはまさかと、息を飲んで店長の言葉を待っていた。

「そんでですね、私が収穫に行く間、誰かにこの店を任せておくか。私の代わりに別荘まで行って収穫して来てくれる人が居ねぇかと思いましてね……はい。別荘までの地図と、収穫の仕方とかはここに書きまとめてあるんですよ、はい」

 やっぱりこうなった。エルゼは直感する。ミユリにこの後、予定が出来たことを連絡する必要が生まれることを──。
 ならば、店番をやる方がいいと乗り出ようとしたその時、横からメイドが立ち上がり挙手しながら意見を口にした。その要件とこのナポリタンの支払いは、体を使って払わせていただくと。
 ヘリオがその言葉を聞いて、なんて大胆なと赤面するもエヴァンが意味が違うと訂正を入れて、引き下がらせる。メイドの言う体で払うとは、それ即ち【奉仕】以外のなにものでもない。恐る恐る店外へ向かおうとするエルゼの首根っこを、メイドが掴んだ。

「何処へ行かれるのですかエルゼ様?メイド修行の件も、まだお話し出来ていませんでしたよね?二週間前に、どら焼き屋アンドウでお会いした時にメイドの極意を教えてくれと。わたくしに頼んだのは、どこのどなたでしょうか?」
「え?いや、それとこれとはさぁ……」

 一宿一飯の恩義。メイドはその一言をエルゼに叩きつけ、椅子に座らせた。
 メイド修行させてくれ。それには色々と事情があった。一つは、配信中にリスナーから寄せた企画提案でメイド姿を見てみたいと、企画書が送られてきたのを真剣に検討していたから。
 もう一つあるのだが、それは何とも不可解な感覚のものでしかなかった。このメイドとは、一目会った時からと直感するようになったからである。
 別に泊まらせて貰った訳ではないが、ここで食べたナポリタンに関してはメイドが働いて、返すことにする契約で成立した。ナポリタンしかないのに、それだけ繁盛しているのも不思議だし、メイドと店長が意気投合していることも不思議だった。

「では、行ってくるんですよ……はい。あ、あとその手引書に書いてありますけど、トマト泥棒には気を付けるですよぉ────はい♪」
「それと店長様の別邸で収穫出来るジェネラルトマトというトマトは、ハヤシライスの隠し味に使われているそうです。それがあれば、ハヤシライスも限定メニューとして出されるとのことですよ」

 人を食い物で釣りやがってと、渋い顔でミユリに連絡を入れる。

 こうして、エルゼの奉仕というメイド修行の一環として、トマト収穫への旅が幕を開けたのであった。

(ハヤシライスって……美味いのか?)





━━━映叡部 エルゼの蝕_14/25。残り 11。
━━━映叡部 エルゼの食_17/25。残り 8。
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