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食の章 第二幕
メイドとは、魂を導く者 ─前編─
しおりを挟むとあるメイド喫茶にて、スタッフルームと客室を挟むカウンターテーブルに横画面になっている、スマホから動画が再生されている。
なにやら、暗めなイントロが流れ出すとスポットがスモークの炊かれている、センターステージに集中する。エメラルドツインテールのアイドルが飛び出し、会場へウィンクしながら歌い始める。
『───Hey!you,dance with me♪Shake Hip!hey hey……♪』
綺麗な巻き舌から、Aメロへ突入する。
軽快なダンスと相まって、美しい歌声にスマホの両サイドで翡翠色に光るハエ達が、身体を揺らしてリズムに乗っている。
そしてサビに入るところで、その動画を視聴していたルビー色のお団子アレンジヘアーのメイド。合わせてハエ達が飛び上がって言った。
「「「このままっっ♪」」」
「────────。」
視聴者はお尻を振って、踊りながら動画の視聴を続けていた。
その横で、昼休憩の賄いの焼き魚定食を摘んでいた動画の張本人は、呆れた様子で魚の切れ味を口に頬張っていた。
「次の動画に行きましょう♪これなんてどうでしょうか麗由様」
「もしかして、エルゼ様がご自身でギターを弾かれているのですか?」
「そうなんでぇ~~す♪お嬢のギターは、聴いちゃったら最後。二度と耳から離れることないのは、間違いなし♪」
まだ続くのかよと、顔にだけ出して食事を続ける。
ここに来た目的を見失いかけている使い魔に、呆れを感じたのは今回が初めてではない。
『星空に 身を委ねよう 飢えた心に ただおまえだけ 抱きしめて───』
「「そうさ 迷わず~~っ♪」」
『Baby Baby Baby Baby Baby Baby Baby───』
「今夜世界は~~♪」
「二人のものさ~~♪」
サビの後のギター間奏を聴いたメイドは、目をキラキラさせて感動している。
彼女の名は神木原 麗由。以前出会ったたい焼き屋で、映叡部 エルゼにメイドの極意を教えることになった。
しかし、彼女のメイド修行の指南はまさに至難だった。今はこうして、メイド喫茶の休憩時間になり賄いを食べている。つまりは、昼休憩をしている最中なのである。
『Baby Baby Baby Baby Baby Baby Baby───』
「夢の彼方に連れ去ってやろうか?あぁん?エヴァン、ヘリオ?」
調子に乗っている使い魔ハエを鷲掴んで、怒りコブを作った形相で睨みつけるエルゼ。
すると、そんなエルゼの後頭部にハリセンが飛んできた。放った主は麗由である。
「痛ってぇな!?何すんだコラァ?」
「ごちそうさまでしたと言いましたか?」
「え……っ、あいや……その…………」
「言ってませんよね?お昼ご飯を頂いたのでしたら、言うことは二つです。そう、何度もお伝えした筈ですが?」
鉄のようなポーカーフェイスで、冷淡に言い放つメイド。
エルゼは猫を被ることもせず、素の自分で接しているのだがどうにもこの麗由にだけは、逆らえないというか逆らってはいけない気配を感じて仕方がなかった。
この言葉に対しても、「はい、すみません……」と謝罪し皿を持ってご馳走様でしたとお辞儀をする。
すると態度をゴロッと変えて、満面の笑顔を向ける麗由。今観ていた、映叡部 エルゼとしての活動に感動したと、素直に褒めて来た。その温度差を、普段から持ち合わせているエルゼであったが、目の当たりにすると戦慄するものを感じていた。
(オレ……普段、こんな感じなのか……?)
「さて、エルゼ様の音楽に関する才は十分に理解出来ました。ここからは───」
クルッと踵を返す。
もうそこには、激励してくれた麗由の姿はない。あるのはメイド修行を再開しようとしている鬼教官の顔となった、神木原 麗由の姿であった。
珈琲豆を入れて砕きましょう。
小さじよりも細い、ピンセットのようなトングを片手に豆の入った瓶から、必要量の珈琲豆を取り出す作業。指先が恐ろしく震えているエルゼを、影でエールを贈って見守るエヴァン達。
豆を抽出器具の手前まで持って来た。ようやく一つ。瓶毎持ってこればいいのでは?勿論、それが正解なのだが麗由に入れてみなさいと言われ、分からないなりに挑戦しているのであった。
「があぁぁあぁぁ!!無理ッ、日が暮れるわッッ!!」
「不合格……。次です」
チェックシートに不合格のペケを入れて、次の項目へ進む事になる。
コーヒーが駄目なら、紅茶を入れられるようになればいい。メイドたるもの、万能である必要はない。これこそが麗由の教え、神木原流メイド術なのだ。
「不合格ですね…………次」
紅茶の方が難易度は高い。
エルゼに合格出来るはずもなく、次の修行へ。接客。
営業を再開し、客足が増してきたタイミング。注文が飛び交う絶好の瞬間だ。
「ッ!?ケツ触ってんじゃねぇぞ、このスケベがッッ!!」
通りがかったエルゼのお尻を、スカート越しに触って来た客を睨みつける。
それどころか怒りのボルテージが、限界に達していたエルゼは手を挙げて殴りかかろうとしていた。しかし、その拳が客に届くことはなかった。瞬きの後、エルゼには天井が見えていた。
「お客様に手を挙げるなんて、以ての外です……。18番テーブル、レモネードとライムジンジャーティーのお客様です。あちらに配膳へ向かってください。お触りなさったお客様へは、わたくしから言っておきますから……」
首根っこを掴まれて起こされ、配膳を任されるエルゼは渋々言われたテーブルへ向かった。
注文した客はカップルだった。ここがメイド喫茶だというのに、所構わずイチャイチャしていることに少しイライラした。配膳を持って来たことを声掛けようとした瞬間、彼氏の方が口元を押さえてエルゼを見た。
どうやら、映叡部 エルゼだと気が付いたようだ。名前まで口にして、感動している。すると、隣にいた彼女が不機嫌になりながら彼氏と揉めだした。推し活を許さない系の彼女だったらしく、胸ぐらを掴んで問い質していた。
そんなくだらないことで揉めてんじゃねぇと、エルゼはライムジンジャーティーのポットを力強く置き、ガンを飛ばしながらレモネードをコースターに乗せて差し出した。
「お待ちどうさん!ここはカップルの井戸端会議をする場所じゃねぇんだよ?分かったら、これさっさと飲んで───」
「────ッッ!!」
「あ、痛ったあぁあぁぁ…………」
フルスイングのハリセンが、エルゼの後頭部を炸裂する。麗由は痛がっているエルゼの後頭部を押さえつけて、一緒に深いお辞儀をさせて無礼を詫びた。
結局、そのカップルは気分を害して店を出て行ってしまった。おそらく、彼女の方の怒りが収まらない雰囲気だったため、今後上手くはいかないだろう。そんなこと、麗由には関係のないこと。
エルゼの接客態度の項目にも、ペケを入れて閉店の時間がやって来るのであった。
締め作業を終えて、不合格確定で絶望しているエルゼ。
「大体なぁ、オレ様に奉仕ってのは向いてねぇんだよ!!そうだろエヴァン、ヘリオ?」
「そんなことありませんよ。お嬢様のやる気次第かと……」
「あと、お嬢は自分の固定観念に囚われ過ぎなだけですよ……たぶん」
モップを立て掛けて、テーブルに突っ伏したまま虚空を見つめる。
これでは、本当の目的である調査が全然出来ない。ヘリオの方へ目配せして、麗由が怪しいことに間違いはないのかを問う。耳打ちで「まだ匂いはしている」と、告げるもエルゼはこのままだと自分の身が持たねぇと感じていた。
「お疲れ様でした。これはお気持ち程度ですが、よかったら召し上がってください」
「おぉこれは!?ワテクシが先日、麗由様にお聞きした【抹茶ロールケーキ】ではありませんか?」
「もしかして、メイド長の手作りロールケーキってことですか?ボクチン達、隅っこの掃除くらいしかしてないですけど?」
「構いません。ほら、エルゼ様もどうぞ」
切り分けた状態で、皿に乗せたロールケーキを三人分テーブルに置いた。
今度の新メニューに検討していると、照れ気味に言って目線を逸らす麗由。フォークを手に取り、自分達と似た色をしているロールケーキを食べる使い魔達。
目を見開いて感激するエヴァン。お尻をフリフリさせ、頬を押さえて美味しさに震えているヘリオ。それを見て、気乗りしない手つきで口に運ぶエルゼ。しかし、次の瞬間脳天に雷が落ちたような衝撃が走る。
「美味っ!?!?」
「そうですか、良かった……。もしお口に合わなかったら、どうしましょうと思っておりました」
「────なぁ?」
「はい?如何いたしましたか?」
首を傾げてエルゼを見つめる麗由に、エルゼは直球の質問をした。傀魔クリスタルと呼ばれている、妖しげな結晶を持っていないかと。
それを聞いた麗由は、驚く様子も見せずに「さて、何でしょうか?」と知らぬ存ぜぬな態度で返した。
こんなにも純情な彼女が、傀魔クリスタルを所持しているとは思えない。ましてや、魂狩りの通り魔であるはずがない。しかし、ミユリの相談サイトに送られてきた画像に写っていたのだ。それも何件も。
魂狩りにあった人間が搬送されて行く時に、野次馬達から少し離れた場所から救急車を見つめるメイドの姿が───。
━━━映叡部 エルゼの蝕_18/25。残り 7。
━━━映叡部 エルゼの食_21/25。残り 4。
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