PSY・サティスファクト

韋虹姫 響華

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隠す意味と隠された謎

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    朝陽がカーテンの間際から指してくるなか、身体を揺すられて目を覚ます。寝ぼけまなこを擦っているところにカーテンを開けられて太陽の光が寝室に広がった。

「達美起きるのだ。リーゴ達がまたお仕事に行っちゃう時間なのだ」
「んん────、リーゴさんと骨芽こつめさんおはようございます。ご飯食べてませんよね?直ぐに用意をしますね」
「おはよう達美君。大丈夫ですよ、食事なら頼れる君の執事さんが用意してくれましたから」

    骨芽が指をさした廊下には黒タキシードに身を包んでお辞儀をするスキンの姿があった。パネロが先日戦闘したパーキングエリアで見せた姿とは対照的に陽気なオーラを含んだスマイルを向けていた。

「しかし、達美様。大変私事で申し訳ないのですが、本日より10日間程家を離れてしまいます。ですがご安心を!!僕1人で行くわけではありませんから」
「なぁんでバディとは別行動でおれがスキンとタッグ組むんだって話なんだけどよ?よっ!達美のボウズ」
「そうなんですか。あ、そういえばコハク君は?」

    ようやく目が覚めてきたところで昨夜寝る前にした約束を思い出して、慌てて時計を見ると〈11:15〉を指していたことを確認して階段を駆け下りていく達美。その様子を見て微笑みながら階段を降りて、玄関へと向かう骨芽達であった。

「それじゃ、楽しいお出かけになるといいなチビ助」
「童はチビ助じゃないのだ……。筋肉ダルマのリーゴはさっさと仕事行けなのだ」
「はは、そうですね。リーゴ、移動は新幹線で行くことにしましょう。僕にちゃんとついてきてくださいね?貴方の方向音痴にはいつも悩まされておりますから」
「厄介者の世話を頼んだぞスキン。わたしは別件の調査に行くから、恐らくはスキン達よりも更に帰りは遅くなると思いますので」

    任務にともに行動することが多い骨芽にすら方向音痴な超能力者は珍しいと言われ「そりゃあねぇぜバディ」としょげるリーゴであった。
そして、単独行動である骨芽は瞬間移動テレポーテーションで目的地へと向かうために姿を消し、スキンはリーゴの首根っこを掴みがら笑顔を崩さずに駅へと続く方角を目指し歩いて行った。

「よし、達美の様子を見に行くのだ」
「わああああ、ごめんっ!!直ぐに準備するからっ!!!!」
「────、賑やかなのだ」

    玄関のドアを開いて廊下に出ると、達美が急ぎ支度している様子とリュックを背負っていつでも出発出来る状態でテレビを観ているコハクとプレソーアが居た。こちらに気付いたプレソーアが棚からコップを取り出し差し出してきた。

「うっ────、やはり飲まないといけないなのだ?」
「うん……アギレヴ、大きくなりたいんでしょ?なら……牛乳……飲まないと、ね?」
「プ、プレソーアは悪魔なのだ。童が大の牛乳嫌いと知っておきながら、生乳系の牛乳を買ってきて飲ませるのだ」
「よいしょ。ボクも飲むよ?アギレヴは達兄ぃに身長近付きたいんじゃないの?」
「うっ!?コハクも小悪魔なのだ。しかし、それを言われて引き下がる訳にはいかないのだ」

    コハクが少量の牛乳を飲むのに対してコップ並々に牛乳を入れてグビグビと一気に飲み干した。プレソーアはカップに自分の分の牛乳を入れて電子レンジで温めてココアにして二人の前で飲んで、ホッと一息ついて台所に向かい洗剤でコップとカップを洗い始めた。

「…………………あれが、大人の特権?」
「違うのだ。自分の方が賢い事を見せつけてきたのだ。今に見ていろなのだ!今日の遊園地で童の凄いテクニックで達美のハートを射抜くのだ」

    若輩の【PSYCode】の知恵比べをしていると、達美が支度を完了させてリビングに現れた。息を切らしながらも限界を出て近くのバス乗り場に向かいぜぇぜぇと肩を動かして息を整えている達美の背中を摩るアギレヴ。するとそこへ聞き覚えのある女性の声が聞こえて来た。

「保護者である達美がそんなんじゃ、疲れが溜まるんじゃない?それに、子ども3人も1人で見るなんてキツくない?」
「あ……パネロ……」
「何しに来たのだ?ああそういえば、今日は暇だって言っていたのだ」
「暇じゃなくて非番ね、ひ・ば・んっっ!!」

    家を飛び出して来た達美に家の鍵を見せながら、パネロが後を追って来ていた。そして鍵を手渡して「私も着いて行くわ」と言って停車したバスに一緒に乗るパネロは最後尾のシートに座った。

「────。プレソーア君、一緒に座ろっか」
「……?いいよ?でも……」
「いいわよっ!私は勝手に着いてきただけなんだから。ほら、アギレヴは達美と座んなさいよ」
「言われなくてもそうさせてもらうのだ。達美────、ん?どうしたのだ?」
「あ、ううん。大丈夫だけど……」

    達美はどうにもコハクに対して当たりが強かったように見えたパネロの事が気になったが、その肝心のパネロがそれについて触れて来るなときっと睨むところを見て大人しく席に座った。
遊園地に到着するまでの間も終始無言で窓から外を見つめているだけのパネロと、プレソーアと遊園地に着いたら何処から回るかを話していた。

「コーヒーカップには乗りたいんだ。それから、それから────」
「うん……いいよ。でもどうして、急に……遊園地に?」
「あ、うん。ちょっとね……。ね…、パネロには聞かれたくなくないから……コショコショ────」
「……うん、……そっか……。分かった……なら、観覧車に……僕とパネロ……乗るよ?」

    顔色を窺っているコハクはチラチラとパネロの方を見るが、窓の外から一切視線を変えることなく「チッ……」と舌打ちで見てくるなと訴えていた。その様子を見ていた達美がついに口を開いた。

「あの、パネロさん?全然僕は知らないのですが、コハク君と何かあったんですか?以前からずっと、コハク君みだけは素っ気ないというか」
「当たりが強いって言いたいのかしら?別に、私だって好きでやってる訳じゃないわよ」
「やめるのだ達美。パネロはアギレヴ達が出会った時から、こんな感じの女なのだ。だから、彼氏になりかけていた男も恐がって逃げるのだ」
「なっ!?あんたね?今その話は関係ないでしょうよっ!あ、あれは所詮相手が唯の人間だったって話でしょ。それにあれは潜入任務で騙していた敵側の構成員なんだし、恋心なんて芽生えてないわよ」
「本当なのだ?その割には顔が赤いのだ」
「キッ!?このマセガキがぁぁぁ、ちょっとこっち来なさいよあんたっ!?」
「嫌なのだ。それにもう到着するのだ。結婚もそろそろ視野に入れないといけないパネロと違って、童は達美と愛を育むので忙しいのだ」
「あはは、愛を育むって……。でも、パネロさんこれだけは覚えておいてください」

    その言葉の先のことを共感読心エンパシーの力で、聴いている言葉とそっくりそのままであることを知って「チッ!」と強めに舌打ちをして、バスを降りると一人どこかへ行ってしまった。その背中を悲しげな表情で見つめるコハクであったが、そんなことは気にしない様子のアギレヴが達美の手を引いて入場口へと向かうのであった。

   入場口で年間パスポートをドヤ顔で見せ付けるアギレヴを見て「いつもお世話になっております」と深くお辞儀をする店員に「苦しゅうないのだ」と殿様にでもなったのかと言うくらいデカい態度をとっていた。

「アギレヴ様、本日はたくさんのお友達を連れて来ていただけたのですね?」
「そうなのだ。いつも楽しませてもらっているから、童の友達と一緒に御礼参りに来たのだ♪」
「それ……良い意味……じゃない」
「お礼に本日は遊びに来ました。いつもアギレヴがお世話になってます」
「達美は童のお嫁さんなのだ♪子宝に恵まれるようになるため、童は今日も元気いっぱい遊ぶのだ」

    そう言ってはしゃぎながらアトラクション広場に向かって走っていくアギレヴを顎を外して衝撃を受けている店員に「いつもあんな調子で……」と達美が答えるとその場で店員が気を失ってしまったので、慌てて近くの椅子に座らせた。

「まったく……、達美も……僕らと一緒に居るの……慣れすぎじゃない?」
「そうかも、えへへ……」
「────。」
「ん?コハク君、具合でも悪いかい?」
「あ、ううん大丈夫だよ達兄ぃ。その…パネロのこと、お願いできるかな?」
「前から聞きたかったんだけど、コハク君とパネロさんってどうしてお互いに距離を取っているような、何処か壁を隔ているような感じなんだい?」
「それは────、ごめん。達兄ぃにも、いつかは打ち明けたいけど……」

    勇気を出して達美の方を向いてコハクであったが、そこへアトラクション広場に向かったアギレヴが戻ってきてみんなを呼ぶ為に大声で叫んで話を遮った。その声を聴いて、コハクもここへは目的があって来ていたことを思い出し今は遊園地での一時に浸ることにした。

   話を途中で切り上げて二手に分かれてアトラクションを回ることにした一行。達美はアギレヴと一緒におばけ屋敷に入り、ビクビクしながら先を進んで行く隣で手を繋いでいるアギレヴはまったく怯えている様子はなく、それどころかテンションを変えることなく「次、右角から来るのだ」と壁に隠れている仕掛人を尽く言い当ててしまっていた。

「おい、達美。童が隠れている仕掛人を言い当ててやっているのだ。何もビビる必要はないのだ」
「はぁ、はぁ、はぁ……そんなこと言われても僕はこういうの苦手だから、うわああ!!??」
「ふふっ♪そんな達美も童は好きなのだ。もう直ぐ出口なのだ」

    悲鳴を上げて仕掛人にしっかりと驚いて逃げ出す達美を笑顔で追いかけるアギレヴであったが、出口間際のところでピタリと足を止め後ろを振り返った。しかし、目を向けた方向には仕掛人も人の姿もない。

「────っ!?誰なのだ?童には気配が分かるのだ」
「クックックッ───ワタシの気配に気付くとは、流石超能力者である子どもね。でもワタシの狙いはアナタじゃないのよ」

    姿は見えないが聴こえてくる声の主の心中を聞き取ったアギレヴは踵を返して走って出口の方へ向かった達美の方へ急いで向かおうとしたその時、後頭部に強い衝撃が生じてアギレヴは意識を失いその場に倒れてしまった。そして、声の主であった女性が姿を現しアギレヴを抱き上げた。

「ふふっ、単純な子。狙いはアナタよ♪読心術が直視しなくても出来るって情報が本当だったとはね。でもまぁ、これでワタシの方は作戦成功……あとはあの子たち次第ね」

    女性はアギレヴを連れてお化け屋敷の裏口から外へ出て行き姿を消した。裏口には、特に争った形跡もないのに係員の人間が数人その場に横たわっていたのであった。

    おばけ屋敷を一心不乱に抜け出してきた達美はようやく息が整ったところで、アギレヴが居ないことに気付いた。おばけ屋敷の方に引き返すと職員や観客が蹲って倒れていたので、声をかけようと倒れている人へ近付こうとしたその時首根っこを掴まれてグイッと後ろへ引っ張り上げられた。

「────ッ!?ンンッ!!」
「シッ、私よ私っ!!そしてこれは空想毒ポイズナリーよ。普通の人や耐性を持たない超能力者が吸うと神経毒にも通毒にもなるわ」

    突然口元を手で覆われた達美であったが、超能力によって造り出された毒を吸わせないように窮地を救ってくれたのはパネロであった。パネロは【PSYCode】である為、この程度の念力が造り出した毒では唯の空気も同然に息ができるのであった。

「それより、此処にも居るわ【PSYパッケージ】の連中。狙いはやっぱりコハクとアギレヴだったみたいね。悔しいけど、能子の言うとおりだったわ」
「んぱぁ!?そ、それって昨日から、犯行の動機が変わったって話の?」

    これまでの超能力犯罪は、あくまでも出処不明のパッケージチップを身体に埋め込んだ人間による超能力を使った犯罪であって、パネロ達【PSYCode】を狙った行動や犯行があったわけではなかった。しかし突如として【PSYパッケージ】達を取り押さえるパネロ達にフォーカスを置いた超能力犯行が起きるようになったのだ。

「急いでアギレヴを探さないとっ!」
「いや、コハクの方が先よ。プレソーアが着いているとはいえ、何体パッケージが居るのか分からない」
「どうしてですか?いつもなら、パッケージの気配を確認出来るはずなのに……。ま、まさかパネロさんでも感知出来ない何かをパッケージ達が?」

    首を縦に振り頷くパネロ。どうやらこの遊園地一帯に複雑念波サイコノイズがかけられており、周囲の念を感じ取る事はもちろん同じ【PSYCode】の居場所すら把握出来ないほど、複雑に磁場のようなものが発せられている。
そのため、まずは残りのメンバーの安否確認をしたいというパネロの提案に賛成し、プレソーアとコハクを探すことにした二人であった。

━ 達美と分かれてからのコハク達 ━

「どうしよう。先に受け取って来てもいい、かな?」
「別に……構わないけど?でも、アトラクション乗る時……荷物になる……型崩れもするかも」
「それなら心配ないよ。ボクが頼んでおいたのは、食べ物じゃないし。それに、パネロには見つかりたくないから」

    少し下に俯いて喋るコハクを静かに見つめるプレソーアは、周囲の異変に気付いていたためコハクと別行動になることに反対だった。しかしそれではこの場から動く事が出来ないことに変わりはないと息を吸って、目を開いて声を上げた。

「いつまで隠れているつもり?気配は感じ取れない……なら音を聴けばいい」
「プ、プレソーア君?」
「コハク……隠れてて……。聴こえる心臓の音……3つ。こっちに向いている……狙いは君だ」

    その言葉のとおりと言わんばかりにぞろぞろと姿を現す超能力者達。しかしプレソーアを見てコハクは心配に思い声をかけた。

「プレソーア君、ヘッドホン!!」
「大丈夫。コハク……僕が護る。そのためなら……周りの音、聴こえていてもコイツらは……倒す」

    物陰にコハクを座らせて、ヒーローショースペースのステージへと足を運んだプレソーアの周囲を能力者が囲った。正面に立つ能力者を目で観て後方にいる能力者に耳を澄まして気がついたことがあった。それはこの中に複雑念波サイコノイズを使用しているパッケージは居ないということで、同時に他にも仲間がいる可能性が生まれた。

「君達……、誰の差し金?」
「自分らはとある探偵に頼まれてここに来た。何でも今日【PSYCode】を持つ子どもが来るから捕まえて連れてきて欲しいってことでな」
「あ~でも、前金で100万貰ってるから正直気分は乗らないんだけどな」
「探偵……?今までの奴らと……違う?」
「何ブツブツ言ってんだよこのガキィ!!」

    これまでの【PSYCode】を狙った超能力犯罪の場合は、犯行に及んで駆けつけて来たところを攻撃してくる手口でそのすべてが同じく依頼主の事を一切知らないか、自分の意思でそうしていると回答が来る事しかなかった。
それなのに目の前にいる連中は、はっきりと依頼をされていることに加えて犯罪行為を餌とせず直接的に狙いを定めて仕掛けてきているのは何故か────、その考えに仮説を立てながら向かってきた男の攻撃を躱した。

「避けてばかりじゃ、数的有利な自分らに軍配が上がるぜぇ!」
「別に……、戦争してる訳じゃ……ない、でしょっ!!」
「ぐがぁ!!??」
「や、野郎?今どうやって攻撃した!?────まさか、【PSYCode】って本当に超能力を複数使えるのか?」
「遅いなぁ……、僕……こっちだよ」
「────ッ!?」

    二人がかりで向かってきた男の一人目を肉眼で視認出来ない速さの反撃で怯ませたかと思えば、直ぐに距離を取っていた超能力者の背後にプレソーアの実体が現れ裏拳が後頭部に直撃させた。よろけながらもパッケージ達は先程の逆の立場になっていることに気が付いた。たった一人の人間に三人が背中合わせの状態で囲われている状況に────。

「な、何がどうなってんだ?分身出来る超能力なんて、聞いてねぇぞ?」
「こいつはもしや……虚像錯誤バーチュアルコートッ!?」
「へぇ……これが分かるって……意外だな。君達の依頼主……かなり詳しいらしい……ね」

    包囲しているプレソーアの全てが同じタイミングで口を開いて言葉を発していて、どれが本物なのかそもそもこれが分身なのかが分からずに混乱するパッケージ達の周りを徘徊する虚像。プレソーアが行使したこの能力は、対象の視界に錯視を生じさせることで恰も分身しているようにみせているだけで、実際はただ一人のプレソーアが三人を相手していることに変わりはなかった。

「おい、あれをやるぞ」
「了解。まずは透視能力クレヤボヤンスでこの辺一帯だけに集中してノイズの干渉を受けずに本体を探し出す────」
「そして、オレが物体誘引アポートでご本人さんに来てもらう────」

    一人が目を閉じて、本物をプレソーアを探し出すと指さした方向に向かってもう一人が念を飛ばす。そして自分達の背中にスペースを作るように一歩前に進んで、空いた場所にプレソーアを引き出して三方向から同時に攻撃を仕掛けた。

「自分らはこれで満額の報酬ゲットってなぁ♪ほぉら、【PSYCode】といえど三方向からの同時攻撃は防げねぇだろ。自分の暗示武装レドレントアームで出来たこの拳の強度はダイヤモンドのそれだぜ」

    物体移動で連れてこられたプレソーアは腕立て伏せに近い体勢で、完全に無防備といえる状況のなかパッケージ達の攻撃が向かってくる。超能力同士の激突から衝撃が生じて強風が吹くと、物陰に隠れていたコハクも様子が気になり身を乗り出してショースペースの方に目を向けた。

「ねぇ……?電気って、逆流するんだけど……知ってる?」
「なっ!?どうなってんだ?コイツの目の前に……!?」
「み、見えない壁が?」
「いや、これは違う!?それにこのガキ今、電気の逆流がどうって────ッ!?」
「超能力も……電気と、同じ。逆流……すると、大変なんだ……」

    だからなんだと疑問を口にしようとしていた男には既に意識がなかった。プレソーアが立ち上がるのと入れ替わるように襲いかかっていた三人がその場に崩れこんで行った。そしてプレソーアは何事もなかったようにヘッドホンを着けてコハクの方へ歩いて近付いた。

「プレソーア君、大丈夫?」
「うん……」
「まさか念送りパスキャリーをあのタイミングでするなんて、プレソーア君は天才だね」
「そうでも……ないよ」

    身の安否を確認すると同時に自分の戦い方を評価してくれたことに照れた様子で頬を人差し指で掻くプレソーアであった。敵の物体誘引アポートを受けた後に、再び包囲した状態から攻撃してくると読んだ時から向けられるサイコエネルギーに対して、反発反応を起こす強さのエネルギーをパッケージ達に送り込むことで内部で超能力を暴発させたのだ。
しかし、依然として複雑念波サイコノイズが消えていない以上予断を許さない状況であることに意識を戻し、半径10メートル圏内だけに意識を集中する。

「────ッ!?」

    不意に背後に新たな気配を感じたプレソーアは振り向き様に裏拳を繰り出した。その一撃は背後に居た影の首元から脚が割り込んできたことで防がれることになった。

「ちょっと?あんた達美を殺す気?」
「別に……。こっちはコハク護るので……手がいっぱいだった」
「達兄ぃ、パネロ……。この状況は超能力犯罪かな?それにしてはちょっと様子が異なる気がする」

    気配の正体が自分達と合流しようとしていた達美とパネロであったことでお互いの情報を交換するのであった。

    コハクを狙ってやって来たパッケージは、プレソーアとの戦闘で見事にチップが消滅していた。するとパネロが気を失って伸びている一人の頭の上に掌を翳して瞑想を始めた。

「────。」
「な、何して……」
「達兄ぃ静かに。パネロは今、その人の記憶を念視メトリーしているんだ」
「────、なるほどね。プレソーア、あんたの言うとおりみたい。こいつらに雇われてコハクとアギレヴを狙っていた」
「そう……。こっちも丁度、ノイズの方……解読、終わったよ」

    パネロのサイコメトリーとプレソーアのサイコデコードによって整理された状況は、今回この遊園地では二つの事件が起きていたのだ。一つ目はの依頼で動いている【PSYパッケージ】による誘拐事件、二つ目は空想毒ポイズナリー複雑念波サイコノイズを使う【PSYパッケージ】による犯罪であった。そしてその犯行目的は、遊園地と複合施設となっているリゾートの顧客データの抜き出しであることがプレソーアの解読で発覚したため、アギレヴを見つけ出して救出する班と超能力犯罪を止める班に分かれて行動しようと相談していた時だった。

「お~い。此処に居たのかなのだ。童が酷い目にあったというのに、誰も助けに来ないとはどういう事なのだ?」
「…………。じゃあ……決まりだね」
「そうね。まぁプレソーアと違って、催眠術しか使えないパッケージ1人なら自力で抜け出せるのも当然よね」
「なんていう鬼畜なのだ。パネロ、やっぱりお前は良いお嫁にはなれないのだ」
「まぁまぁ。アギレヴ、怪我とかはない?ごめん。本当は直ぐにでも探しに行きたかったんだけど、どうもこの遊園地で悪さをしようとしているパッケージがいるんだ」

    なんとアギレヴを捕らえたパッケージは催眠術の超能力を使う相手だったため、目を覚ましたアギレヴの相手ではなくあっという間にチップを破壊して抜け出してこれたのであった。しかし、サイコノイズが生じている状況のため自力で達美達を探したからか「おんぶするのだ」と疲れたと態度に出し始めていたので、達美が背負って行くことにした。

    リゾートホテルへと続くゲートの方へ足を運ぶスーツ姿の男と眼鏡をかけた女。その行く手には腕組み仁王立ちをしてパネロが待ち構えていた。

「何処へ行くのかしら?こっちはせっかくの非番を楽しんでいたとこなんだけど?」
「その口振り、まさか超能力対策課の人間ですか。参りましたね、これは想定外ですよ」
「気にしなくていいわ。この子はワタシがお相手致します」

    そう言うと女の身体が煙のように空気に溶け込み姿を消した。そして男はその場から立ち去ろうとするのをパネロが追いかけようとすると間に煙が道を遮るように集結して、女の上半身だけ人型になってパネロの両肩に掴みかかった。

「行かせないって言ったわよね?」
「チッ!めんどくさ」

    掴んだ肩を押し出すように前へと力を込めていく女を目の前に、棒付き飴の封を開けて口に咥えて腕を振り払い距離を取ると屈んで腰を低くして走って回し蹴りを煙に向かって繰り出した。勿論、煙が裂けるが手応えはない。

「フフフフ。これがワタシのパッケージ能力、空想表現イマジナリーよ」
「確かに、強力な超能力であることは間違いないわね。でも、それって私のことしか相手してないなら優秀ってだけ、なんだけど?」
「────ッ?何を言っているのかしら?」

    そのパネロの余裕に気付いたのは男の方であった。男はその場に足を止めて観覧車の方を見始めた。

「どうやら、あの人は気付いたみたいね」
「まさか、爆弾を仕掛けたことにも気付いていたというの?」
「ご名答♪」

    咥えていた飴で指差し代わりに女の方に差し向けるパネロも観覧車の方を見て眉間に皺を寄せていた。

━ 10分前 ━

「本当にやるの?爆弾の解除なら、物体送信アスポートで海に投げ入れた方が確実なんだから私がやる」
「駄目っ!!パネロは、犯行の首謀者を捕まえて」
「コハク、いい加減にしなさい。これは遊びじゃないの。プレソーアに向かわせるから、あんたは達美とアギレヴの事を見ていなさい」
「姉ちゃんはいっつもそうだ!!」
「なっ!?ば、馬鹿ッ!そんな大きい声出すな!!」

    どうしても観覧車の爆弾解除を自分がやると聞かないコハクの口を押さえて、壁際に叩き付けた。パネロはこれまでに見せた事ない形相でコハクのことを見つめると同時に、その目には涙が浮かび上がっていた。

「コハク……。お願いだから、言うことを聞いて。私は、唯あんたに危険なことに関わって欲しくなくて家に籠って居てもらっていただけ」
「────。」
「いつも冷たくしていたことも、それが理由の一つでもある」

    姿勢を落とし、コハクの頭の高さに自分の顔を合わせて抱きしめる。自分達が【PSYCode】である故に、これまで様々な苦悩があった。どんな時も、ただ一人の家族である弟のコハクとともに居られるならと自分に鞭を打ち続けていた。そして日に日に激化していく超能力が起因となる事件や事故、そんなことにコハクを巻き込みたくないという気持ちが大きくなっていたパネロの素っ気ない態度もその頃から増していたことに、コハクは不安を感じていた。

「僕を弟だと思いたくないのかと、他のみんなみたいに家族がいないってことにしたいのかと思ってた。だから僕も何か役に立ちたいって……。僕だって…僕だって【PSYCode】なんだ。能子が言ってた。僕達は家族なんだって、ともに手を取り合って生きていけるって」
「────。………………わよ」
「え?」
「分かったわよ。コハク気持ちは分かった。でも、一つだけ約束して」

    たった一人の家族であるコハクの頼みを聞き入れる覚悟を決めたパネロは、危なくなったら直ぐに自分を呼ぶようにと約束を迫った。コハクはそれに指切りで応えてパッケージの思惑を止めるために観覧車へと向かった。

━ 現在 ━

「そろそろあっちも終わる頃かな?」
「────ッ!?ノイズが消えた……!?」

    突如として複雑念波サイコノイズが消えたことに動揺する男と女、そこへ空から人が降ってきた。それはノイズを発していたパッケージがチップを破壊されて気絶している姿で後に続いてプレソーアが空中浮遊レビテーションで降り立ち、自分達の計画がすべて潰されたことを察した男は、懐からボールペン型のスイッチを取り出した。

「こうなったら、あの観覧車にセットした爆弾だけでも爆破させてやる!!」
「────ッ!?させない……」

    ボタンを押そうとする男のスイッチを不発にしようと念力を放ったプレソーアであったが、この行為自体が爆破に必要な動作なのではなく起爆装置作動させる導線にしているだけだったためにボタンは押されてしまった。

「アナタの大切なお仲間さんはあと数秒で、この世から消えるわね。可哀想に、何事も知らずに今も必死に爆破解除が出来ないかと試しているんでしょうね」
「データを取れなくても、貴女達から逃げ切ればチャンスはありますからね。どうせなら、そちらに痛手を負わせていただきますよ」

    パネロとプレソーアを嘲笑うパッケージ達────、その様子をアギレヴの透視能力で見ていた達美はコハクの携帯に電話を入れて直ぐに逃げ出すように連絡することを試みているが、当然応答はなかった。

「不味いのだ。瞬間移動テレポートしようにも、コハクと爆弾が乗っているゴンドラがここからだと分からないのだ」
「どうすればいいんだ……」

    目の前に観覧車は見えているが、ノイズが解けて間もないことと冷静に判断が出来なくなっている今の状況ではどうすることも出来ないのも無理はないだろう。しかしそんななかパネロはプレソーアの方に向かって走り出して言った。

「プレソーアッ!歪曲干渉ディストーションッ!!」
「分かった……」

     猛スピードでプレソーアを目掛けて走るパネロは咥えていた飴を投げ捨て、着ていたスカジャンを脱ぎ捨てと身体を極力身軽にすると、プレソーアがヘッドホンを再び外して両顳かみに指を当てて作り出した歪曲したワームホールの中へ飛び込んで行った。次の瞬間、観覧車の一つのゴンドラから窓ガラスを内側から突き破ってパネロが姿を現した。その手には爆弾が括り付けられたゴンドラの一部が握られており、そのまま天上高く思いっきり蹴り上げられた爆弾は何もない上空で爆発した。

「ま、まさか……一体どうやって?あの状況では瞬間移動テレポートだって間に合わないはずなのに……」

    パッケージが驚くのも無理はない。爆弾はゴンドラに取り付けていて、取り外す事はスイッチを解除してからでないと自動的に爆発するように仕掛けを組んでいたため、無理に引き剥がすことは出来ないはずで仮にテレポートが間に合っても爆破を阻止する猶予はなかった。それをパネロはプレソーアに頼んだ歪曲干渉ディストーションによって、ワームホール内の空間の先をにすることで自身の登場と同時にゴンドラから飛び出した爆弾の括り付けられた部品ごと上空に蹴り上げて爆破による被害を防いだのだ。

「姉ちゃん……」
「こういうことにも遭うから、直ぐに呼んでって言ったのよ」
「…………ありがとう。ご、ごめ……ん」

    ワームホールから飛び出した勢いでゴンドラを半壊させたその衝撃は、当然搭乗していたコハクにも影響して空へと放り出されていたが、パネロがコハクを受け止めて地上に空中浮遊でゆっくりと着地した。

「まったく……、私もあんたに実践経験積ませなかったのが悪かった」
「────。」

    幾ら【PSYCode】とはいえ、超能力を駆使しての実践経験が少ないコハクはこの一瞬で起きた出来事に驚きと疲労を感じ気を失ってしまっていた。駆け寄って来たプレソーアにコハクを任せてパネロはゲート前で唖然としているパッケージのもとへと向かう。

「よ、よくも……よくもやってくれましたねぇ!!!!」
「こうなればアナタだけでも、此処で倒すわっ!!」

    奥の手すら不発に終わって逆上した男はテレキネシスで、近くの鉄格子から鉄パイプを引っこ抜いて自分の手元に二刀流で構えて斬りかかり、女は全身を煙に変えながら襲いかかりパネロの周りをスモークで覆い尽くし視界と呼吸の自由を奪った。

「よくもやってくれた?それは────こっちのォ!!!!」

    怒りで身体が身震いを起こしながら、左半身を朱い炎───右半身を碧い炎に身を包み「方だァァァ!!!!」と咆哮を上げるかのように覇気を放ち煙を消し飛ばした。そして振り下ろしてきた鉄パイプ二本を掴み人体発火現象パイロキネシスの熱で一瞬で溶かしながら男に頭突きをお見舞いし、仰け反ってくの字になった膝を伝って男の頭上を取りかかと落としで追い討ちをかけて意識を奪いにかかる。

「な、なんなの?これが【PSYCode】と【PSYパッケージ】の差とでも言うの?」
「残すはお前だけだな」
「イヤ────イヤよォォォォォォ!!!!」
「ッ!?チッ!往生際、悪過ぎるってのっ!!!!」

    男が気を失いパッケージとしての能力を無くしたところを目の当たりにして、ヒステリックになったことで暴走状態となった女は全身が煙の状態のまま悪魔や悪霊のような幽体へと姿を変えた。パネロは面倒くさがりながらも「プレソーア、手を貸して」と言うと、コハクを近くのベンチに寝かせたプレソーアは三度目のヘッドホン外しをして二人同時に瞑想に集中する。

━━ Brain___Hazard___Overflow...

超電離念球プラズマブラスト……」
「ハッハッハッ!ムダよムダッ!!どんなに強力な超能力もワタシの身体に触れる事なんて出来ないわ」
「そうだね……。だから創るんだよ……あんたのを……さ」

     掌の間で組んで創り出した球体を暴走状態のパッケージに向けて放ったプレソーアの弾丸は煙の幽体をすり抜けてしまったが、飛んで行った先にはパネロが待ち構えていた。パネロの両脚に双方の炎が集結し、挟み蹴りで向かって来た弾丸を再び幽体目掛けて蹴り飛ばした。

─── 雷炎実体崩壊パイロキオンディザスターァァァ!!!!

    パネロの掛け声に導かれるように着弾地点で炎と雷を帯びた竜巻が出現すると、竜巻に飲み込まれた幽体が苦しみ出した。なんと、竜巻の中に生じたパネロの人体発火とプレソーアの人体発電の超能力が反発エネルギーで竜巻内にを生み出して、真空パックの中に幽体を閉じ込めることで能力を使っている本体に直接ダメージを与えていたのだ。
    やがて、幽体を保っていた煙が弱まっていきパッケージチップが炎と雷の熱量に負け燃え尽きると竜巻が止み血色悪い状態の女が横たわっていた。達美とアギレヴもコハクの様子を我先にと確認しに来たのであった。

「暴走状態で死にかけるまで能力に引っ張られていたとは、いよいよパッケージというのも危険性が分からないのだ」
「あんたね……それ、コハクを抱き上げながら言うことかしら?」
「それにしても、どうしよっか?幸いパッケージの放った毒で係の人も観客も眠っているけど、起きてこの惨状を観たら驚くこと間違いなしだよ。対策課には既に連絡しているから後のことは警察に任せるしかないかな?」
「なら……ちょっとだけ直しておく。観覧車とか……この辺の床とか」
「それもそうね。ノイズ掛けられてて検知出来ませんでしたでマスコミに叩かれることになるから、修復してなるべく被害最小限にしておかないとだしね」

    そう言うとプレソーアは修復作業へと向かい、達美はパネロと一緒にコハクが目を覚ますまで傍に居ることにした。アギレヴが係員の人達と駆け付けた警察に事情を説明している間にコハクは目を覚ました。

「達兄ぃ……、パ…ネロ」
「ようやくお目覚めね。やっぱりあんたにいきなしの爆弾解除は荷がかち過ぎたわね?まぁ、今度実践訓練付き合って上げるわ。言っとくけど、スパルタめに行くから……」
「そういえば、パッケージ達を止めに行く前に2人は何を話していたの?」
「別に。爆弾解除をプレソーアの代わりに自分がやるって聞かなかっただけ」
「ごめん……。あっ!?そうだ、予約していた物、受け取りに行かないとっ!達兄ぃ、すぐそこなんだけど連れて行ってくれる?」
「うん、分かったよ。コハク君のペースでいいから場所を教えて」

     達美の肩を借りながら、リゾートホテルエリアの出店の方へと移動していくその様をパネロは見届けていると、不意に背後から強力な嫉妬の念を感じ取ったので振り返った。

「ぐぬぬ……コハクのやつ、童が一生懸命に状況報告している間に達美に触れ合い過ぎなのだ。今日はとんだ災難な1日だったのだ」

    こうして、遊園地を楽しむはずがとてつもない事件や思惑に振り回せる一日で一同は帰宅をするのであった。

「…………はい。もし訳ありません、ボス」
『いや別に構わないさ。そもそも、PSYパッケージを差し向けたのはまだ不明な点があったからだ』
「しかし、本当に徳飛とくひ 達美たつみのところに住んでいるようですね彼等は。それについても引き続き調査を続けます」
『はいよ、無理のない範囲で適当にやってくれて構わない。俺の方も少し別件が立て込んでいてね。あ、あとそれと……そのボスって言い方、やっぱり辞めては貰えないかい?それだと俺が悪者みたく聴こえちゃうやらさ』

    遊園地を後にする達美の背中を遠くから双眼鏡で確認して、誰かと電話をしている黒ずくめの男性は電話を切ると近くに停めていた車に乗りその場所から姿を消した。このことを達美達が知るのは、また少しあとの話である。

────────────

    家に帰宅すると、リビングで昂夜が紅茶を煎れてお出迎えしてくれた。

「お帰りなさい。あたしも今帰ってきたところだからー、ご飯はまだなんだけどね」
「構いませんよ昂夜さん。僕が直ぐに作りますから」
「僕も手伝う。プレソーア君、お風呂掃除いいかな?」
「任せて……。ほらアギレヴ、不貞腐れてないで……一緒に掃除、する」

    鋭い目でコハクを睨むアギレヴを引き連れて風呂掃除へと向かうプレソーアであった。やがて、ご飯の支度が出来たので全員で食卓を囲むと達美の隣に座るアギレヴがまたしても不満気な顔をして、レンゲで麻婆豆腐をすくい上げて口を開いた。

「何で童の嫌いな辛口なのだ?達美に童、何かしたのだ?」
「いいや、ごめんねアギレヴ。今日はパネロさんの誕生日だから」
「え?何で知ってるのよ?私の誕生日知ってるのなんて……能子とコハクくらいしか────、いや……?」
「────。」
「こいつも知っていたわ。あんた、達美に教えたわね?」
「別に……いいじゃん。昂夜といいパネロといい……【PSYCode】の女性陣……謎多すぎ」
「あららー?あたしも~~?」

    団欒を囲って会話を弾ませるなか、麻婆豆腐を食べて自分好みの辛さであることに照れくさそうにしているパネロは向かいに座っているプレソーアを更に疑ってかかった。最早、辛さで顔が赤いのか頭に血が上って赤面しているのか分からない表情になって早口で喋った。

「あ、あんた味加減まで丁寧に教えたって訳?ほんっと有り得ないんだけどっ!!いいや分かってるわよあんたの考えていることなんか!!どうせそこまでは達美に教えていないから、達美の味付けが私の舌に合ってただけと言いたいんでしょうけど、バッチリ観させてもらいましたから!1週間前から丁寧に達美に教えているあんたの姿を過去視させていただきました」
「めちゃくちゃ喋るのだ。パネロは意外とオタク気質なところあるのだ。骨芽こつめといい勝負なのだ」
「ウザ……。いいじゃん、別に……ボクだって……」
「あらあら♡プレソーアてば、もしかしてー?」
「昂夜ッ話逸らすなっ!!ボクだって何さ?言ってみなさいよ」

     そっぽ向くプレソーアと更にヒートアップするパネロ、それを無視するように嫌いな具材を皿に残して食事を続けるアギレヴであったが、コハクの姿がないことに気が付いた達美は「ちょっと席外します」と一声かけてから地下室の方へ様子を見に行った。
    するとそれにすれ違う形で能子が帰宅してきた。それでもパネロの謎の怒りは収まらず食卓の賑やかさは変わらないままであったが、昂夜が能子に近付き耳元で「ちょっといい?」と囁いて能子をそのまま連れ出して玄関外まで姿を消した。

     地下室に向かうと出店で受け取った物を手に持ってコハクが、ベットに三角座りしていたので達美が隣に座って肩を寄せて声をかける。

「良いのかいパネロさんに渡さなくて」
「プレソーア君と話してるし、それにちゃんと1人で渡しに行くよ。ありがとう達兄ぃ、今日の非番は誕生日休暇だったのにパネロには迷惑かけちゃったな」
「それでもきっと喜んでくれると思うよそのプレゼント。頑張ってねコハク君」

     ニコッと笑顔でエールを贈って部屋を出て行く達美。程なくして食事を済ませつつも「プレソーアのガキが」と悪態を着きながら地下室へと降りて来たパネロを目の前にして、緊張するコハクであったが今日のパッケージ戦で助けてくれたこと────そしてなにより、プレゼントを渡したいという気持ちを奮い立たせて箱を前に差し出した。

「何これ?ドライフラワー?の首飾り?」
「不燃合成樹脂で作られた花のネックレス。どう?センス……ないかな?」
「────────。ふっ……可愛い弟が買ってくれたプレゼントなら、何だって嬉しいっての。それに、不燃性ってのは私の人体発火パイロキネシスで燃えちゃわないように気を使ってくれたってとこかしら?」
「ねぇ、姉ちゃん……。みんなに隠しておく必要なんてないんじゃないかな?能子には出会った当初からバレている訳だし」
「そうね……、でも私は姉弟であることを隠したいから黙っていた訳じゃない。変な同情をされるのが、嫌ってとこ……かな」

    どうにも理由としてはパッとしない返答を歯切れ悪く口にしたパネロは、ネックレスを早速着けて見ることにした。「どう、似合う?」と選別してくれたコハクに聞く様子を見て、コハクも今はこういう小さな時間を大切にしたい。その上で、いつか達美達に姉弟であることを感じさせない振る舞いをしなくてもいい日が来ればいいと胸に誓い「うん似合ってるよ姉ちゃん」と絵画を向けた。
    そして、二人は姉弟水入らずの時間を過ごしそのまま眠りについたのであった。

「ス────、ス────、ごめん…ね、コハク。姉ちゃん、いつか取り戻す……からね────」

────────────

    達美の家から少し歩いたところにある公園。昂夜は能子の帰りを待っていたらしく、他の人が居ないところで腹を割って話そうと向かい合い聞きたいことを口にする。

「能子……本当にあたし達、あなたと一緒に居て大丈夫なの?」
「この前、宮内という刑事に能子のこと話したみたいだな。別にそれ自体は構わないが、あまり遊び過ぎないようにな」
「はぐらかさないでっ!!最近、【PSYCode】としての闘いも激化していく一方だわ。あたしは、あたし達が安全に生きていける世界に連れて行ってくれるって言ってくれたからあなたに着いていくって決めたの」
「能子を信じられないのなら、達美のもとを離れてもらっても構わない。それと、今の能子に言えることはこれだけだ────」

     身体を震わせながら、恐る恐る声を上げた昂夜の肩を掴むと公園を微かに照らしていた街灯がパリンッと一斉に蛍光管が割れる音ともに漆黒へと二人を誘った。破裂音にビクッとした昂夜に囁き声で一言告げる。

───その時が来るまで、能子はお前達の観測を続ける。

    無音へと続く空間にその場で膝から崩れ落ちる昂夜の音を合図にしたかのように辺りに破裂して散らばった蛍光管は元の場所へ巻き戻しを押されたかのように戻っていき、公園を再び照らし出した。

「あ、そうだ……。次の任務だが、大型客船に骨芽と一緒に潜入捜査だ。頼んだぞ、昂夜」
「────はい。分かったわ……」
「さて、達美は能子の分の食事を残していくれているだろうか?早く帰らねば。昂夜もそんなところに居て風邪なんか引かないようにな」

    自分の取った言動で憔悴していることなど、能子にとって呼吸同然に出来てしまう精神観測メンタルクォーツという超能力によってリアルタイムで見る事が出来ているにも関わらず、敢えて心にもない関心なしな態度で事務的な声掛けを終わらせて達美の待つ家へと向かう能子であった。

「ここまではの思惑どおりですね博士。しかし、これより先はどうでしょう?能子は思うのです、達美がもし博士の言ったとおり能子を退屈させない為に造られた存在だとしても───。能子には【PSYCode】を観測する為に造られたという確固たる事実が存在する以上、達美という存在に意味を見出すことは難しい───」

    それ以前にどんな者の心の中も、未来の声を聞き取り先読みしてしまえるだけの超能力を持ってまだ有り余る自身の力を持ってしても、一切その胸の内も過去も未来も見通せない徳飛とくひ 達美たつみにこれまでに感じたことないを能子は感じていた。彼女はその答えを捜したくて、引き連れて来た【PSYCode】とともに達美のもとを訪れて来て二年の月日が経っていた。あとどれだけの時間を費やせば、その答えが見つかるのか分からないが《達美を理解したい》という自身の欲望に今は従うことしか出来ない能子もまた、絶対の存在ではないらしい。

    やがて、帰宅し食事に就寝準備を日課として送る能子と昂夜は何事もなかったように普通に挨拶や会話を交わしていたことで、普通の人間である達美はもちろん他の【PSYCode】が怪しむことはないのであった。
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