意味のないスピンオフな話

韋虹姫 響華

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メインストーリーな話

最後のピースを求めて

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 暁咲のオペが終わり、治療室から担当医が現れる。
 マスクを外して素顔を見た時、燈火達は驚いていた。なんと、トレードの夫である喜久汰きくた 憐都れんとが、暁咲のオペを担当していたのだ。

「えぇ?匿名医になったとは聴いてたですけど、怪異のオペなんてして大丈夫なんですか?はい?」
「心配……いらない。これ……もう取得したから」

 憐都が見せた免許証。それは、匿名医の階級昇進した匿名怪異医の免許であった。怪異が体に宿ってしまった患者や、怪異自体を診察することが出来る医師免許。勿論、怪異と関わった者は医師であれ処分対象となるが、この資格を持つものは逆に怪異専属でなくとも、処分の対象とならない。
 簡単に説明するとするなら、噂観測課医学部担当という位置付けになると、ドヤ顔で辰上に説明する燈火。

「物凄い天才ではあると聞いておりましたが、ここまでとは……」
「ヒマワリちゃん。そんなレベルじゃねぇぞ。あれ───、本来なら取るのに3年は掛かるからな……」
「それをたった3ヶ月で。憐都さん、一体どうやって」
「ん?代伊伽たいかが……。あ、ここではトレードって呼んだ方が?…………気になったから。……それだけなんだけど?」

 妻であるトレード。
 彼女の仕事のことが気になり、つい最近になって噂観測課の存在を知った憐都は、密かにトレードと同じ仕事に付けないものかと模索していたのだ。その結果、元々医師免許を持つ天才ドクターでもあったから、その延長線で匿名医になったというのだ。
 全員が憐都の経緯に唖然としているなか、奥で深刻な表情をしている水砂刻に声をかけた。

「君の恋人かい?腹部にあった傷は縫合してある。流石怪異と言うべきなのかな?折れた骨たちなら、もう繋がってたよ。あとは、彼女の生命力次第。麻酔が聞くまでの間、ずっと君の名前を呼んでいた。ほら、そばに居てあげるといい」
「ありがとうございます。龍ちゃん、俺しばらくはあいつの面倒見ることにするよ。久遠の計画実行阻止する作戦までには、戻ってくる」

 憐都にお辞儀をして、暁咲の眠っている病室へ向かう水砂刻。

 人口島への攻撃は止められており、噂観測課と人怪調和監査局から選抜されたメンバーによる、計画阻止と人命救出。その二つの任務が課せられた。これは、今回の騒動が怪異とは無関係ではないと定め、アンリードが現行の通常兵器を受け付けない存在であることから、怪異使いによる対処に委ねている状況である。
 久遠の計画をいち早く察知した虎狼は、現在新たに暁咲から送られてきた情報と夏蝶火、ラットを含めて久遠の開発した液体への対策品の開発に務めていた。水素爆発の勢いに乗せて放たれた薬液によって、人類が消滅する恐れがあると言ったところで、信じて貰えるわけもなくこれから開発後、早急にテストを済ませてぶっつけ本番となるだろうと予想。
 幸いなのは、燈火と夏蝶火が回収出来なかった薬液の内容については、虎狼のハッキングによってデータの盗み出しに成功していることであろう。

「というわけで、最終的な突撃部隊の戦力があと2人足りてないんだなぁ……これ。暁咲ちゃん、もといサタナキアは意識の回復後に本人の意思確認で、戦力には加わるかもしれないけど、安全を取るんならあと1人欲しいんだな、これ」
「それは分かったんですけど、なんで私にしか言わないんですかね?はい」

 超至近距離で、燈火の顔を見て夏蝶火が説明する。
 他のメンバーは、施設修復作業の事前手続きや怪異討伐依頼が入っていて、自由に動けるのが燈火しか居ないからであった。しかし、そうは言っても身動きが軽い怪異使いの方だっていない。
 すでに、日本以外の支部からの攻撃に対処すべく、プロメテウスの人形兵は各地で一斉蜂起しており、特別遊撃隊のラウ達はその対処に当たっていた。
 おまけに、先日駆け付けたアブノーマルは負わされた怪我は治ったが、別件の怪異調査に取りかかってしまい合流が直ぐには出来そうにないというのだから、燈火は渋々な顔でその場に胡座をかいた。残っているのは、一人しかいないからであった。

「僕からも、頼むよ。代伊伽には、協力してもらわないといけない理由がある」
「いげぇ!?れ、憐都さんに頼まれちまったのなら、仕方ないですね……はい」

 髪の毛が濡れたように、へにゃっとなりつつ重い腰を上げて憐都を連れて、出来ることなら頼りたくはなかったトレードのもとへと向かうのであった。


 □■□■□■□■□


 怪異調査。【八尺様】の調査は大詰めを迎えていた。
 ただ、厄介なことに狙われている子どもは、かつての知人の息子と来た。噂観測課の人間である以上、死亡している人間として扱われている。だが、公には死亡したと報じられていないケースや、報じられたのが数年前でその後掘り下げられていない場合は、久々に会ったのと同じように接してこられるものだから困る。

「たいちゃん、霊能者なんだな。これで本当に息子は助かるのか?」
「お?ああ。今日一日、あの部屋から外には出ないってのが約束なんだが……」

 言ってる手前、【八尺様】に狙われている息子が居る部屋の方で大きな物音がした。急ぎ駆け付けると、窓の外から外へ飛び出していってしまったあとがあった。
 朝まで誰も声をかけないと言ったが、恐らくは【八尺様】の声を聴いて幻聴をきたして錯乱してしまったのだろう。慌てて玄関を突っ切り、子どもが向かいそうな場所を聞いてトレードは急いだ。

「うっ……、うぅ……」
「ぽっ───、ぽっ────、ぽっ────────。ぽぽぽ…………」
「チィ!?ガキの目の前じゃ、デッドもヘルズも呼べねぇってのにッ!!」

 駆け出して、子どもに抱きつこうとする【八尺様】を蹴り飛ばし、抱き抱えるように守りに入った。今にも泣き出してどこかへ行きそうな子どもと、その子どもを攫おうとする【八尺様】。
 怪異の中でも、その国固有の伝承となって広く知れ渡っているものは、目撃者の対処は特に厳しいものはない。日本に至っては、妖怪がその類いに該当するため、怪異に触れられて呪いが移った場合でも、除霊等の処置で済むものは命を奪ったりはしない。
 それでも、守りながら戦うことは出来ない。ましてや、学友ともなればこちらも幾分か理解がある。知人は息子の安全を確認するために、後をつけてきていた。このまま、家まで連れ帰ってくれと言ってもなんて返答が来るかをトレードは知っていた。

「何言ってるんだよたいちゃん!おれも手伝うよ。たいちゃんは、この道の専門家なんだろうけどさ、おれ小さい頃からたいちゃんに守られてばっかだったから」
「そうは言ってもな。コイツはあたい1人の方が、やりやすいって言うかさ?」

 上手い言いくるめが思いつかない。
 そうこうしているうちに、【八尺様】は子どもを狙いに向かってくる。トレードは息子を抱える知人の前に立ち、突進を真っ向から受け止める。しかし、思うように力を入れきれなかったトレードは、簡単に飛ばされて数メートル先まで転がされた。
 そして、目の前の親子に手を伸ばす。息子の方は父親の胸に顔を引っ込めて、【八尺様】を視界に入れないように目を固く閉ざした。その息子を全力で庇うために、両手で頭を覆い背中を盾にしようと起き上がろうとしたその時────、


パンッパンッ♪ピヒョロロ♪ピヒョロロ♪ウィィィ~~ン...ズザザァァ♪


 突如、【八尺様】と親子の間を一台のキックボードに乗った小僧が通った。小僧は火薬銃を打ち鳴らし、口に咥えている笛を適当に吹いて、腰に下げている虫かごをガタガタ言わせてドリフトを決めた。深々と被った帽子を浮かせて、【八尺様】の方を見た。
 同時に、トレードがポカーンと口を開いて「おめぇ、何やってんだ」と、口パクをしていた。

「やいやい良い子ちゃんよ、オイラと遊ばないかい?ん?あ、あれは【八尺様】ッ!?やいやい、そんな良い子ちゃんなんかよりオイラと遊ばないかい?ほら、おしりペンペンのあっかんべーだぞ♪────はいぃぃ♪♪」
「ぽぽっ!?ぽっ────、ぽっ────」

 小僧の挑発に乗り、後を追う【八尺様】。
 トレードはその隙を逃さずに、親子の方へ駆け寄った。二人とも無事を確認したトレードは、今度こそ家に戻るように伝えた。勿論、知人は自分も行くと言うが、今逃げていった子どもも庇ってでは、【八尺様】を追い返すことが出来ないと言いくるめた。
 そして、手で会釈代わりのサインを送って踵を返して小僧と【八尺様】を追いかけて行った。

 キックボードを走らせたまま、爆竹を撒き散らして【八尺様】の追跡を妨害する。帽子とカツラも投げつけ、髪をなびかせる。そして、虫かごの中に入れていた拳銃を取り出した。

「こいつは、火薬銃じゃないですよ……はいっ!!」
「んぽっ────!?」

 脳天を貫き、ごろごろと地面を転がった。その後ろを走る巨漢な体躯のトレードは、変装を解いた燈火に向けて声をかけた。

「いつもは腹立つとこだが、今のはサンキューなっ!!あとはあたいが決めるぜ!!いくぞ、デッドマイスター、ヘルズゲートッ!!」

 疾走するなか、背中に着けていたロッドをぶん回しその両端を目掛けて、二つの三日月状の刃がくっついた。起き上がる【八尺様】の腰に一枚目を突き刺して、頭上に持ち上げた。

「地獄に行かずとも、眠っていてくれやぁ!!!!」

 逆側の刃に延伸力を加えた、渾身の一撃で真っ二つにした。
 刃先が地面にカチンとぶつかりながら、【八尺様】は消滅していった。討伐はあっさりと終わったが、知人への説明をどうするかと悩んでいる隣に燈火がやって来て、手を挙げた。
 ハイタッチするほどの連携ではなかったが、早く終わったのも燈火のおかげかとタッチに応じようとした。

「パァ~イ、タッチッ♪」
「────。」

 巨漢な体型に備わりすぎた。いや、実りすぎた胸をしているトレード。その豊満な部分に全力のバレーアタックをベチンッと当てた燈火。トレードの目が一瞬にして、光を失った。同時に、鉄槌とも言える拳が燈火の頭頂部を直撃した。
 大きなタンコブなんて、今の時代あまり見ないと思いながらも、煙を出している頭を押さえて二倍の身長はあるであろうトレードを睨んだ。

 調査を終え、【八尺様】に狙われていた家族への説明も終えたトレードは、燈火が乗って待っていた車に乗る。そして、エンジンをかけて運転する燈火に要件を聴いた。

「てめぇと同じ任務なんざ、ゴメンだぜ。他を当たれよ」
「それがそうも言ってねぇんですよ。私だってね、おめぇみてぇなぺぇがでけぇだけの、乳壁女なんかには頼りたくねぇですよ……はい」
「んだとぉ!?この座敷わらしモドキがっ!!」

 アンリードの件は、トレードも知っていた。
 何を隠そう、夏蝶火と燈火が廃車置き場で狙われた時、夏蝶火の援護に入ったのはトレードである。敵が死を持たぬ存在という、怪異とはまた違った厄介な敵であることも知っている。
 それでも、これまで最高に不仲であることで有名な燈火とトレードが、任務で一緒になることは奇跡と言ってもいいほどにない。たまたま、インフェクターの暴動による《邪神復活阻止作戦》で一緒になったことがあったが、あれは課総出で対処する必要があったからに過ぎない。
 頑固を貫き通していると、後ろからひょこっと憐都がトレードの顔を覗き込んだ。その余りの唐突さも相まって、トレードは一気に赤面して窓に後頭部をぶつけるほど、後ずさりしてしまった。

「な、なな……なななんで憐都は乗ってるんだ?」
「代伊伽。僕からも頼むよ。人質を連中は取っている。その中には、寄凪よりなも居るんだ」

 一気に顔色を変えるトレード。
 自分達の娘が一件に関わってしまっているというのなら、話は別だ。今回、怪異による事件ではない以上、噂観測課の情報拡散防止対策の関係者殺処分は適応されない。つまりは、助け出せばあくまでテロの被害にあったことで処置が出来る。

「分かった。乗ってやるよ、その任務。んで、相手は誰だ?」
「血が昇りすぎです。とりあえず、みんなが待っているラボに着いてから、詳しい話は説明してやるですよ……はい」

 車のアクセルを少し強めに押して、ラボへ向かう速度を早めた。終始、ソワソワして憐都と会話をするトレードを見て、本当に夫婦で子どもも居るのだろうかと思えるくらい、ギクシャクしているトレードを流し目で見るのであった。

 こうして、最終決戦に向けてのメンバー。その最終候補であるトレードも加えて、作戦会議を始めるのであった。


久遠の計画決行まで、───残り9日。
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