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EXTRA FILM 2nd ※二章の幕間
隠れた刻と時の狭間を生きる者たち
しおりを挟む二階建てのシェアハウス。そこで生活している三人のルームメイトは、先日起きた怪異との戦闘について話し合っていた。
温田矢 薫惹が発見したソレは、瞬姫と二人で撃破することが出来た。それでめでたしめでたしといかないから、こんな話し合いが起きているというのに、不機嫌を極めた瞬姫の枕投げが炸裂する。
キャッチし損ねた日天文 水砂刻は顔面に瞬姫の投げた枕を直撃させて、後ろに置かれていたL字ソファーに倒れた。
「水砂刻……サイッテー!!フンッ!!」
「瞬姫、お前なぁ?もとはと言えば、俺を置いて店を飛び出したりなんかするからだぞ?」
「う、うるさいッ!映画の半券で音ゲー遊ぼうと思ってたのに、UFOキャッチャーに2つとも使うとか……有り得ないんだから……」
ムクれて、そのUFOキャッチャーで水砂刻が手に入れたウーパールーパーの抱き枕ぬいぐるみをギュッと抱きしめてそっぽを向く。後頭部を掻きながら、相変わらず機嫌の分からないやつだと表情を曇らせていると、薫惹が先に就寝するよと言って寝室へと姿を消した。
また、助言を求められるのが嫌なだけだろと目を細めて睨んでいるとご機嫌ななめは直っていませんと告げる声で呼ばれた。寝る前にアイスが食べたいから買ってきてほしいとワガママを言い出し、瞬姫は自分の財布からお金を渡しておつかいに向かわせようとしてきた。
「本当にバーゲンゲッツだけでいいんだな?」
「うん、いいよ。────抹茶味じゃなかったら承知しないからねッ!」
その一言をもう少し優しく言えないものかと感じつつも「へいへい」と生返事をして玄関を出る。
人気があるのか、それとも自分がついていないのか。水砂刻は近所のコンビニを三件も回って瞬姫の要望のバーゲンゲッツ、その抹茶味だけ売り切れていた。肩を落として気持ちを落ち込ませる。しかし、グッと体を起こした水砂刻は人差し指に中指を絡ませるようにして、印を結ぶと周辺が画像編集で色抜きしたように空間が変色し無音が広がった。
街灯に群がる虫たちが空中でフリーズしている。風に揺れる木々も、車や人でさえも動きを完全に止めている。しかし、水砂刻はそんな空間を一人活動することが出来ていた。瞳を静かに閉じ心の中に水の音を発声させる。明鏡止水とはかくもそういうものなのかもしれない。
これは水砂刻のもつ怪異の力で、自身が思考したい時間に同時に起きていることを条件を絞って閲覧するためのものであって、決して時を止めている訳ではない。例えるのならゲームのポーズ画面になっただけで、そこから先に干渉して止まった時の中で敵対するものを倒したり出来るわけではないということ。
そんな、一見すると最強の力ではないかと思われる能力を使ったのは簡単な理由だった。瞬姫の機嫌を損ねる前にさっさとアイスを買って帰らなくてはならないと思い、ご希望の抹茶味が在庫として残している店まで時間をかけずに向かうために使ったのだ。
(戦闘ではあまり役立たないんだよね……、これ)
本屋でよく見かけた《時間停止の力を持つ奴は強キャラしかいない》という吹き出しを考えたやつを見つけ出して、是非ともこの力でも強キャラですかと聞いてやりたい気分になりつつも、目的のアイスが在庫として残っているお店を見つけて泊まっていた時間を動かした。
辿り着いた店でも最後の一つになっていたことから、余程の人気なんだなと小言を零してレジへと向かった。その様子を自分以外にアイスコーナーに人は居なかったはずなのにと首を傾げるお客がいたことに目もくれず────。
□■□■□■□■□
「はい、買ってきたぞ」
「────え?」
瞬姫の寝室はシェアハウスの高い天井部にあるロフトで、すっかりパジャマに着替えてロングヘアを丸め込んでナイトキャップの中に入れている瞬姫は、ぺたん座りの体勢で壁に向いている身体の向きを変えずに首だけを水砂刻の方へ向けていた。すると、水砂刻の手に持っているレジ袋を奪い取って中身を見る瞬姫は、確かに頼んでいたバーゲンゲッツ抹茶味が入っていたにも関わらずキッと水砂刻を睨んだ。
「────有り得ないんだけど……?」
「はぁ?ちゃんと言われたとおりものを買って来てやっただろ?あ、あとこれおつりな?」
「────────。」
おつかいをして渡されてお金のおつりもしっかりと返しているというのに、不機嫌は頂点に達したことを知らせる怒りをオーラを纏った瞬姫の全身が震え出す。そして、またしても枕を投げ付けて水砂刻に机に置かれたおつりを突き返した。それはお前のお金だろ、と首を傾げている水砂刻のことなんか一切見ないでロフトへ上がるハシゴまで追いやった。
こうなるといつも言葉での解決が出来ないことを経験している水砂刻は、歯だけは磨くように言い残してロフトから降りて就寝準備を始めるのであった。
アイスを食べ終えた瞬姫は言われたとおり歯を磨き、最後に就寝するからと消灯してからロフトへ上がろうとする。すると、スイッチに手を置いた時に手の甲に別の手が伸びて重なった。
「真っ暗ななかハシゴ登るのは危ないだろ?俺が消すよ。そもそも、ロフトなんかで寝なくてもいいんだぞ?」
「っ!?う、うるさいバカッ!!別にアタシ、暗闇の中でも全然ヘーキなんだから、ふんッ────。それに、ロフトはアタシが好き好んで寝室にしているんだから、デリカシーのない水砂刻が口出ししないでよね?」
ぷいっと、そんなに勢いつけて踵を返さなくてもいいだろと大袈裟に態度を荒くしてハシゴを登って布団の中に入る。それを確認して「おやすみ」と言って消灯して入った水砂刻の寝室のドアががちゃりと閉まった音がする。前掛けに埋めた顔を出してロフトから見える天井窓の外を見つめた。
(────水砂刻のバカ。なんで、自分のものは一つも買わないのよ?)
星空を眺めながら、素直になりきれない想いを呟いた。
瞬姫と水砂刻はある時、怪異の力に目覚めた訳ではなく生まれつき持ち合わせていた者同士だった。瞬姫は眼で見たものの未来の分岐が視える怪異の力を持ち、それは当然死を選ぶものも見てきたり逆に九死に一生得た人間も見てきた。
そして、それが怪異による特殊能力であることを知った時は怪異に変貌を遂げた人間を目の当たりにした時だった────。
□■□■□■□■□
━ 三年前 ━
水族館にクラスメイトと遊びに行ったその日、別れを告げられたカップルの彼氏が怪異へと変貌した。
話している内容を聞いている限り、愛護活動をネットにあげている優しい人だと思って交際を始めた。しかし、家族旅行で家にしばらく帰れないと彼女側が預けた猫が傷だらけの状態で返され、ネットにはその傷付ける肯定とそうなる前の写真を逆順で公開してあたかも愛護しているように魅せているだけであったことが露呈した。
当然、愛玩動物を飼っている人からすれば、ペットの生命を粗末にするような人と付き合えるわけがないと別れを告げたのだ。それに逆上した男性は怪異へと姿を変えて観客に襲いかかった。瞬姫は逃げ惑う観客に紛れてその場から逃げ出そうとして足を躓いて転んでしまい、怪異が飛びかかってきた。
その時、瞬姫の窮地を助けたのが水砂刻だった。
「おい、大丈夫か?こいつ……怪異ってやつだよな」
水砂刻は怪異を受け継ぐ風習のあった里の出身で、里が怪異の奇襲を受けた時に怪異を継承した水砂刻は逃げ延びた里人によって一般社会で成長したが、育ての親達から出生の秘密を聞いて怪異の力に目覚めたのだった。しかし、そんな水砂刻も怪異を上手く扱いきれない状態で怪異と戦い劣勢に追い込まれた。
その様子を見ていた瞬姫の目には二つの今までに見たことのないものが視えていた。一つは怪異の未来。これは、水砂刻と自分の手によって倒されて消滅する。ただ、瞬姫も怪異の力で戦闘ができる未来を知ることに戸惑いがあった。問題はもう一つの、水砂刻の方だった。
(未来が────ない?いいえ、違うわ。彼には時間という概念がない!?)
水砂刻はその身に受け継いだ怪異によって、刻の管理人となった。そのために、時間とその分岐を見通せる瞬姫の能力では過去も現在も未来も視えなかった。
「ふぅ……、ありがとな?お前、名前は?俺は日天文 水砂刻。これからよろしくな。えっと……」
「瞬姫……。アタシの名前。これからもって?」
同じく能力者であるのなら仲間だ。そう言って求めてきた握手に応じた。
その後も、何度か怪異と対峙するときに顔を合わせるようになって、その度に水砂刻の時間を見ることが出来ないことに次第に惹かれるようになった。
他の誰かと居ても、その人には未来とその分岐が見えているのに水砂刻はそれが見えない。それはつまり、これから何をするのか瞬姫には分からない。それがとても新鮮な気分だった。
□■□■□■□■□
━ 現在 ━
「はぁ、ヤダヤダ。アタシったら───」
(何を水砂刻なんかにマジになってんだから───。)
いつしかそれが恋心となっていたことを瞬姫は気付いていた。
その気持ちを察してほしくないとツンとした態度で、八つ当たり気味になっていることも充分に理解していた。ひょっとしたら、自分の理想を押し付け過ぎているのかもしれないと不安に駆られ頭がムズムズする。
今日だって本当は、自分の注文でおつかいに行ってもらうから渡したお金で水砂刻の好きな物も買ってきなと素直に言えれば、こんな複雑な憤りを感じることもなかったのにと怒りの矛先を水砂刻から言葉足らずでぶっきらぼうな自分へと変えていた。
そのせいで眠気が訪れずに、一睡も出来なかった。
朝になり小鳥の会議で目を覚ましてきた薫惹と水砂刻がリモコンで部屋中のカーテンを開ける。部屋中が明るくなるのと同時にハシゴを上がってくる音がした。
「おはよう。朝飯、薫惹が作るんだけどさ。何がいい?」
「────。」
「おい、まだ寝てるのか?要望がないなら───」
「んッ!?うるさいわね?あるわよっ!目玉焼きッ、あとそれとほうれん草のおひたしッ!」
ナイトキャップを枕元に叩きつけて、水砂刻の居る方へと向かう。どきなさいよ!、と口を尖らせて叫びハシゴをズカズカと降りて薫惹に注文をして洗面台へと向かう。鏡で寝られなかったことで目の下にくまが出来ていることと、肌のハリが落ちていることにショックを受けながら洗顔を始める。
やがて、朝食の並んだ食卓に座ると手を合わせていただきますをして食事が始まった。目玉焼きの黄身の部分をつつき、半熟ではないことに不満を言い水砂刻の方だけおひたしの量が多いと皿を取り替え、みるみるうちにご飯を平らげると自分の分の食器を洗って片付けてロフトへ直行し眠りにつこうとした。
薫惹が食べてすぐ寝るのは健康上あまりよくないですよと忠告すると、クッションの一つを下に向かって投げつけた。直撃したのが水砂刻だったことを知らないまま、瞬姫は眠りにつくのであった。
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